光明神域攻略戦～神を隠す跳梁の島

■リプレイ

●探索
　出合い拍子の旋刃脚は、竜牙兵の頭骨に直撃した。
　しかし頭部を半分以上破砕されたにもかかわらず、竜牙兵は、蹴りを終えた体勢の逆黒川・龍之介（剣戟の修練者・e03683）に遅滞ない動きで反撃した。刀を真っ直ぐに突き込んでくる。
　だが、刃が龍之介の胸を貫くよりも、石化が竜牙兵を侵食する方が速かった。羽崎・翔（林檎と自由・e28218）の古代語魔法によって体の自由を奪われたのだと竜牙兵が察したときには、その胴体を銀雪華――月杜・イサギ（蘭奢待・e13792）の飛翔する刃が音もなく両断している。
「よーし、奇襲大成功ー！」
　敵の戦闘不能まで一分とかかっていない。上々の結果に平・和（平和を愛する脳筋哲学徒・e00547）が腕を突き上げた。
「この程度の相手なら、速攻で排除していけそうですね」
　そう分析したのは鳴門・潮流（渦潮忍者・e15900）だ。発動寸前だった螺旋を収めつつ、落ち着いた口調で補足する。
「もっとも、こんな敵ばかりでもないでしょうけど」
「ああ。所期の計画通り、戦闘は避けていこう」
　目的はあくまで光明神バルドルの撃破。それまではよけいな消耗は抑えたい。翠瞳を瞬かせて玉榮・陣内（双頭の豹・e05753）が方針を再確認する。
「戦うのは、今回のように避けられないときだけだ。アギー、引き続き前方は頼んだぞ」
「任された」
　先頭で哨戒を担当する比嘉・アガサ（のらねこ・e16711）が応じ、一瞬後には、彼女の姿はイリオモテヤマネコのそれに変じていた。仏頂面は変わらぬまま、尻尾をくゆらせて先行する。
「後方はピオン、お願いしますよ」
　呼びかける翔に、ウイングキャットが任せとけとばかりに「にゃーん」とひとつ鳴く。
「敵と遭遇しないでサクサクと進めると良いよねー」
「ええ、願わくばそうであってほしいですが……」
　和に同意しながら、パウル・グリューネヴァルト（森に焦がれる・e10017）は目を落とした。物憂げな視線の先にあるのは消滅していく竜牙兵と、その首元に絡みついている寄生植物だ。
「攻性植物のことは人並み以上に知ったつもりでしたが……研究のやり直しですねえ、これは」
　嘆かわしげに首を振って、パウルは頭上を――広大な植物迷宮を仰いだ。

●植物迷宮
　淡路島南西部、群家港方面から植物迷宮への侵入を果たしたケルベロスたちだったが、内部の様相には多少の戸惑いを禁じ得なかった。
　太い幹がガッシリと隙間なく組み合わさってできた壁や床に、それらによって構築された細い通路。迷宮なだけに、その通路がいくつも枝分かれしているところまでは想定内だったが――。
「驚いたな……」
　細長い通路から広い空間に抜け出て、陣内は思わず声を漏らした。
　数歩先では断崖のように道が途切れ、巨大な穴が口を開いていた。注意深く横を見れば、植物の通路が壁に沿って下方へと緩やかな螺旋を描いている。そこから穴の底へと向かえるようだ。
　だが陣内が驚いたのは地形そのものではない――いつの間に、自分たちはこんな高所まで登って来ていたのだろう？
「通路が傾斜を帯びていたようだな」
　龍之介がもと来た通路を振り返った。眼鏡の奥で目を細める。
「それも俺たちが気付かない程度の緩やかさでな。どうやら、ここは複雑な立体迷路になっているようだ」
「うっわー……一人だったら迷子になる自信がある……」
　少し離れた所にはさらに上層へと伸びている通路があり、その先にはいくつも分かれ道がある。和が口元を引きつらせた。
「こんなのマッピングできるの？」
「……難しいですね」
　地図作成は翔とパウルの二人体制で行っている。淡路島の詳細地図にスーパーGPSで現在地マーカーを表示し、その上に重ねたトレーシングペーパーに迷宮の道筋を描き込んでいくという手法だ。相互確認しながらということもあり、その精度は非常に高い。
　とはいえ、立体構造となるとまた話は異なってくる。平面の地図には階層ごとのルートは描き込めず、しかもさっきのような『なだらかな坂道』もあるとあっては、構造を把握して描き起こすことすら困難だ。自然、翔の返答も苦いものになる。
「……気付いたことがあります。見てください」
　静かに切り出し、パウルはトレーシングペーパーをめくった。
　描き込んだ迷宮の通路と本来の群家周辺の道路は、まったく重なっていない。
「迷宮に覆われたせいで町に変化が起こったのかとも考えましたが、この、地形を無視した立体構造を見てはっきりわかりました……。この迷宮は『淡路島の上にあります』。本来の町は、この迷宮の最下層の通路の、さらに真下にあるのでしょう」
「町に乗っかってる、って考えたらいいかな」
　どうりでここまで家屋や交通標識の名残を見かけないわけだ。変身を解除して会話に参加していたアガサだったが、そこでふと気付いた。
「ってことは地図上の伊弉諾神宮に着いても、そこは現地じゃないってこと？」
「そういうことになるね……」
　イサギが静かに頷く。
　伊弉諾神宮にかぎらず、おそらく淡路島のすべてのランドマークが同様の状況だろう。現地は迷宮の真下にあり、自分たちが目指しているのは座標が同じなだけの別の場所。到着しても目印は何も無いだろうし、それどころか該当する空間が植物で完全に埋め尽くされている可能性もある。
「――けれど、伊弉諾神宮を一応の目的地に据えること自体は無駄じゃない。闇雲にバルドルを探すより、よほど効率的と思う」
「同感です。マッピングも継続して進むのが良いでしょう」
　潮流が賛意を示す。そもそも地図作成の役割は、一度通った場所を記録するという側面が強い。迷宮が立体になろうとその機能が損なわれることはないはずだ。
「他の班も似た状況だろうね。連絡が取り合えたら良かったのだけど」
「携帯も無線も通じないとはな。まあ、想定はしていたことだ。それよりイサギ、上層の斥候を頼めるか？」
　穴の底では竜牙兵が数体、徘徊していた。陣内の要請にイサギが翼を広げる。
「……やれやれ、上から捜せば楽なものを」
　遥か高くにある天井も植物でできている。視界に困るほど光を遮ってはいないが、空が見えないのでは同じことだ。不機嫌げに独りごち、イサギはふわりと飛び上がった。

　伊弉諾神宮。
　国土創生譚において、淡路島を含む数多くの島々を生み出したイザナギとイザナミ。日本国土を形作ったその二柱を祭神として祀る神社である。
「――ここがその真上というわけですか」
　蔓につかまって振り子のように対岸へ渡り、翔は周囲を見回した。地図によれば、ここは神宮の拝殿あたりに相当する。なかなかに広い空間だが、それだけだ。
「空振りのようですね」
「そうですね……次の目的地に移りましょう」
　攻性植物の走狗と化したバルドルには並々ならぬ想いを抱えているだけに、パウルの声には苦さが滲んでいる。しかしすぐに気持ちを切り替えると、今後の方針を確認した。
「次は淡路市役所方面ですね」
「ああ。それで収穫なしなら他班の支援だな」
　地図を見て陣内が唸る。ここに来るまでに約一時間。道のりを思えば順調と言えるが、東岸の市役所まではもっと距離がある。仕方ないことだが、長い行軍となるだろう。
「途中で他班と合流できたらいいんだが。そしたら情報交換して――」
「避けろ、陣！」
　アガサが警告を飛ばした次の瞬間、風を巻いて迫る火球が陣内の顔を赤々と照らした。

●避けられぬ戦い
「玉さん！」
　爆炎が陣内を呑み込み、彼を木の葉のように吹き飛ばした。イサギが叫ぶ。
「玉さん、大丈夫か！？」
「……タマ、タマ連呼するな」
　返ってきた軽口に、苦痛の色はない。身を起こした陣内の左手からは白煙があがっている。あの一瞬、バトルオーラを纏った裏拳で火球を弾き、直撃を免れたのだ。
　長いため息が聞こえた。
「――今のを凌ぐとはねぇ。こりゃ楽には済ませられんか」
　どこか力の抜けたような、しかし悪意をまるで隠さぬ声は当然ケルベロスたちのものではない。前衛たちが得物を構えた先、忽然と現れていたのは耳の尖った半裸の男だ。胸元には寄生植物の草花が首飾りのように揺れている。
「……シャイターンか」
「ああ。カンギ戦士団が一人、ヴェナハってもんさ。覚えなくて構わんがね。じきに死ぬキミらには無用な知識だろうし」
　シャイターンが腕を振り、直後、ケルベロスたちの足下で砂塵が浮かび上がった。それは急速に渦巻き、前衛たちを切り裂く檻と化す。
「この程度の渦で止められると思うな」
　砂嵐を突き破ったのは海の渦だった。
　破裂した砂塵が舞い落ちたときには、潮流はシャイターンの懐に肉薄している。右手に煌くのは凝縮された螺旋、そして和に施されたオウガ粒子だ。
「自然の驚異をみせてやろう――渦潮の力を今、我が手に！」
　渦潮螺旋撃――荒れ狂う螺旋はシャイターンの剥き出しの腹にめり込んだ。暴撃が腹腔にまで突き刺さる。
「おぉ、いい一撃だ」
　だがシャイターンの口から漏れたのは、呻きではなく感嘆だった。その右手に火炎が点り、無造作に振り下ろされる。
「いいもん貰ったら、返さないとな」
「！」
　潮流の顔面を焼かんとした炎は、しかしその寸前で弾けて消えた。パウルに射出された小動物が掻き消したのだ。その隙に潮流が後退し、光翼をはためかせた翔が入れ違いに刺突を繰り出す。
　稲妻纏う槍はシャイターンの脇腹を貫いたが、代償とばかりに翔の腕は敵にがっちりと掴まれていた。零距離で燃え上がる火炎が肌を焼き、悪臭が立ち込める。
「……！」
　苦鳴を漏らす翔をヴェナハが投げ飛ばした。壁に叩きつけられる寸前、アガサとピオンが彼を受け止める。倒れ込む二人と一匹に、シャイターンが掌を向けた。
「相手は、私だよ」
　ぞっとする声音に、それ以上に冷酷な風鳴りが重なった。
　とっさに体を後ろに逸らしていなければ、ヴェナハは首を斬り飛ばされていたかもしれない。後退するシャイターンをイサギの刃が追い立てる。
「おーおー、恐いねぇ刀狂い！」
「そうだろう。恐れて、死ぬといい」
　タールの翼と黒き翼が同時に広がった。飛び上がった両者が白刃と火炎、それぞれのグラビティを衝突させては磁石の両極がごとく弾き合う。空間をも震わせる打ち合いを制したのは、ヴェナハだった。炎拳を胸板に受けて、イサギが背中から植物の床を転がる。
「お早いお帰りだなイサギ。後ろに下がるかい？　デコピンしてやるぜ」
「それ絶対痛いやつだろう！？」
「大丈夫だ、痛くない」
「絶対嘘だ！？」
「おい陣、もっと他にやりようはないのか」
　陣内のデコピンは回復技なのだが、される方は精神的によろしくない。翔にキュアを施しつつ、アガサがジト目でツッコむ。もっとも、軽口で応酬できているうちは無事の証拠だ。軽傷のうちは列ヒールでも対処できる。
「回復タイムかい？　いいぜ、ゆっくりやっときな」
　着地したヴェナハが黄金色の林檎をしゃくりと齧った。腹部の傷口が、まるで何事もなかったかのように治っていく。
「こちとら、アスガルド神が儀式を終えるまでキミらと遊んでれば充分なんでね。もちろん、さっさと死んでくれりゃ楽に済むんで嬉しいんだが」
　慢心とも取れる発言。だが、業腹ながら、ここまでの立ち合いからするにあのシャイターンの実力は本物だ。まともに戦えば敗北こそしなくとも、長時間の足止めは避けられまい。
　それでも、やるしかない――決意する陣内の袖を、和が引いた。
「……ねえ、迷宮の壁って攻撃したら自爆するんだよね？　それ利用できない？」
「利用？　爆発に巻き込めたりはしないと思うが……いや、そうか」
　和の言わんとするところに思い至り、陣内が頷いた。次いで、アガサとイサギに目配せする。間を置かず、二人が顎をかすかに引いた。
「チャンスは一度ですね……敵の動きは私が縫い止めます」
　そう告げたパウルの手の中で、捕食形態の攻性植物が二つ、顎をもたげた。直後、凄まじい速度で敵へと襲いかかる。
　二つの牙はシャイターンに掠りもせず、左右の虚空を噛みちぎるにとどまった。だがそのときには、まったくの同時に飛び出した五つの影がシャイターンに殺到している。
「俺の攻撃を喰らえー！　てややー！」
「おっと、そんな大振り、喰らってあげないよ……！？」
　軽く身を引いたシャイターンが、和の挙動に目を剥いた。
　和の縛霊撃は空を切り――床面を抉った。グラビティを受けた植物が自爆し、爆風が和を呑み込む。
　そして爆発はそれだけではなかった。シャイターンに迫ったイサギ、陣内、アガサもまた同時に壁や床にグラビティをぶつけ、轟音と爆煙を炸裂させる。
　自爆による衝撃が攻撃者以外を害することはない。しかし至近距離で四重に巻き起こった爆煙はヴェナハの視界を一瞬奪い――そしてその一瞬が勝負を決めた。
「――見えたか？」
　龍之介の腰で、刀が静かに鞘に収まった。
　無位の剣閃――神速級の斬撃は煙に軌跡すら残さず、シャイターンの上半身を斜めに斬り割っていた。
「いい連携するなぁキミら……カンギ様、すまん。俺はここまでだ」
　上体が切断面をずり落ち、完全に落ちきる前にシャイターンは溶けるように消滅した。
「うまくいきましたが……大丈夫ですか？」
　パウル、それに潮流と翔が、爆発を浴びて倒れている四人に駆け寄る。それほど大きな負傷ではない。少し休めば、探索を再開できるだろう。
　倒れたまま、陣内がアガサとイサギの肩をつついた。
「デコピンしてやるぜ？」
　二人は答えた。
「自分にしておけ」

●脱出
　終わりは不意に訪れた。
　休息を経てしばらく探索するうちに、迷宮全体に激震が走ったのだ。震動は収まるどころかむしろ徐々に激しさを増し、頭上からは植物が破片となって降り注ぎ始める。
「迷宮の崩壊……ということは」
「どこかの班がバルドル撃破に成功したようですね」
　龍之介と翔が現状を推し量る。つまり、これで任務は達成だ。和が快哉を叫ぶ。
「やったー！　あれ、でもこのままじゃ俺たち……」
　主を失った以上、この迷宮も長くない。早急に脱出しなくては生き埋めになるだろう。
　とはいえ入口まで戻っている時間はない。こうしているうちにも壁は崩れ、天井が落ちてくる――。
「あれは……！」
　壁が自爆もせずあっさり崩れていく光景に、アガサが拳を振りかぶった。
「たしかこの下に町があるんだったよね！」
　確認したときには、降魔真拳は床の植物通路をぶち抜いていた。できあがった大穴から覗く外の景色にケルベロスたちが躊躇なく飛び込む。
　少し遅れて崩れた天井が、彼らが飛び込んだ穴を塗り潰すように塞いだ。

作者：吉北遥人	重傷：なし 死亡：なし 暴走：なし
種類： 公開：2016年12月9日 難度：普通 参加：8人 結果：成功！
得票：格好よかった 6／感動した 0／素敵だった 0／キャラが大事にされていた 2
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