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すっかり日の落ちた『墓地のフィールド』に、ふくろうの鳴き声が不気味に響く。
ざわざわと耳障りな音を立てるのは風に揺れる木々か、それとも他の何かなのか。判別はつかないが、勇者としてここに立つ少年には、恐怖など微塵もありはしなかった。倒すべき敵を求むる少年の胸を満たすのは心躍る高揚感だけだ。
墓地から地下ダンジョンへの門を潜り抜け、煤けた石畳の階段を下り。辿り着いたフロアにうろうろと彷徨う闇系モンスターの群れを見止めた勇者は至極楽しそうに幼い口角を吊り上げる。
「こいつらをキレーに討伐して、街に平和をもたらしてやるぜ!」
駆け出した勇者の聖なる剣が、彼の覇気に呼応するように破邪の光を迸らせた。
上着一枚羽織らずに地下鉄の駅へ繋がる階段を降りてきた少年を、人々は訝しげに見上げた。コートをきっちり着込んでも寒いくらいのこの時期に、殆ど寝間着のような格好で、加えて頭部に何か不可思議な機械まで装着した少年の姿はあまりにも奇異が過ぎる。
とはいえ、各々目的地へと向かうための足を止めはしない。不敵に笑う少年の背後――浮かび上がるようにして現れた鎧姿の何者かが惨たらしく最初の一人を切り裂くまでは、この場所は普段と同じ、何の変哲もない地下通路だったのだから。
「よっし、一匹目!」
割れんばかりに反響する悲鳴を気にも留めぬ様子の少年が揚々と拳を振り上げると、彼の後ろにぴたりと寄り添う鎧姿もまた動きを合わせ拳を振り上げる。ただひとつ、鎧姿の拳に剣が握られていることを除けば、寸分違わぬ所作と言えた。
逃げ惑う人々を襲う悪意なき凶刃が鮮血の海をつくりだしてゆく。
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とっても強い勇者になって悪い奴らをバッサバッサと切り伏せていく爽快感を実際に体感できたら、どんなに楽しいだろうか。
「VRギアってゆーの? それを頭んとこに着けた少年が人を殺して回っちゃう事件が起こるんす」
眉根を寄せた蛍川・誠司(虹蛍石のヘリオライダー・en0149)が言うには、そのVRギア型ダモクレスを装着した人間には現実がゲーム内のように映るらしく、誠司の予知した件の少年もまるで一般人が敵であるかの如く虐殺を繰り広げるのだそうだ。
「少年のすぐ近くにVRギアが実体化させた少年のアバターがいるんすけど、実際に攻撃とかをするのはアバターのほうっすね」
さらさらとメモ帳にボールペンを走らせた誠司が、重なるように二体並んだ簡素な棒人間の絵をケルベロス達に提示する。後方に位置する棒人間の手の辺りには剣らしき武器が描かれていた。
「このアバター、ある程度ダメージ与えれば消えるんす」
誠司なりにわかりやすさを追及してか後方の棒人間の頭上に矢印を書き入れながら続ける。
「でも少年がゲームを続けようとする限りは何度でも復活するんすよ。それも、受けたダメージもバッドステータスもねぇ状態で。コンティニュー……みたいな?」
要するに、少年の『ゲームを継続する意志』をどうにかしないと、アバターは消失しても結局は蘇ってしまう。
ただ、それは裏を返せば。
「だからさ、この子がゲームを続けたくないって思うような感じでアバターを撃破すればいいんじゃねぇかなって」
そうすればアバターと共にVRギア型ダモクレスも撃破され、少年を救うこともできるようだ。
もちろん他の方法もないわけではないが――言葉を選ぶ僅かな逡巡ののち、誠司は困ったような苦笑を浮かべ。
少年や、彼の装着するVR機部分を攻撃した場合、少年は自己を守るためにアバターと合体して戦うことを選ぶ。その場合には戦闘力は上がれども一度倒しさえすればもう復活することはない。が、当然、合体している状態の少年の救出は不可能である。
「ダモクレスの撃破が最優先っすから、どっちの方法でも大丈夫なんだけどさ。……ま、できたら、でいいからさ、助けてあげてもらえねぇかな」
指先で緩く頬を掻き、ヘリオライダーは浅く頭を垂れた。
事件が起こるのは少年自身はダンジョンであると信じて疑わない地下通路。時間帯的には日が暮れてからであるがゆえに、通路内には帰路をゆく人々が多く行き交っている。
VRギア型ダモクレスはゲーム世界に相応しくない現実をゲームの設定に合わせて修正し、装着者に認識させているため、少年から見たケルベロス達の立場は『倒さなければならない強敵』となるだろう。つまりケルベロスとしての説得や優しい言葉はダモクレスの修正変換を受けてしまい、意図通り伝わらない。
その代わり、少年がプレイしているつもりになっているゲーム世界の設定に相応しい『強敵』を装った格好や演出での言動はそのままの形で伝えることができるようだ。
「うまいこと『こんなゲームやーめた』ってさせたげて」
子供達が自覚のない罪を背負わぬように、そして何より、一般人を虐殺から守るために。
このとーり、と袖に隠れた両掌を合わせる。
「どっから手に入れちゃったのかはわかんねーけど、コレ広まっちゃったら絶対ヤバいやつだからさ」
合わせた両手を斜めに傾け、誠司はぱちんと片目を瞑った。
「よろしく頼んます」
参加者 | |
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雨月・シエラ(ファントムペイン・e00749) |
古鐘・るり(安楽椅子の魔女・e01248) |
ミステリス・クロッサリア(文明開華のサッキュバス・e02728) |
マサヨシ・ストフム(蒼炎拳闘竜・e08872) |
リュコス・リルネフ(銀牙迸り駆ける・e11009) |
アム・クローズ(漆黒の救済美少女・e24370) |
比良坂・冥(ブラッドレイン・e27529) |
ウージュ・ヤオ(殀无惧・e34009) |
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これから少年が降りてくることになる階段へ一般人が近付かぬよう、古鐘・るり(安楽椅子の魔女・e01248)は落ち着いた様子で彼らの避難誘導と階段の封鎖に取り組む。自警団所属のリュコス・リルネフ(銀牙迸り駆ける・e11009)はこういった避難誘導は手慣れているらしく、人々の心に安堵を生むよう力強く呼び掛け、微笑んだ。
「慌てないで指示に従って避難してね! 大丈夫! こわーいデウスエクスはボク達がちゃんとやっつけるから!」
「静かに、落ち着いて逃げるんだ。貴方達は安全だ」
努めて冷静に振る舞うマサヨシ・ストフム(蒼炎拳闘竜・e08872)の対応も円滑な退避に一役買って。
詳細な説明はなくとも、訪れたケルベロスが避難を促しながらデウスエクスの名を出せば自然と緊張感は高まるものだ。
「無自覚とは言え、無闇矢鱈に力を振り回すのは面白くねェな」
「また面倒なのが出てきたもんだね……」
唸る如く呟いたマサヨシに同意するように、雨月・シエラ(ファントムペイン・e00749)も溜息混じりに零す。
シエラ自身は他人に対してあまり関心なんて持っていないけれど、きっと帰路を急ぐ人々にも家族や友人、大切な人がいる。もしもダモクレスの目論見が成就してしまったら、この場には悲しみしか残らなくなってしまうだろう。
実際に少年が一般人相手に手を下してしまえば、少年には『悪気がなかった』から『悪くない』、なんて綺麗事は通用しない。
「子供を盾に取る様な戦い方なんて……そーいうの、うんざりする」
吐き捨てた言葉の端に滲む、達観しきれない年相応の少女らしさ。
戦闘場所となる地下通路での迅速な対処が進む中、リズミカルな音が地上から反響を伴って一同の耳に届いた。やたらと威勢の良い、元気な足音が。
破邪の剣を振り翳し、石造りの地下ダンジョン(に見えている場所)へ降りてきた(つもりの)勇者は、想像に反してモブモンスターがほとんどいない構内にぽかんと呆気に取られた顔をした。
それもそのはず、彼にとってここはよくある街救出イベント関連の場所で、言うなればレベル上げと名声と爽快感を求めてやってきたような感覚だったのだから。
だからこんな――、
「此処をお前の墓場にしてやろう……」
「ふふふ……私のコレクションに加わりたいコがまたヤッテきたわネ」
こんな、最終決戦直前ボスラッシュみたいな、見るからに強そうな奴らが待ち構えているなんて、夢にも思わなかったのだ。
まさに戦闘イベントの序幕に相応しく不敵に台詞を述べるシエラ、元から白い肌を白粉で一際真白く染め上げたミステリス・クロッサリア(文明開華のサッキュバス・e02728)。ミステリスは妖艶な肢体に纏ったドレスの裾を翻し、不穏な語句を紡いでみせる。
少年の視線が一般人側へ逸れないようにバサァッと豪快に広げた比良坂・冥(ブラッドレイン・e27529)の片翼は闇色模る漆黒を湛え。
「ようこそ、我の絶対結界へ……」
禍々しく、そして仰々しくキープアウトテープを展開する冥の仕草に少年が固唾を呑んだ辺りで、
「ほう、あなたが噂の勇者でーす……げほんごほん、勇者ですか」
一歩前に歩み出たウージュ・ヤオ(殀无惧・e34009)が小馬鹿にしたような態度で慇懃無礼にニヤリ。
「さてさて、どの程度楽しませーて……おっと、楽しませてくれるのでしょうかね?」
微妙に彼本来の口調が紛れかけているが、装った悪役の振りが効いているのか、はたまたダモクレスによる認識操作か――顔面上部を機械で覆った少年は口元を苦々しく歪め、武器を構えるようなポーズを取る。
少年の背後に浮かんだ鎧姿のアバターに目を遣れば、そちらはあらん限りの気迫を目頭らへんに籠めて、果敢に切先を掲げていた。
●
「こ、ココってこんな重要ダンジョンだったのか?」
少年のたじろぐ傍からもくもくと立ち込めていくバイオガスの煙がただならぬ雰囲気をより一層煽っている。
その演出を兼ねた目くらましに乗じ、身を潜ませていたアム・クローズ(漆黒の救済美少女・e24370)が引き続き少年の視界に映らぬよう行うのは一般人退避の仕上げ。通路が地下鉄の駅と繋がっているとあらば導き手は多いに越したことはない。アムを含め、るり、マサヨシ、リュコスと、集まったケルベロスのうち半数が人々の避難を第一にと考えて行動している現状なら、うまく手分けをして被害を最小限に防げるはずだ。
ちらりと少年側へ視線を走らせ、るりは彼の知覚を支配するギアについての考察を巡らせる。装置の見た目こそVRギアと一般的に称される物だが、現実を元にして世界を改変するだけの機能と考えれば本質的にはむしろAR……拡張現実に思えた。
(「むしろ複合現実と言うべきなのかしら」)
さりとてあのダモクレスが正常な認識を阻害しているのだから嘘は嘘。なれば断罪の手を下さんと、嘘が大嫌いな少女は無表情の裏に激情を潜ませる。
ともあれ、少年は少年で想定外に対し彼なりに思考を働かせたらしい。
「雑魚相手よりおもしろそーじゃん!」
狼狽を見せたのも一瞬、手の込んだ演出と敵グラフィックに「このゲームやっぱすげぇ!」とわくわくが勝ってきたようで、少年は嬉しそうにぎゅっと拳を握り締め直す。VR機の影響で倒さなければならない強敵として置き換えられるケルベロスの存在は、勇者の立場からすると挑戦すべき壁なのだろう。
聖なる一閃を喰らえとばかりに意気込んで勇者は眼前の『悪』へ突進を仕掛けた。
「悪は勇者が滅ぼしてやるぜ!」
アバターの繰り出す剣技がシエラ目掛け振り下ろされる。が、刃の襲撃より早く二人の間に滑り込んだ冥は、なんかこう暗黒光の剣とか形容されそうな感じの鞘入り刀でアバターの攻撃からシエラを庇い。
鍔迫り合いの刀越し、熱い瞳の鎧姿を追憶の眼差しで見つめ返した。
「その目……父も昔はお前のように理想に燃えていた」
在りし日を懐かしむように紅の双眸を眇め、語るはまさかの唐突な『悪堕ちした主人公の父』設定である。
「だが世界を蹂躙する蠱惑には抗えぬ。――さぁ、血脈の盟約に従い此方に来い」
剣を弾き返すと同時に大仰に羽ばたいて宙に舞い上がる。そのまましなやかな動作で手を翳してみせると、夥しい本数の剣が中空を満たした。
少年が思わず歓声を上げる格好良さげな闇キャラなれど、当の冥本人は演技と裏腹、真っ黒にしちゃった羽の染料ちゃんと落ちるかなぁ、なんて、割と暢気なことを考えていたりして。
額から鼻にかけてスクリーントーンを貼ったような黒い笑顔を浮かべた冥の死天剣戟陣に穿たれ、防御姿勢を取ったアバターに、今度は怪しい黒魔女姿のミステリスが迫り寄る。淑女の名を冠したドレスでも包み隠せない豊満な胸をたゆんと揺らし、絶えず不気味な笑声を洩らし続けるミステリスの様相は控えめに言って怖い。
「オイデオイデオイデオイデ」
こわい。
「貴方も私に混ざりなサイナ!」
至近距離であんぐり口を開くブラックスライムの迫力は死力の戦いを演じる上での派手な効果を狙ったもの。ギア装着者のゲーム中断が目的ならばクリアした気分にさせてしまえばいい、という作戦の一環だ。
悟られぬよう適度に加減した八百長の激闘を繰り広げ、都度称賛を贈ったりし、ある程度経ったら負けた振りをして少年の達成感を満たす。そうすれば自然とプレイを終了させるのではないか、と。
しかしいくら見た目や中身が年端もいかぬ少年であろうとも、戦闘相手はダモクレスなのだ。全力で挑んでくるデウスエクスを侮って掛かれば当然、ケルベロス側の消耗は当初の予定以上に激しくなる。
「面白い、これほーど……んんっ、これほどの力の持ち主とは」
ウージュの迫真の演技も真実味を増していた。
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かくして死闘ごっこ担当の面々が倒された振りを実行する頃には、それ相応に傷も埃も積み重なって。
「これが私の本体のクレオパトラ顔ヨオオオオオオオ!!!」
「うわあああああああ」
大晦日の国民的歌合戦よろしく煌びやかにアルティメットモードしたミステリスに余程驚いたのか闇雲に武器を振り回した末、強敵を打倒した気分に浸る少年は盛大に息を吐いて汗の伝う頬を弛める。
けれど荒く上下する小さな肩が取ろうとした次なる行動は満足げにギアを外すなんてことではなく。
「これでっ、勇者の勝ちだぁー!」
確信した勝利を更に確実にするべく、頽れた標的へ剣を突き立てることだった。
仲間への追い打ち攻撃にすぐさま反応を示したマサヨシは素早くアバターとの距離を詰める。少年が『トドメを刺そうとする』のは懸念していた良くない兆候、作戦方針を変更するに足る条件のひとつ。
すなわち、気持ち良く終われる良ゲーから徹底的に少年の心を折るクソゲーにゲーム内容を移行するタイミングである。
突如立ちはだかった存在は少年を色めき立たせるには充分なほど。
「まだ出んの!?」
防がれてしまった止めの一撃に歯噛みして、少年は新たな強敵を倒さんと蒼躯の竜人へ向き直る。――向き直るが。
「……な、なんとか言えよ」
これまでの賑やかしさを拭い去るかの如く、対するマサヨシは沈黙を貫いたまま。
彼が一切喋らぬ理由は絶対に倒せない負けイベントの敵を彷彿させる印象を与えるためだったものの……既に敗者となった対戦相手を尚も痛めつけようとする少年の挙動は、守護の矜持を抱く青年の逆鱗に触れてしまったのかもしれない。マサヨシの醸し出す本気の殺意が少年の足をじりじりと退かせ、重苦しいまでの圧倒的な殺気などこれまで感じたことのないだろう少年の体は小刻みに震えていた。
微塵も躊躇のない蒼炎纏う正拳突きがアバターを真正面から殴り燃やす、その瞬間を見計らって、今が好機とばかりに戦闘に乱入する小柄な影。
颯爽と現れたリュコスは高らかに叫んだ。
「きゅうしょにあたった!」
加えてアバターの吹っ飛んだ先に回り込んで大型ハンマーを振り被り、思いっきり勢いを付けて脳天へ高威力の氷撃を叩き込む。
「きゅうしょにあたった!」
命中するが早いか再び文言をリピート。
同じ言葉を何度も繰り返し使用するのも勿論、クソゲーらしさを強調するが故。獣化した四肢と毛皮の鎧で蛮族スタイルを表現した敵キャラクターが丁寧にシステムメッセージを読み上げる様はなかなかにシュールだ。
不意を打たれたアバターは凍てついた身体を懸命に起こそうとするが、八百長試合で積み重なったバッドステータスも手伝って上手く攻撃に移ることができない。
「ゆうしゃはうごけない!」
当然アバターの行動失敗時も逐一システムメッセージが入ります。
ゲームの毛色が変わってしまったハテナと苛立ちの入り混じった表情を見せ始める少年の頭上、
「ふふ、お遊びは楽しかった?」
疑問を解消する暇もなく天井から涼やかな少女の声が降る。
見上げれば、逆さに吊り下がるアムの姿がそこにあった。地下ダンジョンに棲まう美少女ヴァンパイア、満を持して推参! といったところだろうか。
VRギア型に興味はあれど子供の純粋な心を弄ぶダモクレスの悪質さは頂けない。私が救ってあげようじゃない、と自信溢れる赤瞳を細めたアムの愛らしい唇が弧を描く。
「ここからは悪夢の始まりよ」
確かになぁ。
●
アムの予言通り『ゲーム』は変貌の一途を辿る。あんなに怖かった黒魔女はカクカク踊り狂っているし、悪役幹部キャラ然としていた褐色肌の少年はネットスラング混じりに操作テクをディスってくるし。
「下手っぴ乙!」
「なんだとぉっ!?」
ウージュと言い合う間にも他の強敵の攻撃は止まないものだから、小学生の頭の中はてんてこ舞いである。フルボッコの最中にアムが優先使用するトラウマや催眠などの状態異常は、少年の幼い精神を着実に追い詰めていた。
ゲームバランスをガン無視した猛攻を喰らっては幾度かの消滅と再登場を強いられるも、少年の意志は未だゲーム継続に傾いているよう。ケルベロス達が先程までわざと加減してくれていたと知らない彼には、面白かったゲームが急におかしくなったように感じられているのだろう。
しかし、
「ゆうしゃはしんでしまった……」
倒れる度にそれをあげつらうリュコスの悲壮感漂う演出が心を深く抉る。
「勇者の力って、そんなもの? そんなんじゃ誰も救えやしないよ」
シエラも煽り文句めいた言葉を嘯くが、声音はどこか自嘲的な色を含んでいた。微かにシエラの頬を彩る苦笑すら挑発と受け取ったらしい少年はまたも懲りずにコンティニューを選択し、直後、変な動きをしていないほうの魔女――るりに目標を定める。
唯一自分より年齢の低そうなるりならば組し易いとでも思ったのか。勇者の聖なる爆砕波動に巻き込まれたるりは、彼の思惑通りあっけなく吹き飛ばされた。
流麗な青髪を床に乱して倒れ伏した小さな魔女を見遣り、彼女の演技に気付かぬ少年は手応えアリと気を持ち直す。とはいえこのやり取りは全部るりの計算内なので、当然思いもよらぬ展開が待ち受けているわけだが。
「五秒以内に封印の呪文を唱えないと私は復活するわ」
「えっ」
これには少年も困惑顔。
「いーち、にーぃ……」
「知らねーよそんなの!」
「ダメ、呪文が間違ってる。更なる進化を遂げた私の復活を見届けなさい」
理不尽かつ壮大な台詞を言い放ちながらるりは普通に身を起こす。少女の容姿に目立った変化は見当たらないけれど、よくよく観察すると頭部に一対の角が追加されていて。
進化したっぽい部分がたったそれだけなのは、曰く。
「進化後の画像を用意出来なかったのよ」
こともなげに衣服の汚れを払い、少女は立てた親指をくいっと横に向けた。指し示す先では猫背の冥が億劫そうな所作で取り出した煙草を吹かしている。それは美味そうに。
「下請けブッチでもう三日寝てないしテキトーでいいっスよね」
なんということでしょう、格好良かった父さんはいつの間にか疲れたクリエイターにクラスチェンジしていた。
唖然とした少年の開きっぱなしの口が呟く。
「もしかして……」
「そうよ、売り逃げクソゲーなの」
身も蓋もない。
愕然とする少年の耳元へはシエラが優しく囁きかけ。
「……宿題は終わったの?」
そんな小学生的クリティカルを囁かれたら太刀打ちする気力も失われようものだ。
「きゅうしょにあたった!」
急所には違いなかった。
辛酸と苦汁を一緒に舐めさせられるこの感じを『ごらんの有様』とでも呼べばいいのか。少年の心の折れる音が聞こえてくるようだ。
「もうやだこんなゲームっ!」
遂に嫌気の差した少年の絶叫と共にマサヨシの蒼炎に包まれ、打ち砕かれたアバターが崩れ去ってゆく。
アバターが再出現する気配はない。ダモクレスの支配から解き放たれた少年にそっとコートをかけてやるアムの面差しは慈愛に満ちていた。
作者:鉄風ライカ |
重傷:なし 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
公開:2016年12月21日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 0/感動した 1/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 10
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