黒き仮想戦士、ホテルを駆ける

作者:そらばる

●リアル≒ゲーム
 電源を入れると、そこは幻想の世界。
 ツヨシの目前には、おどろどおどろしい悪の砦がそびえ立っていた。
「今日こそは悪が滅びる日だっ! 待ってろよ大魔王!!」
 背に担ぐのは、身の丈ほどもある大剣。ツヨシはそれを、軽々と扱って見せる。
『なんだ貴様、我が王の城に何――グァァァァッ!?』
 門番の魔物が醜く絶叫した。ツヨシの大剣が無造作に、魔物の腕を斬り払ったのだ。
 ――しかし、現実に血を流したのは、平凡な人間の警備員だった。
 ツヨシが現れたのは、白昼の一流ホテルの正門前。
 裸足の寝間着姿で、怪しげな大型ゴーグルを頭に取りつけた子供、それがツヨシだった。そのあまりの異様さを訝り、声を掛けた警備員が、最初の被害者となったのだ。
 ツヨシが動くと、それに合わせて傍らに付き従う戦士姿のイメージ映像が動く。イメージ映像が剣を振るえば、それは現実に破壊をもたらした。
「な、なんなんだあの子供!? デウスエクスか!?」
「ケルベロスを! ケルベロスを呼んでくれ――!」
 飛び交う悲鳴も気にせず、ツヨシは逃げ惑う人々をイメージ映像で斬り捨てながら、ホテル内へと突進していく。
「おらおら、ザコども! 逃げてないでかかってこいよ! オレが全部ぶっ潰してやる!」
 ゴーグル越しに、一体何が見えているのか。ロビーの人々を虐殺して回るツヨシは、実に活き活きと、とても楽しげだった。

●すり替えられた認識
「こたびは、VRギア型ダモクレスを装着した少年による、ホテル襲撃事件にございます」
 戸賀・鬼灯(ドラゴニアンのヘリオライダー・en0096)は詳細を語る。
 都内の一流ホテルに現れた小学生少年――ツヨシが、人々を虐殺するという事件が予知された。
 少年ことツヨシはVRギア型ダモクレスを装着しており、現実をゲームの世界と誤認しているようだ。ホテルを魔王が牛耳る魔物の巣窟であると認識し、ホテル内にいる人々を魔物のように殺して回るのだという。
「ツヨシくんの傍らには、ツヨシくん本人の姿を元にしたアバターがVRギアによって実体化されており、実際に攻撃を行うのはこのアバターでございます」
 アバターは一定のダメージを与えると消失するが、ツヨシの『ゲームを続けたい』という意志が尽きない限り、すぐに新たなアバターが現れ、戦闘継続となる。
 これはいわば、ゲームにおけるコンティニュー。新たに出現するアバターには、撃破したアバターに蓄積したダメージ、状態異常などは引き継がれない。ケルベロス側からすれば、全快状態で蘇生復活した敵と再戦、といった感覚になるだろう。
「打開策は、ツヨシくんに『ゲーム継続』を諦めさせる事でございます。彼の『ゲームを続ける意志』を折る形で、アバターを撃破する事が叶えば、再戦は発生せず、VR型ダモクレスは撃破され、ツヨシくんの救出も可能となりましょう」
 仮にVRギア及びツヨシ本人を直接攻撃した場合、ツヨシは身を守る為に、アバターと合体して、直接ケルベロスと剣を交える事になる。
 合体状態のツヨシは、戦闘力は強化されるものの、一度倒せば復活させずに撃破する事が可能となる。
 VRギア装着状態のツヨシは、ケルベロスやデウスエクスと同様、通常ダメージは無効だ。VRギアかツヨシに対して、グラビティによる攻撃を行わなければ、アバターとの合体は発生しない。
「しかしながら、アバターとの合体が引き起こされた場合、ツヨシくん自身の救出は不可能となります」
 目的は、VRギア型ダモクレスの撃破。どちらの対処をとるか、選択はケルベロス達に委ねられるが、可能な限りツヨシ救出を目指して欲しい、と鬼灯は頭を下げた。

 ホテルは三十階建て。今回はホテル側に連絡がついている為、ツヨシが現れる前に一般人の避難は済んでいる状態となる。ケルベロス達もツヨシ出現前に余裕をもって現着可能だ。
 ホテル内は完全な無人。しかしツヨシは、『妙に静かだが敵の罠かもしれない、けどそんなことに怯んだりしないぜ!』というノリで突っ込んできてくれるので、予知を違えることはないだろう。
 敵となるアバター、及びアバター合体状態のツヨシは、がっしりした黒鎧の戦士姿で、身の丈ほどもある大剣で攻撃してくる。とにかく力押しの単体・全体攻撃に、力を上昇させる治癒も織り交ぜ、ごり押してくるようだ。
「また、注意して頂きたいのは、ゲームの世界に相応しくない現実は、VRギアを通じてゲームの設定に沿う形に修正され、ツヨシくんに認識されるという点です」
 ケルベロスが目の前に現れれば『倒さなければならない強敵』と認識され、ケルベロス達の言動は、ゲーム的な悪党のそれへと都合良く変換されてしまうのだ。
「皆様が初めから、ゲーム世界の設定に相応しい『倒さなければならない強敵』の如き装いや演出をもってツヨシくんに接触されましたなら、皆様の言葉や行動をそのまま伝える事も叶いましょう」
 この性質を利用したり、ツヨシの性格を加味して行動する事で、『ゲームを続けようとする意志』を折る――要は『このゲームつまんない、やーめた』とツヨシに思わせてしまうのも、難しくはないだろう。
「ツヨシくんのゲームスタイルは、小難しい事を考えず、圧倒的な力で敵を蹂躙するパワータイプ。気持ち良く勝てない戦い、不利な戦いは好みませぬ故……アバターとの戦いに、手抜かりは不要にございます」
 ツヨシは魔王の玉座があるという設定の、最上階スイートルームを目指して進軍してくる。
 エレベーターは使える状態なので、いくらでも先回り可能。どこで接触しても構わないが、戦いやすいのは一階ロビーか、件のスイートルームが妥当だろう。
「目下、VRゲーム機の入手経路は判明しておりませぬ。かほどに危険極まる装置が広まれば、世に甚大なる混乱を招くことでしょう……」
 鬼灯は憂い呟き、しかし凛とした瞳を上げた。
「前途ある少年少女が、現実とゲームを取り違えて罪を犯すなど、起こし得てはならぬ悲劇。取り返しのつかぬ事態に陥る前に、ツヨシくんを止めて差し上げてください」


参加者
天司・雲雀(箱の鳥は蒼に恋する・e00981)
ノル・キサラギ(銀架・e01639)
アーティア・フルムーン(風螺旋使いの元守護者・e02895)
ルルゥ・ヴィルヴェール(竜の子守唄・e04047)
フィー・フリューア(赤い救急箱・e05301)
鳴神・命(気弱な特服娘・e07144)
イリス・ローゼンベルグ(白薔薇の黒い棘・e15555)
ケイト・スター(ヘルダイバー・e26698)

■リプレイ

●黒き魔王軍
 ホテルに……もとい、悪の砦に人の気配はない。
 明らかに罠っぽかったが、ツヨシは構わず正面から突っ込んだ。
「こんなことで、オレは怯んだりしねぇ!」
 ホテルのロビー……もとい、砦入り口の大広間には、黒々とした複数の人影がツヨシを待ち構えていた。
「魔物かッ!?」
 警戒も露わに身構えるツヨシとアバター。
 黒い集団は、明らかに人の姿をしていた。だが、そのいでたちは、各々に禍々しい。不吉な鎧の戦士、血染め頭巾の呪術師、黒茨の美姫、眼帯の魔槍士、異形の手足を隠さぬ剣士……。
 もちろん、それらはケルベロス達の仮装であった。
 柱にもたれかかっている、眼帯の魔槍士こと鳴神・命(気弱な特服娘・e07144)が、伏せていた面を上げる。
「一人か。勇猛なのか蛮勇なのか。まぁ……まおー様を落胆させないようにな」
「うっ……リアルなキャラだな……」
 鋭い視線と迫力にたじろぐツヨシ。どうやら、VRギア越しにも、ケルベロス達の芝居はそのままに伝わっているようだ。
「真っ黒な鎧でこんなところに迷子? それとも私たちの仲間になりたいのかしら、なんてね」
 別の柱の影から、アーティア・フルムーン(風螺旋使いの元守護者・e02895)が黒ローブの裾を引きずりながら現れ、意味深に呟いた。目深に被いたフードのせいで表情が見えず、なんとも不気味で大物っぽい。
「お前ら、魔王の手下か!?」
「耳障りに騒ぐのはおよしなさい。魔王様の御前よ」
 黒い茨に包まれた魔族の姫に扮するイリス・ローゼンベルグ(白薔薇の黒い棘・e15555)は、いかにも高飛車に、ぴしゃりとツヨシを叱責した。
「魔王……!? ここにいるのか!?」
 すっかり勇者になり切って受け答えするツヨシ。
(「よし、ここだ……!」)
 バトルクロスでファンタジーな悪役を演出し、厳めしい戦士を演じていたノル・キサラギ(銀架・e01639)は、ツヨシには見えない角度で、背後に向けてサムズアップしてみせた。
(「カンペ通り頑張って!」)
 ツギハギウィッチワンピースに血糊たっぷりのダーク赤頭巾、手に持つバスケットからは歯を剥いた素敵な笑顔のぬいぐるみをはみ出させ、心臓の鼓動の如く明滅する真っ赤な林檎を手に持ち……と、見事不気味な呪術師を演出するフィー・フリューア(赤い救急箱・e05301)も、同じくこっそりと声にならない声援を後方に送る。
 仲間達の期待を肩に、しずしずと歩み出たのは、褐色の肌に白い髪の、小柄な少年であった。
 ツヨシが目をまん丸にした。その反応こそ、ケルベロス達への認識が歪んでいない証である。
「ま、魔王……? お前みたいな子供が?」
「無礼ね。慎みなさい」
 騎士鎧のケイト・スター(ヘルダイバー・e26698)が、目を細めて端的に牽制した。
 魔王役として矢面に立たされた、祭祀服の近衛木・ヒダリギ(シャドウエルフのウィッチドクター・en0090)は、目を泳がせないように苦心しながら視線を上げ、精一杯の威厳を引っ張り出しつつ、暗記したセリフを読み上げた。
「魔物達の真実……我が何故魔王と呼ばれるのか……。
 貴様の幼く脆弱な精神には受け止めきれぬであろう……魔物化の残酷な真実を……。
 深き思索の果てにさえ、運命を知ること叶うまい……」
 重々しく、小難しく、意味深に。国語が苦手なノルが二時間かけて書き連ねた大作である。
 案の定、小学生の思考力に余る内容だったようで、ツヨシは目に見えて混乱している。
「なっ……なんかよくわかんねーけど、親玉がいるんなら話が早いや。ぐだぐだ言ってないでかかってこいよ、魔王どもっ!」
「私達は強いですよ。貴方に倒せるでしょうか?」
 いつもの笑顔を崩さず強気に発言してみせる天司・雲雀(箱の鳥は蒼に恋する・e00981)。悪役には向かない性分ではあるが、軍服姿と堂々たる態度で、まさに強敵の風格だ。
 命が柱から体を起こし、己が主に裁可を仰ぐ。
「我が魔眼、見せてやろう。……まおー様、よろしいでしょうか」
「……許す」
 『魔王』の短い答えに、命はにやりと笑み、引きはがすように眼帯を取り去った。魔眼という名目の、生来からの目つきの悪さが全開に解放される。
「私は魔王様の剣となり、すべてを闇へと落とします」
 黒ドレスの少女剣士に扮するルルゥ・ヴィルヴェール(竜の子守唄・e04047)は、手足を一部竜化させ、鋭い爪と鱗で異形を演出した手で武具を構える。傍らでは、ブラックスライムが質量のある闇の如く蠢いている。
 本物の歴戦の戦士達の気迫と戦意が、一気にアバターに注がれる。
 ツヨシは知らず知らず唾を呑み下しながら、しかし目の前の光景がすべてゲームであるという先入観に、恐怖心を誤魔化している様子だ。
「行くぞ、魔王! 悪は……オレが滅ぼす!」
 黒鎧のアバターが、勇ましく大剣を構えた。

●魔族達は含み嗤う
「まずはオマエだ! とりゃあー!」
 威勢のいいツヨシの声に合わせて、アバターが大きく跳躍し、雲雀を狙って大剣を打ち下ろした。のっけから全力を籠めた一撃はしかし、ケイトに難なく防がれてしまう。
「遅いね。修行が足りてないんじゃないか?」
「はぁ!? 硬っ!?」
 思わぬ手応えに驚愕するツヨシ。
「もしかしてこの程度なの? 勇者サン。この先はアタシより強いよ?」
 駄目押しの一言を返されながら、押し出されるように後方に退くアバターを、ケルベロス達が容赦なく追撃していく。
「我等が力、侮ったか。――皆の者、ゆくぞ」
 『戦闘隊長』を務めるノルは、死んだような目をしながら、いかにも傀儡めいて平坦に号令を発すると、自らアバターとの距離を詰め、積極的に足止めを狙っていく。
「簡単に勝負がついてしまってはつまらないでしょう? まだまだ付き合ってもらいますよ」
 雲雀がにこにこと螺旋氷縛波を撃ち込み、夥しい氷結を付与する。
「ホント優雅さの欠片もない戦い方ね。私が華を添えて挙げるわ」
 撃ち込んだ槍状の茨が、アバターの肩を内部から食い破り咲き誇る様に、イリスは悦に入って煽ってみせる。
「ふふっ、綺麗な花が咲いたわね。お似合いよ」
 『魔王』の紙兵に護られ、『呪術師』の緋色の秘薬に鋭さを増した『魔王軍』の猛攻が、アバターに殺到する。ツヨシは戦場の中心から離れた場所でアバターを操作しており、戦いの影響は受けずに済んでいる。
 ただ、思い通りにいかない戦いに、イライラしている様子なのは確かだった。
「くそ……一気に片づけてやる! 大剣タイフーン!」
 アバターが大剣を文字通り振り回し、派手に薙ぎ払いを放った。しかし受ける前衛はほとんどが盾役の上、守りも強化されている。攻撃の通りは非常に悪い。
「無駄よ。私がいる限り、守護は切らさないわ」
 アーティアは再度ヒールドローンで強化をかけ直しながら、さりげなくツヨシの注意を自身へと引き付ける。小難しい事を考えない子供なので、考え方から誘導してやらないと、硬い盾役を狙ってくる事はないだろうという判断だ。
(「あのアバター、一体どういう原理なんだろ」)
 百合水仙は同じくヒールドローンで戦線を補佐しつつ、新種のダモクレスに興味津々の視線を注ぐ。
 ツヨシは早くも機嫌を急降下させている。序盤から意図的に擦りこまれた大量の状態異常も、地味に堪えているようだ。
「うー、めんどくせぇ! もっと正々堂々攻撃してきやがれってんだ、卑怯者ども!」
「何を言っているのかしら? 悪が卑怯なのは当たり前よ。自分が正義だと言うならそれに勝ってみせなさい。まっ、無理だと思うけどね」
 旋刃脚を叩き込みながら、煽るのを欠かさないイリス。
「……ごめんなさい。でも、もう諦めた方が楽ですよ」
 スターゲイザーで踏み込みながら、囁くように呼びかけるルルゥ。
「魔王様にはけして敵わないのです。そしていずれは貴方も、新たな同胞に……」
「は……?」
 意味深に呟いたきり、ルルゥは口をつぐんでしまう。
 他のケルベロス達も、ただじっと、ツヨシを見つめる。
 魔王の幹部達から注がれる、静かで意味深な眼差しに、ツヨシは初めて、得体の知れない恐怖を自覚し、身震いした。

●魔王城の不気味な真実
 くつくつと不気味な笑い声で沈黙を破ったのは、『呪術師』のフィー。顔色悪く紫色にまとめた不健康メイクの顔で、引きつるような凄絶な笑顔を作って見せる。
「この城には魔物化の呪がかかっている……此処で戦い続ける限り、お前も徐々に魔物に近付いていくんだよ……? 此処にいる戦士達みたいに」
「え……な、なにそれ、そんな設定ありかよっ」
 ツヨシは動揺しつつも、幹部の一人が歩み寄ってくるのに合わせて、咄嗟にアバターを退かせようとした。が、アバターはその場に縫い止められたように立ち竦んでしまう。
「段々身体が言うことをきかなくなって来たでしょう……もう直ぐ貴方も魔物の仲間入り」
 追い込むフィーの言葉に合わせて、歩み寄った命は眼力を解放した。鋭すぎる凝視に、アバターとツヨシが同時に震えあがる。
「ほら、見てごらん自分の状況を。だいぶ魔物化が進んできたようだね。手足が石のようになってるよ。ガーゴイルかな? ストーンゴーレムかな? どんなお仲間かな」
 『目つきを怖がられた』事実に対する傷心を押し隠しつつ、恐怖を煽っていく命。
「くそっ、こんなもん……っ」
 気合一発、自己回復を実行するアバター。しかし攻撃力は強化されても、状態異常は取り払われない。さらに、回復量も見込みに達していないようだ。
「回復力が弱ってるんじゃない? 呪いが効いてきてる証拠だよ?」
 肩をすくめながら斬り込むケイト。実際はもちろん呪いなどではなく、刀に棲む怨霊がもたらしたアンチヒールの効力である。
「あら、ずいぶんと隙だらけ」
 アーティアはローブをはためかせながら、龍の嘶きの如く唸る風の刃で斬り込むと、すぐさま嘲笑うように身を翻して退いた。その間にも、観察するような視線が、常にアバターに付き纏う。
 衝撃に退いたアバターの目の前には、すでに行動を予測したノルの、生命力を失った瞳があった。
「お前も、早く心を明け渡すのだな……この俺のように」
 零距離からの連続攻撃が、アバターを激しく撃ち抜く。
「夢はいつか覚めるものです。花の終わりと共に、今日を終わらせましょう。せめて夢の終わりが美しく在りますように」
 歌うような雲雀の呟き。甘い香りと色とりどりの花弁が舞い、あたりはあたかも、何もかもが夢幻であるかのように。
「……っ、なにが魔物化だよ……そんなもん、負けたらどうせコンティニューできるんだろ! 何度だって戦ってやるよ!」
 ゲーム思考で気持ちを持ち直し、再度アバターの大剣を振り回さんとするツヨシ。
 しかし攻撃が来るより早く、フローネがビーム・シールドの出力を最大まで開放した。
「何度やってもこの壁は突破できませんよ。アメジスト・シールド、展開!」
 幾重にも張り巡らされた守護に弾かれ、大剣の威力も形無しだ。
 根気もアバターの体力も、順調に追い込まれていくツヨシに、最後の駄目押しをくれたのは、イリスの一言。
「いい事を教えてあげるわ。魔王様が生きていれば、私達は何度でも蘇る。つまり――あなたは永遠に私達を倒せない」
 近接攻撃しか持たないツヨシは、当然、後衛に居座っている魔王には指一本触れられない……。
「――クソゲーかよぉぉぉぉッ!!」
 小学生にしては退廃的な絶叫をBGMに、ルルゥの月光斬の鋭い軌跡が、アバターを真っ二つに斬り裂いたのだった。

●心折れてもゲームは好き
「あれっ……」
 アバター消失と共に、ゲーム画面はぷつんと真っ暗になった。
 VRギアは完全に機能を停止し、バラバラと分離するようにツヨシの頭から零れ落ち、幻のように跡形もなく消えてなくなった。
「きえちった……まあいいや、もうあんなゲームやりたくねーし!」
 ツヨシはすっかり嫌気が差した様子で床に胡坐をかいてぶすくれた。それから、ようやく自分が見覚えのない場所にいる事に気づいたらしい。
「え……ここ、どこだ?」
「ホテルですよ。大きな怪我はなさそうですね」
 気を張っていた肩を下ろし、雲雀はツヨシへ柔らかに微笑みかけた。
「悪は滅びる。あなたの言う通りだったわよ? あなたを操ろうとしていた悪い奴は私たちケルベロスが追い払っておいたわ」
「さっきまでのゲームはダモクレスの罠。危険なんだよ。家まで送ってあげるから、僕と別ゲーで遊ぼ?」
 アーティアとフィーが端的に事情を説明すると、ツヨシの顔色が真っ青に変わった。とはいえ、ダモクレスだの虐殺だのといった部分はすぐにはピンとこなかったらしく、
「パジャマに裸足で外歩き回ったなんて知れたら、母ちゃんに怒られる……!」
 と、実に小学生らしい苦悩に頭を抱えるツヨシであった。
 この分ならば、トラウマらしいトラウマも残るまいと、ケルベロス達は苦笑しあう。
「ところで、さっきのVRはどうしたの? 誰かからもらった?」
 もっとも気になる所を命がずばり訊ねた。
 しかしツヨシは首を横に振った。朝起きたら、枕元に置いてあったらしい。まるで、少し早いクリスマスプレゼントのように。
 そういう怪しいものには今後は不用意に手を触れぬよう、イリスがきつめに言い聞かせると、ツヨシも今回の件でこりごりだといったように素直に頷いた。
「……ゲームのこと、嫌いになってしまいました?」
 最大の懸念を問いかけるルルゥ。ツヨシは、えー、と首を傾げる。
「別にー。VRはしばらくいいやって感じ。他にやりたいのいっぱいあるし」
「合わないゲームってあるもんな。でも、たまにはやらないタイプのやつに挑戦してみてもいいかもよ?」
 ノルもすっかり生気を取り戻した目を光らせ、誘ってみる。
「太刀筋はなかなか良かったよ。そういうのを活かせるゲームをやってみるといいんじゃないか?」
 ケイトは武人ならではのアドバイスを送る。
 協力プレイも楽しいだとか、帰りがけ一緒に狩りゲーで遊ぼうとか、ゲーム談議に花を咲かせながら帰途につく一行の姿に、ダモクレスの企んだであろう惨劇の影は、微塵も感じられなかった。

作者:そらばる 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年12月17日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 2/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 6
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