光明神域攻略戦~プリズム・プリズナー

作者:秋月きり

●淡路島上空
「ここが淡路島、ナンナが担当する琵琶湖と対となる美しい島ですね。さっそく、私の『超召喚能力』を見せるとしましょう」
 光明神バルドルが、手にした頭骨型の魔具を掲げると、淡路島全土を覆う植物の迷宮が生み出されていく。
 それを満足そうに見やったバルドルは、彼の護衛として付き従っていた、カンギ戦士団の面々に信頼の視線を向けると、軽く一礼する。
「では、私はこの中で、『ミドガルズオルム』の召喚を行います。皆さんには、私の身を守る警護をお願いしますね」
 そう言われた、カンギ戦士団の戦士達……ダモクレス、エインヘリアル、シャイターン、竜牙兵、ドラグナー、ドラゴンといった多種多様なデウスエクス達が、その信頼に応えるように胸を叩いた。
「任せて貰おう。我らカンギ戦士団、生まれも種族も違えども、確かな絆があるのだから」
 光明神バルドルが迷宮に入ると、それに続いて、カンギ戦士団の戦士たちも迷宮へと歩を進める。
 全ては、彼らの主たるカンギの為に。

「パッチワークの魔女を支配下に置き、ハロウィン攻性植物事件を起こした『カンギ』の軍勢によって、『淡路島』と『琵琶湖』が同時に植物に覆われる事件が発生したわ」
 ヘリポートに集ったケルベロス達を前に、リーシャ・レヴィアタン(ドラゴニアンのヘリオライダー・en0068)は口早に説明を行う。事の大きさの為か、その口調に焦りの色が見て取れた。
「彼らの目的は無敵の樹蛇『ミドガルズオルム』の召喚のようね」
 その大蛇、否、神獣とも言うべき存在の特性は『どのような方法でも破壊されない』と言うもの。もし、地球上での召喚を許してしまえば、今後、攻性植物のゲートを破壊し、侵略の排除を行う事は困難になってしまうだろう。
 故に、その召喚は絶対に防がなければならない。
「現在、淡路島と琵琶湖は繁茂した植物で迷宮化している事が確認されているわ」
 その中には『侵略寄生されたアスガルド神』が設置され、その神力により、この大規模術式を展開しているようなのだ。
「勿論、展開術式を放置している訳じゃないわ。迷宮には『カンギ』配下の精鋭軍が守りを固め、他のデウスエクスやみんなの攻略を阻もうとしている」
 つまり、召喚を阻む為にはその精鋭軍を打破する必要がある。
「また、『カンギ』配下の精鋭軍は『これまでの幾多の戦いで、カンギが打ち負かし、配下に加えたデウスエクス』のようね。『カンギ』と熱い信頼と友情で結ばれており、決して裏切ることは無い不屈の戦士団の為、倒す以外に道は無いわ」
 神妙な顔で、リーシャはそれを告げた。
「みんなに攻略をお願いしたいのは『淡路島』の方。植物迷宮は淡路島全域を覆い尽くしているわ。もちろん、植物で出来上がっている迷宮だから、破壊して突き進む事は可能。……一つだけ、問題があるけども」
 植物の壁や床は破壊すると、自爆して破壊者へダメージを与えてくると言うのだ。その為、ある程度、迷宮に沿って進む必要があるだろう。無論、自爆ダメージ覚悟で破壊する事は不可能ではないが、長い迷宮だ。あまりお奨めしないとリーシャは断言する。
「それと、広大な迷宮の何処にアスガルド神がいるか不明である為、探索するチーム毎に探索開始地点や探索する地域を手分けしていくのが良いかもしれないわね」
 問題は迷宮だけではない。先程述べた精鋭軍が侵入者への対応を行うようなのだ。
「精鋭軍もまた、攻性植物に寄生されたデウスエクス。油断出来る相手じゃないわ。それと、みんなが侵入を果たすと迎撃に向かってくるようね。植物迷宮内で一定時間を過ごせば、必ず接触となる。逃れる術は無いから、必ず撃破して欲しいの」
 デウスエクスを撃破し、迷宮を踏破し、事件を引き起こしているアスガルド神を撃破する事が、今回の目的となる。
 淡路島の迷宮に居るアスガルド神『光明神バルドル』の撃破に成功すれば、植物迷宮は崩壊を始め、残ったデウスエクス達も撤退して行くだろう、とは彼女の弁だった。
「無敵の樹蛇『ミドガルズオルム』は、攻性植物側の切り札的な存在。だからこそ、ここでその召喚を止める事には大きな意味がある筈よ」
 困難な任務だが、他のチームと連携を取りながら、攻略を進めて欲しいと彼女は告げ。
 そしていつもの言葉で送り出す。そこに、万感の信頼を込めて。
「いってらっしゃい。みんななら、達成出来るって信じてるわ」


参加者
カトレア・ベルローズ(紅薔薇の魔術師・e00568)
珠弥・久繁(病葉・e00614)
ジークリンデ・エーヴェルヴァイン(幻肢愛のオヒメサマ・e01185)
燈家・陽葉(光響凍て・e02459)
山之内・涼子(おにぎり拳士・e02918)
レベッカ・ハイドン(鎧装竜騎兵・e03392)
アストラ・デュアプリズム(グッドナイト・e05909)
フェルナ・トワイライト(黄昏の禁魔術士・e29888)

■リプレイ

●光明神迷宮の囚人達
 淡路島を覆う巨大な植物迷宮。それが光明神バルドルによって産み出された迷宮である。
 抱く名に相応しく、植物達が織りなす階層をケルベロス達は踏破していく。
 全ては『ミドガルズオルム』召喚阻止の為に。
 ――未だ、その終点を誰の目が捕らえずとも。

「やっぱり駄目ね」
「駄目元でも、ちょっと悔しいよね」
 ジークリンデ・エーヴェルヴァイン(幻肢愛のオヒメサマ・e01185)の嘆息に、アストラ・デュアプリズム(グッドナイト・e05909)が同じくらい深い溜息で応答する。そんな主人の傍らで、サーヴァントのボックスナイトが慰めの如く、ぽんと肩に手を置く。
 幾多の木々を越え、進路を塞ぐ草花を踏み越えてきた。複雑に絡み合う蔓、そして枝葉は様々な道を形成。それを左右だけでなく、上下も含め行ったり来たり。
 それが、ケルベロス達の挑む植物迷宮の構造だった。
 そんな複雑な道筋だが、迷宮を形成する相手は植物。ならばと『隠された森の小路』による移動経路作成の試みはしかし、全く効果を発揮していない。見た目は植物とは言え、やはり神の創造物。自然ならざる産物と考えた方が良さそうだった。
「他班との連携もやはり無理ですね」
 己のアイズフォンが使用不可である事を確認した珠弥・久繁(病葉・e00614)が苦笑いを浮かべる。一方でスーパーGPSは効力を発揮していたが、現在地は大きく変貌してしまった迷宮だ。淡路島と言うカテゴリーの中で、自身の位置情報が判ったところで、迷宮攻略の役に立ちそうになかった。
「残念ね」
 フェルナ・トワイライト(黄昏の禁魔術士・e29888)は淡々とその言葉を口にする。
 デウスエクスによって作られた迷宮だ。通信妨害は当然と予測していた。他班と連携を取れれば多少は楽になるだろうが、それだけの話。
「道に迷う心配は無さそうですが」
 自身の身体に括り付けた『アリアドネの糸』を軽く引きながら、レベッカ・ハイドン(鎧装竜騎兵・e03392)が頷く。その他端は迷宮の入口へ括り付けている為、此処までの道には糸が残っている。
 迷宮の名の通り、此処まで一本道だった訳ではない。加えて道を形成するのは数多の植物だ。それなりの知識があれば見分けがつくだろうが、それに乏しい彼女たちでは道を見失いかねない。要所には燈家・陽葉(光響凍て・e02459)と山之内・涼子(おにぎり拳士・e02918)がマーキングを行っていたし、例え道を見失っても、心強くはあった。
 だが、それは帰路の事だ。最深部を目指すケルベロス達にとって、それ以上の意味を持っていなかった。
「少し気を抜けば、迷いそうですわね」
 カトレア・ベルローズ(紅薔薇の魔術師・e00568)の呟きは、彼らの気持ちを代弁していた。

 やがて、彼らの足は開けた場所へ突き進む。
 ――その行く手を一人の強敵が阻む事を、彼らは知っていた。

●マッシュルームプリンセス
 それは女性だった。
 後ろに流れるたっぷりとした髪は蜂蜜色。紅色の瞳がケルベロス達に向けられている。
 その身体を包む女性らしい曲線を帯びた星霊甲冑は、彼女がエインヘリアルである証左でもあった。
「――マッシュルームプリンセス?!」
 宿敵の姿を認めたカトレアが呻く様に、その名を口にする。
 名を告げられれば、それは成る程と頷かざる得ない容姿をしていた。立ち塞がる姿は凛々しく、姫騎士に相応しい。
 そして何より、彼女の手にした得物はその名を的確に表していた。
「キノコ?」
 涼子の独白はそのものずばりの名を告げる。傘の様にも槍の様にも、或いは棍とも思えるそれは、何処からどう見てもキノコだった。水玉に浮かんだ紋様は如何にも毒茸、と言った風体をしている。
 ケルベロス達が構えるよりも早く、それが疾走する。問答無用とばかりの一撃は、一同の先頭に立つ陽葉の身体を打ち据える――その刹那。
 響く金属音はカトレアの構える薔薇園の太刀から発せられた。間に割って入った彼女が、マッシュルームプリンセスの得物を受け止めたのだ。
「御久方振りですわね、マッシュルームプリンセス」
「……カトレア・ベルローズ」
 鍔迫り合いの如く、太刀の刃とキノコの柄が押し合う。得物を挟み向き合う両者は、まるで接吻を交わす恋人の如く、視線を交差させる。
「大丈夫。私は貴方の事を知っていますわ、カトレア。貴女との思い出も全て語る事が出来ますとも」
 優雅とも取れる台詞は鈴音の様に澄んだ響きを以て発せられた。
「知っている、か」
 硬直状態を止めたのは、横殴りの暴力だった。久繁の放つ鋼の拳が、マッシュルームプリンセスの身体を吹き飛ばしたのだ。零れる煌めきは彼女の砕けた星霊甲冑の破片だった。
 続けざまに稲妻を纏った突きが、彼女を襲う。陽葉の放つ奏氷の薙刀の一突きは、頬を掠め、赤い血を宙に舞わせた。
「見た目に反して、素早いね、キミ」
 追撃は氷を伴った蹴撃だった。肉薄した涼子の蹴りは砕けた鎧ごと、その身体を殴打する。
「まだ探索の途中です。足止めされている場合ではありません」
 そこにレベッカの主砲砲撃が殺到した。地面を踏みしめたマッシュルームプリンセスは自身の得物で光線を叩き落とすが、全ての被弾を遮る事は出来なかった。熱線により、肌に熱傷が走る。
「ボックスナイト!」
 自身のサーヴァントの名を呼ぶのはアストラだった。真なる自由なオーラを付与されたミミックは、その巨大な牙でマッシュルームプリンセスを捕らえる。ぎちぎちと砕ける音は、甲冑か、はたまた彼女の肉体か。
 ミミックの拘束から逃れた彼女をジークリンデの回し蹴りが捕らえる。その勢いはまさしく電光石火。咄嗟に構えた得物に阻まれたものの、手応えは充分だった。
「貴方達のやろうとしている事は見過ごせない、全力で排除させてもらう……!」
 そして、フェルナが己の得物であるブラックスライムを解放する。巨大な牙と化したそれはエインヘリアルの大柄な身体すら噛み砕かんと広がり、覆い尽くす。
 だが。
「やっぱり、そう簡単に倒れてくれませんか」
 ケルベロス達による猛攻を凌いだマッシュルームプリンセスは、得物から零れる胞子を纏い、傷付いた自身と星霊甲冑を修復させてしまう。身体を覆う闘気が増したように思えるのは、その胞子が彼女に力を付与したからだろうか。
 己の傷を修復したマッシュルームプリンセスは仁王立ちし、再度得物であるキノコを構える。その姿はまるで、今し方ケルベロス達が与えたダメージが些細だと断ずる様であった。
「カンギ戦士団が一人、マッシュルームプリンセス。貴方達が迷宮を突き進む矛ならば、私はそれを阻む盾。――カンギ様の為にも、そして光明神バルドル様の為にも、此処を通すわけにはいきませんわ」
 そして、得物を一閃する。放たれた斬撃は毒霧を纏い、援護に徹するレベッカ、アストラ、フェルナの三人を侵していった。

●戦士になる意味
 斬撃が斬り舞う。毒を孕んだ障気は地獄の番犬の身体を侵し、体力を奪っていく。
 破壊の打撃と守りの刃が衝突し、鈍い音を響かせる。エインヘリアルが放つ渾身の一撃は、防御に回るケルベロスの身体をいとも容易く吹き飛ばし、宙を舞わせた。
「――強い」
 幾度となく得物を交差させ、深く傷付くジークリンデの身体に自由人のオーラを纏わせながら、アストラは呟く。
 敵の実力を見誤った訳ではない。油断した訳でもない。ただ、ただ、マッシュルームプリンセスの名を持つデウスエクスは強かった。
 これがエインヘリアル。これがカンギ戦師団。
 戦場を舞うように駆けめぐる姫騎士の姿は、彼女の目にすら強く、そして美しく映ってしまう。
「……駄目だよね。ボックスナイト」
 唇を噛み、スマホを構える。自身の護り手であるミミックの姿は既に無い。既に仲間を、そして自分を庇い、戦いの中で殉じていた。
 仲間に犠牲が無いのは、ボックスナイトの奮闘、そして彼女が回復に専念したからだった。己の半身の犠牲を無駄に出来ないと、再度スマホを構える。
「弾幕薄いよ、なにやってんの!」
 アストラの詠唱に応えるよう、無数の応援コメントが、彼女の流す特設動画に刻まれていく。煽りや不適切な助言を掻き分け届く真摯な想いは、ケルベロス達の心身を強化していった。
「次に繋げる!」
 涼子の拳が狙ったのは、マッシュルームプリンセスの身体ではなく、それを取り巻く闘気だ。高速の重拳撃は星霊甲冑の籠手に弾かれながらも、身体を覆う力そのものを剥ぎ取っていく。
 ケルベロス達は疲弊していた。マッシュルームプリンセスの猛攻は激しかった。ボックスナイトの消失により五人に減らされた前衛は、減衰という盾を剥がれ、彼女の振りまく毒に苦しんでいる。
 だが、疲弊は彼女も同じ事。
 レベッカの放つ大量の弾丸が、その身を削る。星霊甲冑に留まらず、蜂蜜色の髪が、そして白い肌に跡を残し、ちりぢりに削り取っていく。
「やりますわね」
 それでも、彼女は優雅とも思える笑みを形成した。肉薄と共に砲身を切り上げ、半ば強制的に射撃を終焉へと導く。続けて放たれた二刃を飛んで躱したレベッカは、翼を広げ、空中で姿勢を制御。マッシュルームプリンセスとの彼我の距離を取る。
「貴方達は強い」
 突如、彼女の口からその言葉が零れる。訝しげな顔をするケルベロス達に、マッシュルームプリンセスは更に言葉を重ねた。
「どうでしょうか? 侵略寄生を受け入れて、貴方達もカンギ戦士団の一員になりませんか?」
「――ッ?!」
 陽葉が息を飲む。おぞましい提案は、降伏勧告とは思えない表情で告げられていた。
 幸せそうな、満ち足りた彼女の表情は、むしろ幸福勧告。カンギ戦士団の一員になる事が如何程に幸せだと、幾千幾万の言葉を重ねるよりも、その表情が雄弁に語っていた。
(「これが、侵略寄生」)
 今まで覚えていた違和感が、久繁の思考を反芻させる。
 マッシュルームプリンセスとカトレアが邂逅している事は間違いないだろう。そこで因縁を形成した事も感じ取れる。
 だが。
 それを知っている、と断じた彼女は、本当にカトレアの知る好敵手なのだろうか?
「これは何時かで誰かの話」
 だから、この物語は此処で終わらせなければならない。マッシュルームプリンセスと言うエインヘリアルは、そして、カトレアと彼女の宿縁は侵略寄生という病巣に冒されている。医者として、それを見過ごす事は出来ない。
 眠り姫と呼ばれる病の苦しみが再演される。身構えるマッシュルームプリンセスを侵すそれは、茨の中で眠る美女の如く、彼女の力を奪っていく。
 それが、皮切りとなった。
「私は私の言葉で語る」
 ジークリンデが詠唱を開始する。その背に浮かび上がる淑女の影は、彼女の宿敵の残滓。宿敵を自らの手で倒し、乗り越えてきた彼女だから判る。宿敵を乗り越える事の大切さと、その意味合いを。
(「――だから、貴女も自身の過去と決別なさい」)
 想いは、くすくすと響く声に掻き消される。
「嬉しいの。殺意は憎悪。その命の終焉こそがわが狂喜」
 ウレシイの。殺意はアイ。その命の終焉こそが我がキョウキ。ジークリンデの詠唱に合わせ、淑女もまた、言葉を口にする。
「獣は吠え姫が嗤うわ。その命の全てを喰らう」
 彼女と影の言葉が重なり、炎が迸る。それは憎悪で愛情だった。愛を求め、飢える事しか出来なかった二人の想いがマッシュルームプリンセスの身体を直撃する。
 地獄も斯くやの炎を受け、悲鳴が迸った。
「炎神の力を宿す獄炎の魔弓よ。黄昏の名のもとに命ずる、我に仇なす者に万象を砕く撃滅の一矢を放て」
 追撃は、フェルナの掌に炎の矢となって出現する。
 因縁は彼女も同じだ。宿業を抱き、その業を精算する為に彼女もまた、自身の生を歩んでいる。仲間が果たすべきその機会を失わせる訳にいかない。
 それが、例え侵略寄生という横槍に汚染されたものであっても。
「其は龍をも穿つ崩界の魔弾なり!」
 神話で謳われるドラゴンをも滅ぼす魔弾が、マッシュルームプリンセスの星霊甲冑を穿つ。吹き飛ばされ、植物の壁に叩き付けられる彼女を迎えるのは二つの影だった。
「カトレア、合わせよう。――凍てつけ!」
 陽葉の薙刀は極寒の冷気を伴い、マッシュルームプリンセスを強襲する。横薙ぎの傷口が、鎧が、そして彼女自身が凍結する。
「紅蓮の炎の蹴りを、その身に受けると良いですわ」
 カトレアの抱く紅蓮が、蹴撃となってマッシュルームプリンセスの身体を捕らえた。咄嗟に行う回避行動はしかし、凍り付いた手足がそれを許さない。
 ならば、彼女が頼る物は一つだけ。己が身を包む星霊甲冑だった。
 鈍い音が響く。それは、胸部装甲が砕けた音だった。
 獄炎に炙られ、凍気に晒されたそれに、もはや充分な強度は残されていなかった。或いは――。
「侵略寄生に身体を明け渡した時点で、貴女はエインヘリアルでは無くなったのかも知れませんね」
 血を吐き、崩れ落ちる強敵を前の呟きは、むしろ、寂しげに響く。侵略寄生を受け入れ、彼女はカトレアが知るよりも数段上の力を手に入れていた。此処までの苦戦を考えれば、それは明白。
 それでも、と思う。強敵への最期の手向けだ。敢えて口にする事はなかった。
(「あの時の貴女を越えたかった――」)
 それが、少しだけ残念だった。
「遂に私が長らく探していた敵を倒しましたわ」
 彼女が消えゆく宿敵に別れを告げる言を発するのと、それが起きたのは同時だった。

●迷宮崩壊
 それは地鳴りの様だった。
「地震?」
 涼子の焦りは、即座に否定される。それは、消えゆくマッシュルームプリンセスの唇から発せられていた。
「ああ。終わってしまったのですね、バルドル様。……カンギ様の願いはついぞ果たせず、ですか」
 達観とも諦めとも取れる口調を残し、その身体は光の粒と化して溶けていく。それが、カトレアの追い求めた宿敵の最期であった。
「――何処か他の班がバルドルを倒した?」
 成し遂げたのか? との久繁の声は、次に響く大きな音に掻き消される事になる。

 迷宮が、崩壊を始めていた。

「成る程ね。創造主が死ねば、産物も姿を失う。道理ね」
「――いや、言ってる場合じゃないですよ!」
 冷静にまくし立てるフェルナも、おそらくは焦燥に煽られていたのだろう。アリアドネの糸を引くレベッカの声に我を取り戻すと、彼女に従い走り出す。
 天井となっていた枝葉が崩れる。地面に叩き付けられた轟音は、その質量の大きさを伺わせた。
「大丈夫。逃げおおせられる!」
 些か、楽観的にも思えるアストラの台詞に、それでもケルベロス達は頷き、駆け出す。
 『ミドガルズオルム』召喚は此処に潰えた。また一つ困難を乗り越えた。ならば、今回もそれは同じだ。

 ケルベロス達の心は未来へと駆け出す。そこに何が待ち受けていようと、絶望だけは無いと断ずるように。

作者:秋月きり 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年12月9日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 1/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 3
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