はむ。
自身の得物――和太鼓に似た、巨大なハンマーだった――に腰を下ろし、手にしたおにぎりを頬張った実験体773号は三口でそれを平らげる。味は塩鮭。悪くない。
「まったく、ハクロウキは、心配性ですね~」
緩やかな口調と共に、懐から取り出したエナジーバーを囓る。ぱさぱさした食感に、飲み物が欲しいな、と感想を口にした。
「警備の増やし過ぎは、自意識過剰か、自信の無さの現れ、ですよ~」
冗談交じりの口調で自身に付き従う配下に笑い掛けるが、反応はまったく無かった。
当然だ。知性の無い彼らは自分の傍らに立つ人形の様なもの。冗談を理解する事など出来るはずもなかった。
「面倒ですね~」
五体もの彼らに囲まれた実験体773号はウンザリした声を上げる。目に映る空き地にロープで区切っただけの駐車場は、だがしかし、忍術を体得した自分にとっては心強い領域だ。この地で戦う限り、人形の力を借りる必要など……と思うが、上の命令は絶対。有用性を示す事も大切だとの命令が下れば、それに従わざる得ない。
「本当に、使い物になるんですか~? 貴方達?」
そもそも、本当にこの警護も役に立つのだろうか?
ウンザリとした表情を浮かべ、餡パンを口にする。零した呟きに対する答えは何処からも無かった。
「みんな。揃ったようね」
ヘリポートに集ったケルベロス達を前に、リーシャ・レヴィアタン(ドラゴニアンのヘリオライダー・en0068)が険しい表情を向ける。彼女の形の良い唇が紡いだ言葉に誰しもが目を見張った。告げた単語は『冥龍ハーデス』、そして、彼が生み出した神造デウスエクス『屍隷兵』の名前だったのだ。
「屍隷兵の製法は冥龍ハーデスの死と共に失われるものと思われていたわ。でも、実際には違った」
地球人を材料にして、手軽に戦力を生み出せる事に着目した螺旋忍軍が、鹵獲したヘカトンケイレスを元に新たな屍隷兵を生み出していたのだ。
「技術的には冥龍ハーデスに劣っている為か、知性のある屍隷兵を生み出す事は出来ていないみたい。でも、知性のない屍隷兵は完成しているようね」
そして今、その完成品の最終テストとして、それらを使った襲撃事件を起こそうとしていると言う。
「必要なのは襲撃事件の阻止だけじゃないわ。同時に、屍隷兵の材料として拉致された一般人の救出、そして、屍隷兵の研究を行っている螺旋忍軍の研究者の討伐も行わなければならない」
襲撃事件を防ぐのはいわば、臭いものに蓋をするだけの対応だ。臭気の元を絶たなければ無辜の犠牲者は増える一方だろう。ともすれば、更に強力な屍隷兵が生み出される可能性もある。
「だから、みんなにそれをお願いしたいの」
神妙な表情で、ぺこりと頭を下げる。その動きに合わせ、特徴的な枝角と、真紅の髪が揺れ動いた。
「みんなの担当は、屍隷兵研究の中核を担っている螺旋忍軍、『禍つ月のハクロウキ』の撃破。その為に、彼を守護する螺旋忍軍の一角を崩す必要がある」
その一角が駐車場を守護する『実験体773号』なのだ。その任に着いているのは彼女だけではない。配下として五体の屍隷兵も待機していると言う。
「ただ、さっきも言った通り、屍隷兵そのものは知性無く、実験体773号に従っているだけ。だから、彼女を倒せば烏合の衆と化すし、能力的にもみんなより劣っているから、排除そのものは難しくないと思うわ」
知性のない屍隷兵はケルベロス達が一対一の戦いを挑んでも、互角以上の戦闘が期待出来る程度の能力だ。それだけならば大した障害にならないだろう。……それだけならば。
「実験体773号は大地を操る能力を持つ螺旋忍軍ね。手にしたハンマーの殴打も強力だけど、大地を操る能力も捨て置く事は出来ないわ。で、厄介な事に、彼女は彼女なりに屍隷兵を理解している」
そんな彼女が屍隷兵に下した命令は二つ。一、自分を守れ。二、その上で侵入者を攻撃しろ。その二つだけの命令は、おそらく五体全てに下されている。シンプルが故に、知性のない屍隷兵には効果覿面だろう。
「でも、彼女を倒さなければハクロウキへ近付く事は出来ない。他のチームがハクロウキに接近出来たとしても、彼女が健在ならばそこがハクロウキの退路となるでしょうね」
故に、退路を塞ぐ意味でも実験体773号は倒す必要があるのだ。それは他のチームが担当するデウスエクスについても同じ事が言えるだろう。
「ハクロウキは狡猾な螺旋忍軍の一人よ。隙を見せれば逃走する可能性は否定出来ない。慎重に追い詰めて撃破して欲しいの」
そのハクロウキもまた、多くの屍隷兵を自身の警護に使っている。襲撃に気付けばそれらを盾にしてでも自分の逃亡を優先するだろう。万全を帰して追い詰める必要がありそうだった。
「ともあれ、生きた人間を材料としか見ていない屍隷兵の研究をこれ以上、許すわけにはいかないわ。みんなでその野望を打ち砕いちゃいましょう」
そうして、いつもの通り彼女はケルベロス達を送り出す。如何に困難な任務であろうと彼らならば事態を解決へ導くだろうと信じて。
「それじゃあ、いってらっしゃい」
参加者 | |
---|---|
五継・うつぎ(ブランクガール・e00485) |
神白・煉(死神を追う天狼姉弟の弟狼・e07023) |
馬鈴・サツマ(取り敢えず芋煮・e08178) |
マチルダ・ベッカー(普通の女子大生・e09332) |
旋堂・竜華(竜蛇の姫・e12108) |
大上・さとり(夢見る天使・e15358) |
ザフィリア・ランヴォイア(慄然たる蒼玉・e24400) |
アスカ・アファルセック(西の風来侍・e33511) |
●実験体773号
爆撃にも似た音が響く。その数八つ。もうもうと土煙が立ち上がる駐車場に降り立った彼らは、即座に行動を開始した。
「さぁ、一時のこの逢瀬。楽しませて頂きましょうか……♪」
色艶を纏う声と共に、地獄の炎弾が迸る。旋堂・竜華(竜蛇の姫・e12108)が放ったそれは駐車場に待機する屍隷兵の内の一体に食らい付く。
突然の暴力に、しかしその程度では倒れないと身構える屍隷兵。だが、その身体が反撃に転じる事はない。
「まずは自己回復。他の子は彼を守るのですよ~」
ともすれば、気の抜けそうな間延びした檄は実験体773号の名を持つ少女から飛ばされた。
ヘリオンから直接降下後の強襲は、しかし、螺旋忍軍の彼女からしてみれば予想の範囲内だったのだろうか。恐慌状態に陥る事無く、屍隷兵達の指揮を続けている。
(「胸くそ悪ぃぜ」)
号令の元、一糸の乱れもない行動をする屍隷兵達を一瞥しながら、神白・煉(死神を追う天狼姉弟の弟狼・e07023)は苦々しい表情を浮かべた。自身の纏う天牙よりオウガ粒子を放出し、仲間に超感覚を付与して行く最中、心に去来する思いは、父母を奪った死神のこと。
死者を兵士へ変える屍隷兵の存在は、死者への冒涜だ。それは自身の追い求める怨敵を否が応にも思い出させる。
「究極にして至高、これぞ馬鈴家三百年、秘伝の芋煮っス!」
仲間へのエンチャントを行うのは彼だけではない。共に駆け出した馬鈴・サツマ(取り敢えず芋煮・e08178)もまた、黄金の芋煮会場を顕現させ、三百年と言う研鑽の末に完成した芋煮を仲間に振る舞う。漂う柔らかな匂いに思わず、773号が生唾を呑み込んだのも、致し方のない事かもしれない。
サツマが放った芳香を皮切りに、ケルベロス達が連撃を開始する。
「前線の守りは任せちゃって下さい。皆さん、頑張りましょう」
「これ以上屍隷兵の研究をさせるわけにはいきません~」
砂煙が収まり始めた駐車場に、五継・うつぎ(ブランクガール・e00485)のがカラフルな爆風を発する。覆う煙の中、マチルダ・ベッカー(普通の女子大生・e09332)がシャーマンズカードを振るい、召喚した氷の槍による突撃が、初撃で傷付いた屍隷兵を貫いた。
「さぁ、踊りましょう。死の舞踏を。ヴァルキュリアが誘うは冥府。お付き合い頂きますよ?」
軽やかなステップを刻むザフィリア・ランヴォイア(慄然たる蒼玉・e24400)は、自身の発する反響音を捉え、彼我の位置を正確に把握する。それは戦いを有利に進める祈祷にも似ていた。
「やれやれ、死人を使って兵士を作るとは何とも悪趣味ですね」
続く電光石火の回し蹴りは、肩を竦めたアスカ・アファルセック(西の風来侍・e33511)から放たれる。二者のグラビティによって傷を負った屍隷兵への追い打ちはしかし、間に割って入った別の屍隷兵に阻まれ、その身に届かない。
「逃がさないのですー! 行くよ、キルシュ!」
大上・さとり(夢見る天使・e15358)の放つオーラの弾丸は自身のサーヴァントのキャットリングと交差し、屍隷兵の身体を捕らえる。傷付き、呻く屍隷兵はしかし、ディフェンダーの恩恵か、さほど効果を受けてないようでもあった。
「まったく。面倒ですよ。ハクロウキめ」
愚痴混じり台詞と共に振るう大槌の一撃が大地を抉る。弾かれた飛礫が襲うのは、竜縛鎖・百華大蛇を身構える竜華。だが、飛来するそれは間に割って入った長槍によって全弾、叩き落とされる。
「いやいや、これは凄い忍術っスね。この力を上手く使えば農作業が捗りそうっス」
長槍を振るったのはサツマだった。彼が紡ぐ軽口に、だが773号は笑顔すら浮かべ、応える。
「だったら、もっと見せてあげましょう~」
「むぅ」
自信の表れとも取れる微笑に、サツマは思わず呻いてしまう。
●用途
打撃。斬撃。砲撃。魔術に治癒。様々なグラビティが飛び交い、ケルベロスを、そしてデウスエクス達を傷つけていく。二者の攻防は一進一退。否、六の手数しかない実験体773号達に対し、九の手数のケルベロス達が優勢に進む――少なくとも、そのように見受けられた。
「なるほど~」
大槌で地面に無数の亀裂を刻みながら、773号は頷く。
「この子達よりも皆さんの方が格上ですね~」
ヘリオライダーの言葉と同じ文言を口にした彼女は、「では」と人差し指をうつぎに向ける。此処までの攻防で彼女とサツマが盾役を担う事は、既に理解した様だった。
「集中~」
「――?!」
うつぎに群がる屍隷兵達は、その衣服、そして肌に爪や歯を突き立てる。瞬く前に少女の防具は剥がれ、痛々しいまでの傷跡が刻まれる。
「てめぇ!」
「格下が連携して格上を倒すお話とか、好みでしょ~?」
息巻く煉の怒声を揶揄の言葉で流しながら、肉薄した773号は大槌をうつぎに叩き付ける――その刹那。
「っ痛ぅ。……さとりさん。今の内にうつぎさんの回復を!」
殴打を受けたのは、身を挺して仲間を庇ったサツマだった。促されたさとりが同時に治癒のオーラを放ち、引き裂かれた衣服ごと、うつぎの身体を癒す。
「自分達が格下とでも言うのですか?」
「人数でも負け、実力でも負け。ならば後は努力、友情、諸々しかありませんよ~」
アスカの疑問に、揶揄の色そのままの答えが返ってくる。疑問と共に放つ彼の鉄拳をまともに受けた屍隷兵はしかし、何事も無かったかのように立ち上がっていた。鎧の破損は無視し、負傷に対してのみに自己治癒を施す。
「戯れ言を!」
ザフィリアの咆哮は無数の槍の雨と共に。しかし、それらを屍隷兵達は腕を十字に交差する事で耐え抜いていた。
「指揮は優秀ですね」
呟きと共にカードを構えたマチルダは御業を召喚し、屍隷兵を縛る。ダメージは少なくとも、その身体を阻む呪は屍隷兵の動きを鈍重にする。だが。
「そのバットステータスは、回避も命中も気にしなければ関係ないですよね~」
メインのアタッカーは自身。屍隷兵はあくまで盾役と割り切る773号は、ケルベロス達が付与するバットステータスに動じる様子は無い。
「使い潰し程度にしか思っていませんね」
「有用の証明ですよ~」
マチルダの嘆息に、773号の微笑みが重なった。
「それでも、息切れはしますよね~」
「どの口が、そんな、事を」
膝を折る屍隷兵を前に、773号は他人事の様に感想を述べる。ケルベロス達の乱れた呼吸混じりのツッコミも、度去年吹く風。淡々とした台詞に、むしろ彼らは戦慄すら覚えていた。
片膝をつく屍隷兵はそれでも立ち上がり、幽鬼の如くケルベロス達に歩み寄る。知能が無いが故、命令の遂行しか頭に無いのだろう。目前に機能停止が待ち受けていても、それが訪れる刹那まで、彼らは愚直にそれを実行するのだ。
「夢見る巫術の集大成!! 数々の破廉恥極まりない行為、天が許してもこの大上天使が許しませんわ」
先のマチルダに見受ける通り、ケルベロス達もまた、疲弊の色が濃い。少しでもそれを和らげようと、大仰な構えと共にさとりが治癒グラビティを紡ぐ。夢見る天使の柔らかな光に包まれ、前衛を担う四者の体力が僅かばかり回復する。
「あはは。天使様ですか~?」
そんな彼女に向けられた無情な台詞は773号からだった。転がり爆笑せんばかりの勢いに、自称天使様のウェアライダーは、耳まで真っ赤に染め上げる。
弛緩しかけた空気を一変させたのは、うつぎの放つマズルフラッシュだった。
「目標確認。ターゲットの視線を釘付けにします」
緩慢な動きの一撃をかいくぐり、行った零距離射撃が轟く。無数の砲弾を受け、腹部を吹き飛ばされた屍隷兵はしかし。
残った上半身は、それでも抱擁の形を為す。広げた両腕、そして首筋に突き立てられる歯は、絶命の瞬間まで、うつぎの身体を捕らえていた。
「――放」
「放させません」
肢体に絡みつく屍隷兵ごと、うつぎの身体を飛礫が貫く。その一撃を受け、彼女の身体は、崩れ落ちていた。
「うつぎ?!」
粒子と消えていく屍隷兵と、動かなくなった仲間へ交互に視線を向けた煉が叫ぶ。地獄の炎を纏う彼の拳は群がる屍隷兵の一体を吹き飛ばすが、それでも彼らの動きは止まらない。
「仲間ごと?!」
「最後まで使い切らないと、ですよ~」
煉が放った地獄に包まれた一体を、同じく地獄の炎で切り裂く竜華は驚愕の声を上げる。今までのダメージの蓄積の為か、その一撃が止めとなり、屍隷兵の身体が崩壊する。
「ありゃりゃ、勿体ない~」
「その言い分、文字通り、人形ですか」
部下ではなくロボットでも使役する様な言葉に、アスカは成る程と頷く。盾としての運用も自爆紛いの吶喊も、その命を軽いと考えているからだ。つまり、彼女にとって屍隷兵とは。
(「屍隷兵。まるでゾンビ……」)
さとりが浮かべた表情は、嫌悪に染まっていた。
彼女の運用をサーヴァントみたいなもの、と言う気はない。それは絶対だ。さとりにとってサーヴァント――キルシュは己の半身だ。無理をさせた事が無いとは言わないが、それ以上の酷使は、もはや屍隷兵を道具としか見ていない証拠だろう。
(「せめて、防御を崩せれば」)
竜華は唇を噛む。防御に特化した773号達はいわば、巨大な城壁だった。ならば、その破壊にはそれ以上の破壊力――即ち、破城槌の用意が必要だ。対し、ケルベロス達の布陣ではその破壊力に届いていない。此処までの戦いがやっとの状態だ。
或いは頭である773号を真っ先に潰せば、ここまで苦戦する事は無かったのだろうか。
「そろそろ危ないですし、やるだけやっちゃいましょうね~」
終わりを迎えるべく、773号が命を下した。残った三体の屍隷兵ははゆらりとケルベロス達に迫る。その誰もが無傷ではない。自己治癒もままならない程深く傷付きながら、それでも彼女が指した煉に殺到する。
爪と歯が彼に突き立てられる。防御を剥ぐ事を主とした攻撃は、彼の纏うブルーブレイジングを引き裂く。
「二人目です~♪」
むしろ楽しげに773号の大槌が煉を強襲する。
「ぐがっ」
「煉!」
サツマのカバーリングも、さとりの回復も間に合わない。それでも煉が地に伏せなかったのは、防具が衝撃の何割かを逃したからだ。
「仲間の仇だ、その身に焼き付けろぉぉぉ!」
反撃に振るわれた蒼炎の拳は、自身に集う屍隷兵の一体を貫く。魂すら食らい尽くす蒼き狼の闘気は彼の命の元、屍隷兵の身体を燃やし尽くしていた。
だが、彼の奮闘もそこまでだった。
「終わりですよ~」
返す刀とばかりに放たれた飛礫は、煉の意識を刈り取る。
「予想以上に粘りますね。でも~」
二体にまで減った屍隷兵を、それでも充分な数がいると笑う773号の表情は。
次の瞬間、響いた爆音に、凍る事となった。
●不和
それは廃病院からの爆音だった。まるで狼煙の様に上がったそれは、おそらく仲間の誰かが放った轟竜砲によるものだろう。
残り五箇所の襲撃箇所ではなく、院内から轟音が響いたと事実に、ケルベロス達は疑問よりも喜色を浮かべる。
(「誰かがハクロウキと戦っている――?」)
サツマの想像は、しかし、773号の苦々しい独白によって否定される。
「ハクロウキの小物め。単独で逃げたのですね。こちらに来れば、共にケルベロスの首を上げる事ぐらい出来たものを」
きつく唇を噛みながらの台詞だった。その言で思い当たる。予知にあったハクロウキへの軽視、並びに此処までの敬意を表さない言動の数々。
それは、彼女とハクロウキの関係を表すのに充分過ぎた。
良好な間柄でなかった事は想像に難くない。裏切りと権謀術策を是とする螺旋忍軍である事を考えれば、それも当然と頷ける。だが、時にそれは致命的であった。
(「……誘き寄せる事が出来たのであればもしや」)
小物と言う物言いに、さとりははっと息を飲む。773号の戦いが今以上の快勝ならば、ハクロウキは手柄を奪いに現れたのかもしれない。
だが、確かめる術はもはや無い。彼女の焦燥通りならば、既にハクロウキは逃亡済みだろう。
思えば、彼女の布陣は徹底的に防御に偏り過ぎていた。ハクロウキ、或いは他の仲間と言う援軍を期待しての物だとすれば、納得出来る布陣であった。
「なれば私も逃げ――」
「逃がしません!」
逃亡の為、背を向け掛けた773号を、ザフィリアが長槍を薙ぐ。逃亡を阻止する事がジャマーである自身の矜持だと言わんばかりの一撃だった。
逃げに転じようとした彼女に先程までのプレッシャーはない。心が折れた指揮官に、有能な指揮を行える道理はなかった。
ザフィリアによって横一文字に斬られた彼女はしかし、それでも後方に飛び退く。紡ぐ詠唱と共に、足下から裸の地面に溶けて行く様は、土を操る忍術の一種だろうか。
「屍隷兵! 進路を塞ぐのですよ」
逃亡幇助の為、駄目押しの命令を下す。それに応じ、歩みを始める屍隷兵達は、しかし、行動が遅かった事を悟る暇すら与えられなかった。
「今までの戦いを、二人の犠牲を、無駄にしない!」
「これを以て鬼退治の時間としましょう!」
マチルダの放つ気弾、アスカの振るう衝撃波が二体の身体を吹き飛ばしたからだ。今までのダメージの蓄積も斯くや。二人の攻撃によって屍隷兵は限界を迎え、崩れていく。
光の粒へと転じていく亡骸の合間を縫い、駆け抜ける影があった。
「やっぱり時代は屍隷兵よりも芋っスよ、芋!」
サツマは自身の台詞を肯定するかのように芋型の砲弾――ナパーム弾を繰り出し。
「逃がさないと言った筈です」
さとりの放つ気弾はナパームの熱に蹈鞴踏む773号の身体を打ち付ける。怯む彼女の顔に飛び込んだのは、翼を畳んだキルシュだった。作り物の如く整った白い顔に、キルシュは遮二無二猫爪を立て、無数のひっかき傷を残す。
「痛っ。ちょっと、詠唱が途切れ――」
再度浮かんだ焦りは本物だった。直ぐ傍に迫った死の足音から、それでも逃れようと再び詠唱を開始する773号は、その試みが形を成さない事を思い知らされる。
彼女を襲う止めの形は炎の華。美しい真紅は、蛇が鎌首を擡げるが如く、八本の鎖を伴って疾走する。
「全て燃えて砕け!」
竜華による裂帛の気合いの元、鎖が四肢を貫く。大地に溶ける筈の身体は、無理矢理、地上に引き戻される。
そして薙がれる真紅の炎は、地獄を纏った鉄塊剣の一撃だった。
「ぁぁああああっ」
断末魔の悲鳴が迸る。
「……ハクロウキめぇ。死んじゃえ」
少女が最期に口にした言葉は、上司への呪詛だった。
「勝利した。それは間違いないのですが」
アスカの言葉に、ケルベロス達はコクリと頷く。駐車場の番人である773号を倒し、仲間達の手によって研究施設の制圧は完了した。
だが、少なくない犠牲を払い、首魁の逃亡を許してしまった。
「辛勝、と言ったところでしょうか」
ザフィリアの独白が、少しだけ心に痛かった。
作者:秋月きり |
重傷:五継・うつぎ(記憶者・e00485) 神白・煉(死神を追う天狼姉弟の弟狼・e07023) 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
公開:2016年12月13日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 3/感動した 0/素敵だった 3/キャラが大事にされていた 3
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