夢の檻

■リプレイ

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　昼から降り続く雨はその勢いを強めることもなく弱々しく降り続け、住宅街の零れる明かりを映し夜を照らしている。
　冬の雨は小降りでも冷たく、夜の空気は肌をさすかのごとく冷えている。
　そのような天気とはいえ、住宅街は酷く静かだった。
　まだ深夜にも差し掛からない早い時間、その割りに団欒の声もなく、降りしきる小雨の微かな雨音が聞こえるばかりで人の気配は殆ど感じられない。
　それらしい物音はないのに周囲の家屋には明かりが灯り、家を闇の中ぼうと浮かび上がらせている。
　そんな奇妙な夢の中のような光景の中を柊城・結衣（常盤色の癒し手・e01681）とチャールストン・ダニエルソン（グレイゴースト・e03596）は連れ立って歩き、路地を塞ぐようにキープアウトテープをはって回っていた。
「次は西の方面、ですか？」
「ですね、人が迷い込まないうちに封鎖してしまいましょう」
　いうが早いか、チャールストンは結衣の手元を照らしていたライトを薄暗い路地の方へと向け、先を歩いていく。結衣はしきりに辺りに視線を向け、その後をついていく。
「何か出そうな雰囲気です……」
「普段どおりの街並なのに人の気配がないだけでまるで悪い夢の中のようです」
　やや不安そうな結衣に対し、チャールストンの方はその語りとは裏腹に、眼鏡の奥の瞳は笑みを浮かべているように見える。
　デウスエクスが潜むと予想されるこの近辺をケルベロス達は封鎖すると共に、人払いを行っていた。
　間もなく戦場になることが間違いないであろうこの地域に人を残してはおけない。
　寒さもあいまってか、二人の足取りは自然と速くなる。
　ふと、何かに気づいたかのようにチャールストンが曲がり角の家で足を止める、その後を歩いていた結衣はどうしたのだろうかと、回り込むようにしてその先を覗き込む。
　そこに曲がり角を越えて、真っ白な何かが不意に結衣の目の前へと姿を現す。
　一瞬、それが何なのか彼女にはわからず、きょとんと驚いたように彼女はそれを食い入るように見つめる。
「ん、君達か」
「そっちの調子はどうだろう？」
　真っ白なそれは、シヲン・コナー（清月蓮・e02018）に仕えるボクスドラゴンのポラリスであり、その後からひょっこりと現れたのは、シヲンと藍染・夜（蒼風聲・e20064）の二人と一匹の組であった。
「敵影はなし、逃げ遅れた方の姿もないです」
「あとは、西方面の封鎖をすませて、合流といったところです」
　二人の返答に、夜は軽く頷きつつチャールストンの示す地図に目を落とし現状の確認を終えると、二人に再び視線を合わせる。
「ん、だったらこのまま四人でまとめて済ますのがいいだろう」
「だね、探索範囲も狭まって目標との遭遇率も高くないっているだろう」
　夜の提案にシヲンが同意すると、四人は周囲を警戒しつつ、残る路地の封鎖へと向かう。
「百獣の王か、臆病なライオンか。檻を抜け出したのは一体どちらだろうね」
　
●
「さて、これで大体終わりだな？」
　テープの切り、古びた電柱にそれを貼り付けた天津・総一郎（クリップラー・e03243）の呟きに、傍らのボクスドラゴン、メルと共に地図情報を開いた携帯端末を覗いていたエドワウ・ユールルウェン（夢路の此方・e22765）は一拍遅れて小さく頷き、周辺の封鎖を終わったことを告げる。
「おつかれさまです」
「ん、エドワウもお疲れ様だな。っても、本番はこれからなんだけどな」
　くしゃりエドワウの頭をなでつつ総一郎は呟きつつ、周囲の民家や、路地の曲がり角に目を向ける。街灯や周囲の家屋から漏れ出る光に照らされる暗闇にしかし、彼が探す姿はなく、小さく彼は息を吐く。
「そう緊張する必要もない。所詮子供が想像したライオンなんて、デフォルメされた可愛いものだろう……」
　撫子桜・千夜姫（双刃一体・e12219）と共に一つ隣の路地を封鎖していたヒエル・ホノラルム（不器用な守りの拳・e27518）は作業を終え、一息つく総一郎にそう声をかけつつ、路地からぬっと顔を出す。
「デウスエクスの姿を散々眺めてきて今更動物如きで驚けというのもなかなか難しいお話でしょうし？」
　それに続き、現れた千夜姫は軽く乱れた髪をまとめなおしつつ、エドワウの手にしたままの携帯端末に視線を落とし、時刻の確認をする。
「あちあらから連絡は？」
「まだ、ないです」
　癖のついたほうぼうにはねる髪が首を横に振るのにあわせ跳ね、千夜姫は見かねたそれを手ぐしでそれを軽く整える。
「あっちもそろそろ終わってる時間だろうし、どこかで入れ違ったか？」
「大型とはいえ獣、気配を隠すのはお手の物だろうしな」
　総一郎の言葉にヒエルは倒すべき目標の姿を脳裏に思い描き、やや苦い表情をみせる。
　彼等の今回の目的は、子供の驚きから生まれたライオンを模したドリームイーターの討伐。獣そのものではなく、子供の想像しうる悪夢に登場するライオンともなれば、リアリティはともかく、想像されるライオンの恐怖というのは本来のそれよりも大きいと考えて間違いはないだろう。
「仕掛けてくる気がないのであれば、合流して迎え撃つ準備をしていまいましょうか」
　エドワウを解放し千夜姫がそう言って踵を返そうとした瞬間、雨音にまじり微かにひたりと、足音のような何かが聞こえた。

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　ケルベロス達の視線が一斉にそちらへと向く。
　慎重に、しかし素早く、彼等は曲がり角の向こうを視認できる位置へと移動する。
　そこにはただ暗く、雨の滴る、先の見えない道が続いているだけで、周囲の家屋の影にも敵が隠れている様子はなかった。
「野良猫かなにかか」
　総一郎がそう呟き、構えをといたのも束の間。
「後ろからきます」
　エドワウの呟きとともに、獣の咆哮が雨音を裂いて住宅街に響く。
　総一郎の背後、ブロック塀の向こう、平屋の屋根から鬣を靡かせ、ライオンが両の爪を立て襲い掛かる。
「うっ、おぉ！？」
　咄嗟に振り返った彼の体が、微かに霞む。ライオンの振り上げた爪はその霞を切り裂き、総一郎の頬を掠めるに留まる。
「さすがに、ビ……い、いや！　この程度でオトナのオトコが驚くわけねーじゃん！」
　一歩退きつつ、構えを取る総一郎の様子に、ライオンを模したドリームイーターは首を傾げるような素振りを見せつつも、視線を外すことはせず狭苦しい道路の幅の間を、距離を測りつつ、うろうろと歩き回っている。
「ふむ、思っていたよりもリアルなライオンが出てきたな……！」
　そのドリームイーターの仕草や見た目にヒエルは感嘆の声を漏らしつつ、手足に気を纏い、臨戦態勢をとりつつ、ライオンの退路を断つように総一郎の反対側へと回りこむ。
「やっぱり火の輪とか潜ってみるとか玉乗りするとかするぐらいしないと驚かないですよね……」
「可愛いライオンさんですね」
　千夜姫の言葉に同意するように、エドワウは頷きつつ、傍らのメルにも平気だよねと、首をかたむけつつがおーっと囁きかけている。
「だな……所詮見た目は動物だしな。さぁ、かかってこいよ！」
　敵の姿を見据え、その敵が自らにしっかりと狙いを定めている、作戦が予定通りに言っていることを確認した総一郎は落ち着いた声でそう言うと、帽子を目深に被りなおし、グローブを締めると構えを取りなおし、ライオンに対し声を張り上げて、挑発を行う。
　それを受けてか、ライオンは身をグッと沈みこませ、しっかりと狙いをつけ地を蹴る。
　水溜りが飛沫を上げ、元来の獣とは比べ物にならない、デウスエクスとしての身体能力でライオンは総一郎へと飛び掛る。
　再び襲い掛かる爪、先程よりも互いの距離は近くしっかりと爪の狙いは彼の体を狙っている。
　右の一撃を受け流し、飛び退る一瞬で左の爪が脇腹を抉る。
　深手ではあるものの、動けなくなるほどのものではない。両の前足をついた敵はそのまま、再び地を蹴り彼目掛け突撃しようとして、咄嗟に飛びすさる。
「引き付け、感謝します」
　横合いから迫る千夜姫の気配に気づいたライオンのその勘は野生のそれに近いものだったが、それではケルベロス相手には遅すぎた。
　暗闇の中、青い雷光を纏う刃の切っ先が獣の体を深く貫く。体を捻り、水浸しの地を転がり、何とか距離をとったライオンが体を起こしたそこへ、エドワウとヒエルの二人が迫っている。
　雨粒がはね、エドワウの小柄な体から放たれる一撃、ライオンの巨体を揺るがせる。
　力や勢いに任せた一撃ではない、計算から成り立つその攻撃は、ライオンの姿勢を的確に崩させ、続くヒエルの蹴りの一撃がライオンの体をしっかりと捕らえ、巨体が僅かながらに浮き上がり、ライオンは地に爪を立て、その場にかろうじて踏みとどまる。　
　驚きも怯みもしないケルベロス達にライオンはご立腹なのか、低く唸りをあげたかと思うと、突然、咆哮をあげる。
　降り続く雨すらも震わせるようなその咆哮に思わず相対するケルベロス達は耳を塞ぎ足を止める。
　その隙に、ライオンは踵を返し、奇襲により彼等を驚かそうとするべく、民家の敷地へと踏み入り、そのまま住宅街の闇へと消えていこうとする。
「住宅街にライオンだと？！」
　響くのは仲間達の声とライオンの咆哮に駆けつけたシヲンの驚きの声。
　その隣では突如垣根を越え目の前に現れたライオンに驚愕し、ずれた眼鏡を押し上げるチャールストンの姿。
「ただの獣よりは頭が回るということかな」
　事態を把握し、ライオンの行動に感心するように驚きながらも、夜は口の端を吊り上げる。
　武器を構えていては敵を取り逃す、瞬時に判断を下した夜の蹴りが獣へと襲い掛かる。雨を裂く煌きを宿した蹴り。進路を塞ぐように放たれたそれはライオンの体を捕らえ、地へと縛り付ける。
　もがき、その戒めを抜けようとライオンは体を捻り、泥水を巻き上げ暴れまわる。
「おっかない獣には近づかないが吉、でしょう」
　雨に濡れる眼鏡に目を細め、慎重に狙いをつけたチャールストンの放った銃弾がライオンの両腕を打ち抜き、その抵抗すらも封じる。
「平気ですか？」
「この程度どうってことないぜ」
「万全の状態で戦えるようにするのが癒し手としての努めですから」
　その隙に、合流した結衣が遠慮する総一郎の傷の治療にかかり、すぐさま施術を開始する。
　咆哮の魔力にあてられたほかのケルベロス達も、その効果から抜けると、獣を囲むように布陣し、その退路を完全に断ってしまう。
「ライオンさん、にがさない」
　シヲンの展開した雷の障壁が進み出るエドワウの前面を覆い、さながら壁のようにライオンの前に立ち塞がる。
　四方を囲まれ、退くことの出来なくなったらライオンは、体に付着する水分を飛ばすように体を大きく震わせる。
「夢の檻に帰ってもらおう」
　言葉とともにシヲンが押し込むボタンに連動し、周囲にカラフルな爆発が立ち上がり、それに驚くかのように、踏み出したライオンは高く跳躍する。

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　エドワウに飛び掛ったライオンの爪が雷の障壁を切り裂き、爪がその体に迫る。
「メル」
　呼び声に答えたボクスドラゴンが身を挺し主人の変わりに攻撃を受ける。
　そのままエドワウ自身はライオンの脇を抜け、踏み込みと同時、突き出す槍が獣の体を貫く。
　しかし、その一撃は浅い。
　ライオンの尾から伸びた尻尾の先、モザイクの形作る顎がエドワウの踏み込んだ足に噛み付いていた。
　槍が抜け落ち、自由となったらイオンは、唸りを上げ、ケルベロス達を睨みつける。
「なかなかやるではないか」
　雨音に混じるその声は、その場にいる誰のものとも違う。
「どうだ、驚いたか？」
　楽しそうに声を発していたのは、目の前のライオンだ。もとより喋れたのか、あるいは、先ほどの攻撃で知識を吸収したのが原因か。それはわからないが、ライオンが流暢に喋る様というのはなかなかに信じがたい光景だ。
「まあ……まさか喋ったりまでするとは思いませんでしたね」
「なかなか愉快な戯れだ」
　エドワウの負傷を癒すために進み出ていた結衣とそのサポートにつく夜は驚きはするものの動揺までは敵の前で示さない。
「もう少し驚いてもらわないことには、張り合いがないんだが」
　ぐしぐしと前足で顔を擦りつついうライオンの声はどこか寂しげだが、その様子はあまり気にしているようには思えない。
「デウスエクスであれば珍しくもないでしょう、貴方は少し、半端に過ぎます」
　言葉と共に千夜姫は仕掛ける。それにあわせ、ライオンも前足で地をかき、その視界から外れるようにライオンは高く跳んだ。
「いくぞ」
　ライオンの声。警戒し、気を張っていた彼女はそれが頭上ではなく、右手から聞こえた事にすぐさま気づく。流れるように螺旋の力を込めた腕が声の方向へと突き出される。
　だが手応えはない。ほんの数瞬送れて声の方向に向けられた視界に映るのは、雨を受ける、モザイクの顎。
　そこから発された声に、騙されたのだと気づいた瞬間には身を捻って、回避行動に移っている。
「臆病でもないが、負けず嫌いでは王としては不十分だろうか」
「こちは八人、一人を驚かせればというものではないでしょう」
　千夜姫に迫るライオンの両足を、夜の一閃が切り裂き、チャールストンの起こした爆発がその体躯を吹き飛ばす。
　すっかり泥に汚れたその体が立ち上がるとその目の前には既に、総一郎が肉薄している。
　魂を喰らう拳がライオンの体に深くめり込む。貼り付けられた姿を剥ぎ取られるかのように、むき出しになるモザイクの傷跡。
　体勢を立て直す間もなく、目前に迫るヒエルの振り上げる槌。手足を覆う気を纏い、怪しく輝くそれが足を止めたライオンの体を叩き潰し、道路が音を立てて陥没する。
　ヒエルが槌を担ぎなおし、現れた地面から微かに残されたモザイクの欠片が虚空へと消え、夢の獣は跡形もなく姿を消し去った。

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「お疲れ様です、熱いお茶でもいかがでしょう？」
「助かる。ポラリスにももらえるかな？」
　周辺の修復もあらかた済ませ、結衣の振舞うお茶と、夜の用意しておいたタオルを受け取り、お礼を述べつつ、ケルベロス達は一息を吐いていた。
「体が冷える前に、はやく引き上げたいところだな」
　総一郎の言葉に、民家の軒先で受け取ったタオルを被りつつ煙草をふかしていたチャールストンも軽く頷きながら、煙を吐き、住民が戻り、少しずつ消えていく住宅街の明かりを眺めつつ、小さく呟く。
「我々も温かい布団に包まれて夢の世界に行きますか」
「夢から覚めたら、きれいさっぱり元通り、です」
　エドワウの言葉の通り、目覚めた人々に待つのは元通りの街と、普段となんら変わりのない日常。　
「めでたしめでたし、かな？」
　本を閉じるような仕草とウィンクをした夜に、仲間達はそれぞれの違った反応を見せつつも、皆どこかホッとしたように雨音に耳を傾けて、ただ近づいてくるヘリオンの明かりを眺めていた。

作者：雨乃香	重傷：なし 死亡：なし 暴走：なし
種類： 公開：2016年12月17日 難度：普通 参加：8人 結果：成功！
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