「あなた達に使命を与えます」
チェック柄のシルクハット、同じ柄のレオタード、そして胸元には蝶を象った開きが豊満な胸元を彩っている。そんな出で立ちの螺旋忍軍が一人、ミス・バタフライが厳かな声で配下に告げる。
命を受ける配下は二人。一人は道化師のような緩やかな衣服に身を包んだ少年。そして、もう一人はレオタードを纏った妙齢の女性であった。おそらく得物だろうか、少年の腰にはナイフが、女性の腰には猛獣使いを連想させる鞭が束ねられていた。
畏まる二人を前に、ミス・バタフライは言葉を続ける。
「この町に、食品サンプル職人と言う食品サンプルの生産を生業としている人間が居るようです。その人間と接触し、その仕事内容を確認。可能ならば習得した後、殺害しなさい。グラビティ・チェインは略奪してもしなくても構わないわ」
「了解だよ、ミス・バタフライ。一見、意味の無いこの事件も、巡り巡って、地球の支配権を大きく揺るがす事になるんだね」
道化師が少年らしい口調で応じたその刹那、二人の姿は影に溶けるよう消失する。
理解の早い配下の動きに、ミス・バタフライは微笑みを口元に浮かべるのだった。
「ミス・バタフライの次の動きが予知されたわ」
リーシャ・レヴィアタン(ドラゴニアンのヘリオライダー・en0068)の言葉にアトリ・セトリ(緑迅残影のバラージ・e21602)ははっと息を飲む。動揺の色を浮かべるのは同じくヘリポートに集められたケルベロスの一員――グリゼルダ・スノウフレーク(ヴァルキュリアの鎧装騎兵・en0166)も同じだった。
二人を前に赤髪のヘリオライダーは説明を続ける。ぴんと伸ばされた人差し指が豊かな胸の前でふるふると揺れていた。
「ミス・バタフライが起こそうとしている事件は、直接的には大した事は無いのだけど、巡り巡って大きな影響が出るかもしれない。そんな厄介な事件よ。今回、東京都大田区蒲田町に有る食品サンプル工房が狙われるようね」
工房の主の名前は工藤・飛鳥さん、28歳の女性である。未来予知に寄れば今から三日後、彼女の元に二人組の螺旋忍軍が現れ、彼女の持つ技術を取得後、殺害すると言う。
事件を防ぐ事が出来なければケルベロス達に不利な事象が発生する事が予期されるが、そうでなくとも無辜の一般人がデウスエクスの犠牲になる事態を見過ごすわけに行かない。
「だから、工藤さんの保護と、螺旋忍軍の撃破をお願いしたいの」
リーシャの真摯な声に二人を始めとしたケルベロス達はコクリと頷く。
「……ところで、食品サンプルと言うのはどういうものなのですか?」
グリゼルダの浮かべた疑問に答えたのはアトリだった。
「食事処のショーウインドウに飾られている奴だね。多くはメニュー用の見本というイメージだけど」
「ええ。再現性の高さ、伝える情報量の多さから、写真よりも好むお店があるみたいね」
それが今回のキーになりそうだ、と言葉を引き継いだリーシャがうーんと唸る。
「当然だけど、未来予知と違う状況を作れば最悪、螺旋忍軍が違う人間を襲撃する可能性があるから、工藤さんを事前に避難させる事は出来ない」
ただし、とその後に言葉が続く。
「みんなが囮になれば、その限りじゃなさそうね。今から彼女の元に向かって事情を説明し、技術を取得すれば充分に囮としての役割を果たせるわ」
三日間の準備期間でどれ程彼女の技術を習得する事が出来るか。それはイミテーションを作る能力だけではなく、料理に対する造詣も多少は有った方が良いと思う、と言うのがリーシャの弁だった。
「こう言う料理を再現してみたい、こう言うサンプルを作ってみたいと言うのがあるとプラスに働くかも知れないわね。……例えばふわとろなオムライス、とか」
食事に対する好奇心が人一倍のヴァルキュリアを前に、苦笑を浮かべて言葉を続ける。
「次に敵の螺旋忍軍の情報だけど、道化師風の少年が一人、猛獣使い風の女性が一人ね。道化師は投げナイフで攻撃してくるけど……これは螺旋手裏剣のグラビティと同じような物だと考えていいわ。猛獣使いの方は鞭。こっちはブラックスライムを想像して貰って間違いないわ」
道化師がスナイパー、猛獣使いがクラッシャーとして戦ってくる。連携も厄介と言えば厄介そうだった。
「みんなが囮として二人に接触出来れば、近くの広場とか、戦闘に有利な場所に誘導する事が出来るわ。そうでないと、工房内での戦闘になっちゃうから、気を付けてね」
室内となれば螺旋忍軍である二人の独壇場だろう。また、囮に失敗した場合、飛鳥の避難等を優先させる等、考えなければ行けない事が沢山だろう。是非とも技術を習得して囮の役目を果たして欲しい、とリーシャは神妙に頷く。
「バタフライエフェクトを使いこなす敵は厄介だけど、最初の羽ばたきさえ止めてしまえば問題ないわ。つまり、いつもとやる事は一緒ね」
そしてケルベロス達を送り出す。
「さぁ。いってらっしゃい」
参加者 | |
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星黎殿・ユル(聖絶パラディオン・e00347) |
フィー・フリューア(赤い救急箱・e05301) |
深鷹・夜七(まだまだ新米ケルベロス・e08454) |
村雲・左雨(月花風・e11123) |
ミハイル・アストルフォーン(えきぞちっくウェアルーラー・e17485) |
リサ・ギャラッハ(密やかにえっち・e18759) |
愛沢・瑠璃(メロコア系地下アイドル・e19468) |
アトリ・セトリ(緑迅残影のバラージ・e21602) |
●模造の華
東京都大田区蒲田町。そこに、未来予知の有った『工藤工房所』はひっそりと営業していた。
店内には簡素なディスプレイが用意され、そこに食品サンプルが乱雑に並べられている。制作者の気質なのか、とりあえず置いているだけの様相にアトリ・セトリ(緑迅残影のバラージ・e21602)は「ふむ」と無言で頷く。
12人と集ったケルベロスの前に、難しい顔をする工房主――工藤・飛鳥その人は20代後半にしては年季の入った佇まいで、咥え煙草から紫煙を吐き出しながら、「なるほど」と納得の文言を口にした。
眼鏡越しの表情は、言葉とは裏腹に疑問の念を纏っている。
「デウスエクスが食品サンプル技術を盗んで、挙げ句の果てにアタシを殺そうって言うのは理解した。なんで? と思うけど」
「それがミス・バタフライの行いよ」
愛沢・瑠璃(メロコア系地下アイドル・e19468)の言葉に一応は頷く物の、やはり納得感はないらしい。
(「当然だよな」)
仲間達が説明をしている様子を見守りながら、村雲・左雨(月花風・e11123)は呻く。ヘリオライダーの予知にせよ、ミス・バタフライのバタフライ効果にせよ、何も知らない一般人からすれば理解し難いものだ。
だが、此処で信じて貰わなければ全てが水泡に帰してしまう。それだけは避けなければならない。
「いや。天下のケルベロスさんの言う事だ。信じないつもりはないんだ」
そんな苦笑混じりの言葉に、フィー・フリューア(赤い救急箱・e05301)の表情がぱっと輝く。
「それじゃ、僕らに……」
「それも、どーしたもんかと思ってね」
咥えた煙草を押し潰し、新しい煙草に火を着ける。「先生……」と助手の女性が注意したが、度去年吹く風と紫煙を吐き出す様は、むしろ苦虫を噛み潰した様な表情であった。
「やはり、三日間では難しいものなのですか?」
リサ・ギャラッハ(密やかにえっち・e18759)の問いは「いや」と首を振り否定される。
「作るだけなら3Dプリンタで何とかなるし、そー難しい訳じゃない。作るだけならね」
「感性とか、センスとか、そう言う感じ?」
ミハイル・アストルフォーン(えきぞちっくウェアルーラー・e17485)の問いに対しては首肯が返って来た。作るだけなら簡単。だが、求められる食品サンプルの腕はむしろ、その先にあると言う事だ。
(「ま、そうだよね」)
食品サンプルの目的はメニューの代わりだ。少なくとも、美味しそうに思える程度の完成度は欲しいだろう。
「それでも、ぼく達は憶えなければならないんです」
深鷹・夜七(まだまだ新米ケルベロス・e08454)の真摯な言葉に、飛鳥は「判るよ」と頷く。その言葉の本質は、飛鳥本人を危険に晒したくないと言う切実な訴えだ。汲みしない理由は無い。
想いは彼女一人のものではなかった。此処に集ったケルベロス達――手伝いにと駆けつけたユーロやアルベルト、鈴もまた、同じ想いを抱いている。
だからこそ、それを叶えて上げたいと思う。思うのだが。
「感性だ、と言うなら口での説明は難しいよね」
星黎殿・ユル(聖絶パラディオン・e00347)の独白は当を得ていた。故に飛鳥の表情は難しいままだったのだ。考え事をする時の癖なのか、視線はじっと、ケルベロス達――その先頭に座るグリゼルダ・スノウフレーク(ヴァルキュリアの鎧装騎兵・en0166)に注がれている。所在無さ気に視線を彷徨わせるヴァルキュリアに、だが、飛鳥は気にした風もなく、思考を巡らせ。
よし、と声が上がったのは数分後だった。
「まずはお得意さん処に行こうか」
胎は決まった、と立ち上がり、ずいずいと工房から出て行ってしまう。そのマイペースさに顔を見合わせたケルベロス達は、慌ててその後を追うのだった。
「三日間か」
洋食屋、定食屋、喫茶店、パーラー、デパート、空港。
東京都内の様々な店舗を巡りながら、飛鳥はケルベロス達に向き合い、問う。
食品サンプルはただ有るだけじゃない。まるで食事そのものを切り取った様に美味しそうに見えなければ意味がない。例えばフォークで絡み取られたスパゲティ、或いは湯気までも再現されたスープ。
「あんたらはどんな物を作りたい?」
膨れあがる程、お腹を満たしたケルベロス達――皆が僅かに苦しそうな表情を浮かべる中、一人だけ、けろりとした顔をしていた――の答えに彼女は柔らかい微笑みを浮かべ。
「イメージする事。それがきっと、あんたらの力になるさ」
それは、師が弟子に語りかけるような、優しげな言葉だった。
●道化の咎
がらがらとガラスの引き戸が開かれ、二人の来訪者が店内に入ってくる。一人は道化師風の衣装を身に纏った少年。もう一人はレオタード衣装の女性だった。
本来なら違和感を醸す珍客だったが、それを感じさせないのは二人の佇まいが堂々としている為だ。それが自然だと普通に歩む二人に、咎める声はない。
「貴方が工藤・飛鳥さん?」
少年の問いに、工房の真ん中でアップルパイに刷毛で何かを塗っていた女性が顔を上げる。一瞬の後、その女性は「ああ」と頷いた。
「客ならお茶でも用意しようか?」
助手らしきレプリカントの少女とサキュバスの少女にお茶を頼み、自身は座布団を少年と女性に勧める。
「客と言うか、弟子希望なんだけど」
出されたお茶を一口啜ると、少年はそう、切り出してきた。
食品サンプルを作る技術を取得したい。道化師の少年が華のような笑顔を浮かべ、にぱりと笑う。連れの女性は保護者かと思いきや、彼女もまた、少年と同じく弟子志願だった。
「工藤さんの腕に見惚れて、ね。それも新しい作品なんでしょ? 仕上げ?」
少年らしき無邪気な問いは、一般的に言えば無礼な物だった。だが、それを感じさせない得が彼にあり、工藤と呼ばれた女性は微苦笑を浮かべる。
「色艶を出す為にオリーブオイルを……って、そうじゃないよね」
道化師とレオタードをじろじろと見やる。その様はまるで、二人の素性を観察するかのようであった。
「……ま。いいよ。教えてやるよ」
そうして、彼女は立ち上がる。
「まずは作品を見て貰うとこからだな。お得意さん処に行こうか」
言葉の後、二人を伴い歩き出す。
その背後で、彼女の助手達は、こくりと頷き合っていた。
蒲田町は町工場地帯とも言うべき工場群の地域である。その中には止むに止まれぬ事情で空き屋や空き地と化した土地も珍しくない。
彼女の足が止まったのも、そんな空き地の前だった。
「どうしたの? 工藤先生?」
すでに弟子気分なのか、道化師の少年の軽やかな問いに、しかし。
「……ここら辺で良いよね」
訝しげな表情を浮かべる二人を他所に、反転した彼女は一歩踏み込み、隠し持っていた不知火を抜刀する。舞うは銀光。擦過熱と共に生まれた熱は青白い光の粒を生み、虚像すら映し出す。
「悪いね―――そこはもう、ぼくの間合いだ!」
工藤・飛鳥に扮していた夜七は陽炎の揺らめきを伴い一歩後退する。重ねて陰から飛び出したオルトロス――彼方が咥えた神剣をレオタードにつきたて、その服を切り裂いていた。
二刀の刃に薄い布地を切り裂かれ、肌を露出する彼女に浮かんだ表情はむしろ、困惑。だが、流石は螺旋忍軍が一人。即座に腰に束ねた鞭を引き抜くと、臨戦態勢を整える。
完全な不意打ちだった。そして走る血の痕で攻撃の正体を看過する。これは、グラビティだ。
「地獄の番犬ケルベロスか?!」
「ご名答」
返答は、先程助手を務めていたレプリカントの少女――ユルからだった。助手代わりに待機していた彼女は、夜七の出発に併せ、同じく助手と振る舞っていたリサや瑠璃と共に三者を尾行したのだ。
無論、三人だけではない。裏で待機していたケルベロス達もまた、この瞬間に合流していたのだ。
「我が魔力、汝、合戦の申し子たる御身に捧げ、其の騎馬を以て、我等が軍と、戦場の定石を覆さん!」
編み上げた魔力は、戦場で数々の戦功を上げつつも、兄に疎まれ非業の死を遂げた武将のエネルギー体を召喚する。一ノ谷の断崖絶壁を下ったとされる騎馬の勇姿は、仲間達に力を付与する――筈だった。
「あちゃー。やっぱ駄目か」
舌打ちする。三人と四体、計七つと言う前衛の数に阻まれ、騎馬の勇猛さは霧散していた。一人か二人に付与出来れば御の字、と思っていたがそれもままならない。
「枝葉を伸ばし絡め取れーー」
呻くユルの傍ら、フィーが道化師を指差す。迸る棘蔦はその身体を絡め取り、磔のように拘束していた。道化衣装から覗く白い肌は茨の如き棘に切り裂かれ、赤い血を滲ませる。
蔦から咲き誇る花は、少年に終わりを告げる目印の如く、咲き誇っていた。
「あんた達に教えられるものは何もないわ! あんた達が作ろうとする作品には魂が足りないのよ! 作品を手に取った人を最高にロックな気分にしたいって言う魂がね!」
だから、と瑠璃は氷を纏うハンマーを猛獣使いに叩き付ける。
「後は地獄で閻魔様にでも教わる事ね!」
それが地獄行きの片道切符だ、と言わんばかりの一撃に、猛獣使いは自ら跳躍する事で、ダメージの軽減を図る。だが、そこに待ち受けたのは、彼女のサーヴァントであるプロデューサーさんの猫爪、そして、アトリのナイフの一撃だった。
「螺旋忍軍たるキミ達に目的を求めても答えはないだろう。ならば、阻害だけはさせて貰うよ」
刃に映った鏡像が猛獣使いを責め立てる。遮二無二猫爪に引っ掻かれ、鏡像の一撃を受けた彼女は地面に降り立つものの、その足下を飛来した戦輪によって掬われ、前のめりにつんのめる。
「キヌサヤ、ナイスフォロー!」
主人の声援に、キャットリングを飛ばしたサーヴァントが誇らしげに胸を張っていた。
「さーて。ボクも負けじと行くぜ?」
劫炎が轟く。友人に負けじと放たれたミハイルの竜砲弾、そして、彼のサーヴァント、ニオーによる息吹だった。続けざまの追撃に焦げた衣服を引きはがした猛獣使いは、憎々しげな表情を浮かべる。
そして鞭が閃いた。まるで黒き蛇の如く空中を踊ったそれは一直線に、自身を騙した夜七に突き進む。
「フィオナ!」
妨害は横合いから立ち塞がった。
リサの命の元、テレビウムのフィオナが間に割って入り、その鞭打を受け止めたのだ。重い一撃にテレビ画面が痛みを訴えるように歪むが、自身を応援する動画を流す事で治癒を促す。
「力を貸して、ミァン。誰かの涙を止めるために」
そして、リサは詠唱を完成させる。召喚された白竜の名はミァン。希望を意味する雷竜は、天からの鉄槌を猛獣使いに叩き付ける。
「黒き太陽よ、ここに」
そこに強襲するのは左雨の呼びだした黒き太陽だった。絶望の黒光に照らされた猛獣使いはちっと舌打ちする。
「あははは。駄犬の癖に、良くやるね!」
嘲りの声は道化師から。無数の投げナイフを彼方に叩き付けながら、それでもただ笑う様は、道化師の様相に相応しくも思えた。
「そんな私達に足下を掬われたのが貴方達ですよ」
緊急手術でその傷を癒しながら紡がれたグリゼルダの言葉も、彼に負けないくらいの挑発が込められていた。
●譲れぬもの
道化師の手から無数のナイフが投擲される。その矛先が向けられたのは回復を担うグリゼルダ、彼女と共に治癒を担当するキヌサヤ、そして、冷凍光線を放つ瑠璃の三者だった。
だが、その煌めきは彼女達に届かない。斜線上に飛び出した彼方とフィオナ、プロデューサーさんによって全て叩き落とされていた。
「人数差に任せ、減衰によって僕達のグラビティを絞り込む。流石、考えているよね」
軽口ではあるが、賞賛でもあった。無数の投げナイフも、魔法防御を砕く鞭の乱打も、減衰を引き起こす程まで人数が膨れあがった前衛を狙う事は出来ない。減衰が起こると判っているのに強行する程、彼らは愚かではなかった。
故に、その二つは減衰の起きない中衛と後衛へ向けられる。必然的に、彼らの行う単独攻撃すら、前衛の七者を無視する結果となっていた。
「言葉が多いね。余裕のない証拠かな?」
「黙れ!」
ユルの言葉に沸点の低い咆哮が返ってくる。共に放たれた白刃は矢の如くグリゼルダを襲撃し、結果、間に割って入ったフィオナによって阻まれる。
追撃の鞭はその傷を抉るように、フィオナの身体に叩き込まれていた。幾度となく叩き付けられた攻撃に、テレビウムの小さな身体が光の粒と化して消滅する。
(「――フィオナ」)
己のサーヴァントの最後に、リサが唇を噛む。仲間を庇い続け、テレビフラッシュでの攻撃を繰り返せば起こりうる当然の帰結に、だが、それでも悔しさが滲んでいた。
「ミァン! フィオナの仇を!」
涙の意を持つDeoirを掲げ、召喚した白竜に電撃を命じる。
「この想いを届ける! これで、終わりだ!!」
そして動きの止まった猛獣使いへ、瑠璃の拳が叩き付けられた。気迫の込められた音速拳をまともに受け、猛獣使いの身体が崩れ落ちる。
「――っ!」
飛び交うナイフはまるで、仇討ちの如く弾けた。道化のナイフが狙う先は体勢の崩れた瑠璃。毒に染まる刃がその白き肌に突き立てられるその刹那。
銀の砦が舞う。Dunphort airgidの名を抱くリサのオウガメタルが、その斜線上に伸ばされ、それらを全て受け止めていた。
「君達はもう、終わりだよ」
静かな宣言は、夜七から告げられる。彼女の放つ、空の霊力の一撃は、道化の衣装を真一文字に切り裂いていた。
一歩身を引き、身構える道化師に無数の氷弾と光線が叩き付けられる。
「駄犬が!」
「キミは、二言目にはその台詞だよね」
「投げナイフしか能のない道化師が良く吠える」
星降る金符から冷気を漂わせるユルと、光線の残滓が漂うバスターライフルを構えたフィーの言葉が重なり。
同時にその身体を縛ったのは、左雨から放たれた光弾だった。
四度重ねられた衝撃により体勢の崩れた道化師はそれでも踏鞴を踏み、反撃に転じようとする。
だが。
「ワン・ツーで決めるぜ? 行くぜアトリ!」
黒き閃光が道化師を包む。それは世界に舞う黒き羽根。ミハイルによって召喚された安寧とは程遠い虚無の闇が道化の身体を直線に貫く。
「了解、タイミングは此方で合わせるよ! ――十字に引き裂く!」
ミハイルの放つ閃光が天を焦がす虚無ならば、アトリの放つ幻影の爪は、地を這う影刃だった。地面から吹き上がったそれは、道化の身体を這うように切り裂く。
「「クロスオーバー!」」
二人の声が重なる。黒き閃光と黒き影刃。二人が編み上げた力の残影は、巨大な十字架と化し、そして消えていく。
巻き込まれた道化の身体もまた、虚無に呑まれ、消えていくのだった。
●終幕は本物を
ケルベロス達の活躍の元、事件は解決した。
ミス・バタフライの魔の手から飛鳥が救われた以上、彼女の工房にケルベロス達が留まる理由もなく、そして、いつもの日常が工房に戻る。
――その筈だった。
「いやまぁ、あんたらが帰らなくていいって言うんなら、いいんだけどさ」
灰皿で吸いかけの煙草を押し潰しながら、飛鳥は「うーん」と唸る。
螺旋忍軍を打ち破ったケルベロス達はしかし、未だ帰路に着いていない。
何故ならば。
「折角だし、作成体験してみたいよね!」
とは、囮役ではなく、裏方に回ったフィーの弁。料理の心得が無いと遠慮した彼女だったが、螺旋忍軍の脅威が去った今では、遠慮は無用。飛鳥の指導の元、林檎のタルトのイミテーション制作を行っている。
「悪いけど、もう少し付き合って貰えるかな?」
左雨の諦めを促す言葉に、飛鳥は仕方ないと苦笑いを浮かべていた。真剣に自分の作品に見入っているアルベルトの姿を前にすれば、彼らが熱中する様は悪い気がするはずもなかった。
「遂に完成したよ! デラックスチョコレートパフェだよ!」
息巻くユルの前にはどーんとクリームやらチョコレートソースやらで再現されたチョコレートパフェが鎮座している。勿論、これも食品サンプル、つまり模造品であった。その隣に形はそのまま、小さいパフェが並んでいる様は、何処か微笑ましく思える。
その傍らでリサが作っていたのはシュークリームだった。半分に割った中にたっぷりのクリームが詰まっている。本物ならば零れ出す事を心配するものだが、合成樹脂製のディスプレイ故、それも起こりえない。
「こう言うのは得意なのよね!」
ハートを届けたいのは歌も作品作りも同じ、と瑠璃は笑う。彼女が作り出すミートソーススパゲティは、パスタの一本一本まで丁寧に作られ、思わず生唾を飲み込んでしまう出来であった。
現にそれを見ていたユーロはごくりと喉を鳴らしていた。美味しそう、と思わず声を零すミハイルの姿もあった。
卵で包んだオムライスを作る鈴に、アップルパイを完成させる夜七等、食品サンプル作成に勤しむ姿は、微笑ましい物がある。
「……そう言えば、サンプルを卸している洋食屋さんのオムライス、とっても美味しそうだったんだけどね」
ふと顔を上げたアトリがグリゼルダに笑いかける。作品に見入っていた彼女は顔を上げると、輝く瞳をアトリに向けていた。
「帰りに食べに行こうか?」
食品サンプルは綺麗だけど……本物には叶わないよね。
そんな、悪戯っぽい笑みが、向けられていた。
作者:秋月きり |
重傷:なし 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
公開:2016年12月6日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 1
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