●静かな聖堂で
誰も通らないような小さな通りに、古ぼけた建物があった。かつては白かっただろうそこは、教会のようにも見える。
かつて聖堂であっただろう室内は、血と獣と薬品の匂いで満ちていた。その中で、静かに佇む女性がいた。修道女のような衣服に身を包んでいるが、それには所々に赤黒い汚れがついていた。彼女の視線は怪しげな熱を帯びて、祭壇であろう場所に注がれている。その上に横たわるのは、ヒトの形によく似た何かだった。土気色のぶよぶよとした肌。背中から飛び出した四本の腕。生気のない眼。いくつもの継ぎ接ぎの見える、醜い身体。およそヒトとは呼べないものだった。
祈りをささげ、説法を聞くはずのベンチには、それとよく似た何かが大きな体を縮込めるようにして座っている。それの周囲には、豚にも似たデウスエクス、オークが控えている。
「彼らの調教と改良が、まさかこのような場所で役立つとは……この研究も、彼らの改良に役立つと良いのですが」
修道女は静かに、口許に微笑さえ浮かべて呟いた。つい先ほどまで人を継ぎ合わせ異形を作り上げていたとは思えないほど、穏やかな顔だった。
●死霊再び
「冥龍ハーデスの生み出したデウスエクス、屍隷兵。本来ならその作り方、存在はハーデスの死と共に失われるはずだった。だが、螺旋忍軍はそいつに目をつけたようだ」
集まるケルベロスを前に、フィリップ・デッカード(レプリカントのヘリオライダー・en0144)はそう話す。素材である地球人と相応の施設さえあれば作ることのできる屍隷兵は、即席の兵士としては破格の性能を持っている。螺旋忍軍はその一種であるヘカトンケイレスを鹵獲し、新たな屍隷兵を作り出そうとしている。
「既に連中、屍隷兵を完成させつつある。思考能力の無いタイプだろうが、それも時間の問題だ」
研究を放置すれば、今後強力な屍隷兵が生み出される危険もある。例えば、人間と変わらない思考力を持ち、様々な武器を操る者。脅威は更に大きくなる。そして、犠牲者を増やすわけにもいかない。
「何にせよ、これ以上好きにさせるわけにはいかない。研究所を叩く必要がある。そこで好き放題やってる螺旋忍軍含めて、徹底的にな」
フィリップは続けて、航空写真を広げる。小さな町の外れにぽつねんと建っている、古びた小さな教会。見るからに、人が来なくなって久しい様子だった。フィリップはそこを示し、マーカーで丸をつける。
「お前たちに襲撃してもらう地点はここだ。教会の聖堂を改造し、螺旋忍軍は研究を行っている。そいつ単体であれば決して勝てない相手じゃない。だが完成した屍隷兵、そして奴の従えるオークが問題だ」
屍隷兵とオークが共に五体ずつ。いずれも単体であれば大きな脅威にはなり得ない。けれども、痛みを知らず攻撃をしてくる屍隷兵と螺旋忍軍によって統率されるオークとなれば話は別だ。数に任せて攻撃が来れば、消耗は避けられない。
「聖堂はそれなりに広さもある。混戦になるだろうが、やれるはずだ」
説明を切り上げて、フィリップは唸りを上げるヘリオンを顎で示した。
「このまま放っておけば、屍隷兵の脅威は大きくなる。何より、人間を怪物に変えるなんてことはあっちゃいけねぇ。そうだろ?」
参加者 | |
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ル・デモリシア(占術機・e02052) |
ルイン・カオスドロップ(我が身は主の無聊を癒す為に・e05195) |
漣・紗耶(心優しき眠り姫・e09737) |
シスキア・ウィンドフィールド(平穏に捧ぐ子守唄・e16699) |
伊・捌号(行九・e18390) |
フィアンセ・リヴィエール(オークスレイヤー・e22389) |
阿久根・麻実(売星奴の娘・e28581) |
凍夜・月音(月香の歌姫・e33718) |
●邂逅
教会の跡からやってくる毒々しい気配にケルベロス達は気が付いた。全身の毛が総毛だつような、つんとした血や腐った肉や糞尿の酸っぱい匂いが肺をちくちくと刺してくる。
「どんな奴かは分かんないけれど、いい趣味してるっすね。ここで研究をしている奴ってのは」
ルイン・カオスドロップ(我が身は主の無聊を癒す為に・e05195)はほんの僅か口許を歪める。これ以上続ければ、他のケルベロスに眉をひそめられるだろうか。そこまで思って口を噤む。
「廃教会にゾンビもどきとはな。確かに、ポップコーンを抱えてスクリーンで見るには申し分ないのぅ」
ルインの気持ちを知ってか知らずが、ル・デモリシア(占術機・e02052)が賛同する。既に救うことの出来ない人間がいると考えれば、そして、肩を並べる修道女達の気持ちを思えば、流石に無邪気には楽しめない。
教会の出入り口は二つ。聖堂へ続く扉と、粗末な勝手口があるだけだ。四人ずつのグループに別れ、ケルベロス達は扉の前で息を殺す。扉を蹴破れば、後はない。
「ご武運をお祈りします」
別れ際のシスキア・ウィンドフィールド(平穏に捧ぐ子守唄・e16699)の言葉。それを聞いたケルベロス達は小さく頷く。
「お人形遊びも、今日限りね」
勝手口へと回った凍夜・月音(月香の歌姫・e33718)は静かに呟いた。扉口のグループと連絡を取りつつ、タイミングを合わせて、長い脚で勝手口のドアを蹴破った。控室は、屍隷兵の素体の場所だったのだろう。キーホルダーや指輪、写真が散らばっている。月音の眉根が寄る。
そのまま控室を抜けて聖堂へ。
教会は長方形の、いわゆる箱舟型をしていた。薄暗い室内。微かな灯りは彩光塔からの月明かりと燭台の上で燃える蝋燭だけだ。
祭壇の前に立つ女性は、ぐるりと視線を巡らせる。椅子に座るオークが、隅でうずくまっていた屍隷兵が、殺気立ち女性を取り囲む。
漣・紗耶(心優しき眠り姫・e09737)が、左右に視線をやった。所々にある人体のパーツや血の痕を見て歯噛みし、肉壁の向こうにいる女性を睨みつける。
「これ以上、見過ごしてはおけません。後顧の憂いを絶つためあなたを倒します!」
「……教会ではお静かに」
フィアンセ・リヴィエール(オークスレイヤー・e22389)が身構える。けれども、その声を聞いて少女は動きを止める。眼を見開く。呼吸が一瞬止まる。稚児のように、言葉がつっかえる。
「そんな。お、かあ、さ……」
「あら……」
女性は、硯・リヴィエールは、フィアンセの姿を見て、薄らと笑う。その表情は人を解体し繋ぎ合わせている者のそれとは思えないほど穏やかだ。討つべき敵の姿に、母の面影を見て、呼吸が早くなる。じわりと汗がにじむ。
「何で……違う。あなたは、お前は、母さんでは無い! 母さんのはずが……」
「そうね。驚く気持ちも分からなくはないけれど。お母さん少し悲しいわ。娘とお友達に武器を向けられて、「お前は親じゃない」、なんて言われたら。けれど、あれだけ長い間顔を見せなければ、そうなるのも仕方ないわ……」
そう言った硯の表情は、子供の反抗期に理解を示しつつもその態度に憂う母親のそれだった。曇る硯を見て、フィアンセの表情に捨て鉢な感情が浮かぶ。
彼女が叫ぶ前に、伊・捌号(行九・e18390)の放つ光弾が薄暗い教会を一瞬輝かせる。弾丸は硯に飛ぶ前に、オークが受け止める。けれど、その光と轟音は、会話を打ち切り、空気を変えるには十分だった。
「こういうのは気に入らねっすよ。茶番はそこまでっす」
「惑わされないで。フィアンセさんを動揺させて、楽しんでいるだけです」
捌号――伊九の言葉にシスキアが続く。、硯は「まあ」と大仰に口許に手を当てる。心外だと言わんばかりに。言葉を続けようとしたところで、阿久根・麻実(売星奴の娘・e28581)が手ごろなベンチを踏み割って遮る。
「貴方が本物かどうかは関係ありません。本物なら売星奴、そうでなければただの下種」
少なくとも、硯は一人の少女の気持ちを踏みにじった。それだけで、敵対するには十分すぎる。
「それで、私をどうしようと?」
「殺す」
麻実の言葉には、普段からは考えられないような強い殺意が滲む。けれどもそれは硯と重ねた違う姿に向けられているようでもある。
硯の押さえた手の下の笑みが変わる。それは、酷薄な殺人者の、残虐なデウスエクスのそれだった。
「教会で「殺す」なんて。感心しないわ……少し、躾が必要なようね」
硯の言葉を受けて、屍隷兵が吠える。オークが鬨の声を上げる。
●熾烈
「さて、おたくらオークのの信仰がどれほどのもんか、試させてもらうっすよ!」
ルインが負けじと声を上げる。轟と杖の先端で、小さな太陽が産まれる。振りかざした杖から飛ぶ火球が、過たずオークの中央に着弾し、激しく燃え盛る。
「邪魔だ、どけ!」
爆風を抜けて迫るオーク。その一匹に麻実は肉薄する。すくい上げるような一太刀でその足を止め、背後に回り込んで一気に切り下し、オークの触手を根元から断ち切る。
「気を付けてください。まだ、向こうの方が数は上です!」
後ろで控える紗耶が、鎧装から支援用の警護ドローンを飛ばしてケルベロスを覆う。一体一体はケルベロスの敵ではなくとも、それが束でくれば負傷も避けられない。少しでも被害を減らそうと、紗耶は万全に備える。
「さて、まだまだ数は多い、少しでも削るとしようかの!」
ルが軽く体を前に傾け、肩口に備えられたポッドを前に突き出すような姿勢を取る。シューッという推進剤の燃える音と噴煙とともに小型の焼夷ミサイルがさらにオークを包む。外れた弾頭が隅に置かれた薬品やトレーをなぎ倒した。硯が微かに眉をひそめる。
「おや、機嫌を損ねたかのぅ?」
「さて、不届き者にバチを与える準備っすよ、エイト!」
伊九の威勢と共に相棒のボクスドラゴンがフィアンセの背中を軽く押す。伊九の放つ小型の紙兵がケルベロス達に張り付く。
燃えるオークが熱そうにあちこち走り回る。その様子を見かねた硯が、一匹をぴしゃりと打ち据える。
「落ち着きなさい。敵はあちらです」
どこか嗜虐的な色を含んだ声が、オークたちは落ち着きを取り戻す。硯の指令に従うまま、オークたちがケルベロスに殺到する。
「私が立っている間は、やらせない、行くよ。ジョニー!」
殺到するシスキアとジョニーが、殺到するオークの鉈に、触手に立ちはだかる。シスキアは迫る触手を弓の矢じりで裂き、オウガ粒子で賦活した超感覚で避ける。オルトロスも口の刃で攻撃を凌ぎ、反撃の発火能力で一体のオークを燃やして灰燼に帰す。ダメージこそ軽くはないが、それでも耐えられないものではない。
「オークは、私達の家族を引き裂いて、その母さんが……!」
フィアンセは微かに歯を食いしばった。憎悪と別の感情で揺れる。けれども、討ち滅ぼす敵に対して容赦を持ち合わせてはいない。迫るオークに向けて、手をかざす。袖から伸びる無数の鎖が神殺しの毒を宿した鎖の刃が二匹のオークの心臓を貫いた。もんどりうって倒れた一匹が、燭台をなぎ倒す。グラビティの炎に紛れ、蝋燭の炎が床に移る。
燃え盛り、鎖で貫かれたオーク。それに追い打ちとばかりに月音がオウガメタルの黒光で焼く。一瞬の攻防。それでも、オーク五体ならば、ケルベロス達の敵ではない。
「自慢のオークも、これでおしまい? まだダンスは始まったばかりよ?」
「ええ。ですが、まだまだ控えていることを、お忘れなく」
硯は微かに不快感に眉をひそめこそすれど、焦る様子は見せない。彼女の言う通り、まだ無傷の屍隷兵がいるのだ。月音も怯まず言い返す。
「勿論、私達に目をつけられたことしでかしたの。その代金が豚五匹で終わるわけないでしょう」
●亡霊
無数の屍隷兵が、ケルベロスを襲う。硯の手裏剣や妨害もあれば、戦闘は一筋縄ではいかない。炎に包まれた教会で戦闘は続く。
「さァて、見てくれは結構精神削れそうな見た目っすね……ケド」
咆哮を上げながら迫る屍隷兵を眺めて、ルインは口角を釣り上げる。外見もさることながら、元が人間という不快感はそれだけで戦意を削ぐには十分。けれど、彼はそうじゃない。
「邪なる吹雪、氷雪の瞳よ 風に乗りて贄を攫い 白き沈黙に閉ざせ」
狂信者の唱える術が紫煙と緑雲が極寒の吹雪を巻き起こし、屍隷兵の動きを鈍らせる。
「ゾンビは焼却じゃ! ついでに手当たり次第に壊してくれよう!」
ルのミサイルポッドに今度はクラスター弾が装填される。噴煙を描いて飛ぶミサイルが数体の屍隷兵の足を止める。外れたように見えた弾丸も、薬品棚を破壊し、別の燭台を薙ぎ倒す。
「……今のままでは難しいかしら? 調教も出来なければこうもなる」
屍隷兵の統率も無くがむしゃらにケルベロス達に向かう様子を見て、硯は無数の手裏剣を降らせる。一撃一撃は小さくとも、張り付いた紙兵を、警護ドローンを破壊していく。
「死体は死体らしくっ!」
降り注ぐ手裏剣の雨をルやシスキアの助けを借りつつ凌ぐ。近づいて来る屍隷兵を見て、麻実はすれ違いざまに一閃。それだけでゴトリと一匹の首が落ちた。自分の一部を失ったことにも気づかず走り続けたそれは、ベンチに躓いて転倒し、そのまま動かなくなった。
迫る一体が背中の一本の腕を引き千切り、力任せにぐいと投げる。ロボットアニメの必殺技よろしく、腕が勢いよく飛んでくるのを見て、伊九が驚きに目を見開く。
「い゛っ!?」
辛うじて受け止めたものの、千切れて尚、その指が少女の眼を潰さんと蠢めく。
「させません!」
すんでのところで、紗耶が召喚した御業がその腕を引きはがし、返すとばかりに屍隷兵の一体に叩き付ける。
「大丈夫ですか?」
「ふ、ふー……、さんきゅっす……やることなすこと、めちゃくちゃっすよ、こいつら!」
伊九が大きく息をついて、再び彼女は紙兵を撒いて前に立つケルベロスをサポートする。
「こんなものを、作って! お前はっ!」
フィアンセは叫びながら、手にした巨大な鎚を振るう。横薙ぎに飛ぶ鉄塊が更に一体の屍隷兵を吹き飛ばす。開けた視界の向こうで、薄らと笑う硯がいた。
「敵は残り少ない……もう少しだけ堪えて下さい! かの者に癒しの祝福を」
「言われずとも」
ジョニーが屍隷兵に瘴気を浴びせ、その組織を強引に崩壊させていく。その隙を見てシスキアは被弾の嵩むルに回復を施す。光の妖精が無数の切り傷を塞いでいく。
「ダンスマカブルというやつかしら……けれど、もうおしまい!」
月音が猛進してくる屍隷兵に相対する。軽く身を沈め、そのまま顎にめがけて鋭いハイキックを繰り出す。一撃が顎を砕き、そのまま足を振り払って死体を放りすてる。
「あとはあなただけです。お母さん……いえ、螺旋忍軍!」
「あらあら、怖い顔。婚約者には、そんな顔、しちゃだめよ」
数的優位はとうに失われた。けれども、少なくとも表面上では硯に動揺した様子は見えなかった。
●別離
「……けれど、もうここにいる理由もないわ」
硯はたっとステップを踏んで後ろに下がる。再び手裏剣を降らせ、今度はくるりと踵を返した。
「おっと、それは見過ごしておけんのじゃ」
ルが、コンテナから彼女をデフォルメした小さなロボットを取り出し、放り投げる。ばたばたと手足を振って軌道を修正するそれは、香部屋の扉近くの柱に飛びついて爆発し、そのまま出口を潰した。
「逃げられると思ったら、大間違いっすよ!」
立ち止った隙を見逃さず、ルインが肉薄。落下の勢いと共に軽銀の鎧を纏う拳を叩き付ける。硯も懐から抜いたナイフでそれを受け止めるが、急な対応で体勢を崩す。
「言っただろう。貴様は、ここで殺すと!」
ルインが空中からならば麻実は地面からだった。床を割って小柄な体躯を床下に沈め、その足元から跳躍と共に刃を振り上げる。上体をそらして硯は致命傷を避けるが、修道服の胸元に、真新しい血が滲んだ。
「手力男命よ……みんなに、力の加護を!」
紗耶の呼びかけに応じ、岩を引きはがし、天を取り戻す神の姿が浮かび上がり、ケルベロスに力を分け与える。
「決めるっすよ!」
回復は十分と見た伊九が、相棒と共に飛び出す。伊九の繰り出した蹴撃。硯はそれをスウェーでかわす。けれども、その終着点に置くように放ったエイトのブレスが、彼女を強く打つ。
「父と子と、聖霊の御名において、あなたを討ちます!」
祈りの言葉と共に、硯の足元に十字架が浮かび上がる。そこにある炎は、倒れた照明のそれではない。地獄化した信仰のそれだった。
硯と、フィアンセの視線が合う。
炎が噴き上がり、彼女が包まれる直前、硯は微かに笑っていた。
人を解体していた時の、穏やかながら空虚なものでも、オークを鞭で折檻していた時の嗜虐的なものでもない。
親が子を見守るような、暖かな笑みだった。
激しい炎が噴き上がる。
業火の奥に、硯・リヴィエールは消えていった。
教会に静寂が戻る。なぎ倒された蝋燭の炎は床を、天井を舐めるように燃え広がっている。無論、ケルベロス達の戦闘によって、およそ研究に使うような機材は壊れている。
「ちょっと、やりすぎたっすかね」
「何、ここまでやれば資料も燃え尽きよう。この仕事にやりすぎは無い」
元々放置されていたとはいえ、ボロボロになり、燃える聖堂を眺め苦笑するルインに、ルがどこ吹く風と言うように答える。もっとも、ルインも反省している様子では無いが。
「……」
「あの、フィアンセさん……」
シスキアが遠慮がちに声をかける。彼女だけではなく、紗耶やいくらか落ち着きを取り戻した麻実も、彼女を遠巻きに眺めていた。
「そろそろここもダメね。死にはしないけど、火事の中にいるのもごめんだわ。行きましょう」
月音が、静かに言い放つ。突き放すようで、どこか強がるような響きだった。彼女が持っている小物を見て、伊九は首を傾げる。
「それは何すか?」
「勝手口の近くに落ちてたの。多分、あれになる前の人の私物よ」
月音は顎で屍隷兵の亡骸を示した。
「弔うっすか?」
「どうかしら別に同情とか憐れんでいる訳じゃないわ。ただの気まぐれよ」
それだけ言って、月音は踵を返す。それに続いて、ケルベロス達も燃える聖堂を後にする。
一番後ろについたフィアンセは、少しだけ立ち止り、振り返った。
「……さようなら」
炎の奥で、くすんだステンドグラスが砕けた。
柱が折れ、天井が崩れる。
そして、教会には誰もいなくなった。
作者:文月遼 |
重傷:なし 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
公開:2016年12月13日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 3/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 4
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