しん、と静まり返った其処は、地方に建てられた廃病院だった。訪れるものは既に無く、建物は自然の侵食を免れない様子であったが――辺りを満たす静寂は、不自然なほどに揺るぎない。
「……異常、無し」
荒れ放題の草木が生い茂る、廃病院の中庭――建物の棟を繋ぐ渡り廊下に佇む少女は、一切の感情を灯さぬ声音で静かに呟いた。
――冬の訪れを告げる風が、彼女の青々とした髪を揺らす。薄手の忍装束から覗く肌は雪を思わせるように白く、その整った相貌と言えば氷の如く凍てつき、其処には一片の慈悲すら存在しなかった。
ふと何処からか漂うのは、土と緑のにおいを含んだ水の薫りだろうか。それを感じ取ったのか少女は僅かに瞳を眇め、自らに付き従う配下――知性無き屍隷兵たちを無感動に見渡した。
「引き続き任務を続行。ハクロウキ様の命令は絶対……この身に代えても順守する」
冷ややかな音を奏でて刃が抜かれ、少女は――実験体193号と呼ばれる螺旋忍軍は、侵入者が現れ次第すみやかに葬り去ろうと、静かに感覚を研ぎ澄ませる。
甘いものが欲しい――そんな呟きを、そっと緑の庭に溶け込ませて、彼女は淡々と警備を続けていた。
冥龍ハーデスが生み出した、神造デウスエクスである屍隷兵(レブナント)。それは、冥龍ハーデスの死と共に失われるものと思われていたのだが――。
「……それに、螺旋忍軍が目を着けたみたいなんだ。地球人を材料にして、手軽に戦力を生み出せることに着目した彼らは、鹵獲したヘカトンケイレスを元に新たな屍隷兵を生み出していることが分かったんだよ」
材料、と言う言葉に辛そうな顔をしたエリオット・ワーズワース(白翠のヘリオライダー・en0051)は、震える拳を握りしめつつ、冷静に予知の情報を伝えようと皆に向き直った。
「彼らは冥龍ハーデスのように、知性のある屍隷兵を生み出すことは出来ていないみたいだけど……知性の無いタイプの屍隷兵は、既に完成させているようなんだ」
――螺旋忍軍は完成した屍隷兵の最終テストとして、屍隷兵を使った襲撃事件を起こそうとしている。対処しなければいけないことは多いが、皆には屍隷兵の研究を行っている螺旋忍軍の討伐をして貰いたいのだとエリオットは告げた。
「ここで研究所を完全に破壊して、研究者である螺旋忍軍を撃破する事が出来なければ……より強力な屍隷兵が生み出されることになってしまうから」
そうさせない為にも、この事件を解決しなければならない――翡翠の瞳に決意を宿すエリオットが依頼したのは、屍隷兵研究の中核を担う螺旋忍軍『禍つ月のハクロウキ』が拠点としている研究施設の警備を行う、螺旋忍軍の排除だった。
「螺旋忍軍の名は『実験体193号』……彼女は5体の屍隷兵を引き連れて、渡り廊下で侵入者に備えている」
其処は廃病院の棟を繋ぐ、中庭に面した屋外の廊下のようだ。彼女はハクロウキの忠実な配下であり、命令には絶対服従し、情を交えることは一切無い。撹乱作戦を得意としているようで、水を自在に操る力を持っているらしい。
「それと配下の屍隷兵は知性を持っていないけれど、皆が一対一で戦っても互角以上の戦闘能力があるみたい。こちらの対策もしっかり行う必要がありそうだね」
そして――と、其処でエリオットは一呼吸おいて、真剣な表情で皆を見渡す。警備を行う実験体193号を撃破し廃病院に突入した後、皆には更に研究所の主である『禍つ月のハクロウキ』の撃破に向かって欲しい。そう言って彼は、祈るように両手を組んで言葉を続けた。
「ハクロウキは屍隷兵研究の中核を担っていて、彼を逃がしてしまえば、屍隷兵研究が大きく進んでしまう可能性があるんだ……!」
警備の螺旋忍軍は侵入者の排除を行うと共に、ハクロウキの退路を守る者でもある。故に全ての敵を撃破する事で、ハクロウキを逃がさないように追い詰めていくことが出来る筈なのだ。
「それでも、隙を見せれば逃走されるかもしれないから……どうか慎重に、確実に追い詰めて撃破して欲しい」
――生きた人間を材料としてしか見ないような、屍隷兵の研究をこれ以上続けさせる訳にはいかない。エリオットは毅然としたまなざしで顔を上げて、ヘリオンの準備へと取り掛かっていく。
「それに、番号で呼ばれるような実験体の螺旋忍軍も……非道な実験で生み出される、そんな存在をこれ以上出させる訳にはいかないから」
行こう、とエリオットは金の髪を揺らし、皆へ向けてそっと手を差し出した。
参加者 | |
---|---|
トレイシス・トレイズ(未明の徒・e00027) |
吉柳・泰明(青嵐・e01433) |
スプーキー・ドリズル(弾雨スペクター・e01608) |
須々木・輪夏(翳刃・e04836) |
狐村・楓(闊達自在な螺旋演舞・e07283) |
高辻・玲(狂咲・e13363) |
レクト・ジゼル(色糸結び・e21023) |
ヴァルカン・ソル(龍侠・e22558) |
●禁忌の実験場
冥龍ハーデスが生み出した屍隷兵――それは彼の死と共に、闇に葬られる筈だった。しかし、その存在に価値を見出したのが螺旋忍軍である。
人々を攫い、非道な実験を行う彼らの屍隷兵研究、その中核を担うのは『禍つ月のハクロウキ』。彼を討つ為に、一行は拠点である廃病院へと乗り込んで行く。
「やはり冥龍撃破で終わらなかったか。……機会を逃さず阻止せねば」
冥龍との激闘を思い起こしたトレイシス・トレイズ(未明の徒・e00027)は、無意識の内にその指先を小太刀に滑らせたが――其処で御守りを贈ってくれた、相棒のスプーキー・ドリズル(弾雨スペクター・e01608)の存在を感じて、張り詰めた緊張をゆっくりほぐしていった。
「……月喰島の人たちと同じように、屍隷兵に改造される人をまた出しちゃうなんて」
一方の須々木・輪夏(翳刃・e04836)は、屍隷兵が巣食う島での出来事を思い出し、絶対にあんなことを繰り返させちゃ駄目と固く拳を握りしめる。
(「今度こそ、終わらせなきゃ」)
揺れる青の瞳は、仲間たちの反応を気にして瞬きを繰り返すけれど――其処で、烈火の如き怒りを露わにする狐村・楓(闊達自在な螺旋演舞・e07283)の姿を目にし、其々背負うものがあるのだと改めて理解した。
「ハクロウキ……! これ以上誰かが犠牲になる前に、ここで絶対に倒す!」
何時もは満面の笑みを浮かべている楓だが、今の表情は険しく真剣そのものだ。自分を助けてくれた師匠に報いる為にも、彼女は己を縛り続ける過去と決着をつけなくてはならない。
(「でも、奴を倒す為には、踏み越えていかなくてはならないものもあるっすね……」)
そう、ハクロウキが生み出したのは屍隷兵だけではない――実験体と称し、何人もの螺旋忍軍が彼の非道な実験によって洗脳され、尖兵として使われているのだ。
「人の命は疎か、配下すら実験体扱いか……。そんな輩を、見逃す訳には」
無粋であると言わんばかりに高辻・玲(狂咲・e13363)が、己の髪を彩る深紅の薔薇をなぞって――そんな戦友の優雅な佇まいとは対照的に、吉柳・泰明(青嵐・e01433)は実直な様子で、けれど僅かに口の端を上げて確りと頷き返す。
「悪趣味な置土産に、また厄介な者が手を付けたか。今年の厄は今年中に、祓い落としたいものだな」
大掃除と行こうと、勇ましく告げる泰明の決意は皆も等しく抱いていたことだろう。即ち――死して尚踏み躙られる者が、これ以上増えぬように、と。
「此処が――否、あれこれ考えるのは後にしましょうか」
そう言ってかぶりを振るレクト・ジゼル(色糸結び・e21023)は、朽ち果てて廃墟と化した病院に思う所があったのだろう。彼らは廃病院へと忍び込み、侵入経路のひとつである渡り廊下目指して建物を回り込んでいった。
(「窓から姿を見られたり、物音ひとつで気付かれたり……そんな事が無いように注意しないと」)
――幼い頃から病院と、其処で働く医師たちと接し、今は医学を学んでいるレクトであるが、親しみを覚える筈の病院は得体の知れない不気味さを漂わせている。
「……おや、トランシーバーも使えないようだね」
更に、廃病院内は螺旋忍軍により電波が妨害されているらしく、スプーキーは苦笑しつつノイズを奏でる通信機を切った。他班と連絡を取りつつの行動は無理だが、不通時に備えて用意してきた爆竹が役に立ちそうだ。何かあった時はこれで合図をしようと決めた所で、彼らの行く手には冬枯れの庭と――其処に面した渡り廊下が見えて来た。
「ドラゴンの遺物を手駒にしようとは……螺旋忍軍、思った以上に業の深い連中の様だ」
陽光の如き金の瞳を細め、ヴァルカン・ソル(龍侠・e22558)が睨みつける先には研究の成果である屍隷兵と、彼らを従える螺旋忍軍――実験体193号の姿がある。その身のこなしには隙が無く、要所の警備を任されている以上、侵入者に対する備えは確りと行っているようだ。
(「……死角から仕掛けたいと思っていたけれど」)
襲撃の機会を窺う輪夏だが、丁度良い場所が無いばかりか、このままでは向こうに気付かれる方が早いだろう。見た限り、無線機の類で連絡を取っているようには見えないが、相手はデウスエクス――油断は出来ない。
「――ッ、現れたか」
と、此方の気配を感じ取ったのか、不意に実験体の少女が動いた。ギリギリまで近付こうとした此方を遮るように、彼女は配下の屍隷兵を使って迎撃態勢を取る。
「何もかもが、実験の道具とは……虚しく、それ以上に度し難い話だ」
隠密気流を纏っていた泰明は、其処で地味な色合いの羽織を一気に脱ぎ捨てて距離を詰めた。狼の耳が寒風に揺れる中、鞘から抜かれた白刃は鮮やかな軌跡を描く。
「……悪いが、道を開けて貰うぞ」
●迫る屍隷と蛟の乙女
戦闘開始と同時、トレイシスは戦場周囲を特殊なバイオガスで覆い、内部の様子を外から見えないようにした。そんな中、実験体193号は屍隷兵たちを盾に、宙を舞う水を自在に操り襲い掛かってくる。
(「彼女たち実験体のことは、良く知らないし……親しかった訳でもないっすけど」)
それでも自分も、もしかしたら彼女のように――と、其処まで考えた楓は歯を食いしばり、屍隷兵たちを凍らせるべく無数の刃を宙空に放った。
「楓さんの刃からは! 皆逃れられないっすよ!」
氷結の螺旋を込められた刃の切っ先は、触れたもの全てを氷に閉じ込めようとするが――対する実験体の繰り出す水流は蛟の形を取り、その毒の牙が前衛を一気に屠っていく。
「成程、水術の使い手とは聞いていたが……ならば、この私がお相手しよう」
しかし、紅の鱗から血を流しつつもヴァルカンは盾となり、握りしめた巨大な鉄塊剣を強靭な力で振り上げた。単純であり、故に圧倒的な威力で振るわれる一太刀は実験体に叩きつけられ、同時に彼女の狙いを自分に引き付けることに成功する。
「悲しい生き物を生み出さないためにも……此処で、止めます」
医者を目指していることもあり、人を弄ぶようなことは許せない――そう皆に告げていたレクトは槌を振りかぶり、竜砲弾を撃ち出して屍隷兵の一体に狙いを定めた。トレイシスも標的を合わせて続こうとしていたのだが――先程の蛟牙がもたらした麻痺を浄化するべく、呪医として薬液の雨を降り注がせ皆を癒す。
「……君達には恨みも、嫌悪感もないんだけどね」
ぽつりと呟くスプーキーは、朴訥とした雰囲気を一変させて怜悧な表情に――軍人めいた厳しさを纏って黒鎖を操り、屍隷兵の一体を締め上げた。もがき苦しむ同胞には一瞥もくれず、彼らは力任せに殴り掛かってくるが、立ちはだかる泰明がそれを遮る。
(「どうか狐村殿が、望む形で終えられるように」)
その為に自分の出来ることをしようと、死天より泰明は無数の刀剣を召喚し、飛来する刃が残酷な剣戟の音色を響かせた。そんな彼と呼吸を合わせる玲は、優雅な足取りで戦場を駆けつつ、瀕死の屍隷兵に容赦なく止めを刺していく。
「冷ややかな空気と、命燃やす剣戟の温度差が丁度良い――然れど」
陶然とした深紅のまなざしが、不意に細められると同時――玲の手にした護符から召喚された氷結の槍騎兵が、屍隷兵を瞬く間に氷の破片へと変えていった。
「この死臭、屍隷の姿は、不快でならない」
――しかし配下を次々に失おうとも、実験体は表情ひとつ変えずに侵入者の排除に当たる。流水の如く振るわれた刀はヴァルカン達を一気に薙ぎ払い、彼の息吹によって生まれた紅蓮の壁――紅之陣の守護を打ち消していった。
(「あなたを助けることは、出来ないの……?」)
輪夏の瞳に映るのは満足な言葉も交わせぬまま、ただ殺戮のみを使命とする螺旋忍軍の少女。やるせない想いはあれど、自分が為すべきことは味方が倒れないようにすることだと気持ちを切り替えて、輪夏は溜めた気力でヴァルカンを癒す。
「ならば……攪乱には攪乱を、と行くか」
尚も此方を翻弄するように立ち回る実験体へ対抗し、トレイシスは青緑色のオーロラで敵群を取り巻くと、強い閃光を発して眩耀に惑わせていった。灼けつく瞼に浮かぶのは、悔悟に塗れた自身の過去か――惑う敵は同士討ちを始め、その足並みが乱れた所ですかさず、スプーキーの放った跳弾が止めを刺す。
「流石だね、レイ」
阿吽の呼吸で通じ合う相棒を見遣りながら、彼はふと水面に映った月を、目には見えるが手で触れることの叶わぬ幻を思い――その相貌を切なげに歪めたのだった。
●水面に映る月のごとく
気が付けば渡り廊下には屍隷兵たちの骸が横たわり、それもやがて塵と化していく。しかし、壁となる手勢を失いつつも実験体193号の勢いは止まず、氷のような面差しが溶けることは無い。
「甘いものが欲しいなら、お茶でも……とは行かず残念だよ」
紳士的な物腰で囁く玲にも応じることは無く、彼女は後方のレクト目掛けて水礫を撃ち出した。凍てついた空気を斬り裂いて飛来する雫は、彼の四肢を貫いていき――一瞬回復をすべきかと迷いが生じるが、逡巡の間にも輪夏が治癒を行おうと動く。
「大丈夫、イードはそのまま皆と攻撃を」
レクトのビハインド――イードは、金髪を揺らして主の様子を窺う素振りを見せたが、彼の言葉に従い敵に向き直った。穏やかな雰囲気には似つかわしくない、心霊現象が屍隷兵の動きを止めて――其処へ泰明の振るう刀が一閃し、荒々しい黒狼の影が飛び掛かって雷牙を突き立てる。
「さぁ、後はあなただけっす!」
最後の配下を失った実験体へ、楓はびしりと指を突きつけた。これまでの戦闘で向こうの動きを削いできた成果は確実に出てきているようで、更に楓は氷の呪縛に囚われた彼女目掛けて、炎纏う激しい蹴りを喰らわせる。
「何故そこまで主に従う? ハクロウキはそこまで偉大な者なのか」
一方でトレイシスは静かに実験体へと問いかけるが、彼女は炎に苛まれながらも構わず術を繰り出してきた。愚問だと言うように冷たい輝きがトレイシスを捉え、ああ――と彼は複雑な思いを胸に、神速の突きで対応する。
(「これが、主を唯一とする世界で生きる者の姿なのか」)
かつての己の在り様を其処に重ねたトレイシスは、やるせない想いで刃を交わす他無かった。その姿は愚直なまでに従順で、それ故に対峙する者の哀れみを誘う。
「私は、己の任務を果たすのみ――!」
――忍装束を翻して駆ける実験体193号の鼻を、その時ふわりと甘い匂いがくすぐった。それが焦げた砂糖の放つ、何処か懐かしい馨だと気づいた時――スプーキーの銃から放たれた弾丸は紫煙の尾を引きながら、彗星の軌道を描いて彼女に吸い込まれている。
「……ッ、これは」
貫通性に優れるその銃弾は、金平糖を彷彿とさせるかたちをしていて。一呼吸遅れて白の装束を染める、おびただしい血にも怯まずに、実験体は渾身の力で流水の太刀を繰り出した。
「来るのであれば……真っ向から迎え撃つのみだ」
立ちはだかるヴァルカンは長大な刀身を翻し、刃と刃がぶつかる甲高い音が辺りに鳴り響く。その音色が、終わりを告げる合図となったように――一撃を阻まれた実験体の元へ躍り出たのは玲だった。
「終わりにしよう。君達の役目も、悪しき研究も、全て」
ひらりと護符の一片が翳され、霊力を帯びた刀とその身に宿した御業は、彼に雷神の如き力を与える。放つ刃は正に紫電一閃――迅雷の如く迫る一撃を躱せなかった実験体は、鮮やかに斬り裂かれた己の身体を見回して、やがてゆっくりと瞳を閉ざしていった。
(「流水の如き太刀捌き、見事であった」)
内心で手向けの言葉を捧げるヴァルカンは、彼女が苦しまずに逝けたことを祈る。主に忠義を尽くす様は嫌いではなかったが、我々にも譲れぬものがある――その近くで身を屈めたスプーキーは、次第にかたちを失っていく少女の傍らに、ことりと飴玉の入った缶を置いた。
「……甘いものが好きだって、話を聞いたからね」
彼の身に染み付いたお菓子の香りに、少しだけ彼女が反応していたかも知れないとレクトは思う。そんな少女らしい一面もあったのにと、輪夏の胸に過ぎるのは無念であり――そして、新たな犠牲を出さない為に全力で戦うと言う決意だった。
「助けてあげられなくてごめん、せめてここで眠って」
●消えた月
こうして警備の螺旋忍軍を無事に倒した一行は、廃病院の内部へと潜入し、ハクロウキを追い詰めようと探索を開始する。実験体たちとの戦いで、深刻な被害を負った者が居なかったこともあり、特に立ち位置を変えず進んでも問題は無いと判断した。
「廃病院の地図があれば良かったんだけど……」
ぽつりと呟く輪夏の言葉通り、既に廃墟となってしまった病院の地図を用意することは出来なくて。案内図も撤去されて久しく、似たような造りが続く棟の探索には少しコツが要りそうだった。
「……ここは探索した、と」
そんな中、ヴァルカンはチョークで目印の線を引き、分岐点の行き止まりにも印をつけておくなど、他班にも分かり易いように情報を残している。また、トレイシスは歩数を数えながら、通路の使用感を確認するなどして使われている場所を絞り込んでいるようだ。
「あとは、逃走経路になり得る場所がないかも確認しておきたい所ですが」
ふと皆へ提案したレクトだったが、其処で護衛の螺旋忍軍たちが守っていた場所こそが、そうではなかったのかと気付く。ならば、その場所を堅持する必要もあったのだろうか――其々がそのまま探索を行っているけれど、その裏を掻かれないと良いのだが。
「……何だ?」
その時遠くから、他班の合図と思しき爆音が響いてくる。もしかしたら、ハクロウキの居場所を突き止めたのかもしれない――そう思った楓は、弾かれたように音の方角へと駆け出していた。
「霊安室……地下があったっすか!」
――合図があった場所は霊安室。其処に辿り着いた一行は、既に他班が踏み込み、多数の屍隷兵と交戦している様子を目の当たりにする。どうやら地下には一般人も囚われているらしく、彼らの救出も行おうと奮戦しているようだ。
「ならば僕等も、助太刀するとしようか」
刃を振るって加勢する玲に皆も続き、一行は討ち漏らした屍隷兵の対応に当たることになり――駆け付けた者が多かったこともあり、霊安室は間もなく制圧される。しかし、助けた一般人から告げられた事実は思いもよらぬものだった。
『ハクロウキと思われる指揮官は、襲撃が発生すると共に霊安室から出ていき、戻ってきていない』
――その言葉通り、それから病院内をくまなく探し回っても、ハクロウキの姿は発見できなかったのだ。
(「貴様はその技術で何を成す?」)
トレイシスの問いは宙へと溶けて、禍つ月は空へ昇る時を静かに待ち続ける――。
作者:柚烏 |
重傷:なし 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
公開:2016年12月13日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 2/感動した 1/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 0
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