忍軍の屍隷兵~幼子の行く末

作者:こーや

 そこは倉庫。周囲に人の気配はない。代わりに、人ならざるもの――9体もの屍隷兵が倉庫の警備をしている。
 しかし、暗い倉庫の中には人の存在感が。
「帰りたい……帰りたいよぅ……」
「なんで、なんで……」
 すすり泣く子供の声。あちこちで身を寄せ合っている。数はおよそ40人といったところか。
 全員、頬が瘦せている。部屋の片隅に寄せられた食器は子供用のものだとしてもひどく小さい。
 食事が命を繋ぐ最低限だけとなると、人の精神は疲弊していく。
 比較的年長の少年少女が年少の子供達を宥めようとはしているものの、彼らの顔は虚ろ。
 背を擦ってやったり手を繋いでやったりすることが今の彼らの精一杯。
 バタンッ! ドアを開くけたたましい音で子供たちは一斉に身を竦ませた。
 現れたのは、外を警備していた屍隷兵の一体を引き連れた、雌ライオンのような姿の女。一見すると愛くるしいが、嘲笑うかのような紫の瞳と、にんまりと笑う口元からは暗い印象がある。
「イイ子にしてた? さあ、今日のご挨拶をしてごらん」
 途端、全ての子供達が女から視線を逸らしながらも『こんばんは、アメシスト先生』とか細い声で口にした。
 ここに囚われてから、何人も連れ出された。喜んだ者は一人もいない。
 今も子供たちは震えている。
「ほらほら、もっとちゃんと言ってみなさい。挨拶ははっきり言うように教えたでしょう?」
 子供達を吟味していた女の視線が、一人の少年のもとで止まった。
「上手に言えたキミ。そう、葵、キミだ。キミにしよう」
「やだ……やだよ……。先生、なんでなの……?」
「こういう時の為のキミたちなんだよ? キミに拒否権なんてないんだ、分かるね?」
 連れていけ、と顎でしゃくって屍隷兵に促す。少年は悲鳴を上げ、なけなしの力で抵抗するも屍隷兵の行動を止めるには至らなかった。
 その間にも女は怯える子供たちを見渡す。わずかな間だが、顔が引き締まる。
「この研究の仕上がりを待てば、私の目的の足掛かりになるかもしれない……焦ることは無い、もともとゆっくりやってくつもりだったんだ。……『マスタービースト』よ、もうしばらくお待ちください」

 冥龍ハーデスが生み出した、神造デウスエクス『屍隷兵』。その存在は冥龍ハーデスの死と共に失われるものだと思われていた。
 しかし――。
「螺旋忍軍が、動きました」
 河内・山河(唐傘のヘリオライダー・en0106)の瞳には隠し切れない憤りがある。
 鹵獲したヘカトンケイレスを元に、新たな屍隷兵を生み出そうとしている事が発覚したのだ。
「地球人を材料に、手軽に戦力を生み出せる。彼らからすれば、好都合な話です。今はまだ、冥龍ハーデスのように知性のある屍隷兵は生み出されへんみたいですけど……知性の無いタイプは、すでに完成させているみたいです」
 螺旋忍軍は、完成した屍隷兵の最終テストとして、屍隷兵を使った襲撃事件を起こすつもりなのだ。
 山河は唐傘を閉じ、石突でこつりと地面を叩いた。
「皆さんにはこの襲撃事件の阻止と、研究そのものを潰してほしいんです」
 研究所の完全破壊と、研究者である螺旋忍軍の撃破が出来なければ、所を変えてまた同じ研究が続く。それは、より強力な屍隷兵が生み出されることに繋がる。
「私からお願いするのは、螺旋忍軍が材料にするつもりで監禁してる一般人の救出です。……この一般人は、子供です。倉庫に集められています。螺旋忍軍『アメシスト』が、自ら孤児院を開いて集めた子供達です」
 場所は倉庫。かつては小さな工場の資材置き場として使われていたのだという。今は利用するものどころか、周囲にも人はいない。
 そこに40人前後の子供が囚われている。
「倉庫の周りを9体の屍隷兵が警備してます。屍隷兵に知性はありませんけど……ここの管理をしてる螺旋忍軍『アメシスト』は別です」
 アメシストは倉庫の真横にあるプレハブ小屋にいる。戦闘の気配を察すれば、すぐに姿を見せるはずだ。
 魔力を込めた咆哮、分身の術での回復、杖の先端から放つ大量の魔法の矢。この3つがアメシストの手だ。
 必要とあらば手段は選ばない。逃走する可能性もあるだろうと山河は言う。
「アメシストの撃破も出来るのが一番ええのは確かですが、大事なことは子供たちの救出です」
 山河はゆっくりと、集まったケルベロス1人1人の顔を見つめた。
「皆さん、どうか子供達を助けてください。彼らに、未来を与えてください」


参加者
大御堂・千鶴(堕ちた幻想・e02496)
タンザナイト・ディープブルー(流れ落ち星・e03342)
セット・サンダークラップ(青天に響く霹靂の竜・e14228)
淡藤・結乃(籠の中の藤・e21629)
旭那・覇漠(引きこもり系レプリカント・e26922)
アメリア・イアハッター(あの大空へ手を伸ばせば・e28934)
クリスティーナ・ブランシャール(抱っこされたいもふもふ・e31451)

■リプレイ

●誘
 6人のケルベロスは物陰で沈黙のまま首肯し合うと、一斉にその場から飛び出した。ライドキャリバー『エアハート』もそれに続く。
 倉庫周辺を守る男性型の屍隷兵が反応を示すよりも早く、リューディガー・ヴァルトラウテ(猛き銀狼・e18197)の主砲が火を噴いた。
 次いで、大御堂・千鶴(堕ちた幻想・e02496)の槍のように伸びたブラックスライムが屍隷兵を貫く。
「ゲ、ガ、ガガガガアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」
 寒空の下、耳障りな絶叫が響き渡る。
 旭那・覇漠(引きこもり系レプリカント・e26922)は駆けつけた別の個体に狙いを定めながら、皮肉気に呟いた。
「どうすればいいのか分かってる……ってのは、楽だな」
 昔は救えなかった。側にいながら、手が届かなかった。否、手を伸ばさなかった。
 どう扱っていいのか分からず、さらに傷付けることを恐れ、目を閉ざした。気付かぬふり。見て見ぬふり。
 覇漠にはその後悔を再び味わう気は無い。ゆえに今は、分かっていることをなすだけだ。
「3、4……5体目。うし! 皆さん、コレを使ってくださいっす!」
 視界の範囲内にいる屍隷兵は続々と増えてきている。狙い通りだ。
 セット・サンダークラップ(青天に響く霹靂の竜・e14228)は最前に立つ仲間にヒールドローンを飛ばす。ドローンが高速演算で割り出した短期未来予測は仲間の糧になる。
 巨大な金属塊を振るい屍隷兵にオーラをくれてやると、タンザナイト・ディープブルー(流れ落ち星・e03342)はじりじりと後退を始めた。
 クリスティーナ・ブランシャール(抱っこされたいもふもふ・e31451)ら他の5人も同様だ。
 意図を探る知恵の無い屍隷兵は、自分達がケルベロスの狙い通りに動いていることすら知らぬままに誘いに乗った。

●子
 淡藤・結乃(籠の中の藤・e21629)とアメリア・イアハッター(あの大空へ手を伸ばせば・e28934)は6人のケルベロスとは別の場所にいた。
 アメリアの顔にはいつもの笑顔の代わりに隠し切れない怒りが浮かんでいる。子供達を実験台にするという行為は、絶対に許せないものだ。
 彼女達の視線の先には倉庫の出入り口がある。扉の前を屍隷兵がうろうろしているのが見える。
 持参した無線はザァザァという音で耳を打つだけで、連絡手段としての役目を放棄している。自らの耳と目で判断するしかない。
 ふいに、ドォンと重い音が聞こえてきた。囮役の誰かの攻撃だろう。
「始まったみたいですね」
「うん。……動いた」
 屍隷兵が音のした方へ移動を始めたのが見えた。
 そして、バンッと荒々しく扉を開いて女――『アメシスト』が飛び出していった。
「敵襲……!? 忌々しい、ケルベロスかっ!!」
 息を潜めていた2人はそこからさらに数秒だけ待つと、足音を殺しながら倉庫へ向かう。
 罠があるのではと警戒したのは僅かな間。杞憂だと断じると、アメリアは足を速めた。
 結乃は半ば飛びつくようにドアノブに手をかけ、そっと扉を開いた。
 2人の姿に、子供達は反射的に身を竦めた。
 結乃はしーっと唇に人差し指を当て、静かにするよう子供達に促した。子供達はその通りにはしているが、返ってきたのは怯えた眼差し。
 隅に寄せられたいくつもの食器は酷く小さい。子供達の頬は痩せていて、結乃の胸がちりりと痛む。
「結乃っち」
「……大丈夫です。ありがとうございます、アリアちゃん」
「ならよかった」
 しっかりと結乃が頷いたのを確認してから、アメリアは子供達の目線に合わせるべく腰を落とした。
「怖かったでしょ? もう、大丈夫よ。強くてカッコイイ、ケルベロスのお兄ちゃん、お姉ちゃんが助けに来たからね!」
「……おねえさん、ケルベロスなの?」
「はい、そうです。私もアリアちゃんも、ケルベロスです」
「ごめんなさい、もう少しだけ頑張ってくださいね。ここから出ましょう」
「アメシスト先生、来ない……?」
「ええ、心配しないでください。私達の仲間が足止めしています。怪我はありませんか? 歩けない子はいますか?」
 衰弱した体はケルベロスとて回復してやることは出来ないが、怪我なら癒せる。さっと子供達の反応を確認したが、怪我はないらしい。
 しかし、立ち上がる子供達の体は頼りない。足取りは弱弱しく、走ることは叶わないだろう。抱え上げて走ろうにも手が足りない。
 それでも急いでここを離れなくては子供達が危険だ。
「皆、結乃っち……じゃない、えっと、あっちのお姉さんに纏まってついて行って。後ろから私もついて行くから」
 結乃は入り口で軽く周囲を窺う。
 事前に連絡をつけておいた警察がいる地点までは決して近いとは言えない。戦闘に巻き込まれず、敵に見つからないほどの場所を指定したからだ。
 子供達を倉庫から離すという選択をした以上、適切な判断であった。40人ほどの子供達を確実に保護してもらうよりも前に、警察が屍隷兵達に見つかる訳にはいかないからだ。
 近くに敵の姿が無いことを確認すると、先頭の結乃は静かに一歩を踏み出した。

●囮
 アメシストが囮役の前に現れたのは、救出役の2人が倉庫の入り口に辿り着いた頃だった。
 タンザナイトに気付いた途端、アメシストは瞳を怒りで滾らせ、声を荒げた。
「裏切者!」
 その言葉がどういう意味をもって放たれたのか、タンザナイトには分からない。けれど、悪感情が無ければそんな言葉は出てこないことは知っている。
 さらにアメシストの姿は記憶にない過去をくすぐる。どこかで会っていたような気がするのに、思い出せない。
「お前の目的は……いや、タンザのことを知っているでありますか?」
「ハッ。神造デウスエクスでありながら定命化したような連中に誰が教えてやるか、裏切者」
 言い表せない動揺がタンザナイトを襲う一方で、リューディガーは憤然と言い返した
「マスタービーストなどという過去の亡霊に囚われた貴様がその言葉を口にするか!」
「ああ、言うとも。私だから言うのさ!」
 アメシストの高らかな咆哮が4人と1体の体に打ちつけられる。
「マスタービーストってしんでるの? しょうたいはなに? なんでふっかつさせたいの?」
「答えてやる義理があると思う? キミたちがその名を口にするだけで殺してやりたいくらいだよ!」
 小柄な体を目いっぱいひねり、クリスティーナは全身を使って鎌を投げつけた。くるりと丸まった尾が小さく揺れる。
 どうっと、動きが鈍っていた屍隷兵の1体が倒れた。クリスティーナは軽やかに跳びあがり、戻ってきた鎌を掴む。
「あんなじっけんするなんてひどいの」
「そう思うのはキミたちの勝手さ。私達には必要なことだからねぇ?」
 千鶴が高い笑い声をあげた。そこには怒りからくる軽蔑の色がある。
「子供を実験に使うなんてことしといて、よりによってそういうこと言うゥ? ホント胸糞悪いなァ」
 青年の姿の屍隷兵の攻撃をするりとかわすと、千鶴の唇がニッと弧を描く。
「人体実験なんて大嫌いなんだよネェ。アルラウネ、ちょっと派手に暴れてやろっかァ!」
 千鶴の呼びかけに、雄たけびのような歌声が返される。這い出てきたマンドレイクが屍隷兵を襲う。
 それに合わせ、覇漠の槍が屍隷兵を貫いた。
 ぐいと槍を引き戻す僅かな間に、アメシストが杖を振るうのが見えた。覇漠は活動を止めた屍隷兵を蹴って強引に槍を引き抜き、その勢いのままに駆ける。
 放たれた魔法の矢とタンザナイトの間に滑り込み、すんでのところで攻撃を引き受けた。
「無事か?」
「助かったであります」
 昼間においても衰えを知らない満月めいた光球とタンザナイトがぶつかる。リューディガーのルナティックヒールだ。
 地獄の炎弾を屍隷兵に放ったタンザナイトはアメシストに視線を向けた。
 これまで自分の過去なんて考えてこなかった。自分のことも知ろうともせずに『地球の守護者』を名乗っていたなんて。タンザナイトはそんな自分の馬鹿さ加減が嫌になる。
 けれど、いや、だからこそ。
「勝たなくては、です」
「そうっす、勝ちにいくっすよ!」
 軽いノリだが、力強く言い切るセットが薬剤の雨を降らす。冬の寒さの中にあっても、薬剤がケルベロス達から熱を奪うことは無い。体を苛むものを消し去るだけだ。
 人懐こい笑みを浮かべていたセットは、キッとアメシストを睨み付けた。
「タンザさんはタンザさんっす。裏切者なんかじゃない、自分が頼りにしてる、大切な仲間っす!」
「それがどうし――」
 笑い飛ばそうとしたアメシストの言葉が途切れた。大きく見開いた紫の眼が悔しそうに歪み、舌打ちの音が響く。
「やってくれたね……!」
 アメシストが現れてから、ケルベロス達は倉庫を背で庇うように立ち位置を入れ替えながら戦ってきた。
 倉庫とアメシスト達の間にはケルベロスがいる。ケルベロス達は、アメシストが子供達のもとへ向かえないようにしたのだ。
 ギリリ。アメシストは歯ぎしりし、叫んだ。
「屍隷兵ども、こいつらを殺せ! 死んでも殺せっ!! 私の邪魔をしたこいつらを、許すな!!」

●獣
 屍隷兵は強くない。1対1であれば互角以上に戦えるほどの戦闘力。
 ケルベロスは『盾』から『包囲』へと移行し、1体ずつ確実に屍隷兵を倒してきた。
 しかし、まだ3体残っている。アメシストに至っては余裕がある。
 対してケルベロス側は6人とサーヴァント1体。
 『守』に重きを置いた2人と1体がしのいでくれてはいるが、セットだけでは回復が追い付かなくなっている。覇漠が蛙型タブレットを配る頻度は次第に増え、今ではほぼかかりきりだ。
 そして遂に、守りの一角が崩れた。包囲の輪に穴が開く。
「エアハート!」
 金属の体が倒れる。
 戦場を駆けまわり、傷だらけになったアメリアのサーヴァントをリューディガーが後方へ下げてやった。
 アメシストが鼻で笑う。
「ザマァないね」
「黙れ、外道」
「こっちの台詞だよ。その様子じゃ、『材料』を別口が逃がしてるところだろ? ……ホントに余計なことをしてくれたね」
「鬼畜の所業を誰が許すものか。非道を止めるのが俺たちの務めだ」
 言うと、リューディガーは剣を掲げ、独自にカスタマイズしたヒールドローンを展開した。
「救護部隊、出動! 全力を以って我らが同朋を援護せよ!」
 タンザナイトの体につけられたいくつかの傷から、流れ出る血の勢いが止まる。
 グッと強く踏み込み、異界まで吹き上がるほどの光芒を呼ぶ。
「天地を……繋げっ!」
 屍隷兵がまた1体動きを止めた途端、アメシストは跳び退った。
 その意図は明白で、クリスティーナは思わず声を上げた。
「だめっ!」
 走り、動物へと姿を変えようとしたクリスティーナだが思いとどまる。攻撃手段を失うような姿ではどうしようもない。怪力を駆使したところでデウスエクスは止められない。
 ならばと、腕から伸ばした攻性植物でアメシストに食らいつくも、アメシストは止まらない。
「逃げられると思わないでネェ?」
「止められると思っているのかい?」
 僅かな間に迫って来た千鶴にアメシストは魔法の矢を撃ちこみ、距離を稼ぐ。
 ダンッと大きく跳びあがり、着地した先でアメシストは一瞬だけ足を止めた。
「じゃあね、ケルベロス。このツケはいつか払ってもらうよ!」

「ごめん、お待たせ。螺旋忍軍は?」
 アメリアからの問いに浮かぶ苦い顔。
 察したアメリアはそれ以上聞くことなく、戦闘に加わった。
 仲間の体から流れ出る血に、結乃が怯んだのは一瞬。涙を堪え、光の盾を呼び出し千鶴に治癒と加護を与える。
 最後の屍隷兵が倒れたのはそれから間もなくのことであった。
 傷を癒し終えると、一行はまず倉庫に向かった。
「どうだ? 何かあったか?」
 覇漠が聞くと、タンザナイトは首を横に振った。
「何もなかったです。子供達を置いとく為だけに使われてただけみたいです」
「研究施設ってわけでもないなら壊す必要もないか」
「じゃあ、つかまってたこたちのところにいこー。だいじょうぶかきになるの」
 クリスティーナが言うと、全員が賛意を示し倉庫を後にした。
 倉庫から立ち去る際、ふとセットは様子が気になって、タンザナイトに視線を向けた。
 白いウェアライダーは静かに倉庫を見上げていた。
 混乱と失意の中、人として、守護者として生きる為、今は戦うのだと小さな決心を抱きながら。

作者:こーや 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年12月13日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 4/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 5
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