光明神域攻略戦～翠壁のラビリントゥス

■リプレイ

●光明神域に至る
　突如として溢れる緑に呑み込まれ、植物迷宮と化した淡路島――彼の地には今、光明神バルドルが座し、無敵の樹蛇の召喚儀式を行っていると言う。
「アスガルド神、植物迷宮……何処の新作ファンタジーの世界かっての」
　軽い口調で悪態を吐きつつ、笑顔で肩を竦めるのは八剱・爽（ヱレクトロニカオルゴォル・e01165）。しかし、その芯は至って真面目なのだろう――迷宮を守るカンギ戦士団との戦いをしっかりやろうと彼は頷き、紫の瞳が鉱石のような輝きを帯びた。
「戦闘上等、気張っていこ！」
「ほう、頼もしい事だな」
　顔馴染みとの共闘に、ヒルダガルデ・ヴィッダー（弑逆のブリュンヒルデ・e00020）は面白そうに金の瞳を細め、白い牙を剥いてにやりと笑う。その仕草は九十九折・かだん（清濁・e18614）と近しいものを感じさせたが、彼女は今も強烈な空腹感を抱えているらしく、まなざしは何処か朦朧としつつも独特の威圧感を放っていた。
　――こうして一行は戦士団との戦いを優先し、探索を行う他班を支援する方針で迷宮に挑むことになった。と言うのも、カンギ戦士団の中にはルージュ・ディケイ（朽紅のルージュ・e04993）と因縁のある者が居るようであり――複雑な表情をそっと浮かべる親友を励ますように、フォン・エンペリウス（生粋の動物好き・e07703）はふさふさの尻尾を優しく揺らす。
「ん、ルージュの宿敵に会えるかどうか分からないけど……ルージュのために、今後の淡路島の人達のために頑張るの」
　そうだね、とルージュも人々の運命を背負っていることを改めて認識し、自らに宿る正義の炎を――心を得るきっかけとなった、誰かを守ると言う誓いを確りと胸に抱いた。
（「かつては全てを壊し、否定する事しか出来ず……何もなかったら空っぽの僕だったけれど」）
　地獄の炎が揺らめく、彼女の右目が映すのは緑に覆われた島――其処の江井海水浴場付近から、一行は上陸して探索を始めることとなる。
「こちら側から侵入する班は、他にも幾つかあったみたいでしたけど」
　ちょっぴりアンニュイな雰囲気を漂わせる大粟・還（クッキーの人・e02487）が辺りを見渡すが、探索範囲は非常に広い為、互いの様子を把握出来る程では無いようだ。まあ声が届く範囲ではないだろうな、と連絡先を交換していたヒルダガルデは頷くが、いざ植物迷宮に足を踏み入れてみると厭な予感は現実のものとなる。
「通信は不可能だね……デウスエクスの生み出した迷宮だから、何があっても驚かないけど」
　片目を閉じてアイズフォンを試みていたルージュは、迷宮内では連絡が取れないことを確認して溜息を吐いた。地図や移動状況を共有し、情報を伝達し合って行動出来ないのは残念だが――こうなれば他班を信じて、自分たちの役目を果たすまでだ。
「己が持つ力を正しく使うこと……それが持てる者の責務だ」
　誇らしげにそう告げて、迷宮へと挑むヨハネ・メルキオール（マギ・e31816）だったが、意志の強さを窺わせる青き瞳には微かな悲哀が滲む。それはきっと、攻性植物の起こした今までの事件を思い起こしていたからだろう。
（「今まで犠牲になった人達を思えば、これ以上見逃せるものか」）
　そんなヨハネの決意を感じ取ったのか――ミルラ・コンミフォラ（翠の魔女・e03579）もまた、異形の如き迷宮を形作る植物を見据え、無意識の内に胸元を押さえていた手をそっと握りしめる。
（「侵略寄生……今までの事件は止められたけれど、巻き込まれ奪われた人は、帰ってこない」）
　攻性植物に寄生された被害者を、看取った記憶もまだ新しい。緑を慈しむミルラにとって、彼らが明確な意思で以て牙を剥く様子は、痛ましくもあったけれど。
「……それでも、これ以上もう奪わせたくなんてない」
　終わらせよう、……必ず――その唇から零れた言葉は、絡まり合う緑の葉を微かに震わせていった。

●迷宮の遭遇者
　神域内部は植物がうねり、それらは複雑に絡み合って迷宮を構成しているようだ。念の為にと還が照明を取り出して進む傍らで、早速ヨハネは迷宮の地図作製に取り掛かっていった。
「しかし、何と言いますか……中々厄介な構造をしてますね」
　明らかに怪しい箇所はないか、と目を光らせている還だが――植物が思い思いに成長していったような迷宮は無秩序な造りをしており、整然とした階層で区切られている訳では無いので地図が作りにくそうだ。
「あー、確かに。ゲームのダンジョンとかだと、もう少しきっちりしていて、今何階に居るのかも分かりやすいのに」
　しかも四方が植物に囲まれていて、風景も代わり映えせず目印も無い――髪をかき上げる爽が思わずぼやいてしまう程、迷宮の探索は厄介なものだった。通路の広さや天井の高さも一定ではなく、急に狭い場所を歩くことになったかと思えば、広大な吹き抜けのような広間に出くわしたりもする。
「いやはや、次にどんな造りが待ち受けているのかと思えば、心浮き立ちはしないかね？」
　と、死線渉りが常のヒルダガルデは、こんな状況すらも愉しんでいる様子であった。地面を突く杖の音は軽やかで、彼女の言葉にプライドをくすぐられたヨハネも、勿論だと頷きペンを走らせていく。
「問題ない。地図さえあれば、現在位置は把握出来るのだからな」
　そうして一行は、なだらかなスロープを下り――かと思えば蔦の柱をぐるりと昇っていったりもして、気が付けば迷宮の奥へ奥へと進んでいった。其処でふと、突入してからそれなりの時間が経過したことを悟ったミルラは、そろそろカンギ戦士団の襲撃がありそうだと注意を促す。
（「敵が攻性植物使いであるなら、迷宮を利用した不意打ちの可能性もあるか」）
　そんな予測を立てるかだんは、神経を研ぎ澄ませて辺りの様子を窺っていて。やがて彼女たちの行く手に悠然と姿を現わしたのは、黒薔薇の芳香を漂わせる艶やかな女性だった。
「ん、ルージュ……と、似てるの……？」
　目深に被ったフードから覗く、紅の髪――そして、緩やかな弧を描く唇を見つめたフォンは、親友の面影を宿す相手に微かな戸惑いを見せる。けれどルージュは自分の隣に居るし、何処までも真っ直ぐな彼女が、こんな歪んだ情念を纏う筈がない――。
「……なんだってこう宿敵ってのは、味方に似てる見目の奴が多いんだ。やり辛いったらない」
　一方のヨハネも思う所があるようだったが、倒さねばならないなら力を尽くすまでと、肩の上を這う白蛇――ファミリアのヨルをそっと撫でた。うん、可愛い。
「おや、お出ましか」
「ああ……カンギ戦士団の一員として、このルージュ・ブランがお相手しよう」
　嫣然とした微笑みでヒルダガルデに応え、茨の絡まる腕を突き付ける女性――ルージュ・ブランは、竜を崇めるものであると自らを称する。その姿とその名前に、ルージュへ心をくれた恩人のことが不意に過ぎるが、彼女はかぶりを振って現実へと向き直った。
（「本当にあの人なのか、僕を欺いているのかは分からない。けれど、目の前の彼女は……紛れもない敵だ」）
　朽紅の武装を展開するルージュを見守る爽は、例え彼女がどう動こうと口出しはしないと決意する。自分も先日、攻性植物に寄生された宿敵と決着をつけたばかりだったし、これは彼女自身が乗り越えなくてはいけない試練だと思ったから。
「お前のこれからの人生だし、責任は全部お前のもんだ……でも悔いだけは残すなよ」
　決着をつけた者として、ささやかな激励を爽が送る中――かだんは何処か達観した、けものの王のような、山の息吹を感じさせる声音で呟いた。
「難しい事はわからないが、倒したいならそれでいい」

●双薔薇の円舞
　来るぞ、とヨハネが短く告げると同時、ルージュ・ブランは侵入者の排除へと動き出す。その身に纏う黒薔薇の攻性植物が牙を剥いて、獲物を捕食しようとルージュに襲い掛かった。
（「火力が高い……ひたすらに攻めて来るか」）
　喰らい付き、毒を注ぎ込む一撃を確認したミルラは、相手が懸念していたクラッシャーであると悟り、直ぐに回復へと動く。左胸に地獄の炎が燃え上がるや否や、彼は呪医としての力を振るい、魔術を駆使した手術を施していった。
「盾は初めてですけど、自宅警備員は守るのが本分ですからね」
　だるそうに立ちはだかりつつも、還は至って真面目に頑張るつもりのようで――髪から垂れ下がる胡蝶蘭も心なしか活き活きしているようだ。ウイングキャットのるーさん共々、目指すのは自宅のような安心感のある壁役である。
（「うん、特にルージュさんが他に気を取られず戦えるようにしなくては」）
　鋼の鬼と化した還の拳が、ルージュ・ブランの守りを砕こうと唸りをあげる中――フォンは獣霊手を振りかざし、霊力を帯びた紙兵を辺りに舞わせた。
「ん、わたしがみんなを守ってあげるの！」
　それと一緒に皆へ贈るのは、彼女が一生懸命に折った折り紙の動物たち。特にルージュへは、自分をイメージして折った白い狐を渡し、守ってくれるようにと心を込める。
「砕いてしまえよ、存分にな」
　更に後方からはヒルダガルデが、呪的防御を破る妖精の祝福を宿した矢を放ち、仲間に破剣の力を与えていった。一方のヨハネは大蛇の如くうねる黒液を操り、獲物を丸呑みにしようと一気に襲い掛からせる。
「――魔法と音を奏でるのは似ていると、俺は思うのだが」
　ふむ、と其処でヨハネが耳を傾けるのは、吐息とは名ばかりの、地を這うようなかだんの低い轟声だった。命に、恋をしようと囁くように――それは聴く者の心の蔵を鼓舞し、呼吸と鼓動、命と本能を激しく揺さぶっていくのだ。――争い方を、その胸のうちから引き摺りだそうとでも言うかのように。
「……助ければ助ける程、救えぬ物が増え続ける。そうは思わないか？」
　しかしルージュ・ブランは、何処か魅惑的な囁きでルージュの見出した正義を挫き、すかさず強烈な回し蹴りを放って辺りを薙ぎ払う。加護を散らされた爽は、返り血を浴びようと刃を翻したが――その一撃は虚しく空を切った。
「理想と現実に摩耗するくらいなら、そう。全てを破壊する事で全てを救えるのだと思えばいい――」
「……っ」
　荒い息を吐くルージュは、蔓草の茂みの如き蔓触手を伸ばし、嘲笑うルージュ・ブランを止めようと一気に締め上げる。侵略寄生をされた彼女は、人格さえも違う別人でしかない――フォンはルージュ・ブランを止めようと尾を逆立てて静電気を纏った一撃を叩きこむが、サーヴァントを持つ者の常で、状態異常漬けにするには確実度が足りなかった。
「さぁ、ぶち抜いてやろう」
　しかし、ある程度付与を行き渡らせたヒルダガルデが攻撃に転じ、心貫く妖精の矢はルージュ・ブランの心臓を狙い打つ。朦朧とした様子ながらも敵は破壊の限りを尽くしていったが、ヨハネは指揮者の如く杖を振るい、光の魔法――聖邪のアポカリプスを紡いでいった。
（「光が強いほど闇が深くなるのは真理、闇を内包するのは必然」）
　――故に、其は聖と邪。詠唱は歌うように高らかに響いて、其処に込められた感情と魔力は、罪の意識に呼応して地獄の業火を巻き起こす。
「神の目は見逃さない、お前の罪を。――思い出せ、己が罪を」
　罪の炎に灼かれながら、尚もルージュ・ブランは抗った。襲い掛かる黒薔薇の茨を、還が身を挺して庇い――彼女の身体が軋んだ悲鳴をあげる中、握りしめたスマホに投稿された優しい世界が、何やかんやで傷を癒していく。
（「叶うなら、他の誰をも倒れさせたくない」）
　癒し手として立つ以上、真っ先に倒れる愚は冒さないつもりでミルラは動いていたが、強大な敵だからこそ――仕方ない、と割り切って犠牲を受け入れることはしたくなかった。
「繋ぎたい。……いや、繋ぐ。繋いでみせる」
　るーさんが翼を羽ばたかせ、フォンのボクスドラゴンであるクルルも属性を注入して、懸命に立ち上がろうとしている。――救えない絶望はとうに知って、砕かれた勇気も地獄が埋めた。だから涙は見せずに、ミルラは何度も癒しの術を行使し続ける。
「どれだけ苦しくても、この身体が動く限り僕は――俺は、諦めない」
　その最中、色鮮やかな魔術陣を展開するのは爽であり――鉱石を媒介にして顕現した輝石星雨は、神々しいまでの災厄を敵にもたらしていった。肌を貫く魔術の奔流にルージュ・ブランが歯を食いしばる中、おいでと手招く声と共に、滑らかな鋼を纏うかだんが無造作に拳を振るって殴り掛かる。
「――ッ、グ……ゥッ」
「お前は。倒されなきゃいけない相手がいる。そうだな」
　植物がひしめく壁に叩きつけられ、くぐもった悲鳴を漏らすルージュ・ブランを睥睨しながら、かだんはそっと呟いて。彼女は止めを、因縁のあるルージュに譲ろうと考えているようだった。
「ダブルクロス――それが裏切りを意味する事だとしても」
　――それでも、今を否定する為に。自分の正義を探す為にルージュは戦う。赤き薔薇と黒き薔薇が交差し、彼女の身に宿した地獄の炎は蒼々と燃え上がった。誰もが望まぬ未来へ叛逆を――その向かう先が、例え破滅であろうとも。
「この身が朽ち落ちようとも、決して正義は朽ち落ちはしない――！」
　彼女が焦がれた正義の炎は、ルージュ・ブランの身を瞬く間に焦がしていき、そうして最後にひとひら、黒薔薇の花弁が宙に舞い――それも直ぐに灰に変わっていった。

●迷宮の終焉
　こうしてカンギ戦士団のひとりは倒され、感慨に耽る間もなく一行は探索を再開する。この後は光明神探索の支援を行う手はずだが、付近の班と連絡が行えないのであれば、島の中心部を目指して進む他無い。
　――やがて、二時間ほどが経過した時。他の班がバルドルの撃破に成功したらしく、植物迷宮が崩壊を始めていった。こうなると後は撤退するのみと、一行は地図を頼りに迷宮を脱出し、時には役割を失った壁をぶち抜いて外界を目指す。
「――あ……」
　千切れ飛んでいく緑の切れ端の向こう、顔を覗かせるのは待ちわびた空。冷たい冬風すらも今は恋しく、一行は懐かしい大地へと無事に帰還を果たした。
（「これからは……僕は誰かの正義じゃない、自分の正義を貫かなくてはいけない」）
　これからの自分の人生、責任は全部自分のもの――爽に告げられた言葉を胸に抱きながら、ルージュは生まれ変わった気分で広大な空を見上げていた。

作者：柚烏	重傷：なし 死亡：なし 暴走：なし
種類： 公開：2016年12月9日 難度：普通 参加：8人 結果：成功！
得票：格好よかった 7／感動した 0／素敵だった 1／キャラが大事にされていた 0
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