崩せ、ドロップワールド

作者:林雪

●ゲームスタート!
「こらぁ! ウイルスども、街を荒らすのはやめなさい!」
 少女の凛とした声が響く。この街は全体的にカラフルで、街路樹やビルの窓ガラスなども、すべてお菓子のドロップで出来ている。少女もまたその街にふさわしいカラフルな衣装を身につけ、赤いドロップにも似た宝石の埋め込まれた剣を振り下ろす。
「おしおきキャンディ、えい!」
 ポンポンっ! と飛び出したキャンディはウイルスと呼ばれたザコ敵たちに次々命中し、ウイルスたちは次々にクッキーなどの可愛らしいお菓子に変わっていく。
「ようし! みーんなお菓子にしちゃうから!」
 少女の声に合わせて、街はお菓子で溢れていく……というのが、彼女に見えている光景。
 だが、実際は違った。
「ひえぇえっ?! なんだいこの子はっ!」
「大変だ! 子供が暴れてるぞ!」
 年末の横浜の街で、髪をふたつ結びにした小学生くらいの女の子が剣をふるう。どうやら着ているのはパジャマのようだった。だが、顔はよく見えない。頭から目元までを覆うように、VR型のメカが装着されているからだ。
「どんどん湧いてくるなぁ、えいっ! みんなクッキーになっちゃえ!」
 少女が剣を振るうと、刃のような黒く禍々しい力が発散され、街の人々に突き刺さる。次々と人々が倒れ、辺りは血の海になっていく。
「ぎゃあぁっ!」
「なっ、一体……うぎゃあっ!」
 帰宅ラッシュの時間帯、地下から地上に通じる階段を何も知らず上がってきた人々は次々と死んでいく。少女にはこの光景がまだ、キャンディとクッキーが弾けて消えるように見えているのだ。明るい笑顔で少女は言い放つ。
「さあ! 早くボスを倒さなくっちゃキリがないわね!」

●ヴァーチャル空間の悲劇
「横浜駅近くのビル街の通りで発生する虐殺事件を予知したよ。それが、事件を起こすのがどうも……人間の少女みたいなんだ」
 ヘリオライダーの安齋・光弦の表情は暗かった。
「どうやら少女は、VRギア型のダモクレスを装着してしまっているようなんだ。VRギア型ダモクレスが少女に見せている風景は、まるでゲームの中の世界。彼女はそのゲームのプレイキャラクターとして、敵を倒している気分でいるだけなんだ」
 だが、少女が手にしている剣を振るうと、実際の世界の人間に大きなダメージを与えてしまう。ゲーム気分の彼女はそれと気づかず、一般人を殺しまわってしまうという悲劇が起きてしまおうとしているんだ」
 一般人の被害者を出してはいけないのはもちろんのことだが、加害者になってしまった少女の心のダメージも想像するに難くない。光弦がケルベロスたちの顔をじっと見る。
「実際に攻撃を行うのは、少女の近く出現する『VRギアが実体化した少女のアバター』だ。君たちにはこいつと戦いながら、少女のゲームを続行しようという意志を折って欲しい」
 光弦は真剣な顔で説明を続ける。
「このアバターは一定のダメージを与えると消失するけど、ゲームの世界だからコンティニューが存在してしまう。つまり君たちが倒しても倒しても、少女本体がゲームを続ける意思を持ってしまっている間は、倒してもまた全くダメージを受けていない状態のアバターが出現してしまう、ということなんだ」
 ポイントは、少女が『もうゲームやーめたっと』という風な気分にさせることだという。
「少女のゲームを続けたいっていう気持ちが折れれば、VR型ダモクレスは撃破されて、少女を救い出せるんだ。もしアバターでなく少女本体やVR機部分を攻撃してしまえば、少女はアバターと合体してしまう。合体したアバターはもはやコンティニューは出来なくなるから一度で倒せるけど……合体してしまった場合は少女を救出することは出来ない」
 光弦が強調したかったのはここの部分だったようだ。
「VRゲーム機型ダモクレスを倒せば、任務は成功だけど……やっぱり、助けてあげて欲しい」
●敵能力
 アバターは少女型アンドロイド等と同じく、ドリルアームやミサイルで攻撃をしてくる。それとは別で、VRゲーム機型ダモクレスは少女に独特の誤認識をさせるようである。
「ゲーム世界に相応しく無い現実をVRはゲームの設定に合わせて修整してしまう。君たちケルベロスについては『倒さなければならないボスキャラ』っていう風に少女に認識させるから、優しい言葉とか普通の説得の言葉は改変されて敵っぽいセリフに変換されてしまうようなんだ。でも、君たちが彼女のゲーム世界の設定に姿を寄せれば話は別だ」
 どうやら甘いもの大好きな少女のゲーム世界では『甘いものは正義、虫歯やバイキン、あと激辛は悪!』というものであるらしいのだ。
「だから何だろう、君たちがバイキン大王ーとか、激辛女王! とかそういう感じで『彼女のゲーム世界で倒されるべき強敵』として彼女の前に姿を現わせばきっと、言葉や行動をそのまま少女に伝える事が出来ると思う。これを利用してゲーム世界内で少女に話しかけて、ゲームを続けようとする意志を折る事ができれば、きっと被害者を出さずに事件を解決出来るだろう」 
 ケルベロスたちが事件に介入出来るのは、少女が事件を起こすまさにその瞬間であるので、周囲の一般人をザコ敵と認識して攻撃し始めてしまう前に立ちはだかれば、少女は勇んでボス戦を始めるだろう。
 短く息を吐くと、光弦は改めて信頼を籠めてケルベロスたちを見た。
「一体どうして彼女がVRゲーム機を身に着けてしまったのかは不明だ。でも何も知らない少女に大罪を犯させるようなことをさせたら絶対にダメだ。難しいとは思うけど、君たちならきっとうまくやれるって信じてるよ、ケルベロス」


参加者
赤堀・いちご(ないしょのお嬢様・e00103)
加賀・マキナ(灰燼に帰す・e00837)
ビスマス・テルマール(なめろう鎧装騎兵・e01893)
ヴァーツラフ・ブルブリス(バンディートマールス・e03019)
柳橋・史仁(黒夜の仄光・e05969)
アーニャ・シュネールイーツ(時の理を壊す者・e16895)
甘露寺・翡翠(ドラゴニアンの降魔拳士・e29300)

■リプレイ

●ボス敵降臨?
 師走の横浜駅周辺。普段でも人通りの多いこの通りは、まもなく帰宅ラッシュにさしかかる。
「何かの撮影かな?」
「ノリノリだったね、あの子」
 クスクス笑いながら通り過ぎる人々の声を耳にし、ケルベロスたちは足を急がせる。人波を軽くかき分け、少女の姿を確認する。なるほど少女の顔には大きなゴーグルのようなものが装着されていた。これこそがVRゲーム機型ダモクレス、今回倒すべき敵の正体である。
『こらぁ! ウイルスども、街を荒らすのはやめなさい!』
 少女はまさにゲームをスタートしたところだった。服装はパジャマのようである。
「間に合いましたね、良かった」
 ビスマス・テルマール(なめろう鎧装騎兵・e01893)が胸を撫でおろす。常時使用している鎧装の上に赤い島唐辛子のきぐるみを纏った姿は、ボクスドラゴンのナメビスとお揃いである。
「まだ油断出来ないよ。まずは一般人に危険が及ばないようにしないと」
 加賀・マキナ(灰燼に帰す・e00837)がそう言って周囲の人たちを遠ざけるべく走る。エト・カウリスマキ(オラトリオのガンスリンガー・en0146)も後に続いてそれを手伝った。
「よし、それではあの子の世界に入らせてもらうとするか……のう」
 老人口調で柳橋・史仁(黒夜の仄光・e05969)が話すのにも、とっておきの白い立派なつけヒゲを装着しているのにも、ビスマスの着ぐるみ同様訳がある。
 アバター化している少女のゲーム世界では、ドロップみたいに色が明るく可愛いものと、甘いお菓子が正義である。基本的に彼女だけの世界に干渉するには、その世界観に沿ってやる必要があるのだ。史仁が低く作り声を出す。
「ワシは泣く子も腹を壊す『ケルベロス』ウィルス……」
 黒くて悪いもの、例えばウイルスは悪物である。それに。
「アタシの名は虫歯クイーン! 今まで歯向かってきた奴等同様、お前の歯も穴ボコにしてやるぜ! ハーッハッハッはッ!」
 そう告げて、なかなか堂に入った悪人笑いをするカルナ・アッシュファイア(炎迅・e26657)は、虫歯イメージの悪魔角に黒い尻尾をつけ、その上からボロボロのローブを羽織っている。甘いものいっぱいの世界において、虫歯などは最悪の悪である。それから。
「わ、私は怪人シマトンガラシン! 島唐辛子というのは南西諸島のご当地トンガラシで沖縄では昔から栽培されています、泡盛に漬けると香りのいいコーレーグスになり……ええと、とにかく辛いですよぉ~フッフッフ!」
 そう、辛いのも悪。絶対悪なのだ。
 甘露寺・翡翠(ドラゴニアンの降魔拳士・e29300)のフワフワした口調であってもそれは変わらない。
「んーっと……山葵姫さんじょう、なの。ツーンと辛くてお魚さんと相性がいいのっぽいの。お鼻に抜けて、涙が出ちゃうの」
 悪は見過ごせない、何故なら少女は、ゲームの世界を守る正義のヒロインなのだから!
『出たわね、悪のウィルッサノペポポュス軍団!』
「……え? うぃ、ウィル?」 
「何じゃって?」
 子供の想像力の逞しさ。突然ボスキャラたちに囲まれて、テンションが上がったらしい少女の言葉に目を点にするカルナと史仁を後目に、少女は名乗り始めた。
『この私、飴玉戦士シャイニングドロップ・ピンクが相手になるわ!』
 ここでさすがのアドリブを利かせるのは、赤堀・いちご(ないしょのお嬢様・e00103)である。
「私は悪のウィルッサノペポポュス軍団の姫、虫歯のプリンセス♪ シャイニングドロップ・ピンク、やっつけちゃうからねっ」
 子役として場数を踏んでいるいちごは素早く空気を読み、上手くセリフを返して少女の世界により深く入り込む。黒いドレスに大きなフォークを持った悪魔っ子は、翼と尻尾を小憎らしくも可愛らしく動かした。
『やれるものならやってみなさい! 虫歯プリンセス!』 
「すごい、さすが演技派子役さんですね……私も頑張ります!」
 体にフィットする黒のフィルムスーツに羊の角をつけて、やはり虫歯菌っぽいイメージのアーニャ・シュネールイーツ(時の理を壊す者・e16895)が持参したお菓子の袋を開くと、バターの香ばしく甘い香りが漂った。中にはアーニャお手製のフィナンシェがいっぱい。
「さあさあ、せっかくの美味しいお菓子、食べちゃうぞ~?」
『わあ、いいにおい!』
 一瞬、少女の素顔が見える。好感触である。この感じで、彼女の興味をゲームの世界から現実に戻せれば作戦は成功だ。
「本当に、いいにおいなの……」
 と思わず翡翠が呟く。アーニャが嬉しげに微笑んで、翡翠に耳打ちした。
「沢山作ってきましたから、終わったらみんなで頂きましょうね」
 その様子を少し離れた位置で眺めていたヴァーツラフ・ブルブリス(バンディートマールス・e03019)が、愛用のライフルの銃身で肩を軽く叩きながら、口に加えた葉巻に火をつける。漆黒のスーツスタイルでニヤリと笑う姿はゲームの演出、ではなく割と素の彼に近いものである。
「いいぜ、こちとら悪人だ。精々根を上げるまで苦しめてやろうじゃねえか」

●ゲームスタート!
『ボスを倒せば、ザコ敵もみんないなくなるはず! 虫歯クイーンも姫もその手下も、絶対やっつけてやるんだから』
「手下、ってワシのことかのう……?」
「多分俺もだろ」
 史仁とヴァーツラフの呟きを余所に、少女は大張り切りで手にした剣を振り回す。
 相手はアバターであるため、この姿を何度倒しても少女は蘇ってケルベロスに立ち向かって来てしまうだろう。訴えかけるべきは少女の心に、である。
「ゲームを続けたい心を、折る……難しいですがやり遂げます! アジーフォードプラスの構造完全把握……島唐辛子特別バージョンで、生成開始っ!」
 ビスマスの鎧装は、辛そうな着ぐるみと合わせる為に真っ赤な金目鯛仕様になる。
『きゃあぁ、何これ?!』
 少女のアバターに砲撃が始まった。いつもならご当地の魚の気を纏うはずの弾丸だが今日はほんのり唐辛子味噌風味。
『辛いの攻撃、やるわね怪人トンガラシン!』
(「あくまでゲームを楽しみたいだけの、普通の女の子ですもんね。絶対に助けてあげますね」)
 内心でそう誓いつつも、いちごはボスキャラ演技を続ける。玩具の大きなフォークをリズミカルに操り、その隙間から魔力を籠めた藍色の瞳が瞬きした。
「さーって、大人しくしてねっ♪」
 ここからはケルベロスたちは少女のアバターに対し、考えられる限りの足止めをかけていく。
「……最善を尽くすよ。でも……最悪の場合は」
 マキナが真剣な表情で言葉を飲み込む。とりあえずはアバターの動きを鈍らせて、仲間の説得の言葉を届ける。その作戦を成功させるために全力を尽くすことだ。
 カルナの魔法光線が少女の体を包み、その隙に史仁は仲間を守護すべく星座の輝きを呼び出した。どれもこれも、これまで戦ったザコ敵とはひと味違う。
『さすがはボス戦……簡単じゃないわね。でもあたしは負けない!』
 闘志に燃える少女の胸部が展開し、エネルギー光線が放たれる。これも恐らく彼女自身にはゲーム内の可愛い攻撃に見えているのだろう。だが実際は。
「あっ……う!」
 ターゲットになった翡翠を守ろうと、いちごとサーヴァントのアリカさんが割って入ったが間一髪間に合わない。翡翠の体に一直線に命中し、翡翠がよろける。回復役の史仁が急ぎ駆け寄って支える。
「少女よ、乱暴はイカンぞ」
『何言ってるのバイキン一族のくせに!』
「……コイツを一般人にやっちまったら、まあシャレじゃ済まねえな」
 ヴァーツラフが呟きつつ、離れた位置から制圧射撃で少女の足元を狙う。翡翠も傷を押して、身軽に跳ね回る少女の足止めをと蹴りを放つ。
 少女の中でケルベロスたちはやはりばい菌一族としか見えていないが、言葉は一応通じている。これを利用し、アバターの体力をじわじわ奪って動きを鈍らせ説得の言葉を届けるのだ。

●コンティニュー?
『もうっ、しつこいなあ!』
 アバターの体力は案外少なく、ケルベロスたちの攻撃が重なると、簡単に消滅、また新たな体となって復活してきた。
「根比べだな、こうなりゃいくらでもやってやるぜ」
「削れてくだけじゃ、ダメだ」
 マキナが少しだけ苛立たしげな様子を見せる。
「こちらも守りは固めています、焦らずいきましょう」
 ビスマスがそう言う横を、島唐辛子着ぐるみのナメビスが飛んでいく。そのままストラップになりそうな可愛いさである。
「たとえ仄かな灯りでも、集まればそれは希望となる……」
 史仁の詠唱は、今の状況をそのまま現しているようだった。皆の、少女を助けたい気持ちを少しずつ丁寧に集めて、なんとか彼女を止める。集中力が高まり、ケルベロスたちの攻撃は精度を増した。
『……なんか、どうしたんだろ? 敵に攻撃が当たらない……この黒いのが、いけないのかな……』
 被弾した箇所が黒いペイントにでも見えるらしい少女の表情が曇る。ケルベロスたちが積み重ねた攻撃が、徐々に少女の行動力を奪うことに成功したのだ。
 簡単な装飾を施して三叉槍の形に改造したゲシュタルトグレイブをクルクル回し、地面に軽く突き立てとても悪者っぽく振る舞いつつ、カルナは持参したドーナツを取り出して説得を開始した。
「ゲームでお菓子見てるよりも、本物のお菓子食べる方が美味しいぜ?」
 その言葉に合わせてアーニャもお手製フィナンシェを取り出して笑顔を向ける。
「良いにおいでしょう? このままだとお菓子は全部食べちゃいますよ」
 いつの間にか、少女は剣を下に下ろしていた。視覚聴覚と同じくらい重要な嗅覚に訴えた作戦は、功を奏したようである。
 ビスマスが優しい声を出す。
「お菓子を食べる為にも、一度ゲームを止めた方が良いと思いますよ」
 周囲に漂う甘いにおいに鼻をクン、と動かしてから翡翠も畳み掛ける。
「そろそろ、お家に帰ったら? 甘いお菓子がきっと待ってるの」
 少女はしばらく黙っていた。手足が妙に重たい。ずっと夢中でゲームをしていたので、疲れや空腹にも気付いていなかったが、どうやら徐々に感覚が戻ってきているらしい。
「……なーんか、おやつ食べたくなってきちゃったし、今日はゲームもうやーめた」
 その言葉を待っていた、とケルベロスたちの視線が少女に集まった。少女が自らゴーグルを外す。すると、一瞬アバターの姿が歪み、次に鮮明になったときには明らかに空気が変わっていた。姿は確かに少女のままだがこれまで口元だけでも豊かに変化していた表情が凍りつき、横一文字に結ばれる。両手はだらりと下に下がり、まるでロボットである。
「やっとお出ましですね、これが本体!」
 少女本体がゲーム続行の意志を捨てたことで、敵が正体を現したのだ。目元の大きなゴーグルそのものが人間を操るダモクレスなのである!
「こうなったら遠慮はいりませんね!」
 言うやビスマスが集中砲撃を開始。取り囲んでいたケルベロスたちが一気に距離を詰めていく。
「っ、もう、一息です!」
 光線を体を張って遮りながら、いちごが演技をかなぐり捨てて叫ぶ。
「食らえ!」
 ヴァーツラフが両手に構えたライフルからフルオート連射が始まった。反動を脇で器用にいなし、放ち続ける弾丸が少女、いや、ダモクレスの四肢を撃ち抜き、敵の身は踊るように揺れた。もはや少女本体に危険はないとわかっていても、その姿にアーニャは改めて憤る。
「子供を利用しての虐殺……絶対に許しません! 時よ、凍れ……テロス・クロノス!!」
 アーニャの怒りはフルバーストとなって敵に炸裂。
「よし、押し切れる!」
「――HA! 派手にいくぜっ!」
 爆炎に乗るように、史仁も攻撃に踏み切った。炎の竜が舞う中、最後の一撃はカルナ。黒いナパーム弾のシャークマウスがギラリと光り、次の瞬間戦場は炎の海と化す。その中心で、卑劣なVRゲーム機型ダモクレスは墨となって崩れたのだった。
 
●クリスマス前にやってきた?
 戦いを終えたケルベロスたちは、まず近くに倒れていた少女の元へと駆け寄った。
「さあ、これを着るといい」
 老人演技から素に戻った史仁が、少女の裸足の足にモコモコスリッパを履かせ、先まで衣装として着ていたローブを渡す。どうやら少女は、朝起きたそのままの姿でVRゲーム機型ダモクレスを装着し、そこから今の今までゲームの世界にいた様子だった。
「怖かったか? ゴメンな。お詫びに何か甘いもんでも買ってやんよ」
 先まで悪のクイーンだったカルナが人懐っこい笑みを浮かべて気さくに話すと、少女も笑顔で首を横に振る。
「ううん、怖くなかったよ。クイーンかっこよかった」
「そっか、ありがと。じゃ次は虫歯じゃなくて、お菓子のクイーンにするかな」
 そのやり取りを聞いていた翡翠が、ぼそりと言った。
「お菓子のクイーン……スイーツ食べたくなってきたの」
「あ、そうだ。においだけじゃ、あんまりですよね。皆さんも一緒に頂きましょう」
 思い出したアーニャが袋を開き、フィナンシェを振る舞う。
「うん! ありがとうお姉ちゃん! これ、ずっと食べたかったの」
 そう言って笑顔でお菓子にかぶりつく少女の姿を、いちごはニコニコと見守っている。服装こそ黒いドレスのままだが、先までの小悪魔的な生意気さは全て演技の上のもの、今はすっかり楚々とした雰囲気に変わっていた。
「ねえ、あの玩具どうやって手に入れたか覚えてる?」
 少女が落ち着いたところを見計らってマキナが問う。本当は残骸を調べたかったのだが、VRゲーム機型ダモクレスが消滅してしまった以上、事件の手がかりは少女の言葉しかない。が、少女の答えは『起きたら枕元に置いてあった』というものだった。
「起きたら枕元に……と言えば、あれしかないですね」
 と島唐辛子着ぐるみを脱ぎながらのビスマスの言葉を受けて、ヴァーツラフが呟く。
「サンタクロース、かよ。胸糞悪ぃ手を使いやがる」
 罪のない少女を陥れようとした張本人は、いずれ必ず懲らしめてやらねばならない。子供の冒険心や好奇心を利用するようなやり方を許してはいけないと、自分たちが守った少女の笑顔を見ながら改めて決意するケルベロスたちだった。

作者:林雪 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年12月18日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 4
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