●淡路島上空
「ここが淡路島、ナンナが担当する琵琶湖と対となる美しい島ですね。さっそく、私の『超召喚能力』を見せるとしましょう」
光明神バルドルが、手にした頭骨型の魔具を掲げると、淡路島全土を覆う植物の迷宮が生み出されていく。
それを満足そうに見やったバルドルは、彼の護衛として付き従っていた、カンギ戦士団の面々に信頼の視線を向けると、軽く一礼する。
「では、私はこの中で、『ミドガルズオルム』の召喚を行います。皆さんには、私の身を守る警護をお願いしますね」
そう言われた、カンギ戦士団の戦士達……ダモクレス、エインヘリアル、シャイターン、竜牙兵、ドラグナー、ドラゴンといった多種多様なデウスエクス達が、その信頼に応えるように胸を叩いた。
「任せて貰おう。我らカンギ戦士団、生まれも種族も違えども、確かな絆があるのだから」
光明神バルドルが迷宮に入ると、それに続いて、カンギ戦士団の戦士たちも迷宮へと歩を進める。
全ては、彼らの主たるカンギの為に。
「ちょっと大変なことになってしもたわ」
集まったケルベロス達の前に、宮元・絹(レプリカントのヘリオライダー・en0084)が、少し困り顔で依頼の話を開始していた。
「パッチワークの魔女の事件、知ってるかな? せや、ハロウィンのやつや。この事件を引き起こしたのが、『カンギ』って奴等や。こいつがな、今度は『淡路島』と『琵琶湖』を同時に植物で覆うっちゅう厄介な事をしてしまったんや」
少しざわつくケルベロス達。まあ、そんな反応になるやろな、と言いながら絹は話を続ける。
「そいつらの目的は、どうやら無敵の樹蛇『ミドガルズオルム』の召喚……らしいわ」
すこしぽかんとするケルベロス達。
「『ミドガルズオルム』についてやけど、『どんな方法でも破壊されない』っちゅう、チート見たいな特性があるねん。簡単に言うと、これを召喚させてしまうと、うちらの攻性植物のゲートを破壊するっちゅう目的が、かなり難しくなるやろうっちゅうことや……」
その説明に、驚き、また少し絹の話は途切れる。
「んで、や。今淡路島と琵琶湖は繁茂した植物で迷宮化してる。その中に『侵略寄生されたアスガルド神』が設置されてな、その神力を使うことで、この大規模術式を展開してるみたいや」
「では、そのアスガルド神を……」
勘の良いケルベロスが、依頼内容を先に把握する。
「せや、撃破して欲しい。……ただな、この迷宮は、当然『カンギ』の配下の精鋭軍が守りを固めてる。彼らは『これまでの幾多の戦いで、カンギが打ち負かし、配下に加えたデウスエクス』であって、『カンギ』と熱い信頼と友情で結ばれてるらしく、決して裏切らへん……らしいわ」
絹の話をあらかた理解したケルベロス達。少し頷くものも居た。
「その『カンギ』の精鋭も厄介やねんけど、この『淡路島』と『琵琶湖』も植物で出来た迷宮が、実はなんも分かってへん。植物迷宮やから、破壊して進むことは不可能ちゃうらしいんやけど、この植物の壁や床は破壊されると……自爆する、らしいわ」
物騒な話に、唾を飲み込むケルベロス達。
「せやから、ある程度迷宮に沿って移動する必要があるやろな。
目的は、アスガルド神の撃破や。広大な迷宮の何処にがいるかわからん。どの地域から入って探索していくか、ほんま予想になるんやけど、皆で決めて突入してほしい。幸い、他のチームも動いてる。どっか、当たる……やろ」
この地域に詳しい者、詳しくない者も様々だ。地域についての調査を行い、出発までに予測しなければいけない。ケルベロス達は、頭を悩ませる。
「さっきも言うたけど、迷宮内には、『カンギ』にの奴等が支配しとる。攻性植物に寄生されたデウスエクスもいて、侵入者を攻撃してくることになる。
迷宮への侵入者を確認すると、デウスエクス達は迎撃に出てくから、一定時間が経過すれば何処にいても敵の攻撃を受けてしまうやろ。
敵のデウスエクスを撃破して、迷宮も探索せなあかん。そいで最後に、この事件を引き起こしているアスガルド神を撃破する。大変やけど、皆でかかるしかない。
うちらは、淡路島担当にはなった。決まっているのはそれだけや。淡路島の迷宮にいるアスガルド神『光明神バルドル』を撃破すれば、植物迷宮は崩壊をはじめて、デウスエクス達も撤退していくから、頑張ってや」
淡路島……。兵庫県と徳島県の境にある、かなり大きな島である。その全域の何処から侵入するのか、まずはそこからであった。
「ちょっと話は変わるけど、うち淡路の玉ねぎ、ほんまに大好きやねん。大きくて、火を入れると甘くてな……。せやから、植物迷宮のままになんかせんとって欲しい。無理はしたらあかんけど、帰ってきたら玉ねぎ料理フルコースで待ってるから、頼んだ!」
絹の言葉に、気合を入れたケルベロス達は、ヘリポートに向かっていくのだった。
参加者 | |
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シィ・ブラントネール(に変装した螺旋忍軍なのは秘密・e03575) |
紺野・狐拍(もふもふ忍狐・e03872) |
黒住・舞彩(我竜拳士・e04871) |
久遠・薫(勧悪懲悪物語・e04925) |
笹ヶ根・鐐(白壁の護熊・e10049) |
山彦・ほしこ(山彦のメモリーズの黄色い方・e13592) |
餓鬼堂・ラギッド(探求の奇食調理師・e15298) |
五十嵐・崇仁(わん公・e27210) |
●土生港から
「駄目だ……通じないべ」
山彦・ほしこ(山彦のメモリーズの黄色い方・e13592)はそう言いながら、携帯電話の画面から目を離し、目の前に広がる鬱蒼とした巨大な植物を恨めしそうに見る。
ケルベロス達は、攻性植物に覆われた淡路島をへリオンから上空で確認し、なんとか露出していた土生港に降り立ったのだ。上空から見た淡路島は、ほぼ全体が攻性植物で覆われており、港に降り立つことくらいしか出来なかった。そして彼らのその目の前には、攻性植物で製造された密林。高さは数十メートルはあろうか。
ほしこはシャーマンズゴーストの『山彦るま』と目をあわせ、少しうなだれる。
「だが、GPSは生きているようだ、これを頼りに目的地を目指すしかあるまい」
笹ヶ根・鐐(白壁の護熊・e10049)は淡路島の地図上に、自分達の位置がしっかりと付いてきている事を説明し、大木がうねって製造されたポッカリと口を空けた門のような一角に足を踏み入れた。その後を少しはねるようにして、ボクスドラゴンの『明燦』が付いて行く。
「んだば、ノマドご当地アイドルの魂にかけて! 土地の記憶を読み解き、淡路島を絶対元の美しい姿に戻しちゃるだ☆」
気を取り直すほしこもまたそれに続く。
ケルベロス達は、自分の携帯電話の電波表示を見ながら入り口に近づいていく。すると、ほしこが言うように、その入り口に近づくほど携帯電話の電波は弱くなり、途切れていく。
「仕方がありません。まずは我々の目的地である諭鶴羽神社を目指すとしましょう」
餓鬼堂・ラギッド(探求の奇食調理師・e15298)はそう言い、鐐に続いて攻性植物で出来た迷宮に足を踏み入れていく。
「いやぁーすっごい緑ですよねー。地球温暖化など無縁になりそうです。まぁこの壁爆発しますから逆に温度上がるかもですけどね!」
ラギッドがその太い攻性植物を見ながら、注意を促す。他のケルベロス達もまた、恐る恐るその攻性植物で出来た道を進む。
「そのまま徒歩で行くと、我々の足をもってすれば、3、40分もすれば着くはずなんだが……」
何もなければ、と付け加えながら、ストップウォッチを作動させる紺野・狐拍(もふもふ忍狐・e03872)。彼女のふさふさの尻尾が下に垂れ下がる。当然、警戒を怠ってはいない。
「まあダンジョンは気を抜かず、適度に気を抜けばいいわ。平常心と決断力……なんてね」
ダンジョンに慣れている黒住・舞彩(我竜拳士・e04871)は、彼女なりの持論を持ち出す。
「アスガルド神ね……。地球の傷が穿たれたりしないといいけど……私達の頑張り次第、かな。頑張りましょ。宮元の玉ねぎ料理も待っているし、ね」
「是非玉ねぎをお土産にしたいものだな」
狐拍はそう言って、舞彩の言葉に少し緊張を解く。張り詰め続けていても先は長く、持たないかもしれない。未知の空間に挑む者達にとっては、その言葉だけでも心強いものだ。
「取り敢えず、この様にマーキングしていきますね」
丁字路に差し掛かった時、五十嵐・崇仁(わん公・e27210)がマーキング用に用意したスプレーで、大きな木の幹に分かりやすく、行き先を大きく矢印で書いていく。
「じゃあ、それをこの地図にも書いておくね」
崇仁の言葉に、用意していた紙地図をその場で広げて、マークを書き込んでいくシィ・ブラントネール(に変装した螺旋忍軍なのは秘密・e03575)。彼女のシャーマンズゴースト『レトラ』は、彼女の少し上空をふよふよと漂っている。
「すごい道ですね。この奥にバルドルは、居るのでしょうか」
眠たげにぼぅっと奥を見つめる久遠・薫(勧悪懲悪物語・e04925)。段差になっている攻性植物の幹を昇りながら、のんびりと話す。
「きっと何とかなるわ! 少しハイキングくらいの気持ちで良いんじゃない!?」
「いやあ、流石にそれはどうだろうか……」
シィの声に、思わずツッコミを入れる狐拍。気の良い仲間達が集まった。いつもと変わらない雰囲気。時には冗談を言いつつ、ケルベロスたちは確実に歩を進めていった。
●失われた過去
迷宮内で通ることの出来る道は、徐々にその高さを増して行き、もはや木登りのような箇所さえあった。
それでもケルベロス達は、スーパーGPSと、淡路島の地図を見比べながら、何とか目的地である諭鶴羽神社付近に到着した。
「大分と上に昇ってきましたね……」
ラギッドがようやく出てきた少し開けた箇所で、ぽつりと呟いた。
その場所は木で出来た広場、といえば良いのか。地面や壁、天井に至るまで攻性植物の幹でできた空間であった。木々は密集していて、狐拍の動物変身でも隙間を通ることは出来なかった。
「地図上は神社の真上のはず……なんだけどもな」
「この歳で迷子……いや迷子とは少々違うんですけれど、やはり、目的地が不明確というのは、何とも言い難い感じですね」
ほしこの言葉に、崇仁が頷きながら返す。
「まったく面倒な迷宮を拵えてくれたものです。どうせなら実のなる植物にしてくれれば良かったのに」
ラギッドは、迷宮を恨めしそうに見つめる。すると、一つの影が頭上に見え、咄嗟に身構えた。
「敵……だな」
鐐がそう言いながら、ラギッドと共に前に進み出て、明燐に後ろを任せた。山彦るまとレトラのシャーマンズゴーストも、前に並ぶ。
彼らの前に降り立った影は、顔を上げた。一見、少女のようであった。
すると突然、薫が先頭に飛び出し、立ちつくす。
「まさか……」
「……久遠?」
いつもの彼女とは違う反応に、舞彩が怪訝な表情をする。
『些少ではあるが、援護させてもらうとしよう。』
鐐が吼えるように勇気の賛歌を歌い上げる。その低い音律は前を行く者の勇気を後押ししていく。
「貴女は……誰?」
「久しぶりね……クオン」
その少女はそう言いながら、両手で十字を切る。すると、その十字から、切れ味鋭い魔法の刃が薫を襲った。
「させはしません!」
ラギッドがその刃に向かって体を投げ出す。
ズバアッ!
「ぐっ!」
ラギッドに炸裂したその刃が、ラギッドの腹部を深く切り裂き、ぼたぼたと鮮血が足元に落ちる。
「ラギッドさん!」
ほしこがその傷を見て、すかさず桃色の霧を振り掛け、血の流出を塞ぐ。
ギイン!
そこへ薫が弾かれたように飛び出し、『咎人の救済』と呼ばれる大鎌を振り下ろした。
「……く」
しかし、少女はその攻撃を両腕から出た力によって弾き、反動そのままに魔法の刃を振り下ろす。
「ちょっと待ちなさい!」
薫の危険を察知した舞彩が、バスターライフルでエネルギー光弾を撃ち込み、次の一撃を与えようとしていた少女の腕を弾いた。
「薫、いったん下がって!」
シィが巨大なドラゴニックハンマー『ExplosionMarteau』から狙い済ませた砲撃を放ち、その足元に正確に命中させると、少女はそのまま吹き飛んだ。
それを見た狐拍が、その攻撃に合わせて半透明の「御業」で少女を縛り付ける。
「確かに、目の前の相手が誰であれ、少々落ち着いたほうがよさそうですね」
崇仁は少女を見ながら呟く。そしてグラビティを練りこんだ。
『避ける暇など与えませんよ。先ずは脚から頂きましょうか。』
●クオンと少女
崇仁の鋭い牙が少女の脚を切り裂き、少女の動きは目に見えて鈍くなった。それでも少女は無理やり身体を動かし、ケルベロス達に攻撃を加えていく。
「カンギ様の邪魔はさせない」
少女の言葉に薫の表情が強張る。
「カンギ……様、ですって!?」
少女はもう一度、薫に向かって素早く両手で十字を切る。
「あの子はそんなことは言いません。偽者ですね。姿まであの時のままなんて……許さない」
薫は迫り来る刃に回避行動をとらず、また弾ける様に切りつけるべく、低い姿勢をとる。
「事情も因縁も知らぬが。襲い来るなら盾となるまでだ!」
その薫の前に、鐐の巨体が立ちふさがる。
「ふ……ぬう!」
魔法の刃が鐐を切り裂くが、何とか耐える。鐐は明燐に傷を癒すように指示し、また前を向く。
すると少女は、鐐の後ろにいる薫に向かって、声を投げかける。
「クオン、今度はあなたを…」
「もう、だまってくれませんか!? あなたにその名を呼んでほしくありません!」
薫は今の気持ちを制御できないでいた。表情は泣いているのか怒っているのか分からない程であった。
ふと、舞彩が声をかけた。
「久遠……ちょっと良い?」
その白熊のウェアライダーの影に隠れた薫に、掌でポンポンと肩を叩く舞彩。
薫の身体が舞彩のクリーニングによって綺麗になっていく。はっと我に返る薫。
「まい……あ?」
振り返ると、頬に指がぷにっとささった。
「どう? 落ち着いた? どういう関係か知らないけど」
そう言って舞彩は肩に乗せていた指を引っ込めて前を向き、バスターライフルを構える。
「……一緒に、戦いましょう?」
そして、顔だけ向けて微笑む。それだけで、薫の気持ちはほぐれていく。
『♪薫姉に響け! 雄々しく! 増幅転写陣 遷延排して! こだまを返す 峰のように☆』
ほしこがいつもと様子が違う薫に心を籠める。その歌を聴き、薫は顔を上げた。
「薫姉、よくわかんねえけどてめぇで始末つけなきゃいけねえ事情なんだな」
ほしこも、大丈夫、サポートするだと声をかける。
「結局はカンギとやらにいいように使われているだけなんじゃないですかね? 自分の意志で動いているつもりでも、結局は他人に動かされていることを認識すらできていないのでしょう」
崇仁がゲシュタルトグレイブを構えて、稲妻を帯びた高速の突きを少女に放つ。その突きが彼女の首をかすめる。
「大丈夫、私達、私達がいる……」
狐拍は少し照れながらもそう声をかけ、両手に構えたガトリングガンで少女の左肩を貫いた。
更に続けてシィが日本刀『劉鐵』で足元を正確に切りつける。
「侵略寄生と言っていたな。友か傀儡か……心にまで寄生していないのならば、同胞となるやもしれんが」
鐐の呟きにラギッドが頷く。
「……ただ、久遠様の反応を見る限り、手遅れのようですね。あるいは、偽者かもしれません」
ラギッドはそう言い、身体を覆わせた『黒薙』に話しかけ、オウガ粒子を放出させながら、薫に問う。
「久遠様……倒しても?」
ラギッドの問いに、少し回答を詰まらせる薫。しかし、前を見据えて頷く。
「偽者にしても、悪趣味ですね。またわたしにあの子の姿をしたものを壊せだなんて」
薫の表情と声色が、少しいつもの薫に戻った。
●久遠・薫
少女の攻撃は鋭かったが、それでもケルベロス達の攻撃が重なっていき、少女は度々膝をつくようになっていた。しかし、ケルベロス達は攻撃の手を緩めない。
『なるようになるわ! なんやかんやで!』
『行くぞ、豆狐達。』
シィの不可思議な空間グラビティと、狐拍が体毛で作り出した分身を投げつけて傷を付ける。
続けて、崇仁が再び脚に食らい付き、鐐と明燐が、今まで付けて来たグラビティの効果を加速させる。
『煮ても焼いても食えない輩は踊り食いだ』
ラギッドの地獄化した胃袋が、振り上げようとした少女の両腕に食らいつくと、その両腕はだらりと力を失っていった。
『リミッター、外させてもらうわね。』
舞彩の右目の地獄の炎が燃え上がり、大量の火器が出現する。
ドドドドドドド!
グラビティの硝煙が引いたとき、少女は呆然と薫を見て、微笑んだ。
「……ク、オン」
頷く薫。そのままゆっくりと歩みを始め、結晶化した光が彼女から発生していった。駆け出せば触れる距離。だが、薫はぴたりと歩みを止めて、言い放つ。
『…あなたの心に凍れる光を』
その光が少女を覆い、そして共に消えていったのだった。
「少し落ち着いた?」
シィが胸元から出したドリンクを薫に飲ませ、話しかける。主のシィが余りにも無防備に胸元を露出させるので、レトラはすっと目隠しの布を懐から取り出して広げた。
ケルベロス達は、少女を倒した後休憩を挟んだ。少し憔悴気味の薫のケアも含めて。
「おにぎりを作ってきました。こちらが胡麻昆布で、こっちが鰹梅ですね」
ラギッドが、用意していたおにぎりを配布していく。
「ラギッド殿、気が利くな」
ずずっと、水筒の味噌汁をすする鐐。おにぎりとの相性の良さに、無言で完食する。
迷宮は緑に覆われているが、流石に12月。戦闘が終わると、ひんやりとした寒さを感じる。狐拍がその寒さに気付き、座り込んでいる薫の肩にふかふかのもふもふ尻尾を優しく掛ける。崇仁のつけた松明の灯りが、その空間の雰囲気を柔らかく覆っていた。
「こんな話は余りしないのですが……」
そう言って、薫は自分の過去についてぽつり、ぽつりと話し始めた。
「あの子は、私と共に同じ施設で暗殺者として育ちました。親友……でした」
パチパチと松明の爆ぜる音がする。
「わたしが殺した、親友。わたしに殺されたいと願った、親友」
はっと息を飲むほしこ。
「最後の技は、あの子から教わった技です」
薫はそう言って、ぎこちなく笑う。
「クオンと呼ばれていたわたし、カオルと呼ばれていたあの子。あの子を殺して、その名前を奪ったわたし、それが久遠・薫」
薫の頬に一筋の涙が伝う。
「許してもらえるものではないと思います」
そっと横に座る舞彩。そのまま、肩を抱き寄せた。
「あの子の名前を呼ぶことはおそらく無いです。あの子が許してくれるのなら、呼ぶかもしれませんが」
暫くの間、静かな時間が流れた。バルドル討伐の目的もあったが、ケルベロス達は無理に急ぐことをしなかった。
「聞いてくれて、ありがとうございます」
そう言って、薫はすっきりとした顔を上げた。
「大丈夫、過去なんかに負けさせねえ、おらたちにとって薫姉は愉快な乳なし管理人さん……だべ♪」
ほしこの言葉が、有難かった。でも、何か引っかかった。
「一言よけいです」
ゴゴゴ……。
その時、大きな地鳴りが響き渡った。
「何?」
「これは、崩れそう、だな」
シィと狐拍の言葉と共に、植物の破片が降ってくる。
「ということは、バルドルは討伐されたという事ですね」
ラギッドがそう言い、破片を避ける。
「作って崩壊とか、止めてほしいもんだわっ」
シィの言葉に同意しながらも、ケルベロス達は元来た道をたどり、ついには外に脱出したのだった。
崩れ落ちる迷宮を土生港で見守るケルベロス達。今まで防がれていた北風が、容赦なく吹き抜けていく。
「さて、帰りましょう。宮元の玉ねぎ料理がまってるわ」
舞彩の言葉に薫は頷き、来た道を振り替える。
(「ほんとうはね、偽物でも何でも。会えて……会えて少しだけ、嬉しかったんです」)
心の中で呟く薫。彼女は自分の中に居る。
「じゃあね、親友。わたしはあなたの名とともに、行きます。わたし達の、未来へ……」
港に風が通る。澱んでいた空気が、新しい潮の香りへと変わっていった。
作者:沙羅衝 |
重傷:なし 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
公開:2016年12月9日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 2/感動した 2/素敵だった 3/キャラが大事にされていた 5
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