少女は机に向かい、誰かと電話しているようだ。
「もう、ホント最悪だよ」
彼女の声がぐっと年を取っている。
「部屋の中にアリが入ってきててさ……こんなボロアパートに住むんじゃなかったよ」
彼女はそう言って、振り返った。胡麻粒のようなそれが、わらわらと動いている。
「うん、明日には殺虫剤でやっつけるつもりだけどさー……今日ここで寝るのも嫌だよ」
不意に、ざしゅりと何かが彼女を貫通した。
「蟻かあ。働き者なんだから、それくらい許してあげてほしいな。……わたしのモザイクは晴れなかったのもうなずける」
彼女の背中に、第六の魔女・ステュムパロスの鍵が突き刺さっている。
「あらら、こんなに嫌だったんだ? ずいぶん大きく育ったね」
ステュムパロスは彼女よりもずっと大きい蟻の足をさすった。
高松・蒼(ヘリオライダー・en0244)は深いため息をついた。
「蟻なあ……昔潰して遊んでたら、母ちゃんに怒られた記憶があんねん」
彼は顔をゆがめている。
「あんなに怖い顔の母ちゃん見たんは、最初で最後かもしれんな」
蒼は「まあええわ」と付け加える。
「空鳴・無月(宵闇の蒼・e04245)さんが予測した通り、今回の敵はおっきな蟻さんや。女の子の家に蟻さんがぎょうさん出よって、その嫌悪の気持ちをドリームイーターが具現化したらしい。気持ちが強かったせいか、かなりおっきい蟻さんになっているみたいやな……具現化を行ったドリームイーターは魔女集団『パッチワーク』のメンバー、ステュムパロスという奴なんやが、そいつは既にいなくなってもうてる。蟻を倒せば、ドリームイーターに襲われた女の子は目を覚ますはずや」
蒼は口を尖らせた。
「女の子が襲われたんは古いアパートの一室や。せやけど、蟻さんは移動して、山奥の森に行ったらしい……。人っ子一人おらんところやっちゅうのは、不幸中の幸いやな。まあ、ハイキングに来とる人もおるかもしれんし、ある程度の注意は必要やと思うが、派手に暴れてくれてもええで。……それくらいせんと、倒せんほど強いみたいやしな」
蒼は不安そうに言った。
「蟻さんの攻撃パターンが、よう分かれへんねん。ただ、多分今まで見た蟻の中では、間違いなく一番にデカい。噛まれたりしたら一たまりも無いで。充分気ぃつけてや」
「俺、別に虫は嫌いやないんやけど、あない大きさになったら大概のもんは恐ろしいわな。思い出したないわぁ」
彼はため息を漏らした。
「すまんな、これから蟻さん退治に行くっちゅうのに、嫌な情報ばっかりで。繰り返しになるが、蟻さんの攻撃には、充分注意してや。一発の衝撃がエグいからな」
参加者 | |
---|---|
クリス・クレール(盾・e01180) |
箱島・キサラ(チェイサー・e15354) |
マリオン・オウィディウス(響拳人形・e15881) |
クララ・リンドヴァル(錆色の鹵獲術士・e18856) |
セデル・ヴァルフリート(秩序の護り手・e24407) |
黎泉寺・紫織(ウェアライダーの鹵獲術士・e27269) |
ヒエル・ホノラルム(不器用な守りの拳・e27518) |
皆川・隠岐乃(熾火の銃闘士・e31744) |
●蟻さん、蟻さん、出ておいで
「行けども森、森、森……」
皆川・隠岐乃(熾火の銃闘士・e31744)はキープアウトテープを張りながら辺りを見回して手を叩く。
「蟻さんこちら、手の鳴るほうへー」
「呼んでどうするのです……」
クララ・リンドヴァル(錆色の鹵獲術士・e18856)のことばに、隠岐乃は「だっていないんだもの」とむくれた。
ケルベロスたちが山に分け入ってから、既に1時間近くが経過している。人の影はキープアウトテープの効果もあってか見当たらないが、同時に蟻の姿も見つけられない。クリス・クレール(盾・e01180)は遠くに目を凝らしているが、やはりその足の影も見ることはできない。
「大きいと聞いていましたから、もっと簡単に見つかると思ったのですけれど」
箱島・キサラ(チェイサー・e15354)が口を尖らせる。どうやら彼らが思っていた以上に森は深く山道となっていたようだ。蟻の影は沿道には見えない。
「川の方にもいないみたいですね」
セデル・ヴァルフリート(秩序の護り手・e24407)はビハインドが遠くで首を振ったのを見て、そう言った。マリオン・オウィディウス(響拳人形・e15881)が「一体、どこに」と言いかけたとき、藪の中でうごめく音がした。
即時に、全員が身構える。しかし、この目の前の小さな藪の影から出てくる蟻だったとしたら、どれほど大きくても膝丈ほどのものだ。黎泉寺・紫織(ウェアライダーの鹵獲術士・e27269)は簒奪者の鎌を構えて、きりりとした表情で小刻みに揺れる藪を見つめた。
『がさり』
彼女は飛び出してきたそれに向かって鎌を投げつけようとしたが、すんでのところで踏みとどまる。
「……うさぎ?」
はあ、と、だれからともなくため息が漏れる。そこから飛び出したのは、まさに膝丈ほどのうさぎであった。だが1人、ヒエル・ホノラルム(不器用な守りの拳・e27518)だけは身に纏ったオーラを解除しなかった。そして微かに音のした反対側の藪に向かって音速の拳を放ったのだ。
「ギィィィィィィィィィィ!!」
甲高い悲鳴が上がる。
「こっちに隠れていたぞ」
ヒエルは事も無げにそう言って、じっとそれを見つめている。彼が真っすぐ突き当てた拳は、蟻の足の一部をへこませている。
「なんてサイズだい」
隠岐乃は駆け出し、蟻に飛び蹴りを入れる。ダメージは間違いなく与えられている。……なぜ判断できるかって、蟻の目の色が変わったからだ。
●まずは足から
蟻はお返しとばかりにモザイクを投げ飛ばす。隠岐乃はそれを直に食らってしまった。
「目標単体、往け」
クリスのオーラが隠岐乃の傷口を塞ぐ。さらに紫織は魔導書を開くと呪文を詠唱し、隠岐乃の回復を促す。
「キィィィィ……」
蟻はさらにモザイクを投げる。クララに向かって飛んでいくそれを、セデルが身を挺して防いだ。
「ありがとうございます」
クララはマインドリングから放たれる光の盾をセデルに授ける。
「防戦一方じゃあ、埒が明きませんね」
マリオンは右目を閉じた。
「何処にもないこの瞳は全てを見通します故、逃げることは不可能です」
解析データが蓄積していく。
「……蟻には、回復行動がない……機を見て、一気に押し切りましょう」
彼女はそう言うと瞳を開放する。グラビティに乗った情報はヒエルに伝達される。
「助かる」
ヒエルはことば少なにそう感謝を述べると、思い切り蟻の足に蹴りこみ、その一本を折ることに成功した。
蟻は数秒前まで見せていた余裕を失い、勢いに任せてモザイクを乱発するが、そのどれもが的を外しており、ケルベロスたちは完全にそれらを避け切った。
「じゃ、俺は守りを固めるぜ」
クリスの操るドローンが、前列二人のガードをさらに固める。
「それならわたくしは、押し切らせていただきますわ」
キサラは手に装備したマインドリングから光の剣を取り出し、5本になった足の1つに切りかかる。セデルはさらにそこに駄目押しするように一撃を加え、もう1本をへし折った。
バランスを失った蟻はケルベロスたちの方に首を垂れ、顔の半分近くを占める巨大な顎を震わせている。彼の頭だけでも、ケルベロス1人1人の身長よりもまだ大きいように感じられる。それが弱りながらもこちらを警戒しているのだ。さっきまでよりも頭が近い分だけ、警戒が必要である。むやみに切りかかって彼の攻撃の直撃を受けることだけは、避けなくては。
●お次は、どこがいい?
「ギィィィ……!」
さらに蟻はモザイクを飛ばす。今度はそのモザイクがキサラを襲った。キサラは間一髪致命的なダメージは免れたようだが、それでも距離が近かったせいか、傷口がはっきりと見えている。
「大丈夫ですか?」
クララの光の盾が、今度はキサラの傷を癒す。
「いえいえ、これくらいの傷、ご心配にはおよびませんわ」
彼女は瞳に怒りを燃やしながら、蟻に一太刀の斬撃を加えた。
「蟻さんにはこのまま固まってもらうのが一番かもしれませんね」
紫織が呪文を唱えると優し気な光が、蟻の頭部を包む。その光は、しかし敵の一部をかちりと固め、動きを鈍くさせた。蟻が石化に困惑しているすきに、ヒエルは彼にオーラの弾丸を放つ。
「まだまだ……!」
クリスははっきりと言うと、炎を纏った脚撃を浴びせる。
「あっはっはぁっ! 蟻酸ブチ撒けなぁっ!」
隠岐乃は満面の笑みでバスターライフルを乱射した。蟻にその弾丸がバスバスと体幹に突き刺さって、硬い外殻に風穴を開けていく。彼女の注文通り、ドリームイーターは体液を垂れ流して苦しそうに呻いている。あたりに、目が痛くなるような刺激臭が漂う。
「ここでっ……押し切るっ……!」
マリオンのバスターライフルが光弾を炸裂させる。
蟻も、最後の抵抗とばかりにモザイクを投げ飛ばす。クララに着弾するそのすんでのところ、光の盾を纏ったセデルが再び彼女をかばう。
「容赦しませんわ」
キサラはしかし、いたって冷静にそう言った。そして猛スピードで蟻に接近し、彼の体を何か所も切り裂いた。その傷口をヒエルの足技が狙う。また一本、足が折れた。さらにマリオンのオウガメタルが蟻酸の流れ出る傷口をさらに広げる。
「これで、終わりにしましょう」
紫織のオーラが、大地の精霊を呼ぶ。砂の蔓が、蟻を覆っていく。石化した顔が砕け、残された数本の足と胴とが切り離される。崩れ落ちる、蟻。
戦闘が終わった後も、あたりには蟻酸のにおいが残っていた。クララは鼻を覆った。
「しばらくは、このあたりに人間は近寄れそうにありませんね」
「そうだな」
クリスは同じように渋い顔をして、蟻の残骸を見ている。
「蟻酸はとっても危ないですから、近寄らないようにしましょう」とクララはケルベロスたちをもといた道へと引き返させた。キサラがちらと振り返ると、藪の中で、蟻の死骸が崩れ落ちて幻想的な光を放ちながら消えていくのが見えた。
「しかし、敵が思った以上に単純で、助かったな」
クリスは頭を掻いてそう呟いた。
「あいつに回復が無かったから、こうやって押し切って行くことが出来た」
「確かに、そうとも考えられる」
マリオンはそれに同意した。そして同時に、反論もした。
「だがその場合は、こちらも回復をしながらもっとじっくり追い詰めていくだけ」
「アタシはもっと手強いほうが好みだねえ」
隠岐乃は口元を抑えた。
「倒せないのは嫌いだけど、弱いのも嫌いだよ」
「悪い癖ですよ……相手はデウスエクスなんですから、弱くて、安全に排除できるに越したことはありません」
セデルが窘めると、「わかってるんだけどさあ」と声が上がった。
「いいじゃないの、それぞれの理由でケルベロスをやってるんだもの。楽しくやりましょう?」
紫織の声に、セデルは困った顔をしながら「うーん」と小さく唸った。
●痕跡探し
下山したケルベロスたちは、真っすぐ被害にあった少女の家へと向かっていた。ドリームイーターの痕跡を探るためだ。この手の事件が最近後を絶たないが、いずれもステュムパロスの痕跡は見当たらなかった。少しでも事件解決の糸口が見つかれば、と思ってのことであった。
「あの……わたし……」
少女は困惑した顔でケルベロス1人1人を見ていた。セデルは、ドリームイーターというタイプのデウスエクスに襲われて意識を失っていたのだ、ということを少女に伝えた。少女はいたって驚いていたが、次第に状況を呑み込めたようで、恥ずかしそうにうつむいたまま「ありがとうございました」とつぶやいた。
「それよりも」
ヒエルは少女の顔を見た。
「この部屋、最後に記憶があるときと、何か変わったところはないか?」
「変わったところ、ですか……」
少女は困惑したように首を傾げた。
「……別に、これと言ってないような気がします……」
ヒエルは表情を曇らせて、「そうか」と一言言った。
「怪我とかはないみたいですが、少しの間はお粥などを食べて、胃腸に負担がかからないように気を配ってくださいね」
クララは少女にやさしくそういうと、「ありがとうございます」と返事をもらった。
ケルベロスたちが彼女の家を出たとき、あたりはすっかりと暗くなっていた。
『手掛かりなし』。
まだ、ステュムパロスによる事件は続くのだろうか。確かにドリームイーターは倒せている。だが、ケルベロスたちの表情は決して明るいとも限らなかった。
「来るたびに、倒すしかないのよね」
紫織はそれでも場を和ませようと、そう言った。
「そう、ですね」
マリオンは小さくうなずいた。
作者:あずまや |
重傷:なし 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
公開:2016年12月6日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 3/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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