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「……だりー……」
心の底からの声を吐き出しながら歩道を歩くのは、チャイナ服を雑に着た青年だ。
青年……ジニー・劉は、スニーカーの底をざっと擦りながら人気のない道を歩いていく。
時折通るのは車くらいなもので、山のふもとにぽつんとあるコンビニが人々の休憩所となっている。
彼の目的はそこだった。
駐車場でピタリと足を止め、店内を確認すればレジには女性店員が1人と品出しをしている男性店員が1人、それとどこかに出かけようと言うのか、親子連れが一組。
「大した数じゃねぇけど……お試しには丁度いいか」
そういって振り向いた先には、5体の『屍隷兵』の姿があった。
彼の後ろに控えている『屍隷兵』は何をするわけでもなく、虚ろな瞳で虚空を見ている。
ジニーはそれらを一度だけ見回すと、すっと店内を指さした。
「行ってこーい」
やる気のない声ではあったが、屍隷兵にはそれを判別する知能はない。
ただ言われた通りに動くだけ。
「ホント、だりーわ……」
低いブロック塀に腰を下ろしながら、ジニーは心の底からそう呟いたのだった。
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「螺旋忍軍が、『屍隷兵』を利用しようとしているようです」
千々和・尚樹(ドラゴニアンのヘリオライダー・en0132)の言葉に、ケルベロスたちはざわついた。
屍隷兵と言えば、先日倒した冥龍ハーデスが生み出した神造デウスエクス。
ハーデスの死と共にその技術は失われたと思っていたのだが、どうやってそれを手に入れたのか。
「どうやら、鹵獲したヘカトンケイレスを元に研究を重ねたようなのです」
知性のある屍隷兵を生み出すことはまだできていないようだが、知性のないタイプの屍隷兵はすでに完成しているらしい。
となれば、知性のある屍隷兵が生み出されるのも時間の問題だ。
「螺旋忍軍は完成した知性のない屍隷兵を使い、襲撃事件を起こそうとしています」
それを止めるのが今回の依頼だと尚樹は言う。
「皆さんに行っていただきたいのは、福岡県鞍手郡郊外にあるコンビニです。そこに向かっている屍隷兵は5体。それを指揮しているのはジニー・劉という螺旋忍者です」
彼らの目的は、知性のない屍隷兵の戦力確認。
コンビニへはケルベロスたちの方が僅かではあるが、先に辿りつけるらしい。
「コンビニに居るのは女性店員、男性店員、両親と子供2人の計6人です。全員店内に居り、声をかけるくらいの時間はあると思いますが……どこか安全な場所に避難をさせるのは難しいでしょう」
恐らく避難をさせ始めたと同時に、ジニーが屍隷兵をつれてコンビニに辿りついてしまうだろう。
徒歩で来ることをあまり想定されていないコンビニなので、駐車場は戦闘に支障がない広さがある。
「屍隷兵の戦闘力ですが、皆さんが1対1で戦って互角以上に戦えるほどの強さです。武器は惨殺ナイフを持っているのが3体、ガトリングガンを持っているのが2体です」
知性がないので、単純に斬りかかってきたり撃ってきたりするだけなのだが、問題は屍隷兵を従えているジニー・劉。
彼自身は螺旋忍者のグラビティと、鋼糸を使って攻撃をしてくるらしい。
「そして彼の指揮能力には注意が必要です」
普段はやる気がない様子の彼だが、捨て駒を使った作戦などに定評があるらしく、この指揮官に選ばれているのだ。
1対1ならば互角以上に戦える屍隷兵だが、それが指示をされて的確に動くとなると脅威となる。
「そして捨て駒を使った作戦に定評がある、とのことですから……不利だと判断した場合は、屍隷兵を残して逃走する可能性もあります」
どんな人物でどんな作戦を取って来るかはわからないが、気を付けるに越したことはないだろう。
生きた人間を材料として作られる屍隷兵。
材料とされてしまった屍隷兵を倒すのに抵抗はあるだろうが、ここで倒してしまわなければ新たな被害者が出てしまう。
「どうか、彼らを、無事に家に帰してあげてください」
よろしくお願いします、と尚樹は頭を下げたのだった。
参加者 | |
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芥川・辰乃(終われない物語・e00816) |
天道・晶(髑髏の降魔拳士・e01892) |
光宗・睦(上から読んでも下から読んでも・e02124) |
ラティクス・クレスト(槍牙・e02204) |
嘉神・陽治(武闘派ドクター・e06574) |
コンスタンツァ・キルシェ(ロリポップガンナー・e07326) |
浜咲・アルメリア(シュクレプワゾン・e27886) |
氷月・沙夜(白花の癒し手・e29329) |
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コンビニの駐車場に降り立った光宗・睦(上から読んでも下から読んでも・e02124)は、真っ先に店内に走り込んでいた。
「危ないから外に出ないで! バックヤードに隠れててください!」
突然の出来事に目を白黒させている人々に、芥川・辰乃(終われない物語・e00816)が補足の言葉を続ける。
「突然すみません。私たちはケルベロスです。時間がないので手短にご説明します」
このコンビニが狙われていること。自分たちケルベロスはそれを阻止しに来たこと。
戦闘が終わるまでは外にでないことを伝えると、彼らは神妙な顔で頷いた。
コンスタンツァ・キルシェ(ロリポップガンナー・e07326)は、震えて母親にしがみついている子どもと視線を合わせると、飴玉をその手に握らせる。
「大丈夫っスよ。アタシたちが何とかするっス!」
こくりと頷いた子の頭を一度だけ撫でてからバックヤードへと促せば、彼らは素直にその指示に従ってくれた。
「すぐ終わらせて、迎えにくるっス!」
仲間たちが店内の避難を行っている間、天道・晶(髑髏の降魔拳士・e01892)は駐車場であたりを警戒していた。
「ゾンビって映画とかで引っ張りだこの題材だけど……今回の取り巻きもそんなんだと思ってOK?」
その声に頷いたのは氷月・沙夜(白花の癒し手・e29329)だ。
「屍隷兵、ですね」
屍隷兵……生きた人間を材料として兵を生み出す、おぞましいものだ。
そのことを思い出し、嘉神・陽治(武闘派ドクター・e06574)は顔を顰める。
「胸糞悪ぃ……今の内に叩き潰して、連中に何の益にもならねえって事思い知らせねえとな」
ふぅと息を白い煙を吐き、携帯灰皿にそれを入れると、丁度中も誘導が終わったのだろう。コンビニのドアが開く音が聞こえる。
仲間たちが店内から出てくる気配を感じながら、ラティクス・クレスト(槍牙・e02204)は敵の指揮官に思いを馳せる。
「ジニーってどんなやつなんだろうな。どんな思想の持ち主かさっぱりわからねぇ」
多少でも思想がわかれば、どんな風に指揮を執ってくるのかも予想ができるのだが……。
その声に冷静に返すのは彼の妹弟子である浜咲・アルメリア(シュクレプワゾン・e27886)だ。
「生きている人を守る。害をなす者は必ず倒す。それだけよ」
彼女の言葉にそれもそうかと頷き、ラティクスは近づいてくる気配に神経を尖らせたのだった。
●
ケルベロスたちが布陣してほどなく、それらはコンビニの駐車場に現れた。
屍隷兵が5体と、それを統括しているジニー・劉。
ジニーはケルベロスたちの姿を認めると、想定していた状況と違うと判断したのだろう、彼ははぁっと一つ息を吐き、頭を掻いた。
「めんどくせー……」
その呟きと共にジニーの姿に幻影が重なる。恐らく分身の術だろう。
その分身を消し去ろうと真っ先に動いたのは辰乃。
たん、と地を蹴り一気にジニーに近づくと、ルーンアックスにグラビティを込めて振り下ろす。
しかしその行動は読まれていたのか、ジニーは半歩右に避けてそれを躱していた。
「……やはり一筋縄ではいきませんか」
「まぁ、まだこれからだ。……タネは撒いた、さて如何なるかお楽しみ……ってな?」
厳しい表情を作る辰乃に陽治はにっと笑うと、呪力が込められた粉末を後衛の面々に振りかけていく。
次に動いたのはアルメリア。破邪の力を持つ矢を兄弟子に撃ち放つと、彼の目を見て頷いた。
「頼むわよ、兄弟子」
「任せろ! 疾れ《風刃》! 叢雲流牙槍術、弐式・窮奇!」
妹弟子の言葉と祝福を受けたラティクスは力ある言葉を詠唱すると、雷槍《インドラ》に集まった闘気は風刃となり、それはジニーへと放たれる。
風刃はまっすぐにジニーに向かうと、その幻影をかき消した。
宿敵から聞こえてきた小さな舌打ちに、コンスタンツァはにやりと笑う。
「どーっスか、アタシの仲間は!」
愛用のリボルバー銃……ハウリングリボルバーの引き金を引くと、ジニーとその前に位置しているガトリングガン持ちの屍隷兵に弾丸が降り注いだ。
それに続くのは前衛の面々。
棗の属性インストールとすあまの清浄の翼を受けた晶は、バトルガントレットに包まれた指をぴ、と伸ばす。
「睦、沙夜、狙いはアレだ」
晶の言葉に2人は頷くと、それぞれに武器を構えて攻撃態勢を整えた。
攻撃目標は、ガトリングガンを持っている屍隷兵。
「許さない……こんな酷いこと、許せない!!」
「申し訳ありません……あなた方が、悪いわけではないのに」
バトルガントレットに内蔵されているジェットエンジンで急加速した晶がその勢いのままガトリングガン屍隷兵の頬に拳を振り下ろせば、睦の放った魔法の矢がその胸に突き刺さる。
ぐらりとよろけたその体にトドメを刺したのは沙夜の放った時空凍結弾。
心臓を撃ち抜かれた屍隷兵がその場に倒れ、まずは1体……そう思う間もなく、残った4体の屍隷兵たちにジニーの指示が飛ぶ。
「集中攻撃。……まずはそうだな……ソイツからだ」
そう言ってジニーが指さす先は睦。
屍隷兵たちの視線が一斉に彼女に集まり、そして彼らの攻撃が開始されたのだった。
ずるりと体から鋼糸が抜けていく。
それと同時に噴き出す血に、一瞬意識が遠のきかけるが何とか踏みとどまると、陽治は手で血の止まらない腹部を押さえた。
屍隷兵はジニーの指示に従順だった。
集中攻撃を命じられた彼らは、次の指示がくるまでそれを繰り返す。
サーヴァントを含めたディフェンダーたちが代わる代わる庇い何とか無事であるものの、ナイフの屍隷兵たちの攻撃は一撃一撃が重かった。
そこにガトリングガンとジニーの的確な射撃が加わっており、ディフェンダーがいなければ睦はすぐにでも戦闘不能になっていただろう。
すでに辰乃とアルメリアのサーヴァントの姿はなく、彼女自身も肩で息をしている。
しかしケルベロスたちも何もしていなかったわけではない。
予定通りにガトリングガンの屍隷兵を倒し終え、ナイフの屍隷兵に攻撃対象は移っていた。
「陽治さん、怪我の具合はいかがですか?」
「これなら自分で何とかなりそうだ」
沙夜の問いにそう応えて陽治が気力溜めで自身を癒せば、沙夜は睦に緊急手術を施していく。
その間に他の面々がナイフの屍隷兵を1体倒せば、残す敵はジニーと屍隷兵2体。
この状況こそ、彼らが待っていた状況だった。
「今だ!!」
「!?」
ラティクスの声に、後衛の面々は一斉に駆けだし、ジニーの背後に回り込む。
捨て駒を使った作戦に定評があると言われたジニーのこと。
当初の目的の屍隷兵の戦闘力を確認して逃げを打ってくるのは、恐らくこの辺りだと予想したのだ。
取り囲まれた状況にジニーは焦るわけでもなく、ただ一つ深い溜息だけ吐き出した。
「だりーな、マジで……。……命令はさっきの通りだ」
包囲網に穴を開けてそこから抜ける気なのだろうが、そうはさせない。
「貴方の気怠さも、これで終わりです」
辰乃はそう宣言すると、残っている屍隷兵に向かい駆けだしたのだった。
●
包囲をした後は早かった。
残っていた屍隷兵を早々に倒し終えれば残りはジニー・劉だけ。
足止めもかねて少しずつ攻撃を加えていたこともあり、ジニーの動きはかなり鈍っていた。
「アンタも螺旋忍軍。ハクロウキとかゆーのに顎でこき使われて悔しくねーんスか!?」
そう問うコンスタンツァだが、それに答える声はない。
返答する義理はないということなのだろうが、ガスマスクのその奥の表情はよく見通せず、彼が本当はどう思っているかは読み取れない。
答えの代わりに振るわれた鋼糸が、前衛4人の身体に切り傷を作った。
その攻撃にがくりと膝を折った睦だが、倒れるには至らない。
「今、治します」
「ほら、思い切りぶっとばしてこい」
何とか立ち上がった彼女に沙夜が緊急手術を施せば、陽治も運気調整呪霞を使い前衛全体の傷を癒していく。
「奪うことの簡単さに比べ、護ることの何と難しいことでしょう」
静かにそう呟いた辰乃がジニーに向かって駆けだせば、その隣にラティクスが付く。
2人の流星の煌きと重力を乗せた渾身の蹴りはジニーの腹部にめり込み、その体を揺らした。
「外すなよ!」
「誰に言ってるの」
2人の影に隠れて駆けてきていたアルメリアはラティクスの声に応えると、エクスカリバールの先端をジニーに向かって思い切り突き出した。
突き出されたその先端はジニーのガスマスクに引っかかり、アルメリアはそのガスマスクを力任せに剥ぎ取った。
さらされた素顔をじっくりと拝む間もなく、睦が投げたエクスカリバールがジニーの膝に命中する。
「後は任せたよっ! 晶さん! スタンちゃん!」
彼女の声に晶は迷わず前に出ると、俯き気味のジニーの顎目がけてアッパーを繰り出した。
「こいつで……ブッ飛びやがれ!!」
ゴ、と鈍い音が戦場に響き、ジニーの身体がのけ反る。
「これがラストっスよ!」
一瞬だけ無防備になったジニーに、コンスタンツァの放った弾丸が撃ち放たれた。
目にも止まらぬ速さで放たれた弾丸は、彼の心臓を撃ち抜くと背中から抜けていく。
踏ん張っていたその足はアッパーと弾丸の衝撃を受け止めるだけの力は残っておらず、ジニーの身体は攻撃の衝撃に逆らわぬまま後ろに倒れる。
一度だけバウンドしたその体はしかし、起き上がることはもうない。
無事にコンビニを守り終えたことを確認し、ケルベロスたちはほっと息を吐き出したのだった。
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「修復はこんなところでしょうか」
傷ついた仲間はもちろんのこと、削れたアスファルトやブロック塀にヒールをかけ終えた沙夜は、辺りを見回すと肩の力を抜く。
仲間たちの怪我がかなり酷かったが、こうして一般人の被害もなく無事に帰還できるのは何よりのことだ。
「……帰してあげたかったわね、彼らも」
辰乃の声に振り向けば、彼女の視線の先には屍隷兵の姿があった。
「私たちにできるのは、これ以上被害者を増やさないことよ」
アルメリアの言葉に彼らは無言で頷く。
屍隷兵となってしまえばもう元には戻れない。
そんなしんみりとした空気を変えたのは晶の一言。
「さて……宿敵を倒したんだ。俺が何か奢ってやるよ」
「まじっスか!?」
「おう。食い物なり飲みもんなり……祝勝会にしちゃ、ちょいとシケてるかもだけど」
「十分っスよ! じゃあ避難してる皆を迎えに行くっスよ!」
明るいコンスタンツァの声に背中を押され、彼らはコンビニに向かって歩き出す。
「何にしようかなー」
「俺、肉まんな」
「この時期は温かくていいですねぇ」
キンと冷えた空気が、彼らの会話を包む。
色付いた落ち葉が、カサカサと音を立てながら駐車場を走り抜けていったのだった。
作者:りん |
重傷:なし 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
公開:2016年12月13日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 5/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 1
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