光明神域攻略戦～わが城は緑なりき

■リプレイ

●深緑の城
　無数の植物で構成された緑の床を踏みしめて、八人のケルベロスと一体のサーヴァントが行く。
「それにしても……随分と派手に育ったものですね」
　人派ドラゴニアンの巴江・國景（墨染櫻・e22226）が四方を見回した。
　琵琶湖を覆う巨大で複雑な迷宮。
　巨大であることは判っていたが、複雑さについては皆の予想を超えていた。壁の高さや通路の広さは一定ではなく、通路が地下に潜って他の通路と立体的に交差する箇所も少なくない。
　しかも――、
「――やっぱり、スマホも無線機も通じねえか」
　無言を貫く無線機を木霊・ウタ（地獄が歌うは希望・e02879）が恨めしげに睨みつける。
「これじゃあ、他のチームの状況が判らねえな」
「うむ」
　竜派ドラゴニアンのアジサイ・フォルドレイズ（絶望請負人・e02470）が頷いた。
「しかし、この迷宮はかなり広いから、各チームの探索区域が被ってしまうことはあるまい」
　話している間もアジサイは手を動かし続けていた。防具特徴の『スーパーＧＰＳ』を利用して、琵琶湖の白地図に迷宮の地図を記しているのだ。同じく『スーパーＧＰＳ』を用意してきた壬育・伸太郎（鋭刺颯槍・e00314）もその作業を手伝っている。他のチームとの連絡が取れないので、自分たちが踏破した区域しか埋められていないが、同じ場所を堂々巡りするような事態は避けられるはずだ。
「地図だけじゃなくて、スプレーで壁に印もつけてますし、アリアドネの糸も伸ばしていますから――」
　カラースプレーの缶を軽く振りながら、オラトリオのイリス・フルーリア（銀天の剣・e09423）が言った。
「――時間さえかければ、いつかきっとナンナのところに到達するはずですよね」
「そうだな」
　と、リュックを背負ったウェアライダーのジン・フォレスト（森姫お守り隊・e01603）が答えた。足首には、フィルムスーツから紡がれた赤い糸が巻かれている。
「しかし、ナンナの前にカンギ戦士団とやらが……」
　ジンは言葉を切り、足を止めた。
　他の者たちも立ち止まる。
　前方から何者かがやってきたからだ。
　およそ実用的とは言い難い扇情的な忍び装束を纏った女。
　頭には花を挿している。
　いや、挿しているのではなく、咲いているのかもしれない。
　体内に寄生した攻性植物が。
「もしかして、カンギ戦士団のかたですかぁ？」
　ユキヒョウの獣人型ウェアライダーのミスト・ホロゥ（ゴーストキャット・e10406）がこの場に相応しからぬのんびりとした語調で尋ねた。
「はい。杜若あやめと申します」
　女はそう名乗ると、丸めた糸を袂から取り出した。その糸の端を摘んで引きながら、佐々川・美幸（忍べてない・e00495）に向かって艶然と微笑みかける。
「おひさしぶりですねぇ、美幸さん。会いたかったですわ」
「わたしは会いたくなかったけどね……」
　げんなりとする美幸にミストが尋ねる。
「お知り合いですか？」
「美幸さんは私の奴隷候補ですの」
　と、美幸が答える前にあやめが言った。
　そして、粘つくような視線でケルベロスの女性陣を見回した。
「だからといって、美幸さんを羨んだり、妬んだりする必要はありませんのよ。ウェアライダーの貴方も、そこのオラトリオの貴方も、美幸さんと同じように奴隷として扱い、たっぷりと地獄を味あわせてさしあげますわ。その地獄が天国だと思えるようになるまで！　おほほほほほほ！」
　糸をしごきながら、高笑いするあやめ。
　それを白い目で見ながら、美幸が皆に小声で言った。
「こーゆーヤツなのよ。ドＳというか、シギャクテキというか、ヘンタイというか……」
「なぜ、そのような輩がカンギに仕えてるのでしょう？」
　國景が疑問を口にすると――、
「もちろん、カンギ様の偉大さに触れたからですわ！」
　――と、あやめが答えた。聞こえていたらしい。
「今の私を昔の私と同じと思わないでくださいな、美幸さん。私はカンギ様のために生き、カンギ様のために戦い、場合によってはカンギ様のために喜んで死にます。もちろん、その過程で手に入るであろう役得も満喫しますが」
「女性をいじめることが『役得』ですか？」
　と、吐き捨てたのは伸太郎だ。
「女性は優しく扱わなくてはいけない。祖父や父からそう教わってきました。優しくしないと――」
　超硬製の槍『岩貫』を構えて、伸太郎はあやめを睨みつけた。
「――後が怖いんだそうですよ。ものすごくね」

●漆黒の情
　三種の光がケルベロスの前衛陣を包んだ。ジンの黄金の果実が放射した光、イリスのスターサンクチュアリから発せられた光、ミストのメタリックバーストによって生じた光。
　それらの光の粒子を全身に纏わせながら、アジサイがあやめに突進した。手にしたルーンアックス『黒砕』が第四の光を放つ。ルーンディバイドだ。
　攻撃を仕掛けたのはアジサイばかりではない。彼の背後から國景が飛び出し、たわめていた長躯を跳ね上げるようにして、あやめに斬りかかった。黄金と紅蓮の軌跡を引きながら。金蒔絵の拵えで飾られた惨殺ナイフに地獄の炎を乗せているのだ。
　しかし――、
「おほほほほほほ！」
　――耳障りな哄笑を響かせて、あやめは攻撃を躱した。素早く、華麗に、踊るように。ルーンの輝きと地獄の炎が彼女の残像を打ち砕く。
「笑ってんじゃなーい！」
　叫び声とともに飛んだのは美幸の手裏剣。螺旋手裏剣ではなく、グラビティで構成された手裏剣である。それがあやめの影に突き刺さると同時に美幸は二度目の叫びを発した。
「忍法、影縛りの術！」
　その名が示す通り、影を縛めてパラライズを付与する技だ。
　だが、あやめは怯まなかった。
「忍術の魅せ方というものが判っておられませんわね。『縛り』と言うからには本当に縛らないと……こういう具合に！」
　あやめの糸が蛇のようにのたうったかと思うと、手から放たれて幾本にも分かれ、後衛陣の美幸とウタに絡みついた。『影縛りの術』と同様にパラライズの効果を持つグラビティのようだが、二人が帯びた状態異常は通常よりも多かった。あやめはジャマーの位置取りで戦っているらしい。
　しかし、ウタたちもまた怯まなかった。
「こんなもので俺の炎を消せるかよ！」
　糸には糸をとばかりにバイオレンスギターの弦を操るウタ。『紅瞳覚醒』のメロディが彼と美幸の傷を癒し、防御力を上昇させ、更にいくつかのパラライズを消し去っていく（メディックのポジション効果によるものだ）。
　ギターに合わせて、シャーマンズゴーストのブラザーコシカケがマラカスを振り始めた。もちろん、ただ振っているわけではない。祈りを捧げて、美幸に異常耐性を付与しているのだ。
「あらあら。無粋な音色ですこと」
　あやめはわざとらしく眉をひそめてみせた。口許に余裕の笑みを浮かべながら。
「そんなものよりも艶っぽい悲鳴を聞かせてくださいな。あ、でも、声を出していいのは女性だけですよ。殿方は黙って死んでください」
「黙るべきは貴方のほうです！」
　伸太郎が『岩貫』を突き出した。
　達人の一撃があやめの肩を抉り、血の混じった氷片が舞い散る。
　にもかかわらず、余裕の笑みは消えない。
　そんな彼女にイリスが肉薄した。ゾディアックソードを構えて。
「銀天剣、イリス・フルーリア。参ります！」
　改めて名乗りをあげて、イリスは『銀天剣・零の斬（プラタシェロ・ハウラ）』を発動させた。ゾディアックソードの刃が輝き、あやめを斬り裂く。だが、『零の斬』はそれで終わりではない。イリスの翼から溢れた光が数十本の刀身に変わり、激しい連続攻撃を見舞った。
　そして、実体なき剣の群れが消えるよりも早く――、
「そこだ！」
　――ジンがゲシュタルトグレイブを繰り出した。渾身の稲妻突き。
　雷光を帯びたグレイブの刺突に反応して、伸太郎の付与した氷があやめを更に蝕んだ。しかも、稲妻突きには（先程の『零の斬』にも）パラライズの効果もある。
「嫌らしいおまけが付いた攻撃ばかりしてくるのですね。でも、こんなおまけは簡単に消せますよ」
　袂から新たな糸を伸ばしつつ、あやめはステップを踏むような足取りで距離を取った。肉感的な肢体が旧式のテレビの映像さながらにちらつき、同じ姿の幻影が重なっていく。ヒールと異常耐性をもたらす分身の術。ジャマーであるが故に異常耐性も重ね掛けされているだろう。
「では、おまえのおまけも消してやろう。いや――」
　アジサイが横手から回り込むようにして間合いを詰め、拳を突き出した。
「――吹き飛ばしてやろう」
　あやめの腕に竜爪撃が突き刺さり、三重の異常耐性のうちの一つがブレイクされた。
　次の瞬間、オーラを纏った拳が唸り、二つ目の異常耐性も消えた。美幸のハウリングフィストだ。
　続いて、ゲイボルグ投擲法による槍の雨があやめに降り注いだ。
　もっとも、その攻撃を決めた伸太郎の表情は冴えない。
「グラインドファイアと絶空斬で畳みかけたかったのですが、用意してくるのを忘れてしまいました……」
「じゃあ、代わりに俺が焼いてやるぜ。グラインドファイアじゃなくて、ブレイズクラッシュだけどよ」
　ゾディアックソードに地獄の炎を宿らせて、ウタがあやめに突進した。
「では、私は絶空斬を……」
　ミストも走り出した。戦闘が始まる前の顔付きや口調は間延びしたものだったが、今は戦士に相応しいものに変わっている。
　ウタがゾディアックソードを振り下ろし、炎の一太刀をあやめに浴びせた。
　間髪を容れずにミストがゲシュタルトグレイブで斬り込み、ジグザグ効果で炎を広げていく。
「なかなか、やりますわね。でも、わた……」
「お喋りしてる余裕があるのですか？」
　と、あやめの言葉に割り込んだのは國景だ。
　彼の惨殺ナイフが一閃すると、ただでさえ扇情的な忍び装束が雷刃突によって引き裂かれ、より扇情的なものに変わった。
　あやめは露になった肌を隠そうともしなかったが――、
「……おいたが過ぎますわね」
　――その口許から余裕の笑みを消した。

●黄金の魂
　思った以上に戦いは長引いた。
　あやめが攻撃よりも防御と治癒を優先し、分身の術を頻繁に使ったからだ。
「ナンナの儀式が終わるまでの時間を稼ごうという腹ですか」
　伸太郎が数度目の達人の一撃を打ち込んだ。
　あやめはそれを回避したが、異常耐性が累積しているため、動きに切れがない。分身の術を多用しなければ、もっと酷い有様になっていただろう。
「限界が近いようだな」
　ジンがいきなりリュックを開けて、手を突っ込んだ。取り出したのは、薬局でおなじみのカエルの人形。リュックに収まる大きさではないが、そもそも収まっていたわけではない。『四次元リュック（アケテビックリタマテバコ）』というグラビティによって、リュックの内部を別の場所に繋げたのだ。
「さあ、私からのプレゼントだ！」
　力の限り投擲されたカエル人形があやめに命中した。
　カエルに続いて、竜が襲いかかる。イリスのドラゴニックミラージュだ。
「もう勝ち目はありませんよ」
　と、イリスはあやめに告げた。
「逃げたほうがいいんじゃありませんか？　私たちの目的はナンナを討つことだけですから、貴方を追うつもりはありません」
「冗談はやめてくださいな」
　あやめが微笑んだ。戦いの前半で見せた余裕の笑みとは違う、どこか誇らしげな笑み。
「カンギ様や戦士団の同胞たちの信頼を――」
　糸を束ねて刃のようなものに変えて、あやめは疾走した。
　その先にいるのはアジサイ。
「――裏切ることはできませんわ！」
「見上げた心意気……と言いたいところだが、信頼というやつはおまえたちの専売特許じゃない！」
　叫ぶアジサイの胸板に刃が突き刺さる。
　にもかかわらず、あやめのほうが吹き飛ばされた。アジサイがカウンター気味に放った一撃『後ノ先（ゴノセン）』によって。
「俺たちもまた多くの人々に信頼されているからこそ……信じてもらっているからこそ、今、ここにいる。だから――」
「――負けられねえんだよ！」
　ウタがアジサイの後を引き取り、『世界を紡ぐ歌』を熱唱した。巻き戻される前の地球で戦士たちが口ずさんでいたというその歌はヒール系のグラビティだが、敵にはダメージを与えることができる。
「合わせます」
　と、『世界を紡ぐ歌』のメロディにシンクロするかのような滑らかな動きで國景がブレイズクラッシュを叩きつけた。
　激しい連携攻撃を受けて、あやめの体勢が崩れる。
　そこにミストが毒手裏剣を打ち込み――、
「美幸さん、とどめを！」
　――美幸に声をかけた。
「……」
　美幸は無言で気咬弾を発射した。戸惑いを覚えながら。自分の欲望のためだけに生きていたあやめが利他的な行動の果てに死を迎えようとしていることに。
　人を根本から変えてしまうほどの力をカンギは有しているのか。あるいは、あやめの隠されていた本質が顕れ出たのか。
　気咬弾があやめの心臓を撃ち貫き、答えを知る機会は永遠に失われた。

　あやめの死を確認して探索を再開してから数時間が過ぎた頃、異変が起きた。
　壁、天井、床――そこかしこで植物がさざめいたかと思うと、ゆっくりと黒ずみ、萎れ始めたのだ。
　それが意味するところはあきらかだった。
「迷宮が崩壊してる……どこかのチームがナンナを討ち果たしたのか？」
「おそらく、そうだろう」
　ウタの呟きにジンが頷き、複雑な笑顔を見せた。
「しかし、迷うところであるな。任務が成功したことを喜ぶべきか、先を越されたことを悔しがるべきか」
「喜びましょう。この任務に参加したすべてのチームがきっと成功に貢献したのですから」
　と、國景が静かに言った。
　その横で伸太郎が遠慮がちに口を開いた。
「水をさすようですけど……喜ぶのは後回しにしましょう。スーパーＧＰＳで確認してみましたが、この下にあるのは――」
　脆くなり始めた緑色の床を指し示す。
「――地面じゃなくて、水面です」
　そう、まだ琵琶湖の中央の島には到達していなかったのだ。
　一行は退避を始めた。壁のあちこちが崩れ始めたおかげでショートカットすることができたが、それを喜んでばかりもいられない。床までもが崩れてしまったら、琵琶湖で寒中水泳をすることになるのだから。
　走りながら、美幸が溜息をついた。
「念のために『水中呼吸』が使える防具を着てきたけど――」
「――『寒冷適応』のほうがよかったかもしれませんね」
　イリスが苦笑交じりに後を引き取った。彼女も『水中呼吸』を用意してきたのだ。
「まあ、イリスと國景と俺は空を飛べるから、問題ないけどな」
　アジサイが翼をはためかせた。
「いざとなったら、何人か運んでやろう」
「『何人か』と言わず、全員をお願いしますよぉ」
　ミストが冗談めかした調子で言った。

　軽口を叩き合いながら、勝利者たちは走り続けた。
　迷宮の外を目指して。

作者：土師三良	重傷：なし 死亡：なし 暴走：なし
種類： 公開：2016年12月9日 難度：普通 参加：8人 結果：成功！
得票：格好よかった 5／感動した 0／素敵だった 0／キャラが大事にされていた 1
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