ビルの隙間の日陰で、ミス・バタフライは微笑む。
「あなた達に使命を与えます」
2人の男が彼女の前で膝をつき、話を聞いている。
「この街に小さな時計の専門店があるの。そこで働いているおじさんの職人は『超』大きな振り子時計しか作らないらしいわ。家の中に飾るなら吹き抜けに置くしかないんだって」
彼女は「使い物になるのかしら」とどこか呆れ顔である。
「まずはその職人と接触し、仕事内容を確認してちょうだい。それからその技術を盗んで、殺害しなさい。グラビティ・チェインは略奪してもしなくても構わないわ」
「かしこまりました」
片割れが頭を深々と下げた。
「この事件も、我々が地球を支配するために必要な1つの因果なのでしょうか」
もう片方が目をしかと見開いた。
「もちろんよ」
ミス・バタフライは腕組みをして、息を吐いた。
「いい? 絶対に失敗は許されないわよ」
高松・蒼(ヘリオライダー・en0244)はヘリオンの窓から外を眺めている。
「ミス・バタフライっちゅう螺旋忍軍が動き出したらしい。クロノ・アルザスター(彩雲に煌く霧の剣閃・e00110)さんの予測した通り、おっきな時計しか作らへん時計職人らしい。見てみぃ、あの端っこのほうにある時計塔、あれもそん人の作品らしい、立派なもんやで。敵はこの人の下で修行して、仕事のスキルを手に入れる。そん後にこのおっさんを殺すつもりらしい」
蒼は腕を組んだ。
「相変わらずミス・バタフライの狙いは分けがわからんが……おっさんの命を守り、螺旋忍軍を撃破してくれや」
「今回の螺旋忍軍の目的は、あくまでもおっさんの仕事のスキルや。自分らを囮にするんやったら、かなりの修行が必要……。自分らがおっさんと接触できるんは、事件が起こる3日前やが、この期間ではまず無理やろ。時計作ったことある奴なんて、おるんか?」
蒼は振り返り、奥歯を噛み締めた。
「おっさんは事前に避難させたらアカンから、この際、正面突破でおっさんを守りながら戦うのも一手やと思う。囮作戦の失敗は、かなりの痛手になるで」
蒼は頬を膨らませている。
「敵は2人。それぞれ相当に訓練を積んどるらしい。囮作戦は厳しいけど、成功すりゃ戦力を分断できる分、楽に戦えるやろな……まあ、その辺はお任せする」
蒼は腕を組んだまま壁にもたれかかった。
「敵はどちらも螺旋手裏剣を装備、どっちもかんなり素早いみたいや。奴らが襲いに行く時計屋は街の中心部にあって、二階に工場(こうば)が付いたちっさい店らしい……。店の外に出て戦うっちゅうのは、まあ無理やろ。営業しとる昼間には人通りも結構あんねん。突然来よるお客さんにも被害が拡大するかもしれへんし、工夫は必要やろな……」
額に手を当て、うつむく。
「面倒なことは色々あるが、うまいこと奴らを出し抜いて、勝ちを見るのがええやろな。俺はよう頭回らんから、ケルベロスのみんなで話し合って、いろいろ考えて欲しい」
「ミス・バタフライにどんな未来が見えてるのかは、どうせ誰にも分れへん。せやけど、万が一あの女の思うとおりになってもうたら困る。そんなことは、絶対に回避せなアカン。おっさんを守って、ミス・バタフライの策略を潰してや」
参加者 | |
---|---|
リシティア・ローランド(異界図書館・e00054) |
クロノ・アルザスター(彩雲に煌く霧の剣閃・e00110) |
楡金・澄華(氷刃・e01056) |
萃・楼芳(枯れ井戸・e01298) |
九六九六・七七式(フレンドリーレプリカント・e05886) |
愛沢・瑠璃(メロコア系地下アイドル・e19468) |
夜尺・テレジア(偽りの聖女・e21642) |
ファルゼン・ヴァルキュリア(輝盾のビトレイアー・e24308) |
●時計修行
襲撃3日前。
「弟子?」
中年の時計職人は面食らっている。
「きみたちがケルベロスというのは分かったが……弟子にしてくれ、なんて言われてもなあ」
髪をわしわしと掻いて、困ったように首を傾げた。
「機械工作に関しては、ずぶの素人、というわけでもないのだが」
楡金・澄華(氷刃・e01056)がそういうと、萃・楼芳(枯れ井戸・e01298)もうなずいて、「基礎知識くらいはある」と言う。
「わたしも、手先の器用さには自信があるの」
クロノ・アルザスター(彩雲に煌く霧の剣閃・e00110)が柔らかく微笑む。
「ワタシナンテ、キカイソノモノデース!」
九六九六・七七式(フレンドリーレプリカント・e05886)のことばに、職人は苦笑いを浮かべて「機械だからって機械を作れるわけじゃないだろう」と言った。
「まあ、俺の命が危ないっていうのを警告に来てくれたのはうれしいが……3日で時計を作れるようになられちゃ、それこそ『職人の価値』ってもんがなくなっちまうねえ」
「大丈夫だ」
楼芳は腕を組んだまま、「すべてを教わる必要はない」と言った。
「どういうことだい?」
「私たち同様、敵も時計作りのことはほとんど知らないはずだ。最後の仕上げだったり、作業の中で目立つ部分を集中的に教わりたい」
「んー、なるほど」
職人は、あごの下に手を当てた。
「確かに一工程くらいなら、出来るかもしれないね」
彼は深くうなずくと、「二階へ」とケルベロスたちを案内した。
襲撃2日前。
「確かに、なかなか筋はいいかもしれないね」
職人は工房の中で黙々と練習をする4人に声をかけた。「根の詰めすぎも毒だ、ちょっと休憩しよう」と、彼はお茶を配る。
「ありがとうございます」
クロノは深々と頭を下げて、お茶をすする。こうしていると、まるで螺旋忍軍が来ることなど忘れて、ただ趣味の教室に通っているような気にさえなる。時計屋で、時間を忘れている。
4人がずっと練習しているのは、2か所。時計の針を動かす歯車を調整するという部分と、ぜんまいの力を歯車に伝える部分だ。
「どっちも、デジタルじゃあ使わない部分だな」
職人はどこか寂し気に言った。
「歯車のわずかな狂いは、結果的に大きなズレになって時計に反映される。均等に、ガタつきなく作れていないといけないんだよ」
「大変だろう、外注したりはしないのか?」
澄華の質問に、職人は首を振った。
「ここが時計の一番大事なところだ。誰かになんて、任せられない。きみたちが作ったものも、持って帰ってくれるのは構わないが、このお店には並べられない」
「コダワリ、デスカ」
「そうだねえ」
男は部屋の片隅にある大きな柱時計を見た。その横顔が、まさに職人のそれだった。
襲撃前日。
愛沢・瑠璃(メロコア系地下アイドル・e19468)、夜尺・テレジア(偽りの聖女・e21642)、リシティア・ローランド(異界図書館・e00054)、ファルゼン・ヴァルキュリア(輝盾のビトレイアー・e24308)が時計店を訪れていた。囮作戦ができそうかどうかの確認のためだ。ここで翌日のための、最終調整をする手はずになっていたのだ。額にうっすらと汗を浮かべながら作業する4人に向かって、瑠璃は「どうかしら、みんなの様子は」と聞いた。
「コンナカンジデース」
「どんな感じなのよ」
七七式の返事に、リシティアは無表情でツッコんだ。
「時計って、こんな感じになってるんですね」
テレジアは歯車やぜんまいや、そのほか沢山の機械が並ぶ工場の様子を見て、いたく興奮しているようだった。「普段使ってるものの中身がこんな風になっているなんて……!」と、盛り上がっている。テレジアのボクスドラゴンであるコマも、今は彼女に構うより、時計の仕組みを観察する方に興味があるようである。
「しかし、凄いわよねえ……。こういうのって、摩耗とかもあるはずなのに、ちょっとの狂いも許されないでしょう? 何年も、何十年も、理想の動きを続けるなんて……」
瑠璃のウイングキャットであり、ドラマーでもあるプロデューサーさんが時計の歯車の動きをじっと見ている。ドラマーとして、対抗心が燃えているのだろうか。
「まあ、この分だと一番目立つ『駆動部分』の説明は出来そうだね」
職人は楽しそうにそう言った。
「職人さん、自分の命が狙われているの、分かってる?」
ファルゼンが言うと、「もちろん」と職人は笑った。
「でもねえ、こんな大きな時計なんて時代遅れもいいところでさ、『弟子にしてくれ』なんて、言われるとも思ってなかったから、ちょっと嬉しくてね……まあ、本当に技術を受け継いでどうのこうの、ってわけじゃないのは分かってるけどさあ」
●襲撃当日
店のカウンターの中には、クロノが1人で座っていた。職人曰く、重要な部分の説明や制作については誰でも問題ないだろうということではあった。しかし、ぶっきらぼうな澄華と楼芳は、確かに職人っぽいけれど、お店をやっているひとという印象とは少し違う。七七式はレプリカントらしく、人間っぽいようでいてその実まるで機械的だから、何か変わったことが起こったら対処できないかもしれない。そこで、店主として座っていて一番違和感のなさそうな、と理由で彼女が選ばれたのだった。職人と6名のケルベロスは2階で襲撃の時を待っている。店の近くには瑠璃が、ウイングキャットのプロデューサーさんと一緒に、キープアウトテープを持ったまま待機している。
店が開店時間を迎えてすぐ、2人組の男が入店していくのを、瑠璃が確認した。彼女は2人の50メートルほど後ろをそっと付けていき、店の入り口の門にキープアウトテープを張って、店の中の様子を伺った。
「すみません」
明らかに怪しいコンビに、クロノはわずかばかり緊張した。2階にも入店者があったことを伝えるために、わざと大きな声で、「いらっしゃいませ」と言う。
「お、おお……」
男の片割れが、明らかに大きな声に驚いて、顔をしかめる。
「あなたが、この店の、店長さんか」
「ええ」
彼女は微笑むと「何かお探しですか?」と聞いた。
「いや、お探しというか、なあ」
男はにやりとすると、「あなたの技術が凄いと聞いて、どうしても一目見たくて」と言った。「そうですか」とクロノはいたって冷静に返して、「何が見たいのですか?」と聞いた。
「そうですねえ、なんというか、技術の肝になる部分を」
クロノは心得顔でうなずいて、「すみませんが、おひとりずつでお願いします」と言った。
「こっちのほうは狭いもので、2人でいっぺんに来られると、ご説明も難しいのです」
巨大な柱時計の中で、彼女は天井のほうを指さした。
「今はこうやって振り子を止めていますから、安心してください……見えますか? あの上のほうに、歯車があるの」
「あー……んー……」
螺旋忍軍の男は目を細めている。暗がりだから見えにくいのは当たり前なのだが、彼女はあくまでもそれを確認するようにと言う。
「あれが、時計の中でも特に重要な部分なのです。あの歯車がなければ、時計はちゃんとは動きませんから……良ければ、はしごを使って、時計の上のほうまで行ってみてください」
彼女のことばに、男は「ありがとうございます」と礼をし、言われたとおりに上へと昇っていく。それを見届けて、彼女は時計から出て、振り子のふたを閉めてカギを落とした。「えっ」と、こもった声が柱時計からした。
「なっ、大丈夫なのか!?」
「大丈夫よ、計画通りだもの」
クロノがそう言うと、瑠璃が入店、さらに2階からぞろぞろとケルベロスたちが現れた。
「……くそっ……また貴様らか……!」
男が手裏剣を構える直前、「刀たちよ、私に力を……」と声がした。瞬間、澄華の黒夜叉姫、そして凍雲が斬撃を放ち、男の腕の腱を断つ。
「汝らの御首、軒猿の名の下に頂戴したく候」
怒りと痛みに震える男。リシティアは休む暇を与えることなく、詠唱を行った。
「貴方の血の一滴一滴、さぞ凄惨な氷の華を咲かせてくれるのよね」
彼女の一言は空間さえも凍結させた。男の肌が縮みあがって裂け、噴き出す血液がヒガンバナのように鋭い糸状の花弁を作り上げていく。
「なんのっ……これしきぃっ!!」
男は凍り付く腕を無理やりに動かし、霜の降りた手裏剣を握りなおすと、思い切りそれを投げ飛ばした。彼の放ったそれが、まっすぐ七七式に向かって飛んでいく。
「危ない」
ファルゼンはそれだけ言うと、まっすぐ射線へと飛び出して、代わりにその攻撃を身に受ける。
「ダイジョウブデスカー?」
「平気」
手裏剣に斬りつけられた腕が、紫色に変色している。
「毒、か」
ダメージ自体は確かに大きくないようだが、このまま戦闘が続くのは望ましくない。
「じっとして下さい……」
テレジアは彼女にオーラを放つ。優しい色が、彼女の傷口をふさぎ、その白い肌の色を復活させた。
「ありがとう、テレジア」
「ど、どういたしまして……」
「仲良くすんのは後回しだ……」
楼芳は男にエイムを合わせる。
「撃ち砕け、【流線】!」
彼の放った一撃によって、男が後ろへと吹き飛ぶ。肩のあたりにばっくりと大きな穴が開いた。ビクビクと体を無理に起き上がらせようとしたが、やがて彼は動かなくなった。
●説教、そして別れ
「あのさあ」
クロノは声を荒げた。ケルベロスの輪の中心に、正座している螺旋忍軍の男が1人。柱時計を開けた瞬間に、味方はすでに倒されていて、しかもケルベロス全員に武器を向けられていたのだ。彼が降参したのは、仕方のないことだった。
「結局さあ、あんたのボスは何がしたいわけ」
「……分かりません」
「ワカリマセンデスンダラ、ケルベロスイラナイデース」
「でも、本当にわからないんです……」
澄華は「忍者が情報漏らすようじゃ、おしまいだからな」と言った。
「それはそうですが、そうじゃなくて、本当に分からないんです……あの方の見ている未来は……あの方にしかわからない」
「じゃあ、仕方ないわね」
瑠璃はドラゴニックハンマーを振りかぶる。「ひえっ」とおびえる声がしたが、お構いなしにそれを振り下ろす。ハンマーをどけると、彼の体にびっしりと氷が張り付いていた。瑠璃は不機嫌そうに、「やめてよね。あんまりしなびていられると、まるであたしたちが悪者みたいじゃないの」と言った。
「俺たちからしたら、作戦の邪魔ばっかりしてくるんだから、悪者っすよ」
七七式は跳び上がり、彼に光速の脚撃を浴びせる。
「七七式様、そんなに強く蹴らなくても……」
「目的ハ螺旋忍軍ノ殲滅デース、躊躇シテイル暇ハアリマセーン」
ファルゼンは冷たく、「そうね、慈悲は必要ないわ」と言って、彼に超音速の拳を叩き込んだ。
●お土産にどうぞ
「相変わらず、何が目的なのか掴めない奴らだな」
楼芳は自分で作った時計の歯車をポケットに突っ込んだ。
「忍の風上に置けない」
澄華はことばに毒を織り込んで、同じく自作のパーツを握りしめた。
「しかし、相手が阿呆で助かった。お店への被害も、ほとんどなくて済んだもの」
リシティアは風圧で吹き飛んでいた時計を元の位置に戻しながらそう言う。確かに彼女の言った通りではあるのだが、それに加えてもケルベロスたちの作戦がうまくいったという点を忘れてはいけない。職人の安全という意味でも、また作戦の展開という意味でも、充分すぎる成功であったと言えるだろう。
「あの、すみません」
テレジアが職人に声をかける。
「小さな時計って、置いてないんですか?」
「ああ、そういうのは、ないねえ」
職人は困ったように頭を掻いた。
「大きいのは大きいので作るのが難しいけど、小さいのは小さいので難しくてね……うちで一番小さいのは、これ」
彼が指さした先には、背丈2メートルほどの柱時計があった。
「持って帰る?」
「……ああ、いえ、ごめんなさい……」
店主は、そうだよねえ、ごめんねえ、あっはっは、と笑った。
作者:あずまや |
重傷:なし 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
公開:2016年12月11日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 2/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 1
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