光明神域攻略戦~星に迫る樹蛇の牙

作者:緒石イナ

●琵琶湖上空
「美しい湖ですね。バルドルに島を押し付けて、湖を担当した甲斐がありますわ」
 光明神ナンナは嬉しげに、眼下の湖面を見下ろすと、薄桃色の花弁を散らし『超召喚能力』を発動する。
 するとどうだろう、花弁の落ちた湖面から、巨大な植物が生み出され、瞬く間に琵琶湖全体を覆い出したでは無いか。
 ナンナは、嬉しそうに微笑むと、彼女の頼りになる仲間であるカンギ戦士団の面々を振り返った。
「侵入者が現れれば、この迷宮は皆さんにそれを伝えてくれるでしょう。ですから……私の事を、まもってくださいませね」
 そうお願いするナンナ。『ミドガルズオルム』の召喚という大役を果たす彼女は、その特殊能力に比して戦闘力が極端に低い。
 もし、ケルベロスが襲ってくればひとたまりも無いだろう。
「そのための、私達、カンギ戦士団です。私達の命にかけて、一人たりとも、あなたの元には通しはしません」
 ドリームイーター、螺旋忍軍で構成されたカンギ戦士団の団員達は、ナンナにそう受けあった。
 彼女達の間には、互いに命を預けあう程の絆が確かにあるようだった。
「では、『レプリゼンタ・カンギ』に、約束された勝利を届けましょう」
 ナンナの号令と共に、カンギ戦士団は、琵琶湖の上に作られた植物の迷宮の中へと姿を消したのだった。

「よし、もう皆そろっているな! さっそくだが、緊急事態だ!」
 白鳥・セイジ(ドワーフのヘリオライダー・en0216)は、あがった息を休める間も惜しいとばかりにあわただしく話し始めた。
「先月末、ハロウィンに発生した攻性植物事件の黒幕『カンギ』……奴がまた大きく動きだした。奴の率いる攻性植物の軍勢による兵庫県・淡路島と滋賀県・琵琶湖への同時侵攻……その目的が、連中が呼ぶところの『無敵の樹蛇』ミドガルズオルムの召喚だとわかった!」
 ミドガルズオルムは、いかなる手段をもってしても破壊されないという恐るべき特性を持つ。この樹蛇の地球への降臨は、攻性植物の地球側ゲートが無敵にして不可侵の盾を得ることを意味する。そうなれば、たとえケルベロスの力をもってしても彼らの侵攻を根絶することは至難と化すだろう。
「淡路島と琵琶湖はおびただしい量の植物で覆われ、もはや迷宮と言っても過言ではない。その内部では、侵略寄生されたアスガルド神がミドガルズオルム召喚の術式を展開している。彼らこそ、敵の作戦の要となる存在だ」
 もちろん、彼らも無防備などではない。カンギの配下にある精鋭軍が迷宮の守りについている。軍を構成するのは、カンギが長い戦いの中で出会い、打ち負かしたデウスエクスばかりだ。それだけに、だれもが高い実力と固い絆を誇る堅忍不抜の強者ぞろいだという。
「淡路島迷宮の光明神バルドル、琵琶湖迷宮の光明神ナンナ……迷宮を暴き彼らを撃破することが、我々の作戦のすべてだ。しかし、立ちはだかる障害は多い。よく注意して聞いてほしい」
 手元から書類が滑り落ちるのも構わず、セイジは殴り書きのメモに目を走らせる。
 迷宮のどこにアスガルド神が潜んでいるのかはわからないため、突入地点や探索箇所を探索隊ごとに効率よく手分けすることが望ましい。しかし、たかが植物とあなどって迷宮の床や壁面を突き破って進むのは得策ではないという。迷宮を形成する植物は、無理に破壊されればみずから爆発を起こして侵入者を襲うのだ。
 また、カンギの手勢である攻性植物に寄生されたデウスエクスたちの存在もある。迷宮への侵入者がいると判明し次第、彼らはただちに出撃する。迷宮内にいる限り、敵との遭遇はもはや時間の問題でしかない。
 迷宮を守護するデウスエクスを倒し、アスガルド神を撃破することに成功すれば、ミドガルズオルムの地球降臨は成しえなくなる。存在理由を失った植物迷宮は自壊を始め、残ったデウスエクスも作戦失敗を悟れば撤退していくだろう。
「これほど大胆な作戦をしかけてくるだけあって、待ち受ける環境も戦力も相当に厳しいだろう。しかし逆に言えば、敵側はミドガルズオルムという強力な手札を出さざるを得ない状況にあるということだ。我々がいる限りこの星の上で勝手はさせないと、今こそ強くわからせてやろう!」
 最後にそう声を上げ、セイジは信頼と熱意のたぎる目でケルベロスたちを見上げるのだった。


参加者
生明・穣(月草之青・e00256)
望月・巌(茜色の空に浮かぶ満月・e00281)
ギルボーク・ジユーシア(十ー聖天使姫守護騎士ー十・e00474)
セルリアン・エクレール(スターリヴォア・e01686)
舞原・沙葉(生きることは戦うこと・e04841)
ジェノバイド・ドラグロア(狂い滾る血と紫の獄焔・e06599)
八神・楓(月夜に舞う淡き雪狼・e10139)
ノイアール・クロックス(魂魄千切・e15199)

■リプレイ

●樹の腹の中へ
「……なんてところだ。大自然のみずみずしさやしなやかさとはほど遠い」
 それは、探索者として望むところであったはずの大迷宮に踏み込んだセルリアン・エクレール(スターリヴォア・e01686)が、突入から一時間のうちに強く抱いた本心だった。迷宮を形成する植物の壁は、コンクリートジャングルもかくやとばかりに硬質で排他的。みっしりと編み込まれた草木は隠された森の小道を明かしもせず、迷宮を暴こうとするあらゆるものを拒む。たとえそれが姿形の見えない電波であっても。
「また分かれ道……ですか」
 生明・穣(月草之青・e00256)はマーキング用のスプレー缶を片手に、分岐した途上の闇を見比べた。一方はゆるやか下り坂、もう一方は急角度で上昇する吹き抜けの穴だ。周りに目印らしきものはない。つまり、他の突入班はまだこの道を通っていないらしい。電波を用いた通信ができない事態でも探索情報を共有する手段を、ケルベロスたちは事前に備えてきているのだ。
「クロックスさん、方角はわかりますか?」
「もちろんっす! しばらく道なりに歩いたけど、地図で見ると、東方向へのものすごくゆるやかな曲道だったみたいっす」
 ノイアール・クロックス(魂魄千切・e15199)の手元には、ふたつの地図がある。ひとつはスマートフォンの画面に表示された琵琶湖の地図データ、もうひとつは白い紙に記した手書きの地図。画面上に光るスーパーGPSの点の動きをたよりに、仲間たちとともに歩いた道をペンでたどったものだ。
「ほんとだ……直進してるものだとばかり思ってた。やっぱり、地図で見るとよくわかるもんだな」
「おいおい。自分のスマートフォンを使えばどうだ?」
 だって機械の扱いはガンさんのほうがうまいし、と、八神・楓(月夜に舞う淡き雪狼・e10139)は悪気もなく望月・巌(茜色の空に浮かぶ満月・e00281)が操作する改造スマートフォンをずいと覗き込む。光もさえぎる迷宮の中では、電子機器が放つ淡い光の可視性さえ心強い。
「じゃあ、進むなら上のほうですね! なかなかまっすぐ進ませてくれないなあ」
 ギルボーク・ジユーシア(十ー聖天使姫守護騎士ー十・e00474)が即答したように、さしあたって目指す島へ進路を選ぶのが彼らの方針だ。目的はあくまでどこにあるとも知れぬ敵の本陣の発見だとはいえ、道の選択に長々と迷っている時間はない。
「『このさき上昇』っと……書いといたぜ。このシールも使えるよな。いっちょ貼り付けてくるわ」
 薄暗がりにも目立つ蛍光ペンのメッセージを矢印が描かれたシールに書きつけ、ジェノバイド・ドラグロア(狂い滾る血と紫の獄焔・e06599)は紫色の翼を広げた。立体交差する巨大迷宮に挑むにあたって、予想もしない進路に備え情報を残すのも作戦に参加したケルベロスたち全員のためだ。
 ――かつん。
 誰の足音でもない硬質な異音を、舞原・沙葉(生きることは戦うこと・e04841)の耳がかすかにとらえた。あまりに小さな、ここが敵地の真っただ中でなければ気のせいとさえ思ったであろう。
「少し止まってくれ。なにか――」
 彼らがたどってきた道の向こうに、金色の光が走った。その光がひとつの塊ではなく幾千ものちいさな粒の集合体であることに気づいたとき、既視感が強烈な危険信号を発して彼女の喉を震わせた。
「皆、構えろ! 敵が来る!」
 迫りくる光の正体は、揺れて広がる稲穂の波だったのだ。

●牙むく稲穂
 カタストロフガイア。ケルベロス達はこのグラビティをそう呼ぶ。重く垂れさがった穂を振り乱して襲いかかる金色は、豊穣の恵みの象徴ではない。異世界からもたらされた、破壊をばらまく力だ。
「もう気づかれちゃいましたか。ひといきに殺してあげるはずだったのに」
 輝く攻性植物の波の中心に、少女が一人ぽつんと立っていた。つぶらな瞳はあどけなさを残し、アキアカネが踊る和装の裾は風もないのにゆるやかにゆれる。あまりに牧歌的ないでたちが、なおさら彼女の異様さを煽っている。
「お前は……ソア。ソア・ヒタネか」
「私のことを覚えていてくれたって、そんなこと、いまはどうでもいいんです。親愛なるカンギ様の邪魔をする、それが何よりも許せないだけだから……!」
 沙葉にそう返す少女――ソア・ヒタネもまた、可憐な顔をヒステリックに引きつらせた。その瞬間、生い茂った稲穂の一束がトラバサミのように鋭い牙をむく。手当たり次第のものを食い破らん勢いの牙の前に、すらりと伸びたギルバートの腕が伸びる。それは肉を切らせて骨を断つ策。七天抜刀術・壱の太刀は優雅ですらある軌跡を描き、攻性植物の一房を切り落とした。
「舞原さん、あいつを知っているんです?」
 一太刀を浴びせる直前、普段から凛と引き締まった沙葉の表情がかすかに歪むのを彼は見ていた。
「昔の因縁だ。しかし……私の知るソアと今のあいつは、ずいぶん様子が違う」
「様子がどうあれ、今も昔も奴はなんだろ? なら関係ねぇな!」
 爆発的なグラビティの奔流を叩きつけにかかったのは巌だ。グラビティブレイクが爆ぜる直前に、優しい風がその背を守るよう吹きぬける。
「ありがとよ、穣!」
 示し合わせたかのように届いた支援が誰のものか、巌には目を合わせずともわかっていた。
「いつものことでしょう、礼には及びません。でも――」
「ガンさんも、皆も……気をつけて。突出しすぎると、俺だって心配くらいする」
 穣と楓がいるのは、敵襲の最前線から一歩引いた地点。楓がメタリックバーストを遣わせる先に見えたのは、いままさにソアへ反撃を繰り出そうとするふたつの影だった。
「いいところにきたな! まっすぐ進めなくてイライラしてたところだ、派手にぶっ飛ばされやがれ!」
「あいにく、攻性植物は専攻外でな。迷惑な外来種には消えてもらおうか」
 ジェノバイドの空をも切る一閃、セルリアンの斬撃という結果だけを残す二閃。切り刻まれていく己と稲穂を認識しながらも、ソアの戦意はいまだ薄れない。
「あなたたちは、どうしてもカンギ様に逆らうというのですね……ならわたしはなおさら、あなたたちを生かすわけにはいきません」
「それはこっちのセリフっすよ! 地球になにかしでかそうってんなら許さないっすからね!」
 静かに放たれる闘志に抗うように、ルノアールの大地をも裂く拳が吠える。
 固く強く他を拒絶する植物の壁だけが、彼らの戦いを物言わず見守っていた。

●光射す世界
「わたしたちは、カンギ様を護る盾……この身が枯れ果てようとも、この一房が枯れ絶えようとも、わたしたちは、退きません……!」
 何度目かの稲穂の奔流がケルベロスたちを襲う。ケルベロスたちの攻撃を一身に浴び続けながらも立ち上がるソアはたしかに強く、勇敢なデウスエクスであった。しかし、そうであればあるほど、沙葉のいだく違和感は増すばかりだった。精彩を欠いたソアの挙動は、必殺の間合いに沙葉をたやすく招き入れた。
「なっ――!」
 それ以上の言葉は続かなかった。床面に背を叩きつけられたソアの喉元に、ケルベロスとしての力がもたらす致死の切っ先が突き立てられる。
「ソア。貴様もまた、なにかを忘却したのだろう。そんなお前に聞きたいことなど、もう何もない」
 月輪乱舞――それは、敵が死を迎えるまで絶え間なく続く慈悲なき斬撃。彼女の剣が動きを止めたとき、周囲に揺れていた超自然の実りは、音もなく消え去った。
「……ちっ。また暗くなったな」
 ジェノバイドがどかりと腰を下ろし、体に浴びた戦傷をぬぐう。攻性植物が放っていた黄金色の光がなくなったことで、迷宮の中が陰気な暗黒で満ちていたことを、彼は思い出してしまっていたのだ。
「そうっすかねー。自分、しっかりばっちりよく見えてますけど」
「それは君がドワーフだからだろう。ノイアール」
 セルリアンがわずかに吹きだしたのをきっかけに、戦いを終えた直後のケルベロスたちの間にほんのすこし柔らかな空気が流れた。
 楓をはじめとした支援を受け持った者たちで手早くヒールを済ませると、8人は早々に立ち上がり、まだ見ぬ迷宮の先へと進み始める。この迷宮を脱出し、自然の光を浴びるためにも、この広大な深緑のなかのどこかにいる女神に一刻も早い死をもたらさねばならないのだから。
 
 彼らの歩む道の全方向から細い光が射し始めたのは、ソアを倒し探索を再開してからおおむね二時間が経過したころのことだった。
「こ、これってもしかして……!」
 あわてて翼を広げるギルボークの声に喜色がにじむ。ヘリオライダーの説明が正しければ、この現象はあるひとつの事実を示しているからだ。
「ああ。誰かがたどり着いた。そして、やってくれた……!」
 みるみる形が崩れていく迷宮を見渡しながら、楓もまた表情をほころばせた。この地に女神はもういない。地球に訪れていた。蛇樹降臨の危機も去ったのだ。
「……よし! 最後の一仕事だ。皆、出口まで走るぞ!」
「え? このまま待ってりゃあ、ここは解体されるんだろ? 俺たちなら平気でいられるし、のんびりしてても……」
「忘れたのか、ジェノバイド」
 彼の言葉を遮り、沙葉が苦笑する。
「ここは琵琶湖の真上だ。たしかに死にはしないが……この冬空の下、寒中水泳といくのは微妙だな」
「あー! それはちょっとイヤっすね! 急ぎましょう、みなさん!」
 勝利の達成感はあとにとっておき、ケルベロス達は大地の上を目指して最後の疾走をはじめたのだった。

作者:緒石イナ 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年12月9日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 4/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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