●淡路島上空
「ここが淡路島、ナンナが担当する琵琶湖と対となる美しい島ですね。さっそく、私の『超召喚能力』を見せるとしましょう」
光明神バルドルが、手にした頭骨型の魔具を掲げると、淡路島全土を覆う植物の迷宮が生み出されていく。
それを満足そうに見やったバルドルは、彼の護衛として付き従っていた、カンギ戦士団の面々に信頼の視線を向けると、軽く一礼する。
「では、私はこの中で、『ミドガルズオルム』の召喚を行います。皆さんには、私の身を守る警護をお願いしますね」
そう言われた、カンギ戦士団の戦士達……ダモクレス、エインヘリアル、シャイターン、竜牙兵、ドラグナー、ドラゴンといった多種多様なデウスエクス達が、その信頼に応えるように胸を叩いた。
「任せて貰おう。我らカンギ戦士団、生まれも種族も違えども、確かな絆があるのだから」
光明神バルドルが迷宮に入ると、それに続いて、カンギ戦士団の戦士たちも迷宮へと歩を進める。
全ては、彼らの主たるカンギの為に。
●花牢獄
「随分とまあ、派手にやってくれるよね」
くしゃりと前髪の銀糸を掻いて、レーヴィス・アイゼナッハ(蒼雪割のヘリオライダー・en0050)は言った。視線の先の液晶は、まるで映画のワンシーンを切り取ったかのような映像を映している。
「淡路島と琵琶湖が、植物に覆われた。どうやら、カンギの軍勢の仕業らしい」
パッチワークの魔女を支配下に置き、ハロウィンの終わりに攻性植物による事件を引き起こした『カンギ』の軍勢。西日本の二地点で同時に動き出した彼らの目的は、無敵の樹蛇『ミドガルズオルム』の召喚だ。これが厄介なんだよね、と、少年は小さく舌打ちする。
「どんな方法でも決して破壊されない――それが樹蛇ミドガルズオルムの特徴さ。そんなモノがもし地球上に召喚されたら最後、攻性植物のゲートを破壊することは至難の業になる……そうなれば勿論、奴らの侵略を止める手段もなくなる」
今ここでこうしている間にも、繁茂する植物の迷宮と化した淡路島と琵琶湖には『侵略寄生されたアスガルド神』が置かれ、その神力はこの大規模術式の展開に利用されている。言うまでもなく。ミドガルズオルムの召喚を食い止めるためには一刻も早くこの状況を打破しなければならない。だけど、と加えて、レーヴィスは言った。
「淡路島でも琵琶湖でも、カンギ配下の精鋭が迷宮の守りを固めてる。かつてカンギに打ち負かされ、望んでその下についた強者達がね」
信頼と友情に裏打ちされた結束は、決して裏切らず、また諦めることもない。
「まず、君達に向かって欲しいのは淡路島の方」
広げた地図の一地点を弾いて、少年は言った。
「生い茂った植物は、島の全域を覆い尽くしてる。植物迷宮だから壊して進むこともできなくはないけど……壊すと自爆するように手を加えられてるから、ある程度道なりに進まないとこっちの身が持たないだろうね。何せ迷宮は広大だし、そのどこにアスガルド神がいるかまでは判ってないんだから」
闇雲に突き進んでも、ダメージを負うばかりで何も得られない――そんな最悪のケースとて、考えられなくはない。アスガルド神を探し出すには、探索するチームごとにスタート地点や探索エリアを決め、手分けして進めるのがよいだろう。
しかし、話はこれだけでは終わらない。
「迷宮の中にはカンギに支配され、攻性植物に寄生されたデウスエクス達もいる。侵入者を感知すれば、そいつらもすぐに動き出すだろうね」
従って迷宮のどこにいたとしても、一定時間が経過すればいずれかの敵の攻撃を受けることは必至であろう。だがその道程が如何に困難であろうとも、迷宮を踏破し、アスガルド神を撃破しなければこの事態は収拾しない。淡路島の迷宮にいるアスガルド神『光明神バルドル』の撃破に成功したその時、植物迷宮は崩壊し、内部のデウスエクス達も撤退して行くのである。
「無敵の樹蛇ミドガルズオルムは、いわば攻性植物の切り札だ。だからこそ今……その召喚を止めることに、意味がある」
周辺住民の避難は完了しており、安全に注意を払う必要はない。強敵達がひしめく迷宮の攻略にあたって、戦闘に集中できることは不幸中の幸いといった所だろう。
「アスガルド神を撃破すれば、作戦の目的は果たされる。だけど……あんまり目先のことを考えるべきじゃないのは、分かってるんだけど」
躊躇うように爪先を見詰め、レーヴィスは言葉を切る。握り締めた手は白く、微かに震えて見えた。
「……絶対に、帰ってきてよ? 君達が出てくるまで、傍にいるから」
いつものようにお疲れ様と、また笑い合えるように。
来て、と言葉少なに促して、レーヴィスはヘリオンの乗降口を開いた。水辺に茂る神域を目指し、冷えた冬空に無数の翼が飛び立ってゆく。
参加者 | |
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シャス・ナジェーナ(紡ぐ翼・e00291) |
灰木・殯(釁りの花・e00496) |
フランツ・サッハートルテ(剛拳のショコラーデ・e00975) |
ジゼル・フェニーチェ(時計屋・e01081) |
リーズレット・ヴィッセンシャフト(焦がれる世界・e02234) |
星祭・祭莉(ムーンライダー・e02999) |
アバン・バナーブ(過去から繋ぐ絆・e04036) |
イルヴァ・セリアン(あけいろの葬雪花・e04389) |
●深淵に到る
兵庫県淡路島。
瀬戸内海東部に位置する有人島は、変わり果てたその裾野を青黒い波に洗われていた。海辺には降り立った来訪者達を拒むように、十二月の潮風が容赦なく吹き付けている。
「こりゃー想像以上だぜ……」
防波堤の突端から海岸線を見渡して、アバン・バナーブ(過去から繋ぐ絆・e04036)は半ば呆然と口にした。ケルベロス達が上陸地点に選んだのは、南北に伸びる島の西岸の中間地点に位置する港――否、港だった場所と言うべきであろうか。海に突き出したコンクリートの舗道だけは辛うじて元の姿を保っているが、そこから望む島の全景は最早、彼等の知っている淡路島とは全く異なるものと化していた。見たことのある草にない草、季節の花に狂い咲きの花、ありとあらゆるものが何重にも繁茂するそこは、緑に覆われた街というよりは寧ろ、植物で造られた迷宮そのものなのである。
「まさかこれほどとは……厄介だな」
手にした地図をくしゃりと握って、フランツ・サッハートルテ(剛拳のショコラーデ・e00975)は歯噛みした。予定では港から県道沿いに南進し、岩戸神社を目指すことになっていたのだが、本来の島の地図など役に立たないであろうことは一見して明らかだった。一歩中へ踏み入ればそこは、前後左右から天地に到るまで、八方を不気味な花と葉に覆われたダクトなのだ。嘆息する竜の掌では、包囲磁石が微かに振れながらも一定の方角を示している。
「磁場が狂っていないのが、せめてもの救いか」
「せっかく空を飛べる人が集まってるのに、もったいないね」
見渡す限り鬱蒼とした世界に、星祭・祭莉(ムーンライダー・e02999)はげんなりとした様子で眉を下げた。しかし落胆している暇はない――少々予定は狂ったが、眼前に広がる巨大迷宮のどこかに、討つべき敵がいることは確かだ。
長い鎌の柄で冷えた地面をダン! と打ち、リーズレット・ヴィッセンシャフト(焦がれる世界・e02234)は胸を張る。
「居るかどうかわからないが気合は大事だよな! いざ! バルドル討伐!」
電波状況はすこぶる悪く携帯電話の類は使い物になりそうにないが、しっかりとマッピングを行えばその範囲においては、スーパーGPSが機能するだろう。それに、想定外の悪条件はどこも同じだ。
気を持ち直して迷彩柄の外套に袖を通し、シャス・ナジェーナ(紡ぐ翼・e00291)がぽつりと口を開く。
「しかし攻性植物の遣り口ってのも、どうも気持ちわりいよなあ……」
あらゆる生命に寄生することで相手を取り込み、無尽蔵に繁茂しようとする――無言の侵略者。その身を侵されていることに気付きもせず、巣食われたデウスエクス達は今、何を想うのだろう。想像して気分が悪くなったのか、シャスは薔薇色の髪をぐしゃりと掻いた。
「俺にゃ耐えられねえな、そんな状態」
「神々すら取り込んでしまう攻性植物、なんて……一体、どんな敵なのでしょうね」
海風にポニーテールを靡かせて、イルヴァ・セリアン(あけいろの葬雪花・e04389)は言った。一分の不安と果てのない探究心を秘めた瞳は、迷宮の入り口を真っ直ぐに見据えている。
「準備は、いい?」
一歩先へと踏み出せば、ジゼル・フェニーチェ(時計屋・e01081)の足首で輝く糸が軌跡を描いた。無言の内に頷き合って、ケルベロス達は防波堤を辿る。先を行く仲間達の背を眺め、灰木・殯(釁りの花・e00496)は天を仰いだ。
「さて――そして女神は国生みの山に現れるのやら」
見詰める頂は、遥か迷い路の彼方にある。
●ENCOUNTER
「どっちを向いても似たような景色ばっかりだな……」
むう、と唸るリーズレットに合わせるように、頭上のボクスドラゴンがクアッと大きく欠伸した。GPSで大まかな位置は把握できるものの、変わり映えのしない道を延々と行くだけというのはなかなかに気の滅入るものがある。おまけに道を形作る植物は、下手に触れば自爆しかねないというのだから性質が悪い。
ごしごしと両目を擦って、リーズレットは言った。
「いかんいかん。こういう時こそ集中しないと!」
変わり映えのしない景色だからこそ、迷ってしまわぬようしっかりと道を把握しておかなければ。奮闘するその先では、双眼鏡を手にしたアバンが前のめり気味に歩を進めている。
「く、来るなら来い……!」
敵地への潜入というかつて経験したことのない任に、歳若いドワーフは少なからず緊張していた。しかし身体は小さくても仲間達の盾となる身――威圧的な空気に気圧されていないと言えば偽りになるが、だからといって後ろに引っ込んでいる訳には行かない。一方それとは対照的にマイペースな祭莉は、どこかのんびりとした口振りで呟いた。
「本当にどこまでもこんな調子なんだねえ」
ねえ、と視線を振り向けると、傍らに浮かんだ猫がみゃあっと鳴いた。
敵影もなければ罠もなく、障害もない。かといって、目ぼしいものもない。陰鬱な迷宮をそうしてどれほど歩いたのだろう。
変化が生じたのは、潜入開始から凡そ一時間が経過した頃のことだった。
「ここは行き止まり……と」
分岐路の片側に大きなバツ印を残し、フランツは嘆息した。空が見えないこともあって、迷宮内の時の流れは異様に緩やかに感じられた。ひょっとしてこのまま何も起きないのではないか――そんな考えが、ケルベロス達の思考を掠める。しかしその時、風の鳴くような音がした。
「……なんだ?」
左右に分かれた分岐路の左側、まだ見ぬ通路のその先で、何かが動く気配がする。視線で注意を促し、シャスは草花の陰に身を潜めた。絡み合う蔦の隙間から道の先を覗って、ジゼルがはっと息を呑む。
「――ドラゴン?」
ずるずると長い尾を引いて、それは緑の巣穴を這う。カンギの軍勢の一員であるのか、或いは単にこの迷宮内に飼われた存在なのかは解らないが、冷たく光る鱗に覆われた竜が一頭、ゆっくりと此方へ近付いてくる。これからの探索を考えれば、無駄な戦闘は避けたい所だが――。
「……当てが外れたか」
その上ただでは、通してくれそうにない。
殯が肩を竦めたその刹那、氷混じりの突風が緑の小径を貫いた。咄嗟に仲間達の前に飛び出せば氷の礫が頬を裂き、アバンは思わず顔を歪める。目を開けていられない程の風に息が詰まりそうになるのを堪えて、イルヴァが告げた。
「来ます!」
四本の腕で地を這って、現れたのは色の無い竜。木枯らしに似た声を上げて、それはケルベロス達に牙を剥いた。
●凍てつく咆哮
「ピキィィ!」
耳を劈く咆哮に、周辺の草葉が震えた。ここは通さぬというように前脚で床を踏み鳴らす竜は、さながら神域のガーディアンだ。こうして行く手を阻まれるということは、彼等の来た道もあながち間違いではなかったということなのだろう。ミドガルズオルム、と喉の奥で呟いて、シャスは雷の杖を持ち直した。
「そんなモン召喚なんぞさせて堪るかっての!」
破壊されぬ蛇。それがどんなものかを想像するのは易くないが、それによってもたらされるであろう災厄を想うことは難くない。決意を露に掲げれば、杖の先から波状の電撃が迸り、仲間達を護るように展開する。
道を阻む者は、ただ砕くのみ。キッと紅玉の瞳を細め、イルヴァは氷晶の刃を返した。
「……怖くない、と、言ったらうそになりますけど」
屈強なドラゴンのその先に控えるは、彼女の祖先が暮らした星にかつて君臨した神々の二柱。連綿と紡がれてきた歴史の全てを識っているわけではないけれど、身体の内側に巡る血はおぼろげに、彼等に対する畏怖の念を憶えている。
けれど、さりとてその胸に秘めた想いが消えるわけではない。
「わたしが生まれ、生きて、大切な人たちと出会ったこの星は。……絶対に、傷つけさせません!」
開いた掌に、薄氷が紋を描く。自らの血を贄として解き放つ呪力は、かつて故郷が教えてくれたもの――教えてくれたもの。掛け替えのない物を抱いて生きるこの世界を、壊させる訳には行かない。
「悪いが、名乗っている暇はないのでな」
タンと軽やかに草の根を蹴って、フランツは青い天蓋の間近へと跳躍する。そして謳うように、囁くように紡いだ。
「我が地獄が、君を迎えに行こう」
黒い翼が低く、空を貫いた。高速の貫手に怯んだ竜が僅かに後退したその隙に、殯がすかさず畳み掛ける。
「蔓延る病理を、みすみす逃す訳には往きませんので」
此処に見えたからには喰らわねば、地獄の番犬の名が廃る。眼鏡の奥で、鋭利な赤眼が儚むように笑んだ。
「いずれ散り逝く定めなら――」
せめて一時、鮮やかに。
憐れみに似た囁きと共に手袋の指先が銀鱗をなぞり、竜の胸元に真紅の花を咲かす。命を吸って開く花は霧の如くに吹き散って、獣は苦悶の声を上げた。
「……また、来る……!」
深々と息を吸い込んで、竜の胸が脈動した。促す言葉が終わるか終わらないかのうちに凍てつく息が通路を満たし、ジゼルは堪らず眉を寄せた。灰色に波打つ髪を抑えれば、朱け色の薔薇が凍ってかさりと乾いた音を立てる。
「デルタさん!」
「響!」
祭莉とリーズレットが叫んだのは、ほぼ同時だった。主君の声に応えるように、猫とボクスドラゴンとが吹き付ける寒風の前に躍り出る。自らもその風を真っ向から受け止めながら、アバンは返す手でケルベロスチェインを走らせた。
「行くぜ!」
意思を持ったかのように廻る鎖が円弧を繋ぎ、清らかな光が仲間達を包み込む。幾重にも張り巡らした護り手が奏功し、戦線は安定して見えた。しかし頑健なる竜は尚、退くことなく彼等を睨み続けている。
●樹海に堕つ
「ふう……!」
白い翼の羽ばたきに連れて、虹色のヴェールが揺れる。癒しの光を前線の仲間達に纏わせて、祭莉は額の汗を拭った。
如何に小柄とはいえ、ドラゴンは強敵だ――そう易々とは通してくれない。長時間に及ぶ攻防はじりじりと、ケルベロス達の体力を奪っていた。次第に上がる息を整えながら、アバンは掲げた斬霊刀をひと撫でする。
「行っけぇぇ!」
迷宮に四散する霊力が研ぎ澄まされた刀身に収束し、光の奔流となって無色の竜を呑み込んだ。そして不意に脳を揺さぶる眩暈で、少年はよろけ、たたらを踏む。しかしすかさず、シャスがその背に杖先を向けた。
「倒れさせやしねえよ」
そうでなければ、彼女が此処に立っている意味がない。乱れた長髪を無造作に背中へと流して、女は吼える。
「地獄の番犬を甘く見るなよ!」
解き放つ魔法のメスが、傷の痛みを切り裂いた。ナイスフォローと一瞬笑んで、リーズレットは大鎌を掲げる。
「私も負けていられないな!」
勢いをつけて、しかしペンを回すが如く軽やかに。回し放った刃は漆黒の環となって、竜の腹を裂き舞い戻る。
ピィと笛を吹く音にも似た、苦悶の声が響いた。頑丈な岩も一度亀裂が走ればそこから容易くひび割れるように、癒し手を持たない竜はケルベロス達の猛攻に徐々に弱りつつあった。虚ろに彷徨う瞳に小首を傾げ、殯は問いかける。
「神の居場所を、御存知ありませんか」
氷柱のように尖った尾が、唸りを上げた。軽やかなバックステップで距離を取れば、銀の尾先が眼前の床に突き刺さる。知らないならば、と言葉をなぞる唇が、不敵に笑んだ。
「致し方ありませんね」
これ以上、足止めを食っている暇はない。
伸ばした手のその先を目指して、黒い残滓が収束する。そして一息に貫けば、竜は仰け反り、黒の混じった血を流した。
此処までくれば、一気呵成に――両手に光と闇を宿して、フランツがのたうつ竜に躍り掛かる。暴れ狂う尾を竜砲弾の一撃で弾き、イルヴァは仲間達に呼び掛けた。
「あと少しです!」
ふらりふらり、よろける竜の足踏みが、絡み合う蔦の地を揺らす。逆手に握ったナイフを胸の前に引き寄せて、ジゼルは瞳に憐れみとも、慈しみともとれぬ色を浮かべた。
「お前様はどうして、ここにいるの」
どこからか連れて来られたの?
それとも望んでやって来たの?
もし言葉を与えられたなら、彼は何を語るだろう。それを知らずに往かせることが、今は少しだけ惜しい。
「でも、もう行かなくちゃ」
たとえこの道の先に、何が待ち受けるわけでなかったとしても。それを確かめることこそが、彼女達の役目だ。
おやすみ、と、囁き傾けた刃の煌めきは、死に行く竜に何の幻を見せただろう。
ずんと地響きを伴って、氷の竜は崩れ落ちた。緩やかに解けて行くその身体が、繁る草葉を濡らして行く。
●神域の末路
「やったか……」
氷竜の残骸を見下ろして、フランツは言った。思いの外に時間を食ってしまったが、敵の強さを鑑みればこれでも善戦した方だろう。
ぺたんとその場に尻餅をつき、アバンは深く長い息を吐く。前線で仲間達を庇い続けた少年の疲労は深く、またその分、安堵も一入だ。その様子にくすりと苦笑して、殯は仲間達を見渡した。
「皆さん、ご無事ですか?」
「うん、大丈夫だよ」
頑張ったねと傍の猫を腕に抱きながら、祭莉は服の砂埃を払った。
全員が無事にこの死線を超えられたことは幸甚だ。何しろ見詰める道の先には、依然として果てのない植物迷宮が続いているのだから。
「他の班のみんなは、今頃どうしてるんだろうな」
「さあな。ここからじゃ、他所のことは何もわかんねえよ」
仲間達の傷に癒しの術を施しながら、リーズレットとシャスが交わす。せめて連絡が取りあえればと思わないこともないが、使えぬ道具を嘆いていても始まらない。
道の先へくるりと向き直り、ジゼルが言った。
「それでも、あたし達は進むんでしょう」
それがどんなに不毛な道であっても、見届ける。刻みつける。此処で起きたことを、確かに憶えておくために。
問えばきりりと居ずまいを正し、イルヴァが答えた。
「勿論です!」
戦いを終えて尚果敢に、番犬達は迷宮の奥を目指す。真紅の袖を翻し、少女は足早に歩き出した。
やがて崩落する迷宮は、神々の死を告げるだろう。そして彼らの慟哭は、来たるべき大きな戦いの序曲となるのである。
作者:月夜野サクラ |
重傷:なし 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
公開:2016年12月9日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 6/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 0
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