忍軍の屍隷兵~毒と行尸

作者:黒塚婁

●理想へ至るべく
 それは何処にでもある小さな工場――だった建物だ。誰からも忘れ去られたそこは、ひっそりと新たな主を迎えていた。
 されど、今も戸は硬く閉ざされたまま、窓はすべて光が入らぬよう目張りされており内部を窺うことは誰にもできぬ。
 一切の光を封じたようなそこへ一歩踏み込めば、思わず吐き気を覚えるような腐臭が鼻につく。次に、強い刺激臭。
 工場の中央にはひとつだけ、直視できぬほどの強い光を放つ照明があり、直下にあるのは手術台。
 そこに身動きとれぬよう拘束された女性が、仰向けに固定されている――そして、その肌はどろりと崩れ、溶けかけていた。呻く声は猿ぐつわで封じられているが、未だ息はあるようで、時々ぴくりと指先が動く。
 女の様子を観察しながら、『彼女』はぶつぶつと一人呟く。
 ――あーあ、また溶けちゃった。次は何を試そうかなあ。
 苦悩の言葉ではあったが、声音は不思議と愉しそうに弾んでいた。
 壁一面、暗色の瓶がずらりと並ぶ棚を見つめる『彼女』は、屈託の無い笑みを浮かべ――ぬるりと手術台に半分乗り上げる身体は、蛞蝓。
 光を避け暗闇に蹲る屍隷兵たちは、彼女達を虚ろに見つめていた。
 
●毒を制す
 集まったか、雁金・辰砂(ドラゴニアンのヘリオライダー・en0077)はケルベロス達を一瞥すると、説明を始めた。
「冥龍ハーデスが生み出した、神造デウスエクス『屍隷兵』……それらはハーデスの死と共に失われるものだと思っていたのだが、これに螺旋忍軍が目をつけたらしい」
 奴らは地球人を材料に手軽に戦力を生み出せる技術だと――大変不愉快なことだが、と辰砂は付け足し――鹵獲したヘカトンケイレスを元に、新たな屍隷兵を生み出すことを試み――成功したようだ。
 未だ冥龍ハーデスのように知性ある屍隷兵の生成には至っていないようだが、既に完成した屍隷兵の最終試験として、それらを使った襲撃事件を目論んでいるらしい。
「これ以上屍隷兵の増殖を見逃すわけにはゆかぬ……ゆえに、貴様らには研究を行っている者の討伐に向かって貰いたい」
 辰砂は強い視線でケルベロス達を見据え、敵の名を告げた。
 ――研究に携わるデウスエクスの名は、九字・なめざえもん。
 毒物による洗脳、人体改造などを行うデウスエクスで、本人も蛞蝓と一体化した身体をしている。
 人体改造技術を高めるために屍隷兵研究に参加したようだ。彼女は『蛞蝓(ナメクジ)型の屍隷兵を生み出す研究』を続けており、今回の襲撃事件で得られたデータを元に、本格的に研究を開始する予定らしい。
 彼女の研究所は、町外れにある小さな廃工場を改造したもので、襲撃に対しての備えなどはない。とはいえ、小さい建物であるために物音を立てればすぐ気付かれてしまう――悟られずに潜入して奇襲……というのも難しいだろう。
 長らく放置された廃工場のため、周辺に近づく者はなく一般人を巻き込む心配は不要のようだ、と辰砂は資料を見て告げる。
 研究所には屍隷兵が三体おり、これは一体でケルベロス一人に対応するだけの能力を擁している。
 九字・なめざえもんは蛞蝓の身体を活かした技と、螺旋忍軍らしく、その姿に似合わぬ俊敏性を備えている。狡猾な性格という報告があるが、それが如何なる戦闘スタイルとなるか。
 油断できぬ相手であると、忠告を送る。
「屍隷兵の生成――これほど唾棄すべき研究もなかろう。完膚無きまでに叩きつぶせ」
 最後にそう告げて、ケルベロス達へ背を向けた。


参加者
キャスパー・ピースフル(壊れたままの人間模倣・e00098)
佐藤・非正規雇用(イレイザー・e07700)
カティア・アスティ(憂いの拳士・e12838)
アニマリア・スノーフレーク(疑惑の十一歳児・e16108)
舞阪・瑠奈(サキュバスのウィッチドクター・e17956)
カティス・フォレスター(おひさま元気印・e22658)
バジル・サラザール(猛毒系女士・e24095)
ステラ・アドルナート(明日を生きる為の槍・e24580)

■リプレイ

●外法の者
 街外れの廃工場の周囲は息を潜めているかのように、ひっそりと静まっている。
 ここで何が行われているか知っているケルベロスにとっては、ただの静けささえ不気味なものに感じられた。
「洗脳に改造……人の命を何だと……」
 カティス・フォレスター(おひさま元気印・e22658)は静かな怒りを零す。
「デウスエクスが人を襲うのは、生存目的だと理解してますが、今回は違いますね……この蛞蝓は襲うのを愉しんでます。生命を冒涜する行為は許せません」
 一人の人間として、医者として――舞阪・瑠奈(サキュバスのウィッチドクター・e17956)は強い口調で断言した。
「……ま、人間も『モルモット』とか使うけどさ。ボク、あれあんまり好きじゃないんだよねぇ」
 気の昂ぶりを鎮めながらステラ・アドルナート(明日を生きる為の槍・e24580)が言う。つまり、敵が人をどう扱っているのか、再認識することも腹立たしい。
 身体が蛞蝓状に変じる――これを快く思う人間は、ほぼいないだろう。喩え死後勝手に行われることであったとしても、だ。
「人を、ぬるぬるに、してしまう、なんて……酷過ぎます……!」
 カティア・アスティ(憂いの拳士・e12838)は不得手とするぬるぬるを想像して、身体を震わせた。
「低体温症や熊、狼による食害、ロクでもない死に方は見てきたのですが、これはまたロクでもないですね」
 アニマリア・スノーフレーク(疑惑の十一歳児・e16108)が事も無げに言うが――声音には、無念さが滲む。
(「事件発覚まで被害者に気付けない……仕方ないことなんでしょうが、無力と感じてしまいます」)
 ゆえに、今果たすべき事を――と。
 皆がそれぞれに決意を固める最中、そういえば――と佐藤・非正規雇用(イレイザー・e07700)がバジル・サラザール(猛毒系女士・e24095)を振り返る。件の螺旋忍者と彼女は因縁があったはずだ。
「どういう相手なのか知ってる?」
 問われたバジルはいつもの調子で頷くものの、
「外見に似合わず、狡猾で残酷な奴よ……」
 口調は重かった。
 思い出されるトラウマと蛞蝓に対する生理的な嫌悪。この先に彼奴がいると思うだけで、無意識に身体が強ばる。
「ガチガチじゃねえか、力を抜けよ」
 その様子に、非正規雇用がひらひらと手を振る。
「大丈夫……大丈夫よ。」
 塩も持っているし、と返した彼女の横から、それはいい――とキャスパー・ピースフル(壊れたままの人間模倣・e00098)が朗らかに告げる。
「若旦那が言ってたんだ、お化けにも蛞蝓にも塩はよく効くって!」
 そうよね、と頷く彼女の姿は二人から見ても大丈夫そうではなかったが、再度バジルは自らに言い聞かせるよう、零す。
「私が……止めるわ。絶対に」

 扉を力任せに開けば、闇に包まれた通路から冷たい空気が吹き付ける。マスクをしていても身を包むような腐臭を感じ、瑠奈は細く息を吐く。
「ふふっ……、どうせバレるなら速攻だね?」
 悪戯っぽく呟いたステラであるが、確実に彼女の怒りが増しているのを非正規雇用は感じ取る。
「先手取られるよりいいと思うぜ!」
 彼が何か言うよりも先、キャスパーが同意すると、先陣切ってステラは駆け出す。
 途中、カティスは周囲を軽く見渡し、別の出入り口が無いかを確認する。短い通路の途中、扉や小部屋の類いはなく、後は研究に使われている空間だけのようだ。
「誰かいるかい!? ケルベロスだよ! 逃げれる人は逃げて!」
 開けた場所へと辿り着くや否や、思い切り張ったステラの声が廃工場に響く。期待したようないらえはない――返ってきたのは、
「ここに生きた人間はいないよ」
 朗らかで、何となく馴れ馴れしい声音。
 工場の真ん中に鎮座する手術台の前、巨大な蛞蝓がいた。人間の顔を貼り付けたような――あるいは、蛞蝓の身体を纏っているような、人と同じほどのそれ。
「九字・なめざえもん」
 眉間を僅かに寄せ、バジルがその名を口にする。相対する方は彼女の存在にも然程の反応を示さず、
「屍隷兵の材料は死体――うん、色々試して見たけど、結局はそういうことなんだよね」
 ほぼ独白のように呟き、値踏みするようにケルベロス達を一瞥する。
「つまり此処に生きた人間は必要ない、ってこと」
 彼女の言葉と共に――闇の中より、屍隷兵達が姿を表す。
 事前に聴いていた通り、それらは人型を崩している。頭から粘性の何かを被ったかのようにどろりとしたシルエットをしており、腕も脚も胴に繋がるように溶けている。性別は元より、顔の造作もよくわからない。
「……――命、舐めるなよ蛞蝓。そんなに好きなら一匹(ひとり)でやってろ」
 槍を握る手が震えるのは――強い義憤のため。その震えを止めようとせず、強い殺意を宿した金の瞳でステラはなめざえもんを睨み、地を蹴った。

●弔い
「いっぱい溶かして来たんだろ、今度はお前が溶ける番だ!」
 なめざえもんに言い放ち、キャスパーは仲間に向け、妖精の祝福を宿した矢を射た。
 襲いかかってくる屍隷兵達の前にホコロビが飛び込み、その身体に食らいつく。
「人体実験とは酷いマネをしやがる……今度は、俺がヤツらを実験台にする番だ。無人機展開! 死んでも落とされるな!」
 非正規雇用は瑠奈に声を掛けつつ、ヒールドローンを放つ。彼の指示に応じ、ヴァーテクスは神剣を咥え、屍隷兵へと飛び込んでいく。
 はい、短く答えた瑠奈が光輝くオウガ粒子を放出し、仲間達の覚醒を促す。
 輝きを受け止めたアニマリアは、屍隷兵達へと十字を切って、その向こう側で笑みを浮かべているそれを見る。
「よく分からないこだわりを持つ相手のようですが、少なくとも三人被害に遭ったわけですね」
 ルーンの力で光を放つ刃を、くるりと軽く翻し、
「ここで、終わりにしましょう」
 地を蹴って言葉と共に振り下ろす。轟、と床ごと打ち砕く強烈な一撃で、屍隷兵の腕を斬り落とす。
 その見事な一閃に、やった、とカティアは表情を明るくしたが――すぐに暗くなる。
 ずるりとずれた腕が、そのままの位置でうぞうぞと動いている。
「止めます……絶対に……!」
 鳥肌が立つほどの嫌悪を覚えつつも、カティアは思い切り虚空を蹴り上げる。流星の軌跡が逆の腕を捉えるが、結果は同じ――崩れた身体で、それらは前進する。
 それを痛ましげに見つめ、
「許せません。許せませんとも」
 カティスは憐憫と怒りを籠めた弾丸型のサボテンの攻性植物を撃ち込む――紅棘貫通弾。
 容赦なく屍隷兵の額を穿てば、その種子は体内で急速に成長し、内側から無数の棘で刺し貫く。
 更に、周囲の瓦礫に念を籠めタマオキナが放つ。ぐにゃりと歪んだ身体はそれらを飲み込んで、ぐずぐずに溶けていく。
「あー! なんてことするんだよ!」
 なめざえもんは怒声と共に、半透明の粘液をケルベロス達へと放つ。
 放射状に広がったそれに触れるなり、肌を焼くような痛みを伴った。
 僅かに怯んだところへ、二体の屍隷兵がアニマリアを挟撃する――させるか、とキャスパーが駆け、片方の攻撃を受け止める。強く腐敗したような臭いが覆い被さって、肌を焦がすような痛みが広がる。
「離れなさい!」
 旋風のように素早く槍を一閃し、バジルがそれらを薙ぎ払う。
 すかさず瑠奈が桃色の霧を放出するも完全では無い。再びドローンを展開した非正規雇用は、光の羽を広げたステラに気づき、声をかける。
「決めろステラァ!」
「おっけーアル君、まっかせといて……ッ!」
 応援を背に、光の粒子を纏った彼女が駆ける。金色の光は真っ直ぐに屍隷兵を飲み込み、半分を削る。次いで迫るは、強い赤い光――血を滴らせたまま駆けるアニマリアのシルバーラースがひょうと風を切る。
「陽光浴びる高き峰よ、凍てつく山の影巫が命ず、我が前に立ち塞がる者を穿ち、砕け!」
 紅く染まる未踏の霊峰――屍隷兵の頭部を目掛けて垂直に、直接叩き込む。潰れる肉の感覚へ、彼女は瞑目する。
「ただ、冥福を」

●昇華
 二体の屍隷兵をあっという間に討たれたなめざえもんは、顔色を変える。
 その殺気はさしものケルベロス達も一瞬呑まれるほどであった。常であらば、そんなものに怖じ気づく彼らではないのだが――。
「いやっ……」
 バジルだけは、恐怖に凍り付き動けなくなっていた。
 皆が次々声をかけたが、それも届いていないようであった。
「やはりこうなったか……ならば!」
 この時のためのとっておきだと非正規雇用が懐から何かを取り出し、投げつけた。
「くらえー」
 暗い廃工場にきらきら輝く白い粉――砂糖。
 それはなめざえもんの上に降り注ぐが、当然、何も起きない。
「アル君……それ、流石にない」
 なめざえもんは何ソレという顔で彼を睨み、ステラは低く抑えた声音で詰る。相棒のヴァーテクスの視線も冷たい。
「いや、でもこれでバジルの緊張も解けたかなとか……蛞蝓と塩だけに」
 かなり苦しい。
「非正規雇用の旦那はともかく……バジルのお嬢、しっかりしろ! 僕らもいるんだ、昔とは違う!」
 キャスパーの喝に、はっとバジルは我に返る。
 そして、仲間達の視線にそうだ、と頷く――。
「私たちで止めるわ!」
 自らを奮い立たせるよう放ち、素早く槍を手繰る――迫る屍隷兵の鳩尾を、影の如き斬撃で穿つ。
 それは前へと倒れ込みながらも、ぎこちなく腕を動かし、前方に腐肉を飛ばす。
「タマオキナさん、お願いします……!」
 カティスの声に応えるよう、身をさらしたビハインドの身体を腐肉が飲み込む。
 同時、彼女は屍隷兵まで跳躍し、錐揉み降りてその頭部を重力を宿した蹴撃で砕く。ぐしゃりと潰れたそれを更に炎が包み込む――キャスパーの蹴りから上がった炎で、小さな陽炎が揺らめく。
 その向こう側で、何かが跳ねた。
 頭上より降り注ぐ、ぬるりとした粘液。
「いやあああ! ぬるぬる嫌ああああああ!!」
 カティアが恐慌状態に陥りかける――のみならず、なめざえもんが放った一撃は彼女の身体を毒で蝕む。
 アニマリアとステラがタイミングを合わせて挟撃するも、ギリギリをするりとすり抜けた。
 非正規雇用と瑠奈が癒しの力を再び展開する。
「仕方ない……出直すか」
 今までにない低い声音でなめざえもんが零すのを、カティスは耳にする。
「させません! 瑠奈さん!」
 仲間の名を呼び、注意を促し――唯一の退路は瑠奈が意識して塞いでいた――紅棘貫通弾を放つため構える。
「あなたの研究は、ここで凍結です。永遠に」
 彼女の渾身の一撃は少し逸れたものの、蛞蝓の身体に鋭い棘を穿って撃ち落とす。
 絶対に逃がさない、という意志の籠もった一撃に瑠奈も続く。
「生成終了。薬は間違った使用すると危険な毒となるのよ。」
 グラビティによって生成された注射器を手に、淡々と告げる。
「解毒剤は無いわ。自分の作りだした毒を味わいなさい」
 言葉と共に正面から毒を打ち込まれたなめざえもんは、呻きながら、凄まじい速度で後退る。
 その背後に迫るは、黒髪の少女。
「デウスエクス! 地球は楽園にあらじ! 地獄の門なり、番犬の牙に倒れよ!」
 厳かにアニマリアが言い放つと、巨大な銀十字の刃が輝き始める。
 全力で振り下ろされたそれは風切りの音が後からついてくるほどに素早く、なめざえもんの肉体をごそりと削いだ。
 あっ、と叫んだ彼女の眼前に、鮮やかなピンク色の髪が広がる。
 既に鼻先まで距離を詰めていたのはステラ。身体はその一撃のためにねじられ、漆黒の瘴気を纏った拳は解放を待っている。
「大して美味しそうでもないけどね。――その腐った魂、貰い受けようか!!」
 喰い破れ漆黒の暴威――突き出された拳が纏う降魔の力は三十もの鏃となりて、次々貫いていく。
 本来は必中必殺を謳う拳、信念を乗せ、完全に屠るつもりで放ったのだが。
 なめざえもんは攻撃の反動を利用して、ケルベロス達から距離を取るように飛び出した――が、サーヴァント達が立ち塞がる。
 同時、まだ涙目のカティアが両手を器のように構える。
「当たって、ください…!」
 グラビティ・チェインを両手いっぱいの花びらを模したエネルギー体に変換し、風に載せて飛ばすように放つ。
 ふわりと広がった可憐なスミレが、蛞蝓の身体を容赦なく斬り裂く。望める傷は浅いが、一時も逃す隙を与えぬために。
「バジルのお嬢、好機だ! 逃しちゃ勿体ないよな。ここで必ず仕留めよう! お嬢の因縁の相手はお嬢自身の手で引導を渡すんだ!」
 なめざえもんから視線を外さぬまま、キャスパーがバジルへと声をかける。
 対しバジルは、身体が僅かに強ばるのを感じた――立ち直ったつもりなのに、いざ対峙するとなれば、本当に倒せるのだろうかという疑問が裡より湧いてくる。
「俺のヒールは革命だァ!」
 非正規雇用は高く掲げたスイッチを押す。鮮やかな爆風で、決めてこい、とバジルの背を押す。
 ケルベロス達に刻まれて、小さくなった身体。今は必死に包囲をついて逃走しようとしているこれの何処が恐ろしいというのか。
「ここで終わらせる……!」
 全身をオウガメタルで覆い――鋼の鬼を纏ったバジルが堅く拳を握る。
 蛞蝓のような肉体を含め、何もかもが彼女に逃げろと囁くのを振り切って、真っ直ぐ振り絞るように、撃つ。
 それは生身の顔面を強か捉えた。
 ぶッ、と凄く間の抜けた声が手元から聞こえる。それが彼女の断末魔となった――。

●残されたもの
 どろりと溶けて消える末路は蛞蝓ゆえか。繰り返した改造の影響か。なめざえもんの骸も人の形状を残さなかった。
「もう、いや……おふろ、はいりたい……うぅ……おえっぷ」
「大丈夫ですか?」
 それを見てグロッキーになっているカティアの背を瑠奈が擦っている。
「よくわからないけど、こいつが資料かな」
 それらしい紙の束の山を前に、キャスパーが首を傾げた。
「後でヘリオライダーの方に見て貰いましょう」
 一緒に覗き込みカティスがそう提案する――恐らく、それが一番だろう。
「どうだった?」
「何も誰も……あの言葉は本当だったみたいですね」
 戻ってきたアニマリアはステラの問いに、首を振る。
 改めて工場中、犠牲者の遺品が無いかと周囲を探索するも、成果はなかった。
 もし要救助者いたとしても、と非正規雇用は腕組み真顔でひとりごつ。
「アニマリアさんみたいに可愛い子はいなかっただろうがな」
 ゴゴゴ――得も言われぬ悪寒を感じ、振り返れば、笑顔のステラが――。
「最後まで、真面目にやりな……さいッ!」
 ガッ。
 ――二人のやりとりに、空気が解ける。
 少なくともこの研究を潰すことはできたと、ケルベロス達はその成果を実感する。
「残念だったわね。結局お前は何も作れなかった……」
 劇薬での荒療治になったかもしれないけどね――残された仮面を拾い上げ、バジルは漸く安堵の息を吐き。
 皆で改め犠牲者達を弔うと、脱出した。

作者:黒塚婁 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年12月13日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 2/感動した 1/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 1
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