忍軍の屍隷兵~継ぎ接ぎだらけの狂人

作者:陸野蛍

●強さとは奪い繋げるもの
 とある廃ビルの一室で、その狂気の研究は行われていた。
「クキャ! こんなもんじゃ、まだまだ俺の力を強化するのには足りねえ! 冥竜ハーデスの実験記録でも残ってりゃ、もっと楽なのによ。アダムスの野郎も中途半端な素体を寄越しやがって」
 青白い不気味なオーラを発する腐敗した腕を斬り裂きながら、その卑しい顔を隠した異形の男は忌々しげに言う。
「まあ、いい。実験体はそれなりの数、持って来させたからな。こいつ等をバラして調べて、俺の身体に使えるようにすれば、俺は今より優れた存在になれる。屍隷兵……脆弱な人間のなれの果てが俺の役に立つとはな。ケヒャ! 裂いて、切り取って、繋げて、俺に使える部分だけ頂く。こいつ等を只の雑兵にするなんて勿体ねえ。どうせなら最高の有効活用してやろうじゃねえか! 俺の身体の一部分として永遠に生かしてやるからな。ケヒャヒャヒャヒャ!」
 狂った様に笑い声をあげる異形の男の周りには、人としての生を奪われ、繋ぎ合わされた命の集合体が何体も部屋の隅にうずくまり、男の狂気の声を恐れるでもなく……ただ聞いていた。
 彼等、屍隷兵はただ命が器に入っただけの存在になっていた……。

●終わらぬ屍隷兵の嘆き
「みんな! 大変なことが分かった。これから話すのは重要な依頼になるから、しっかり聞いてくれ」
 資料を片手にヘリポートに現れた、大淀・雄大(太陽の花のヘリオライダー・en0056)は、真剣な表情でそう前置きをし、ケルベロス達に説明を始める。
「冥龍ハーデスが生み出した、神造デウスエクス『屍隷兵』は、冥龍ハーデスの死と共に失われる筈だった。日本上陸を命令されていたヘカトンケイレスにしても、いずれ全てを駆逐出来ると思っていたからだ」
 冥龍ハーデスが死しても命令を続行し続けた、ヘカトンケイレスの多くは既にケルベロスの手で倒されている。
「でも違った。地球人を材料に手軽に戦力を生み出せる事に着目した螺旋忍軍が、鹵獲したヘカトンケイレスを元に、新たな屍隷兵を生み出そうとしている……いや、生み出していることが分かったんだ」
 螺旋忍軍は元々、ありとあらゆるデウスエクスの世界に潜み、その秘儀を盗み修得するべく活動を続ける強化忍者集団だ。ハーデスの実験結果を利用しようとするのは、彼等の理に適っていると言っていい。
「冥龍ハーデスみたいに、知性のある屍隷兵を生み出す事は出来ていない様だけど、知性の無いタイプの屍隷兵の完成には既に至っているみたいだな」
 屍隷兵の存在が発覚してから、まだ数カ月しか経っていない。このまま研究が進めば、どんな研究成果が生まれるか想像に難くない。
 そしてそれは間違い無く、地球にとって最悪な研究結果として世に出される事になる。
「螺旋忍軍は、現時点で完成した屍隷兵の最終テストとして、屍隷兵を使った襲撃事件を起こそうとしている。みんなには、この襲撃事件を阻止するだけでなく、屍隷兵の材料として拉致された一般人の救出、そして、屍隷兵の研究を行っている螺旋忍軍の研究者の撃破を頼みたい。ここで研究所を完全に破壊し、研究者である螺旋忍軍を撃破する事が出来なければ、更に強力な屍隷兵が生み出される事になる。そうなる前に、この事件を収束させてくれ」
 螺旋忍軍の勢力拡大という問題だけでは無く、屍隷兵の生産には人々の多くの命が材料として使われる。何としても、研究自体を終わらせなければならないだろう。
「みんなに向かって欲しいのは、ある廃ビルの一室。そこに、屍隷兵を自分の肉体強化に使えないかと研究している『傀骸』と言う螺旋忍軍が居る。傀骸は所謂研究者では無く、自分の身体強化にしか興味が無い悪逆非道な奴で、これまでも自分の肉体強化の為だけに、優れた肉体を持つ者を探し出しては虐殺し、その優れた部分だけを奪い取り自分の物として来た、異形の螺旋忍軍だ」
 傀骸は、強者から奪い取った幾つもの腕を持ち、体中に殺したモノの瞳を移植する事で彼等の瞳を自分の物にした上で永劫に虐殺を見続けさせると言う。同じく身体中を覆う口は、傀骸の歓喜と死者の嘆きを繰り返すと言う。
 趣味が悪いどころでは無い……常軌を逸している。
「だから、傀骸を研究者と考えない方がいい。戦闘狂もしくは狂人と考えるべきだ。傀骸の戦闘方法は、幾つも生やした腕での連続攻撃、身体中の目からグラビティを発する事での催眠攻撃、同じく口から呪詛を発する事でのパラライズ攻撃だな。あと、詳細は分かんないんだけど、傀骸は、呪布で素顔を封印している。その呪布の下の傀骸の素顔を見た場合、なんらかのグラビティ攻撃を受ける可能性がある、用心してくれ」
 傀骸以外にも、戦闘力が低く知性も無いが、戦闘可能な屍隷兵が4体居ることが付け加えられる。攻撃方法は、単純な打撃や毒液射出のみで威力は低いが、放っておけば傀骸撃破の障害になるだろうと雄大は口にする。
「この作戦の総指揮をとっているのは、ケルベロス襲撃事件の裏に居たアダムス男爵らしい。アダムス男爵が裏で動くことで、この研究は進んでたって訳だ。勿論アダムス男爵もこのまま放って置く気は無い。だけど、みんなには生きた人間を研究材料としか見ない、傀骸みたいな奴を一刻も早く撃破して欲しい。これ以上の犠牲が出ない様に……頼んだぜ、みんな!」
 ケルベロス達に向け強く拳を突き出すと、雄大はヘリオン操縦室へと乗り込んだ。


参加者
ユージン・イークル(煌めく流星・e00277)
ヒスイ・エレスチャル(新月スコーピオン・e00604)
フィルトリア・フィルトレーゼ(傷だらけの復讐者・e03002)
リーナ・スノーライト(マギアアサシン・e16540)
ポンコツ・ノエントリ(壊レ姫・e18457)
巽・清士朗(町長・e22683)
ユーキ・ラビッシュ(廃棄都市領主伯爵・e27159)
龍造寺・隆也(邪神転生・e34017)

■リプレイ

●潜入
(「……あの日からずっと考えていました。……何で生き残ったのが私だったのか」)
 自身の地獄の左脚を慎重に進めながら、フィルトリア・フィルトレーゼ(傷だらけの復讐者・e03002)は、心の中で呟く。
 この場所に居ると言う『あの男』に会えば、その答えは出るかもしれない……ずっと探し続けていた『傀骸』と相対する事になれば……。
「……見取り図によれば、このすぐ上に『傀骸』は、いるね。……奇襲も十分に可能だと思う、よ」
 スコープ越しの瞳を凝らし、リーナ・スノーライト(マギアアサシン・e16540)が言う。
 静かに頷くケルベロス達。
(「……己が手足を奪った相手との対峙。……感情を優先して然るべき」)
 巽・清士朗(町長・e22683)は、ヘリオン内でフィルトリアと傀骸の因縁を知った。
 フィルトリアの半身を、そして大切な人の命まで奪ったと言う『傀骸』……フィルトリアが感情のままに復讐を心に誓ったとしても、誰も責めまいと清士朗は思う。
 だがフィルトリアは『望むのはただ、これ以上の不幸を生まぬこと』だと言った。
 その言葉に偽りなど無いだろう……そしてその言葉は、フィルトリアの強さの表れと言っていい。
(「……ならば我らもただ、為すべきことを」)
 螺旋忍軍『傀骸』を止め、屍隷兵の研究を潰えさせる……その為に赴いたのだから。
(「……フィルトリアさんの、宿敵……宿敵……私は、覚えていません……でも……フィルトリアさんにとっての……仇敵……同胞、仲間の……仇敵……」)
 過去の記憶を地獄化する事で初期化した、ポンコツ・ノエントリ(壊レ姫・e18457)には、討ち倒すべき仇の記憶は無い。
 それでも、フィルトリアの話を聞き、ポンコツの『心』が一つの答えを導き出した。
(「……倒さなければ……なりません……」)
 例え、この身が傷つくことになっても……と。
「屍隷兵を螺旋忍軍が利用……傀骸はその研究者の一人って事だが聞いた限り研究者ではなく狂人か……。人間にとっては、危険極まる男。確実に排除しないとな」
 大きな体躯の気配を消しながら、龍造寺・隆也(邪神転生・e34017)が確認する様に口にする。
「ヴァラケウスと私も、狂人の撃破お力添えしますわ。世に出して良いものとは思えませんもの」
 相棒のボクスドラゴンがプラズマを発し戦意が高揚しているのを確認しつつ、ユーキ・ラビッシュ(廃棄都市領主伯爵・e27159)が言う。
「……この階段の上、扉を開けたら……すぐに傀骸の姿が見える筈……。傀骸に気付かれる前に……攻撃を……仕掛ける、よ」
 リーナは闇に溶ける様に気配を消しながら歩を進める。
 ……ケルベロス達の嗅覚に少しずつ、死臭が漂って来ていた。

●本心
「切って繋いで……材料だけは豊富だがよ、もう少し鮮度のいい素体は無かったのかねェ……。屍隷兵とやらは腐っててもいいんだろうが、俺の身体に使うなら、活きがいい方がいいんだがな……ケヒャッ」
 屍隷兵から切り取った、腕の複合体をメスで切り裂きながら、卑しい笑みを浮かべ『傀骸』がぼやく様に言う。
 その時、部屋に一つしか無い扉が開くと、大量のミサイルが室内に降り注ぎ、幾つもの爆発を起こす。
「ケキャ!?」
 思わず振り返った傀骸の足元の煙から、稲妻の輝きが奔るとナイフの切っ先が傀骸に生える数本の腕のうちの一本を刺し貫く。
「ケルベロス、そして……ユーキ伯爵、参上ですわ!」
 構えたロケットランチャーから煙を吐き出しながら、ユーキが猛々しく言えば、傀骸に刺したナイフを引き抜き、大きく跳躍するとリーナは傀骸との距離を取る。
「ケルベロスだと? ケキャ!」
 驚きこそあるものの、大したことでは無いかのように、呪布の下の口を歪める傀骸。
『ジャラリ』と鉄の動く音が響く。
「傀骸……ですか……。性質をよく現した名前だことで。あんまり趣味の悪い事をされると困るんですよねぇ……お仕事増えますし」
 黒鎖の陣を敷きながら、ヒスイ・エレスチャル(新月スコーピオン・e00604)が、ため息交じりに言う。
「まあ、面倒事が増える前に、しっかり退治させてもらいますけどね」
 言葉と同時にヒスイが黒鎖にグラビティを込めれば、黒鎖は輝きを放ちケルベロス達を護る力となる。
「ケルベロス、何匹いやがるんだ? ……死体を切り刻むよりこいつ等を切り刻んだ方が、良い材料になるかもな。てめえ等、起きやがれェ。あいつらの相手だ!」
 部屋の隅にうずくまる数体の屍隷兵に傀骸が言えば、屍隷兵達はゆっくりと立ち上がり、ケルベロス達へと突進して行く。
「キミ達の輝きはもう失われてしまっているねっ☆ それでも、最後の輝きをボクが覚えておくから、安心して眠ってねっ☆」
 屍隷兵の拳を受けつつ、そう言葉を発すると、ユージン・イークル(煌めく流星・e00277)は、縛霊手を突き出し、巨大光弾を撃ち出す。
 それに続く様に、ウイングキャット『ヤードさん』も屍隷兵に飛びかかる。
「……貴方方は……不幸……意志を持てず……戦う……」
 全身を地獄の炎で覆い尽くしながら、ポンコツは屍隷兵達を見つめ呟く。
「……苦しまないように」
 自分に出来る唯一の葬送は彼等を偽りの生から解放する事……ポンコツは静かに、旧式の固定砲台を自身にコネクトする。
「お前達が生まれたのは、お前達の所為じゃない……俺を、恨んでくれていい。……消えてくれ!」
 光輝く『聖なる左手』で屍隷兵の動きを止めると、隆也は漆黒の『闇の右手』を力強く屍隷兵にぶつける。
「しばしの間、俺の相手をしてもらおう」
 脛を削る様に傀骸の下段を狙い、清士朗は流星の軌跡を描く蹴りを放つ。
「当たんねえなあ。俺の目が簡単に捉えちまうよ」
 バネを活かし、跳ねる様に清士朗の攻撃を避けながら、馬鹿にする様に傀骸は言う。
「……あの日からずっと、あなたの事を探し続けていました」
 透き通った静かな声が戦場に響くと、煙舞う室内を冷気の光線が走った。
「……あの人が復讐を望まない事は分かっています。だから、これは最初で最後の私の我儘……誰の為でも無く、私自身の為にあなたを倒します!」
『望むのはただ、これ以上の不幸を生まぬこと』
 傀骸と対峙するまでは、それが彼女の嘘偽らざる本心だったのかもしれない……。
 けれど、仇が手の届く所いる……その事実が、彼女の……フィルトリアのもう一つの本心を爆発させた。

●狂人
「大詰めと行こうか」
 ポンコツの胸部から放たれたエネルギー光線が最後の屍隷兵の偽りの命を奪ったのを確認すると、清士朗は言葉と共に拍手を打つと空間を音で清め、折り紙の龍を護法として仲間達に付与する。
「……苦しまない様にしてあげられたでしょうか……?」
 胸部発射口を閉じながら、ポンコツは疑問符をホログラム文字として浮かび上がらせる。
「……あなたには……不要な配慮だと……想いますけれど……」
 屍隷兵に向けた感情とは真逆の心を生みながら、ポンコツが傀骸に言う。
「雑魚蹴散らしたくらいで、勝った気になってんじゃねえよ。バァーカ。ケヒャ! 俺の攻撃を喰らい続けてるだけの能無しが」
 心底馬鹿にしたように傀骸が言うが、その言葉は事実でもあった。
 ケルベロス達が、屍隷兵4体の一掃に要した時間は4分。
 その間、清士朗だけは傀骸の動きを封じようと攻撃を続けていたが、予想以上に傀骸の機動力が高く、傀骸を中々捉えられていない
 それに対し、傀骸の攻撃はユージン、フィルトリア、隆也、3人のディフェンダーがダメージを分散させても命中率が高く、ヒスイのヒールでダメージを軽減しても、グラビティの流れをかなり乱される結果になっていた。
「……ここからは、あなたを倒す事だけに集中出来る。……絶対に逃がさない……」
 竜の幻影を撃ち出しながら、リーナが決意の言葉を吐く。
「貴方は死を撒き散らす者……貴方だけは、ここで倒す……!」
「さて、私の継ぎ接ぎと貴方の継ぎ接ぎ、どちらが強いのかしら? まあ……使いこなせなければ意味がありませんけど?」
 挑発する様に笑みを湛えながら言うと、ユーキは追憶に囚われず前に進む者の歌を朗々と歌い上げる。
「お前等、俺に勝つ気かよ? 自分を知らねえって怖いよな? こいつ等もそう言ってるぜ!」
 身体中の口から、地獄の苦しみにも似た声をあげさせると、傀骸はその声に自身の笑い声を乗せる。
「あなた達の苦しみごと、癒しの雨が洗い流してあげます」
 ヒスイが宙に向かって手を伸ばせば、薬液の雨が辺りに降り注ぐ。
(戦闘狂と聞いてましたし、楽しそうなお相手……真っ向から戦いたかったと言うのも本音ですけど……今回は、私がしっかり回復を支えないと危なそうですね。フィルトリアの仇敵ですし……今回はサポートに徹しましょうか」)
 厄介な敵と言う事は、ヒスイも分かっていた。
 だからこそ漏れる本音もあれば、隠しても浮かんでしまう笑みもある。
「貴方の罪、私が断罪します……!」
 漆黒の炎を拳に乗せると、フィルトリアはあの日失った右腕を傀骸に降り下ろす。
「嬢ちゃんの拳じゃ、俺は捉えられねえって」
 フィルトリアの断罪の炎を軽くかわすと、傀骸は厭らしく笑う。
「思い出したぜ。その右腕と左脚は、俺に刈り取られた本物の代替品なんだろ?」
 傀骸が言葉を発する間も、ユージンのオーラの弾丸と隆也の刃の様な蹴りが傀骸を襲うが、当たったのはユージンの攻撃だけだ。
「お前らさ、二本ずつしか無い腕で俺に当たるとか本気で思ってるのかよ? そう言えば、嬢ちゃんの腕を刈り取った時、もう一人いた様な気がするな。この中に見知った腕はあるかい? キヒャヒャ」
 室内を軽やかに移動しながら、傀骸は身体に生える腕を可笑しげに、振ってみせる。
「……外道が。お前の様な者を生かしておけば、親しい人達が安心して暮らせない。……ここで滅ぼす」
 その様子に、隆也が怒りの声をあげる。
「……キミの瞳のギラつき、輝かしいね。……でも、星のような輝かしさは無いっ! ヤードさん!」
 何時にないユージンの怒りの声を聞くと、ヤードさんはリングを傀骸に向けて放つ。
「……私、あの人の事が大好きでした。強くて、優しくて、私に無いものを沢山持っていて……。あの人の傍にいられるなら他に何もいらない、そう思っていました……だからあの時……私を置いて逃げて欲しかった、あの人に生きて欲しかった!」
 フィルトリアが今まで誰にも言えず、心にため込んでいた胸の内を吐露すると、彼女の身体を巡る地獄の炎が一層と燃え上がり、フィルトリアの全身を覆う。
「ケヒャ。いいねえ、そう言う乱れた感情。自分が強くなる快楽の次に、俺を悦ばせてくれる。喪失感って言うのか? そう言う感情で押し潰されてる奴を見るのは大好きだぜ」
 傀骸の顔に付いた一つだけの口が下卑た言葉を発せば、その他の口は言葉とは言えない声をあげる。
「……今しばしその眼、開いていろ? 傀骸が最後を見届けさせてやる故に!」
 怒りを押しとどめながら清士朗が傀骸の瞳達に語りかける。
「陰陽の 和合を知らぬ 仕手はただ 片おもひする 恋にぞ……」
「兄ちゃんがその位置から動かねえのは、俺の逃走を警戒してるんだろ? 心配すんなよ」
 渾身の一手を傀骸に放とうとする清士朗に、傀骸は楽しげに言うと、あえて自分から清士朗との距離を縮める。
「お前1人ぐらい障害じゃねえからよ」
 清士朗の左右の双手突きは笑う傀骸の顔をかすめた。

●傀骸
「ひぃぃっ、あかんて!」
 小動物の様な声をあげるユージンだったが、勿論その心は恐怖に染まっていた訳ではない。
(「これで傀骸の嗜虐心を煽れれば、攻撃がボクに向く。そうすれば、清士朗を助けられる。……ヒスイ!」)
(「分かっていますよ、ユージン。すぐに魔術施術を!」)
 ヒスイが魔術の緊急手術で、清士朗のグラビティの回復を図るが、清士朗は回復しているにも関わらず膝を付いてしまう。
「瀕死の奴放ってお前なんか相手にするかよ? 相手して欲しかったら、纏めて嘆きを聞かせてやるよ」
 傀骸が言えば、傀骸の瞳達が目を瞑り怨嗟の声を響かせる。
「俺が盾になれば済むことだ」
 隆也が息も絶え絶えの、清士朗の前に駆け寄ろうとするが、傀骸は笑いを噛み殺しながら言葉を発する。
「お前、そっちの扉守ってたんじゃねえの? そっちから逃げちゃうかもよ?」
 傀骸の言葉が隆也に一瞬の躊躇を生む。
 ケルベロス達の襲撃から既に10分以上が経過していた。
 傀骸は、攻撃を清士朗に集中させながら、タイミングが許せば大勢を巻き込む嘆きと瞳の催眠を使い分けていた。
 ヒスイが中心に回復を重ねていたが、それでもエンチャントを除去しきれず、次第にケルベロス達の動きは制限されている。
 何よりも厄介なのは、ケルベロス達の攻撃が傀骸を捉えられないのだ。
 スナイパーである、リーナとユーキの攻撃は何とか命中していたが、他の者の命中率は、フィルトリアが放つオウガ粒子を受けても5割を切っていた。
「……私が……動けなくします……『障害脅威レベル測定』『攻撃プログラム起動』『"掃滅"準備完了』」
 ポンコツの無機質な声が室内に響けば、地獄動力式固定砲台から幾つもの弾丸が一斉掃射される。
 傀骸の周辺に爆煙をあげながら、弾丸が着弾していく。
「奥義、ライディングモード! 我が名はガラクタの領主ユーキ・ラビッシュ! ヴァラケウス、思う存分蹂躙なさい!!」
 ユーキが自身のグラビティ・チェインをヴァラケウスに分け与えれば、ヴァラケウスは騎乗竜の大きさに変わる。
 ヴァラケウスに飛び乗ったユーキは、傀骸目掛けて超重量の突撃を行う。
「どんなに機動力があっても……私の攻撃は、避けられないよ……」
 飛び上がると宙で一回転をし、リーナは傀骸に流星の軌跡を描きながら蹴りを入れる。
「ケヒャヒャヒャ! 十分楽しんだな。研究成果は回収済みだ。今日の遊びはこれくらいにしとくか。ケヒャ」
 煙が晴れると、傀骸は大窓に足を付けていた。
「待ちなさい!」
 フィルトリアがバスターライフルを構えながら、傀骸に向かって叫ぶ。
「待たねえよ。研究施設がこんだけ荒れちゃあ、ここに居る必要性もねえ。データさえありゃあ、俺は強くなれんだよ」
「螺旋忍者の忍術が刻み込まれたこの身体、欲しくないですか?」
「螺旋忍者の身体を切り刻みまくった俺に、そんなサンプルが魅力的に映るとでも本気で思って言ってんのか?」
 ヒスイの言葉に呆れる様に返すと、傀骸はケルベロス達に背を向ける。
「心配しなくても研究が進んだら、また遊んでやるよ。その時は俺の素顔も見せてやれるといいなァ。じゃあな、地球のカス共」
 それだけを言い残すと傀骸は、旋風となって姿を消す。
「…………傀骸」
 フィルトリアの苦渋に満ちた声が、死の香りを残した室内に空しく響くのだった……。

作者:陸野蛍 重傷:巽・清士朗(灯・e22683) 
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年12月13日
難度:普通
参加:8人
結果:失敗…
得票:格好よかった 5/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 5
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