私は、納豆が、嫌いだーっ!

作者:秋津透

「納豆とは何だ? 要は腐った豆ではないか! 腐ったものが好きな奴は、勝手に喰えばいい。ああ、好きにしろ。だが、私は腐ったものは嫌いだ! その中でも、特に納豆が嫌いだ! 見るだけでぞっとする! 特に、あの糸! ねばねばぬるぬると、汚らしい! あの臭いも嫌だ! いかにも腐っていますといわんばかりの悪臭! 夏場のゴミ箱を彷彿とさせる! 捨てろ! 捨てろ! 今すぐ捨てろ! 存在そのものが許せん! まして喰うなど論外……」
 今にも「納豆の存在そのもの絶対許さん明王」になりかねない勢いで罵詈雑言を吐き散らしていた中年男性が、不意に背後から大きな鍵で胸を貫かれる。人の『嫌悪』を奪うドリームイーター、パッチワークの魔女六人目『ステュムパロス』の仕業だ。
「あはは、私のモザイクは晴れないけど、あなたの『嫌悪』する気持ちもわからなくはないな」
 乾いた笑いとともにステュムパロスは鍵を引き抜き、中年男性はくたくたと崩れ倒れる。その傍らには、納豆の入った発泡スチロールの容器……を人間大に巨大化させて手足を付け、更にモザイクをかけ鍵を持たせた、異様な風体の怪物が出現していた。
「ねばー! ねばねば、ねばー!」
 甲高い声で叫ぶと、怪物……新たに造られたドリームイーターは、特徴ある臭気を撒き散らしながら、中年男性の住むアパートから外へ出ていく。ステュムパロスの姿は、もはやどこにも見当たらなかった。

「私はけっこう納豆好きなんだけど……嫌いな人は嫌いみたいね」
 橘・芍薬(アイアンメイデン・e01125)が苦笑混じりに告げ、ヘリオライダーの高御倉・康が溜息をつく。
「僕は正直、苦手ですね。でもって、千葉県四街道市で、僕よりもかなり激しく納豆を嫌っている人が、例のパッチワークの魔女の一人、嫌悪を奪う第六の魔女・ステュムパロスに襲われて昏倒。新たに納豆型……というか、納豆容器型というか、とにかく新たなドリームイーターが出現してしまいました。今から急行してもステュムパロスを捕捉することはできませんが、新たなドリームイーターが人に危害を加える前に撃破していただくようお願いします。これまでの例からして、新たなドリームイーターの撃破に成功すれば、昏倒している被害者も意識を取り戻すと思われます」
 口早に言うと、康はプロジェクターに地図と画像を出す。
「現場はここです。被害者は古アパートに一人住まいで、他の部屋は住人が不在か、または空き室で誰もいません。今から急行すると、ちょうどドリームイーターがアパートの建物から出てこようとするタイミングで遭遇すると思います」
 もちろん、手早く片づけないとアパートの住人が帰ってくるかもしれませんし、野次馬対策も必要だとは思います、と、康は告げる。
「ドリームイーターの姿は画像の通り、納豆容器に手足です。容器内の納豆にはモザイクがかかっており、モザイクごと納豆を飛ばして敵を攻撃したり、味方……自分一人しかいませんが……を回復したりするようです。また、皆さんケルベロスに害があるかはわかりませんが、かなりきつい納豆臭を漂わせています。納豆嫌いの一般人なら、確実に気分が悪くなるレベルです」
 そう言って康は、深く頭を下げる。
「どうか、御武運を。よければ帰りに、ヘリポートのシャワー室、使っていってください。納豆の臭いは落ちにくいですから」


参加者
相馬・泰地(マッスル拳士・e00550)
知識・狗雲(鈴霧・e02174)
西院・玉緒(深淵ノ緋・e15589)
盟神探湯・ふわり(悪夢に彷徨う愛色の・e19466)
ドラーオ・ワシカナ(秋枯転命のじじい・e19926)
櫂・叔牙(鋼翼骸牙・e25222)
プラータ・ヴェント(浮世の銀風・e25479)
仙道・風(しゃべくり鎌鼬・e31694)

■リプレイ

●けっこう悲惨な戦い……かな?
「ここが、納豆ドリームイーターの出現場所でござるな!」
 千葉県四街道市の古アパート入口に立ち、仙道・風(しゃべくり鎌鼬・e31694)が言い放つ。
「では、さっそく殺界形成して、キープアウトテープを張るでござる!」
「すまんな風、よろしく頼む」
 相馬・泰地(マッスル拳士・e00550)が、半裸で裸足のワイルドなスタイルに少々不似合いな丁寧な物腰で声をかける。この格好、本人は格闘家風スタイルと称しているが、武道家系の格闘家には礼にうるさい人もいるのだし、せめて『流浪の』とか『無頼の』とかつけた方がいいのでは、と、櫂・叔牙(鋼翼骸牙・e25222)は思う。
(「まあ、あえて言う、ほどのことでは、ありません、が」)
 それよりも、倒すべき敵は、どこでしょう、と、叔牙は視線を泳がせる。
 すると、アパートの入口引き戸ががらっと開き、ヘリオライダーが予知した通りの怪物……人間大まで巨大化した発泡スチロール製の納豆容器に手足をつけたようなドリームイーターが姿を現す。
「ねばー! ねばねば、ねばー!」
 奇声を発すると、ドリームイーターは容器の口をぱかりと開き、モザイクに覆われた中身……形状ははっきりしないが、臭気からすると明らかに大量の納豆を露出する。
「うげっ……俺、この臭い苦手……キツイ、ツラい……」
 知識・狗雲(鈴霧・e02174)が、露骨に顔を顰めて呻く。だったら、どうして、この依頼に、あえて参加したのです、か、と叔牙は突っ込もうかとも思ったが、気の毒なのでやめておく。
 そしてドラーオ・ワシカナ(秋枯転命のじじい・e19926)が、苦笑混じりに言い放つ。
「わしは納豆は嫌いではないが、癖の強い発酵食品ゆえ、苦手な者がおるのはわかる。何より、どんな姿をしておろうが、デウスエクスは斃さねばならん」
 そしてドラーオは、いきなり必殺技『愚者の求めし黄金郷(ロストゴルディオン)』を発動させる。
「ここは無貌の王が治る地。生者拒みし灼砂の臥榻。風が弔う亡者の陵墓。時が埋めし栄誉を手にし、眠れ、那由他の夢欠片と共に」
 古アパートから出てきた納豆怪人に対する攻撃としては、少々大規模かつ荘厳に過ぎる気もする環境魔法を、戦闘経験豊富な老龍人は惜しげもなく放つ。
 轟音を発し突如として地を突き現れる無数の尖塔群。中央には精緻なアラベスク紋様を無数に施された一際絢爛な城郭が聳え、大通りには往来する人々と馬車。それまさに黄金郷。ただ一点、全てが砂で作られていること以外は。乾き崩れる熱砂が、悪臭を発するデウスエクスを襲う。
「ね、ね、ね、ねばー!」
 納豆怪人が絶叫し、黄金郷の幻影は消え去る。熱風と熱砂に見舞われ、いささか乾燥した感じの敵に、泰地が必殺の『顔面蹴り』を見舞う。
「おらっ!」
 裸足の足裏で相手の顔面を蹴り、そのままぐりぐりと押しつける挑発技……なのだが、納豆容器に手足が生えた怪人の顔面って、いったいどこだろう?
 とりあえず泰地は、モザイクに覆われた納豆部分に足を突っ込んでみたのだが。
「ねばー! ねばー! ねばねば、ねばー!」
「……どうやら怒った、ようだな」
 ぬめっと糸を引きながら足を引き抜き、泰地は複雑な表情で唸る。食物としての納豆は普通に食べる泰地だが、やっぱりこの感触はキモチワルイ。
 そして、納豆の臭いが苦手な狗雲が、キレ気味に叫ぶ。
「ぐわー、ホントにやめてくれっ。クサイ、ツライ……! 鼻つまんでも臭う! ぐぬぬ……アスナロ! アイツをボッコボコにしてやるぞ! こんな目に合わせたの絶対に許さないっ!」
「ガウッ!」
 狗雲のサーヴァント、ボクスドラゴンの『アスナロ』が、ボクスブレスで攻撃する。
 一方、狗雲は必殺技『赤ノ鎖(カラクレナイ)』を発動させる……が、これは攻撃技ではなく、仲間を治癒し攻撃力を上げる技だったりする。
「みんな、この赤い鎖はただの飾りじゃない! パワーアップした攻撃力で、あいつをやっちまってくれ!」
 できれば俺は触りたくない、と小声で続ける狗雲に、叔牙は正直呆れるが、風は意にも介さず陽気に応じる。
「了解したでござる! デウスエクスは、ぼっこぼこにするでござるよ! たぁ!」
 自前の青いリボンを結んだクナイを、風は続けざまに投げる。狗雲は前衛の攻撃力を上げており、風は後衛スナイパーなのでパワーアップしてないのだが、やっぱり意にも介さない。
 しかし、それでも必殺技の『クナイ投げ』で放たれた手裏剣は、納豆怪人にぐさぐさと突き刺さってダメージを与える。
「ね、ねばー!」
「納豆は、我輩はむしろ大好物でござるが、だからといって容赦加減はしないでござる! お米が欲しいでござるよ。炊きたてのお米が!」
 風が陽気に言い放ち、ドラーオが深くうなずく。
「うむ、納豆には溶き卵にネギじゃな。炊きたてご飯の湯気に食欲をそそる醤油の香り……なんだか、腹が減ってきおったぞ」
「かといって、デウスエクスを食べるわけにもいかないし……それとも、ちょっと摘んじゃう?」
 うふふ、と蠱惑的な笑みを浮かべ、西院・玉緒(深淵ノ緋・e15589)が進み出る。
「四方から取り囲んでボコる……酷い話よね」
 言葉とは裏腹に、心底楽しげな表情で、玉緒は納豆怪人を見やる。
「外見がそれで良かったわ。人型だったら、流石に躊躇したでしょうし」
 いや、躊躇しないだろ、と小声で突っ込んだのは、叔牙か、あるいは泰地か。
「……ふふ。それじゃあ、遊びましょうか?」
 そう言って、玉緒は愛用のリボルバー銃『RAGING BULL改』と『HOWLING BULL』を構え、発砲するかと思いきや、いきなりピンヒール型エアシューズ『叛逆ノ顎』で蹴り飛ばし、踏みつける。
「ねねねね、ねばー!」
 重力グラビティをピンヒールに集中させた強烈な蹴りを受け、納豆容器の蓋がばきっと割れる。
「ね、ね、ねば、ねばー!」
 吠えると、納豆怪人は納豆を覆うモザイクを飛ばし、蓋の傷を覆う。自己回復の影響か、納豆臭が更に強くたちこめる。
「納豆。僕は、好きですけどね……猿や、羊の脳より。余程、食べ易いです」
 少々不穏な呟きを漏らし、叔牙が螺旋氷縛波を放つ。納豆部分が凍りつき、心もち臭いが弱まる。
 続いてプラータ・ヴェント(浮世の銀風・e25479)が、何を思ってか納豆怪人におにぎりを差し出す。
「欲しい?」
「ねばー! ねばねば、ねばー!」
 納豆怪人は激しく喚くが、おにぎりを欲しがっているのか拒絶しているのか、いまいちわからない。
「うーむ、まさか反応するとは」
 やはりご飯は納豆の友なのだろうか、と真顔で呟きながら、プラータは前衛の命中力をアップさせる。
 そして盟神探湯・ふわり(悪夢に彷徨う愛色の・e19466)が納豆怪人の前に立ち、必殺技『もっともっと熱くして、もっともっと狂わせて(アイラブユー・モア・ザン・ユーラブミー)』を発動させる。
「もっと、もっと欲しいの……ふわりに、あなたを頂戴? あなたの全部をふわりが愛してあげるの、ふわりだけが愛してあげるの……ずうっと」
 相手の異形さなど気にもせず……というか、そもそも全然見てもいない様子で、ふわりは狂気の笑みを浮かべ、小声で口走る。
 焦点の合っていない視線から、地獄化されたふわりの正気が世界に染み出て、地獄の炎となって納豆怪人を焼く。
「ねね、ねば、ねば、ねばーっ!」
「……怖っ」
 呟いたのは、叔牙か、泰地か、あるいは狗雲か。もしかすると、玉緒だったかもしれない。

●デウスエクス死すべし、粘るべからず
「どっせい!」
 ドラーオがドラゴニックハンマー『龍柩樹の核塊』を振るい、納豆怪人を強打する。何となくゴルフクラブで殴っているような感じがするのは、たぶん気のせいだ。
「ね、ねば、ねば、ねば……」
「しぶといのう。納豆だけあって、よく粘りおる」
 もっとも、自己回復一辺倒で攻撃して来んので、ちーとも怖くないがな、と、ドラーオはかっかっかと笑う。
「とはいえ、いい加減嫌になってきたぜ……この臭いはな!」
 二、三日納豆は喰いたくねぇ、と唸りながら、泰地が手刀を振るって納豆怪人の蓋部分を割る。既に何度も攻撃され、補修を繰り返したため、ドリームイーターの全身はモザイクだらけだ。
「ねばあ! ねば、ねばあ!」
 もはや泣き声のような調子で、納豆怪人が喚く。確かに、人型してたらちょっと罪悪感あったかも、と呟きながらも、とにかく一刻も早く悪臭の発散を止めるべく、狗雲が殺神ウィルスを投擲。『アスナロ』がブレスを放つ。
「ね、ねばあ……ねばあ……」
「そろそろ限界でござるか?」
 あっけらかんと尋ねながら風が黒影弾を撃ち放ち、玉緒はふんと鼻で嗤う。
「ふふ……逃がさないわよ」
 なんか、逃げる気力もないようだけど、と嘲笑しながら、ここまでひたすら華麗な蹴りを叩き込んでいた玉緒が、いきなり両手のリボルバー銃を使う。
 彼女の必殺技『緋閃ノ追(ヒセンノツイ)』は、銃身による打撃と接射に続き、彼女が得意とする、髪の毛を依り代に降ろした『御業』による追撃を行う。
 打撃、接射撃、そして『御業』による追撃と、そのたびに派手な破壊音があがり、玉緒はどやっ、と胸や腰を強調するポーズを取る。
 しかし。
「ねばあ、ねばあ、ねばあ!」
 粘っこい絶叫とともに、完全に潰されたかと見えたドリームイーターは、モザイクを全身から溢れさせて自己修復を行う。
「……なんて無駄な粘り」
 玉緒は軽く肩をすくめ、叔牙が全身からミサイル発射筒を展開する。
「ターゲット・ロック……全弾、シュート!」
 放たれるミサイルは焼夷弾頭を備え、納豆怪人を火だるまにする。必殺の『焼夷誘導弾(インフェルノミサイル)』だが、実は列攻撃技なので、ダメージはさほど高くない。
 そしてプラータが、構えていたゾディアックソードを地面に置く。
「やはり、どうも、慣れない武器はダメですね」
 ならば、なぜ装備してきた、と、突っ込みが入る前に、プラータは火だるまの敵に怖れげもなく肉薄する。
「地に堕ちろ……Lucifero!」
 炸裂したのは、彼の必殺技『Lucifero(ルチーフェロ)』。本来はナイフ戦闘術なのだが、プラータはナイフ装備はしていない。隠し持っていたのか、あるいは爪か何かを使ったのか、いずれにしても納豆怪人は小さからぬダメージを受け、その全身を覆う炎が一気に大きくなる。
「ねば……ねば……ねばあ……」
 いかに糸を引いて粘ろうとも、完全に焼かれてしまってはどうにもならない。納豆が焼ける異臭を、単に焦げ臭いに変化させながら、ドリームイーターは崩れ倒れた。

●ども、ケルベロスのアフターサービスです
「やれやれ、しぶとい野郎だったぜ」
 泰地が溜息混じりに呟くと、叔牙が告げる。
「被害者の、様子を見て、きます」
「あ、俺も」
 でも、納豆臭いと逆上されちゃうかな、と、狗雲が自分のにおいを嗅ぐ。そこへ防具効果『クリーニング』を持つドラーオとプラータが歩み寄り、叔牙と狗雲の服をはたいて汚れと臭いを消す。
「こんにちは。こちら、ケルベロスです。意識はもう、お戻りでしょうか?」
 アパートに踏み込んだ叔牙が呼ばわると、気の弱そうな中年男性がよろよろと出てきて応じる。
「え? ケルベロス? ……私は、いったい何を……?」
「タチの悪いデウスエクスがあなたを襲って……その、あなたが嫌いなモノへの嫌悪を怪物化したんです。でも、その怪物は俺たちが退治しました」
 狗雲が説明すると、男性は溜息をついてうなずく。
「私が嫌いなもの……ああ、あの臭うアレですか。それはどうも、お恥ずかしい。日頃は、できるだけ接しないようにしていたんですが、たまたま電車の中で、アレの海苔巻きを食べている人と遭遇してしまって……」
「……それは、傍迷惑、ですね」
 叔牙が唸ると、男性は力なく笑う。
「本人は、周囲に迷惑をかけているなんて、思ってもいなかったようです。いたたまれずに逃げ出したのは、私一人でしたし……もちろん、その場で文句をつける余裕などなかったのですが、あとあと、どうにも腹が立って、家に帰ってから一人で文句を言っていたんです。下手に誰かに聞かれると、そんなことで文句を言うなと咎められるので……でも、まさかデウスエクスに聞きつけられるとは……」
「まあ、予想もできないですよね」
 災難でしたが、無事でよかった、と、狗雲は男性の手を握る。
「何を隠そう、俺もな……アレはダメなんですよ。もし、今後アレがらみで何かあって腹立ったら、連絡してください」
 本来は常識のある人みたいだし、巧くガス抜きができりゃ、ドリームイーターに利用されたり、更に怒りこじらせてビルシャナになったりせずに済むだろうからな、と、狗雲は言葉には出さずに呟いた。
 

作者:秋津透 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年12月10日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 5
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