驕り、そして溺れるもの

作者:キジトラ

 廃倉庫の中では怒号が飛び交っていた。
 中に居るのは10代後半から20代前半の若者たち。
 それが2つのグループに分かれて拳や鉄パイプ、木刀などを武器に戦っている。
 おそらくは不良同士の抗争なのだろう――だが、戦いは一方的だ。
 元々、廃倉庫に居たグループは数も少なく、既に追い詰められている。
「なめたまねしてくれた割には大したことねえなあ、おい!」
 大勢は決したとみて、もうひとつのグループのリーダーが前にで出た。
「こんな貧弱なチームで俺たちに喧嘩を売ってくれるとはなあ」
 どうやって詫びを入れてもらおうかと、彼はくつくつと笑う。
 後ろにいる他のメンバーも、威圧したり、茶々を入れながら同調した。
「……宝条さん」
 それに耐えかねて、追い詰められた側はおそらくリーダーと思われる奥に座っている男に声を掛けた。しかし、その声は何故か震えている。
 優勢側のリーダーが更に前へ出て、
「何なら今からリーダー同士のタイマンでもいいぜ。もっとも戦いに加わらず、奥で縮こまっているだけのチキンにそんな勇気はねえだろうが………あぅ?!」
 言葉の途中で顔に苦悶を浮かべた。
 何が起こったのか分からず、信じられない物でも見るように自らの体に巻きついている植物の蔦を見る。それが彼の見た最後の光景となった。
 次の瞬間には蔦に絞められて、無残な肉片へと変わってしまったからだ……。
「さて、俺に歯向かう馬鹿はどいつだ?」
 宝条と呼ばれた男がゆっくりと立ち上がる。
 手からは蔦のような植物が伸び、次の獲物は誰だと品定めをするように蠢いている。
「どうした? 人を超えた『チカラ』を味わえるなんて滅多にない機会だぜ」
 声を掛けながら悠然と歩み寄ってくる。
 優勢だった不良グループは恐慌の一歩寸前で、蔦があっという間に新たな犠牲者を捕獲すると、彼らは声を上げながら逃げ出した。
「がっはははははははははははは! もっと楽しんでいけよ、俺の『チカラ』を、な!」
 そして、ここから先はもう虐殺でしかなかった……。

「集まってくれださってありがとうございます」
 セリカ・リュミエール(シャドウエルフのヘリオライダー・en0002)はケルベロスたちに頭を下げてから事件の説明を始める。
「茨城県にかすみがうら市という近年なって急に発展した若者の街があります。この街では、最近になって若者のグループ同士の抗争事件が多発しているようなのですが」
 もちろん、ただの抗争事件ならばケルベロスが関わる必要は無い。
 ヘリオライダーが話を出したからには何かがあるのだろう。
「その中にデウスエクスである攻性植物の果実を体内に受け入れて異形化した者がいます。どうやら手に入れた力を使って暴れているようなのですが――」
 力におぼれ、他のグループとの抗争を繰り返しながら殺戮を楽しんでいるという。
 当然このまま放置することはできない。速やかにこれを撃破する必要がある。
「異形化しているのは宝条さんという男性です。彼らのグループはとある廃倉庫を拠点にしていて、宝条さんはそこに入り浸っています」
 なので、宝条に会うには廃倉庫に行くしかない。
 もう話し合いで済みそうもないことを考えれば、自ずとそこが戦場になるだろう。
「宝条さん以外のグループの方は、ただの人間ですので脅威にはなりません。彼らは皆さんが宝条さんと戦い始めれば勝手に逃げていくでしょう」
 そのため、若者たちの避難誘導は不要だ。
「宝条さんの使うグラビティは、身体の一部をツルクサの茂みの如く変形させて絡みつかせ締め上げるもの、地面に接する体の一部を大地に融合させるように変形して戦場を侵食し飲み込むもの、身体の一部を変形させて光を集めて破壊光線を放つものの3つです」
 能力的にはケルベロスたちよりもかなり上だ。
 これに加えて、戦術を考えるだけの知性もある。ケルベロスたちの方が数で勝る以上、宝条はその数を減らすことをまずは優先してくるだろう。
「ただ、宝条さんは挑発に弱いところがあるようです。喧嘩っ早いとでも言うのでしょうか。この点をつけば、戦いを有利に運べるかもしれません」
 典型的な挑発よりは図星をつく方がより効果が高い。
 手に入れた力におぼれていることを考えれば、この辺りをつくのもいいだろう。
「説明は以上です。かすみがうら市の攻性植物は鎌倉の戦いには関わっていないため、状況は大きく動いてはいませんが、これを見逃すことはできません。皆さんの力で何としても宝条さんを倒してください」


参加者
七海・渚(泡沫・e00252)
天谷・砂太郎(錆びた荒野を彷徨う剣士・e00661)
神野・京介(森人の後継ぎ・e03208)
霖道・裁一(残機数無限で警備する羽サバト・e04479)
エレミア・ベルリヒンゲン(リトルクラッシャー・e05923)
雷・魅龍(黒龍拳士・e06428)
ユーベル・クラルハイト(マルチレイヤストラクチャ・e07520)
公孫・藍(曇花公主・e09263)

■リプレイ


 廃倉庫の中は退廃的な香りがくすぶっていた。
 ケルベロスたちの進入に、訝しみ、そして威嚇するような視線が向けられる。
(「また出ましたか雑草人間。こういう連中は雑草みたいに刈らないとですね、やれやれ」)
 霖道・裁一(残機数無限で警備する羽サバト・e04479)は目的の人物を見つけ、心の中で嘆息する。廃倉庫の一番奥、酷薄な笑みを浮かべる男――宝条を。
(「チカラに溺れてしまったのですね。取り返しのつかなくなる前に助けられれば……」)
 一方、ユーベル・クラルハイト(マルチレイヤストラクチャ・e07520)の脳裏には叶わぬ思いが浮かぶんでいた。同じ思いを、七海・渚(泡沫・e00252)も抱いているが、過ちにも償えぬものがある。そして、これはそういうものであった。
(「……大丈夫。ちゃんとわかってる。私達のすべきことは宝条さんの撃破……それを違えるつもりは無いよ」)
 自分に言い聞かせるように、渚はやるべき事を思い浮かべる。
 そうしているうちに、神野・京介(森人の後継ぎ・e03208)が若者たちに呼び掛けた。
「ここは戦場になる。宝条以外は早く逃げな」
「私たちはケルベロスだよ。君たちには危害を加えたりはしないから」
 渚も後に続いて捕捉を入れる。
 さすがにケルベロスの名が出ると若者たちに動揺が浮かんだ。
「おいっ、ケルベロスが何だってんだ。尻尾巻いて逃げようってんなら俺に殺されるか?」
 苛立った宝条の声。
 若者たちの喉からうめくような声が漏れる。
(「まさしく虎の威を借る狐ってやつだね。さて、自分が強くなったと思っている勘違いに身の程を分からせてやらないとね」)
 致し方ないと、エレミア・ベルリヒンゲン(リトルクラッシャー・e05923)が前に出る。
「やあ、調子はどうだい自分が強くなったと思ってる勘違い君?」
「……何だと?」
 宝条の眉がぴくりと動いた。
「その借り物の力で私達を倒して『これが俺の力だ』とでも言うつもりかい? 随分の都合のいい思考回路を持ってるんだね」
「てめえ! 喧嘩売ってんのか?!」
 怒声を上げて宝条が立ち上がる。
「そんな他力本願な力で強くなって嬉しいのか? ……あ、ごめんごめん。努力が出来ないからそんなチンピラ風情で止まってるんだよな。ははは」
 続いて、天谷・砂太郎(錆びた荒野を彷徨う剣士・e00661)が追い討ちを掛けると、宝条は怒りで顔を歪めた。
「ふざけやがって、お前らなぶり殺しにしてやるよ!」
「……来なよ、身の程ってやつを教えてあげよう」
「その力ぶつけてこい! 真っ向からぶち壊してやる!」
 エレミアと、砂太郎の更なる挑発に、宝条は我を忘れて突っ込んできた。
 手からは既に蔦のような植物が伸び始めている。
 呼応して、すっと砂太郎は一歩前に。
「まずはお前から死にたいようだなあ!」
「……いいからちょっと黙ってろ」
 蔦が絡みつくと同時に、砂太郎は更に踏み込んで零距離からボディブロー! 纏わり付いた蔦も引き剥がして、宝条を廃倉庫の壁に叩きつけた。
 その光景に他の若者たちは一瞬固まって、
「逃げるなら今のうちだよ。さあ、急いで!」
 渚の声で我に返って一目散に廃倉庫から飛び出していく。
「くそっ、あいつらあああああ!」
「力で縛ったってそんなものさ。さあ、来いよ。最近運動不足だったし丁度いいかもな?」
 招くような仕草をする砂太郎。
 宝条の額に青筋が立った。


 宝条が怒りに身を任せて蔦を振るう。
 攻撃は直線的だが、そのスピードは侮り難く、砂太郎の体には次々と傷が刻まれていく。「ふん、粋がってる割にはそんなもんかよ」
 だが、砂太郎の顔には不敵な笑み。
 この程度など効きはしないと更なる挑発を繰り返すも……、
(「いてぇぇ、めっちゃいてぇぇぇ」)
 実のところはかなり効いている。
 されど弱みは見せられない。カッコつけた以上は男の沽券が掛かっている。
 そして、ここに居るケルベロスは砂太郎だけではない。
「人を超えたチカラ……確かに凄まじいモノです。けれど、天谷さんばかり構って他が留守になっていますよ」
 声が宝条の耳に届いたときには、ユーベルの電光石火の蹴りとボクスドラゴンのブレスが宝条を目掛けてクロスした。
「ぬぁあああ」
 耐え切れずに宝条が飛び退いた隙に、公孫・藍(曇花公主・e09263)の生み出したオーロラのような光が前衛を包み込む。傷が癒えていくのを見て宝条は舌打ちしながら邪魔をしたユーベルを睨み付けた。
「それは貴方の『チカラ』ではないです。宝条、貴方はデウスエクスに利用されているだけの哀れな存在です。本当は、今もずっと弱いまま」
 そして、ユーベルは意図的に一拍の間を置いた。
 はっきりと宝条に聞こえるように。 
「可哀想……」
「か、可哀想? 可哀想だとおおおおお?!」
 怒り心頭に発したのか、宝条が吼える。
「相手をしてさし上げます。どうぞかかってきて下さい。 いえ、怖いならば無理にとは言いませんけれども……」
 にこっと笑いかけるユーベルに、獣のような咆哮を上げて宝条が間合いを詰める。伸びる蔦と、超重力を纏ったゾディアックソードがぶつかりあう。ユーベルが押し負けそうになったところに、今度はレゾナンスグリードで裁一が割って入った。
「そぅれ、文字通り喰らってやります!」
「ぐおっ……」
 今度の直撃は堪えたと見えて、宝条の意識が裁一へと切り替わった。
「盆栽みたいには綺麗にやれないので派手に行きますよ~っと」
 先ほどの威力とは裏腹にゆるい口調。
 だが、あの威力は油断はできないと認識を改めたところへ死角から旋刃脚が迫る。
「油断大敵ってやつじゃないかな、おじさん」
 雷・魅龍(黒龍拳士・e06428)の一撃が腹部を捉え、宝条が思わず後ずされば、背後からは砂太郎と、渚の連携が襲い掛かった。
「……ちっ、いつの間に」
 ケルベロスの前衛たちによって取り囲まれた宝条。
 動揺と休む暇を与えぬケルベロスたちの攻撃に、反撃にも勢いが失われ始めれば、
「あ! 空振りしてる! へたっぴー♪」
 魅龍がすばしっこい動きを見せながら煽りを加える。
「全然こっちに当たってないけどおじさんどんな気持ち? ねえどんな気持ち?」
「……くそっ!」
 宝条が歯噛みする。
 挑発によってここまで追い詰められただけに、何とか耐えようとしているようだ。
「どうしたのかな? ようやく身の程ってものが分かったのかな?」
 今度は反対方向からエレミアが。
 攻撃に合わせて口にされる挑発に、宝条は完全に翻弄されていた……そう、ここまでは。
「――めんどくせぇえええええ!」
 宝条の足が廃倉庫の床のコンクリートと融合し、その周りを飲み込み始めた。挑発していた者が前衛に固まっていただけに、これで攻撃の手から迷いが消える。
「おらぁあああ!」
 更にダブルでもう一撃!
「オゥフ、回復せねば」
 裁一が真に自由なる者のオーラを発しながら飛び退る。
 前衛には既に京介のウイングキャットによってBS耐性が付与されていた。そのお陰で【催眠】の影響は少なく済んだが、もう包囲は崩れてしまっている。そして、宝条はそんな前衛へと更に追撃を掛けようとしていた。
 そこに響く声。
「貴方は強くなんか無い。そんな物に頼ってる時点で弱いまま……ううん、それ以下だよ。実力も何もない、ただ武器が強いだけで、貴方は弱いままだもん」
 反応して宝条は、渚へと顔を向けた。
「うっとうしい連中だぜ。お前らに何が分かるってんだよ!」
 怒りと共に放たれる破壊光線。
 渚も素早く呪文を詠唱して魔法の光線で迎え撃つ。
「弱虫! 意気地なし! 根性無し! 力に驕って溺れるだけの貴方みたいな弱い人になんか、絶対に負けないんだから!」
 こうして、渚が攻撃を引き付けている間に、
「藍も回復頼むぜ」
「心得ています」
 京介の黄金の果実と、藍のオラトリオヴェールが仲間を癒す。
 前衛もこれで態勢を立て直したが、挑発で翻弄するのもこの辺りが限界のようだ。
 ここから先はメディックの腕の見せ所と、京介はグラビティを操る。
(「俺にとって4回目の依頼。そして、4回目のメディック。慣れはあるけど、今回もちゃんと皆を支えて守れるように頑張るぜ……!」)


 戦いの均衡は徐々に崩れ始めていた。
 少しずつ積み重ねられたバッドステータスが、宝条の動きを縛り始め、
「やっぱ定番、植物は火に弱いことを証明してくださいってことで」
 気付いたときには、裁一の炎を纏った重い一撃がヒット。
「くそがあっ!」
 思い通りに行かぬ現状に、宝条が吼える。
「どうしたました? 次は精神攻撃ですよ、ほれほれ」
 茶化すような口調のまま、改造スマホから洗脳電波を放出する。更には死角を突いて、渚と、エレミアも飛び込んだ。絶え間ない攻撃の連続に、宝条の苛立ちは募るばかり。
「ようやく力を手に入れたってのにこんなところで負けてたまるかよぉおおお!」
 ケルベロスたちを振り払うように地面を侵食。
 焦っているのか精度は低くなってきているが、その威力にはいささかの衰えも無い。
(「力に溺れたい時期は誰にだってあるでしょうが、その刃の代償すら計れてはいないようですね。殺す快楽を得るのならば、己が死する覚悟もまた悦楽とせねば面白くもなんともないでしょうに」)
 藍は回復の手を止めて宝条に近づいていく。
「ねえ坊ちゃん、その使い方、間違えてますよ?」
 攻性植物が届く距離まで来たところで声を掛ければ、返答の代わりに宝条の蔦が襲い掛かる。それを攻性植物で受け止めて、藍は言葉を続けた。
「私も同じ蔓使い。これは誰かの血を飛び散らせるためだけに繁るのではありません。草木はね、愛して初めて花を咲かせ実を結ぶもの。力に溺れる今のあなたに使いこなせる代物ではないんです」
「口を開ければうっとうしいことばかり、うるせえんだよお前らは!」
「お馬鹿な子。反省できないならお仕置きが必要ですね」
 藍の口角が上がる。
 正面では植物同士がぶつかり合いを続け、
「残虐な慈悲よ来わし給え」
 声に反応して、密かに伸びた根が背後から宝条を襲った。
「ぬぅううう! や……らせるかよ!」
 だが、首を絞められながらも宝条はその力を手当たり次第に振るい始める。
「こんなでたらめを……木々よ友を守る盾となれ!」
 急ぎ、京介が幻想樹海の結界を。
 そして、その守りを当てにして魅龍が突っ込んだ。
「力を振るう者は別の振るわれる者に倒される運命なんだよ? おじさんももっと賢く力を振るえば良かったのにね」
 体の一部から溢れ出たブラックスライムが波紋のように広がると次の瞬間、鋭い鏃のようになって宝条を突き刺す。よろけながらも宝条は強引に振り払い、そして反撃を繰り出した。もうまともに狙いをつけていないが、周囲を取り込むような攻撃にケルベロスたちにも必然的に傷が増えていく。
「――攻性植物。俺もダンジョンで会ったレンドを左腕に生えさせてるけど……攻撃の為だけじゃない。この子は回復だって出来るんだ」
 負けはしないと、京介は手にした攻性植物に呼び掛ける。
「レンド、同じ攻性植物として【癒し】の力を見せてやれ!」
 前衛を癒す聖なる光。
 得られた活力に押されてケルベロスたちは勇敢に飛び込んでいく。
(「なんで、こんな抗争とか、喧嘩とかするんだろうね。こんな事で人の道から外れるなんて悲しすぎるよ……」)
 迎撃に向かってきた蔦を寸でのところで避けて、渚が肉薄する。やるせない思いも載せて音速を超えるスピードで拳を打ち込んだ。
「ぐあっ……くそがあっ! 何で俺の邪魔をしやがる!!」
 もうまるで駄々っ子のように叫びながら、宝条は力を振るい続ける。
 その様子に、ユーベルは悲しげな表情を一瞬だけ見せると胸に手を当てた。
「想いはずっと、この胸に」 
 思い出を圧縮して取り出し、創り出される無機質な弾丸――それが吸い込まれるように宝条を貫くと今まで周囲へと散らしていた怒りが、ユーベルだけに注がれる。
「今のうちです」
 仲間に呼び掛けると同時に、憎しと怒りの篭った破壊光線が彼女を穿った。
 だが、それで生み出された決定的な隙。
「ちぃ、ここで一気に終わらせる!」
 そして、砂太郎を皮切りにケルベロスたちの猛攻が連なる。
 意表を突いた角度から攻撃が迫り、それを宝条が辛くも防いだところに硬質な異音が響き渡った。それは魅龍の体の一部から現れたブラックスライムで、
「おじさんはもう終わりだよ!」
「死を記憶し、そして恐れろ!」
 魅龍と、エレミアが同時に攻撃を繰り出す。
 ブラックスライムが顎門ようになって牙を剥き、反対側からは持ちうる全てを込めた一撃が突き刺さる。宝条はまだ足搔くように手を伸ばしたが、その身体は過ぎたる力の代償として原型を残すことなく崩れて……消え去っていった。


 宝条の見た最後の光景は何だったのか。
 断末魔の瞳によって、藍は見た光景を語ることなく静かに目を閉じた。
「幾ら悪い子だからといえど、死ぬようなヘマを犯す必要はなかったでしょうに。さよなら。ゆっくりお休み」
 冥福を祈る彼女の唇に見える微笑みに、宝条にも僅かな救いがあったのだと思いたい。
(「……もうデウスエクスに振り回されないでくださいね」)
 傍らでも、渚が涙を堪えながら黙祷している。
 そして2人の弔いが終わったところで、魅龍が口を開いた。
「ブラックスライムで呑み込んでむしゃーってしようと思ってたのに」
「自らに取り込むということですね。でも、残らなかったものは仕方ありません」
 ユーベルの言葉に、魅龍はそうだねとうなずいた。
「……さて、帰ろうか。幸い廃倉庫だから後始末の必要もないしね」
 エレミアが頃合と見て仲間たちに呼び掛ければ、
「うん帰ろ帰ろーー!」
 と、魅龍から元気な声が返る。
 こうして順に廃倉庫を出て行くケルベロスたち。
 砂太郎は出る前に宝条の倒れた場所に冷たい視線を向けてつぶやく。
「ま、信念も覚悟もない力なんてこんなもんさ」
「そうだね。才能もなく、努力もなく。ただ偶然手に入れた力に溺れただけの相手なんてこの程度ものか。……逆にそういう相手で助かった、とも考えられるか」
 応えた、エレミアは続けて廃倉庫を出ようと砂太郎を促した。
 力に溺れるということ。
 その顛末。
 ケルベロスたちはそのひとつ結果を見て帰路についたのであった。

作者:キジトラ 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2015年10月11日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 3/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 4
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