光明神域攻略戦～地を覆う植物迷宮、死闘の幕が開いた

■リプレイ

●異常事態
　湖の上の、緑の迷路。わたしたちに解かれるのを待っているのね。
　琵琶湖の北西部上空、ルチアナ・ヴェントホーテ（波止場の歌姫・e26658）の目に映る、琵琶湖は青々とした植物に覆われていた。
「あそこから入るぞ。てめぇら覚悟はいいか？」
　折り重なるように繁茂した植物は触れた物の内部に食い込むように、或いは外に向かって歪んだ成長して堅牢な壁を作っており、常識の通用しない迷宮を形作っている。
「うん、ちょっとびっくりしただけ、だいじょうぶだよ」
「すごく大きい、これ全部が迷宮なんだよね」
　緑の壁にぽっかりと空いた穴、それを迷宮への入り口と判断して、ヘリオンから飛び出る刹那、陶・流石（撃鉄歯・e00001）から投げられた言葉に、後に続こうとする、スノーエル・トリフォリウム（白翼の花嫁・e02161）、アビス・ゼリュティオ（輝盾の氷壁・e24467）が頷きで返した。
「マシュちゃん、そっちはダメだよ」
　琵琶湖全域という広大さに加え、高低の幅は高層ビルほどもあった。床も壁も天井も植物で出来ている迷宮の中に踏み入れば、そのボリューム感に圧倒され、外部に出ることはおろか様子を確認することも諦めざるを得ないとすぐに理解できた。
「他のところはだいじょうぶかしら？」
　ノエル・マールブランシュ（紫と円舞曲を・e01629）が心配そうに呟く。他のチームと連絡が取れれば、少しは安心できたかも知れないが、迷宮に踏み入った今は叶わない。
「神様ねぇ。こんな大層なものをこしらえて、てめぇのやりてぇことの理由を他人に押し付けてんじゃねぇっての」
　少し先に進むだけで外の様子は分からなくなり、流石が愚痴るほどに、視界も足場も悪くなる。這い上がることも難しそうな上り坂や少しずつ傾斜し沈み込んでゆく床は、不規則に歪んだ形状も相まって、緑色の煉獄のように感じられた。
「どっちに進めばいいのかな？」
　前を歩いていた、霧城・ちさ（夢見るお嬢様・e18388）が分岐を前に首を傾げる。
「やっぱり持ってきておいて、良かったです」
　板餅・えにか（萌え群れの頭目・e07179）が広げた滋賀県の地図に、ノエル・マールブランシュ（紫と円舞曲を・e01629）が、現在地を表示させる。
「中心を目指すのですから、そっちです」
　磁石を持つ、ルチアナが地図を覗き込むように見てから、分岐する道の右側を指さすと、手早く目印を描き残す。ちさは安心したように笑み、北条・椿（一閃突き・e14047）もまた、穏やかに目尻を下げる。
「皆さんとご一緒できて、本当に良かったです。ナンナを必ずや仕留め、勝鬨を上げましょう……！」
「えへへ、それは気が早すぎるじゃないですかねー」
　高低の感覚も方角も認識しにくい状況で、中央を目指すという指針があり、今現在どの方向を向き、どの程度進んでいるかを把握できていることは、精神的な余裕を生み出す源泉となっていた。
「よく考えたら、わたしたち今、湖の上を歩いているんだよね」
　風が水面を撫ぜる、ざわめくような音が聞こえ、暗さに慣れたちさの目には上り坂の先が途切れているように見えた。小走りに上り詰めて見れば、少し開けた小部屋のようになっている。
「あれ、何か居るのかな？！」

●敵襲
　昼は水族館の人気者！　しかしてその正体は――ッ！
　催し物のような雰囲気と共に現れたのは、バランスボールのような球の上に乗ったペンギン姿の螺旋忍者。愛くるしい姿に此所までシリアスに進んできた一行の表情が凍りついた。
「待って！　琵琶湖の近くって水族館とかありましたっけ？」
「てんぐー！！」
　えにかの声に応えることなく、一方的に名乗りを上げると、襲撃者は手にした八つ手のような葉を振るい、凍てつく螺旋を撃ち放った。瞬間、両者の間に、割り入るのはちさだった。
「ここはわたしがお守りしますわっ！」
　直後、螺旋の直撃を受けて、ちさは悲鳴を上げる。なんと勇敢な少女だ。てんぐーはわざとらしく絶賛する。その一瞬に間合いに踏み込んだ椿は腰の高さにドラゴニックハンマーを引いて力を篭めた。
「邪魔をするのでしたら、地面へ這わせて差し上げましょう」
　次の瞬間、横薙ぎに振り抜かれた、巨大なハンマーヘッドが、強かにてんぐーを打ち据えた。
「深海七武将のあなたが、カンギ戦士団の一員になっていたなんて、どういう風の吹き回しかしら？」
「なんのことかな？　さっぱりわからないや！」
　こんな場所で変わり果てた宿敵と会うなんて意外だと思いつつ、えにかは子どもに童話を読み聞かせるように詠唱を開始した。
　それはオオカミに襲われる赤ずきんの話のような一節。
　――おおかみは言いました。『それはね、おまえをたべるためさ！』と。ですが、女の子は赤いコートを翻して言いました。
「でかい口はそこまでにしてもらおう！」
　語調を一変させた叫びと共に、繰り出された斬撃が、シラを切る、てんぐーに命中する。
　そこにルチアナの突き出した光の剣が突き刺さる。
　鮮やかな連係攻撃にてんぐーは、慌てて間合いを広げて、態勢を立て直そうとする。
　そのタイミングで、スノーエルの装甲から光り輝く粒子が放たれ、無数の粒子は意思を持つ粉雪のように広がってゆく。
「ありがとうですの」
　光の一部は変色したちさの肌に触れると染み入るように溶けて、螺旋の冷気に傷つけられた肌を元に戻し、次いでアビスの放ったオーラの光輝が、身体の奥に刻まれたダメージを取り去る。
「急がばまわれだね。いくら早く倒せても仲間の犠牲と引き替えじゃ喜べないよ」
「誰だって大切な人のもとに帰りたいよ、ね」
　ノエルの構えた『リュヌ』と『エト』、二振りの惨殺ナイフの刀刃に映る幻影が具現化し、カンギ戦士団となったてんぐーの抱いていたトラウマを呼び起こす。
「ひえぇー！！」
「おう、目ぇ逸らしてんじゃねぇよ」
　てんぐーの心の揺らぎを察した、流石が間近に迫り、鋼の如き冷たさを帯びた目線を向ける。瞬時に身体を強ばらせて、身を引こうとする標的を目がけて、ちさは緑の床を蹴って跳び上がった。
「はいはい、どっこいしょ！！」
　だが、軽やかなかけ声と共に足元のボールをくるりと回すてんぐー。流星の煌めきを帯びたちさの蹴りは、その脇を抜けて、緑の壁に衝突した。
　見た目がどうであれ、相手は精鋭と称される敵。気持ちの切り替えと態勢の立て直しも早かった。
「いっくよー！」
　てんぐーは明るい声を上げ、二振りの八つ手の葉を床面に振り下ろす。
「危ない、離れて！」
　アビスの警告が飛ぶとほぼ同時に、床面が脈打つように動いて、瞬く間にケルベロスたちを飲み込む奔流と変わった。
「そうれ、そうれ！　うひゃあっ！！」
　仲間の悲鳴が響く中、攻撃の範囲から外れた椿は、気配を感じさせない歩みで、跳び乗ったボールの上で、調子づくてんぐーに忍び寄ると、鮮やかな達人の一撃を放った。
「どんなすごい攻撃でも、完璧と言うことはありえません」
「私たちも命がけなの。悪く思わないでね」
　続けて、ノエルの放ったオーラの輝きを凝縮した弾丸がてんぐーのつるりとした肌に突き刺さって爆ぜる。直後、床の蠢きが止まった。
「参ったなぁ、こっちも引くつもりは無いんだ。ナンナを泣かせたくないからね」
「わかるよ。でも私もみんなと先に進みたいんだよ」
　敵が抱く忠誠を気持ちでは理解しながらも、認めることはできないと、スノーエルはキッパリと告げた。そして傷ついた状態で役割を果たそうと飛び続けるボクスドラゴンの方を見遣ると、白い翼が描かれた魔導書、その禁断と言われる断章を紐解いた。
　次の瞬間、莫大な癒力と仲間の思いを受け取った流石は駆け出して、間合いを詰める。
「悪ぃ、この借りは戦いで返す」
　身体が軽くなった。スノーエルに顔も向けないまま、急所を捉えた蹴りにさらに力を篭め、さらにもうひと蹴りを重ねる。
「にしても、しばらく見ない間に格好良くなったかしら？」
　ダメージを刻まれた身体に鞭打ちつつ、言い放ったえにかは完璧なコントロールで操ったファイアーボールを命中させる。
「でも、悪者はそっち、立場をわきまえてもらわないと困りますねー」
「ふん、そんな攻撃、大したことないね……！」
「そのとおりですっ、みなさま、いきますわっ。ふぁいとっ、ですのー」
　アビスの操るヒールドローンが癒やしの恵みをもたらす中、高らかに響く声と共に、ぎこちないけれど一生懸命な、ちさの応援パフォーマンスが披露される。シリアスに傾き掛けた雰囲気が和み、軽やかな癒やしがもたらされれば、ウィングキャットの清らかな羽ばたきが続き、さらに気持ちで負けてなるものかと、ルチアナの突き出した音速の拳がてんぐーを打ち飛ばした。
「わたしたちには地球しか無いんだもん！」
　敵とも和解できたら素晴らしいだろう。でも今はそれが非現実的であることも分かっている。だから戦う、何もしないで悔やむより、納得できる未来を勝ち取る為に。
「ったく、めんどくせぇ奴だなあ！」
　こいつが命がけで守ろうとしているナンナとはどんな奴か？　同じ女性として興味もわくが、尋ねたところで答えるわけは無いだろうと、流石は気合いと共に腕を突き出した。瞬間、作り出された重力振動波が光すら歪める振動となって、てんぐーに襲いかかる。
「……これ以上、お前の好きにはさせないよ」
「大丈夫？　これですぐに治してあげるんだよ。痛いのは最初だけだから、ね！」
　ケルベロスたちの攻撃を凌ぎ、なおかつ攻撃を繰り出してくるてんぐー。その恐るべき忍耐強さに心底うんざりしながらも、アビスは諦めることなく淡い癒やし送り、スノーエルの強大な癒術、時々巨大な本で殴打しているようにも見える――が治癒を確かなものにし、痛撃を重ねさせる隙を与えなかった。
「ホント参ったなあ、まだまだナンナの為にがんばらなきゃいけないのに」
　床に打ち付けた八つ手から伝う脈動が床を揺らす。揺れる床は歪み異形の奔流を生み出すが、それはケルベロスたちに危機をもたらすことなく、突然に萎びて勢いを失った。
「これ以上、時を稼がせて差し上げる義理はありません」
　極限まで精神を集中させた、椿が目を見開いた瞬間、てんぐーの身体から閃光が広がって大爆発を起こす。光の中で灰を散らしながら燃え上がる敵の身体。
　――終わった。そう思ったのは一瞬だった。軽く回転するような動きに炎は霧散しボロボロになったてんぐーが黒くつぶらな視線を向けてくる。
　乗っていたボールは失われて、肩から提げていた法螺貝も壊れて、短い足で立っているのが、やっとという感じだったが、引く気配は全くない。
「いつまでもお付き合いしてあげる暇はないのよ」
　無慈悲に言い捨てた、えにかの脇を駆け抜けたルチアナの突き出す光の剣が、てんぐーの腹に突き刺さり、自分の死を告げるような叫びを上げる。
「エニカさん、今よ」
　次の瞬間、ルチアナが光の刃で突いた傷口を目がけて、えにかは空の霊気を帯びた斬撃に己の持つ力の全てを篭めて叩きつけた。長い胴を深々と斬り下げられたてんぐーは噴き出る血に声を詰まらせ、横様に倒れた。
　動かなくなった宿敵の瞳は黒い点のように見開かれたままであったが、命の終焉を告げるように、死した身体は溶けて、緑色の床に染み入るようにして消滅した。

●邂逅
「なんかいいもん見つからないですかねー」
　探索に役立つものが残されていないかと、えにかは期待を込めるが、空振りに終わる。
「命あってのことですが、まだまだいけそうですね」
　軽い足音を立てて、迷宮のさらに奥を目指すちさ、そして再び此所を通る時のために目印を施すルチアナの様子に目を細めると、椿もまた決意を込めて足を踏み出した。
　かくして道なりに進んで暫し、異変を知らせたのは小さな音。
「何だ、この音は？」
　音に神経を尖らせていた流石が呟くと、ここまで前に進むばかりだったちさが、立ち止まり両掌を耳たぶに当てるようにして、目を閉じた。
「女の人の泣き声みたい……だよね」
「そうだ、泣き声だ。いったい誰の？」
「そんなの分からないよ。でも聞こえるのは下の方から、距離は分からないけれど」
　壁に耳を当てたアビスが応じると、椿が考えるより確認してみましょうと持ちかける。
「ナンナかもしれねぇしな、確かめる価値はあるだろ」
　間もなく、音は泣き声として、鮮明に聞こえるようになる。
　やがてたどり着いた墨を溶いたような薄暗い空間の中央、仄光る白い花のようにして慟哭しているのが、正にナンナであった。
「殺された、殺された、みんな殺されました。あなた方は私も殺しに来たのですね？」
「その通りだよ。お前とは、何の面識もないけれど、正直嫌いだね」
　間を置かずにアビスが拒絶で応じ、同時に味方を警護するドローンの群れを飛び立たせる。本来であれば困っている人には手を差し伸べたくなる性分であったが、血なまぐささを帯びたナンナの雰囲気には嫌悪と警戒のほうが先に立った。
「勝手に攻めてきたのはナンナさんの方だよね。それで恨むのはおかしくないかな？」
　続いて発動されたスノーエルのメタリックバースト、薄桃色のボクスドラゴンの加護が、ナンナを包囲する攻め手にもたらされる。
「自業自得だぜ、悪く思うのは筋違いだぜ」
　瞬間、流石の繰り出す神速の蹴りがナンナの急所を捉える。吐き出された血が何かの術式の描かれた床を赤く潤す。
「ナンナさん、まだ何か企んでいるようですな？」
　床に描かれた術式が死者を悼むものか、それとも阻止すべき儀式に関するものなのかは分からなかったが、時間を掛けてはいけないと感じたえにかの火の玉が爆ぜてナンナを紅蓮の輝きで包む。
「生きながら焼かれているのですね私、ふふっ、この程度の苦痛、心の痛みにくらべればどうということは無いですわ」
　身体に刻まれる痛覚を愉しむように言い放つと、殉教者のようにナンナは胸の前で手を組み合わせた。
「私とバルドルが集めた力、ミドガルズオルムの召喚には足りませんが、せめて、この力を『始まりの萌芽』を守る一助としてください」
　次の瞬間、奇妙な気配が空間に満ちる。
　――させない。
　ただならぬ何かを感じた、ちさ、アビス、ルチアナ、椿、ノエルらが放った攻撃が迫る。だが、それらがナンナを粉砕するよりも早く、とても強い風が吹き抜けて、そこかしこに満ちていた気配は風に運び去られるようにして消え去り、そして地鳴りのような振動と共に、強固にかみ合っていた植物の床が緩み始める。
「急いで脱出しないと、寒中水泳だよ！」
　迷宮の崩壊を察したスノーエルの声が響く中、やっとひと息つくことの出来た、えにかの胸に万感が去来する。
「ミドガルズオルムの召喚は止めることは出来たみたいね。でも、『始まりの萌芽』とはいったい……？　どうも、これで戦いが終わりというわけじゃ、なさそうね」

作者：ほむらもやし	重傷：なし 死亡：なし 暴走：なし
種類： 公開：2016年12月9日 難度：普通 参加：8人 結果：成功！
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