辻斬り勇者と光の剣

作者:藤宮忍

●Warning
 赤と緑を基調にしたカラフルな光とクリスマスのデコレーションで装飾された景色に、異形のモンスターが闊歩している。
 だが、殆どは雑魚モンスターだ。勇者は光の剣を手に雑魚共を振り切って、今、ボスモンスターの居城へと辿り着いたのだ。
 LEDライトできらきらと眩いツリーの下に、多数集うモンスター達の姿。
「あれは雑魚だ……」
 勇者の少年は呟くと、周囲を見渡してはまた駆けていく。
 ――クリスマスを間近にした駅前広場は、イルミネーションと露店で彩られ、沢山の人々が楽しんでいた。
 そこに半袖の少年が一人、大きなゴーグルを装着して駆け込んで来た。
 人々にぶつかるのも構わず走り続ける少年の傍らには、ファンタジー世界の冒険者のような姿がアバターとしてホログラムみたいに浮かんでいる。武器と防具を身に付けた少年のアバターは光の剣携え、細部まで立体感のある出来映えで、幾人もが振り返る。
「坊や、それはゲームかい? 親御さんは……」
 見かねて声をかけたのは、ホットチョコレートを販売していた露店の店主だった。
 少年は立ち止まると、露店の店主を見上げた。
 大きなゴーグルで覆われた目元はよく判らないが、元気な口元が楽しげに笑う。少年のアバターも、同時に勝ち気な笑顔を浮かべた。
 なぜなら少年には、店主は魔物に見えていて『その剣をヨコセ』と聞こえたからだ。
「出たなっ、レアモンスター!!」
「えっ?」
 少年が必殺技のようなポーズを取ると、アバターの光の剣は雷を纏う。店主は彼とアバターの動きを不思議そうに見ていた。
 次の瞬間、アバターが振り下ろした光の剣によって、店主は真っ二つに斬り裂かれる。
「うわあああああ!」
「な、なんだ?!」
 周囲に響めきと悲鳴が広がる。
「ちぇっ……アイテム出ないなぁ。でも、この光の剣……」
 強い、と。得意げな顔で佇む少年の傍に、ひとつの死体が転がる。駅前に居た沢山の人々が、少年と異様な光景を取り囲んだ。
「うじゃうじゃと湧いてきたなっ雑魚共!! 光の剣に斬られたいならかかってこいっ!」
 
●『予知』
「こんにちは、ケルベロス様。駅前のクリスマスマーケットに、VRギア型ダモクレスを装着した少年が現れて、人々を虐殺する事件が起こります」
 凌霄・イサク(花篝のヘリオライダー・en0186)が何時ものように話し始める。
 少年は現実をゲームと感じているようで、広場に居る人々をモンスターのように殺戮してしまう。少年のすぐ傍にはVRギア型ダモクレスが実体化した少年のアバターが現れており、実際に攻撃を行っているのはアバターだ。
「アバターは一定のダメージを与えると消失しますが、少年がゲームを続ける意思を無くさない限り、すぐまた新たなアバターが戦闘開始時と同じ状態で復元されてしまいます」
 与えたダメージもリセットされてしまうようだ。ゲーム上でコンティニューを選んだような感じだろう。
「少年がゲームを続ける意思を折るような形でアバターを撃破する事が出来れば、VR型ダモクレスは撃破されて少年を救出することが可能となります」
 少年本体やVR機部分を攻撃した場合、少年は身を守る為にアバターと合体して戦うことになる。
 アバターと合体した場合は戦闘力が強化されるが、一度倒せば復活することが出来ない。この場合、少年の救出は完全に不可能となる。
「少年はケルベロスやデウスエクス同様、通常ダメージは無効となっている為、少年に対してグラビティ攻撃を行わなければ、アバターと合体することはございません」
 逆に、一度でもグラビティによる攻撃を行ってしまえば、少年とアバターは合体してしまう、ということだ。
 今回の依頼は、VR型ダモクレスを撃破することが目的だ。
「少年への対処法はどちらでも良いということか……」
 ケルベロスの問いに、ヘリオライダーは肯く。
「はい。ケルベロス様。ですので可能であれば、少年を救出してあげて下さいませ」
 イサクは状況について説明を加える。
 少年の出現地点は予知の通り、クリスマスマーケットだ。
 時間帯はイルミネーションが点灯する頃と推測できる。
「オンラインゲームのクリスマスの狩りイベントのような気分で訪れ、ボスモンスターやレアモンスターを狩る……というゲームの感覚で人間を殺戮してしまいます」
 場所を特定しているので、ヘリオライダーから事前に警察に事情を説明して、イルミネーションを点灯する頃には一般人の避難を行って貰う。
 ケルベロス達のみがクリスマスマーケットに待機すれば、少年はケルベロス達をゲームのモンスターと認識して近づいて来る筈だ。
 このダモクレスは、現実世界をゲームの設定に合わせて修正して少年に認識させている。
「この修正によって、ケルベロス様が優しい言葉や説得の言葉をかけられても、ダモクレスによって敵モンスターの台詞として都合良く変換されてしまうのです」
 しかし逆に、最初からゲーム世界に相応しい『敵』のような格好や演出をした場合は修正が行われない為、言葉と行動をそのまま伝えることが出来る。
「これを利用して、ゲームを続けたい意思を折ることが出来ないでしょうか」
 少年はクリスマスイベントのような雰囲気の狩りと、光の剣でモンスターを斬ることを楽しんでいるようなので、ゲームが面白くない、つまらないと思わせることが出来れば、続けようとする意思が折れる可能性が高くなるだろう。
「少年がこのVR型ゲーム機を入手した経路についてはまだ不明です。けれど、このような危険なものが世に広まると、大事件になりかねません」
 それに、少年が現実とゲームを混同して取り返しのつかない過ちを犯すことは、ケルベロスとして看過できない事態だ。
 イサクは一礼すると、貴方達をヘリポートへと導く。
「――それでは、ご案内致しましょう、ケルベロス様」


参加者
星野・光(放浪のガンスリンガー・e01805)
武田・克己(雷凰・e02613)
紗神・炯介(白き獣・e09948)
コール・タール(多色夢幻のマホウ使い・e10649)
マリアローザ・ストラボニウス(サキュバスのミュージックファイター・e11193)
結城・勇(贋作勇者・e23059)
ルト・ファルーク(千一夜の紡ぎ手・e28924)
リリス・ヴァンパイア(自称吸血鬼・e34072)

■リプレイ

●勇者現る
 駅前広場には誰も居ない。イルミネーションの光も無い。
 無人の露店には、本日休業と書かれた札が下がっている。
 時刻は午後6時を過ぎて空には僅かな星が見えるのに、普段はカラフルなライトが点灯するクリスマスツリーの装飾も、暗くてさっぱり見えないモノクロの木だ。
 ケルベロス達によって、本当ならライトアップされるはずのクリスマスマーケットは、薄暗い広場となっていた。
 軽快な足取りでやって来た少年は、きょろきょろと辺りを見渡す。
「……イベは? メンテ?!」
 少年の傍に浮かぶアバターの勇者も、剣を片手に敵を探した。
 戸惑う少年、アキラの前に姿を現したのは、見るからに悪の手先ですと言わんばかりの姿をしたデウスエクス……ではなく、ケルベロス達。
「フハハハ! 愚かなり勇者!」
 唐突な高笑い。全身金属のゴーレム属っぽいゴツい仮装と凶悪なロボ顔の被り物をしたRPGの敵幹部のような姿の……星野・光(放浪のガンスリンガー・e01805)があらわれた。
「むむっ」
 アキラが振り向けば、光はズンッと重厚な足音を響かせる。
「愚かな勇者よ! 五人揃わずに我の元へやってくるとはな! さあ、来い!」
 光は高笑いする。少年のアバターは、光の剣を構えた。
「くっ……一人で充分だしドロップ独り占めだし」
 だが勇者の敵は1体では無かった。紗神・炯介(白き獣・e09948)は、黒い鎧にマントを翻して魔王を装う。サキュバスの角と翼が、魔王っぽさを増す演出となっていた。
「ほう、我が秘伝のカレースパイスを奪いに来たか。よかろう、相手になってやる」
 炯介の悪役演技は少し硬い。だがコレも仕事、真剣にやらねば。淡々とした声が寧ろ雰囲気を醸し出していた。
「カレー……?」
 アキラは訝しげに炯介を見た。
「少し心苦しいが……運が悪かったと諦めてくれよ」
 そう言って、コール・タール(多色夢幻のマホウ使い・e10649)が武器を構える。
(「彼は助ける。これは大前提だ」)
 だからと言って、躊躇うことはない。
 戦う以上は全力で。それがコールの信条だ。
 人払いはされていたが、念の為にコールは殺界形成する。一般人が間違って侵入する可能性はこれで皆無だろう。
 ギターでゲームBGMの演奏をしているのは、マリアローザ・ストラボニウス(サキュバスのミュージックファイター・e11193)だ。仲間達の後ろにコソコソ隠れて弾いていた。
 強敵遭遇みたいなギター演奏が響く中、続いて暗黒騎士登場。
「この私達を倒すのに一人ぼっちとは片腹痛い!」
 武器と鎧を真っ黒に塗った暗黒騎士は、結城・勇(贋作勇者・e23059)だ。
 次々増えていく敵にアキラは少し気圧されたようだが、光の剣を高く掲げた。
「全員まとめてやっつけてやる」
「それはどうかな?」
 更に現れたのは、黒く塗られて裾がボロボロなカンドゥーラを着て、黒いフードを被った、死神のような格好の、ルト・ファルーク(千一夜の紡ぎ手・e28924)。
 それからゴスロリドレスに大鎌を持つリリス・ヴァンパイア(自称吸血鬼・e34072)。
「ふふふ、私は数千年の時を生きる吸血鬼リリス・ヴァンパイア! 光の剣を持つ勇者アキラよ、この私がお相手するわ!」
 次々と現れる悪役達に、少年アキラとアバターは意気込む。
「くっそ……倒してやる」
 アキラの装着するVR型ダモクレスは、ケルベロス達の声をそのまま伝えているようだ。
「たく、ダモクレスは毎度毎度、骨が折れる」
 武田・克己(雷凰・e02613)はいつもと同じ格好だが、威厳を持って振る舞う。
「おい小僧。俺達が遊んでやる。お前じゃ暇つぶしにもならないだろうけどな」

●強敵遭遇
「数が多いだけだ。光の剣、結界!」
 アバターが剣を掲げると周囲に光の障壁が現れた。克己が素早く接近する。
「雷神突・零式」
 克己が放つ一撃は、圧倒的な速さと破壊力で敵を貫く。刀にとって不利な密着状態から打つ秘奥義は、上半身のバネと溜めこんだオーラを爆発させたものだ。
 アバターの障壁を見遣り、炯介は金の瞳を冷たく光らせた。
「無駄なあがきよ」
 炯介のいかにもな魔王の科白は、先程より演技が板に付いていた。地獄の晩餐会で仲間達の武器に、相手の加護を打ち破る力を付与する。克己やコール、リリスの武器が黒いオーラを纏っているように見える。
 コールは黒いオーラを纏ったブラックスライムを鋭い槍の如く伸ばした。ケイオスランサーの力に魔王の力が加わり、アバターの前方から光の障壁を砕いた。
「うわっ!!」
 アバターが尻餅をついて転んでも、コールは声をかけない。戦いが終わるまでは極力リアクションしないつもりだ。
 淡々と戦う姿は、まるで魔王の側近のように見えた。勇者は、誰から攻撃して倒すべきか、落ち着き無く見比べている。
「お高い特殊弾だ……こいつは効くよ!」
 隙を突いて放たれた弾丸が、アバターに着弾して小爆発を起こした。
 光が放ったブラストショット、特殊な火薬を充填した特注弾丸「爆烈弾」が爆ぜて、アバターを炎に包み込んだ。
「さあ、来い! 言っておくが我からは逃げられんし5秒以内に100ヒットを達成せねばダメージは通らんぞ!」
「ひゃ……100っ?!」
 少年は戦慄く。
 ルトはジャンビーアを構え、鍵のように回転させた。
「――お前を裁くのは、オレじゃない」
 異世界へと繋がる扉が開いた。
 開門 -亡者惑いし冥き途-(イフタフ・ヤー・ジャハンナム)――開かれた冥府の扉、そこから伸びる無数の黒い影の腕が、アバターを掴み、引き裂き、内側へと引きずり込む。
「わあああ!」
 マリアローザはペトリフィケイションを放つ。
 まだ皆の後ろでこそこそしているが、少年に余裕は無い。古代語魔法の光線が撃ち抜く。
 勇は星天十字撃で二つの星座の重力を同時に宿し、超重力の十字斬りを叩き込んだ。
「勇者よ、手が震えているなぁ?」
 暗黒騎士姿の勇が煽れば、少年はハッとして拳をぎゅっと握り込む。
「武者震いだ!」
 ハハハハと笑って勇の剣が押し斬る。
(「勇者、とは……」)
 勇者に憧れる気持ちは勇にもある。少年と同じだ。
 けれど今は、徹底的に彼のゲームに対するやる気を削がねばならない。
「仲間も出来ない勇者に負ける謂れは無い!」
(「勇者には良い仲間がいるものだよな」)
 一人でゲームしている事を指摘する言葉が、アキラの心に刺さった。
「……っ」
 リリスが大鎌を構えて、魔人降臨する。
 全身禍々しい呪紋の浮かぶ魔人へと変貌したリリスの姿に、アキラはぶるりと震えた。

●理不尽なGAME
「くっそー……でも、強いボスは強い装備をドロップするに決まってる!」
 アキラはVRギア越しにケルベロス達を見渡した。アバターの勇者が光の剣を掲げる。
「くらえ雷撃!」
 アバターの持つ剣から稲妻が迸り、ケルベロス達に襲いかかった。
 炯介が克己を、リリスがコールを、それぞれ雷から庇う様子は、悪役である敵が仲間を揃えて勇者を迎え撃つ、王道RPGの逆をいくような光景だった。
「効かぬな」
 淡々と告げる炯介と、愕然とするアキラ。
「なっ……」
「物欲センサー全開だな。そんなんじゃレアアイテムは手に入らねぇぞ」
 克己は揶揄するように言いながら、絶空斬を放つ。
「踏み込みの速さなら負けん!!」
 空の霊力を帯びた武器が、勇者の傷を斬り広げる。
(「VR型ダモクレスか……最新技術のゲーム機にまでなるとはなぁ」)
 少年が装着しているVRギア型ダモクレスに、今の所変化は無い。
 炯介がアイスエイジインパクトを放ち、凍結する超重の一撃を勇者に叩き付けた。
「貴様に勇者の才能はない」
「くっ……」
 コールの竜語魔法。掌から放たれたドラゴンの幻影は、アバターを鎧ごと焼いてゆく。
「フハハハ! 教えてやろう」
 光がロボ顔を向けて語り出す。同時に銃口も向ける。
「我々に光・雷属性の攻撃は効果が薄い! さあ、取り巻き百二十五天王が一人、鋼のメガホシノが相手だ! 特にレアアイテムもないし経験値も異常に少ないがかかってこい!」
 明らかにやる気を削ごうという科白だが、勝てないかもしれないと感じはじめた少年には効果があった。
「経験値……少ない……だと」
 愕然としている間にも、光の……いや、メガホシノによるフォートレスキャノンの主砲一斉発射が、アバターを撃つ。
 ルトのサークリットチェインは、ケルベロス達の足元に守護の魔法陣を描いた。傍目には、悪役ご一行様を回復する黒衣の死神。黒魔法を使いそうなのに白魔法を使ってる。
「えっ……チート……」
「ノーマルモードだけど光属性で回復するんだぜ」
 かなり嫌なゲームである。
(「そろそろアキラの意思も折れるんじゃないかな……」)
 演じながら、ルトは少年の様子を窺う。アキラはじりじりと下がろうとしていた。
 そうこうしているうちに、ずっと後ろに隠れて攻撃していたマリアローザが姿を見せる。
「出て来てあげたわ! 勿論先に出現しているのを倒さないと倒せないわよ!」
 当然だが最初から戦場に居たので、既に存在は知られていた。
 ただ、全員のインパクトが強すぎたので、隠れているマリアローザに対処する余裕が無かったようだ。しかし戦況も明らかに不利な少年は、主張されると表情が強ばる。
 マリアローザは「欺騙のワルツ」を奏でようとしたが、仲間に制止された。列攻撃を行うと、アバターのみでは無くアキラ少年本人にも攻撃してしまう。
「そうだったわ……」
 変わりに、紅瞳覚醒で仲間を援護する。
 ギターは焦りを与えそうなテンポの速い戦いの旋律を紡いでいた。
「あ、悪魔……」
「地獄から来た番犬、四天王の序列71番目の死の楽士と言ったところです!」
 サキュバス全開で、黒いクールクロスに身を包みながら名乗るマリアローザを指差して、少年は戦慄く。悪魔だ……と。
「あらら、情けないですね。歳も力も……何もかも足りないですね」
 煽り続けるマリアローザ。
 勇がスターゲイザーの煌めきと重力を宿した飛び蹴りで、アバターの機動力を奪う。
(「アキラ。そのゲームはくそゲーだ、何しろ……ダモクレスだからな」)
 早く飽きろ、と心の底で念じながら、勇は暗黒騎士を演じてアバターを破壊し続ける。
「歳とか……関係ねー」
「では、こっそり攻略法を教えましょう」
 マリアローザは悪魔のささやきめいて、少年を見つめた。
「えっ……」
「カッキーンです。課金。お金です。とっても有効ですよ」
 敵が攻略法を教えてくれる筈は、と思えば、予想を裏切らないこの助言。
「おっ……お年玉……なら」
 クリスマスが終われば、お正月。課金も不可能では無いかもしれない。
 しかしまだ子供の領域を出ていない少年には難しい現実だ。
「無いのですか。それなら……仕方がありません」
 マリアローザのギターは悲壮な曲を奏でる。
「さて、私たちとあなたの実力の違い、わかってもらえたかしら? そう、このクリスマスのイベントは、狩りイベントなどではなく、『勇者の負けイベント』なのよ!」
 リリスは偉そうに言い放ち、更には吸血牙(ドレイン・ファング)でアバターの生命力を吸い取る。
「あなたの血、いただくわ」
 数千年の時を生きる吸血鬼(自称)のリリスは、指先で触れただけでアバターの生命力を吸い取った。勇者のアバターはだらりと力なく腕を垂らしている。
 ケルベロス達は手加減攻撃に切り替えた。

●弱くてContinue
「くそっ、出直すぞ…………速突!」
 光の剣を突きの形で繰り出せば、これまた魔王に邪魔をされる。
「諦めの悪い勇者よ。そんなにこのカレー粉が欲しいか」
 炯介のちらつかせた小瓶に、アキラは一瞥をくれて、ふるふると首を横に振った。
「……」
 カレー粉に興味は皆無といった反応に、炯介は心の中で泣いた。だが表情には微塵も滲ませない。今の僕は魔王なのだ。
 克己の手加減攻撃は、アバターを地面に叩き付けて凌駕させた。
 マリアローザのギターがレクイエムの旋律を奏でる。
「ああっ……くそ」
 少年はVRギアを触っている。倒れたアバターはその場ですぐに起き上がった。体力は瀕死。バッドステータスもその侭。
 アキラは狼狽えた。炯介が、コールが、次々と手加減攻撃を繰り返せば、アバターもまた倒れては起き上がる。
「り、リセット!」
(「早く、ゲームに心が折れてくれよ……」)
 無言で攻撃を続けながら、コールは願う。
 光とルトも、瀕死で起き上がったアバターに手加減攻撃を続ける。
「フハハハ。あと4秒以内に99ヒット!」
(「うん……こんなの、オレなら絶対やられなくない」)
 様々な思いを抱きながら、少年が完全にゲームを放棄するまでは悪役を演じ続けた。
「こういう時は、強くてコンティニュー! だろ!? 何で?」
 アキラの声は次第に悲鳴じみてくる。
「勇者よ死んでしまうとは情けないですねー」
 呪われたようなレクイエムを奏で続けるマリアローザ。
「勇者よ、この戦いで逃げられると思うなよ!」
 逃亡はさせないと追い詰める勇。
(「救出したい。どんな手段を使っても。それが俺のやり方」)
 繰り返し凌駕させられるアバターは、攻撃を繰り出す間も与えられずに何度も倒される。
「ふふふ。どう? まだゲームを続けたいかしら?」
 リリスは、瀕死のアバターの前に大鎌を振りかざして、にっこりと微笑んだ。
(「思わずゲーム機を叩き壊したくなるような感じよね」)
 リリスの経験からいうと、途中でやめたくなるゲームは、爽快感がなかったり、プレイにストレスが溜まったり、展開が理不尽だったり、難易度が滅茶苦茶高かったり、レベル上げが苦痛だったり……。
 考えていたら昔のゲームを思い出してしまって、リリスは地面を強く踏んだ。
 アキラがビクッと反応する。
 そしてリリスを見上げて、「もう嫌だ」と小さく呟いた。
「もう終わりたいのか? それなら、最後にとっておきだ」
 コールは真っ白な刃の直剣を構える。放たれる白き極光が、あらゆる障害、因果を無視して、真っ直ぐに飛んでいく。
 『伝承武具・輝星集めし王の剣』(レジェンダリウェポン・コールブランド)――アバターは倒され、今度こそ、起き上がらない。
 そして少年が装備していたVR型ダモクレスもまた、木っ端微塵に砕け散った。

 茫然自失として座り込んだ少年。勇は、励ますように頭をぽんぽんと撫でた。
「やっぱ敵を倒してハイお終い、ってんじゃあ勇者とは言えないよなぁ」
 少年が状況を理解するにはしばらく時間が掛かりそうだ。
「大丈夫、アキラは誰も傷つけなかっただろ?」
 ルトは優しく話しかける。ケルベロス達は軽傷だった。アバターが弱かったのではなく、演技と共にグラビティも冴え渡っていたのだ。
「このゲーム、どうやって手に入れたんだい?」
 炯介が尋ねると、少年は静かに答えた。
「朝、起きたらね。枕元に置いてあったんだ」



作者:藤宮忍 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年12月16日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 3/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 3
 あなたが購入した「複数ピンナップ(複数バトルピンナップ)」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
 シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。