安心・危険な心折設計

作者:廉内球

「すっげー! 超グロい!」
 VR機器を頭につけた少年が棒、もとい剣を振り回すと、鮮やかな剣閃のエフェクトが視界に広がった。やや離れた場所で釣り竿を持った魚人のような怪物が、クーラーボックスに魚を放り込んでいる。
「ぶっ! 何アレ、ギャグ? 経験値マズそー」
 とはいえ見つけたからには倒しておくべし。戦士アツシは魚の化け物へ躍りかかった。
 数秒後。そこには、血まみれの釣り人。少年の傍らにある、戦士アツシの姿をしたイメージ映像に切り裂かれ、すでにこと切れている。
「やっぱ大したことなかった……あれ? あの壁もしかして隠し通路とか?」
 戦士アツシは倉庫のシャッターへと向かった。そして、棒を振り下ろす。ガシャンと大きな音とともに、イメージ映像がシャッターを切り裂いた。
「やっぱり! 俺くらいの古参ともなると分かるんだよねこういうの」
 そして、VR機器を身に着けた少年とイメージ映像は、さらなる惨劇を生み出すべく倉庫内部へと向かう。
 
「港だ」
 アレス・ランディス(ドラゴニアンのヘリオライダー・en0088)は短く言った。
「VR装置……あのでかいゴーグルのような形をしたダモクレスの活動が確認された。アツシという少年が身に着けてしまっている」
 アツシには、ゴーグルにより人間がモンスターに見えている。バーチャルリアリティだと思い込んで棒を振り下ろす動作をすると、傍らに浮かぶアバターがその剣で切り裂いて、敵を殺したという事実を現実のものにするのだ。
「アバターはある程度攻撃すれば消滅するが、アツシがゲームをやめようとしない限り復活してしまうだろう。そうなると戦闘はやりなおしに等しい」
 ならばVR装置を狙って破壊したりアツシ自身を攻撃すればいいかというと、そうでもない。
「ダモクレスの本体やアツシを攻撃すると、アツシとアバターが合体してしまう。そうなると一度倒せば終わりにはなるが、アツシももろともに死ぬことになる」
 防ぐには、アツシがゲームをやめるように仕向けたうえで倒すことが必要だ。
「相手の獲物は一般的な長剣だ。グラビティとしてはゾディアックソードのものとほぼ同じだな」
 ガンガン攻撃を仕掛けてくる分、防御についてはおろそかになっているのが特徴だ。動きもさほど速くはない。が、本人は最強の剣士のつもりでいる。
「アツシには木の棒が伝説の剣に見えている。他にもヒロイックでない現実は都合のいい音声や映像に改変されている。お前たちの姿も、アツシにはボスモンスターに見えるはずだ」
 さらには、言葉さえもゆがめられる。自分たちはケルベロスだ、という名乗りが「我こそは大魔王なり」などと聞こえてしまうせいで、普通に説得したのではアツシは納得しない。
「手っ取り早く飽きさせるには、そうだな。アツシは死にゲーというものが嫌いらしい」
 具体的には、何度もゲームオーバーになりながら、そのうちにコツをつかんでやっと勝利するような高難易度ゲームだ。攻略の糸口も掴ませずに短時間で何度もアバターを倒してしまえば、アツシはゲームを投げ出すだろう。
 なお、現場の周辺には釣り人がいるが、戦闘が始まれば自力で逃げていくとアレスは予知している。
「仮想現実は仮想であるうちなら自由だがな、現実に被害を出してしまっては、見過ごすわけにもいかん」
 アレスはヘリオンを示す。
「さあ、乗ってくれ。今から向かえば、最初の被害が出る前に仕掛けられるはずだ」


参加者
月見里・一太(咬殺・e02692)
御門・愛華(魔竜の落とし子・e03827)
進藤・隆治(キザメヌマオオトカゲ・e04573)
ユーフォルビア・レティクルス(フロストダイア・e04857)
フリードリッヒ・ミュンヒハウゼン(ほら吹き男爵・e15511)
久保田・龍彦(無音の処断者・e19662)
山蘭・辛夷(ネイキッドアームズ・e23513)
フレック・ヴィクター(武器を鳴らす者・e24378)

■リプレイ

●この先クソゲーがあるぞ
 雷光のような速さで、進藤・隆治(キザメヌマオオトカゲ・e04573)がアバターの上空から攻撃を仕掛ける。ヘリオンから飛び降りざまの攻撃、地獄の炎を纏った剣が、アバターを一刀両断に切り裂いた。
「うわっ今のドラゴン演出じゃねーのかよ!」
 アツシが叫ぶや否や、アバターが復活した。アツシにはヘリオンが演出の邪悪な飛竜に見えたらしく、その攻撃が自分に届いたことを驚いているようだ。
 その隙に、他のケルベロス達も降下、各々『死にゲー』ないしは『無理ゲー』の演出にかかる。まずは漆黒の獣――月見里・一太(咬殺・e02692)が死角から音もなく接近。
「とりあえず死ねよ、ガキ」
 咬殺(キリングバイト)によって食いちぎられたアバターが苦悶の声もなく霧散した。復活させたアバターと共にアツシが周辺を見渡すが、一太はその視界を避けて隠れてしまう。結果、どこにいるのかわからない敵にいつ攻撃されるか、アツシは常に警戒せねばならなくなる。
「どこ行ったんださっきの敵……まさか見えなくなる系のやつ?」
「違うが、まずは死ぬがよいってな」
 久保田・龍彦(無音の処断者・e19662)が投げた鎌が風と共にアバターを切り裂き、その手元に戻る。
「うわ、死神型じゃん……なんか手下連れてるし。ここヤバいな」
 コラスィは属性の力を龍彦に注ぐが、どこか不満そうだ。自分も暴れたいと言わんばかりにじっと龍彦を見つめている。
 ユーフォルビア・レティクルス(フロストダイア・e04857)は分かりやすい位置に佇み、さも通常のモンスターでありプレイヤーに気付いていませんよといった風に振る舞いながら、アツシがのこのこと間合いに入れば予備動作ほぼ無しでの瞬迅撃(シュンジンゲキ)。一気に距離を詰めて掌底からの連撃。少年の視界ではぐいぐいと体力ゲージが減っていることだろう。
「うっわ騙されたし! てかこいつらボスかよ!? 雑魚逃げてってるし」
 それがユーフォルビアの放つ殺界形成の効果であるということは、戦士アツシは知る由もなく。
 木の棒を構えなおしたアツシの視界の外から、山蘭・辛夷(ネイキッドアームズ・e23513)が襲い掛かる。
「ボスというか、これから始まるのはクソゲーだ。すまないねぇ」
 ドラゴニックハンマーの砲撃形態から飛び出した竜の力がアバターを消滅せしめる。アツシからしてみれば見えないところから続けざまに殴られているのだから、ゲームとしても理不尽ではあるだろう。辛夷は心中で詫びるが、相手とて腐ってもゲーマーだ。
「クッソ、立ち回り工夫しなきゃ……全部避けりゃ余裕だし」
 一方で、正々堂々と正面から向かうことを決めたケルベロス達もいる。
「我が名はフレック! 武器を鳴らし戦場に立つ者なり! 勇者とやら! 我らが全霊を味わいそして楽しむがいい!」
 大音声で名乗りを上げるフレック・ヴィクター(武器を鳴らす者・e24378)は光の翼を展開する。ヴァルキュリアの姿はいわゆるファンタジーに親和性があり、光属性のちょっと強いボスにも見える。そしてその陰に御門・愛華(魔竜の落とし子・e03827)が控えていた。
「……あれ、戦士でなくとも戦士の世界が見えるなら素敵よね」
「そうかもしれません。けど、子供たちに虐殺をさせようとする卑劣さ、許せません」
「確かに……ね!」
 会話を休憩と受け取ったか、アツシが気を抜いたその隙を、フレックは見逃さず雷神突を繰り出した。アバターに深々と突き刺さった魔剣「空亡」の切っ先にアツシの視線が向く中、愛華はガントレット『断華甲』の拘束を解除する。左腕がドラゴンのそれへと変貌し、禍々しい爪がアバターを千々に切り裂き消滅させた。
「流石だねぇ。かく言うボクも、悪役を演じることには慣れててねぇ」
 フリードリッヒ・ミュンヒハウゼン(ほら吹き男爵・e15511)にやりと笑むと、手元のドラゴニックハンマーを吠えさせる。砲撃はアバターに直撃、消滅。少年の動揺ぶりから察するに、この一撃で敵のヒットポイントは大きく削れたのだろう。
「はぁー!? マジなんなのこいつら! もう一回!」
 アバターが再生し、剣を構える。ケルベロス達はアツシを包囲し、常に半数程度は視界外の位置をキープしている。
 クソゲーはまだ始まったばかり。実に悲しいお知らせである。

●ここからが本当のクソゲーだ
 アツシ本人には攻撃を当てぬよう注意しながら、しかしケルベロス達は容赦なくアバターを消滅させ続ける。お行儀よく一列に並んで順番に攻撃するのは、それこそゲームの中だけなのだ。
「隙だらけです。勇者の力はその程度ですか?」
「ぐ……むかつく。ぜってー倒すし」
 愛華が煽れば、アツシは闘争心をあらわにするが、放たれた達人の一撃にアバターが消滅すると頭を抱え始めた。
「あー! 今の絶対避けれた!」
 この手のゲームではよくある主張であるし、どれだけ惜しくとも回避できなかったという事実しか残っていない。復活したアバターへ、光の粒となったフレックが突進する。
「あ、この攻撃は単純……避ける!」
 緊急回避するアバターに、粒子がかすめる。フレックの狙い通り、相手は攻撃パターンを覚え始めた。ダメージを抑えることに成功し、得意げに笑むアツシは、次が本命だと知る由もなく。
 背後から強烈な蹴りがアバターを撃つ。
「ふふ、少年よ、どうした? 背中がガラ空きだぞ」
 辛夷は妖艶な笑みを浮かべる。視覚を取られつつちらりと視界に入ったしなやかな足に、一瞬アツシの動きが止まった。
「……露出すげぇ。踊り子? アサシン?」
 相手には辛夷の姿がさらにきわどく映っているらしく、彼女が視界に入ると動きが鈍っているようだ。
「ほい、よそ見してる間に回復っと」
 アバターが消滅と再生を繰り返しながらなんとか繰り出した攻撃を、龍彦が奏でる「ブラッドスター」がいとも簡単に回復していく。コラスィはそんな龍彦を後目にそっとポジションをディフェンダーからクラッシャーへと変えた。
「あ、回復された! ならこっちも回復!」
 アバターの剣が輝き、その怪我を癒していく。生じた隙を、フリードリッヒは見逃さない。
「我が真の姿を見るがいい!」
 一瞬の早着替えで六枚の翼を持つ堕天使スタイルに変装したフリードリッヒを見て、アツシは凍り付く。
「だ、堕天使だって? まさか……第二形態!?」
「そのまさかさ。この『明星』を前に星の聖域など無意味! 全ての星は我が輝きの前に消え去るのだっ!」
 ノリノリで放たれた極彩色の夢(ワイルデスト・ドリーム)はアツシを驚愕させ、またアバターを消滅せしめるには十分だった。
 ユーフォルビアは復帰したアバターに素早く剣撃を仕掛ける。幾度かの打ち合いの後、不意に刃を回し柄尻でアバターを殴りつけた。怯んだ相手にさらに足払いをかけ、転倒したアバターに突きで追撃。
「ゲーム内なら、倒れた相手に攻撃は行かないだろうが」
 残念ながら、これは現実だ。復帰直後に消滅しかかるアバターを、さらに一太の獣の腕が容赦なく切り裂いた。
「……」
「……」
 一太とアツシとのにらみ合い。アバター復活の瞬間、一太の姿が消え、追おうとするアツシの横を隆治の体当たりが通過する。……かと思いきや、アバターが吹っ飛んだ。
「は!? 何今の!?」
「見えないところに当たり判定! これぞ某魚類的異次元タックル(ボウギョルイテキイジゲンタックル)!」
 それがゲームの中ならば、グラフィックと違う場所にダメージ判定を出すことも可能。そして、ケルベロスの操るグラビティもまた、その気になれば似たようなこともできる。
 隆治の脳裏に浮かぶのは、このようにずれた当たり判定で多くのプレイヤーの心を折ってきたモンスター。ゲームとはいえ理不尽だが、それでも愛されているのは、理不尽まで含めてそのゲームが面白いからだろう。
 閑話休題。そろそろアツシはイライラを通り越して、やる気がなくなってきたようだ。

●心が折れそうです
 再び、フレックがその光の翼を輝かせる。
「予備動作来た」
 回避の準備を整えるアバターに、フレックはにやりと笑う。放つは一点集中の突き――に見せかけて、接近しながら魔剣「空亡」の切っ先を上げ、勢いよく振り下ろした。
「え、あれ……モーション変わってる……なんで?」
 呆けた戦士アツシを、一太のケイオスランサーが容赦なく貫き、アバターは消滅。ゆるゆると緩慢な動作でコンティニューを選んだらしいアツシの傍らに、アバターが出現するが、その瞬間を狙った一太のエクスカリバールによって戦士の鎧は打ち砕かれる。リスポーンキル上等、ゲームの敵キャラは動きに法則性やルールがあるが、人間の思考はそうはいかない。そんな相手にゲーム感覚で挑んでも、勝てはしない。
 斬撃による一太への必死の反撃も、撃破には至らず。
「まだやりますか? 時間の無駄だと思いますが」
「うるさい……」
 指先の鋭い攻撃を受け、アバターがよろめく。愛華が繰り出したるは指一本のはずなのに、アバターはその動きをほぼ封じられてしまっている。
「あなたはこれで動けませんよ?」
「……うう……スリップダメージ入ってる」
 じわじわとヒットポイントを減らすような効果は無いはずと愛華が首をかしげると、アバターの影にボクスドラゴンの姿。戦士アツシの幻影にかじりついて、至近距離からブレスを吐きかける。
「あっ、防御と回復って指示したのに……」
 指示を無視して攻撃に転じたコラスィに頭を抱えながら、龍彦は一太へ気合のオーラを送る。実際、消滅と復活に多くの手番を割かざるを得ない敵方に対し、ケルベロスの被害は比較的軽微だ。ディフェンダーが少しくらい減ったところで、押し切れるだろう。
「君の星は邪魔なのさ」
 フリードリッヒが構えたバスターライフルから光線が発射され、アバターの剣の切れ味を鈍らせる。ただでさえ未だ一人も撃破できていないアツシには、攻撃力低下はさぞ絶望的なステータス異常だろう。
 ユーフォルビアの日本刀「花盛」がその白刃を煌めかせ、剣士アツシに斬りかかる。アツシは手にした剣で受け止めようと試みるが、斬撃は来ず……代わりに、鋭い蹴りがアバターの胴を打った。
「あっ、今のズルい!」
「攻撃にフェイントが入らないなんて誰も決めていない」
「……」
 ゲームでは簡略化される攻防だが、戦いの現実を知るケルベロス達はそれが単調なものではないと知っている。
(「不快な思いをさせてすまないね……」)
 反論する気力も失せているアツシに心中で詫びながら、辛夷はハンマーを叩きつける。ゲームをやめさせるためとはいえ、子供相手に挑発を繰り返し、その結果意気消沈させているとなると、悪い事をしている気になってしまう。
「さて、アツシ少年。ゲームは終わりだ」
 隆治の弓が鳴り、回避困難な矢が飛び出していく。剣士アツシは回避を試みるが、避けた先に矢が追ってくる。そして、アバターに着弾。もはや何度目かも分からないおなじみのエフェクトをまき散らして、剣士アツシが消滅していく。
「……無理だよ、こんなの」
 アツシの声からは諦観がにじむ。そして。
「クリアできるわけないじゃん!」
 少年は、VR機器を外して地面に叩きつけた。

●おれたちはやった
 地面に叩きつけられたVR機器に、ユーフォルビアは回転するチェーンソーの刃を押し付けた。騒音を立てながら、機器は真っ二つに割れる。
「こんなもんかね」
 そのさまを、アツシは感慨なさげに見つめていた。事情を説明され、騙されていたとはいえ楽しく人を殺すところだったと知って、彼も思うところがあったようだ。
「それにしても、古参なんて子供が言うことではないな」
 隆治の指摘に、アツシは少し不機嫌そうだ。
「ほかに誰もやってないしどこにも売ってないゲームなんだから、俺が最古参じゃん」
 ゲーマーにとって、そのプレイ歴の長さは時に大きな意味を持つ。年少であればこそ、ベテランぶりたく思うのだ。
「誰もやってないし売ってないゲームをどうやって手に入れたんだい?」
 フレックが尋ねると、アツシ少年は首をかしげた。
「わかんない。朝起きたら、枕元にあったんだ」
 入手の経緯は本人も知らないらしく、今度はケルベロス達が首をかしげる番だった。辛夷はゲーム機の断面を検めながら、ううんと唸って立ち上がる。
「そうだ、すまないね少年。怖い思いをさせてしまった」
 謝る辛夷と軽く頭を下げる一太に、アツシは首を横に振る。本人にとってはとてもリアルな、しかし所詮はゲームだった。怪我をしたわけでもないから、怖くはなかったと。
「でも、何度でも立ち上がる気力は流石でした」
 愛華がフォローを入れる。両手のガントレットはもはや力を開放させることはなく、陽の光を鈍い銀色に反射させる。
「全くだよ、そんなキミを利用しようなんて、悪趣味なダモクレスだったね」
 フリードリッヒもVR機器を一瞥するが、完全に故障しダモクレスとしても死亡した機械は、もはや動くこともない。
「おいコラスィ、オレの指示無視しただろ」
 龍彦が注意するも、ボクスドラゴンはどこ吹く風で、港の景色を見渡している。あるいは興味を引くもの、じゃれられるものが無いか、探しているようでもあった。見つからず機械の破片をつつきに行くコラスィを、龍彦が抱え上げる。
 それがきっかけとなり、アツシは家に帰ると言った。ケルベロス達も帰還の途に就く。アツシが今後手にするゲームが、そしてケルベロスのこれからの戦いが、クソゲー展開とならないことを祈りながら。

作者:廉内球 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年12月17日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 4/感動した 0/素敵だった 4/キャラが大事にされていた 0
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