光明神域攻略戦～迷い路の果てへ

■リプレイ

●緑の宮
　無敵の樹蛇『ミドガルズオルム』を喚ぶ為に創られた植物迷宮。その一部を前に、月鎮・縒（迷える仔猫は爪を隠す・e05300）の目は皿のようになっていた。
「こんなでっかい迷宮からたったひとりを探すの！？　うぇえ、できる気がしない……」
「いやぁ骨が折れそうだねぇ」
　今回が初依頼であるジェネジオ・アルドロヴァンディ（華舞うカリヨン・e33335）も、結構ハードかもと呟き笑う。
　ケルベロス達の目の前に広がる植物迷宮は、想像を遥かに超える姿をしていた。
　縦に横に、大きくぽかりと空いた緑の空間。木漏れ日を降らすドーム状の天井。植物達が密集した頑丈そうな床と壁。壁にはいくつか穴があり、植物達が絡み合って出来た通路がそこ目掛け逞しく伸びている。
　じっくり眺めていたラビ・ジルベストリ（意思と存在の矛盾・e00059）は、赤い瞳を右から左へ、上から下へとゆっくり動かした。
「不謹慎ながら、童心を思い出す光景だ。……楽しめるかどうかは、また別の話なんだがな」
「そうですね……これが召喚に関係ないものだったのなら、楽しめたのかもしれませんが……」
　キアラ・カルツァ（狭藍の逆月・e21143）は残念そうに同意した。攻性植物。二体のアスガルド神。カンギ戦士団。それらが関わっていない、文字通りの植物迷宮であったなら。
「でも、やるっきゃないんだよね！」
　縒が耳をぴこっと動かし言えば、八雲・要（英雄志望のドラゴニアン・e14465）は拳を握り、ジェネジオは笑顔で頷いた。
「召喚を成功させるわけにはいかないよ！　絶対に阻止しなくちゃね！」
「ま、泣き言も言っていられないし、がんばろっか♪」
　植物迷宮のどこかにいる光明神バルドルを倒さなければ、決して倒せない脅威がこの地球に根付いてしまう。
　久遠・征夫（静寂好きな喧嘩囃子・e07214）は用意してきた軍用双眼鏡を取り出し、緑の壁に出来ている穴を一つずつ確認していくと、ライル・ユーストマ（紫閃の斬撃・e04584）の肩に触れる。
（「見えている穴は、どれもどこかに通じているようですね。入ってすぐ行き止まりというわけではなさそうです」）
　伝わった声を受け、ライルはキアラが広げた淡路島の最新地図を覗き込んだ。
「今、どの辺りだ？」
「吹上浜キャンプ場近くから入りましたから……今いるのはこの辺りでしょうか。まず目指すのが淳仁天皇陵方面なので……」
　植物迷宮に侵入してまだ数分。迷宮の地図ではない為、迷宮のどこにいるかは判らないが、島の最新地図とキアラが発動させているスーパーＧＰＳによって『淡路島のどこにいるか』は大体判る。
　地図におおよその現在地を書き込んだ少女の目が、通路の先を見た。やや上向きに伸びた通路は何本かに分かれ、それぞれ別の穴に通じている。その中で次の目的地に近そうなのは――。
「一番右から行ってみましょう」
「オッケー。なるべく消耗しないで探せるといいねっ」
　東雲・苺（ドワーフの自宅警備員・e03771）はいつ敵襲があっても対処出来るよう、改造スマートフォンを手に取った。
　ここには自分達ケルベロスを迎撃せんとするカンギ戦士団もいる。恐らく――向こうはもう、動き出しているのだろう。

●往き、出遭う
　進み、印を付け、現在地を確認し、壁に当たった時は状況に合わせて進むか引き返すかする。そうして進みながら、縒は猫の本領発揮とばかりに静かに歩き、空気の流れや匂いにも意識を向けていた。
（「ここって本来はどんな景色なんだろ……」）
　現在地を示す地図アプリを見ながら想像するしかない今、感じるのは濃すぎる緑の匂いと気配。
「八雲さん、どう？」
「特に何も無さそう、だな」
　要は首を振り、一番後ろにいるジェネジオに視線で問えば、向こうも首を振って異常なしと示していた。
　隠密気流を纏った三人が他の者を挟むという形で、彼らは迷宮内を進んでいた。気流の対象は使用者のみだが、幸い、今の所は敵と遭遇せずに済んでいる。それらしい気配や物音はしないか。気を配りながら歩く者は多かったが、それも無い。
（「ミドガルズオルム召喚が完了するまで、どのくらいの時間が残されてるんだろうな」）
　経過した時間に思いを馳せ、天井を見つめたライルは周囲の気配を伺った後、用意してきたハンズフリーのライトを点灯させた。
　植物の天井がぐねぐねと波打ち始めたそこは、きつく、そして複雑に絡み合っているのか、あまり光を通さないようだ。そして、少しばかり天井が低くなっている。
　何人かは頭をぶつけないよう身を低くして進み、征夫も頭上に気を付けながら、蛍光チョークで壁に印を付けていった。迷宮に足を踏み入れた場所とラビを結ぶ一本の『糸』と合わせれば、より役に立つだろう。
　それにしても。
（「国生みの地で召喚とは、関連があるのか何なのか」）
　ハロウィン、かすみがうら。双方に関わった征夫としては、今回の事件は見逃せないものだ。解決の為には、植物迷宮を往くしかない。
　少し歩くと、低かった天井は高くなり、段々と道幅も広がっていった。
「……ふむ」
　ラビが一言漏らし、足を止める。赤い瞳が見つめるのは丸みを帯びた根の壁を持つ小部屋じみた場所。これは。
「行き詰まったな」
　だが、ラビの言葉は仲間達を振り返り見た表情と同じく、常と変わらない。ぱたぱたと壁に駆け寄った苺は、壁と来た道を見比べて『うーん』と唸る。
「引き返したら結構かかるし、壊すっ？」
　壁を破壊すれば自爆ダメージを受ける。彼らは設けていた壁破壊の条件を思い浮かべ、こくりと頷いた。
　この中で最も体力のある者――縒は征夫のヒールドローンに囲まれながらビシリと前方を指した。
「チロちゃん、ざしゅっとやっちゃってー！」
　声を受け、青目の黒猫が弾丸のように飛ぶ。魔力を籠めた一撃が壁に当たったのと、衝撃が少女を撃ったのはほぼ同時。どうやら、距離を取っても自爆ダメージは変わらず届くらしい。
「あれ？　ラビ君、何食べてるの？」
「壁の欠片だが。やらんぞ」
　もぐもぐ、ごっくん。
　ジェネジオは確認する事を放棄した。
　そんな中、キアラは壁に出来た穴を見て、手元の地図に印を書く。この先にある道が上手く続いていてくれれば、色々と嬉しい所だが。
　その時、征夫の肩が小さく跳ねた。
「……皆さん。何か……いえ、誰かがこちらへ接近しています」
　スコープを付けた彼の言葉に全員が身構える。
　数秒後、大きな穴の向こうに現れたのは、艶やかな髪を持つ一人の少女だった。その名は――。

●カンギ戦士団
「何時ちゃん……！」
「気安く呼ばないで。私は東雲・何時、カンギ戦士団の何時！」
　黒髪の奥から覗いた蔦が爆発的な勢いで伸び、迷宮の床を侵し衝撃を放つ。
「っ……！　優先しないといけない事があるから今は争いたくないけど、そうも言ってられないかなっ」
　聞きたい事も呑み込んで、苺はスピードに乗せた拳を鋭く叩き込んだ。
　二人を中心とした衝撃が放射線状に走った直後、箱竜マカロンの属性を受けた征夫が霊刀竜絶・改を手に力強く踏み込む。
「切れずとも潰すっ！　壱の太刀熨斗紙ッ！」
　繰り出された一太刀が紅を散らした直後、ライルの召喚した刀剣達が雨霰と降り注いだ。何時はそれを躱すが、嵐の如き勢いで迫ったジェネジオの一撃までは避けられない。
「っく、ふふ……！」
　立て続けに来た攻撃の波に何時が笑う。繰り返す言葉は、『バルドルの元へは行かせない』『カンギの邪魔はさせない』ばかり。そこに灯っている熱に対し、要は自爆スイッチに手を駆け言った。
「悪いけど、早く片付けてボスに向かわせてもらうよ！」
　箱竜廻のブレスが吹き荒れる中を、要の起こした爆煙が鮮やかなに彩っていく。
　キアラも癒しの黒鎖を駆け巡らせ、仲間達を注視する。召喚阻止という重要性を孕んだ迷路攻略に、カンギ戦士団との戦い。回復手という己の役割を思った瞬間、感じていた緊張は霧散した。
（「必ず、全員無事に帰してみせます！」）
　ひゅ、と小さな物体が飛ぶ。思わず視線が向かった何時の目に映ったのは、白くて四角い立方体。そして。
「食うといい」
　まるで見下ろすように、自分を見る赤い瞳。
「恵んでやる」
「ッ――！？」
　躱そうとする何時をラビの四角い立方体、もとい角砂糖が猛追する。甘く、けれど優しくない一粒が僅かに触れた瞬間爆ぜた。爆音と共に血が飛散する。
　殺意と憎悪と、カンギへの忠誠。それらでギラリと光る何時の目に、縒の尻尾が一瞬だけ、ぶわ、と膨らんだ。
（「へいき、平気。今日のうちはライオンさん！　強いんだから、負けないよっ！」）
　床を踏み締め放った一撃に、獅子にも負けぬ気魄を籠めれば、不可視の獣となった力が何時の体に喰らい付く。
「邪魔ッ！！」
　黒髪の奥から見えていた蔦がしゅるると伸び、何時の右手に集束する。それが花の形を取った次の瞬間、眩い光と熱が放たれた。
「させるかよっ！」
　飛び出し盾となったのは、何時の放った光にも負けない煌めきを瞳に浮かべた要だった。代わりに受けた痛み全てを軽快に笑い飛ばし、二度目の爆煙を巻き起こす。
「ははは！　それ位の攻撃、少しも効きゃしないね！」
　苺は短く、けれどしっかりと礼を伝えて跳んだ。見舞った蹴撃は流星となって何時を襲い、ジェネジオも間髪入れず雷光の突きを叩き込み、言った。
「あんまり皆を傷つけないでよ。……俺だって怒るぜ？」
　金髪の下に覗く緑の目は仄かな鋭さを帯びていた。それを間近で見た何時が口に孤を描き、カンギの邪魔をするケルベロスは皆、植物に喰われ果てればいいと嗤う。
　それに、『だが』と声が返った。
「私は生意気な植物が嫌いなのだ」
　淡々と帰したラビの言葉には、『断る』の色がありありと浮かんでいた。嗜む程度の略奪と暴力を、今だけは技術の粋を籠めた一撃に乗せて見舞う。
　小柄な体はくの字に曲がり、げほげほと咳き込んでいた。その痛み、傷の中心に征夫とライルが次々と刃を突き入れ、一気に押し広げる。
　悲鳴が響く、その一瞬。ふわりと接近したキアラが、歌を紡ぎながら何時に触れた。途端、皓い焔は何時を焦がす熱を生む鎮魂曲と化す。
「チロちゃん！」
　縒が名を伸べば杖は一瞬で黒猫の姿をとり、魔力で満ちた黒猫が、壁を破壊した時のように胴に激突した。
　絶え間ない攻撃とその威力に、何時の足がずざ、と地面を削り後退する。しかし、前髪の隙間から見える瞳は対照的だった。ゆらゆらと殺意を、熱を浮かべ、決してケルベロス達から視線を外そうとしない。
　彼女は、決してカンギを裏切らない不屈の戦士。どれだけ不利になろうと、目の前のケルベロス達を殺すまでは、他のものを映しはしないのだろう。
「苺」
　ライルが呼ぶ。手にしている斬霊刀の切っ先を、何時から迷宮の床へと向けた。
　それ以上何も言わないその姿に、彼が何を言わんとしているのか苺はすぐに察した。
「……うん。ありがとっ！」
　肉薄し、叩き込むのはいくつもの技。連なり見舞うそれが全て終わった時、何時の体はゆっくりと倒れていき――東雲姓を持つ二人の間にあった糸は、ひとつの終わりを迎えた。

●迷宮の終わり
　帽子についた埃を払い落とし、被り直す。そうして『ふむ』と一息ついたラビは、ひと一人が通るには充分な大きさを持つ穴の向こうに目をやった。
「さて。また、バルドルを目指すか」
「あ、ちょっと待って！　疲れてる人いたら言ってね」
　縒が背負っていた小さめのデイパックから『ジャーン』と取り出したのは、飴におにぎりにいりこに水だ。
「飴食べる？　うちはいりこ食べるー」
「え、いいの？」
　ジェネジオが、ひょこっと顔を出した。飴かおにぎりか。迷ってふらふらする手の動きと一緒に、縒の目も動く。
「……あ、いりこの方がいい？」
「ふふ。現在位置はそうズレていなかったので、栄養補給しながら、探索再開としましょうか？」
　キアラは僅かでも傷付いた仲間達を癒しながら、地面に広げた地図を見る。
　他の班はどうなのか連絡を取れれば良かったが、繋がらない状況だ。こちらの状況を伝える事も出来ない現状、彼らは話し合い、最善なのは全班の最終目的地であるバルドルを目指した方がいい、という結論に至っていた。
　ここからおのころ島神社、感応寺山方面を目指すなら――と数名が考えを廻らせたその時、要が『うん？』と首を傾げる。
「……今、何か聞こえなかったか？」
「？」
　まさか新手のカンギ戦士団か、と警戒を強めるが、訪れたのはそれとは全くの別物だった。
　ミシ――ミシリ。バキバキ。幽かだったが、段々とハッキリしてきたそれは迷宮が発する音だ。音が大きくなるにつれ、頭上からぱらぱらと植物の欠片が落ち始め、ケルベロス達は顔を見合わせる。
「もしかして……」
　バルドルを撃破したのか。
　迷宮を作り出したのはアスガルド神である光明神バルドルだ。原因として最も有り得るのはそれだろう。
「急いで脱出しよっ！」
　苺が声を上げ、全員が駆け出した。
　行きは色々確認しながらだったが、帰り――今は『糸』と蛍光チョークの印がある。ラビを先頭に右へ、左へ。気が付けば上へという事もありつつ、彼らは迷宮が完全崩壊するより先に脱出を果たした。
　外で待つのは広がる青空と――その形を無くしていく、植物迷宮。
　それはケルベロス達の勝利を告げる、何よりも確かなものだった。

作者：東間	重傷：なし 死亡：なし 暴走：なし
種類： 公開：2016年12月9日 難度：普通 参加：8人 結果：成功！
得票：格好よかった 5／感動した 0／素敵だった 0／キャラが大事にされていた 2
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