光明神域攻略戦～最強無敵の召喚儀式

■リプレイ

●深緑の迷宮
　巨木の枝を掻き分けて足を踏み入れると、そこは数多の攻性植物が幾重にも絡み合った迷宮が広がっていた。
「極東ケルベロス軍団、見参！　総ては、牙無き人の未来の為に！　闇深き森など、この地には必要ない！」
　堂々と前口上を述べる篁・悠（黄昏の騎士・e00141）だったが、それに答える者はいない。あるのは、無限とも思える程に広く、そして深く広がっている迷宮のみ。
「こーみょーしんにゃんにゃさーん……。にゃんにゃさんは何処に居られますかにゃーん……？」
　周囲の様子を警戒しつつも、猫屋敷・子猫（ねこ・e33569）が小声で呟いた。が、やはり何の反応もなく、草の香りが風に乗って飛んで来ただけだった。
「テレビで見た、迷路庭園のでっかいやつみたいですね」
　緑の迷宮という言葉から、アシュレイ・ヘルブレイン（生まれたばかりの純心・e11722）は以前に自分が見たことのある、植込みの迷路を思い出していた。
　だが、今回の迷宮は、そんなものとは比べ物にならないほど複雑だ。現に、壁だけでなく床も天井も植物であり、階層構造になっている可能性も高い。
「うーん……。こういう時でもなければ、ちょっと幻想的な雰囲気を女の子と一緒に楽しみたくなるね」
　そう言って、天井を見上げるイリヤ・ファエル（欠翼独理のエクシア・e03858）の目には、複雑に絡み合った木々の枝が映っていた。所々に隙間が見えるが、もしかすると、あの先にも道が続いているのかもしれない。
「一思いに、上空から探索できれば苦労はないんだけどね……」
　同じく天井に開いている穴を見つめるリュリュ・リュリュ（リタリ・e24445）。
　見た目は美しくとも、実際は敵の腹の中にいるのと同じようなものだ。それこそ、壁や床を攻撃すれば自爆されるだけでなく、下手をすると勝手に形状まで変わるのではないかと不安になる。
　せめて、他の場所から侵入した仲間達と、連絡だけでも取り合えれば。そう、誰ともなしに思ったが、その希望はエフイー・ゼノ（希望と絶望を司る機人・e08092）の一言によって消え去った。
「電話やネットは……やはり、駄目だな。ここでは使えないようだ」
　非情なる通信圏外という現実。もっとも、元より大した期待はしていなかった。やはり、ここは地道に迷宮を攻略し、光明神を探すしかなさそうだ。
「自分の手で地図を作りながら、慎重に進むしかないだろうな」
　最後に信じられるのは己のみであると、棗・葛（なまくら・e12604）もまた覚悟を決める。自分の目で見て、足で確かめなければ、この迷宮を踏破することは不可能なのだろう。
「小細工は通じないってことなのかな？　だったら、正攻法で行くしかないよね」
　ここで立ち止まっていても始まらない。まずは少しでも歩を進めた方が良いという、橘・ほとり（千載一遇・e22291）の言葉を否定する者はいなかった。

●追想の月影
　入り組んだ茂みのような場所を、何度抜けただろうか。迷宮の構造は、ケルベロス達が思った以上に複雑な造りとなっていた。
　左右だけでなく上下にも抜ける穴があり、広い場所では10階層近くに渡って分断されている。おまけに、なだらかな斜面や螺旋階段のような場所まであり、気が付くと元の場所に戻っていたり、いつの間にか上の階に抜けていたりする。
　平面的に地図を作っただけでは、踏破できないのは目に見えていた。それでも諦めずに奥へと進んだところで、唐突に開けた場所に出た。
「少し、休憩を挟もうか」
　さすがに歩き疲れたと、リュリュが近くに映えていた巨木の根に腰かけようとした。が、彼女が座るよりも先に、その行動を葛が制した。
「……っ！？」
　振り向くと、そこにはいつの間にか、長い金髪の女性が薄笑いを浮かべながら佇んでいたのだ。
「にゃー！　にゃんか出たーっ！　琵琶湖のお魚さんの為、貴様等を成敗してくれるにゃーっ！」
　完全に気配を消して接近されたことで、子猫が両耳を真っ直ぐに立てながら叫び、カラーボールを投げ付けた。ついでに、アシュレイのファミリアロッドが変化したピンクの猫も、一緒になって毛を逆立てながら唸っていた。
　もっとも、そんな彼女と一匹とは反対に、女性と対峙している葛は酷く落ち着いていた。
「逢いたかった、俺の運命を狂わせた俺の月」
　顔見知り、というやつなのだろうか。否、少なくとも葛にとって、目の前の女性は単なる顔なじみというわけではない。
　螺旋忍軍、ファムファタール。葛自身が長年追い掛けて来た宿敵と、まさかこのような形で再会を果たそうとは。
「あれがファムファタール……。すごい、全然忍者に見えない！」
　思わず見とれるアシュレイだが、しかし今のファムファタールにとって、ケルベロス達は忌むべき侵入者以外の何者でもなかった。
「うふふ……。私を見た目で判断しない方がよろしいですよ？」
　その美しい笑顔は絶やさないまま、ファムファタールは開いた掌に軽く息を吹きかけて、その上に漂う微細な粒子をケルベロス達へと解き放った。
　螺旋氷縛波。放たれた粒子が氷結の螺旋と化して襲い掛かり、周囲の空気さえも凍結させる。見た目からは忍びの要素は微塵も感じさせないが、それでも使ってくる技は、紛れもない螺旋忍軍の得意技。
「仕方がないな。こうなれば、彼女を倒して先に進む他にない」
　話して解る相手ではない。葛とファムファタールの因縁は知らないが、それでも黙ってやられるわけにはいかないと、エフイーはライフルを構えて引き金に指を掛ける。
　目には目を、歯には歯を、そして凍てつく氷には氷で応酬を。放たれた酷寒の魔法光線がファムファタールを捉えたところで、すかさず悠が死角へと回り込み、雷を纏った槍先を突き立てた。
「砕けェ！」
　衝撃に、ファムファタールの衣服が音を立てて弾け飛ぶ。が、それでも彼女は未だ微笑むことを止めず、落ち着き払った様子で間合いを測っているだけだ。
「戦闘中に、余所見は厳禁だ」
　同じく、背後に回り込んだリュリュがエクスカリバールを投げ付ける。攻撃は相手の後頭部に直撃し、鈍い音が周囲に響く。これが人間相手ならば即死していたところだが、それでも平然と立っている辺り、やはり相手は人知を超えたデウスエクスなのだろう。
「この灯火はキミらの力になってくれるよ」
　テレビウムのビービーキューが味方を動画で鼓舞する中、ほとりもまた紫炎の灯火を周囲に広げ、仲間達の闘志を活性化させた。その一方でアシュレイは、何もない空間を敢えて蹴り抜き、横薙ぎに赤い波動の刃を巻き起こす。
「奔れ、苦難を越えし覚悟の旋風……カーディナルガスト！！
　それは、強大な覚悟の具現によって波動を呼び、敵を内部から破壊する技。それだけでなく、感覚や精神にさえも衝撃を与え、有効な間合いさえも誤認させる。
「ファム……こんな形で再会するとは……」
「思いもしなかった、とでも言うつもりですか？　まあ、今の私には、どうでも良いことですけれど」
　葛の太刀筋に迷いを感じ取ったのか、ファムファタールは軽蔑するような冷笑を向けて来た。
　違和感が、葛を襲う。自分の追い求めて来た宿敵の中に、異物のような何かを感じる。だが、その感覚の正体が掴めないまま、彼はファムファタールに攻撃を仕掛けざるを得なかった。
「好きなだけ暴れてきな」
　シャーマンズゴーストの木蓮に原初の炎で援護させつつ、葛もまた刀身に眠る雷の獣を解き放つ。枷を解かれし雷鳴の申し子が、荒れ狂うようにして戦場を駆け抜けて。
「先手を取られたけど、その分は立て直すよ！」
「ついでに、これも受け取るにゃーん！」
　雷獣が暴れ回る中、イリヤは紙兵に守りを固めさせ、子猫もまた祝福の矢で仲間の胸元を射抜く。手数の面で上回っているからこそ、一気に体勢を整えて挑むのは戦いの王道。
「なるほど、なかなか手堅い戦い方ですね。ですが……その程度で、私の動きを捉えることができますか？」
　もっとも、劣勢に追いやられている様子など微塵も感じさせず、ファムファタールは不敵な微笑を崩すことを止めなかった。
　瞬間、彼女の身体が一瞬にして消え、一気に間合いを詰めて来た。速い。その見た目からは想像できない程に、彼女の動きは寸分の無駄もなく。
「お久しぶり、そして……さようなら」
　そう、懐に入り込んで告げると同時に、彼女の手が優しく葛の胸元に触れる。だが、ほんの軽く降れた程度の力でありながら、葛の身体は凄まじい螺旋の奔流によって吹き飛ばされ、巨木の根に音を立てて衝突した。

●昇る月、沈む月
　螺旋忍軍ファムファタール。およそ忍者とは思えない姿でありながら、華麗なる動きで相手を翻弄する魔性の月。
　ある時は遠間から、ある時は至近距離から、己の得意な間合いを維持しつつも、時にして瞬時に距離を詰めて来る。
　その姿は、さながら満ち欠けを繰り返す夜空の月の如く。だが、いかに無駄なく、素早く動けたとしても、やがて月は地平の向こうに没するが道理。
「これを受け取るにゃ！」
　月には月で対抗する。子猫の投げたエネルギーの球が、傷付いた葛に溢れんばかりの狂おしい衝動を与えて行く。
「美しいお嬢さんに剣を向けるのは気が引けるんだけどね……！」
　炎を灯した刃を振るい、イリヤが燃え盛る地獄の業火をファムファタール目掛けて解き放った。が、全身を紅蓮の炎に焼かれてもなお、彼女は何ら動ずる様子を見せなかった。
　肉体的には、既に限界を迎えてもおかしくないはず。それなのに、何が彼女をそこまで奮い立たせるのか。
「これ以上は、好き勝手に動き回らせるつもりもない」
　相手の起き上って来た瞬間を狙い、エフイーの蹴撃が真上からファムファタールに襲い掛かった。その一撃で怯んだ一瞬の隙を逃さず、リュリュと悠が立て続けに仕掛けた。
「遊びに来たんじゃない。勝ちに来たんだ」
「雷霆よ、我が身に宿りて金色に煌めけ！　そして、悪鬼羅刹天魔外道、尽くを灼き滅ぼす、輝き纏いし神鳴る剣となれ！」
　ただ、目の前の相手を目掛けて突撃する。己の身が悲鳴を上げる音にさえ耳を貸さずに疾走するリュリュと、刃の切っ先に雷を宿し、自らもまた雷光となって駆け抜ける悠。
　疾風迅雷。風と稲妻が交錯し、ファムファタールの身体を切り裂いた。だが、それらの力を持ってしても、未だ彼女は健在だ。遠く、高く、天上に輝く月の前には、後一押しがどうしても足りない。
「ビー、あいつの足を止めろ」
　ビービーキューを向かわせつつ、ほとりは再び周囲へ紫炎を広げて行く。少しでも強く、少しでも高く。闇夜を照らす灯火が、仲間達に夜空の月を掴ませる誘いになるように。
「見た目で判断できない相手というのも面白いですね。いったい、どこにそんな力が潜んでいるのか……」
　ビービーキューの凶器攻撃を片手で軽く受け止め、いなすファムファタールの姿に、今度はチェーンソー剣を構えたアシュレイが挑む。サイズが小さい分、小回りも利くのは幸いだ。敢えて真正面から突き立てたが、それはフェイント。すぐさま真横に軌道を変えたことで、幾重にも並んだ刃の群れが、敵の脇腹に食い込んだ。
「……っ！？」
　さすがに、これは効いたのか、ここに来てファムファタールにも初めて苦悶の表情が浮かぶ。そんな彼女の姿に少しばかり目を背けそうになりつつも、葛は己の感情を飲み込んで大鎌の刃を振り上げる。
「憎いと同じくらい、愛してるよ、ファム」
「愛している？　あなたに、その言葉を紡ぐ資格があると思っているのですか？　私が愛しているのは……私が信頼を寄せるのは、カンギ様だけです」
　どこか陶酔したような目をしたまま、ファムファタールは静かに天を仰いで告げた。その言葉に、心に、嘘偽りはないのだろう。
「私の求めるものを、カンギ様は与えてくださいます。ですから、今の私にとって、カンギ様は何者にも代え難い存在なのです……」
　それが果たしてどこまで本当なのかは、葛にも判断できなかった。ただ、カンギという存在に心の底まで魅了された彼女の姿を、これ以上は見ていたくなかった。
　もはや、かけるだけの言葉も見つからない。意を決し、葛は大鎌を勢いよく振り被って投げ付ける。回転する刃は漆黒の旋風となって襲い掛かり、真正面からファムファタールの身体を斬り刻む。
「あぁ……見える……私の求める……私の星が……」
　崩れ落ちる最中、ファムファタールの伸ばされた手が、何かを掴まんと微かに震えた。
「申し訳ございません……カンギ……様……」
　だが、そんな彼女の口から告げられた断末魔の言葉は、最後までカンギという名の呪縛に捉われたままだった。

●緑と湖に抱かれて
　ファムファタールの倒れた広場には、再び静寂が蘇っていた。
「これで終わったのかな？　でも……」
「うん。随分、時間を無駄に使ってしまったね」
　激戦の疲れをその身に感じ、ほとりとリュリュが口にした。
「それにしても……アスガルド神か。立ち位置がよくわからないな」
　その一方で、敵の陣容の不統一さに、悠は改めてカンギという存在へ言いようのない畏怖の念を抱きつつあった。
　神の名を冠するデウスエクス。それを侵略寄生して自らの手駒に用いることができる辺り、敵の力の不気味さは底が知れない。
「さて……これ以上は、寄り道している暇もないが……」
　そう、エフイーが告げたところで、周囲の植物達が一斉に謎の鳴動を始めた。
「うにゃっ！　今度はなんにゃ！？」
「これは……迷宮が崩れている！？」
　跳び上がる子猫の横で、何かを察知したように叫ぶイリヤ。どうやら、他の班が光明神の撃破に成功したらしい。
「ここは危険ですね。さあ、早く撤収しましょう」
　未だ亡骸となったファムファタールの横に佇む葛へ、アシュレイが急かすようにして告げた。その言葉に、葛は軽く頷いて、最後にファムファタールの身体を静かに抱き締めた。
「先に地獄で待っててくれ。直ぐに俺も行くから」
　だから、それまでは静かに眠っていて欲しい。湖面に映る満月のように、深く広い湖の懐に抱かれて。
「さよならだ……ファム……」　　
　月の女神は、黄泉より来りて夜を照らす。御伽噺に紡がれるような一節が頭の隅を掠め、葛もまた迷宮を後にする。
　後ろを振り返ることはしない。緑の墓標がファムファタールを飲み込む様を、最後まで見たいとは思わなかったから。

作者：雷紋寺音弥	重傷：なし 死亡：なし 暴走：なし
種類： 公開：2016年12月9日 難度：普通 参加：8人 結果：成功！
得票：格好よかった 0／感動した 0／素敵だった 0／キャラが大事にされていた 6
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