光明神域攻略戦~真冬の緑

作者:長谷部兼光

●淡路島上空
「ここが淡路島、ナンナが担当する琵琶湖と対となる美しい島ですね。さっそく、私の『超召喚能力』を見せるとしましょう」
 光明神バルドルが、手にした頭骨型の魔具を掲げると、淡路島全土を覆う植物の迷宮が生み出されていく。
 それを満足そうに見やったバルドルは、彼の護衛として付き従っていた、カンギ戦士団の面々に信頼の視線を向けると、軽く一礼する。
「では、私はこの中で、『ミドガルズオルム』の召喚を行います。皆さんには、私の身を守る警護をお願いしますね」
 そう言われた、カンギ戦士団の戦士達……ダモクレス、エインヘリアル、シャイターン、竜牙兵、ドラグナー、ドラゴンといった多種多様なデウスエクス達が、その信頼に応えるように胸を叩いた。
「任せて貰おう。我らカンギ戦士団、生まれも種族も違えども、確かな絆があるのだから」
 光明神バルドルが迷宮に入ると、それに続いて、カンギ戦士団の戦士たちも迷宮へと歩を進める。
 全ては、彼らの主たるカンギの為に。

●ジョーカー
「『カンギ』という言葉を覚えているだろうか。パッチワークの魔女『ヘスペリデス』を支配下に置き、先のハロウィン騒動を引き起こしたと目される黒幕の名がそれだ」
 そのカンギの擁する軍勢が、琵琶湖と淡路島を植物の迷宮へと作り変えてしまったらしい、とザイフリート王子(エインヘリアルのヘリオライダー)は語る。
「彼らの目的は、無敵の樹蛇『ミドガルズオルム』の召喚だ」
 ザイフリート王子によると、ミドガルズオルムは、どのような方法でも破壊されないという特性を持つと言う。
「『無敵』の称号は誇張ではない。もし、地球上での召喚を許してしまえば、攻性植物の保持するゲートの破壊と、それに係る侵略の排除が至難を極める事になるだろう」
 召喚に成功しさえすれば、『ユグドラシルと繋がったゲートは絶対不可侵』となる。
 詰まる所、その時点で攻性植物の完全勝利とケルベロスの恒久的な敗北がほぼ確定してしまうのだ。
 それだけは何としてでも阻止しなければならい。
「出現した二つの植物迷宮の内部には、『侵略寄生されたアスガルド神』が設置されている。この二柱の神力を利用し、ミドガルズオルム召喚の為の大規模術式を展開しているようだ」
 このチームには淡路島……『光明神バルドル』が設置された迷宮へと赴いてほしい、と、ザイフリート王子は言った。

●グリーン・ダンジョン
 植物迷宮は現在、淡路島或いは琵琶湖全域を覆い尽くしている。
 その名の通り植物で構成された迷宮であるため、破壊して進むことは不可能ではないが、植物の壁や床は破壊されると自爆してダメージを与えてくる。故にある程度迷宮に沿って移動する必要があるだろう。
 広大な迷宮の何処にアスガルド神がいるか不明である為、探索するチーム毎に探索開始地点や探索する地域を手分けしていく事を推奨する。
「この時点で面倒な構造になっているが……敵は広大な迷宮だけではないぞ」
 迷宮内では、『カンギ』の配下の精鋭軍が守りを固めている。
『カンギ』配下の精鋭軍は『これまでの幾多の戦いで、カンギが打ち負かし、配下に加えたデウスエクス』であり、『カンギ』と熱い信頼と友情で結ばれており、決して裏切ることは無い不屈の戦士団だ。
 彼らは迷宮への侵入者を確認すると迎撃に出てくるので、チームによって接触の遅い早いはあるだろうが、最終的に交戦は避けられない。
 敵であるデウスエクスを撃破し、迷宮を探索し、そして、この事件を引き起こしているアスガルド神を撃破する事が今回の目的となる。
 『光明神バルドル』の撃破に成功すれば、植物迷宮は崩壊をはじめ、防衛対象を失ったデウスエクス達も撤退する筈だ。
「降って湧いた窮地だが、今回の戦いは同時に攻性植物攻略の足がかりともなりうるだろう。頼んだぞ」


参加者
カタリーナ・ラーズグリーズ(偽りの機械人形・e00366)
館花・詩月(咲杜の巫女・e03451)
鏑木・郁(傷だらけのヒーロー・e15512)
ガルフ・ウォールド(欠け耳の大犬・e16297)
マロン・ビネガー(六花流転・e17169)
尾神・秋津彦(走狗・e18742)
月井・未明(彼誰時・e30287)
御忌・禊(憂月・e33872)

■リプレイ

●探索
 淡路島全体を覆いつくし出現した光明神域、その内部。
 館花・詩月(咲杜の巫女・e03451)が警戒しつつぐるりと周囲を見渡すと、大小無数の路が四方八方に伸び伸びて、場所によっては十以上もの階層が存在し、下階層へとつながる怪しげな小穴があると思えば、いかにも上階層へと昇るに都合の良さそうな蔦までこれ見よがしにぶら下がっている。
 マッピング中のダンジョン図を覗き込む鏑木・郁(傷だらけのヒーロー・e15512)の口から零れた溜息は、その場にいるケルベロス達の総意だった。
 およそ593平方キロメートルの面積を誇る大迷宮は、さらに入り組んだ複数の階層で構成され……まさしく途方も無い広大さだ。
 郁がアリアドネの糸を突入点に括りつけて置かなければ、何もかも見失っていただろう。
「バルドル達の儀式は絶対阻止! ですっ! とは言え……」
 マロン・ビネガー(六花流転・e17169)が翼飛行で迷宮を俯瞰しようにも、複雑な迷宮構造と隙間のない緑の天井が邪魔をする。
 スーパーGPSで確認する限り、現在位置は進行ルート上の目印と位置付けていた小学校付近であるらしい。
 断言できないのは、そうと明瞭にわかるような物が全て緑が隠し、何一つ確認できないからだ。
 月井・未明(彼誰時・e30287)は行き止まりの道にロープを張るついで、床や壁面を叩いてみる。
 好奇心からか、自然のダンジョンを探索する未明の心は少々躍る。
 ……これが地球の危機で無ければ尚良かったのだが。
 迷宮を形作る植物は頑丈で、強く叩いてもビクともしない。
 緑が密集してできた暗所付近にケミカルライトを設置してみるが、特段の反応があるわけでもなく、グラビティに反応して自爆する以外のギミックは無さそうだ。
 御忌・禊(憂月・e33872)とガルフ・ウォールド(欠け耳の大犬・e16297)の二人がアイテムポケットに目一杯カラースプレーを詰め込んできたのは正解と言えた。
 禊が手早い動作でスプレーを吹き付け迷宮に目印を加えるが、それでも相応に時間はかかる。
 しかし必要な行動だ。
 道の分岐と行き止まりが多く、進めど進めど景色は変わらず緑一色。
 印を細かくつけなければ迷い果てるのは目に見えているし、他班がこのエリアを通過する際の道標にもなるだろう。
 何しろ、他班との連絡手段は現状、この目印くらいしか機能しそうにないのだから。
 迷宮突入直後から続く通信障害。
 ガルフが定期的に無線や携帯電話で他班との連絡を取ろうとしても叶わず、それはカタリーナ・ラーズグリーズ(偽りの機械人形・e00366)のアイズフォンも同様だった。
 どうやら、迷宮を形作る植物がこちらの通信を妨害しているらしい。
 まともな造りのモノではない。隠された森の小路がその効果を発揮しないのも頷ける。
「島一つを迷宮化するとは、首魁を探すにも骨が折れますな」
 尾神・秋津彦(走狗・e18742)が肩をすくめる。
 ……詰まる所、この迷宮は侵入者の足止めに特化しているのだ。
 迷宮が広大である以上ケルベロス達は戦力を分散せざるを得ず、迷宮が複雑である以上ゴール……バルドルに到達する時間は遅くなる。
 迷宮の存在意義はそれだ。
 迷宮内に存在するカンギ戦士団も、すべては無敵の樹蛇『ミドガルズオルム』を召喚するための時間稼ぎに過ぎないのだろう。
「――ですが狼の鼻は利くもの。必ず見つけ出してカンギ戦士団ごと退治してしまいましょうぞ」
 どうあれ侵入者が楽を出来る仕掛けなど有りはすまい。
 事態を収束させるためには敵の誘いに乗って真正面から突き崩すしかないのだ。
 ケルベロス達は秋津彦の言に頷き、南あわじ市街中心部へと歩を進めた。

●歪
 迷宮侵入より一時間。
 相変わらず景色の変化に乏しいが、地図の上では県道四七七号線付近であるらしい。
 平時ならこのまま暫く直進すれば目的地の一つである中学校に辿り着くだろう。
 が、迷宮と化した現状では、到着まであとどれほどの時間を要するか分かったものではないし、何より――。
 開けた迷路の中心で、ケルベロス達は不意に足を止める。
 最初に気が付いたのは、どんな小さな変化も見逃すまいと五感を研ぎ澄ませていたウェアライダー達だった。
 いわばそれは、勘に過ぎない。そう感じたことに確たる証拠があるわけではない。だが。
 ――ケルベロスならぬ者の気配を一瞬感じた。
 ケルベロス達は一所にかたまり、四方を見張る。
 見れば身を伏すに足るポイントなど幾らでもあった。
 どこから来る。東か西か。南か北か。それとも天か。
 ……否。
 地だ。
 カタリーナの足下にあった緑の一部が大きく隆起したかと思うと、刃の如く鋭く変じ、彼女に襲い掛かる。
「悪いけど、そう簡単にはやらせない」
 配置的に、カタリーナと隣接していた事が幸いした。
 寸前、詩月が左腕に装備した印刷装置より量産・展開した即席式符がカタリーナを守護し、凶刃の威力を大きく殺ぎ落す。
「―― 式の早打ちは得意でね」
 そして凶刃の出現と同時、ガルフが視界の端に捕らえたのは、幽かに身じろぎ、僅かな殺意を発する一つの影。
 影へと向けてガルフは威嚇するように唸る。
 低く轟くその声は、敵対者への明確な宣戦布告。
 魔力を孕むガルフのグラウリングは『敵対者』の簡易な迷彩を吹き飛ばし、そうして露わになったシルエットは……。
「……ふん。良い仲間を持った、とでも言うべきかしらね?」
「イングヒルト……!」
 カタリーナの宿敵にして、かつての同胞。
 ダモクレス・イングヒルト。
 その姿を認めたカタリーナは疾駆し、ボクスドラゴン・クロクルの属性インストールを上乗せした雷槍撃を見舞ったが、攻撃を受けたイングヒルトはゆっくりと、薄く笑った。
「来ると思っていたわ。貴方も、ケルベロスも、練りに練ったこちらの計画を御破算にすることに関しては大得意だものねぇ」
 イングヒルトは言葉を続ける。
「本来ならば、貴方達がどれだけ足掻こうが、攻性植物の勝利は確定していた。ミドガルズオルムを召喚する必要すらなかった。その筈なのに、無駄だったはずの見苦しい足掻きが、こちらの敗北を呼び寄せようとしている。現状、その確率は万分の一以下に過ぎないけれど……」
 宿敵の言動がおかしいとカタリーナが気付くのに、数秒の時間も要さなかった。
 その異常性は他のケルベロス達から見ても明らかで、彼女が滔々と語るそれは、あくまで他の全てを排した攻性植物による攻性植物の為の利を説くものでしかない。
「レプリゼンタ・カンギの邪魔はさせない。刺し違えてでも、貴方達をここで止める」
「もう、良い。下らない口上は聞き飽きた……哀れで滑稽だよ……あの誇り高かったあなたが、他の奴に傅くなんて」
 カタリーナの知るイングヒルトは、他者に命を預け恭順するような性格では無かった。
 ……何かが有ったのだ。
 カタリーナと袂を分かった後、彼女の根幹を覆す致命的な何かがその身に降りかかったのだろう。
 即ち、それこそが。
「侵略寄生、ですか」
 イングヒルトの髪飾りを見遣り、マロンが一言、確信に触れる。
 触れながら、マロンが迷宮内に創り出したのは、鹵獲を繰り返し数多の魔力を吸い込んだ満月だ。
『月』が放つ黄金色の光は一つ一つ細い水滴となり、前衛に優しく降り注ぐ。
 ……そう。もしも、もしも仮に彼女が夜空に浮かぶ真白の月に心を奪われたならば。
 もしも赤く燃える夕陽に心を震わせていたならば。
 もしも心ある人間と巡り合っていたならば……或いは別の未来もあっただろう。
 だが彼女は、魔の緑に魅入られた。
 カンギ戦士団は決して裏切らぬ。ヘリオライダー達は、そう言っていたか。
「これは体の良い洗脳だろう。熱い信頼が聞いて呆れる!」
 恐らくイングヒルトに限った話では無かろう。
 前衛に紙兵を散布する郁の表情は険しい。
 カンギ戦士団を構成する数多の宿敵達も、バルドル・ナンナのアスガルド神ですら、偽りの信頼と友情を刷り込まれて、迷宮の守備と召喚の依代して使われているのだ。
 侵略寄生。おぞましい程驚異的な能力と言えるだろう。
 ……本来ならば決して相容れぬ宿敵達の末路を目にして、胸糞の悪さを感じずにはいられない程に。
「……これが攻性植物の本質……なのですか……」
 鎖の如く連なる数珠、神舞・魂振を用いて陣を描き、己が地獄の力を前衛に分け与えながら、禊は苦々しく呟く。
 共存は、他者を理解し両者が慮ることから始まる。
 ローカスト達とは少なからず意思疎通する事が出来た。
 だがこれは、余りにも一方的な寄生と侵略。
 地球のみならず他のデウスエクスすら浸食するその行動原理にこちらの理屈を挟む余地は無く、彼らをここで止めなくば、全てが緑に沈むだろう。
 魂振と対の数珠、神舞・御霊会が大きく波打つ。
「そうだな。今は……割り切って戦うべき時だ」
 未明が抜き放った日本刀。その軌跡が弧月の如く閃いて、イングヒルトを引き裂いた。
「きみの本来の目的は? きみ自身は、一体何を企んでいたのかな」
「さぁ。どうだったかしら。侵略寄生を受け入れた今となっては、そんな昔の事、どうでも良いわ」
「なんと。己が持つべき因縁を、全て彼岸へ捨て去ったと言うのでありますか」
 ならば後は話が早い。その『身』一つを斬って進むのみ。
 秋津彦がオーラ纏う斬霊刀を虚空に振るうと、オーラはたちまち分離して、斬撃は敵に食らいつく弾丸となる。
 応酬とばかりにイングヒルトが深紅の長鎗、その切っ先を秋津彦に向ける。
 深紅の刃は敵を蝕む呪いの瘴気に包まれ揺らぎ、そして集積された呪の塊は勢いを持って解き放たれる。
 秋津彦を蝕む筈だったそれは、刹那、持ち前の瞬発力と体躯を頼りと射線に割り込んだガルフがすべて引き受けた。
 他者が傷つく姿を無るのは好かない。故にこれが最善だ。
 呪毒に侵され膝をつきそうになる衝動を律するように、ガルフは確固たる自分の意思で、誇りを抱いて、勇猛果敢に唸り吠え、イングヒルトを睨む。
 彼女の意志は、誇りは、何処にある。

●激突
 詩月に迫る攻性植物を、郁が直前庇い受け止めた。
「おっと、大丈夫か? 怪我は?」
「それはこっちの台詞だと思うよ」
 詩月が郁を見ると、盾役として仲間を守り続けてきた彼の姿は傷だらけだったが、それでも郁は大事ないと人懐こく笑んで見せた。
「何、まだまだ全然余裕だ」
「だったら、お札の印刷は中止だ。それじゃあ……行こうか」
「ああ!」
 郁の返答を合図に、詩月の装着する緋袴に似たシルエットを持つアーマーが駆動する。
 アーマーにマウントされた砲塔が展開し、アクティブになった砲口から間断ない射撃が放たれる。
 だが、それらはあくまで牽制射。
 本命は、バスターライフルによる極大の凍結光線。
 フロストレーザーが直撃したイングヒルトは一瞬全身が氷結したように硬直して、郁はその隙に、体内を巡る豊富なグラビティ・チェインをエアシューズ・steife Briseに集中させる。
「これで――どうだ!」
 疾風の如き蹴撃は、現状出自身が出ししうる最高の破壊力を伴ってイングヒルトの腹部を抉り叩く。
「おお! さすがでありますな郁殿! されば自分も奥の手を!」
 此処、既に狩り場なり。狼の巣なり。
 秋津彦は無数の刀剣を宙空に召喚し、それら全てに光の霊力『秋津陽』を纏わせる。
 霊力を纏った刀剣は自律する白光の狼へと変じ、次々に咆哮する。
「――汝の奥津城なり! さぁ! 皆様方!」
 大挙する白狼。
 しかし、群れを成すのは狼のみならず。
 怒濤の白波と共にイングヒルトへ迫るは四名のウェアライダー。
「昔がどうでも、今は皆ケルベロスの仲間だ。絶対、一人も欠けさせない……!」
 見据える未来が同じなら、それは身を挺して守る理由に足る。
 ガルフが降魔の一撃を叩き付た後、はたと気づくと周囲が薄く烟っている。
 未明の持つ薄月の影響だ。
「きみの目には、なにがうつる」
 烟る彼我。全てをおぼろにする霞の中で、未明とイングヒルトの眼差しは交差する。
 だが、そこまでだ。
 靄のかかった景色の如く、イングヒルトの瞳からは何も読み取れず、霞む大気の向こうから数珠の音がなり響く。時間切れだ。
「どうか、動かないでいてくだされば……」
 イングヒルトが気付いた時にはもう遅い。禊が操る神舞・御霊会が烟りを散らし、彼女をがっしり捕縛して、その様をじっと見ていた白狼たちは動きの鈍った彼女目掛けて距離を詰め、容赦なく押し寄せた。
 秋津彦自身も秋津陽による弐刀を揮い、群狼の一騎となり、天地上下の別なく縦横無人に迷宮を駆け抜けて迫ると、あらゆる剣撃を浴びせ付け、乱舞する。
「こ、の。ケルベロス共がぁ!」
 イングヒルトが叫ぶ。
 深紅の長槍は呪毒を集め緑を纏い、より禍々しい形状へと変じる。
 彼女は恐らく、寄生侵略されてから得た己の能力を、全て出し切るつもりなのだろう。

●深紅の終焉
「立ちふさがるなら――容赦はしないよ。あなたを今、この場で破壊する。ラーズグリーズの名に――破壊する者の名にかけて」
「貴方に、貴方なんかにできるものですか」
 双方が槍を構える
 イングヒルトに向けたカタリーナの槍は白く輝き、
 カタリーナに向けたイングヒルトの槍は血液の如き緋に染まる。
 両者共、限界まで引き絞られた弓のように張り詰め、そして。
 堰を切ったように溢れた白と紅の奔流が迷宮を支配する。
 ぶつかり合う槍と槍は互いに一進一退押し合い、せめぎ合い、拮抗し、
 終に二つの光は『同時に消えた』
 どちらかが、どちらかの攻撃を相殺したのだ。
 ……観察するまでもない。
 マロンは確信をもって禁断の断章を紐解き、詠唱し、カタリーナを強化すると、禊の渡した地獄が、ごうと噴き出して、
「……カ」
 一筋の流星の如く、闇夜を迸る白光の鎗は、
「カタリィィィナァァァ!!」
 緋色の憎悪を飲み込んだ。

「――わたしはあなたを恨んでない。寧ろ感謝してるよ。あなたのおかげで大切な人に会えたから」
「私は貴方を恨んでいる。一番大事な所で裏切って、本当に、本当に……なんて憎々……しい」

 詩月が宿敵を打倒したカタリーナを気遣いつつ、ケルベロス達は迷宮探索を続行するが、自班の探索範囲内では、目ぼしい成果は得られなかった。
 その後、突入から二時間半程度で迷宮は崩壊する。何処かの班が目標を達成したのだろう。
 だが郁には、これで終わりと思えなかった。
 首魁のカンギはいまだ健在なのだ。じき新たな策謀が渦を巻くだろう。
 だとしても。自分には守りたいものがある。故に決して引きはすまい。
 ……崩壊し始めた迷宮で、カタリーナが思い出すのはイングヒルトの最期の声。
 言葉とは裏腹に、背中越しに聞いたそれは、凪のように穏やかで……。

「まったく。最後まで、らしくなかったな……」

作者:長谷部兼光 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年12月9日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 7/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 3
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