●琵琶湖上空
「美しい湖ですね。バルドルに島を押し付けて、湖を担当した甲斐がありますわ」
光明神ナンナは嬉しげに、眼下の湖面を見下ろすと、薄桃色の花弁を散らし『超召喚能力』を発動する。
するとどうだろう、花弁の落ちた湖面から、巨大な植物が生み出され、瞬く間に琵琶湖全体を覆い出したでは無いか。
ナンナは、嬉しそうに微笑むと、彼女の頼りになる仲間であるカンギ戦士団の面々を振り返った。
「侵入者が現れれば、この迷宮は皆さんにそれを伝えてくれるでしょう。ですから……私の事を、まもってくださいませね」
そうお願いするナンナ。『ミドガルズオルム』の召喚という大役を果たす彼女は、その特殊能力に比して戦闘力が極端に低い。
もし、ケルベロスが襲ってくればひとたまりも無いだろう。
「そのための、私達、カンギ戦士団です。私達の命にかけて、一人たりとも、あなたの元には通しはしません」
ドリームイーター、螺旋忍軍で構成されたカンギ戦士団の団員達は、ナンナにそう受けあった。
彼女達の間には、互いに命を預けあう程の絆が確かにあるようだった。
「では、『レプリゼンタ・カンギ』に、約束された勝利を届けましょう」
ナンナの号令と共に、カンギ戦士団は、琵琶湖の上に作られた植物の迷宮の中へと姿を消したのだった。
●
常日頃の軽薄な笑顔を引っ込めた蛍川・誠司(虹蛍石のヘリオライダー・en0149)が切り出す。
「淡路島と琵琶湖がヤバい」
未だ記憶に新しいハロウィン攻性植物事件――パッチワークの魔女を支配下に置いた『カンギ』の軍勢により、今度は淡路島と琵琶湖が同時に植物に覆われる事件が発生してしまったと誠司は早口に告げる。
曰く、敵勢の目的は『無敵の樹蛇』ミドガルズオルムの召喚。
「で、このミドガルズオルムってのが厄介でさ。どんな方法でも破壊されないみたいなんす」
つまり、もし地球上での召喚を許してしまえば、
「そうなっちゃったら攻性植物のゲート破壊とか侵略排除とかは……なんつーか、至難、っすよね」
苦々しげに呟き、メモ帳を手繰る指先に力を込めた。
現在淡路島と琵琶湖は繁茂した植物で迷宮と化しているが、その中に設置された『侵略寄生されたアスガルド神』の神力によって大規模術式を展開させている形らしい。当然の如く、迷宮の守りはカンギ配下の精鋭軍が固めているという。
精鋭軍として配属されたデウスエクス達は、それぞれが幾多の戦いの中でカンギ自身の打ち負かしてきた相手であり、熱い信頼と友情で結ばれた彼らは決して互いを裏切らない。
不屈の騎士団と呼べば聞こえはいいが、相対するこちら側からすれば打倒すべき強敵である。
「植物迷宮のほうは淡路島と琵琶湖を全部覆ってる感じなんすけど、あくまで植物でできた迷宮っすから、壊しながら進むことも可能っちゃ可能だね。……ただ、植物の壁や床は壊されると自爆するんで痛いっす」
説明をしながら中途半端に言い淀んだのは、迷宮を破壊した際のデメリットが明確ゆえ。自爆によるダメージがいかほどかはわからないが、広大な植物の園を奥深くまで潜るには決して対策なしに看過できる問題ではないだろう。
どこにいるかすら不明なアスガルド神を発見する為、チームごとに探索開始地点や地域を手分けした上で、ある程度は迷宮に沿って移動するのが良いかもしれないとヘリオライダーの少年は提案する。
「それに、迷宮内には攻性植物に寄生されたデウスエクスもいるっすからね」
カンギ支配下であるそれらのデウスエクスは侵入者を確認すると迎撃に出てくるようだ。一定時間が経過すれば、どこにいようと敵との交戦は免れ得ない。
「皆にお願いしたいのは、まずデウスエクスの撃破。それから琵琶湖の迷宮探索と――この事件を引き起こしてるアスガルド神『光明神ナンナ』の撃破っす」
光明神ナンナの撃破さえ遂げれば植物迷宮は崩壊を始め、デウスエクス達も撤退していく。
「周辺住民の避難は終わってるんで目的達成に集中してもらって大丈夫っすよん。無敵の樹蛇なんて大変なモンの召喚は絶対止めなきゃだからさ」
一旦言葉を切った誠司が顔を上げる。
「応援しかできねーのがもどかしいけどさ。皆、がんばってな」
居並ぶひとりひとりへしっかりと視線を遣り、余った袖の中で強く拳を握った。
参加者 | |
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流星・清和(汎用箱型決戦兵器・e00984) |
ダレン・カーティス(自堕落系刀剣士・e01435) |
鎧塚・纏(アンフィットエモーション・e03001) |
左之森・リア(赴くままにゆらりと歩む・e12959) |
泉宮・千里(孤月・e12987) |
王生・雪(天花・e15842) |
リュティス・ベルセリウス(イベリス・e16077) |
スノードロップ・シングージ(堕天使はパンクに歌う・e23453) |
●
湖上を覆う植物迷宮の入り組んだ通路、垂れ下がる蔦を掻き分ける。
「さーて……張り切ってウワサの女神サマの御尊顔を拝みに行くとしますかね!」
「残念だけどその女神様、人妻よ?」
華奢な腕に伝わる冷たい緑の感触を振り払い、僅かに唇を尖らせつつ鎧塚・纏(アンフィットエモーション・e03001)はダレン・カーティス(自堕落系刀剣士・e01435)の広げた地図を覗き込んだ。
現存する地図と照らし合わせた自分達の位置把握自体は予定通り順調だ。しかしさすがは迷宮と呼ばれるだけはある、何層にも折り重なった不可思議な構造とあまりにも広い敷地は、まるで侵入者を拒むために造られた要塞のよう。
「しかしここまで大きな迷宮を作るとは……」
隠密気流を纏った左之森・リア(赴くままにゆらりと歩む・e12959)がどこか感心したように呟く。曲がり角の向こうを注意深く見遣ってから、リアは仲間へ軽く手招きを。
「……大丈夫じゃ先に進むぞ」
同じく北北東からと方針を定めたチームは他にもあったはずだが、他班の付けたらしい痕跡も見当たらず。
ただ、上手く探索を手分けできていると考えれば悪くない。
流星・清和(汎用箱型決戦兵器・e00984)がアイテムポケット内に預かってくれていた蛍光塗料で通過済みのマークを描き、行き止まりなどの『ハズレ』の道にはスノードロップ・シングージ(堕天使はパンクに歌う・e23453)が目印のキープアウトテープを貼り付け、一同は更に深く中心地を目指す。
幾本目かのケミカルライトを放り捨てた辺りで、前方の警戒を担っていた泉宮・千里(孤月・e12987)が後続を制止する如く片腕をゆるりと横へ翳した。
見通しの悪い通路の奥に敵影――立ちはだかるカンギ戦士団の一人、戦巫女ウズメの姿。
「来やがったぜ」
殆ど吐息に近い小声で敵の襲来を告げ、振り返れば真剣な瞳の王生・雪(天花・e15842)と視線の軸が合う。
ケルベロスの侵入を察知して現れたのだろう敵がこちらを睨むのをダレンは億劫そうに受け流し、
「……一服出来んのはもーちょい後らしい、な」
恋しい紫煙はまた後で、と刀の柄に指を這わせた。
●
「さて、ガンガン当ててイキマスヨ!!」
身を隠すともなく通路中央に陣取り構えるウズメを前に、ケルベロス達は即座に戦闘態勢を取る。
「食らいツケ! 幻影黒蛇!!」
先手必勝とばかりにスノードロップのブラックスライムがウズメの腕に喰らい付いた。だが、その身に受けた戒めをものともせずに、ウズメの腕を禍々しく覆う螺旋はリュティス・ベルセリウス(イベリス・e16077)を狙う。
「させるかっ!」
リュティスへと届くより早く射線を遮る千里が螺旋を散らせば、入れ替わるようにして雪が一歩前へと踏み出し。
「凜冽の神気よ――」
雪の細腕に握られた刀が凍気を孕む。白刃にたたえた吹雪は動きばかりか感覚さえも奪い去るようにウズメの足取りを鈍らせた。
カンギ戦士団として在る以上、目の前の敵も攻性植物に侵略寄生され、何がしかの影響をその身に受けているのだろう。自身の携わった攻性植物絡みの縁――記憶を掠める無邪気な笑顔は未だ雪の心に複雑な想いを抱かせる。
なれど真の禍根に至るまで、この脚を、歩みを止めるわけにはいかない。
そしてこの先に待ち構えるものを思えば、ここで手をこまねいてもいられない。ダレンの両の手に収まる打刀と小太刀の二刀が咲かせた血桜を、纏が敵の足元へ生み出した紅蓮が焦がす。それでも丸い眼鏡のレンズ越しに映る相手は平然と、その表情を崩そうとはしなかった。
「ありがとうございます、千里様」
メイド服のスカートを翻したリュティスの奏でる戦の調べに乗せ、ウイングキャットのシーリーも邪気を祓う羽ばたきをもって前衛へと加護をもたらす。
丁寧な言葉にひらりと片手で返礼し、千里の手裏剣が絹の放つ尻尾の輪に追従して螺旋を描く。先の事件が脳裏に過るのは、千里も同様に。
「てめぇにゃ此処で朽ち果て貰うぜ」
災いの芽を摘み取るならば、花開くより以前でなければ。
密かに噛み殺した忌々しさをぶつけるような一撃はウズメの体躯に深々と突き刺さる。
「フイシン、敵を引きつけておいてな」
リアの指示を受けたボクスドラゴンがブレスで敵の注意を引く間に、清和がウズメへと肉薄する。彼の姓と同じ軌跡を描く蹴撃がウズメの胴を薙いだその時、初めてウズメの冷静な面立ちに変化が訪れた。
「……お前、まさか」
眉根を寄せるウズメに対し、当の清和はその意図が読めず。
「そんな張りぼてに身を包んでいても私にはわかるっ!」
「何の話だかさっぱりだね」
それは、清和には覚えのない因縁。ケルベロスとなる前の、既に忘れ去った繋がり。
ウズメとしても『侵略寄生されていない本来の彼女なら』真正面からこうして敵対する多勢の排除になど乗り出さぬのだろうが、そんなことは清和は知らないし、今は追及している時間もない。刻一刻と、ミドガルズオルム召喚の時は迫っているのだ。
会話を遮るように撃ち出されたリアのファミリアシュートがふたりの距離を離す。
「悪いが、話しておる時間も惜しくての」
穏やかな語り口のリアとは対照的に、ぎり、と歯を軋るウズメの表情は固い。
ケルベロス達の意気は目前の強敵打倒へと改めて注がれる。
光明神の打倒。そして、ミドガルズオルムの召喚阻止の為に。
●
さすがは守護として配属されただけはある、ということか。
元々ウズメの持つ忍びらしい豊富な手管もあるが、カンギ戦士団としての意識の固さも相俟って、どうあっても通してくれそうにない雰囲気を感じる。
「寄生された操り人形って訳か」
「カンギ戦士団の結束、見事なものじゃな」
つくづく厄介な植物だなと吐き捨てる千里に続き、リアも溜息混じりの感嘆を洩らす。
おそらくは、他班も同じようにカンギ戦士団に阻まれているのだろう。だとすれば、あまり悠長に時を浪費するわけにもいかない。
とは言っても、相手もさるもの。こちらを煙に巻く術は心得ているらしく。ウズメの姿が幾重にもブレて見え始めたと思えば、その身に異常への耐性を纏ったのが感じ取れた。
このまま放置すれば、ここまでに受けた状態異常も消えてしまいかねない。それならばと。
「そうはさせません!」
雪の守護星座の力を込めた強かな剣撃がウズメを打つ。纏った力が消え去ったばかりか、身体の重さが増加したことで、ウズメの唇が不意に歪んだ。その周囲を、千里の幻惑の焔が包む。
「煙に巻くのはこっちも得意でね」
視認出来ぬうちに胸元へ突き刺さる暗器はウズメの身体に痺れをもたらし。これを好機と、スノードロップが更に切り込む。
「哀れな不死者に死の祝福を!」
死の天使の名を冠した歌声が響き渡って敵の身を苛めば、彼女からは苦悶の声があがる。
いかなる猛者も、たった一人でこの人数を相手に無傷ではいられない。けれど尚も退く様子を見せないのは、侵略寄生の効力か、はたまた過去の因縁ゆえか。
相手の手の内がわかるほどに、こちらも対策は立てやすくなる。
千里の観察眼が『押すなら今だ』と脳裏に告げた。同じく相手の弱りゆくのを察した纏が目配せをする先には、にぃと笑う未来の旦那(予定)の姿。
目で会話するように意を汲んで、ダレンが走る。
「偶にはマジメに振ってみますか……ねっ!」
紫電一閃、電光を纏う高速の剣戟の閃きが派手にスパークしてウズメの胴を貫く。
「そら、続けッ!」
とダレンが声をかける頃には、
「まぁ! 良い風穴ね、見通しが良くなったわ」
可憐にころころ微笑む纏が無数の十字を引き連れて。
まっすぐに、頑なに、その腕を振り下ろす。
「征きなさい。――わたしは『カミサマ』をも凌ぐ牙になる」
数知れぬ十字の兵に穿たれたウズメの口許には紅い筋が流れ落ち。もがく忍軍が身をよじろうと、その身体は満足に動くことはない。十字兵に紛れて張り巡らされたリュティスの幻惑の糸が肉に喰い込み、自由を奪い去っていた。
「鮮血の花を咲かせて頂きましょう」
糸引けば赤い花が散る。それでも立ち続けるウズメの目に映るのは、すべて忘れた因縁の相手。
「君が誰かは知らないが、立ち塞がるなら打ち砕く!」
例えどんな過去であれ、因縁であれ。それは今、足を止める理由には決してならないのだから。
「存分に、往くがよいぞ」
リアの生み出した偽りの月に照らされ、清和の元へと集うのは数多のパーツ。
「全パーツ射出っ! 超合金合体!」
植物迷宮の通路を埋め尽くさんばかりの巨躯に変化した清和の手には、長大な剣が一振り。全力駆動する脚部パーツによるローラーダッシュで、清和はウズメへと突進してゆく。
「いくぞ必殺、フォートレススラーッシュ!」
通路ギリギリの一撃がウズメを切り裂き、膝がついに折れる。その目に湛えたのは悲しみか、それとも恨みか憎しみか。
その時、ひとつの戦いを終えたケルベロス達の耳に、聞き慣れない音が響いた。
●
激戦の余韻も冷めやらぬうち、探索を再開しようと顔を上げたケルベロス達の視界がぐらりと傾ぐ。
それが地面の揺れだと認識するが早いか、ほろ、と、天井を成す蔓の一端が解けた。
「きっと光明神ナンナの撃破に成功したのですね」
兆しを見止めたリュティスが安堵の息を吐くと同時、緩くほつれ始めていた迷宮が本格的な崩壊の音を立てて枯れ落ちていく。砂埃に似たざらつく空気を舞い上げながら崩れ去ろうとする植物の壁や床は、もういかなる攻撃への反撃もできないようだった。
「これなら壊した方が脱出の近道デース!」
「んじゃ、とっとと帰りましょーかね」
期待した女神の美貌には巡り合えなかったが仕方ない、ガツンと壁を切り拓いてダレンは纏へ手を差し伸べる。
「お手をドーゾ?」
「ふふ、それじゃあ、麗しの日常までエスコートをお願いね」
一瞬ぱちくりと瞳を瞬かせた後で、纏は衣服の裾を摘んだ手とは反対の手をダレンの掌に浅く重ねた。
いち早く外界へ飛び出たスノードロップに続いて一同は迷宮を後にする。
侵略寄生、レプリゼンタ、ミドガルズオルム……じわじわと真綿で首を締める如く続いてきた攻性植物の襲撃が一気に浮き彫りになってきたような気分だ。
「一連の事件……随分と、根深いようですね」
漆黒の瞳を憂い気に伏せる雪の腕の中、真白い絹が主人を励ますように小さく喉を鳴らした。
作者:鉄風ライカ |
重傷:なし 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
公開:2016年12月9日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 3/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 3
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