シュガークラフトは譲れない

作者:あずまや

 ビルの隙間の日陰で、ミス・バタフライはささやいた。
「あなた達に使命を与えます」
「はっ」
 2人の男が彼女の前で膝をつき、話を聞いている。
「この街の端っこの方に、クリスマスケーキ以外は作らない若い男のパティシエがいるそうよ。シーズンオフは何をしているのかしら」
 あはは、と彼女は笑った。
「まずはその職人と接触し、仕事内容を確認してちょうだい。それからその技術を盗んで、殺害しなさい。グラビティ・チェインは略奪してもしなくても構わないわ」
「かしこまりました」
 片割れが頭を深々と下げた。
「ミス・バタフライ、この事件も、我々が地球を支配するために必要な1つの行為なのですね」
 もう片方が目をしかと見開いた。
「ええ」
 ミス・バタフライは不敵にほほ笑む。
「頑張ってちょうだいね。失敗は許されないわよ」

「ジングルベール、ジングルベール、すずがーなるー、っとぉ」
 高松・蒼(ヘリオライダー・en0244)は口角をくいと上げた。
「ミス・バタフライっちゅう螺旋忍軍が動き出したらしい。大義・秋櫻(スーパージャスティ・e00752)さんの予測した通り、クリスマスケーキ以外作らへんパティシエさんらしいんやが……。えらい変わったお人やのう。敵はこの人の下で修行して、仕事のスキルを手に入れる。そん後にこのパティシエの兄ちゃんを殺すらしい。ホンマ迷惑なやっちゃなぁ」
 蒼はため息を漏らす。
「デウスエクスに兄ちゃんが殺されてしまうんは、止めなアカン。パティシエさんの命を守り、螺旋忍軍の撃破を頼んます!」

「今回の螺旋忍軍の目的は、あくまでもパティシエさんの仕事のスキルや。自分らを囮にするんやったら、それなりの修行が必要かも分からん……。自分らが兄ちゃんと接触できるんは、事件が起こる3日前や……囮になるための修行、相当キツいやろなぁ……。それと、職人さんは事前に避難させたらアカンで。敵の矛先が変わると、向こうが現れんことも考えられる」
 蒼は頬を膨らませている。
「敵は2人。それぞれ相当に訓練を積んどるらしい。囮作戦は難しいかもしれへんが、成功すりゃあ正面対決よりは戦力を分断できる分、楽に戦えるやろな。正面対決、囮作戦、どっちがええかは、お任せや」

 蒼は空を見上げた。。
「敵はどちらも螺旋手裏剣を装備、どっちもかんなり素早いみたいや。彼らが襲撃に来るケーキ屋は、街からかなり外れた場所にあって、それなりに狭い店らしい……。平屋の建物に、ショーケースが置いてあって、って感じやな」
「店の外に出て戦うっちゅうことになると、ケーキ屋にやってきたお客さんにも被害が拡大するかもしれへん。できるだけ建物の中で戦ってほしいんやが、パティシエの兄ちゃんのこともあるしなあ……ホンマ余計なことしよるで、奴らは」

「ミス・バタフライどんな未来を予想しているのか、それは誰にも分れへん。どうせ手下の奴らも同じや。せやけど、あの女の読みが当たって地球がデウスエクスの手に渡るようなことは、絶対に回避せなアカン。パティシエの兄ちゃんの命を守り、ミス・バタフライの策略を潰してぇや!」


参加者
叢雲・蓮(無常迅速・e00144)
秋草・零斗(螺旋執事・e00439)
レクシア・クーン(咲き誇る姫紫君子蘭・e00448)
シェイ・ルゥ(虚空を彷徨う拳・e01447)
ラームス・アトリウム(ドルイドの薬剤騎士・e06249)
ジェンシャン・タイギ(ハイパージャスティ・e23853)
折平・茜(エスケープゴート・e25654)
リリー・デザイア(耽美なりし幻像・e27385)

■リプレイ

●パティシエ修行
「え、ぼくが狙われてるですって?」
 若いパティシエは困惑の表情を浮かべた。それも無理はない。一般人が突然「あなたは命を狙われている」と言われるなどということは、まるで普通ではない。
「そうなのよ。このままだと、あなたの人生は残り3日よ」
 リリー・デザイア(耽美なりし幻像・e27385)はうっすらと微笑みをたたえている。
「わ、笑い事じゃないですよね……」
 ケルベロスたちがこぞって店に押しかけて注意を促しているのだ。これが冗談なら、これほど質の悪いものはない。ジェンシャン・タイギ(ハイパージャスティ・e23853)はカウンターに体を預けて「そういうわけで、あたしたちにケーキ作りを教えてね!」と言った。
「え?」
 青年は再び困惑している。
「ぼくの命が狙われているのと、ケーキと、どう関係があるんです?」
「それはね、お兄さんのケーキ作りの腕前が狙われてるからなんだよ」
 叢雲・蓮(無常迅速・e00144)は柔らかく首を傾げながらそう告げる。
「ケーキの腕前……」
 彼はそこまで言って、「まあ、よく分かんないけど……うん」とうなずいた。
「ちょっと、オーナーに聞いてきます。この店もそんなに広くないし、何より今はクリスマスケーキの発注が大忙しで、ほとんど未経験の皆さんの指導にまで手を回せるか……」
「キミは、自分の命と客のクリスマスケーキを天秤に掛けるのか?」
 シェイ・ルゥ(虚空を彷徨う拳・e01447)のことばに、青年は苦々しく笑いながら「それが、ぼくの生き甲斐なんで」と返した。
「すごいですね」
 折平・茜(エスケープゴート・e25654)は表情を変えずにそう言った。

「とりあえず、午後7時から翌朝までの時間は、自由に使っていいそうです」
 店の奥から戻ってきたパティシエは、それでも少しだけ安心したように言った。
「午後7時からは追加でケーキを焼くことはしないし、翌朝の仕込みが始まるまでは、このお店の中は無人です。その間だけなら、使ってもいい、と」
「わかってないな」
 ラームス・アトリウム(ドルイドの薬剤騎士・e06249)はガラにもなく熱くなった。
「あなたの命がかかっているんだ。店長にそう伝えたのか?」
「ラームス様」
 秋草・零斗(螺旋執事・e00439)が彼を制した。
「仕方ありません。この時期にお店の営業を止めてしまっては、大損害が発生してしまいます。3日の間に全力でケーキ作りの極意を習得し、作戦を成功させましょう」
「そうするしか、ないようですね」
 レクシア・クーン(咲き誇る姫紫君子蘭・e00448)はまっすぐな瞳でパティシエを見た。
「皆さんにご指導する時間は、昼間働いている人間がいませんから、8人全員が中に入れますよ……まあ、そうなると教えにくくはなってしまうのですが」
「それならボクはパス……作って余ったケーキ、食べに来てもいい?」
 リリーはそう言う蓮の頭をぽふぽふと叩きながら「私も同じく。細かい作業はキライなの」と言った。
「わたしはみなさんのお手伝いを」
 茜はさらに「卵や小麦粉だって、お店のものをお借りするわけにはいきませんでしょう」と付け足した。
「それじゃあ、決まりだね!」
 ジェンシャンが明るく笑うと、まるで命のかかった作戦だとは思えないほどに、空気が澄み渡っていった。

●引き取り開始!
 うーん、とパティシエはうなっている。
「悪くはないけれど、ねえ」
 5人の作ったケーキは、確かに見た目は悪くない。むしろその辺で売っているケーキよりは随分おいしそうにさえ見える。だが、この天才パティシエの目には、至らない点がいくつも見えているらしい。
「このシュガークラフト、これがクリスマスケーキの出来を左右する、とぼくは思っているんだよね」
 彼がどうしても気にしているのは、ケーキの上に乗っかっているサンタクロースの飾り物だった。
「それ以外は、完璧に近いと思うんだけど……」
 蓮は余されたケーキを頬張りながら「こんなにおいしいのに」と、聞こえないようにつぶやいた。5人が3日間で作ったケーキは、ゆうに40基を超えていた。1つ1つはちょうど1人か2人で食べる用の大きさしかないが、それが40ともなると、とんでもない量になる。
「しかし、さすがに飽きましたわね」
 リリーもどこか遠くを見つめている。
「まあ、でも」
 パティシエはうなずいている。
「本物のパティシエが見れば分かるかもしれないけれど、普通のお客さんだったら大丈夫かな……」
 彼は自信なさげにそう言うと、「いいかな」と言った。

 午後5時。冬の日の終わりは早く、すでに店の外は暗くなっている。ケルベロスたちは店の中でケーキを選ぶ風を装って、一般客になりすましている。すでにラームスの殺界形成によって、ほかの客はそそくさと店を出て行っていた。あとは、螺旋忍軍の到着を待つだけである。

 やがて、カラリ、と鈴の音がした。
「すみません」
 入ってきた2人組の男の片方が、声を上げた。
「なんでもここに、クリスマスケーキばかり作られる職人さんがいると聞いて、やってきたんですが」
 全員の背筋が、びしりと伸びた。
「ああ、それは私のことでございましょうか」
 零斗がカウンターの内側で優しく微笑んだ。丁寧な物腰は付け焼刃のものではない。
「ちょいと、おたくのその『作品』、見せてほしいんだ」
「構いません。こちらにご用意してございます」
 ショーケースの中には、昨晩から5人が作ったケーキが並べられている。
「ふうん……どれもおたくが作ったのかい」
「いえ、わたくしが作ったのはこちらでございます」
 このおかしな2人組が螺旋忍軍でまず間違いないだろう。カウンターの内側にいるパティシエに扮した零斗、そして従業員に扮したラームス、レクシアは黙って仕事をしているふりをする。熱心にショーケースの中を見る螺旋忍軍に気づかれないよう、ケルベロスたちは静かに装備を展開する。
「ほお、綺麗なもんだ……俺ぁ、ケーキなんてのは滅多に食わないんだが、その俺が見ても、こりゃ一等品だって、わかるねぇ」
 螺旋忍軍の男があごの下に手をやって、満足そうに笑う。
「兄さん、悪いが俺に、このケーキの作り方、教えてくれねぇかい」
 男がそう言ったのを確認して、すぐさま蓮は斬霊刀で蓮に斬りかかった。
「ぐあっ……ええぇっ?」
 斬られた男はよろめいて、ショーケースに体をぶち付ける。もう片方も、突然のことで何が起こったかわからないと言った風だ。カウンターの内側にいるラームスとレクシアは、本物のパティシエの青年や店員を、奥の部屋へと避難させる。
 その間にも、今しがた斬りつけられた男に、猛攻が浴びせられる。シェイのドラゴニックハンマーが男の脚を叩き潰す。
「こっちを向いて下さい……恋愛を、しましょう」
 茜の伸ばした銅線が、男の腕に絡みつく。
「こんなになってしまわれては、殺意も何も無いかもしれませんね」
 零斗の強烈な思念が、目を白黒させ続けている男の胴で炸裂する。
「きっ、貴様っ……何者……」
 Eは体勢を立て直そうともがくが、そこに、奥から戻ってきたラームスの鎌による斬撃が加わって、彼は再び地に顔を付けた。さらに追撃とばかり、レクシアのゲシュタルトグレイブが彼の体に穴を開けていく。
「くそっ……ケルベロスかっ……!」
 相方がボロボロになっていく様を見せつけられた男は、ようやく状況を理解したらしい。背中から彼の胴体ほどもある大きな手裏剣を取り出すと、店の中にばら撒いた。
「お店の中で飛び道具など、非常識ですわ」
 リリーは彼女めがけて飛んできた幾つかのそれを避けながら言った。
「いったーい!」
 一方、蓮はばっくりと開いた傷口を反対の腕で押さえている。どうやら同時に三方向から手裏剣が飛んできたらしい。2つは見えたが、残りの1つを見落としてしまったのだ。
「アガートラム、手伝ってくれ……」
 ラームスはすぐさま、蓮に総合回復薬を吹き付けた。幸い、傷はそれほど深くなかったらしい。蓮はまた、いつもの笑顔に戻って、「ありがとう」と言った。
「あらあら……可愛らしい蓮様を傷つけるなんて、許せませんわね」
 リリーはそう言って右腕を掲げた。
「我が一矢は必中……堕ちなさい」
 その輝く矢は、まっすぐ崩れ落ちている男に向かって飛んでいく。ぶすりっ、と鈍い音がして「俺ぇっ!?」という反論の絶叫が店内に響いた。
「なんだ、まだまだ元気じゃん!」
 ジェンシャンはHJ9改・DRAGON-CANNON改二から光線弾を放つと、さらに男を爆撃。「た、助けて……」という男のうめき声を、相方である螺旋忍軍は無視した。
「ミス・バタフライをこれ以上失望させるわけにはいかないっ……!」
 だが男が必死の思いで放った一撃をジェンシャンはなんなく躱してみせた。
 茜のドラゴニックハンマーが、さらに弱った方の螺旋忍軍に砲撃を加える。
「個別撃破、でございますね」
 零斗は至って冷静に、彼に光を放つ脚撃を加えた。
「恨むなら非情な相方を恨むんだね」
 シェイの体を焔が覆っていく。
「南海の朱雀よ、焔を纏い敵を穿て」
 ぐあっ、と小さなうめき声が聞こえて、男はそのまま動かなくなった。

「お返しだーっ!」
 蓮は残された『元気な方の』男に斬りかかる。
「ぐっ、ちょ、待てっ……話せばわかるっ……!」
 毒を負った男は苦しそうにうめいた。
「ブリジット、行け」
 ラームスは全くそれに手加減する風もなく、シャーマンズゴーストに命じた。ブリジットと呼ばれた彼は、男に鋭く爪を突き立てる。
「あなたも、わたしと、恋愛、しましょう」
 茜の鋭き赤い銅線が、また男を襲う。
「ぐぉぉっ……だからっ……」
「私たちの絆を束ねたこの翼の前には、どんな言い訳も通用しません」
 レクシアはその背中に獄炎を宿し、男を焼く。
「敵性体捕っ捉ぅ~、躯体全武装ロック解除ー! フルバーストモード! ……これで、終わりにしてあげるっ!」
 ジェンシャンの身体に収納されていた全てのミサイルが、すでにぼろ雑巾のようになっている男に向かって飛んでいく。轟音のわずか前、「待って」というかすかな声が聞こえたような気もした。

●まだ早すぎるメリークリスマス
 ケルベロスたちは店内の片づけに奔走している。それほど大きく荒れはしなかったものの、手裏剣が壁に刺さっていたり、爆風で菓子折りが吹っ飛んでいたりと、やはり戦場であったことを隠し切れない惨状となっていた。
「まあ、命が助かって嬉しいけど、こりゃあ、明日から大変ですね」
 パティシエの青年は苦笑いした。
「いいじゃないか、変なパティシエ志願者は倒せたわけだし」
 シェイは煙草を火のついていない煙草を咥えながら、手裏剣を引き抜いた。
「煙草は禁止ですよ」
「だから吸ってないだろう」
「なんで咥えてるんです」
「そりゃあ、このあと外で吸うからだよ」
 シェイはにやりとして、手裏剣を手に持ったまま外へと出て行った。彼の持って行った手裏剣で、この店の片づけはほぼ終了。茜はその後姿を見送って、「自由ですね」とつぶやいた。それから青年パティシエを見て「おいしいケーキ、ごちそうさまでした。これからも、頑張ってください」とだけ言うと、シェイとは違う出口から、こちらもお店を出て行った。
 作戦が順調に行ったためか、被害も少なくて済んだようである。青年は随分と心配していたが、この分であれば明日の営業は問題ないだろう。
「すみません」
 リリーが、パティシエに声をかけたのは、それらの片づけがすべて済んだあとのことだった。
「……わたしも、実はちょっとやってみたかったのですが」
「え?」
 パティシエの青年は笑った。
「……特別ですよ」
「えー!」
 その2人の会話を、蓮が遮った。
「それならボクもやってみたい!」
「あなたはケーキが食べたいだけでしょう」
 レクシアが「ふふふ」と軽く笑うと、蓮は「バレた?」と言って満面の笑みを浮かべた。
「あんなに食べたのに、まだ食べたいのか」
 ラームスは眉を垂れる。
「あたしも、しばらくはいいかなー。でも、今年はお姉様にケーキを作ってあげられる!」
 ジェンシャンもどこか疲れを見せている。やはり3日の修行というのは、それなりに堪えるものがあるのだろう。
「シュガークラフト、シンプルですが、なかなか奥が深い。いい経験になりました」
 零斗は恭しくパティシエに頭を下げる。
「いえいえ……ケーキをお作りになるのは自由ですけど、ぜひ、うちで買って行ってください」
 店の外ではシェイの紫煙が空に消えていく。茜は店の柱になっている円柱状の冷たいアスファルトに背中を預け、すっかり暗くなった空に浮かぶ三日月を見上げていた。

作者:あずまや 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年12月7日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 4
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