光明神域攻略戦～神殺し

■リプレイ

●壱
　琵琶湖北西の白鬚神社付近から探索開始する為、京都方面上空よりヘリオンにて直行し、国道161号西近江路へと降下。順に着地し、迷宮へと向かう。
　メルエム・ミアテルシア（絶望の淵と希望の底・e29199）は隠された森の小路が使用可能かを確認するが、植物は避けてはくれなかった。そう易々と奥へ進ませてくれそうにない。
　緊張気味だがわくわくした気分も同居していて、確り気を引き締めねばと深呼吸する。迷宮の下に大きな湖が在るお陰か、ひんやりした空気が身体に落ち着きを与えてくれた。
「樹蛇『ミドガルズオルム』の召喚阻止、ヘビーなお仕事ですね」
　天野・夕衣（ルミノックス・e02749）はいつもと変わらぬ笑顔だ。ヘビーだと表現する割には楽しげにすら見える。
「まさかこんな形でアスガルド神と戦う事になるとはな。もっとも、奴らに対する忠誠心は無い――敵として立ち塞がるならば、例え神であろうと斬り捨てるまでだ」
　対称的に生真面目なレイリア・スカーレット（鮮血の魔女・e24721）は、槍を握りしめて迷宮の奥を見つめる。
「神を名乗る相手を倒すのであれば、腕がなると言うところですね」
　シトラス・エイルノート（ヴァルキュリアの降魔拳士・e25869）は紳士的な笑みを浮かべながらも「歯応えがある相手だと良いのですが」と戦闘への意欲を表す。
「ミドガルズオルムってどんな蛇なのだ？」
　パティ・パンプキン（ハロウィンの魔女っ娘・e00506）は興味津々だ。
「地球で召喚されたら、地球上では無敵らしいよ？」
　恋山・統（リヒャルト・e01716）が答えて、それから少し考えるような顔でパティをジッと見た。
「ち、違うのだ！　阻止します！」
「樹蛇に興味があるざんしか？　もし復活したら……」
　椏古鵺・笙月（黄昏ト蒼ノ銀晶麗龍・e00768）が柔和な微笑を浮かべて問う。
「復活は阻止するのだ。もちろんわかってるのだ、うむ」
　パティがわたわたとしながら、手を振り首を振って否定する。
「や……そんなことは思って居ないから、ね？」
「思っていないざんしな」
　統も笙月も首を振って言う。
「さ、さあ、出発するのだ！　ジャックー」
　パティはボクスドラゴン『ジャック』を連れて足早に歩き出した。
「他のチームも突入の頃合い、行きましょう」
　鞘柄・奏過（曜変天目の光翼・e29532）は地図アプリを起動する。地図は通常の琵琶湖を表示している為、迷宮内では大体の位置を把握するのみだろう。
　統も「おいで」と、ビハインド『フリードリヒ』を傍へ呼び寄せた。
「さあ、行こうかお嬢さん」
　ビハインドの少女は、一度統を見上げてから彼に従う。
「探検隊だ……まるで昔みたいだね」
　義妹との過去を思い出すよう暫し目を伏せて、迷宮へと足を踏み入れる。
「命運を握る探検隊なら、なおさら気をつけないとだし、頑張らないとね」

●弐
　迷宮内では通信が遮断されていた。スマートフォン等の電波をはじめ、無線の類も全て繋がらない為、別場所から突入している他のケルベロスと連絡は出来ない。
　しかし念の為に用意してきた紙の地図を参照すれば、そこに自分達の位置をスーパーGPSで表示できる。それを利用しながら奏過は迷宮のマッピングを試みた。笙月も持参したスケッチブックに道筋を描き込んでみる。
　入った途端、迷路は左右に分かれていた。
「どう進みましょう、右手の法則とか試してみます？」
　メルエムの提案も一理あるだろう。
　一行は、琵琶湖中央の岩「沖の白石」を目指すつもりだったが、天井も足元も四方何処を見ても植物に覆われていては、その岩の有無さえ視認できない。
　しかしやみくもに壁を破壊するのは危険だ。
「うむ。まずは道沿いに進んで、遠回りだったり怪しい場所があれば破壊するのだ」
　他には、別行動のケルベロス達が救助を求める声をあげていて、それが壁越しに聞こえた場合、壁の向こうが中心部に近い場合、等々。パティはドワーフなので暗視が出来る、左右後方に注意しながら進むことにする。
　前方は電池式カンテラを持ち込んだレイリアが先を照らした。
「奇襲を警戒しておきますね」
　シトラスは周囲の気配を探りながらパティと共に後方を歩く。
「目印を付けながら進みましょう。他の班が同じ道を通ったときに分かるように」
　夕衣はライト片手に植物の壁に自分達が進む方向を矢印で記した。目印を書く為のスプレー缶は多めに持ってきたので、足りなくなることはないだろう。
　突入から10分程度進めば、迷宮の構造は複雑極まりないと分かった。平面に進むだけでなく、床が斜めに下り坂だったり、梯子状の植物の蔓を上るような場所もある。
　メルエムは梯子の絵を描いて注釈をつける。ダンジョンの冒険のようで、ちょっとワクワクしながら描くマップは、趣味仕様になっていた。
　マッピングをしている者達は、時折見せ合って地図の正確性を確認する。
　その間に夕衣が、曲道の壁にスプレーで文字を書いていた。
「夕衣さん、参上っと」
　その文字を、青い花を飾ったビハインドの少女が興味深げに見上げていた。
「見られちゃいましたか？　あ、スプレーの匂いですかね？」
　夕衣はにっこり笑って問いかける。
「お嬢さんも、書きますか？」
　統が眦を緩めて尋ねると、少女は不思議そうに首を傾げていた。

　30分程経った頃、迷路は緩くカーブして西へ進んでいた。
　東側と北側が植物壁だが、東側は壁向こうに空間があるようだ。パティは枝葉の間を覗き込もうと目を凝らすが、みっしり密集した植物で薄暗くなっている。
「うーん……」
　すん、と匂いを嗅いでみれば、花の匂いがするようなしないような。
「迷路の道なりに進めば、入り口の方角ざんしね」
　来た道とは別になるが、方角的には戻ってしまう。
　中央を目指して進むなら、この植物壁を破壊した向こう側の通路が近そうだ。
「ここの壁を破壊するのなら俺がやるから、皆は少し下がってて」
　統がチェーンソー剣を構えた。傍にはフリードリヒのみが控え、他の者は下がる。
「手伝ってくれるね、フリードリヒ。行くよ――」
　統の刃が植物壁を斬り裂き、フリードリヒのポルターガイストが複雑に絡んだ枝葉を切り刻む。その途端、植物壁が爆発した。
　ゴゥ、と爆ぜた熱風。爆発の衝撃は、他の仲間を護るように立つふたりが受け止める。ディフェンダーというポジションの効果はあるようで、爆発のダメージは軽減出来ていた。
「上手くいった……！」
　植物壁が剥がれ落ちて、ひとつ向こう側の通路が出現する。
　奏過が駆け寄る。
「恋山さん、回復しておきましょう」
「手伝うのだ！」
　奏過の緊急手術とパティの気力溜めが統達のダメージを癒す。
　ヒールの光と幻想が迷宮に浮かび上がった。

●参
　ざわり。
　ざわめくのは迷宮の植物か。己の心か。
　不意に感じた表現しがたい胸騒ぎに、笙月は目を眇めた。
　斬り裂いた壁の向こうの薄暗い空間に、何か居る――迷宮に潜んでいた其れは、爆発音におびき出されたのだろうか。
「敵ですか。さて、少しは苦戦する相手ならよいのですがね。こんな迷宮をひたすら歩かされたあげくに弱い敵と戦うなんてことは勘弁願いたいところですね」
　シトラスは余裕の笑みで、暗い空間を見つめる。
「光明神……ではなさそうです」
　奏過は武器を構えた。他の仲間達も戦闘態勢に入る。
「……っ！　あれは――」
　笙月は目を見開く。
　顔を覆う仮面の一部が砕けて片眼が覗くその姿に、笙月は見覚えがあった。
　迷宮の奥にて邂逅したこの螺旋忍者、その名は――
「濫觴……久しぶりざんしな」
　笙月の声に緊張が滲む。己の目の前に現れた宿敵。
　奴の名は『濫觴』……始まりを意味する。
　濫觴の視線が笙月へと向いた。
「あなた様と顔を合わせるのは久方ぶりざんしか……」
　顔の大部分を仮面に覆われた敵の表情は、全く分からない。
「この先へは、通さぬ」
　淡々として言い放った濫觴は、右手に埋め込まれた目玉のようなモノを向けた。
（「バシリスクの瞳……！」）
　笙月の記憶が甦る。故郷を襲った奴らと、その腹心として行動を共にしていた濫觴。
　故郷の仲間を、そして、
（「母様を……」）
　バシリスクの瞳。
　濫觴の右手に埋め込まれた目玉からは、細い蔓のような植物が伸び、濫觴の腕に巻き付いている。その目玉が眩く発光して衝撃波を放った。
「くっ……」
　ケルベロス達を斬り裂き、傷口から部位を麻痺させる。
「何故に……カンギのもとにいるのか不可解ざんしがね」
　笙月は左腕を掲げる。全てを滅する力を、見えない衝撃波として鎌鼬を起こす。
「妖刀『滅』よ、全てを滅する汝が破壊の波動よ、……解き放て！！」
　陰翳断罪（バニシングブレイド）――理力の塊が濫觴を破壊する波動となる。
「……！」
　初撃からの強い力の波動に、濫觴が呻く。
　過去より確実に力を付けた手応えを得る笙月と、何処か変貌してしまっている濫觴。
「カンギ騎士団はレプリゼンタ・カンギに勝利を約束した。ここは、通さぬ」
　奴は、濫觴だ。間違いない。
　だが、笙月達が対峙しているこの敵は、カンギ騎士団の一員である濫觴。
　しゅるり。敵の右腕で植物が蠢く。
　濫觴だが、昔の濫觴では無い。
「彼らの能力を盗むために近づき、逆に取り込まれたか……情けない」
　笙月の眼差しが敵を強く射貫こうとも、濫觴は態度を崩さない。あくまで淡々とケルベロス達の攻撃に応戦する。
　シトラスの轟竜砲が撃ち抜き、夕衣の戦術超鋼拳が装甲を砕く。
　レイリアは破鎧衝で構造的弱点を突き、破壊する。
　カンギ騎士団としてここを通さぬと言うのならば、この先に光明神が居る可能性が高い。
　統は無数の粒子をばらまく。雨粒のような朱色の雨は、仲間達の身に与えられた麻痺を浄化する。奏過がライトニングウォールで前衛に雷の壁を構築した。パティは同様に後列に雷の壁を展開する。ふわりと幻想が舞った。
　メルエムの放つ竜語魔法は、掌からドラゴンの幻影を生み出して濫觴を焼く。
　ぷつりと焼け切れた敵の蔓が落ちては、また目玉から新たに伸びる。
　濫觴は右腕を振り上げた。
「レプリゼンタ・カンギは強い。故に私達カンギ騎士団は信頼と絆を築いた」
　露出した片眼が笙月を捉える。右手の長い爪を、袈裟斬りに振り下ろした。
　ザ、と肉を裂く音。統が踏み込むよりも半歩先に、ジャックが笙月の前に飛び込んでいた。刻まれた黒衣を翻して、ころんと地面に転がる箱竜。
「久々に会ったと思えば、私でない……他の奴に現をぬかしておるとは」
　笙月はオウガメタル、ティンクルシオを鋼の鬼と化し、その拳で濫觴を撃つ。
　狙うは敵の右手。目玉の埋まる場所。
　濫觴は拳を受け止めんと左手を添えた。ガッ、と鈍い音と、衝撃が走る。
　力がぶつかり合い、敵の指は骨が砕けた。
　だが、まだ、目玉から伸びた蔓は蠢いている。
「さぁ！　蹂躙してさし上げましょう！」
　シトラスが彼方より無数の聖騎士を呼び出した。聖騎士達は敵へと突撃して蹂躙しながら行軍する。聖戦に挑みし聖騎士の軍勢（セントクルセイダーズ）。
　僅かに怯んだ敵を、夕衣の真紅に染まった右目が見つめる。
「Aliis si licet, tibi non licet.」
　赤の罪（アカノツミ）――濫觴の瞳が一瞬だけ険しくなった。どんな心の傷を形にしたのか、知る術は無い。しかし着実に敵のダメージとなった。
　統が気力溜めを飛ばし、パティがメディカルレインで回復を施す。
　ぐったりしていたジャックも今一度起き上がり、ブレス攻撃で援護する。タイミングを合わせたフリードリヒのビハインドアタックが上手く決まった。
　レイリアがヴァルキュリアブラストで全身を光の粒子に変え、突撃する。
「この炎に焼かれた傷が消え去る事はない　お前を溶かし、焦がす痛みに狂うがいい」
　万有焼尽せしめる緋槍剣（ムスペルヘイム）――遠い昔、折れて砕け散った同名の炎纏うグレイブを顕現し、敵に投擲する。奏過の炎は濫觴を捉えた。傷口から侵入して身体を蝕む呪詛に、敵は悶え苦しむ。
　メルエムのストラグルヴァインが濫觴の両足を捕縛した。
　笙月の血襖斬り。
　阿伊染神楽が濫觴を切り刻み、その返り血を浴びる。
　右腕を狙うが敵は身体を僅かに引いた為か、斬り込みは些か甘い。
「濫觴……これ以上は無駄かな？　そろそろ他の仲間が辿り着く頃だろうさ。ただ、貴様には聞きたい事がある……」
　流れた血を振り払いながら、濫觴の右眼が笙月を見返した。
「母様の遺体は……どこざんしかね？」
　返答は無い。濫觴の右腕から伸びる攻性植物の蔓がうねり、笙月の身体を締め上げる。
「……っ！」
　――この身を絶望へと堕とした、宿敵が。
　攻性植物の蔓は笙月の首に巻き付いて強く締め付ける。
　冷気を伴う超重の一撃、シトラスの放ったアイスエイジインパクトが濫觴の腕を凍結させ、蔓の巻き付きが緩んだ。笙月は振り解いて離れる。
「少しぐらいは楽しませてくださいね。あなたの運命は決まっていますけど……ね」
　シトラスの科白に、濫觴が小さく舌打ちして身を引いた。
「まだお主がやるべき事があるのだ！」
　パティの気力溜めで、笙月の痛みは和らぐ。
「お手伝いしますよ」
　夕衣のマインドソードが、後退しかけた敵を斬り付けた。
　この濫觴はカンギ騎士団なのだ。
　鉄扇を強く握りしめる笙月に、奏過のメディカルレインの光が掛かる。
「……倒しましょう」
　仲間達の回復と、援護する攻撃。
　レイリアの絶空斬が濫觴の傷を更に深く裂いていく。
「何故私の二つ名に鮮血があるのか、その身をもって知るといい」
　赤く染め上げてゆく。手を緩めず、レイリアは敵の退路を塞いだ。
　メルエムの撃つ気咬弾が敵の喉元に喰らい付く。
　濫觴は右腕を掲げた。皹が入った目玉が光り、同時に発生した衝撃波が襲い来る。
「歌え、踊れ、振れて流れよ」
　朱色の慈雨が降り注いで浄化する。戦況は押しているが疲労は溜まりはじめた。
「お菓子をくれぬなら……お主の魂、悪戯するのだ！」
　パティのHalloween Party（トリック・オア・トリート）、周囲の幻想がハロウィンの夜を描き出す。背後に立つジャック・オー・ランタンの幻影が大鎌を振り上げた。
　濫觴がお菓子をくれる筈もなく、パティと幻影の大鎌は敵を両断する。
「うむ。今だぞ！」
　パティの声に、笙月は宿敵を見据える。
　シトラスの攻性植物が蔓触手形態で敵の両足を再び締め上げている。
「……濫觴」
　陰翳断罪、破壊の波動が敵を滅する。濫觴が仰け反って断末魔の声を上げた。
　身体を震わせ血を滴らせながら、崩れ落ちていく。仮面の皹が広がる。
　睨むような片眼と視線を交わす笙月には、掠れた声が聞こえた。笙月、と。

　カンギ戦士団の濫觴を撃破した笙月達は、探索を続ける。
　そして突入からおよそ３時間２０分、迷宮の崩壊が始まる――神は討たれたのだ。

作者：藤宮忍	重傷：なし 死亡：なし 暴走：なし
種類： 公開：2016年12月9日 難度：普通 参加：8人 結果：成功！
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