光明神域攻略戦~湖畔に映るは、神々の迷宮

作者:ハル

●琵琶湖上空
「美しい湖ですね。バルドルに島を押し付けて、湖を担当した甲斐がありますわ」
 光明神ナンナは嬉しげに、眼下の湖面を見下ろすと、薄桃色の花弁を散らし『超召喚能力』を発動する。
 するとどうだろう、花弁の落ちた湖面から、巨大な植物が生み出され、瞬く間に琵琶湖全体を覆い出したでは無いか。
 ナンナは、嬉しそうに微笑むと、彼女の頼りになる仲間であるカンギ戦士団の面々を振り返った。
「侵入者が現れれば、この迷宮は皆さんにそれを伝えてくれるでしょう。ですから……私の事を、まもってくださいませね」
 そうお願いするナンナ。『ミドガルズオルム』の召喚という大役を果たす彼女は、その特殊能力に比して戦闘力が極端に低い。
 もし、ケルベロスが襲ってくればひとたまりも無いだろう。
「そのための、私達、カンギ戦士団です。私達の命にかけて、一人たりとも、あなたの元には通しはしません」
 ドリームイーター、螺旋忍軍で構成されたカンギ戦士団の団員達は、ナンナにそう受けあった。
 彼女達の間には、互いに命を預けあう程の絆が確かにあるようだった。
「では、『レプリゼンタ・カンギ』に、約束された勝利を届けましょう」
 ナンナの号令と共に、カンギ戦士団は、琵琶湖の上に作られた植物の迷宮の中へと姿を消したのだった。


「大変です、パッチワークの魔女を支配下に置き、先日のハロウィンに関連する攻性植物事件を引き起こした『カンギ』の軍勢により、『淡路島』と『琵琶湖』が同時に襲撃を受ける事件が発生しました!」
 セリカ・リュミエール(シャドウエルフのヘリオライダー・en0002)が、いつになく厳しい表情を浮かべて、集うケルベロス達に切り出した。
「『カンギ』の軍勢の目的は、『無敵の樹蛇』ミドガルズオルムの召喚と思われます。ミドガルズオルムは、どのような方法でも破壊されないという、極めて危険かつ厄介な特性を持っていて、もしミドガルズオルムの召喚を許してしまえば、攻性植物のゲートの破壊および、侵略の排除が非常に至難となってしまいます」
 そうなれば、一年後……あるいは百年、それ以上かは分からないが、将来的、最終的な人類の敗北を意味しているといって過言ではない。
「現在、淡路島と琵琶湖は、繁茂した植物で迷宮化してしまっています。その中には、『侵略寄生されたアスガルド神』が設置され、その神力により、この大規模術式を展開しているようです」
 無論、防備も万全だ。『カンギ』配下の精鋭軍が配置されている。
「『カンギ』配下の精鋭軍は、これまでの幾多の戦いで、カンギが打ち負かし、配下に加えたデウスエクスであり、『カンギ』とは熱い信頼と友情で結ばれているようです」
 ゆえに配下は、『カンギ』を決して裏切る事は無く、加えて『カンギ』のためという目的の一致した、不屈の精神を有していると思われる。
「淡路島と琵琶湖を覆う植物迷宮は、その全域、細部に至っています。そのため、その中を破壊して強引に進むことは不可能ではないのですが、覆う植物の壁や床自体が破壊されると自爆し、ダメージを与えてくるため、ある程度は迷宮に沿って移動する必要があります」
 迷宮は広大で、何処にアスガルド神がいるのかも分からない。探索するチーム毎に、探索開始地点や探索する地域を手分けするのが最善だろう。
「ですが、敵は迷宮だけではありません。さっきも言った通り、迷宮内には『カンギ』によって支配され、攻性植物に寄生されたデウスエクスが潜んでおり、皆さんに襲いかかってくるはずです」
 侵入者の存在を確認すると、デウスエクス達は迎撃に出てくる。一定時間経過すれば、どこに居ようともその目から逃れることはできず、最終的には必ず襲撃を受けてしまうだろう。
「デウスエクスの撃破、そして迷宮を探索し、事件を引き起こしているアスガルド神の撃破が今回の目的です。琵琶湖のどこかに隠れたアスガルド神『光明神ナンナ』を撃破さえできれば、植物迷宮は崩壊し、『カンギ』の配下達も撤退していくでしょう」
 また、
「周辺住民の避難は完了しておりますので、その点はご心配なく……」
 まさしく迷宮。先が読めず、少ない情報に、セリカは申し訳なさそうに眉根を寄せている。
 だが――。
「『ミドガルズオルム』が召喚されれば、状況が一変しかねません。ですが、敵に切り札を使わざる得ない状況にしたのも、皆さんの活躍の賜物なのです」
 どうかこの困難を打ち破って欲しい。セリカは願い、頭を下げた。


参加者
エイン・メア(ライトメア・e01402)
ブリキ・ゴゥ(いじめカッコ悪い・e03862)
クライス・ミフネ(黒龍の花嫁・e07034)
南條・夢姫(朱雀炎舞・e11831)
鏡・胡蝶(夢幻泡影・e17699)
植田・碧(紅の癒し・e27093)
ソウ・ミライ(お天気娘・e27992)

■リプレイ


「もー! 敵は何処に居るのー、ぐるぐるなの」
 探索を初めてからおよそ数十分が経過した頃。植物迷宮にはソウ・ミライ(お天気娘・e27992)の声が響き渡っていた。
「予想していたとはいえ、無線機もダメダメみたいですしねーぇ。はいはーぃ、ソウさんは落ち着いてくださいねーぇ♪」
 ウンともスンともいわない無線機を振りつつ、エイン・メア(ライトメア・e01402)はソウの頭を撫でながら、苦笑を浮かべている。
「まぁ、そうでしょう」
 それに対し、メルカダンテ・ステンテレッロ(茨の王・e02283)は、さしたる動揺もなく頷いた。
 ここは、『無敵の樹蛇』ミドガルズオルムを召還するための、拠点の一つである。思い通りに事が進まないのは、事前に織り込み済みだ。
「迷う心配はなさそうだし、地道に行くしかないわね」
 植田・碧(紅の癒し・e27093)が、持ち込んだ地図と実際の地形を見比べる。
 ケルベロス達が進入したのは、琵琶湖 南南西側。
 碧は、進入地点にアリアドネの糸を結んでおり、今の所はそれが正常に機能していた。
「迷わないというのは、有り難いですね。なにせ、この――」
「……ですね、すごいものを作ったものです。そのおかげで、攻略は骨が折れそうですけど」
 圧倒されるように、ブリキ・ゴゥ(いじめカッコ悪い・e03862)と南條・夢姫(朱雀炎舞・e11831)は地面をそして空を見上げた。
 広大な植物迷宮。突然狭くなる通路や、上層や下層へいたる道。気まぐれに高くなったり低くなったりする天井は、自然の造形物といった様相だ。マップを作るにも一苦労である。
「こんなもの、不自然なだけじゃ。少なくとも、わしはそう思う」
 だが、長年を師匠と共に森の中で暮らしていたクライス・ミフネ(黒龍の花嫁・e07034)は、口元を窄めている。
 第三者の意思が介在した時点で、それは最早自然とは呼べない。クライスは、森羅万象が穢されたような心地であった。
「ソウは、何か感じませんか?」
 クライスの心情を慮ったメルカダンテが、防犯ブザーを鳴らしつつ、話題を変えるためにソウへ話しを振る。
 問われたソウは、興味津々に眺めていた見たことのない草花から視線を外すと、しばらく「んー」と下唇を指先で抑えながら集中する。やがて口を開くと、言った。
「お花の匂いがするの!」
「あら、もしかして私かしら?」
 鏡・胡蝶(夢幻泡影・e17699)は薔薇の香りにも似た葉の煙管をふかしている。胡蝶でなくとも、ここは植物迷宮だ。花の匂いには、事欠くことはないだろう。
 だが、違う。ソウは、その匂いが近づいてくると言っているのだ。
 この場において、最も嗅覚が優れているであろうソウの言葉に、場の緊張が一気に高まり出す。
「皆さん、覚悟はいいですか?」
 ブリキが言いながら、一同の顔を見渡すと、
「もちろんですーぅ! 煽って煽って煽り尽くすですーぅうふふふーぅ♪」
 エインはニヤリと笑い、唇をペロリと舐めた。
「……来たわね!」
「歓迎してあげましょう!」
 碧と夢姫も、近づく気配を感じ取る。
 彼女達の目的は陽動だ。大きな声や音を出していたのも、そのため。できる限り多くの敵を相手取りたいが、気配の主は1体であった。カンギ戦士団は精鋭ゆえ、数よりも質という事なのかもしれない。ならば、ここで確実に敵を減らす事には、充分すぎる価値があるはず。
 果たして、現れたその敵は――。
「……嗚呼、奇遇ね」
 その顔を見て、思わずといった風に胡蝶が呟いた。
「再会できて嬉しいわ……でも、運命って残酷ね……また死別しなきゃいけないなんて。向こうでまた逢いましょう、静葉」
 静葉――雲居静葉。動物の顔を象った仮面を手に、優男然とした容姿。腰に携えた刀と忍者装束。極めつけは、カンギに縛られる遠因となったであろう、頭上の白い花の王冠。
「ああ、久しぶりだね、胡蝶」
 その姿はまさしく、死んだと思っていた、かつての胡蝶の思い人そのままであった。


「森羅流、クライス! 推して参る!」
 クライスが鞘から刀を抜く。その刀身には美しい波紋に加え、琵琶湖と静葉の姿が映し出されている。
 踏み込む間際、クライスは胡蝶に視線をチラリと向けた。胡蝶がそれに迷いなく頷いてみせると、クライスは今度こそ大地を踏みしめる。
「さて、主に恨みは無いし、胡蝶とも因縁があるようじゃが、斬らせて頂こう!」
「ほう?」
 静葉が感嘆の声を漏らした。それ程にクライスの踏み込みは凄まじく、地を揺らし、それに劣らぬだけの一撃。
 それが、甲高い音を立てながら、静葉の振るう弧を描く斬撃と激突する。
 拮抗するクライスと静葉。
 しかし、そのすぐ傍には、美しい蒼の瞳に強かさを宿したメルカダンテが迫っている。
「なんの、これしき!」
 静葉は落ち着いた表情でクライスを突き飛ばすと、今度はメルカダンテの振るう緩やかな弧を描く斬撃を致命傷を防ぐように捌く。
「んむんむーぅ、光明神なんてたいっそうなもの騙っておきながら、やっている事は丸っきり、ヒキコモリなのですねーぇ♪ それに従う貴方たち……何ともお粗末な始末! ですよねーぇうふふふーぅ♪」
 エインはメルカダンテの稼いでくれた間を使って詠唱を終えると、楽しそうに静葉を煽りながら、指をパチンと鳴らし、魔法の光線を放つ。
 すると、静葉の目の色が露骨に変貌した。
「我らが同胞達を愚弄するつもりか!!」
「静葉……あなた……」
 その一言に、胡蝶は静かに目を伏せる。
「(幼い日、もしかしたら勘違いだったのかもしれないけれど、少なくとも私は想いが通じ合ったと思ったわ。だけど――)」
 あの日の静葉はもういないのだ。その事を……分かりきっていた事実を改めて胸に刻み込み、胡蝶は前衛の前に雷の壁を構築する。その壁の意味する所は、仲間を守るだけではなく、静葉との決別も込められていた。
「昔と違ってつれないね、胡蝶。だけど、君もカンギ様の敵だというのなら、容赦は――ぐぅ!?」
「過去の事とか、大切な相手とか、俺はくだらないと思っている男ですので」
 刀で胡蝶に斬り掛かろうとする静葉の腕に、ブリキがデスブリンガーを投擲する事で怯ませる。手元に戻ってきたデスブリンガーを構え直し、ブリキは告げた。
「余所見している暇があるなら、しっかりしてください。そんな調子では、あっという間に殺ってしまいますよ?」
 それでは余りにつまらないと肩を竦めるブリキに、静葉は苦笑で返す。
「そういう脳筋的な思考は苦手だからね。なにせ、僕が得意なのは……」
 静葉が顔の前で二本指を立てると、目を閉じる。その後、カッと目を見開くと、
「忍ッッ!!」
 気合いと共に、思考を狂わせる電波を静葉は放散する。その標的となったのは、今まさに螺旋手裏剣を放とうとしていた夢姫だ。
「っ、いつもいつも庇われてばかりの女じゃないのよ、私は!」
 しかし、夢姫の前に碧が飛び出すと、暴れ回っていた電波を一身に受け止めた。慌てた様子で羽ばたくスノーを横目に見ながら、碧は思考を乱され、ガチガチと歯の根を鳴らす。その苦痛と不快感を耐え凌ぎながらも、碧は背後にカラフルな爆発を発生させる。
「碧ちゃん、大丈夫なの!? ダンタツ、時間を稼いでなの!」
 心配する声を上げながら、ソウがオーラを溜めて碧を回復させ、隙を生じさせないようにダンタツがタックルを繰り出した。
「可愛い女の子の敵は、わたしの敵です! それにあなた、胡蝶さんに聞いた話では、忍軍の中でもそれなりの地位にあるみたいじゃないですか!」
 庇われたのだから、それに見合う仕事をしなければならない。スリルを求めて成った螺旋忍者 。自分の力がどの程度通用するか知るには、格好の相手だ。
「これを避けられますか?」
 夢姫が一見、一枚に見える螺旋手裏剣を放つ。
「舐めるな!」
 しかし、静葉はそれをなんなく叩き落とす。
 だが――。
「……っ!?」
 一枚だと思われた螺旋手裏剣の影から、さらに複数の手裏剣が現れると、意表を突かれた静葉はそれを真面に浴びた。
「なんだ、あまりたいした事ないんですね?」
 夢姫の嘲笑するような笑いを受け、静葉は屈辱に唇を噛みしめた。
 

「なかなかやるじゃないか」
 静葉が花の王冠を支柱にして、周囲の植物を「埋葬形態」に変化させると、蠢く植物が後衛を一気の飲み込もうとする。
「ぐっ、精鋭を名乗るだけはあるようじゃな!」
 後衛の前に陣取り、襲い来る植物の山を空の霊力を帯びさせた刀で切り裂くクライスの脇腹に、枝が突き刺さる。
 序盤こそ優勢に戦闘を勧めたケルベロスであるが、そこはさすが雲居静葉。形勢を五分にまで立て直してきた。
「そうでなければ面白くありません! ――がっ!!」
 激化する戦闘に、ブリキが歯を見せて笑いながら溶岩を噴出させる。だが、その背に燃え盛る火の玉を受け、予想もしていない方向からの攻撃に、ブリキは目を剥く。
「わ、私……!?」
 碧は、自分が仲間に攻撃した事に気付いて、はっと我に返る。
 そう、これこそが……。
「……そういう所は変わらないのね。昔から、あなたは睡眠が得意だったもの」
 胡蝶が過去を懐かしむように目を伏せ、薬液の雨を降らせる。
「催眠が得意? それは厄介なの! 同士討ちは嫌なのよ!」
 減衰が起こるのも考慮に入れ、胡蝶に続いてソウが生きる事の罪を肯定するメッセージを送る。
「催眠ですかーぁ。そういう事なら、うふふふーぅ♪ 私分かっちゃいましたーぁ!」
「ええ、恐れるものは何もありません」
 催眠を十全に生かすなら、ポジションはジャマーしかない。
「それが分かった所で何だというんだ?」
 エインとメルカダンテの見透かしたような瞳に、静葉は苛立つように髪を掻き上げた。
「それだけ分かれば、いくらでも対策のしようがありますのでーぇ。マッドプライズ「ザ・ドラゴン」~ぅ♪」
 幸いな事に、キュアの準備は万全だ。
 エインは苛立つ静葉をクスリと笑うと、ドラゴンの眷属より鹵獲した力と一時的に一体化し、その巨体と重量を持って静葉を叩き潰す。
「ぎぃあッ!」
 それにより、静葉は血反吐を吐きながら悶絶した。
「すべからく死に絶えよ」
「観念しなさいっ!」
 その倒れた所に、容赦なくメルカダンテと夢姫の放った炎球と電光石火の蹴りが襲いかかる。
「このっ!」
 その場から後退した静葉が、夢姫に洗脳電波を放出する。その思惑は明白だった。最も攻撃力のある夢姫の手数を減らし、かつ運良く仲間を攻撃してくれたら一石二鳥というもの。
 だが――。
「同じ作戦に何度も引っかからないの! 行くのダンタツ、ファイトなの! ソウの変わりに鬱憤ばらししてきてなの!」
 控えていたソウが、すぐに夢姫にオーラを溜める。ダンタツの放つブレスは目くらましにもなり、スノーの尻尾の輪が静葉を切り裂いた。
「さっきはよくもやってくれたわね!」
 仲間を攻撃させられる不快感は、言葉にならないものがある。怒りを力に変えて、碧は周囲にばら撒いておいた「見えない地雷」を起爆させ、爆風と粉塵を巻き上げる。
「気にしないでください、碧さん。戦場とはそういうものです。対応できなかった俺がまだまだ未熟という事です」
 申し訳なさそうな碧に、ブリキがグッと親指を立てながら、
「まず感じたのは『空腹』――求めしものは未知の味覚 ああなぜ全てが食材に見えるのだ。強敵(とも)よ 汝のフルコースで胃袋を満たさん」
 味覚を変貌させ、静葉の右腕に食らい付いた。
「き、貴様ぁ!」
 経験豊富な螺旋忍軍とはいえ、『餌として』喰われるという経験は初めてなのか、喪失した右腕のあった部位を抑えて静葉は膝をつく。
「そろそろ光明神の居場所を喋って、楽になった方がいいんじゃないですかーぁ?」
「ふざけるな! カンギ様を裏切るような真似は決してしない!」
 「砲撃形態」に変形したエインのハンマーから、竜砲弾が放たれる。爆音轟かすそれを、葉静は残った左腕で刀を振るい耐え凌いだ。
「女王を守る戦士、その忠誠に殉じますか」
 女王というよりは、カンギのためか。ともかく、その在り方はメルカダンテにも好感が持てるものだ。
「(忠道大義なり……そう褒め称えたい所だが)」
 あいにくと、今のメルカダンテにそんな余裕はない。見据える先は復讐のみで、メルカダンテの誇りである死んでいった騎士達の中に、静葉の居場所は存在しない。
 メルカダンテの稲妻を帯びた突きが、静葉の肩口を抉り取り、帯電させる。
「胡蝶、出番ですよ」
「ええ、分かっているわ」
 きっと、これが言葉を交わせる最後の機会。胡蝶にも、その事がよく分かっていた。だが、不思議と言葉が出てこない。再開できれば、言いたいことがあったはずなのに……。
 ゆえに、ふいに胡蝶の口から出た言葉は、混じりけなしの純粋な、当時の言葉。
「助けてくれてありがとう、静葉」
「……胡蝶」
 ダメージの影響か、それとも……呆然と、静葉の動きがほんの一瞬静止する。その隙だらけの身体に、ほとばしる電流が閃光を瞬かせる。
「胡蝶さん、良かったですね。言いたかった事が言えて!」
 あまりに胡蝶の表情が清々しいものだから、まだ戦闘中だというのに、夢姫も釣られるように笑ってしまう。自分も、両親にもっと言いたい事を言えていたら……そんな風に思いながら。
「これで、終わりです!」
 夢姫のKami-Tamisu:Igarimaが静葉の首筋目掛けて振り下ろされる。だが、ほんの僅かズレた軌道は、静葉の命を文字通り首の皮一枚繋げた。
「残念じゃが、主にいないものがわしらには在る。それが、主の敗因じゃよ」
 しかし、死を逃れたのは瞬く間。自分達の仲間を信頼する気持ちと、静葉達のそれとは決定的に違うのだという自負の元炸裂した神速の抜刀は、静葉の首を確かに断ちきるのであった。


 植物に抱かれ消えていく静葉を看取った後、ケルベロス達は探索を再開した。
 そうして、探索開始から3時間20分程が経過した頃。
「揺れてないですか?」 
 夢姫が立ち止まり言った。すると、夢姫の言葉を合図にするように、揺れはさらに激しくなっていく。
「どうやら、無事にナンナを撃破できたようですね」
 メルカダンテの指摘通り、植物迷宮がゆっくりと崩壊していく。
「地面をぶち抜いて、泳いで帰りますか?」
 ブリキが提案し、無反応となった植物の床を破壊しようとする。
「そんなの寒いですーぅ!」
「服が濡れちゃうじゃないの」
 それをエインと胡蝶が制止する。
「泳ぐの楽しそうなのよ?」
「寒中水泳は身体にいいのじゃぞ?」
 ソウとクライスだけは乗り気だったが、結局アリアドネの糸を頼りに走り出すこととなった。
「いい経験になったわね」
 最後尾を走りながら、碧がホッと息を吐く。慣れないポジションでの作戦だったが、無事に成功した事と相まって、良い日であったと思うのだ。

作者:ハル 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年12月9日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 1/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 3
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