芝生に降りた白い霜が、車輪に踏まれて儚く割れた。後ろにゆっくり流れていく氷片を目で追いながら、黒髪の青年は微笑んだ。
「うん。良い……」
紅葉した木の葉が落ちる森の中、青年は頬杖をつく。古びた車いすに腰かけた彼は、腐臭混じりの空気を吸い込む。
「わかるよ、君たちの求めてるもの。欲しいんだね。人が、命が……」
「アー……」
青年に、不気味なうめき声が応えた。血の染みと、錆のついた車いす。それを緩慢な動きで押す、ぼろ衣をまとったヒトガタがつぶやいたのだ。わずかに露出した手足には醜いまだら模様が浮き上がり、鬼火めいた光を上げる。車いすを押す者を含めて計六体。生気の無い足取りで、青年の後に続いて歩く。
「うん、わかってるさ。僕自身がそうだからね。人、命、善悪に青……奪っていると近づく気がする。自分の存在というものに。おっと、止めてくれ」
青年に従い、ぼろ衣を着た者たちが立ち止まる。彼らの前に広がっているのは、自然に囲まれた小さな市街地。静かだが、青年の感覚はまばらな人の臭いを嗅ぎつける。彼の背中から伸びた物体がレーダーめいて周囲を探る。腕ではない。それは深い海のように透き通った輝きを放つ、八本の巨大なクモの足!
「……いるね。うってつけだ」
くちびるをなめ、頬杖を突いた片手を挙げる。控える異形の者たちは、赤く濁った目でその手を眺める。血で染まった白い袖が、市街地を真っ直ぐ指し示した。
「さあ、屍隷兵たち! 実地テストの始まりだ。君たちの存在価値を、この人々から奪い取れ!」
口々に不気味な咆哮を上げ、六体の屍隷兵は地面の枯れ葉を蹴りつける。
はためくぼろ衣を目で追いながら、青年は車いすを動かした。
「……僕も、すぐに奪いに行くよ」
街を見下ろすサファイアの瞳が、酷薄に輝いた。
「色々あって大変なところアレなんだけど……『屍隷兵』について続報だよ!」
毛を湿らせる汗をぬぐい、跳鹿・穫はせき払いした。
かつて行われた月喰島探索の際に現れた、冥龍ハーデスが生んだ神造デウスエクス『屍隷兵』。その残党であるヘカトンケイレスを、なんと螺旋忍軍が鹵獲し研究していたことが判明した。
彼らの目的は、『屍隷兵』を材料が現地調達可能な地球人であり、なおかつ手軽に生み出せる兵士として他勢力および自分たちの勢力として運用すること。現在、知性のある司令塔タイプは生み出せていないようだが、知性のないタイプは既に完成し最終テストの段階に入っているのだと言う。
最終テストとは、『屍隷兵』で地球人を襲撃すること。実験が成功すれば『屍隷兵』研究はさらに進み、そうでなくても一般人が犠牲になるのは確実だ。皆にはこれから起こる襲撃事件を妨害し、全ての『屍隷兵』を倒してほしい。
そして、このテストは螺旋忍軍が一人、強奪者『蒼玉の大蜘蛛』が指揮を執る。強力な相手なので、十分注意してもらいたい。
襲撃テストの対象となるのは、郊外にある田舎の市街地だ。周囲を林に囲まれているのどかな場所で、『蒼玉の大蜘蛛』が率いる一団は森が深くなる北から襲撃に入る。人々の避難は必要になるだろう。
『屍隷兵』についてだが、数こそ六体いるものの個々の戦闘力はケルベロス一人に及ばない。また、知性もないため自ら工夫して戦うようなこともない。一方で、ちょっとやそっとでは倒れないタフさがあるようだ。
『蒼玉の大蜘蛛』は宝石のようなクモの足を操り攻撃してくる。重要なテストを任される以上、近接戦闘においても油断できる相手ではないだろう。
また、『蒼玉の大蜘蛛』自身は『人の生を奪う』という性質が『屍隷兵』と合致しているため、今回のテストはかなり乗り気の模様。
「『屍隷兵』にしろなんにしろ、人を軽々しく殺させるわけにはいかないよ! このテストは大失敗で終わらせてきて!」
参加者 | |
---|---|
鉄・八郎太(時雨に佇む・e00805) |
ミシェル・マールブランシュ(白翼と雛鳥の護り人・e00865) |
グーウィ・デュール(黄金の照らす運命・e01159) |
太田・千枝(七重八重花は咲けども山吹の・e01868) |
橘・楓(メイプルワルツ・e02979) |
ヴォイド・フェイス(ミスタースポイラー・e05857) |
葛城・柊夜(天道を巡る鳶・e09334) |
卜部・泰孝(ジャンクチップ・e27412) |
●
「大丈夫だ、まだ来てねえ。焦るんじゃね……おいコラ、じゃれつくな。迷子になる前にママんとこ行け」
興味深々にやってくる子供たちを追い払い、卜部・泰孝(ジャンクチップ・e27412)はジャンクめいた巨腕を伸ばす。無骨な指の行先は、歩く人々に話しかけるグーウィ・デュール(黄金の照らす運命・e01159)の首根っこ。
「ええ、大丈夫ですよ。私たちの言う通りにすればきっと助かります。占いのおひねりは後で……ええ、お安くしておきぐえっ」
「せびんな。ああ、悪かったな。行ってくれ」
一礼して去っていく老婆を見送り、ぶら下がったグーウィを見やる。
「デュールの嬢ちゃんよぉ……商売根性旺盛なのは構わねえ。けど避難の足を止めんなよ」
「失敬っすねー。あっしは守るべき市民に安心して避難してもらおうとね? 別に嘘は言ってないっすし」
泰孝はしばらく半眼を作っていたが、やがて溜め息を吐きグーウィを下ろす。マントについた錆を払う彼女の横で避難誘導の放送を聞き流していると、真上で駆け足の音が聞こえてきた。トレンチコートをばさりと広げて着地したのは鉄・八郎太(時雨に佇む・e00805)。橘・楓(メイプルワルツ・e02979)がそれに続く。
「やあ、ごめんごめん。少し時間かかけてしまった」
「よお鉄の旦那ァ。他のはどうした?」
「もうすぐ来るさ。向こうもね」
肩をすくめる八郎太。一方でグーウィの水晶玉にはゾンビが映り、次いで黒い龍に変化する。
「しっかしこうも簡単にパクリ製品が出て来るとは。ハーデスの野郎、特許取っとかなかったんすかねぇ?」
半分呆れ顔を浮かべ、泰孝はガリガリと頭をかく。
「おいおい、ゾンビに特許ってなんだよ。つか、法律守るデウスエクスなんざ聞いたことねえ」
「強いて言うなら、僕たちとかサキュバスとかかな? 一応……元、デウスエクスだからね」
八郎太が低い声で呟きハットを目深に被り直す。一方で楓は首を傾げ、小声でうなる。
「法律守る……うーん。お役所にお願いして、デモ行進するビルシャナ……とか?」
「ちょっとそれシュール過ぎるっす……」
人波の殿に立って駄弁る四人の前で、ふと最後尾の老婆が振り返る。飛び出さんばかりに目をむき、老いた手で人差し指を突き出した。
「あ、あぁあああ……」
枯れた声につられるように、他の人々も背後に目を向け始めた。楓がはっと顔を上げ、通りの奥を見定める。うっそうとした木立から低姿勢で走るぼろ衣の群れ。スペクターめいた姿のそれらは、半分腐りかけた足を動かし風のように突進してくる。赤く濁った瞳と視線を合わせた老婆が腰を抜かした。
悲鳴を上げかける彼女に八郎太は背を向け、刀を抜き放った。
「落ち着いて。ここは僕らが食い止める。急ぎの避難を」
黄色いアイレンズが楓にコンタクト。楓はうなづき、翼を広げてふわりと浮かぶ。伝播するざわめきをすり抜ける、一陣の声。
「皆さん落ち着いて! ここは私達が引き止めますので直ぐに避難してください!」
息を吸い、第二声。俊足のゾンビが二十メートル程の間合いを詰める。
「千枝、さぁぁぁぁんっ……!」
その時、楓に薄い影が被さった。見上げると、宙を飛ぶ長方形の物体。上下逆さになった乗用車の裏からハイテンションなシャウトが響く。
「YEAHHHHHHHHッ、ハァァァァアアアアッ!」
荒波を駆けるサーファーめいて、ヴォイド・フェイス(ミスタースポイラー・e05857)は仲間たちを飛び越える。落下の衝撃で潰れるルーフ。しかし車は慣性に従い地面を滑った。最前のゾンビを跳ね上げ、高らかに笑うヴォイド!
「ハッハァーッ! 間ァに合ったぜぇ! てなわけで行くぜ千枝チャン!」
「ええ……お願いします!」
裏返しの車体後部で太田・千枝(七重八重花は咲けども山吹の・e01868)は膝を折る。太極図をあしらった黒白の二丁拳銃に指をかけて跳躍体勢。同時にヴォイドが両足で車体前部を踏みしだいた。
「景気よくブッ飛んで行こうぜェーッ!」
投石めいて千枝が空にジャンプする。後方下、避難途中の人々に視線を向ける。
「大丈夫。私達ケルベロスが……皆さんを守ります。ここから先には行かせない! 篁流太田千枝、参ります!」
赤い外套をはためかせて錐揉み回転。広げた両手に握られた銃が地上のゾンビめがけて降り注ぐ。着弾と共に噴き出した霧が、ぼろ衣にまとわりついて足の動きを鈍らせる。
「『卯の花腐し』!」
濃密な煙に巻かれながも、屍隷兵達はなおも踏み込む。煙の範囲内から脱しようとする一体に、彗星が落下する。銀河色に輝く一角獣の鎧をまとった葛城・柊夜(天道を巡る鳶・e09334)が手をかざす!
「葛城流操気法、『疾風』ッ!」
手の平が気の弾丸を放ち、腐った肉をノックバック。反動で後ろに跳びながら柊夜は叫ぶ。
「ここは僕達に任せて避難を! 振り返らず、転ばない様に! 公民館まで行けば安全ですッ!」
「……失礼。遅くなりました」
腰を抜かした老婆を若者に預け、黒いコートの裾をはたくミシェル・マールブランシュ(白翼と雛鳥の護り人・e00865)と老紳士姿のゴーストが進み出る。鳥に似た頭部の無機的な鎌が、漆黒の炎を熾した。八郎太は輝く刀をゆっくりと振る。星屑のオーラが寄って集まり、歯車を象っていく。
「ハハハ、これは賑やかになって来たねえ。……さて、合わせて行こうか?」
泰孝がコインを取り出し指で弾いた。くるくる回る硬貨の帰還を待たずして、廃材の腕を振り上げる。甲高い駆動音に軋む腕を突き破るように、錆まみれのクレイモアが顔を出す。淡いディムライトに包まれる刀身!
「ちっと出遅れた感あるがよ、開幕一斉攻撃だ。どれだけ乗るか占ってみようや」
「行きます……『永久に輝く星よ。道標となりて、我が思い届けたまえ』」
ギアがクレイモアの切っ先に吸い寄せられ、楓の歌で編み上げられる。地に足をつけたのは機械仕掛けの巨大獅子。足元に落ちた表のコインを踏みつけ、泰孝は大剣が生えた腕を振りかぶる!
「幸先いいなァ。行くぜハチの旦那ァ!」
「ああ。三人とも、そこ通るよ!」
二本の剣が示した敵へ、獅子は咆哮して飛びかかった。霧の中に食らいつき、ゾンビ一体を頭上に掲げる。胸に突き立った幻影の牙が汚れた血をほとばしらせる。鼻先に立ち、大鎌を構えるミシェル!
黒炎くすぶる刃を振るい、下半身を寸断。空中で燃え消える死体を一瞥してコートをはたく。
「……これが、こんなものがお前の目的か。ジャン……いえ、蒼玉の大蜘蛛ッ……!」
モノクルの奥に剣呑な炎を宿し、新たな来訪者を睨む。優雅な所作で車いすを漕ぐ青年は、うっすらと苦笑した。
「やっぱりケルベロスか。参ったな……」
彼の瞳が身構える面々を見渡す。次いで、滞留する煙を抜けようともがく屍隷兵を。
「困った。最終実験まで来てとんだアクシデントだ」
「ヘェーそうかい。そりゃ災難なこった」
傾いた車の上で、ヴォイドが中指を突き上げる。
「けどよ、Mr.スパイダー。マジの災難はこっから先だぜ。最高難易度No Hopeだ。ちゃっちゃかクリアできると思うなよ?」
「さぁ賭けを始めようや。チップは今逃げ切った連中の命。テメーの実験とやらで虐殺か、それともオレ達が守り切るか! 二つに一つってヤツだッ!」
クレイモアを掲げる泰孝! 直後バックフリップする獅子からミシェルが飛び降り、晴れ始めた煙に落ちる。不浄のシャウトを放つ屍隷兵が動き出す!
「じゃ、行くとしようか」
刀を収めた八郎太が低姿勢で疾走。つかみかかる一体の腕を潜り抜け、柄尻で鳩尾を突く。一方で蜘蛛の足が円盤状の黒い物体を作り投擲! 無音で飛来するチャクラムは、鎌首をもたげた白い龍に噛み砕かれた。獅子のたてがみにくっついたグーウィが輝くオーブを撫で回す。
「順番は守ってもらわにゃ困るんすよねえ。それ、もーいっちょ!」
発光するオーブが二匹目の龍を産み落とす。暴れ獅子を離れた二匹の龍は蜘蛛を狙って牙をむく! 蜘蛛は足先から黒いフックを撃ち出し屍隷兵二体を捕獲。引き寄せ自分の盾とする!
爆発する閃光の中、柊夜は逆光に染まる拳を捌いて流した。二本目の腕を跳ね上げ首をつかむ。気を込めた掌底が深くめり込み、ゾンビの体をくの字に折った。
「ミシェル!」
「どうぞ」
一歩踏みしめ、屍隷兵を吹き飛ばす。対角のミシェルは黒い炎を灯した拳でフックを繰り出す。海老反りで浮く背中にゴーストのカエサルはビリヤードめいて杖を撃った。屍隷兵は弧を描く! そこへ銃声! 屍隷兵達を囲うように走る千枝が銃弾を乱射。反対側では火柱が立ち上がる!
「ヴォイドさんっ! 円を描くように火線を集中!」
「あいよ任せな……うおっ!」
ヴォイド足元の車を黒い刃が貫いた。無数に枝分かれした刃は次々と伸び、着地しようとする獅子を串刺しにして射止める。蜘蛛足から伸びた刃を家屋に突き刺し、宙吊りになった蜘蛛は笑みの消えた目で戦場を見下ろす。
「そういうの、やめてほしいな。怒られるのは僕なんだ」
蜘蛛足がうごめき、獅子の体が引き裂かれた。断末魔を上げ消滅する星座の獣。振り抜かれた刃は、支えを失って落ちるグーウィに狙いをすませる!
「うおおぉおぉお!?」
「まずは君だ」
迫る死神の剣山! 明確な殺意を以って襲いかかるそれを、ユニコーンが打ち砕いた。鎧を解除した柊夜が拳を振り上げ叫ぶ!
「デュールさん! つかまってくださいッ!」
炎のようにゆらめく手綱を、グーウィは無我夢中でつかみ取る。片手にはねじくれた柄と悪魔めいた頭部を持つ禍々しき鎌! 一角獣にしがみつきながら、手の中で回す。
「これじゃあ足引っ張りぱなし……働かなきゃあ、悪い噂が立っちまいますッ!」
大回転する刃を馬上で投げ放った! 回転刃は襲いかかる蜘蛛の剣を片っ端から切断し、首を刈らんと回転を速める。近場の屍隷兵に伸びる剣を八郎太が受け止めた。大鎌は蜘蛛を支えている足を切断! ブーメランめいて弧を描く!
「くっ……」
辛うじて伸ばした刃で体を支え、蜘蛛は鎌を迎撃。攻勢を抜けた千枝が楓に殴りかかる屍隷兵めがけてスプリント。再度の銃撃で三体の屍隷兵を中心に釘づけにする!
「円の動きで敵を止めれば……皆さん、今です!」
「はあああああッ!」
集まったゾンビの前で、柊夜は両手を振り上げる。頭上で輝く小さな宇宙を、地面に向けて打ちつけた! 直後、屍隷兵たちの足元が銀河を噴いた。神秘的な光の柱は死せる兵を削りながら空へ連れていく。行きつく先で渦巻く水晶のような雲。楓は祈るように手を伸ばし、ワンフレーズを口ずさむ。
「『独りきりじゃない。たとえ化物になろうと、この想いを信じて』……」
雲間を切り裂き、氷柱の雨が顔を出す。やがてそれらは銀河に吸い込まれるかのように急転直下! 光を貫き、腐った肉に突き刺さる! 逆流する氷柱とゾンビ。対して光柱を駆けあがるのは、クレイモアを刺した泰孝。銀河の中を泳ぐ刃は凍り付いた三体とすれ違い、打ち砕いた。蜘蛛はその光景を見つめ、唇を引き結ぶ。
「やあ。人形遊びには満足したかい?」
目下、軽口を叩く八郎太を枝分かれした刃が襲う。合間を縫って手裏剣を投げながら、八郎太は収めた刀に手を置いた。
「命で遊んでる所悪いが、こちらにも少し付き合って貰おう。なに、退屈はさせないさ……電磁抜刀!」
ほとばしる電光が刀を流れる。盾代わりに引き寄せられた屍隷兵にグーウィはオーブを投げつける。ゾンビの体に波紋が広がり、その身を一瞬にして凍らせた。
「運命を遠ざけないでくださいな。本来、私が運命を示して差し上げるのですが、今回はよりふさわしい方がおいででして……導きはその方に」
「『雷霆・弐ノ型』ッ!」
居合一閃、雷の斬撃が虚空を走る! 黒刃と凍った屍隷兵を爆砕し蜘蛛を袈裟がけに切り裂いた。足に食らいつく四匹の白龍。新たに刃を作ろうとする彼の体を、アルファベットの羅列が縛る。ヴォイドは影の文字列を手繰り、蜘蛛を羽交い絞めにした。
「悪ィなMr.スパイダー。逃がすわけにゃー行かねえのよ。Hey、ミシェル! 逃がしたくネェんだろ!? このままサクッとやっちまえって!」
曇天を背負い、ミシェルは大鎌を振りかぶる。蜘蛛はとっさに伸びた剣でヴォイドを刺すが、拘束は緩まぬ。揺れる漆黒の瞳とともに黒炎が一瞬ゆらめいた。
「躊躇すんなヨ、ここでヤれネェんなら一生ヤれネェ。次なんてモンはねえんだ。期待するんじゃネェ、Boy!」
「……ッ!」
奥歯をきつく噛みしめ、ミシェルは刃を振り抜いた。漆黒の円弧は横薙ぎに走り……見張ったサファイアの瞳ごと、蜘蛛の首を斬り飛ばした。
●
一時間後。諸々のヒール、後始末を終えた通りに、避難していた人々が戻ってくる。
「一人歩きゾンビがいなくなったと思いきや、今度は螺旋忍軍……屍隷兵市場はまだまだ激化しそうっすねえ……株でも買っときましょうか」
「Hey、ちょっと待てよ。なんでそんな物騒なビジネスやろうとしてんだ? 買うならもーちょっとさぁー、どっかの製薬会社に……あん? どしたよ?」
視線に気づき、振り返るヴォイド。しかし泰孝は目を逸らし、八郎太は明後日の方を向いて紫煙をくゆらせる。二人の様子を横目で伺った千枝が、小さくせき払いした。
「あのですね……その、楓さんに治してもらった方がいいかと」
「……背中、穴だらけ……」
黒ひげ危機一髪めいた刺し傷だらけの背中を見つめる。どこかおどおどとした歌を聞きながら、千枝は通りの隅、慰霊の花のように鎮座する車いすとそこに片膝をつくミシェルに目をやった。
古く、年季の入った車いすは錆が浮き、背もたれや肘掛けには古い血痕が黒く染みつく。多くの血を吸って来たであろうそれをじっと眺めるミシェルに、柊夜はそっと呼びかけた。
「……ミシェル」
「会ったこともない兄でした」
独り言めいた呟き。
「名前も、居たということさえ親戚から伝え聞いた程度で……だから、これといって特別な感情もありません。でも……」
手の平には、小さなサファイアで留められたリボンタイ。首を斬られた蜘蛛が溶けるように消えた後、車いすの上に残されていた物だ。鮮烈な赤のリボンを白手袋の手が握りしめた。
「こんな形で会いたくなかった。わたくしは……俺は……っ」
しばしの沈黙。うつむき震えるその肩を、柊夜が叩く。マシンアイと黒瞳を見返し、柊夜は優しく微笑んだ。
「行きましょう。みんな待ってます」
「……ええ」
ミシェルはズボンをはたいて立ち上がる。老紳士のゴーストは踏み出した主の背後で、一度車いすを振り返り……再度、彼らを追って歩き始めた。
作者:鹿崎シーカー |
重傷:なし 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
公開:2016年12月13日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 0/感動した 2/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 6
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