忍軍の屍隷兵~アダムス男爵再び

作者:柊透胡

 埼玉県北部――城峯公園。群馬県境に位置する神川町にあるその公園は、冬桜の名所だ。
 秋から初冬と春に薄紅色の小さな八重の花をつける「十月桜」目当てに、休日には観光客が訪れる。
「ふむ……実に、素晴しい」
 シルクハットを被った英国風紳士は、満足げに片眼鏡越しの双眸を眇めた。
「検体の数に対して、モルモットも多からず少なからず。桜並木など適度に遮蔽物もあり、見通しよい遊歩道は『観察』にも適しているだろう。まさしく『実戦検証』及び『新兵披露』に打って付け」
 酷薄に唇を歪め、冷ややかな微笑を浮かべる英国風紳士。彼の名は――アダムス男爵。世界の裏で暗躍する螺旋忍軍が一。
「さても時間が惜しい……攻性植物共が騒がしい間に、地獄の番犬共に匹敵する戦力を整えなければ」
 その方策として、彼が着目したのが先だって冥竜ハーデスが開発した『屍隷兵』。
 指揮官に足る完成度の作成技術は、流石に冥竜ハーデスの死と共に失われたが、不完全な『屍隷兵』ならば、現存の技術でも再現可能の筈。
 果たして『屍隷兵』の有効性を実証するべく、アダムス男爵を始め、螺旋忍軍らは日本各地に散っている。
「この私までが、実証に駆り出されるとは……返す返すも、ケルベロスめ、実に目障り。忌々しい事だ」
 本来ならば、本作戦の総指揮官であるアダムス男爵は、表立って動く必要の無い立場だ。
 しかし、かつての『宿縁邂逅』作戦のしくじりは、権謀術数渦巻く螺旋忍軍に在って、そう簡単に帳消しに出来る失点ではなかった。
「……まあ、良い。結果が全て、真に結構。この作戦で……私は、必ずや再起してみせる」
 アダムス男爵は、肩越しに引き連れてきた『それら』を見やる。
「さて、立派に『使える』と良いのだが」
 『それら』は、一応に小柄。幾つもの手足を引き摺る異形ながら、ざんばらの髪から覗く面は、どれもいとけない。
「斯様な検体を私に寄越すとは……ハクロウキも、良い趣味をしている」
 皮肉げに吐き捨て、アダムス男爵はフロックコートを翻す。
 ――――!!
 白手袋に包まれた手が一振りされるや、金切り声を上げたそれらは跳ねるように飛び出し、次々と人々に襲い掛かる。
 忽ち、冬桜清らかなる光景は血の海に。轟く悲鳴が冷涼な空気を阿鼻叫喚に染め上げた。

「……定刻となりました。依頼の説明を始めましょう」
 集まったケルベロス達を見回し、都築・創(青謐のヘリオライダー・en0054)は静かに口を開く。
「攻性植物関連も慌しい最中ですが……螺旋忍軍に動きがありました」
 冥龍ハーデスが生み出した、神造デウスエクス『屍隷兵』――その製法は、冥龍ハーデスの死と共に失われるものと思われていた。
「しかし、地球人を材料に手軽に戦力を生み出せる利点に着目した螺旋忍軍が、鹵獲したヘカトンケイレスを元に、新たな屍隷兵の量産を図っている事が判明しました」
 流石に、指揮官に足るレベルには至っていないが、知性の無いタイプの屍隷兵は既に完成させているようだ。
「螺旋忍軍は、完成した屍隷兵の最終テストとして、襲撃事件を起こそうとしています」
 今回は襲撃事件の阻止だけでなく、屍隷兵の材料として拉致された一般人の救出、屍隷兵の研究を行っている螺旋忍軍の研究者の討伐など、取るべき対応も多岐に渡る。
「皆さんには、襲撃阻止を担当して戴きます。屍隷兵の実戦データが螺旋忍軍に渡れば、更に強力な屍隷兵が生み出される事になるでしょう。そのような事態は、避けなければなりません」
 タブレット画面をスクロールさせ、創は粛々と詳細を説明する。
「皆さんに向かって戴くのは、埼玉県北部にある城峯公園です。冬桜が今が盛りで、敵も花見客を狙っているようですね。屍隷兵7体を……本作戦の総指揮官、アダムス男爵自らが率いています」
 或いは「アダムス男爵」という名に、覚えがあるケルベロスもいるかもしれない。
「アダムス男爵は屍隷兵2体を護衛として手元に残し、残り5体を公園に放って一般人を襲わせます」
 城峯公園に現れる屍隷兵は総じて小柄で、幼い子供を素体としているようだ。噛み付いたり引っ掻いたり、素早い動きで飛び掛り、或いは、泣き声や金切り声を上げて敵を翻弄する。
 だが、屍隷兵個々はそこまで強く無い。ケルベロスが1対1で戦っても互角以上に戦えるだろう。
「屍隷兵5体は園内に散っていますので、手分けして同時に掃討した方が被害は少なくなると思われます」
 屍隷兵5体全てを掃討すれば、隠れて戦闘データを収集していたアダムス男爵もケルベロス達の前に現れるだろう。
「アダムス男爵の使用グラビティは不明ですが……指揮官タイプの螺旋忍軍ですので、直截的な戦闘は余り得意で無いようです」
 又、策謀を好む彼は、力尽きるまで戦い続ける事を是とする性格では無さそうか。
「アダムス男爵は、かつてケルベロスを狙った襲撃事件も起こしています。これ以上、暗躍されても厄介です。ここで引導を渡して下さい」
 屍隷兵の研究が進めば、月喰島にいたような、元の人間の姿や知性を持つ屍隷兵が生み出されるかもしれない。そうなれば、屍隷兵の脅威は更に大きくなるだろう。
「人間を材料としか見ないような、非道の研究を潰せるのは、ケルベロスの皆さんだけです。どうか、宜しくお願い致します」


参加者
藤守・千鶴夜(ラズワルド・e01173)
ロベリア・エカルラート(花言葉は悪意・e01329)
ジゼル・クラウン(ルチルクォーツ・e01651)
ミスティアン・マクローリン(レプリカントの鎧装騎兵・e05683)
霧崎・鴉(霧・e05778)
翡翠・風音(森と水を謳う者・e15525)
黍乃津・桃太郎(桜前線上の侍・e17781)
ケオ・プレーステール(燃える暴風・e27442)

■リプレイ

●各個撃破
 屍隷兵の襲撃とほぼ同時。ヘリオンから降下したケルベロス達が、城峯公園中央に立つ。
「あいつは私達が!」
 冬桜満開の遊歩道に異形を見て取り、翡翠・風音(森と水を謳う者・e15525)は殺界形成した。すぐボクスドラゴンのシャティレと駆け出す。
(「また趣味の悪い事をしてるね……正直、子供を斬るのは気が乗らないけど」)
「見逃すつもりは無いよ」
 その小柄は子供の身体を幾つも継いだよう。外道の所業に唇を噛み、身構えるロベリア・エカルラート(花言葉は悪意・e01329)。ビハインドのイリスも続く。
 その間に、同時に虐殺せんとする4体を探し、ケルベロス達は四方に散る。
「A班、屍隷兵発見」
 シャーマンズゴーストのポラリスと北に走った藤守・千鶴夜(ラズワルド・e01173)は、バンガロー並ぶキャンプ場に異形を発見する。
「子供の形をした屍隷兵、いい趣味をしていますね」
 斬霊剣とゾディアックソードの二刀流を構える和装の刀剣士、黍乃津・桃太郎(桜前線上の侍・e17781)。
 ――――!
 時空凍結弾を放った瞬間、泣き声が響き渡る。桃太郎を庇ったポラリスの動きが目に見えて鈍る。
 すぐさま相棒に気力を注ぐ千鶴夜だが……厄が掃いきれぬならば。この屍隷兵は、ジャマー。
「こちらは2人。負けません――我が剣技の神髄ここに有り」
 霊力を宿した飛斬を放つ桃太郎。同時に、千鶴夜は太腿のホルスタからナイフを投擲する。
「子供を素体なんて惨い事を……せめて、安らかにお眠りなさい」
 振るわれた鉤爪を、ポラリスは再び星型ランプを掲げて遮った。

 B班は公園の東。冬桜並木の外れに屍隷兵を発見した。
「……子供か。相変わらずロクな事をしないな、連中は」
 吐き捨てた霧崎・鴉(霧・e05778)は出会い頭に毒手裏剣を放つ。
「屍隷兵だな! よーし、散らしてやろう!」
 好戦的に言い放つケオ・プレーステール(燃える暴風・e27442)。スターゲイザーと同時に、テレビウムのキオノスティヴァスは凶器で殴り掛かる。
「っ!」
 応酬は噛み付き。キャスターたる鴉の回避を上回る命中精度は、恐らく。
「スナイパー、だろうな」
「やる事は変わらん! 情熱的に焼いてやろう! 喰らえ!」
 声高らかにドラゴニックミラージュを放つケオ。見敵必殺、彼女の行動はシンプルそのもの。
(「こっちも確実に攻撃して、ケオの負担を減らさねばな」)
 思わず唇を緩めた鴉は、一転、眼差し鋭く氷結の螺旋を放つ。
「哀れ……此処で断ち切ってやる」

「皆、急いで逃げて!」
 声を張り毒手裏剣を構えるのは、D班のミスティアン・マクローリン(レプリカントの鎧装騎兵・e05683)。
 公園西部の駐車場は、殺界を避ける一般人で混雑していた。駐車場を背に、ミスティアンは、屍隷兵と対峙する。
 ―――!!
 雄叫び上げる屍隷兵の傷が癒されていく。メディックの敵は、ディフェンダーとは違う意味で打たれ強い。
(「でも、負けない!」)
 背中に守るべき『仲間』がいる限り、劣勢であろうと逃げない。何より、厄に対してはジャマーのミスティアンの方が優位だ。
 単身で互角に戦いながら、ミスティアンは駆けて来るA班を屍隷兵越しに見る。思わずホッと笑みを浮かべた。

 E班はジゼル・クラウン(ルチルクォーツ・e01651)単独。公園南の紅葉の辺りで戦端を開く。
 ――――!!
 金切り声の屍隷兵と対照的に、無言で妖精弓を引くジゼル。
(「最も命中率の高いハートクエイクアローでこの精度、なら……キャスターだね」)
 淡々と分析し、速やかな撃破を目指す。ケルベロスの中でも実戦経験の高いジゼルだ。相手が攻防何れも有為なポジションであっても負ける気は無い。
「後がつかえているんだ。早々に退場してもらうよ」
 クラッシャーの一撃は、当たれば大きい。呵責無い攻撃に、屍隷兵の悲鳴は長く尾を引いた。

「悪いけど、もう少し付き合ってね」
 眼前の屍隷兵に、ロベリアは余裕ある笑みを浮かべる。
 ――――!!
 その応えは鉤爪の滅多刺し。ロベリアを庇ったボクスドラゴンは必死に耐える。
「頑張りましょう、シャティレ」
 相棒を励まし、風音は気力を注ぐ。物問いたげなイリスに、ロベリアは小さく首を振る。
「皆が来るまでの辛抱だよ」
 屍隷兵5体を倒した時点で指揮官が現れるなら、戦力が分散した儘は危険。他4体を倒し、仲間が集まるまで防戦に徹するのがC班の役割だ。
 だが、存外に消耗が激しい。1つは、2人共魂をサーヴァントと分かっている為。そして、屍隷兵の一撃の大きさだ。
 武威を倍化するクラッシャーのダメージは侮れない。或いはジャマーの武器封じや盾の付与など、エフェクトを効果的に利用すれば、もっと楽に戦線を維持出来ただろう。
 それでも、彼女らは粘り強く耐え続けた。
「待たせたな!」
 防戦の果て――東西を貫く遊歩道を駆ける仲間を見た時、風音は思わず微笑む。
(「護り切れた……」)
 今までの鬱憤を晴らすように、風音のグラインドファイアが奔る。
「じゃあ、バイバイ」
 インフェルノファクターで凌ぎ続けてきたロベリアの一撃は、盾にあるまじき火力を叩き出した。
 屍隷兵も牙を剥くも、続々と集まるケルベロスらを前に速攻で圧殺される。
「さて、後は元を絶たな――」
 そうして、一息吐いたロベリアの呟きより先に――空気が、動く。冬桜を散らした突風の刃が撃ち抜いたのは、翠のボクスドラゴン。同時に、躍り出た2体の屍隷兵が喰らい付き、鉤爪が深々と抉る。
「シャティレ!」
 息を呑む風音。時に庇い、屍隷兵の攻撃に耐えてきた小柄に新たな集中打は重かった。竜躯は忽ち消え失せる。
「……ふむ。初手としてはまずまず」
 冬桜の遊歩道に現れる英国風紳士。屍隷兵2体はその周囲に蹲る。
「それでは、もう暫くお相手願いましょう、地獄の猟犬諸君」

●アダムス男爵再び
「アダムス男爵……弟のみならず、シャティレまで!」
 風音より、ケルベロスチェインが敵を締め上げんと唸りを上げる。
「これ以上、殺戮も陰謀もさせない!」
 鎖が引き絞られる前に、素早く戒めから逃れた英国風紳士――アダムス男爵は怪訝そうに首を傾げる。
「諸君とは初対面の筈ですが?」
「6月の襲撃事件では世話になったな。策士が前線に出るって事は……忍者共は相変わらず足の引っ張り合いか」
 鴉より挨拶代わりの制圧射撃に、庇った屍隷兵が甲高い悲鳴を上げる。
「あなた達のおかげで、私も随分と追い込まれました。お互い様ですな」
 剣呑な微笑を浮かべ、千鶴夜も猟犬縛鎖を放つ。何せ、宿敵邂逅作戦には友人が巻き込まれた。一刻も早く殴りたいが、まずは屍隷兵の殲滅が先。
「渋々ながらも、返り咲きたい一心で任務に臨む情熱だけは評価するぞ!」
「検証、実験、結構ですが、その情報は持ち帰らせません」
 ケオの大声が響き渡り、桃太郎は宣戦布告を太刀筋に乗せる。ドラゴニックミラージュもキャバリアランページも、それぞれ屍隷兵を標的に。
「螺旋忍軍の世界も世知辛そうだな! しかし! あれ程の事件を起こしたのだ! 同情せずに倒すのみ!」
「仲間達を苦しめたんですから、容赦はしません」
「やれやれ。先も今回も筒抜けですか……そちらには、余程正確な情報網があると見える」
(「こいつ……」)
 抜け忍として、鴉は直感する。ケルベロスの言葉からも情報を拾うこの螺旋忍軍は、けして生かしておけない。
「どうせ、後がない状態だろう? 此処で楽にしてくれる」
 屍隷兵に阻まれ、鴉の得意技は届きそうに無い。螺旋氷縛波を叩き付けんと身構える。
「余計な詮索は無用だよ。先に自分の心配をしたら?」
 冷やかに言い放ったロベリアの達人の一撃と同時に、イリスのビハインドアタックが屍隷兵を刻む。
「星よ、切り裂け! スターショット!」
 思い切りよく、五芒星形の大きな手裏剣を投擲するミスティアン。
「開け――"The Silver Key"」
 淡々と旧き精霊魔法を詠唱するジゼル。召喚された光り輝く鍵は付喪たる『いたずら妖精』の助けによって、思わぬ軌跡を描いて異形なる盾を穿つ。
「……なるほど」
 男爵が起したそよ風が屍隷兵を癒す。2体揃って厄を被れば、同時に。その挙措はあくまでも紳士然として。
「屍隷兵はディフェンダー、男爵は……メディックです」
 素早く分析する千鶴夜。男爵の攻撃は最初のみ。今は回復に専念している。防御を固める屍隷兵と相まって相当に硬い布陣だが、敵は3、味方はサーヴァント1体欠けても11。早急に盾を剥がし、火力で押し潰すのみ!
「子供の身体を兵器に使うなんて! 戦いはゲームなんかじゃない!」
 過る苦い記憶には目を瞑る。肩並べる屍隷兵に、シュリケンスコールを浴びせるミスティアン。範囲攻撃の厄付けは分が悪くとも、ジャマーの手で掛かれば重い。
 ――――!!
 キオノスティヴァスのテレビフラッシュが炸裂すれば、1度の『怒り』でもその発動率は高い。
「ハハハ! 潰してやろう!」
 テレビウムに牙剥く屍隷兵を流星の如き軌跡を描いて、轢き倒すケオ。
(「子供の形をしていても、容赦はしません」)
 オラトリオの翼が木枯らしを孕む。剣閃も鮮烈に、桃太郎は並木道を縦横無尽に駆け回る。
「いい加減に終わらせよう」
 イリスのポルターガイストにたたらを踏んだその隙を逃さず、満を持したロベリアのタルタロスクラッシュが炸裂する。
 ――ア、アア……。
 十字に切り裂かれた傷口から地獄を噴き上げ、感情無き眼から零れた雫は、果たして生理現象か、それとも。
 1体が潰えれば、随分と楽になった感触。仲間が屍隷兵を平らげる間、男爵の牽制を担っていた風音は、グラインドファイアを放ちながら不敵に唇を歪める。
「男爵、次はあなたの番だ」
 風音の攻撃が盾でなく男爵に当たり出せば、そのヒールも自身に向けられる。となれば必然、残り1体の屍隷兵のダメージも嵩む。
 ――――!!
 怒れる金切り声が前衛を縛るも、それまで。一気に肉迫したジゼルのスパイラルアームが風を切る。
「これが、君を救う唯一の手段……すまない」
 屍隷兵の肩越しに、男爵を見やる眼差しは静か。だが、速やかなる撃破の意志は、硬い。
 いよいよ屍隷兵を全て喪い、男爵はモノクル越しに双眸を眇める。
「アダムス男爵、今更情け等毛頭掛ける心算はありませんので、御覚悟を」
 千鶴夜の凛とした言葉にケルベロス達を一瞥する。フロックコートが翻るや、男爵は動く――後方にではなく、上方に。

●逃走
「なっ!」
 瞠目するケオ。常に回り込み、退路は断ったと思った。だが、油断というには酷な一瞬の隙を突き、アダムス男爵は冬桜の樹上に逃れる。
「流石は、ケルベロスと言っておきましょう。盾亡くしては、如何な私とて分が悪い」
 よもや、単身となって即逃げを打とうとは。すぐさま『Altair』を抜き撃つ千鶴夜。息を合わせたポラリスが神霊撃を放つが、上回る素早さでかわされた。
「逃げようとするなどツレないな! もっと付き合って貰おう!」
 声高に言い放ったケオよりドラゴニックミラージュが奔れば、キオノスティヴァスの凶器も唸りを上げる。
「爵位を持つ者なら、それ相応の振舞いを見せてもらおうか」
 挑発と共にハートクエイクアローを射掛けるジゼルだが、男爵は唇を歪めるのみ。
「あなたは逃がさないよ。ここで地獄に堕ちなさい」
 ミスティアンのコアブラスターが樹上の痩身を貫き、ロベリアが両腕の地獄を無数の刃に変形させるや剣風が巻く。
「地獄に吹くこの嵐、止まない嵐を見せてあげる」
 地獄の刃は舞い散る花に似て、『悪意』の嵐の中、イリスも金縛りを掛けんとするが、サーヴァント故か麻痺させるに至らない。
「伝えよう……鼓動なきもの達の声を、意思を」
 木の下まで駆け寄り、漸く風音の『音無きものの交唱』が届く。凛々しき口調に怒りを秘め、両手に具現化した衝撃の刃を放つ。
(「紳士の姿でも螺旋忍軍。やはり素早さに長けますか」)
 飛剣を繰り出さんとして、その命中率の低さに顔を顰める桃太郎。代わりに空の斬撃が仲間の攻撃をなぞった。
 ケルベロスの総攻撃を受け、男爵の身体が幾度も震える。
「逃がすと思うなよ……細切れに解体してやる」
 二段ジャンプで飛び上がり、自ら一体化した霧に取り込まんとする鴉。だが、不可視の刃が男爵を刻まんとした瞬間、巻き起こった突風に霧は散らされ武威が相殺された。
「ケルベロスが殺人鬼の真似事とは、戴けませんな」
 怒涛を浴びて尚、樹上に踏み止まった男爵は慇懃無礼に一礼してのける。
「では、失敬」
 翻ったフロックコートが竜巻を巻き起こす。冬桜の花吹雪がケルベロスの視界を塞ぎ――薄紅の渦が収まった時には、紳士の姿は消失していた。

 見事、屍隷兵を討ち取ったケルベロス達。一般人の被害は食い止めたが、彼らの表情は一応に険しい。
(『仲間』は失わずに済んだ、でも……」)
 犠牲無きはミスティアンにとって、何よりの重畳。だが、アダムス男爵を逃した苦さに唇を噛む。
 改めて、仲間同士の情報を刷り合わせれば、屍隷兵5体各々のポジションが異なっていたと知る。男爵が調べていたのは、恐らく屍隷兵のポジション適性。
「男爵、いまさら逃げても立場など無いでしょうに」
「配下を使い潰すのに、自分だけ生き延びようとする卑怯者という事だな」
 忌々しげに眉根を寄せる千鶴夜の言葉に、ジゼルは推測を口にしたのみ。感情を抑え、静かに瞑目する。
「策士が策をしくじれば、か」
 敵を侮ったつもりは無い。実際、集合のタイミングは周到だった。追い詰める場所をもっと考慮していれば、それこそ完璧な包囲網を敷けただろう。又、足止めや捕縛、怒りでは逃亡を防げない。行動阻害の厄は発動の率も低い上に、後衛に届く技がビハインドだけだったのも痛かった。忸怩たる思いで、鴉は冬桜を見上げる。
「少し、傷んでしまいましたね」
 自らに咲くのも桜ならば、幾許かとも枝折れた冬桜を桃太郎は痛ましげに見詰めている。
「よし! 情熱的に! 癒してやろう!」

 桃太郎に代わり、癒しの炎で桜の木を焼き清めるケオ。キオノスティヴァスも応援動画を流す。
「しかし! あれ程の事件を起こした輩だけあって、ややこしい奴だな!」
 戦闘の昂揚より謀略を好む、ケオには理解し難い心情だ。一方、悔しげに拳を握る風音を、再顕したシャティレが心配そうに見上げている。
「まだ、区切りはついていませんね」
「……次こそは、終わらせるよ」
 イリスが静かに寄り添うロベリアの表情は変わらない。だが、鉄塊剣二刀をきつく握り締めていた。

作者:柊透胡 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年12月13日
難度:普通
参加:8人
結果:失敗…
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 7
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