●淡路島上空
「ここが淡路島、ナンナが担当する琵琶湖と対となる美しい島ですね。さっそく、私の『超召喚能力』を見せるとしましょう」
光明神バルドルが、手にした頭骨型の魔具を掲げると、淡路島全土を覆う植物の迷宮が生み出されていく。
それを満足そうに見やったバルドルは、彼の護衛として付き従っていた、カンギ戦士団の面々に信頼の視線を向けると、軽く一礼する。
「では、私はこの中で、『ミドガルズオルム』の召喚を行います。皆さんには、私の身を守る警護をお願いしますね」
そう言われた、カンギ戦士団の戦士達……ダモクレス、エインヘリアル、シャイターン、竜牙兵、ドラグナー、ドラゴンといった多種多様なデウスエクス達が、その信頼に応えるように胸を叩いた。
「任せて貰おう。我らカンギ戦士団、生まれも種族も違えども、確かな絆があるのだから」
光明神バルドルが迷宮に入ると、それに続いて、カンギ戦士団の戦士たちも迷宮へと歩を進める。
全ては、彼らの主たるカンギの為に。
●
「パッチワークの魔女を支配下に置き、ハロウィン攻性植物事件を引き起こした『カンギ』の軍勢により、『淡路島』と『琵琶湖』が同時に植物に覆われる事件が発生しました」
セリカ・リュミエール(シャドウエルフのヘリオライダー・en0002)が急を告げた。
その目的は、無敵の樹蛇『ミドガルズオルム』の召喚だ、とセリカは言う。
ミドガルズオルムは、どのような方法でも破壊されないという特性を持つ。もし地球上での召喚を許してしまえば、攻性植物のゲートを破壊し侵略を排除する事は至難となるだろう。
現在、淡路島と琵琶湖は繁茂した植物で迷宮化し、その中に設置された『侵略寄生されたアスガルド神』がその神力により、この大規模術式を展開しているようだ。
さらに迷宮には、『カンギ』の配下の精鋭軍が守りを固めて、その攻略を難しい物としている。
「『カンギ』配下の精鋭軍は『これまでの幾多の戦いで、カンギが打ち負かし、配下に加えたデウスエクス』であり、『カンギ』と熱い信頼と友情で結ばれており、決して裏切ることは無い不屈の戦士団です。話し合いの余地はないと思った方がいいでしょう」
互いに、譲れぬもののために戦うのだから。
●
セリカはさらに言葉を繋ぐ。
「植物の迷宮は、淡路島或いは琵琶湖全域を覆い尽くしています。植物ですから破壊して進むことは不可能ではありません。ですが、植物の壁や床は破壊されると自爆してダメージを与えて来ます。ある程度、迷宮に沿って移動する必要があるでしょう。
また、広大な迷宮の何処にアスガルド神がいるかは分かりません。探索するチーム毎に、探索開始地点や探索する地域を手分けしていくのが良いかもしれませんね。
それに、先ほども言った通り、敵は広大な迷宮だけではありません。
迷宮内には、『カンギ』によって支配され、攻性植物に寄生されたデウスエクスがおり、侵入者を攻撃して来ます。
迷宮への侵入者を確認すると、デウスエクス達は迎撃に出てくるので、一定時間が経過すれば何処にいても敵の攻撃を受けてしまうでしょう。
敵であるデウスエクスを撃破し、迷宮を探索し、そして、この事件を引き起こしているアスガルド神を撃破する事を目標としてください。
淡路島の迷宮にいるアスガルド神『光明神バルドル』の撃破に成功すれば、植物迷宮は崩壊をはじめ、デウスエクス達も撤退していきます。
既に、淡路島と琵琶湖周辺の住民の避難は完了していますから、皆さんは、迷宮の攻略とアスガルド神の撃破に集中してください。
アスガルド神を撃破する事ができれば、作戦の目的は達成できます。自分達で神を狩る事も重要ですが、ほかのチームを援護する事もまた重要かもしれません」
そこまで言い終えて、セリカは短く小さく息を吐いた。そして、さらに力をこめ、語る。
「無敵の樹蛇『ミドガルズオルム』は、攻性植物側の切り札的な存在です。ならば、ここでその召喚を止める事には大きな意味があるはずです。
カンギ配下の戦士団はかなり手ごわい敵ですが、皆さんの力を合わせれば、必ず、この困難も打ち破れると信じています。……どうぞ、よろしくお願いします。ご武運を」
ご武運を。思いを込めたその言葉と共に深く礼をすれば、金の髪がさらりと揺れて流れ落ちる。
そして、ケルベロスたちをヘリオンへと誘った。何度もそうしてきたように。
参加者 | |
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幸・鳳琴(黄龍拳・e00039) |
シル・ウィンディア(蒼風の精霊術士・e00695) |
藤・小梢丸(カレーの人・e02656) |
隠・かなめ(霞牡丹・e16770) |
フェイト・テトラ(失われし魔術は泡沫の灰・e17946) |
伽羅楽・信倖(巌鷲の蒼鬼・e19015) |
神宮寺・純恋(陽だまりに咲く柔らかな紫花・e22273) |
葵原・風流(蒼翠の四宝刀・e28315) |
●
ケルベロスたちを乗せたヘリオンは淡路島へと到着した。
古くより美しく豊かな自然で人々に愛されてきた島は、今や植物に島全体を覆われ、『ミドガルズオルム』を召喚するための巨大な迷宮と化してしまっている。
何もかもが樹海に沈んだ様を幸・鳳琴(黄龍拳・e00039)は呆然と見る。
「植物もこれだけ成長すると恐ろしいものだな」
言葉を継いだのは、伽羅楽・信倖(巌鷲の蒼鬼・e19015)だった。
立ち尽くす鳳琴の背を、シル・ウィンディア(蒼風の精霊術士・e00695)がポンと叩いた。
「……さぁ、一緒にいこっかっ!」
元気よくそう言ってシルは手を差し出す。
「えぇと、行きますよ! 急がなければっ」
照れ隠しに、鳳琴は真っ先に走り出した。
広大な樹迷宮のどこかで光明神バルドルが『ミドガルズオルムを』召喚する儀式を行っている。速やかに見つけ出し、儀式を阻止しなくてはならない。
(「さて、僕たちはなんとかうまくできるでしょうか……」)
フェイト・テトラ(失われし魔術は泡沫の灰・e17946)は心の中だけでそうつぶやいていた。
●
持ち込んだ地図と照らし合わせ、恐らく『南あわじ市南部』だろうと当たりをつけた場所から、ケルベロスたちは侵入を果たす。
木々の幹、植物の茎や蔓、その根で作られた頑丈な壁と天井には、一切の光が射しこまない。
むせるような草いきれのこもる緑色の闇に包まれれば、巨大な生き物の腹の中にいる様な錯覚があった。
「ありゃまあ、でっかい迷宮ねー」
探索型RPGも嗜む神宮寺・純恋(陽だまりに咲く柔らかな紫花・e22273)だが、リアル迷宮は手ごわそうだ。テレビウムの『テレ蔵君』の画面に、同意とばかり顔を点滅させる。
道はいくつにも入り組み枝分かれして、その先は暗くて見通せない。最初の一歩をどっちに踏み出すかさえ悩ましかった。
「むむ……やはりだめのようですね……」
隠・かなめ(霞牡丹・e16770)は、スーパーGPSをこづく。自分たちの現在位置は表示されるが、全てが植物に覆われたこの場所では目印にするものもなく、行先を知ることは困難だった。
「こちらもだめだな」
ダメ元で携帯電話を使ってみた信倖だが、他のケルベロスたちと連絡は取れなかった。
「これ以上この場にいても仕方ない。行こう」
携帯電話を仕舞って、そう促した。こうしている間にも儀式は進んでいるのだ。
「カレー食べたい……」
ぴっちりスーツの藤・小梢丸(カレーの人・e02656)が、ぼやきつつアリアドネの糸を伸ばし始める。
ケルベロスたちは探索を開始した。
持ち込んだ明かりを頼りに進む。暗さに加えて、地面は木の根や生い茂る草に覆われ、気をつけていても足元が不如意になってしまう。
だだ広い通路へやっと出たかと思えば行き止まり。探し当てた狭隘な小路を潜るように進まねばならなかったりもした。
高い高い天井から木漏れ日の差す場所を少し気を緩めて通り過ぎ、なだらかな上り坂をひたすら歩いている……と思えばいつの間にか下って下の階層に降りていたりもした。
絶壁に垂れ下がった 蔦をよじ登る時は、うっかり千切れて自爆しないようにと祈った。
思うように進めない上、迷宮のどこかに『カンギ戦士団』の戦士もいるはずで、行軍は緊張を強いられる。
いっそ植物の壁を壊して進めれば楽だが、そうすると自爆されて余計なダメージを負うことになる。ケルベロスたちは一歩づつ、道なりに進んでいった。小梢丸の足元から伸びる糸で、時折堂々巡りを回避する。
どこかから電波が届いたりはしていないかとスマートホンを覗いてみるが、相変わらずの無反応だ。
もう数時間は歩いたような気がしていたのに、時計の表示を見れば、侵入からまだ1時間と経っていなかった。
「……っ!」
葵原・風流(蒼翠の四宝刀・e28315)の瞳に、大きな鎌を持つ、攻性植物を絡みつかせたドラグナーが映る。哄笑しながら鎌が振り下ろされ、目の前が真っ赤に染まり、暗転する。
風流は『断末魔の瞳』を使用していた。今見えているのは、死者の網膜に焼き付いた死の間際の映像だ。
迷宮生成に巻き込まれた犠牲者の瞳に、植物の生える過程が見て取れはしないかと期待しての事だったがそれは無理と身を持って知る。
死を見ることは想像以上にきつい。多くの死を見ては、望む結果を知るより早く、自分がどうにかなってしまいそうだ。
大多数の島民は避難完了しているという話だ。それほど多くの魂が彷徨っていないことは、幸いなのだと知って、風流は瞳を閉じた。
それでも、分かったことは、ある。逃げ遅れたらしい人を殺したカンギ戦士団が、この場所を通っただろうという事だ。
ならば、近くにいるかもしれない。風流はそれを皆に告げて、警戒を促した。
(「あなた方の魂がこの迷宮でさまよい続けないように、ヴァルキュリアとしていち早くこの儀式を終わらせると誓います」)
その誓いは、すぐに果たされる事となった。
警戒を続けていたフェイトが、不意に叫ぶ。
「危ないっ!」
暗がりに紛れて黒い鎌が回転しながら飛んできたのだ。不意打ちを間一髪で躱したケルベロスらの間を縫って飛んだ鎌は、大きく弧を描いて持ち主の手に戻る。
恐ろしく刃の薄い黒い鎌を構えた、風流の『視た』ドラグナーだった。
「帰れとは言わん。死ね」
カンギに心酔する戦士は、鮫に似た鋭い歯を剥いて、そう言い放った。
●
ケルベロスたちは速やかに応戦する。
「オウガメタルちゃん、よろしくー」
純恋に応えて、オウガメタルはオウガ粒子を放出し、味方の超感覚を覚醒させた。
信倖はゲシュタルトグレイブを構え、ドラグナーへと突撃する。オウガメタルの援護によって鋭さを増した穂先を突き出せば、ドラグナーはそれを鎌の刃で食い止めた。
暗い迷宮に火花が散らし、鎌と槍とが二合、三合と撃ち合った。
さらに踏み込もうとしたところへ、、ドラグナーに取り憑いた攻性植物が棘の牙を剥いて信倖へと襲い掛かった。咄嗟にビハインド『アデル』が庇い、角に棘牙が食い込んだ。
2人が間合いを離すと入れ替わりに鳳琴が飛び込み、ドラグナーへと鋭い一撃を撃ち込む。
「……お仕事しますかね」
早く終わらせて外に出て美味しい物食べるため、かなめはその懐に潜り込む。死角からの高速斬撃をドラグナーは避けられず、ざっくりと裂かれた箇所から緋牡丹が散った。
お腹すいた人はもう一人いた。ドラグナーと対峙する鳳琴と信倖の前に黄金の林檎が現れる。
リンゴと言えばハチミツ、リンゴとハチミツと言えば……カレーを食べたい小梢丸の主張でもあった。かもしれない。
「テレ蔵君、あんまり切れない刀攻撃よー!」
純恋の指示に従って、テレビウムの『テレ蔵君』はなまくら刀でドラグナーに斬りかかり、わりと残虐なファイトが行われた。
「『行っておいで、そしてその牙で』」
フェイトの呼び出した悪魔のシルエットをした影が、ドラグナーへ襲い掛かった。
風流の首筋を狙った刃は小梢丸に阻まれ、そのスーツを斬り裂いて、そこから生命力を吸いとる。
「わたしたちは、バルドルの儀式を止めたいの! 邪魔しないでっ!」
そう叫ぶシルをドラグナーは睨みつけた。
「……かつての俺ならば、他人のために戦うなど有り得なかった。まして、誰かの恃みで、ひ弱な神を守るなど……」
少しばかり見えた自嘲は、直ぐに打ち消された。
「だが、カンギに倒され、初めて他者のため、戦う歓びを知った。俺は変わった! カンギが俺を変えたのだ!」
それが誇りだと、ドラグナーは鮫牙を剥いて笑った。
誰かを深く想い、その人のために戦う気持ちは鳳琴にもよくわかる。同時に、酷く歪んでいるとも感じていた。
「あなたの気持ちはよくわかりました。ですが、それは私たちだって同じこと……だから」
気を集中し、昇竜のオーラを身に纏う。
「輝け! 私のグラビティ。我が敵を――砕け!」
鳳琴の鋭い蹴りがドラグナーを捉える。初撃を鎌で弾き、間合いを離そうとするドラグナーを紅蓮の竜は追い喉笛に食らいついた。
「琴ちゃん、合わせていくよっ! フルドライブ、バーストッ!!」
よろめいた隙へ、四つの属性エネルギーを収束して放つ、シルの強力なグラビティがドラグナーを直撃した。
大きなダメージを受けて、よろめき、鎌の柄を地に突いて堪える。
「俺は誓ったのだ。カンギのため、この儀式を必ず遂行させると」
戦士が鎌を振るうより早く、風流は神速の突きを繰り出した。雷気を帯びた切先が、ドラグナーを刺し貫く。
「……私も誓ったの。彷徨う魂のため、この儀式を必ず止めると!」
喚くドラグナーへと信倖は踏み出し、ゲシュタルトグレイブでの無数の突きを浴びせる。
――秘槍・雨の型。
雨の如く降り注ぐ槍に貫かれ、鎌を振り上げた姿勢のまま、ドラグナーは動きを止めた。一拍遅れて、血の雨が飛沫く。
薄い黒刃がばきりと音を立て割れ落た。
「……いかせ、ぬ……カン、ギ……」
それでも立ち向かおうと伸ばす手は届かず、ドラグナーは力尽き、地に伏した。
敵を倒し、さらに蔓延る樹木の迷宮を彷徨ったのは、多分、それほど長い時間ではなかった。薄暗い路に不意にまばゆい光が射した。暗がりに慣れた目が眩む。
「あれは?」
近付くほどに光は強くなり、何かを詠唱する、朗々とした声が響く。
ケルベロスたちは躍り込んだそこは、今までになく広大な空間だった。
大小いくつもの魔法円が光を放ち、壁に絡み合う枝葉がその光を受けてステンドグラスのように輝いていた。
得体のしれない大きな力が渦巻くそこは、召喚の儀式を行うにふさわしい祭壇と思えた。
その空間の中心に、光明神バルドルの姿があった。
●
ゆっくりと、光明神はケルベロスたちへと向き直る。
儚いと言っていい程、その姿は繊細で美しい。けれど、光明神の名にふさわしい輝きを纏い、ともすれば膝を折りたくなるような威厳があった。
「立ち去りなさい、人の子よ。私は『ミドガルズオルム』を召喚せねばなりません」
静かに、厳かに響く声音。弱くなる心を叱咤し、鳳琴は叫ぶ。
「あなたを倒せば勝利は確定する……ならば! 死力を尽くすのみですッ」
神恐れぬ人間の少女の物言いに、バルドルは、ただ微笑んだ。だが次にはその唇を引き結び、迎え撃つ構えを見せる。
輝く龍を纏い、鳳琴は疾駆する。
「この一撃で――あなたを、砕くッ!」
跳躍、鋭く思い蹴りを、神へと叩き込む。グラビティの龍は逃さないと身体へ巻き付き、食らいついた。
「ぐぅ……っ」
「……え?」
それは技を放った鳳琴自身にも意外なほど、深く食い込んだ。バルドルの華奢な体が二つに折れる。
「昔から、弓だけは得意なのよ! あ、テレ蔵くんは、ぐるぐる眼鏡フラッシュ!」
純恋は『白蛇弓』での鋭い一撃を放ち、指示を受けたテレ蔵は閃光を放つ。その攻撃をバルドルはまともに受けた。
「あらー……? あまり強くないとは聞いてたけれど……」
思った以上の効果で、純恋も首を傾げる。
攻撃を受けながら、バルドルは召喚の儀式を続けようとした。
しかし、影から躍り出たかなめの高速の斬撃が緋牡丹を散らし、 信倖のゲシュタルトグレイヴの猛攻を受けると、その詠唱は途絶した。
傷だらけのバルドルは激しく咳込み、血を吐いて崩れ落ちたのだ。
繊細で儚いと見えた神体は真実病弱だった。
「はぁ……ハァ……」
ケルベロスらが攻撃の手を止めれば、バルドルは体をなんとか起こし、なおも儀式を続けようとする。
だが、魔法円の光は徐々に弱まって行き、空間に満ちていた力が薄れてるのをはっきりと感じられた。
「ふぇぇ……も、もうやめましょうよ!」
見かねたフェイトが叫ぶが、バルドルは答えない。
「……無敵の樹蛇『ミドガルズオルム』の庇護があれば……この世界における『始まりの萌芽』は完全なものとなり……」
赤く染まった薄い唇に、こらえきれぬ無念を孕んで、血を溢れさせながらバルドルは独白する。
「……数ヶ月で世界全ての侵略寄生は終了したはず……そうすれば、カンギ……『レプリゼンタ・カンギ』が、命を賭けて戦う必要も無くなります……」
苦し気に呟く間にも魔法円は次々と消え去り、辺りは暗くなり始めていた。
「そのはずだったのに……っ!」
バルドルは初めて感情も露わに、ケルベロスらを睨みつけた。もう余力がないのは誰の目にも明らかだ。
「これ以上、苦しませることもないだろう」
介錯をしようと、信倖が槍を構えて歩み出る。
「あ、あの待ってください!」
槍を振り上げて止めを刺そうとする信倖を、フェイトが制した。そして、バルドルに問いかける。
「さっき『始まりの萌芽』って言いましたよね。それって、なんなんです?」
少し不意を突かれたように、バルドルは束の間沈黙した。
「……教えましょう、人の子よ」
やがて、口を開いたバルドルは酷く穏やかな表情を浮かべている。だが、その瞳には不吉な昏い炎が点っているような気がした。
「『始まりの萌芽』とは……世界に対する侵略寄生の、最初の一歩となるもの。その、大きさにより、侵略寄生が完成するまでの時間が決定します」
最後の命を絞り出すように、バルドルは告げる。
「……人の子らよ。無敵の樹蛇『ミドガルズオルム』の召喚を阻止したからといって安心しないことです。
『レプリゼンタ・カンギ』が命を賭して守る以上、『始まりの萌芽』は、必ずや大きな足跡をこの世界に刻むでしょう。そして……ぐ、ごほ……っ」
激しくせき込み、夥しい血を吐く。
「……そして、数年後にはこの世界全ての侵略寄生が終了し、この世界の住人は、最後の1人となるまで処分されていくことでしょう。……そう、この世界の『レプリゼンタ』が現れるまで」
「この世界の『レプリゼンタ』って、どう言う……」
疑問符を発しかけた小梢丸へ、バルドルに絡みついていた攻性植物が襲い掛かった。テレ蔵とアデルが飛び出して押さえつける。
信倖のゲシュタルトグレイヴがバルドルを貫き、命の核を砕いた。
「……さようなら、人の子よ……」
その言葉を最後に、光明神バルドルは光の粒子となって消え去った。
ふつ、とすべての光が途切れ、辺りが真っ暗になる。誰しもが暫し声もなく立ちすくむ。
だが、いつまでも呆然とはしていられなかった。
ぐらぐらと地面が揺れたかと思うとどん、と大きく縦に揺れる。
天まで覆った木々が枯れ始め、ひび割れて折れて崩落する。神を失った迷宮が崩れ始めたのだ。
「退却、退却ですよっ!!」
全力ダッシュするかなめを追って皆も走り出す。
いずれ、バルドルの残した神託に立ち向かう時が来るのだろうか。
複雑な思いを胸に、ケルベロスたちは出口を目指し、崩れゆく樹迷宮を駆け抜けた。
作者:黄秦 |
重傷:なし 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
公開:2016年12月9日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 13/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 0
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