電霊遊戯、調伏少女

作者:白石小梅

●電霊遊戯
 呪いの瘴気に包まれた街の中を走る、一人の若き陰陽師。
 呻きながら彷徨う粗末な着物の亡者たちが、街を闊歩している。
「うぅ、怖い……でも、面白そう……! よし! 悪霊退散!」
 灰色に変色した亡者たちへ、曼荼羅の描いてある符が飛んで行く。炸裂音と共に頭を弾き飛ばされた亡者たちが崩れ落ちる。
 馬に乗って突進してきた首なし武者を御幣で消し飛ばし、陰陽師の娘は十字を切る。
「怨!」
 と唱えれば、負った傷も瞬く間に回復する。
「へえ、回復はこう……ふんふん……」
 御幣を振り回し、曼荼羅を符に書いて放ち、白拍子の格好で十字を切る陰陽師は恐らく存在しない。
 が、十歳過ぎの子供が画像や動作を組み合わせて作ったアバターなどそんなものだろう。
 これはゲームなのだ。
 彼女が見ている呪いの街の映像も、全ては仮想のもの。
 現実世界には、寝間着を来た愛らしい少女がいるだけだ。

 そう。
 VRゲーム機に取り憑かれた少女の後ろには、プレイしているゲームの敵キャラと同じ死にざまで累々と横たわる人々の死体があるだけ。
 隣に浮かんだアバターの少女が、薄笑いを浮かべて街を進んでいく。
 永遠に来ないゲームクリアの、その時まで……。

 ※画像はイメージです
 
●調伏少女
「箱根山ふもとの温泉街に、ダモクレスの出現を予知いたしました。今回の任務は、このダモクレスの撃破となります」
 そう言うのは、望月・小夜(キャリア系のヘリオライダー・en0133)。
「現れるのは今話題になっているVRゲーム機型。山口・理沙ちゃんという少女に取り憑いて、現実を捻じ曲げゲーム世界に没入させているようです。彼女の傍にはゲーム内で構築されたアバターが実体化しており、このアバターがゲーム内の操作によって現実にグラビティを放ってくるのです」
 理沙は一般人だが、取り憑かれている今は、街を歩く人々は灰色の肌をした悍ましい亡者たちに、バイク乗りは首なし武者に見えているらしい。
 魑魅魍魎や鬼を討伐する、和風な世界観のゲームであるようだ。
「アバターは強いわけではなく、一定ダメージで消滅します。しかし、理沙ちゃんがコンティニューする限り万全の状態で何度でも復活するのです」
 だがVRゲーム機や理沙……すなわち『本体』を一度でも攻撃すれば防衛機能が発動。アバターは理沙と合体し、ダモクレスと化して戦闘力も大幅に強化される。依代と合体するため復活はしなくなるが、被害者を救うことは出来なくなるという。
 では、被害者を救う方法は? その問い掛けに、小夜は頷く。
「アバターは理沙ちゃんの意志と操作によって動いています。すなわち、彼女のゲーム続行の意志を折り、ゲームオーバーを選択させることです」
 
 しかしゲーム続行の意志を折るにも、ダモクレスはゲーム世界に相応しくない現実を世界観通りに修正して理沙ちゃんに認識させているらしい。
「すなわち、皆さんは『倒すべきボス敵』として彼女の目に映り、語りかける言葉も同様に恐るべき魑魅魍魎の語る台詞に変換されるでしょう」
 すなわちケルベロスとして、理知的な説得などをしても無意味ということだ。
「ですが皆さんが最初から魑魅魍魎や怨霊、鬼のような格好や演出で語りかければ、ダモクレスの検閲修正をすり抜けて言葉や行動を伝えられるようです。これを利用すれば、彼女の心を折れるかもしれません」
 理沙は十歳過ぎの子供だ。怯えつつも先に進みたい興味を原動力にホラーアクションに挑んでいる。
 そんな子にゲームをやめさせるには。
「最も単純な手はうんざりするほどアバターを倒して根気を潰えさせることですが……今回、有効なのは限界以上に怖がらせることでしょうか」
 ホラーゲームのプレイヤーの多くが、怖すぎてその日のプレイを一時的に断念した経験を持っているだろう。子供ならば尚更、恐怖には弱いはずだ。
「討伐さえできるなら、理沙ちゃんの生死は問いません。が、被害が出ないに越したことはないでしょう」
 
「可能な限り助けたいな……私も参加しよう」
 アメリア・ウォーターハウス(魔弓術士・en0196)が言う。
「周辺住民の避難、及び現場の封鎖はこちらですでに行っております。周辺被害は気にせず、闘ってください……それでは、出撃準備をお願い申し上げます」
 小夜はそう言って頭を下げた。


参加者
ハル・ルミナス(掲げるは星の冠・e00488)
ルベル・オムニア(至高の赤・e02724)
リヴィ・アスダロス(魔瘴の金髪巨乳な露出狂拳士・e03130)
綾小路・鼓太郎(見習い神官・e03749)
メアリベル・マリス(グースハンプス・e05959)
リリー・リーゼンフェルト(耀星爛舞・e11348)
夜殻・睡(氷葬・e14891)
音無・凪(片端のキツツキ・e16182)

■リプレイ

●オープニング
 箱根山ふもとの温泉街……歴史情緒あふれる街並みが、その日は静まり返っている。
 夜も温泉通いの人々が行き交うはずの通りに、今残っているのは地獄の番犬だけ。
 ただしその日の姿は、地獄の住人のそれに近い。
「VRで一般人が殺戮者に早変わり、か……単純に洗脳して手先にする訳じゃないのは、こっちの良心につけいる意図でもあるんかね?」
 そう語る音無・凪(片端のキツツキ・e16182)は、血染めのような暗紅色の襤褸を纏って、太刀を思わせる長さの斬霊刀を佩いている。
 同じく、着流しを着崩して血糊を纏わりつかせた夜殻・睡(氷葬・e14891)が、その姿を見つつひとり呟く。
「うん……刃を太刀っぽく前に傾けて佩くのいいな。如何にも人斬り臭いし。平安後期から鎌倉時代辺りには普通にいそうだな」
 鞘走らぬように気をつけつつ、残霊刀『雨燕』を佩きなおす。
 その隣には、巫術服を手直しして狩衣のように着込んだ、綾小路・鼓太郎(見習い神官・e03749)。携えた鬼の面と烏帽子を被れば、堕ちた陰陽師と化すだろう。
「ええ、今回の相手……己の所業を完全に自覚させないとは、小動物型ダモクレスより性質が悪い」
「そうね……仮想現実の世界を見せてくれるなんてステキだけど、いたいけな子供を操るのは感心しないわ。まあ、そんなに怖いものが好きならメアリたちで本当の恐怖を見せてあげましょ!」
 メアリベル・マリス(グースハンプス・e05959)がくすくすと笑いながら、ビハインドのママに般若面を被せる。本人は紅い着物の童女姿だが、携えているのは人形の生首だ。
 その隣では、リリー・リーゼンフェルト(耀星爛舞・e11348)が所属旅団謹製の白いケルベロスコートに血糊を仕込みつつ。
「……よし、メイクも出来た。緋袴もはいて……これならVR越しには血塗れの白拍子に見えるわよね。アメリアさんは用意した衣装、着れたかしら?」
 振り返れば、アメリア・ウォーターハウス(魔弓術士・en0196)は源平武者の甲冑のレプリカを着込んでいる。こちらは落武者系の演出のようだ。
「まさか大鎧を着る機会が来るとは思わなかったが。悠乃は、演出はいいのか?」
 サポートに来た彼方・悠乃は、普段の格好のまま頷いて。
「私は戦闘面で支援いたします。出来れば事後に、VRダモクレスを回収したいと思っているんです」
 と、そこに、白い襦袢に般若の面を被り、大鎌を携えた女が顔を出した。後ろに更に二人連れて。
「ふう。避難は終了。戻ったよ。しかし、この格好は寒いな。ハロウィンは終わったというのに……」
 一瞬、ビクッと幾人かの身が強張る。ルベル・オムニア(至高の赤・e02724)が、慌てて面をずらした。
「あ、ごめん……私だよ」
「はは、互いに路地裏でばったりとは会いたくない格好だな。さて、少年少女を殺戮の道具に仕立てる所業、許せる物では無い。何が何でも潰させて貰おう!」
 そう言って手を打ち付けるのは、リヴィ・アスダロス(魔瘴の金髪巨乳な露出狂拳士・e03130)。彼女は一人、洋風の修道服を着込んでいる。太ももが見えるくらいに入ったスリットが、本物とは明らかに違うが。
 はあ、とため息をつくのはハル・ルミナス(掲げるは星の冠・e00488)。彼女の仮装は襤褸の着物に、灰色に塗りつぶした顔、虹彩を白くしたカラーコンタクト。その仮装で避難誘導をするのは大変だったようだ。
「ええ。楽しいゲームを惨劇にするダモクレスは許せませんものね……ところで、ホラーゲームってやったことがないんですが、やめたくなっちゃうほど怖いんですかね?」
「それはまあ……これからわかるんじゃないでしょうか?」
 鼓太郎が、そう言って肩をすくめる。
 そう。
 ゲームは、これから始まるのだから。

●ゲームスタート
 通りから現れたのは、寝間着姿の少女とそれに取り憑くアバター。
 灯籠を思わせる灯りの中を、にこにこしながら走ってくる。
 まだ、ゲームを開始したばかりの様子だ。
 その耳に届くのは、澄んだ声音の童歌。誰もいない路地の真ん中で、赤毛の童女が歌っている。
「お嬢さん、遊びましょ。あなたはもう帰れない……」
 人形の生首を鞠の代わりにつきながら、冴え冴えとした笑みを向けるのはメアリベル。
「わお、本格的。周囲にも何体かいるわね……十体くらいかな?」
 と、依代の少女の声が上ずる。アバターの表情に、にやりと怖気立つような笑みが浮かんだ。
(「……! 位置どころか人数もばれた? あの子が気付くわけないから……つまり、ダモクレスのサポートね」)
 身を潜めていたリリーが、一人呟く。
 どうやらご丁寧に、少女の視界には敵の位置や気配が表示されているらしい。ダモクレスのセンサーをごまかすには、防具特徴などを駆使する必要があるだろう。
(「奇襲は断念ですね。でも『いる』とわかっていても、怖いものは怖いはず……」)
 同じく身を潜めていたハルが、目配せする。
 するりと身を晒すのは、ルベル。般若面の女が、大鎌を掲げて闘いの始まりを告げる。
「無駄よ……お前の全てを奪ってやる」
 その囁きと共に、荊が立ち上った。ルベルの荊姫の鳥籠が、仲間たちに破壊の加護を齎していく。更にハルが引き攣ったような笑いを浮かべて飛びだし、星辰の加護を降り注がせる。
 闘いの準備は、万端。
 メアリベルがママを引き連れ、けたたましい笑い声と共に斧を振るって飛び掛かった。
 そして路地裏からは、次々に瘴気に呑まれた亡者たち……もとい、それに扮したケルベロスが現れる。
「嗚呼、こんやもまた、ひとり……」
「ハハッ、こんなトコで嬢ちゃん独りたァどうした……?」
 ゆらりと現れる人斬り二人……否、凪と睡の刀が、アバターの両腕を裂いた。尤も、血飛沫の演出とノイズが走っただけで、次の瞬間にはアバターは元通りだ。
 妙な手応えに、睡が眉をしかめて。
(「ダメージ受けてもグラフィックは変わらない……うん。ゲームだな」)
 それならば傷つけずに少女本体を揺り起こせないかと、凪がそっと手を伸ばしてみる。だがその指先は少女に触れる直前、静電気のような衝撃に弾かれた。
(「チッ、障壁か……グラビティ以外の物理接触は完全にシャットアウトってわけだ」)
 続いて現れたのは、乱れた服のリヴィと縛霊手を引きずる鼓太郎。互いに神職を模しながらも、口走るのは狂気そのもの。
「貴様、異教の魔女か……? 異教の魔女には死の制裁を……!」
「嗚呼、非道う御座います、非道う御座います……ぁぁぁああ゛!」
 振り下ろされる斧、縋りつくように迸る縛縄。アバターの視界をトレースしている少女の目には、悍ましい光景が映っているのだろう。息を詰めて、慌て始める。
「うわわわ……! 反撃しないと! こうだっけ?」
 アバターは御幣を構えると、輝ける破魔の演出と共にそれを振り下ろす。
「こっちだ……こっちを向け……お前の命が欲しい……」
 舞うように割って入るのは、リリー。守護の力で攻撃を受け、煌めいた一閃がアバターから命の力を奪う。
 続けてアメリアの矢と悠乃の電撃が降り注げば、すぐさま流れは一方的になっていく。
 そして、しばらく経って。
「亡者退治だァ……? ヒトサマの稼業の邪魔すんなよ」
 やがて凪がアバターの首を掴み、火炎を一閃した。けらけらと笑う凪の足元に、少女の形をした幻影が倒れて転がる。
 これで撃破、一度目だ。

●コンティニュー
「あー……やられた。怖いなあ、これ……」
 そう言うのは依代の少女、理沙。
「何かしら、あれ。アバターが倒れたままスポットライトが当たってるわ」
 首を捻るメアリベル。鼓太郎がそれに応えて。
「多分……死亡時の演出じゃないですかね。YOU DIED的な……」
 アバターに触れようとしても擦り抜けるだけ。死亡と同時に、実体化が解けているようだ。
 リヴィがため息を落として。
「……で、あの子は何してるんだ? じっと俯いて」
「ロード中……いえ、コンティニュー画面を見てるのかしら?」
「こっちの様子は見えてもいないし、聞こえてもいない感じだね」
 リリーとルベルが近づいても、理沙はまるで見向きもしない。恐らく視界には、コンティニューの選択肢が表示されているのだろう。
 凪が苛立たし気に刀を叩き、睡はため息を落とす。
「こっちは全力なのに、向こうは倒れる度にインターバル開けられるのか……ヒールするほどの時間はねえし、うんざりだぜ」
「こっちがゲームの敵キャラだからだけど……なんか理不尽な扱いだよな」
「あれ、あの位置でそのまま蘇るんでしょうか? だったら、連続で攻撃できないかな」
 ハルに目配せされ、アメリアが弓を構える。
 やがてコンティニューが選択され、アバターの再構築が始まる。
 だがすぐさま放った矢は、それをすり抜けて虚しく空を切った。
「……! 復活直後の無敵時間か……向こうが状況を認識するまで、攻撃は無理だ」
 そしてアバターは再び襲い掛かって来る。
 相手の心を折るまで、永遠に続く闘い。
 これは依代の少女を挟んだ、ダモクレスと番犬との、狂気の根競べだ。

 再び闘い始めて、また数分。
「……倒れる前の呪縛は、全て解除ですか。単純な攻撃力で勝負するのが良いのかもしれませんね」
 悠乃が癒しの力を反転させてアバターの傷を広げつつ。
 アバターの力が弱いことを鑑みれば、呪縛を重ねる闘い方はあまり意味を成さないようだ。その前に向こうが倒れてしまう。
「反対に、闘いが長引く分こっちは有効だね……ほらほら、私たちはまた強くなったわよ。何度やり直しても、無駄よ」
 ルベルが嘲笑しながら、加護の鎖を呼び寄せる。破壊の茨に守りの鎖は、時が経つほど味方たちに行き渡り、こちらは消失しない。
「なんか、段々敵が強くなってるよぅ……なにこのゲーム……」
 怯えつつ愚痴を吐き始めた理沙が、護符を弾けさせる。それは前衛の防御を破らんと呪縛をもたらすが、畳みかけるようにハルが笑って。
「無駄ですよ。早くおうちに帰らないと手遅れになりますよ……さあ。さあ……!」
 ちょっと楽しそうに圧力を掛けながら、呼び寄せた流星が更に破壊の加護を重ねつつ、呪縛を吹き飛ばして行く。
「なんで死なないのぉ……」
 本体はべそをかきつつも、アバターは攻撃を繰り返す。それを、服の破れた修道女姿のリヴィが受け止めて。
「邪教の術に頼るんじゃあない! 異教の神に縋る軟弱者が! 死して贖え!」
 明らかに世界観逸脱ぎみの異教徒は自分だろうに、リヴィは理不尽を振りかざす。降魔の拳の連打に壁際に追い詰められながらも、アバターは身を捻って脱した。
 そこに今度は鼓太郎が掴みかかって。
「どうして吾等にこんな仕打ちをするのです、帰って下さい、帰って、帰れよ、帰れぇぇえ!」
 恨み辛みで織り上げられた撥を呼びだし、馬乗りになって殴打を始めた。
「汝を裁くは吾なるぞ、生らぬ為らぬと泣き喚け、涙成るまで打ち鳴らさん!」
 そしてそのままアバターは、血飛沫の演出の中で動きを止める。
 撃破、二度目……。

「……初回は五分を超えて、今度は五分掛かってないね。次はもっと早く落とす腹積もりで行こう」
「回復にも限りがあります。次くらいで決めないと、そろそろきつくなって来ますからね」
 ルベルとハルの打ち合わせに、リヴィがぜいぜいと肩で息をしつつ。
「いや実はもう結構、キツいんだがな……息が上がってきた」
「台詞を叫ぶのも……疲れ、ますからね……でも、まだまだ……」
 応える鼓太郎も、ぜいぜいと肩で息をしつつ、再びの闘いに備えて気合を入れ直す。
 そして。
 本体がべそをかきつつも、アバターは再び蘇る……。

●ゲームオーバー
 三度目の闘いになると、さすがに負傷もごまかしが利かなくなってくる。
(「勢いづくかと思ったが、逆だったか。まあ……あれじゃな」)
 弓を放ちつつ、そう思うのはアメリア。
「どうしたの? もう終わり? メアリはまだまだ遊び足りない……もっとあそびましょ。アナタの首も、頂戴……?」
 血塗れのメアリベルが狂ったように笑いながら斧を振り回し、アバターを滅多打ちにし始める。ママもまた、その背後に現れるや否や、一緒になってそこに加わって。
 這いずるように逃げたアバターの前に、ゆらっと立つのは、リリー。息が上がった血濡れの容姿は、仮装ではない。もう本物だ。
「痛くない……こんなの痛くない……」
 稲妻を帯びた突きを、アバターの腹に捻じ込みながら、その耳元に囁く。
「えと……夕されば、野にも山にも立つけぶり、歎きよりこそ燃えまさりけれ……」
 白拍子ならば今様でも歌うのが筋だが、その知識はないのでリリーは適当に書から拾った有名な和歌で押し切る。
「うぇえん、全然勝てないよ、怖いよこんなの」
 跳躍して逃れ、アバターは印を組んで回復を図る。頭上を飛び越えるところに、凪が声を掛けて。
「ぁあ? まだ生きてんの? あたしも相手するのいい加減飽きてきた……なんて、言うと思ったかい?」
 一閃がアバターを地べたに叩き落としていた。体力は減っても、今や破壊の加護は万全。その一撃は、ヒールの回復量を上回る。
 アバターが顔をあげると、そこには睡が立っていた。
「帰れ、人の子。其の目を覚まし、二度と踏み入るな。帰らぬつもりか?」
 本体の少女の表情が歪み、アバターの口が何か言おうとしたその時。
「ならば」
 死ね。
 声に出さぬ唇の動きは、少女に伝わっただろう。達人の一撃が、再びアバターの首を飛ばした。

(「頼むわよ……四度目はさすがに、戦闘不能者無しじゃ切り抜けられない……」)
 リリーは血を拭って、すすり泣く少女を見詰める。
 対してメアリベルは、その状況を期待してしまいそうな興奮に目を染めて。
(「メアリ怖いの好きよ……だぁいすき。狂ってる? 頭がおかしい? ふふ、ざんねん、あなたが気付いたころには手遅れよ! さあ……!」)
 やるだけのことはやったと凪は腕を組んでアバターをねめつける。
 緊張の一瞬。
 やがて少女は、言った。
「もうやだ……こんなのただ怖いばっかりで、つまんない」
 少女はVRゲームを引き剥がすと、それを投げ捨てた。火花が散って、アバターの姿がぶつりと消える。
 睡がはあっと息を吐いて、首を下ろす。
「ったく……悪趣味な機械だった」
 通りには疲れ果てた番犬と、泣きじゃくる少女だけが残された。
 ゲームは、終わったのだ……。

●エンドロール
 焼け焦げたダモクレスの残骸を、女たちが囲んでいる。
「うわっ……焦げ臭い。コードも融けちゃってますね。まるで、アバターに与えてきたダメージが本体に返ったかのよう……」
 ハルが焼け焦げたダモクレスの残骸を拾い上げると、それは火花を噴き上げながら、二つに割れて崩れ落ちた。
「ダモクレスは機械生命……死体にヒールをしても、直りはしませんね」
 悠乃が言う。目の前の代物はすでに融けたプラスティックと金属に過ぎない。回収は、不可能だ。
「アバターと本体は一体。依代を得ている間は再生が出来るが、依代を失った瞬間、ケルベロスに殺された事実に追い付かれる……といったところか」
 リヴィが身構えていた拳を解く。座り込んだ凪の前で、ゲーム機は完全に灼け融けて、地面の染みとなった。
「クソゲーも終わり、か。さて。あたしは、はっちゃけた後の取り繕いは苦手だ。そろそろ帰るが、そっちはどうだ?」
 アメリアを連れて戻ってくるのは、リリー。
「落ち着いたよ。もう大丈夫そうだ」
「それで、理沙ちゃんに話を聞いてみたけど……そのゲーム機は『サンタさんのプレゼントみたいに、枕元に置いてあった』そうよ。この時期を狙って、配ってる奴がいるんだわ」
 振り返れば、理沙は仮装を落とした仲間たちに事情を説明されている。
「じゃあ、お姉ちゃんたちはケルベロスなの?」
「ああ。もう大丈夫だよ。あのゲームは……まあ、呪いのゲームみたいなものでね。つけると何もかもが怖く見えて、外れなくなるのよ。ねえ?」
 首を捻る理沙に、ルベルが優しく語りかけている。頷くのは、鼓太郎。
「ですから、私達は怖い格好をしてお助けしに来たんです。ただ、アバターに向けてとは言え、遠慮なくやりましたから……さぞかし怖かったでしょう。もう大丈夫ですよ」
 二人は、彼女が人々を虐殺しつつあったことは語らない。子供には、衝撃的過ぎる話だろう。
「い、っづう……コンタクトは目に悪いよな、やっぱり……演技とかこういうの柄じゃないんだが……」
 コンタクトを外しながら涙を流している睡を見て、理沙はようやく納得し、涙に腫れた目を拭った。
「あーあ。メアリはもう少し遊びたかったけど。でも、和風ホラーゲームの世界、楽しかったわ。どう? お着物似合うかしら?」
 メアリベルは気持ちを切り替えて、理沙の前でくるくると回る。
「似合ってたし……すっごく怖かった」
 そう言って、少女たちは笑いあう。

 深まる師走の夜。
 穏やかな街には何事も起こらず、少女の思い出に少し怖い冒険譚が残っただけ。
 だが、デウスエクスたちの殺戮と侵略が終わることはない。
 番犬たちは進んでいく。
 クリアしたステージの次には、変化に飛んだ更なるステージが。
 深まり行く謎と、より強大な敵が。
 そしてそれを共に打ち破る、仲間達との出会いがある。
 それがゲームというものだから……。

作者:白石小梅 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年12月19日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 5/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 3
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