忍軍の屍隷兵~禍つ月より吹き荒ぶ

作者:天枷由良

●飄風
 幾人もの人命を救い上げたであろう病院。
 今は廃れて、寄るものがないはずの場所に、不穏な気配があった。
「ひーまーだーなー……命令だからしょうがないけど、警備とかさぁ、つまんないよ」
 屋上。空っぽの貯水槽に腰掛け、足を揺らす少女が一人。
「あぁ、殺したいなー。殺したいなー。誰でもいいから殺したいなー」
 少女が呟く度に、屋上を刃のように冷たく強烈な風が吹き抜ける。
 その物騒な言葉と合わせ、殊更に異常を感じさせる光景。
 しかし、少女の足下に立つ五つの人影は、微動だにせず。
「れぶなんと、だっけ。こんなの作ってて何が楽しいのかなー。人を殺してる時のほうがずっとずっとずーっと楽しいのに。ぶすっと刺してさくっと斬ってバラバラにして――」
 両手に小刀を弄びながら独りごちていると、そのうち少女は、けらけらと笑いだした。
「あはっ♪ もう、なんでもいいから降ってきたりしないかな。殺してあげるから♪」
 再び笑い始める少女。その声を、風が掻き消していく。

●忌まわしき島の名残
 屍隷兵。
 月喰島の人々を用いて冥龍ハーデスが作り出した神造のデウスエクスは、その創造主の死と共に失われると思われていた。
「……けれど、そういう訳にはいかなかったみたいね」
 ケルベロスたちに語るミィル・ケントニス(ウェアライダーのヘリオライダー・en0134)の表情は暗い。
「地球の人々を材料に新たな戦力を生み出せる。そこに着目した『アダムス男爵』指揮のもと、螺旋忍軍による屍隷兵研究が進んでいるようなの」
 屍隷兵の残党だったヘカトンケイレスを鹵獲することで始まった研究は、既に一定の成果を上げているらしく、知性を持たない屍隷兵を完成させるにまで至ったようだ。このままでは、じきに冥龍ハーデスが生み出していた、群れを指揮するほどの知性を有する個体も作り上げてしまうことだろう。
「螺旋忍軍は屍隷兵の材料にする一般人の拉致、そして完成した屍隷兵の運用テストなども行うつもりのようだけれど、根本的な解決を図るには研究自体を止めなければならないわ。そこで皆には、研究施設の一つ……中でも最大規模のものだと思われる、地方の廃病院へ向かってもらいたいの」
 廃病院で研究を行っているのは『禍つ月のハクロウキ』と呼ばれる螺旋忍軍だ。
「屍隷兵研究の中核を担う存在であり、彼を討たなければ研究は進み続けるでしょう。万が一にも逃がすことのないようにして貰いたいのだけれど……」
 そんな重要人物が、たった一人でのうのうと過ごしているわけもない。
「廃病院の各所で、ハクロウキ配下の螺旋忍軍が侵入者の警戒にあたっているの。これらを突破してハクロウキを討つため、廃病院には全六班で突入することになったわ」
 ケルベロスたちの突入路は、同時にハクロウキの退路でもある。全ての班が警備の螺旋忍軍を撃破して進むことで逃げ道を塞ぎ、ハクロウキを追い詰めていくことが出来るだろう。
「皆には、屋上から突入を図ってもらうわ。ここで院内へ続く扉を守っているのは、屍隷兵5体と、螺旋忍軍『実験体777号』よ」
 屍隷兵の戦闘力は、ケルベロスたちが1対1で当たっても互角以上に戦える程度。
「問題は『実験体777号』の方ね。名前の通り、自身もハクロウキの実験体であった少女。暗殺や乱戦を得意とし、人を斬ることを快楽とする異常者よ。風を自在に操る力を持ち、目にも留まらぬ速さで戦場を駆け回る一方、乱戦の中で狙った敵を仕留めるだけの腕も備えているわ」
 その性格上、お供の屍隷兵たちはせいぜい壁役扱いで、自身の手でケルベロスたちを葬ろうとしてくるはず。
「動きに翻弄されないよう、此方も的確に攻撃を加えて弱らせていくべきでしょう。……この警備を突破したら内部に突入するわけだけれど、ハクロウキ自身も多くの屍隷兵を連れているはずよ。加えて、狡猾残忍な性格から、何を仕掛けてくるか分からないわ」
 他班との連携はもちろん、院内へ侵入した後、そしてハクロウキを目の前にした時ですら一分として隙を見せないないよう、慎重に追い詰めなければ、撃破出来ないだろう。
「……ハクロウキを取り逃し、屍隷兵の研究が進んでしまえば、あの月喰島にいたような、元の人間の姿や知性を持つ屍隷兵が生み出されるかもしれないわ。それは月喰島の悲劇を繰り返させるだけでなく、人から作られたものが人を殺すという、より悲惨な未来を呼ぶでしょう。それを防ぐことが出来るのは、貴方たちだけ。必ずハクロウキを撃破して、研究を止めてちょうだい。お願いね」


参加者
鬼屋敷・ハクア(雪やこんこ・e00632)
霧島・絶奈(暗き獣・e04612)
ランジ・シャト(舞い爆ぜる瞬炎・e15793)
朝影・纏(蠱惑魔・e21924)
キーア・フラム(黒炎竜・e27514)
フローラ・スプリングス(小さな花の女神様・e29169)
シャルトリュー・ハバリ(見習いメイド・e31380)
ブラン・バニ(トリストラム・e33797)

■リプレイ

●風の娘
 冷たい風が頬を撫でる。
 緊張した面持ちのブラン・バニ(トリストラム・e33797)は、シャーマンズゴーストのノワさんに半ばしがみつく形で、ヘリオンから飛び降りた。
 廃病院の屋上は、あっという間に迫る。次々と降り立つケルベロスたちの最後にブランが着地を果たせば、そこには五つの異形と、貯水槽に腰掛けて足を揺らす少女が一人。
「……まるでゾンビ映画ね」
 唸る屍隷兵を前に、ランジ・シャト(舞い爆ぜる瞬炎・e15793)が呟く。居並ぶ朝影・纏(蠱惑魔・e21924)は人であったはずのそれを見据えて、にわかに表情を険しくする。
「お願いしてみるもんだね。ほんとに降ってくるなんて♪」
 対する少女は、まるで少し早いクリスマスプレゼントを貰ったかのように声を弾ませた。
 立ちはだかる屍隷兵とは不釣り合いなほど、無邪気に笑って。
「ごきげんよう。777号さん……で、よろしいでしょうか?」
 メイド服の裾を軽くつまみ、片足を引いてシャルトリュー・ハバリ(見習いメイド・e31380)が挨拶がてら尋ねると『実験体777号』は綿毛みたいにふわりと浮き上がって、ケルベロスたちと同じ高さに降りてくる。
「うん。別に何号でもいいんだけどね」
 けらけらと笑いながら答えるその姿に、霧島・絶奈(暗き獣・e04612)は歪みを、無と等価値の笑顔を張り付ける己にも似たものを見取っていた。
「忍者の癖にそんな貧相な身体じゃ、男を色香で惑わすのは無理そうね。所詮は出来損ないってことかしら?」
 嘲りを込めたキーア・フラム(黒炎竜・e27514)の言葉にも、777号の笑みは崩れず。
「いろか……? よく分かんない。それよりさぁ、もっと楽しいことしようよ」
 ぴょんぴょんと身体を解すように跳ね回りながら、そう言ってのける。
「悪いけど、フローラたちに遊んでいる時間はないのよ!」
「えげつない研究を止めなきゃならないからね」
 フローラ・スプリングス(小さな花の女神様・e29169)と鬼屋敷・ハクア(雪やこんこ・e00632)が各々武器を構えると、777号は瞳を一層輝かせて短刀を取り出した。
 高ぶりを示すように、風が音を生むほど強く吹き荒ぶ。

●疾風の如く
「行くわよ」
 黒炎の翼を翻して、キーアが槍を天高く投じた。一つだったはずのそれは無数に分かたれて墜ち、庇い合う屍隷兵を貫いていく。
 呻く異形。その虚ろな目を、ランジが放つ輝く粒子と共に白いエプロンが彩る。
「少々、はしたないとは思いますが」
 躊躇いがちな言葉とは裏腹に、シャルトリューは鋭く足を振り上げた。
 本来なら愛銃から放たれるべき、停滞を与える術式弾を合間に挟んで屍隷兵の頭を蹴りつけると、返ってくるのは死を匂わせる不快な感触。
 それでも淑やかさを損なわずに退けば、今度は黒い弾丸のように飛び込んだ纏が貫手を差し込んで中身を掴み、腰を捻りながらもう一方の手で掌底を叩き込む。
 屍隷兵は凄まじい速度で突き飛ばされ、空の貯水槽に埋まった。
 間隙を縫ってハクアのドラゴンくんが灰を散らしつつブレスを吐きつけると、異形は力をなくして崩れ落ちる。その様子を睨めつけながら纏が足下に置いた臓物も、程なく脈動を止めて形を失っていく。
「うわぁ、すごいすごい♪」
 777号が呑気な歓声を上げた。傍らで混乱して同士討ちを始めた屍隷兵に、絶奈とテレビウムが攻撃を加えていることなど意に介さず。
「ずいぶん余裕ね!」
 フローラが回り込むように動いて、ドラゴニックハンマーを構えた。
 超鋼金属製の鈍器は砲撃形態に姿を変え、竜の雄叫びの如く猛って破壊の力を吐き出す。
 空を裂いて一直線に飛ぶ砲弾は忍びの少女へと迫り――炸裂することなく、彼方へ。
「ねー、それ重たくない?」
 心臓が飛び上がりそうになるのを抑えて、声の聞こえた方とは逆に跳ぶフローラ。
 肌が触れるほどに近づいていた翡翠の瞳は追ってくることもなく笑うだけだが、代わりに屍隷兵が二体ばかり、その小さな身体に齧りついた。
「動いちゃダメ。じっとしてて」
 ハクアが縛霊手を向けて巨大な光弾を放つも、777号は風へ溶けるように消え失せる。
 そして歪んだ貯水槽の上に舞い降りると、腕を突き出した。
 視認できるほどに、うねり、揺らぎ、渦を巻く大気。
 まるで魔法のような現象の意味を、ケルベロスたちも察する。
 しかし風を生む素は、あらゆる所に存在している。放たれた烈風は瞬く間にフローラを押し潰して、シャルトリューを絡め取っても止まず、纏にまで牙を剥いた。
「させるかっての!」
 自身も狂風に嬲られながら、気合で足を動かして黒セーラーの娘に覆い被さるランジ。
「――っ!」
 ブランが声を上げるも、荒れ狂う大気に阻まれ届かない。ならばと覚悟を決めて再び口を開けば、奏でられた「紅瞳覚醒」は風に抗って広がり、仲間たちの心を奮わせる。
 歌を寄る辺にして、ケルベロスたちは耐えた。
「……ありがとう、ランジ」
 やがて嵐が過ぎ去ったあと、庇ったものには傷一つない。
 その様子にランジが安堵したのも束の間。
「あはっ♪」
 777号が詰め寄って、短刀を振りかざした。
 ランジは咄嗟に『グリーフファング』――悲憤の念を宿す剣を構える。しかし目の前から来るはずの斬撃は、真横から伸びて肉を裂いた。
 すぐさま痛みの届けられた方に視線を向けるも、身体がついてこない。
「ねぇどのくらい斬ったら死ぬ? もっと斬っていい? 斬るよ?」
「ったく、ちょこまかと!」
 声を追う度に、ランジの身体は斬り刻まれていく。
 ノワさんの祈りに癒やされながら堪え、紅い双眸でようやく敵の姿を捉えた時、それは遥か彼方で笑い声を上げていた。
「……まるで鎌鼬だね」
 ハクアの顔が強張る。
 一撃当てれば足を止めることも出来よう。しかし眼力で見る値は随分と頼りない。
 ボクスドラゴンのふーくんから属性注入を受けて立ち直ったフローラにしても同じ。それでもと撃ち出すオーラの弾丸にハクアも凍結光線を合わせるが、どちらも託された使命を果たすことなく空へと消えていった。
 歯噛みする二人を眺めて、少女の形をした怪物は口元を歪める。

●飄風は日を終えず
「あははっ♪ 楽しい、楽しいね?」
「ちっとも楽しくないわ!」
 四方から聞こえる声と共に、襲いかかる斬撃。
 力強いものではない。しかし、どれもが的確に急所を突いてくる。
 防具で備え、ブランたちから回復や強化を受け、守勢に立つことで耐えられてはいたが、フローラは敵を消耗させようとする狙いを全く果たせずにいた。
 せめて『小さき者の囁き声』を聞かせることが出来ればとハクアは考えるも、そのまじないは届かない。やむなく繰り出した飛び蹴りは、虚しく空を切る。
「まずいわね……早くあれを片付けるわよ、オーガ!」
 仲間の様子を見やって、キーアは拳を覆うオウガメタルに呼びかけると屍隷兵に殴りかかった。勢いよく拳をぶちかませば、衝撃で柔らかになった腹を纏が抉り取って、シャルトリューが術式弾付きの蹴りで叩き伏せる。
(「あと三つ……」)
 その内の一つを退けたなら、残りは捨て置き777号へ。
 絶奈はハンマーを振り上げた。
 目の前には、テレビウムとドラゴンくんに攻撃される屍隷兵。
 ランジが起こす色鮮やかな爆発に背を押され、力強くも正確に振るわれた鈍器は敵を叩き潰して床の染みに変える。
 そのまま詠唱を始める絶奈。笑みが歪むにつれて眼前の魔法陣から姿を見せる輝きは、しかし777号を捉えることなく屍隷兵を突き滅ぼした。
「あっぶなーい! でも、おねぇさんとは仲良くなれそうな気がする♪」
「……そうですか」
「えー、反応うっすいなぁ。楽しくないの?」
 空間を切り取ったように、彼方から笑顔の少女が迫る。
 間に居るケルベロスたちを物ともせず、一瞬で詰め寄られては斬られるのもやむなしと、絶奈は身構えた。
 だが、その身体に刃は届かず。代わりに金属の打ち合う音が響く。
「いい加減にしなさいよ……!」
 小刀を受けたグリーフファングに地獄の炎を移して、ランジは力の限り叩きつける。
 しかし腹立たしいことに、渾身の一撃は床を砕くだけ。
「あんたは斬り飽きちゃったから、死・ん・で? ひゃはっ♪」
 咄嗟に身を捻ったが、刃は肩口へ深々と突き刺さる。それを深く埋め込むように回しながら、もう一本の小刀で抵抗するランジを執拗に斬りつけた777号は、興奮のあまり絶叫すると風に乗って高く舞い上がった。
「ランジ!」
「僕とノワさんに任せて!」
 膝を折った友の身を案じる纏を制して、ブランが白い鳥に似た光を呼ぶ。戦いの中で堂々たる振る舞いを見せ始めたサキュバスの少年に従い、纏は竜の幻影を空に解き放った。
 フローラのビーム、ハクアのレーザー、ドラゴンくんのブレスも後を追って飛んでいく。
 それら全てを当たり前のように躱して、瞬く間に地へ戻ってきた777号は浅い呼吸を繰り返しながら笑い狂う。
「悪ふざけが過ぎるわよ。……キキョウ!」
 敵を絡め取ろうとキーアが攻性植物を伸ばし、シャルトリューは白銀の装飾が施された短槍を突き出す。777号をついに捕らえるかと思われた攻撃は、半ば強引に引き寄せられた最後の屍隷兵を締め上げ、貫いた。
「次は誰? 誰が死ぬ? 斬られる? あは、あはははっ、楽しい! 楽しいなぁっ!」
 誰一人として、風を捕らえることなど出来ないのだ。
 777号は驕り高ぶった笑いを響かせながら跳び――。
「――今です、絶奈さん!」
 ブランが声を上げた瞬間。
 絶奈から流星を落とすような蹴りを喰らい、地べたを転がった。
「っ……な……」
「貴女を作った人から教わりませんでしたか? 楽しい時間は、いずれ終わるものです」
 苦悶と驚愕に染まる顔で見やった空を覆う、絶奈の柔らかな笑顔。
 その向こうから、ブランに放たれたオウガ粒子が雪のように降り注ぐ。
 粒子の力で覚醒した超感覚が絶奈の狙いを更に研ぎ澄ませ、ついに風を捕まえたのだ。
「もう逃さないわ!」
 ふらりと立ち上がる777号に、フローラが轟竜砲を放つ。
 躱せるだけの余力はあった。けれど肝心な時に、風は助けてくれなかった。
 竜砲弾の直撃に合わせて、ハクアも蹴りつける。
 強烈ではない。だが、その蹴撃は敵の最たる武器を根こそぎ奪っていく。
 それでもまだ信じられないと、見開いた777号の目に映る黒炎。
「罪も無く踏みにじられた人達の命と想い……その身に受けなさい!!」
 キーアの両掌から放たれた炎は、呪いのように纏わりついて激しく燃え盛る。
 しかし悲鳴を上げて悶えることすら、ケルベロスたちは許さない。
「やっと捕まえてやったわよ、このっ……」「ふふっ……捕まえたわよ」
 血を流しながらも敵の首を掴むランジと声を合わせ、纏が少女の腸の感触を確かめながら「シャル」と呼ぶ。
「これまでにございますね」
 がっちりと掴まれた敵に恭しく言って、シャルトリューはありったけの魔力を込めた術式弾を作り出し、蹴り込んだ。
 同時にランジの手から爆発が起き、纏の掌底が打たれ、ボロ屑の塊みたいになった少女は絶奈の足元に戻ってくる。
 じっと見下ろせば、まだ微かに息があった。
「……せめて、これ以上苦しむことのないようにして差し上げます」
 優しげな言葉と真逆の、狂気に満ちた笑みを隠すように広がる魔法陣。
 それを眺めて少女が零した言葉は、生命の根源を思わせる槍の中へと消えた。

●そして、風の止んだ先に
「――駄目ね、通じないわ!」
 フローラが首を振る。
 何かで妨害されているのか、他班との連絡は取れそうにない。
 その場合の取り決めに従って、ケルベロスたちは院内へ突入することにした。
 求めるは首魁、ハクロウキ。非道な研究を行う以上はそれらしい設備のある所にいるはずだと当たりをつけて進む彼らは、やがて異質な空気を漂わせる地下への階段に辿り着いた。
「霊安室、ね」
 纏が呟く。欠けたプレートに辛うじて残る文字の跡が、先に何があるのかを示している。
 屍人を扱うには尤もらしい場所だ。他班の姿はまだ見えないが、ケルベロスたちは階下の様子を伺いに向かった。
「……? 何か、聞こえます」
 ブランが囁くまでもなく、歩を進めるにつれて耳へ届く音。
 それを啜り泣く声だと理解した彼らが見たものは――牢に閉じ込められた数人の子供と、霊安室を埋め尽くさんばかりの屍隷兵。
 二十は超えているだろうか。流石に飛び込むのは躊躇って、一旦階上まで退いたケルベロスたちの脳裏に確信めいた考えがよぎる。
 これだけ厳重に守られているのだ。……まごついては、討ち損じるかもしれない。
 他班に居所を知らせるべく、フローラがハンマーを振るおうとした、その時。
「何か発見しました?」
 職員用入口がある方から、ケルベロスたちが近づいてくるのが見えた。
 更には正面玄関からも。
「この先に屍隷兵が沢山いるの! きっと、ハクロウキを守っているのよ!」
 フローラが集った者たちに言って、階下を指差す。
「子供も何人か捕まってたよ。わたしたちだけじゃと思ったけど……」
 ハクアは、ぐるりと見回して続けた。
「これだけ揃ったのなら、心配いらないね。一気に突入しよう」
「問題ない、進もう」
「ああ、任せとけ」
 レプリカントの男が頷き、ドワーフにしては大きい女性から不敵な笑みが返される。
 ケルベロスたちは手早く態勢を整え、フローラが立てた爆音を合図にして階段を下りると、灯りを投げ入れて霊安室に雪崩込んだ。
「あの子に比べたら、鈍間もいいとこだね」
「纏めて串刺しにしてあげる!」
 ハクアが巨大な光弾を放ち、キーアは無数の槍で屍隷兵を貫く。
「やはり、銃を持ってくるべきでしたね」
 齧りつく屍隷兵を切り伏せ、シャルトリューは服についた肉片を払う。
「かくれんぼはおしまいよ! 出てきなさい!」
 ハクロウキの姿を探しながら、フローラは轟竜砲を撃ち放った。
 他班のケルベロスたちも、斬りつけ、蹴り飛ばし、砲撃を浴びせて一挙に畳み掛ける。
「遅くなって悪い、俺たちもいくぜ!」
 程なくやってきた別班のケルベロスも加わって、屍隷兵は一人残らず殲滅されていく。

 しかし――。
「兜の怖い人はいたよ……」
「ケルベロスさんたちが来るより前に出て行ったけど……」
 解放された子供たちの言葉に、ケルベロスの表情は固くなる。
 彼らが求めた者は、もう脱出しているというのだ。
「どういう事よ……!」
「……私たちがそれぞれに突入と捜索を行ったところで、空いた退路――777号たち実験体が守っていたいずれかの場所から、逃げ果せたということでしょうか……」
 怒るキーアの黒翼が揺らめき、シャルトリューは首を傾げる。
 病院内をくまなく調べ回っても、敵の行方は知れず。
 今のケルベロスたちには、これが禍根とならぬよう祈るしかなかった。

作者:天枷由良 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年12月13日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 7/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 0
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