哀葬ロマンチカ

作者:朱乃天

 街外れの片隅に、古びた屋敷が静かに佇んでいる。半ば廃墟と化したその屋敷には、とある噂話が付き纏う。
 時は大正の頃、富豪の娘が書生と恋をした。しかし身分違いの許されない恋ゆえに、二人は駆け落ちをしようと誓ったが。娘がいくら待てども、青年の迎えはやって来ない。
 やがて娘は身も心も病んでしまい。恋の花は実ることなく儚く散って――深い悲しみは憎しみへと変わり、未練は怨念となってこの地に留まり続けていると云う。
「許されない恋に身をやつした幽霊か……。切ないけれど、そこが却ってそそられるよね。それに美人薄命なんて言うけれど」
 きっと綺麗な幽霊なんだろうねと。廃墟とオカルト話が好きな一人の青年が、噂話を聞きつけ興味に惹かれ、幽霊見たさに屋敷を探してやっていた。
 長年放置されてきた建物は劣化が進んで廃れてはいるものの。華美に施された装飾は今も尚色褪せず、嘗て栄華を誇った面影を垣間見る。
 夜も更け、月明かりが薄らと屋敷を照らし出し。空を見上げれば、粉雪が羽のようにふわりと舞い降りる。そんな幻想的な光景に目を奪われて、呆然と立ち尽くしていた時だった。
「私のモザイクは晴れないけれど、あなたの『興味』にとても興味があります」
 どこからともなく聞こえたのは女性の声だった。そう思うと同時に、胸に何かが突き刺さるような感覚がした。
「うん……? 何だこれは……?」
 疑念を抱いた瞬間、青年の意識は次第に遠退いて、力無くその場に崩れ落ちてしまう。
 地面に倒れる間際に彼が見たものは――闇色の衣を纏った魔女だった。
 第五の魔女・アウゲイアスが青年の胸から鍵を引き抜くと。奪った興味が形を成して――純白の衣装に身を包み、憂いを帯びた少女がそこに現れた。

 人の興味や好奇心はどこまでも、いつの時代も尽きないものである。
 しかしそうした興味を奪われて、ドリームイーターになる事件が発生してしまう。
「許されない恋というのは、得てして幸せな結末とはいかないものだよね」
 葛西・藤次郎(シュヴァルツシルト・e22212)が浮かない表情で、ヘリポートに舞う粉雪を見つめながら大きく溜め息を吐く。
 玖堂・シュリ(紅鉄のヘリオライダー・en0079)は藤次郎に同意するように頷いて、改めて事件の解決を依頼する。
「新しく生み出されたドリームイーターは、純白の衣装を纏った令嬢の姿で、屋敷の中を彷徨ってるよ。悲恋の果てに幽霊になったという話なんだけど、何だか複雑な感じだね」
 とは言え、ドリームイーターが引き込む先にあるのは、この世ならざる死の世界だ。一般人に被害が出る前に、何としても倒さなくてはならない。
 令嬢のドリームイーターは、自分の噂話をしている者がいると、そちらに引き寄せられる性質がある。その点を利用して上手く誘き出せば、戦いも有利に行えるだろう。
「夜の館内は照明がなくて暗いけど、外は月明かりがあるから、中庭辺りに出て戦うのが良いかもしれないね」
 ドリームイーターは姿を現すと、自分が何者であるか問いかけてくる。もしも答えを述べられなければ相手を殺してしまうようだが、何れにしても戦闘になる以上、倒す以外の選択肢は無さそうだ。
 戦闘になると、令嬢は身体を抱き締めて戦意を削いだり、念を飛ばして動きを封じようとする。また、物憂げに見つめる視線で意識を取り込んで、場合によっては辛い過去を呼び起こされるかもしれない。
「駆け落ち話が真実かどうかなんて、結局は噂話でしかないけれど。いつまでも未練をそこに留めておくわけにはいかないと思うんだ」
 妄想が現実となり、人の興味が悲劇を招く。しかし真に許されざるべき者は、それを悪用するドリームイーターだ。
 これ以上更なる惨劇が生まれないように、哀しい結末に終止符を打ってほしい。
 シュリが祈るように思いを込めると、藤次郎は柔らかく微笑みながら、力強く頷いた。
 そして空を見上げて想いに耽る。当時もこんな風に雪が降る日だったのだろうかと――。


参加者
ティアン・バ(天上海底・e00040)
六条・深々見(喪失アポトーシス・e02781)
メアリベル・マリス(グースハンプス・e05959)
椿木・旭矢(雷の手指・e22146)
十六夜・うつほ(囁く様に唱を紡ぐ・e22151)
葛西・藤次郎(シュヴァルツシルト・e22212)
シャルトリュー・ハバリ(見習いメイド・e31380)
ルル・アルマク(ひなたの詩・e33236)

■リプレイ


 富豪の娘と若き書生の、決して実ることの無かった、身分違いの許されざる恋。
 その想いは時が移り変わろうと、今も尚この地に未練を残して留まり続けていると云う。
 しかしそうした噂話までもが、夢喰い達に利用されてしまい、災厄の種となってしまう。
「許されざる恋の果て、切ない結末と言うには遺恨が残っちゃったみたいだけど……。被害が出る前に解決しないとね」
 少しでも雰囲気を出そうと、書生服を着衣して臨む葛西・藤次郎(シュヴァルツシルト・e22212)。とは言え油断は禁物と、気を引き締め直して屋敷の前に立つ。
 人々の妄想でしかない過去の無念を、この世に留まらせるわけにはいかない。
 舞台となる洋館の中に足を踏み入れ、奥へと進むケルベロス達。暗闇に覆われた室内に、外から微かに射し込む月明かり。一行は淡い光に誘われるように、目的地の中庭に着いた。
 廃れても当時の名残を遺す豪奢な洋館に、蒼い月の光が彩を添え。空を見上げれば、粉雪が羽のようにふわりと舞って。退廃的で幻想的な光景が、一行の目の前で展開されていた。
 夢と現の狭間にいるような、不思議な空気を感じつつ。一行は件の令嬢を誘き出そうと、噂話をし始める。
「……悲恋ねー。どれだけ美化したところで、駆け落ちって両親を裏切る行為でしょ?」
 気怠そうに独り言ちるのは六条・深々見(喪失アポトーシス・e02781)。日々引き籠り、惰眠を貪る生活を送る彼女にとって、恋愛事は縁遠い存在である。そこまで自分を賭けるのは理解できないと、口ではそう言う深々見だが。その表情はどこか複雑そうだ。
「私も、お恥ずかしながら、色恋事には疎いもので……少しばかり、考えてしまいますね」
 シャルトリュー・ハバリ(見習いメイド・e31380)がほんのり顔を赤らめて、はにかみながら小さな声で呟いた。
 今までメイドの仕事に従事してきたシャルトリューには、恋は見果てぬ世界の話でしかなくて。照れ隠し気味に冗談めかしつつ、噂話に想像を巡らせるのだった。
「大切な人に裏切られたと思うきもち、どれほど辛いことだろうなあ……」
 屋敷を彩る幻想的な風景に、ルル・アルマク(ひなたの詩・e33236)は湖のような深藍色の瞳を輝かせて見惚れていたが。噂話に話題が移ると、表情が少しずつ険しくなる。
 未だ恋を知らないルルには、想像を絶するような悲しさで。胸が締め付けられそうな程、切ない思いで一杯になってしまう。
「大事な人に会えないだけで、ティアンはさみしい。約束をやぶられるのは、つらいこと」
 口から発する言葉は淡々と。ティアン・バ(天上海底・e00040)は感情を表さず、抑揚のない口調で一言一句を紡ぎ出す。
 約束が果たされない辛さ、その悲しみはどれ程深く、重いだろう。
「信じた者に裏切られたと感じ、浮かばれぬ程に執着するとは……何とも言えぬのう」
 しかし、何を指して裏切りであると言えるのか。十六夜・うつほ(囁く様に唱を紡ぐ・e22151)は、相手を想うが故の擦れ違いではないかと推測するが。だが如何なる理由でも、結末は残酷だと遣り切れなさを拭えずにいた。
 片や、書生の方に同情するのは椿木・旭矢(雷の手指・e22146)だ。勉学の志半ばにしての駆け落ちは、何不自由なく暮らしてきた娘に苦労をかける。それを恨みと思ったならば、書生の方も浮かばれない。
「……その思い、伝わらんものかな」
 旭矢が眉間に皺を寄せ、腹の底から大きく吐いた溜め息は、寒さで白く霞んで見えた。
 身分差に引き裂かれた男女の悲恋。叶わぬ恋は何てロマンチックだと、メアリベル・マリス(グースハンプス・e05959)は心惹かれるように想像を膨らませていた。
「ご令嬢は本当に裏切られたのかしら? そのことを今でも裏切られてるのかしら?」
 もしかしたら、書生にもやむにやまれぬ事情があって来られなかったとか。噂とは違った結末があったのかもしれない。
 歳月を隔てた真実は誰にも分からない。唯一つだけ確かに言えるのは、一連の噂話こそ、ドリームイーターを形成する全てであるということだ。メアリベルはその事実を忘れず胸に刻んで、討つべき敵を待ち受ける。
 やがて屋敷から、一人の女性が姿を現した。純白の衣装を身に纏い、華美な雰囲気を漂わせる見目麗しいその少女こそ。ケルベロス達が戦うべき夢喰い――『深葬の令嬢』だ。


 令嬢はケルベロス達を見るなり、淑やかな仕草でスカートの裾を抓んで歩み寄ってくる。
「ああ……漸く私を迎えに来て下さいましたのね。もう、逢えないかと思っておりました」
 永い時を経て、ずっと待ち侘びたであろう想いを吐露し、口に出した安堵の言葉とは裏腹に。令嬢の心の内には、昏く冷たい憎悪が渦巻いていた。
 藤次郎は令嬢を迎えるように近付いて、彼女の顔を見つめながらそっと囁いた。
 ――綺麗な月が出ているよ。
 例えドリームイーターの生み出した偽物だとしても、現実として彼女はそこにいる。だが夢はあくまで夢の侭、静かに眠らせておくべきだ。
「恋の時間はいつか終わる、悲しいけど幕を引くよ」
 藤次郎が強い決意を込めて武器を握り締め、紛い物の令嬢を滅するべく敵意を示す。
「……恋愛なんて、崩れる時は一瞬じゃん。人生賭けるには割に合わないよ」
 深々見が大砲に変形させた竜の槌から、令嬢目掛けて砲弾を撃ち込めば。号砲が響き渡って、戦いの開始を告げるのだった。
「悲しい話だけど、それでも誰かを傷つけさせるわけにはいかないからね」
 カラカルの耳を大きく立てて、ルルが気合を込めながら、ルーンの力を宿した戦斧を豪快に振り下ろす。
「……余り、お屋敷や中庭を荒らしたくはありませんね」
 シャルトリューはメイドらしい価値観で、屋敷への被害を気に掛ける。今は放置されて荒んでいても、嘗ては心を込めて手入れされていただろう。そして余人に窺い知れぬ想いも、きっと……。
「この屋敷に関わる全ての人達が、貴女を歓迎することはないでしょう――ご覚悟を」
 シャルトリューが鋭い目付きで令嬢を見据えると。ガーターベルトに擬態したオウガメタルが、全身を鋼鉄化させて。堅牢な拳の一撃を、紛い物の令嬢の胸に打ち込んだ。
「愛する者に想いを告げたとしても遂げられぬ。世の中は何とも無情なものよのう」
 うつほはどこか諦観したように、ぽつりと句を漏らす。目の前に立つ少女に対し、嘗ての自分を鏡のように重ね合わせて見ているようで。しかし今は戦いに専念すべきと気持ちを押し殺し、抑圧させた心は醜悪な獣の幻影を生み出して、恐怖心を煽るように襲わせる。
「どうして……そんなに拒もうとするのです? もう、ここからは逃しませんわよ」
 令嬢の膨張した妄念が、ケルベロス達を束縛しようと迫り来る。そこへメアリベルが身を盾にして、令嬢の想いを正面から受け止め、掻き消した。
「アナタにはこの雪も見えないの? 月に心動かされたりしないのかしら? 恋人と二人して、雪や月を愛でることもあったでしょう」
 メアリベルが令嬢の心に呼び掛けようと言葉を投げるが、反応は今一つのようだ。令嬢が赤毛の少女に殺意を向けた時、『ママ』と慕うビハインドが念を込め、我が子を護るように敵の攻撃を阻害する。
「本来は、あんたも幸せになるはずだったんだよな……」
 令嬢が着ている白い衣裳をじっと見ながら、旭矢は彼女の心情を慮った。おそらくは花嫁衣裳への憧れなのだろう。その純真な想いを歪んだものでなく、在るべき形に正したいからと。旭矢は星を描いて願いを託し、加護の力を仲間の下に齎した。
 迎えを幾ら待てども現れず。焦燥が絶望に変わっていく辛さ。しかしそれは噂の中の令嬢だけの話であって。
「ドリームイーター、おまえが味わったものではない」
 ティアンが吐き捨てるように言い放ち。差し出したる細身の腕に巻き付くは、月明かりを浴びて真白に輝く君影草。愛しい人を待つが如く可憐に咲く花は、偽りの夢喰いを制裁せんと、戒めの蔓を伸ばして締め付ける。
「貴方達に、私の一体何が分かるというのです。さあ……私と一緒に逝きましょう」
 駆け落ちを邪魔するように行く手を阻む番犬達に、令嬢は煩わしさを感じつつ。攻撃を振り切りながら、書生姿の藤次郎に撓垂れ掛かって抱き寄せようとする。
「俺ならここにいる。大丈夫、最後まで傍にいるよ」
 藤次郎は躱す素振りを微塵も見せず、令嬢の身体をきつく抱き竦めて受け入れる。
「……恋愛ってある種の毒だよね。病じゃなくて、服毒の類」
 恋は感覚を麻痺させて、深みに嵌まれば自らをも殺しかねない。深々見の脳裏に浮かぶのは、色恋沙汰に狂い溺れて、道を踏み外した者達だ。彼女を抑制する負の感情が増幅し、明日を望まぬ右手で令嬢を掴んで引き剥がす。
「このまま全部、なくなればいいのに――」
 深々見の圧縮された憂鬱が流し込まれて。令嬢は精神を汚染され、肉体までも蝕まれ、身も心も黒い怨嗟で侵されていく。過去の苦痛をなぞるかのように――。


「とても長い時間待っていて、悲しいのも、誰かを憎むのも……すごく苦しいことだよね」
 だからもう、この呪縛から解き放ってあげたいと。ルルは悲しそうな表情を見せながら、思いを込めて杖を振るう。ルルが手にした杖は、友と呼ぶフェネックへと変わり、小柄な体躯で勇敢に突撃をする。
 ケルベロス達の結束力に圧倒されて、令嬢は次第に追い詰められていく。後がない令嬢の瞳は憂いを帯びて、縋るような視線を向けた先には、うつほの姿が。物憂げな眼差しが金色の瞳と交わり合ったその瞬間、うつほは心が吸い込まれるような感覚に陥ってしまう。
 うつほの意識は虚空を漂っていた。側に感じていた筈の温もりは、胸を焦がさんばかりの灼熱となり。彷徨う心は孤独と絶望の檻に囚われて。深い闇の中へ飲み込まれそうになった時だった。
「……今、癒す。癒し切る」
 旭矢が全身から過剰なまでの気を滾らせて、包帯を巻くかのように、治癒の力をうつほに注ぎ込んでいた。旭矢から送られる暖かい光によって、うつほの傷が瞬時に癒されていく。
「星に棲む魔女、次元を超越せし者よ――その御業を持って我らに癒しを与え給え」
 藤次郎がボクスドラゴンのヴァイスリッターと波長を合わせ、召喚術を行使する。描かれた魔法陣から現れたのは、星の彼方に棲むとされる魔女。彼女の掌から放たれる光は、星の瞬きのように柔らかく。その力で仲間を癒し、支えるのであった。
「――刹那を永久に。微睡みを、貴方に」
 呪文を詠唱しながら、シャルトリューが想いと共に弾丸を込める。弾に施したのは、停滞を齎す魔法の力。シャルトリューが銃を構えて撃ち込むと、銃弾は氷の御手に変じて令嬢を包み込んでいく。
 青く冷たき抱擁は、時を止めるかのように令嬢を凍て付かせる。そこへティアンとメアリベルが仕掛けて、終止符を打つべく全ての火力を集中させる。
「君の、首を、もらう――」
 空に揺らめく仄かな光は、ティアンが唱えた呪術の源。空中に浮かぶティアンの足元に、光が集い刃と成して。令嬢の首筋を狙い、重力に引き寄せられて、堕ちていく。
「さようなら。どうか天国では――お幸せに」
 メアリベルが携えたのは、赤黒い刃が禍々しい巨大な斧だ。幼い少女は、その身に不釣り合いな狂器を大きく振り翳し。祈りを捧げるように渾身の一撃を叩き込む。
 二つの刃の軌跡の後に、氷の欠片が儚く砕け散り。二人の少女の想いは、令嬢の時を戻すことなく――その偽りの生を終わらせた。

 戦いを終えて、屋敷は静謐な空気に包まれる。旭矢は軽く手を合わせ、令嬢の為に念仏を唱え始めた。
 迷わずあの世へ旅立てるように……そう願いつつ。ふと空を見上げると、そこに彼女の気配を感じた気がしたが。旭矢の瞳に映るのは、白い吐息と舞い降る粉雪だけだった。
 令嬢を倒した後も、ルルの心は燻り続けたままだ。彼女の魂が、これで浮かばれればいいと願って、屋敷の方に視線を移す。
 改めて視界に入れたその風景は、最初の時より綺麗だと、不思議とそう思えたのだった。
 それはおそらく、屋敷に関わる全ての想いが晴れたから。シャルトリューが宥めるように優しく微笑んで。薄ら雪化粧に覆われていく景色に目を細め、令嬢の魂の冥福を祈った。
 雪を眺める深々見の眼差しは、まるで純真な乙女のようだった。
 遠い別世界でも見るかのように、思いを馳せていた時。夜風が肌を掠めて吹き抜けて、その冷たさに、深々見の心は現実世界に引き戻されてしまう。
 引き籠るのが日常だった少女は、やはり今まで通りが一番と。一刻も早く元の生活に帰るべく、踵を返して家路を急いだ。
 ゆらゆらと、夢の中を揺蕩うかのように、ティアンがぼんやり空を仰ぎ見る。
 茫洋とした瞳で視るモノは、あたかも無垢な妖精みたいで。雪はきれいだと、ティアンは変わらぬ表情で、幽かな心の機微を口にする。
 寂しさも、穢れも、何もかも。全部白く、塗り潰してくれればいいのに、と――。
 例え他の誰かを傷付けたとしても、寂しさを紛らわせることは決してできない。
 身近な人を失う辛さは、藤次郎も痛い程身に染みていた。
 それが自分の責任では無かったとしても……けれども心の傷は簡単には癒えず。
 青い双眸で、夜空を見つめるその先に、眠る魂達を偲んで物思いに耽るのだった。
 うつほの掌に、真綿のような雪が舞い降りて。しかし瞬く間に溶けて儚く消えてしまう。
 彼女もかつて、愛しい存在を失った。結ばれない運命と知りながら……だからこそ、似た境遇にあった噂の令嬢を一目見たかった。
 かの少女の魂も、これで少しは癒されただろうか。過去を懐かしむように、口ずさむ唱。その声を、少女への餞として――。
 幼いメアリベルには、大人の男女の恋心はまだ分からない。それでも噂は事実ではなくて、二人は結ばれたのかもしれないと。
「――真実はわからないの、だぁれも」
 それなら、幸せな結末を思い描いたって構わない。だって願うのは、自由なのだから。
 もしかしたら今は天国で、一緒に二人で月と雪を見ていることだって。
 照らす月明かりが導いて、降り注ぐ雪は祝福の花となり。想いは風に乗って運ばれる。
 いつかメアリも、素敵な恋ができたらいいな――。
 少女は嬉しそうに綻んで。心を寄せる少年と、共に歩む未来を思い描いた。

作者:朱乃天 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年12月29日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 5/キャラが大事にされていた 1
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