忍軍の屍隷兵~非常階段、傘咲く

作者:桜井薫

 本来であれば人っ子一人いない寂れた風景が似合いそうな、荒れ果てた廃病院。
「…………」
 だが、建物外側の非常階段には、その場に幾分似つかわしくない姿があった。
 青い水玉模様の傘を手にした、可愛らしい少女だ。
「ハクロウキさまの命令……ちゃんと、まもらないと」
 少女はどこかぼんやりとした口調でひとりごち、手にした傘を開いて、ふわりと一階上の踊り場まで飛び上がる。
「……いじょう、なし」
 辺りを見回した少女はうなずいて、踊り場につながる階段を見渡した。
「みんなも、ちゃんとみててね」
 少女が声をかけた方には、数体の人影……いや、人ならざる者たちが、同じくこの場を守っている。
 それは、まぎれもなく屍隷兵そのものだった。
 
「押忍! 皆、よう集まってくれた。冥龍ハーデスと共に消えるはずじゃった『屍隷兵』が、螺旋忍軍によって新たに生み出されとるんが分かったんじゃ。そして、奴らが事件を起こそうとしちょる」
 円乗寺・勲(ウェアライダーのヘリオライダー・en0115)は、彼にとっての正装……応援団長の学ランに身を包み、集まったケルベロスたちに事件の説明を始める。
「螺旋忍軍どもは、地球人を材料として現地調達して、手軽に戦力を増強しようっちゅう腹のようじゃ」
 勲によると、彼らは鹵獲したヘカトンケイレスを元に、新たな屍隷兵を生み出しているらしい。
「冥龍ハーデスのように、知性のある屍隷兵を生み出すことこそ出来ちょらんようじゃが……知性の無いタイプの屍隷兵は、既に完成させてるようじゃのう」
 そして、完成した屍隷兵の実戦テストも兼ねて、屍隷兵を使った襲撃事件を起こそうとしている、と勲は言う。
「今回の作戦に参加する皆には、この襲撃事件を阻止してもらうのが、まず一つ。それから、屍隷兵の材料として拉致された一般人の救出や、屍隷兵の研究を行っている螺旋忍軍の研究者の討伐を頼みたいんじゃ」
 勲は一呼吸置き、ここに集まったチームの役割について、詳しい説明を始める。
「ここにおる皆に頼みたいんは、『禍つ月のハクロウキ』が実験をしとる大規模な施設の警備排除じゃ。奴らは侵入者を警戒するため、施設の何箇所かに、屍隷兵を引き連れた螺旋忍軍を配置しとる」
 いくつかある警備場所のうち、このチームが担当するのは、建物外側の非常階段を守る螺旋忍軍たちだ、と勲は言う。
「そして、他のチームと手分けして警備を排除した後は、施設に突入してハクロウキ本人の撃破に向かってほしいんじゃ。警備排除班のどのチームがハクロウキと戦うことになるかは状況次第じゃが、もし対峙することになった場合は、可能な限り仕留めるよう頼むじゃ」
 研究所を破壊して研究者の螺旋忍軍を撃破することができなければ、更に強力な屍隷兵が生み出されることになる。
「もちろん、そがあな事は駄目じゃ。そうさせんよう、気合い入れて臨んでつかあさい……押忍っ!」
 勲は集まったケルベロスたちに気合いを入れ、続いて、警備にあたる螺旋忍軍の戦力について説明を始める。
 
「まず、警備にあたっとるんは、ハクロウキが言うところの『実験体963号』っちゅう螺旋忍軍じゃ。傘を手にした少女のごたる姿で、重力を操って戦うスタイルを得意としとるようじゃな。見た目は可愛らしいじゃが、油断しちゃいけん。複数のケルベロスを相手取れるだけの実力は持っとるでのう」
 彼女の使用する技は、傘から放つ氷の雹、プレッシャーを誘う傘の回転攻撃、状態異常への耐性を持った癒しの雨、といったところだ。
「それから、『実験体963号』が引き連れた屍隷兵は、5体。爪で引き裂いて防御を崩しにきたり、殴って強化を潰してきたり、広い範囲に毒液を吐いてきたりするじゃが、戦力そのものは大したことなか」
 平均的な戦力のケルベロスなら、一対一で互角以上に渡り合えるだろう、と勲は言う。
「彼女ら警備にあたっとる螺旋忍軍は、侵入者への備えであると同時に、ハクロウキの退路を守る役目でもあるんじゃ。他のチームと力ば合わせて全ての敵を倒すことで、ハクロウキを逃がさんよう追いつめることができるはずじゃ」
 ハクロウキの使用する技などは詳細不明だが、くれぐれも逃さずに撃破して欲しい、と勲は念を押す。
「ハクロウキは、屍隷兵研究の中核を担っとる。もし奴を逃したら、屍隷兵の研究は大きく進んでしまうはずじゃ」
 隙を見せれば逃走する可能性があるので、細心の注意を払って追い詰める必要があるだろう。
「そして、屍隷兵の研究が進んでしもうたら、月喰島におったような、元の人間の姿や知性を持つ屍隷兵が現れるかも知れん。そがあな未来を防ぐことができるんは、皆だけじゃ。どうか、よろしく頼むじゃ……押忍っ!」
 腹の底から気合の入ったエールで、勲は皆を送り出すのだった。


参加者
風峰・恵(地球人の刀剣士・e00989)
イグナス・エクエス(怒れる獄炎・e01025)
ジューン・プラチナム(エーデルワイス・e01458)
紅花・繚乱(魅惑を鍛え始めたサキュ巫女・e02532)
伊佐・心遙(ポケットに入れた飛行機雲・e11765)
雨咲・時雨(過去を追い求め・e21688)
長谷川・わかな(腹ぺこ少女が行く・e31807)
九尾・桐子(蒼炎の巫女・e33951)

■リプレイ

●非常口は、こちら
「螺旋忍軍も実に面倒なことをしてくれますね……」
 九尾・桐子(蒼炎の巫女・e33951)は鬱蒼とした廃病院を見上げ、率直な思いを口にする。
 実際、『実に面倒』な状況だ。冥龍ハーデスと共に失われるはずだった屍隷兵の技術を、螺旋忍軍が墓から掘り起こそうとしている……桐子を含めここに集う8人のケルベロスたちの思いは一つ。それを止めることだ。
「昼間でも廃病院って不気味だな」
 まして、本物の動く死者が徘徊してるとあれば、尚更だ。ジューン・プラチナム(エーデルワイス・e01458)は震えを抑えつつ、準備してきたもののチェックに余念がない。
 今回は他班との連携も重要とあって、連絡手段は出来る限りのものを持ち込んだ。連絡先の交換にも抜かりはなかった……のだが、あいにく、携帯もトランシーバーも通じる様子がない。ジューンはコートの奥で、通信手段が機能しなかった時に備えて用意してきた、合図用の花火をそっと握りしめる。
「地球人を材料にだなんて、許せないよ! こんな研究所ぶっ潰しちゃおう! やる気満々、気合入れていくよーっ」
 気合いはしっかり込めつつ、ボリュームを落とした声で非常階段を見据えるのは、伊佐・心遙(ポケットに入れた飛行機雲・e11765)だ。敵を倒すのは大前提として、侵入と索敵も重要となる作戦とあれば、派手な音を立てるのは望ましくない。いつもなら全身で感情を表現する賑やかな心遙は、静かに、速やかにと自分に言い聞かせながら、目標となる敵を探して視線を凝らす。
「ええ、こんな人を弄ぶような実験……ここで食い止めなければなりませんわね」
「その通り、屍隷兵の技術はこのまま失われなければならない技術だ。録でも無い事にしかならないからな。食い止めてやる!」
 紅花・繚乱(魅惑を鍛え始めたサキュ巫女・e02532)とイグナス・エクエス(怒れる獄炎・e01025)も、事件阻止にモチベーションは十分だ。螺旋忍軍だけで済めばまだしも、それ以外のデウスエクスにでも流出したらそれこそ一大事だ……イグナスは黒い瞳の奥に、己の危惧に基づく強い意志を燃え上がらせている。
「死者をもてあそぶ所業、捨て置く訳には参りませんね」
 風峰・恵(地球人の刀剣士・e00989)も、物腰や言葉こそ静かだが、内に秘めた熱い闘志は変わらない。師の教えで剣を持つものは常に心静かにあれと心がけているが、冷静さと熱さは共存できるもの。恵の物静かな視線が見据えるのは、その先にある全力の戦いだ。
「……いました!」
 雨咲・時雨(過去を追い求め・e21688)が、今回の目標とおぼしき相手を視界に認め、弾かれたように駆け出した。胸の奥から湧き上がる殺意にも似た感情を戦う意志に代え、時雨は非常階段に向かって走る。
「……! 負の連鎖、ここで断ち切らなきゃ、だね!」
 長谷川・わかな(腹ぺこ少女が行く・e31807)も決意を胸に、青いワンピースの裾を翻らせ目標地点に向けて全力で駆ける。地球人を材料にした屍隷兵にひときわ深い悲しみを抱くわかなの気持ちは、ただ一つ。こんな非道な事はここで終わらせなければ、との強い意志だ。
「はい、わかなさん、行きましょう!」
 互いに繋がった感情でわかなの動きを引っ張りつつ、心遙も駆け出す。
「…………。いじょう、あり」
 一斉に非常階段に押し寄せたケルベロスたちを認め、反応したもの。それは、水色の傘を手にした、一見可愛らしい少女……今回の標的『実験体963号』に他ならなかった。その周りには、彼女を守るように5体の屍隷兵が立ち並んでいる。
「……クルミが、ちゃんとかたづけなきゃ」
 クルミと名乗った少女は傘をくるりと翻し、ケルベロスたちに相対する。それが、開戦の合図だった。

●踊り場、上に下に
「あまーい爆弾はいかが? 3、2、1……ゼロっ!」
 全力で駆けつけた勢いのままに戦いの火蓋を切ったのは、心遙だ。クルミの周囲を色とりどりのドロップが覆い、カウント・ゼロの号令とともに、きらきらとした輝きを放って弾け飛ぶ。
「クルミは私達に任せて!」
 コンビネーションで心遙に続いたわかなは、平和への祈りが込められた『雷杖『秋桜』』を振りかざし、ほとばしる雷をクルミに叩きつける。仲間が屍隷兵を相手取る間どうにかクルミを止めようとする意志が乗ったかのように、雷はクルミの胸元を正面から捉えた。
「ああ、こっちは任せとけ」
 イグナスが呼応し、こちらは屍隷兵たちに向けて大量のミサイルを放つ。
 さらに続いて恵の『刹那五月雨討ち』が、手近な屍隷兵の脇をすり抜けざまに凄まじい手数の連撃を繰り出した。技の影響で光の霊力を帯びた業物『煌翼』は、斬る力に特化して高めてある威力を遺憾なく発揮し、屍隷兵に少なからぬダメージを与えたようだ。
「鎧装天使エーデルワイス、いっきまーす!」
 仲間の作った好機を逃さず、ジューンはたたみかけた。まとったコートを脱ぎ捨てて武器を構えたジューンは、大きなモーションで大技の構えに入り、十分に力を高めた『英雄の一撃』を遠慮なく屍隷兵に叩きつける。既に弱っていた屍隷兵は、ひとたまりもなくその動きを止めた。
「……やっぱり、クルミががんばらないとだめ?」
 早々に屍隷兵が倒されたのを認識してるのかしてないのか、クルミは淡々とした様子で、片手を天に向かってかざす。すると、その掌すぐそばの空間に大粒の雹が大量に浮かび上がり、手を振り下ろすと同時に鋭いつぶてとなってケルベロスに襲いかかった。その標的は、たった今屍隷兵を屠ったジューンだ。
「……!」
 直撃すればジューンに強烈な衝撃を与えたはずの雹つぶては、割って入った蒼い鎧をまとったシャーマンズゴーストに食い止められた。桐子の相棒『ラビドリー』は、言葉にせずとも主人の意図を察し、味方の守り手として甲斐甲斐しく働いている。
「ならば、私は」
 自らも守り手として戦場に立つ桐子は、銃から跳弾を放ち、クルミを牽制する。守り、抑える役目をきっちりと果たすことで、着実に仲間を援護する。それが、今回自らに課した桐子とラビドリーの役目だった。
「……止まれ!」
 こちらもクルミの抑えに回った時雨は、石化の力を秘めた古代語の詠唱で、動きを止めようと試みる。……が、得手不得手の極端な能力で命中させるのが厳しかった光線は、空しくクルミの頭上を抜けていった。時雨は心の中で、焦らず確実に見切りを避けながら、得意な能力でチャンスを狙おうと気を取り直す。
「あなたの呪縛、ここで断ち切ってあげますの!」
 繚乱も自分の役割をきちんと果たそうと、マインドリングから光輪を屍隷兵たちに向けて解き放つ。こちらも当たるかどうかは心もとなかったが、命中を補う戦術はしっかりと功を奏し、屍隷兵たちの守りを削ぐように切り裂いていった。
「……」
 ダメージを受けた屍隷兵たちが、無言で続けざまに反撃を入れる。爪や拳は前に立つケルベロスたちを襲ったが、練度の高い攻め手たちはそれぞれうまく攻撃をいなした。唯一痛打になりそうだった心遙に対してのまぐれ当たりは、時雨が守りの体勢でしっかりと受け止め、こちらも被害を軽減されている。
 クルミは不甲斐ない配下の様子にもそれほど表情を変えることなく、傘を開いてふわりと飛び上がった。そして自由落下に任せるように、恵に向かって閉じた傘をくるりと回して飛びかかる。
「まだまだ……!」
 致命的とまでは行かずともそれなりに痛い一撃を、恵は静かな闘志でこらえつつ、雷の力を帯びた刃をひらりとクルミに返す。
「大丈夫、フォローするよ」
 恵のダメージがそこまで深刻ではないのを的確に見て取り、わかなは前列のケルベロスたちにオウガメタルの粒子による癒しと強化を施した。恵の傷を癒やすと共に、命中に不安のある守り手組への援護も兼ねての立ち回りだ。
 しばしの間、ケルベロスたちは、じわじわと強化を織り交ぜながらクルミたちに対峙した。力の均衡は少しづつケルベロス側に傾き、多少手間取りながらも着実にクルミたちの戦力を削っていった。
「……!」
 と、しばしの膠着状態に割って入るように、ケルベロスたちの耳に飛び込んできた大きな音があった。建物の中から響いてきたのは、明らかに合図の意図を持った、強烈な爆音だった。
「これは……誰かが、ハクロウキに辿り着いた!?」
「急がないと!」
 ジューンは急く思いと共に時空凍結弾を屍隷兵に向けて放ち、気合が乗ったかのような弾丸はそのまま最後の屍隷兵を撃ち抜いた。
「もとより、そのつもりです」
 桐子は冷静沈着に、それでいて目標をやり遂げる確かな意思を込め、ガトリングの弾丸をを立て続けにクルミに浴びせかける。
「……早くかたづけたいのは、こっちなの」
 クルミは少し不機嫌そうに弾丸をかわし、片手を高々と上げて再び雹のつぶてを勢い良く乱射する。
「っ……断ち切ってあげるからさァ、動かないでねェ!」
 鋭い雹の弾丸となったつぶてをまともに受けた繚乱が、その衝撃で人が変わったように戦いへの熱狂を帯びた瞳で、ゆらゆらとクルミを眺め回す。
「さァ、私はあなた。あなたは私……!」
 繚乱は変貌した己の精神に招き入れるかのように、『一方その頃』の世界でクルミを責め立てる。相打ちのように痛烈なダメージをもたらした仲間に、わかなは魂を震わせる歌声の癒しで懸命にフォローを施した。
「もらったよ……!」
 繚乱が作ったチャンスに突っ込んでいったのは、心遙だった。熱を奪う凍りついたレーザーが、クルミの傘を斜めに貫き、勢い良くその身体をも貫いていった。それが、とどめの一撃だった。

●廊下、静寂の足音
 聞こえてきた音に近い一階の非常階段から院内に入り込んだケルベロスたちは、荒れ放題の廊下を急ぎ駆け抜ける。
「既にどこかで戦いが始まっているようですね」
 階下から聞こえてくる物音を聞きつけ、恵はいつでも反撃できるように注意を払いながら、争いの気配に向けて近づいてゆく。イグナスもまた、ヘッドフォン型の集音デバイスに精神を集中し、求める目標……ハクロウキかも知れない存在に向けて急ぎ足を運ぶ。
(「落ち着いて、落ち着いて……」)
 既に戦いが始まっている様子でも、何があるかわからない。心遙はあらためて不用意に物音など立てないように心がけ、静かに、静かに……と自らに言い聞かせながら進む。
 ジューンも石ころのように目立たぬように、繚乱も隠密に優れた気流で身を包み、正体の見えない相手の要らぬ注意を引かぬよう、静かな行軍を続ける。
 かすかな足音だけが響く中、ケルベロスたちは、下の階から聞こえてくる物音に向け、ひた走った。やがて物音ははっきり方向を認識できるほどに近くなり、規模の大きな戦いの気配を間近に感じさせた。
「ここは……『霊安室』?」
 手慣れた様子で気配を消し、するすると道を進んでいた桐子が、立ち止まる。
 彼女が見上げた大きな扉の側には、確かに『霊安室』の文字がかろうじて残る欠けたプレートがある。そして部屋の中からは、激しく衝撃がぶつかり合う音、戦いに交じる声……間違いなく先行していたどこかの班が戦っている様子がうかがえた。
「……逃がさない!」
 時雨はもう気配を隠す必要もないと、勢いをつけて壁を蹴り、部屋の中に飛び込んでゆく。
 ケルベロスたちは互いにうなずき、さらなる戦いに飛び込んでいった。


●霊安室、さらなる戦い
 勢い込んで駆けつけた彼らの前に広がっていた光景は、乱戦。
 先行して到着していた三班のケルベロスたちと、軽く10体は超える数の屍隷兵が、今まさに激戦のさなかだった。
「遅くなって悪い、俺たちもいくぜ!」
 先行組によって倒された数体の屍隷兵に一瞬だけ目をやり、イグナスが力強く仲間たちに声をかける。そして既に戦っていた仲間たちの無言の了解を受け、両手の大きなハンマーを勢い良く合体させ、大地を砕く大爆発を叩きつけた。
「……え?」
 続けて攻撃しようと部屋を見渡した繚乱は、あることに気付き、戦いの高揚に歪んだ顔をしかめる。
「居ない!?」
 その顔をしかめさせた事実とは、ハクロウキの不在だ。
 部屋の中には大勢の屍隷兵とケルベロスが乱戦を繰り広げているが、求める兜の螺旋忍軍の姿は、ない。繚乱はやり場のない怒りを叩きつけるかのように、螺旋の力を込めた掌を力いっぱい手近な屍隷兵に叩きつけた。傷を負っていた屍隷兵はひとたまりもなく、巡る力をその身に受けて吹き飛んだ。
「とにかく、ここも早く片付けましょう」
 恵は求める相手不在の落胆をいったん胸にしまい、クルミたちと戦った時と同じく、速攻の意志を込めて刀を振るう。目の前の屍隷兵を切り捨てた先にあるのは、諦めずにハクロウキを探す執念だろうか。
「もうこれ以上、死者を冒涜するような真似を許すわけにはいかないからね!」
 ジューンも同じ思いだったのだろう。連戦の疲れも省みることなく、ドラゴニックハンマーを砲撃形態に変形させ、部屋中に響くような音で竜砲弾を轟かせた。
 屍隷兵の戦力そのものは、ケルベロスよりもわずかに劣る程度だったであろうか。
 他班のケルベロスたちとも力を合わせて戦う彼らが、部屋中の屍隷兵を一掃するのに、それほど時間は必要としなかった。

●影はいずこ
 霊安室の戦いが終わり、先に駆けつけていたケルベロスたちと情報交換を済ませた彼らを待っていたのは、良いニュースと悪いニュースが一つずつだった。
「もう大丈夫。私たちと一緒に帰ろう」
 まず良いニュースは、牢に囚われていたものの、まだ無事な子供たちが存在したことだ。わかなは子供たちを安心させるように微笑みかけ、他班のケルベロスたちと一緒に、誰かがここに居なかったかどうかを聞いた。
「兜の怖い人はいたよ……」
「ケルベロスさんたちが来るより前に出て行ったけど……」
 子供たちの言葉は断片的だったが、もろもろの話をまとめると、やはりハクロウキがここに居たことは確かなようだった。
「残念だが……」
「やっぱり、逃げられたみたい……」
 そして悪いニュースは、ハクロウキの逃走がほぼ確定したことだ。
 念のため再び院内を探索したイグナスと心遙は揃って首を横に振り、まだどこかに隠れている可能性は無いだろうことを仲間たちに告げた。
「絶対に、逃したくなかった……」
 時雨は心底悔しげに、愛用の武器『雪時雨』を握りしめる。せめてもの成果になれば良いと、ヘリオライダーに届ける屍隷兵の研究資料らしきものは確保してきたが、ケルベロス陣営の力になるかどうかは未知数だ。
 そして、ハクロウキの逃走を許したことがどう影響するかも、また杳として知れない。
 大きな目的を逃した口惜しさと、最低限の目的を果たした小さな達成感を胸に、ケルベロスたちは帰路につくのだった。

作者:桜井薫 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年12月13日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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