泡沫の人魚と星の騎士

作者:犬塚ひなこ

●人魚と悪の商人
 其処は漣の音が響く穏やかな海の街。
 だが、それは表だけの顔。この街には海で捕えた人魚を奴隷や観賞用の愛玩動物として売り捌く闇市場が存在していた。罪のない善良な人魚は巨大な水槽の檻に閉じ込められ、祈るように助けを待っているという。
「ここが噂の場所か……」
 銀に輝く刃を携え、少年騎士は闇市場へと乗り込む。
 一歩踏み出せば闇商人達が侵入者たる少年を睨み付けた。その奥には話通り、美しい人魚達が不安げな表情で水槽の檻の中をたゆたっている。
 人魚はぱくぱくと口を動かしているが、彼女達の声は聞こえない。おそらく水槽に阻まれているのだろう。
「なんて酷いことを。この星の剣に誓って、僕が人魚を助けてみせる!」
 少年騎士は剣を抜き、敵へ刃の切先を向けた。闇商人達は一瞬は戸惑いを見せたが少年を襲おうと近付いて来る。負けるか、と気合いを入れた騎士は刃を振りあげ――。

 次の瞬間、魚屋の店主がその場に倒れた。
 そのままVR装置のようなものを装着した寝間着姿の少年は包丁を振り回す。そう、海の街や闇市場とは少年が見せられている映像だったのだ。
 そのことにも気付かず、星の少年騎士を名乗る彼は自分だけが認識することの出来るファンタジーの世界で人魚を救う為に奮闘していた。
 
●海辺の街にて
 魚市場は闇の商人達が集う場所。
 商品として並べられる魚は哀れな人魚。水槽と生け簀は人魚を閉じ込める檻。VR装置型ダモクレスを装着した少年には今、現実がそのように見えている。
「男の子は現実をゲームだと感じているみたいです。このままだと市場で働く人たちが殺されてしまいます!」
 そんな未来を予知したと語り、雨森・リルリカ(花雫のヘリオライダー・en0030)はぐっと掌を握った。
 現在、件の少年は人魚を助けるという名目で海辺の魚市場に向かっている。向かう場所は分かっているのでそこで待ち伏せ、事件が起こらぬよう阻止しなければならない。
「遭遇は簡単です事前の避難呼び掛けも出来ます。けれど問題は戦い方なのです」
 少年のすぐ近くにはVRギアが実体化した少年のアバターが現れている。実際に攻撃を行うのは騎士の鎧を纏い、星の剣を携えた幻影の方だ。
 アバターは一定のダメージを与えると消失する。しかし、少年がゲームを続ける意志が尽きない限りすぐに新たなアバターが全回復状態で現れてしまう。
「負けてもゲーム画面でコンティニューを選んだというイメージみたいですね」
 それゆえに少年のゲームを続ける意志、つまりは再開ボタンを押したくなくなるような形でアバターを撃破することが必要となる。そうすればVR型ダモクレスだけが壊れ、少年を救出することが可能だ。
「でもでも、気を付けてください。VR機部分を含む男の子本体を攻撃した場合、少年は身を守るためにアバターと合体して戦うそうなのです」
 アバターと合体した場合は戦闘力は強化されるが、一度倒せば復活させずに撃破できる。だが、この場合は少年の救出は叶わない。
「どちらの戦法を選ぶかは実際に戦いに向かう皆様にお任せしますです。目的はVRゲーム型ダモクレスを撃破することですので、それさえ出来ればケルベロスとしてのお仕事は終わったことになります、から……」
 そう語るリルリカはやや歯切れ悪く告げていく。
 本当は少年を救えることが一番だが、何度もコンティニューされる戦いを続けるのはケルベロスの命にも関わるだろう。何が最善かは実際の戦いの中で判断するしかない。
 また、VRゲーム機型ダモクレスはゲーム世界に相応しくない現実を修整しているようだ。ケルベロスについては『倒さなければならない強敵』と認識され、優しい言葉や真摯な説得の言葉はダモクレスによって都合の良い敵のセリフに変換されてしまう。
 しかし、ケルベロスが最初からゲーム世界の設定に相応しい格好や演出をした場合、その言葉や行動をそのまま伝える事が可能らしい。
「説得は難しいですが、つまりは戦いが嫌で面倒だって思わせればいいのです。だって、男の子にとってはこれはただのゲームですから!」
 肝心なのはゲームを続けようとする意志を折ること。もし自分がゲームをやっていて、例えばどんな時に飽きるか、または嫌になるかを考えればいい。そうすれば自ずと対応策も見えてくるだろう。
「彼がVRゲーム機をどうやって手に入れたかはわかりません。けれど、こんな危険な機械が広まったら大変なことになっちゃいます!」
 リルリカは許せないと憤りを見せ、ただ利用されているだけの少年を思う。
 前途ある少年少女が現実とゲームを取り違えて、取り返しの無い罪を犯してしまうことだけは阻止しなければいけない。
 そうして、リルリカはケルベロス達へと信頼の宿る眼差しを向けた。


参加者
メイア・ヤレアッハ(空色・e00218)
キアラ・ノルベルト(天占屋・e02886)
角行・刹助(モータル・e04304)
篠宮・マコ(微睡姫・e06347)
ランドルフ・シュマイザー(白銀のスマイルキーパー・e14490)
多留戸・タタン(知恵の実食べた・e14518)
愛沢・瑠璃(メロコア系地下アイドル・e19468)

■リプレイ

●水の街
 此処は静かな港街。
 普段なら市場らしい活気で賑わう頃合いだが、今日だけは様相が違う。魚が泳ぐ水槽の前には一般人ではなくケルベロス達が陣取っていた。
「何時の時代も、人は娯楽に飢えている。良くも、悪くもだ」
 ゆらゆらと水の中で泳ぐ魚を横目で眺め、角行・刹助(モータル・e04304)は僅かに肩を落とす。彼等が待っているのはVR型ダモクレスに惑わされた少年だ。
 特に最近のものは遊ぶ側も作る側も技術の進歩に付いていけてない気がする、と呟いた刹助。その傍らではレティシア・アークライト(月燈・e22396)と ウイングキャットのルーチェが敵の到来に気を張っている。
「ゲームを楽しむ心に、悲劇を生み出させるわけにはまいりません」
 全力をかけて歪んだゲームを諦めさせる。レティシアが心に決めると、ランドルフ・シュマイザー(白銀のスマイルキーパー・e14490)も深く頷いた。
「ゲームってのは人を笑顔にするためのモンだ。笑顔を、命を奪うための道具にしようってんなら止めるしかねえだろ」
「ダモクレスもVRの流行りに乗ったのかしらね……。とはいえ、現実ってのはやっぱゲームの中じゃ味わえないし、何より少年少女を利用するなんて許せない敵ね!!」
 愛沢・瑠璃(メロコア系地下アイドル・e19468)も仲間達の意見に同意しつつ近頃のダモクレスの動きについて思いを巡らせた。次の瞬間。
「ここが噂の場所か!」
 予知された通りの時間にVR機器を装着した少年が飛び込んで来た。
 一瞬びくっと身体を震わせた多留戸・タタン(知恵の実食べた・e14518)だったが、すぐに手にしたメモに視線を落とす。
「ふはは来たな騎士よ。人魚を助けたければ、我ら全員を倒して見せよ!」
「お前達が悪の闇商人だな!」
 微妙に棒読みだった台詞は兎も角、少年はタタンの出迎えの言葉に応じた。あの少年にはタタン達がどんな風に見えているのだろうか。どうなのかと少女が首を傾げると、ミミックのジョナ・ゴールドも体を捻る。
 そして、メイア・ヤレアッハ(空色・e00218)が一歩前に踏み出した。
「よくぞ来たな、星の騎士よ」
 メイアは黒を基調にした服装で闇の幻獣使いを装い、傍らに少し悪そうな顔をしたボクスドラゴンのコハブを連れている。更にキアラ・ノルベルト(天占屋・e02886)が星を喰らうように昏く水底のように深い闇色のローブを翻した。
「待ち侘びたよ! 君の相手はこの女海賊と砲撃主がするからね」
 キアラが高らかに宣言すると、テレビウムのスペラがびしっと身構える。
「わははははー、ここのおさかな……こほん。人魚たちはみーんな邪猫ぴろごんさまのおやつなのだー。きさまもぴろごん様のねこまんまにしてくれるわー」
 キアラに続いて篠宮・マコ(微睡姫・e06347)がウイングキャットのぴろーこと、ぴろごん様をずずいと前に出した。
 ランドルフは相手がすぐにでも立ち向かってくると察し、鋭い眼差しを向ける。
「偽りの世界にて借り物の力に溺れる哀れな騎士よ、未だ醒めぬか」
「僕は星の騎士。この剣に誓って、人魚を助けてみせる!」
 両者の視線が交差し、意志と意志が衝突しあった。かたや人魚を守るための戦い、かたや少年の未来を守るための戦い。譲れぬ思いが今、ぶつかりあう。

●人魚攻防戦
 少年に見えている世界はケルベロスが認識している世界とは違う。
 だが、メイア達はそれを踏まえて敢えて敵役らしい振舞いでアバターに立ち向かった。
「ライちゃん、やっておしまいなさい! なの」
 幻獣使いたるメイアが指先で相手を示すと雷獣が瞬時に駆ける。すぐさま身構えた少年騎士は獣を刃で弾き返そうと動いた。だが、雷絲はその動きを制限する。
 そこに生まれた隙を狙ってキアラが地面を蹴りあげた。
「ふふ、可愛い坊や。さてその星の剣は幾つ星と契ったのやら」
 跳躍したキアラは、百二百程度じゃ底が知れている、とそれらしいことを告げて戦意を削ごうとする。彼女に続いてスペラが凶器を振るった。
「ほら、この攻撃が痛いようじゃ、ダメよ?」
「何を! この程度で騎士が怯むと思ったのか」
 くすりと笑ったキアラに対し、少年は勇猛な姿勢をみせた。そして彼は星斬撃を瑠璃に向けて放つ。それに気付いたタタンが飛び出し、鋭い斬撃を肩代わりした。
「タタン悪役初めてです! ガンバルですよ! じゃなくって、こしゃくなー!」
 思わず気合いを入れてしまったタタンは慌てて悪役っぽい口調に戻る。瑠璃は仲間に礼を告げ、スーツとサングラスという出で立ちで高らかに語った。
「ふははは、あたしは人魚をアイドルに仕立て上げて酷使する悪のスカウト! 相棒の悪のプロデューサーさんを倒さない限りアイドル候補生を救うことは出来ないわよ!」
「……?」
 しかし、流石に瑠璃の話は少年には理解できなかったらしい。
「人魚を救うにはあたし達を倒して檻の鍵を手に入れないといけないってことよ」
「分かりにくい敵だな!」
 改めて瑠璃が説明すると相手はやっと納得したようだった。
 其処へぴろーを伴ったマコがアバターに向けて稲妻の突きを放つ。すると敵の幻影が若干薄れる様が見えた。
「なるほど。あれ自体はそれほど強くはない、と」
 刹助はアバターの力量を感じ取り、ランドルフに目配せを送る。それに応えたランドルフが螺旋の掌を振るい、刹助も杖を掲げて雷撃を放ってゆく。
 それによって星の騎士が完全に消え、一瞬は戦いが終わったように感じられた。
 だが――。
「まだまだ戦える!」
 少年が戦う意志を見せた瞬間、全回復したアバターが再び現れる。間髪入れずにキアラへと星霜剣が振るわれ、レティシアは即座に癒しの力を揮った。
「人魚を助けたければ、必要な対価を用意しなさい!」
 浮遊する光盾を具現化させたレティシアはキアラを回復しながら、少年に言い放つ。
「対価? そんなイベントあったかな。それに皆言ってる事が違うような?」
 少年が不思議そうに首を傾げる。彼が何だか面倒に感じている様を見たタタンは胸を張り、更に面倒臭くしてやろうと思い立った。
「この中の誰かがホントの事を言っているかもしれないし、違うかもしれない」
 ふはは、と悪役らしい笑いを付け加えながらタタンはアバターへと攻撃に向かう。その笑い方が不思議と愛らしいと感じつつ、メイアも敵を穿つべく縛霊の一撃を放った。
「どう? 身動きが取れないでしょう? ふふ、ぶざまね」
 そうしてメイアは出来る限り冷たく告げていく。
 お前がしている事は全てが無駄。お前の剣は、わたくしたちには届かない。お前の心は、あの子たちには届かない、と――。
 届くはずがないのだと思うのは本当の心。何故なら、水槽に囚われているのは人魚などではなく食卓にのぼる魚だからだ。
 刹助もメイアの思いに気付き、敢えてそのことを話題にあげて語る。
「どれも今日水揚げされた取れたての品々、煮るなり焼くなりお好み次第。何をそんなに息巻いている? 花は愛でるもの、肉は食べるもの、何を扱おうが商品は商品だ。これは商売なんだぜ?」
「美しい人魚を焼くなんて……!」
 少年は頭を振り、今助けるから、と水槽に向かって叫んだ。
 ランドルフはVRに騙されている彼を見遣り、肩を竦める。本当の光景を知ればさぞや滑稽だが、少年にとっては今はゲームの中だという認識だ。今一度ランドルフが敵を倒しに向かう最中、マコは少年の心を折る為の言葉を向けていく。
「ぴろごん様はあらゆる攻撃が効かぬ無敵のボディをもっておられるぞー」
 そういってぴろーを指差したマコは更に説明をしていった。
 倒すためには聖なる呪文、なまむぎなまごめなまたまごを一万回唱えて光パワーを宿さねばならない。
「い、いちまんかい!?」
「きさまのようなこぞうには無理なことよ、あきらめるのだー」
 驚く少年へとマコは追い打ちめいた言葉を投げ掛ける。その間にタタンや瑠璃が攻撃を加え、レティシアが皆に癒しの力を施した。
 それから再びアバターが消えたが、少年の力によって全回復の状態で現れる。
 皆が其々に思い思いの心を折る言葉を投げ掛けていたが、それは人魚を救うという少年の闘志を更に燃やすだけだった。しかし、ふとした時に転機が訪れる。
「人魚を助けたければ、必要な対価を用意しなさい!」
 癒しに徹するレティシアが何度目かの同じ台詞を言い放つ。最初は気付かれていなかったが、少年はレティシアの言動が全く同じことに不安を覚えはじめたようだ。
「え? あのキャラ、バグってるのかな」
 そもそも敵に統一感がない。しかも倒せないほどに強い。
 ヘッドギアの下の少年の表情が曇り、星の騎士のアバターが一歩後ろに下がった。仲間達は彼の心が折れて来ていると感じて頷き合う。
 おそらく決着は間もなく。誰もがそう信じて最後の一押しを行おうと心に決めた。

●幻想と幻影
 星の騎士と悪の番犬達の戦いは続く。
 アバターは何度も何度も甦ったが、その度に瑠璃とメイアが行動阻害を行い、受けた傷はレティシアと刹助がすぐさま癒していった。
 仲間が支えてくれる合間にキアラやマコ、タタンが敵の力を削り、ランドルフも不屈の闘志を密かに燃やして立ち回った。
「――霧よ、恭しく応えよ。暁を纏いて、彼の者共を癒やし守護せよ」
 レティシアが薔薇の香りの真白の霧を解き放てば、仲間達の身を守る。ルーチェも彼女の傍に付き、主の分まで攻撃に回り続けていた。
 タタンは彼女達の関係に仄かな羨ましさと頼もしさを感じ、自らも相棒に呼び掛ける。
「ジョナ、タタン達もいくですよ! スピニーング!」
 勢いの良い言葉と共に屈んだタタン。合わせてジョナ・ゴールドが口を開ける。
「ドワーフ!」
 そして、跳躍からの頭突きを放ったタタンに続き、ミミックが敵に喰らいついた。その様子に中々だと評価を下した刹助はアバターが消えゆく様を見遣った。
 されど、少年はまだぎりぎりの所で再開を選ぶ。
「まだ、もう少しのはずだ……」
「君は無料のつもりで遊んでいたんだろうが。総プレイ時間とコンティニュー回数に応じた金額が、君の両親が管理している君の銀行口座の貯金から支払われているぞ」
「!?」
 そこへ刹助がえげつないことを告げた。流石に現実寄りの言葉はダモクレスの機能によって変換されたようだが少年は何故か大きな衝撃を受けていた。
 マコは良い好機だと察し、なんだかよくわからない力で回復行動に移る。
「くらぇーいボスキャラにあるまじき禁断の回復技だーわははははー」
 合わせてぴろーが両手を広げ、邪猫ぴろごん様らしい動作で引っ掻きに向かった。少年はたじろぎ、困った表情を見せる。
「勝てない。しかもバグってる……こんなの、もう」
「スゥ、今だよ。応援動画!」
 少年の弱気な言葉が聞こえた瞬間、キアラはアバターを華麗に切り裂きながらスペラを呼んだ。するとテレビウムは何だかでろでろした雰囲気かつワンフレーズを繰り返し続ける音楽動画を流し始める。それはまさにバグが発生した時の音楽めいていた。
 瑠璃は後少しだと感じ取り、プロデューサーさんと共にアバターを穿ちに駆ける。
「あたし達を一人も倒せないなんて見込みがないわね!」
 敢えて厳しい言葉を掛けることで瑠璃は少年の心を確実に折りに向かう。対してランドルフはダモクレスに自分の言葉が変換されてしまうと分かっていても尚、心からの言葉を少年へと投げ掛けた。
「戻ってこい! お前のいるべき場所はソコじゃねえんだッ!!」
 気を爪に纏わせた彼は刀身を形成し、咆哮による共鳴と音波衝撃を解き放つ。メイアは次の一撃でアバターが消えると察し、今一度雷獣を呼び寄せた。
 現実世界のように体験出来る。それはきっと、とても楽しいことだろう。
「でもね、それは仮想であって現実ではないの」
 仮想世界と現実を間違えてはいけない。だから、と手を伸ばしたメイアの意志を組み取ったかのように獣は駆ける。
 雷撃が戦場に迸る最中、仲間達は少年が膝をつく瞬間を見た。
「こんなゲーム……クリアできっこないよ……」
 そして、悲しげな言葉と共に彼はVR機器を脱ぎ捨て、その場に倒れ込んだ。

●正義の騎士
 こうしてダモクレスは少年から離れ、事件は収束した。
 瑠璃は少年を解放しに駆け、レティシアも大事がないかを確認する。心配そうにルーチェが彼を覗き込むと、レティシアはそっと微笑んだ。
「大丈夫です。疲れて気を失っているだけのようですから」
 暫し安静にしていればじきに目を覚ますだろう。瑠璃もほっと胸を撫で下ろし、仲間達にお疲れ様、と労いの言葉をかけていった。
 キアラは少年が風邪をひかぬよう、その体にローブをかけてやる。
「……物語の騎士は時に迷う時もある。何を守るべきか、剣は何の為にあるかって」
 でも、と顔をあげたキアラは少年に語り掛けた。
 君も見失わないで。今はきっと心配をしている両親を安心させる事が使命だから、と。
 そうして、少年はランドルフが家まで届けてやることとなる。
 刹助は仲間に宜しく頼むと告げた後、地面に落ちていたヘッドギアを粉々に砕いた。これで完全にこの件は解決したと頷き、刹助はふと呟く。
「楽しいことでも、のめり込みすぎず程々でやめておく自制心が大事だということさ」
 マコもその通りだと同意し、大きく伸びをした。
「はー、なんだか疲れちゃった。帰ってゲームでもしたいなー」
 ぴろーはまだゲームをするのかと言いたげな目をしていたような気がしたが、のそのそと首を動かしただけでそれ以上何かすることはなかった。
 メイアもコハブを伴い、小さく笑む。
「お腹がすいたの。何だか、今日のご飯はお魚食べたいな」
「ツナサンドがあるですよ。食べながらかえりましょう!」
 すると、タタンがさっと持参していたサンドイッチを取り出した。長丁場になったらお腹がすくと思い、こんなこともあろうかと用意していたのだ。わあ、とメイアが目を輝かせ、キアラとレティシアもタタンの方へと歩み寄る。
「皆さんお腹が空いてたんですね。あたし達も行きましょうか、プロデューサーさん!」
 くすくすと笑った瑠璃も仲間達の輪に加わり、辺りは一気に賑やかになった。
「ランドルフさーん、サンドイッチがなくなるですよー!」
「ん? ああ、今行く」
 タタンがぶんぶんと手を振って呼ぶ声に、ランドルフは片手をあげて応える。
 そして、ランドルフは仲間達の和やかさに微笑ましさを感じながら、抱えた少年の頭をぽんぽんと撫でてやった。
「大丈夫さ。お前さんの『誰かを助けたい』って気持ちがホンモノならば、な」
 少年に宿る正義の心が真っ直ぐであるように。
 そんな願いを胸に抱き、ランドルフは仲間達の元へと歩き出した。
 たとえ歪んだ世界に囚われていたとしても、人魚の為に戦った騎士の気持ちは偽物ではなかったはずだから――。

作者:犬塚ひなこ 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年12月18日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 1/感動した 0/素敵だった 3/キャラが大事にされていた 1
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