光明神域攻略戦~迷い路の果てに

作者:高峰ヨル

●琵琶湖上空
「美しい湖ですね。バルドルに島を押し付けて、湖を担当した甲斐がありますわ」
 光明神ナンナは嬉しげに、眼下の湖面を見下ろすと、薄桃色の花弁を散らし『超召喚能力』を発動する。
 するとどうだろう、花弁の落ちた湖面から、巨大な植物が生み出され、瞬く間に琵琶湖全体を覆い出したでは無いか。
 ナンナは、嬉しそうに微笑むと、彼女の頼りになる仲間であるカンギ戦士団の面々を振り返った。
「侵入者が現れれば、この迷宮は皆さんにそれを伝えてくれるでしょう。ですから……私の事を、まもってくださいませね」
 そうお願いするナンナ。『ミドガルズオルム』の召喚という大役を果たす彼女は、その特殊能力に比して戦闘力が極端に低い。
 もし、ケルベロスが襲ってくればひとたまりも無いだろう。
「そのための、私達、カンギ戦士団です。私達の命にかけて、一人たりとも、あなたの元には通しはしません」
 ドリームイーター、螺旋忍軍で構成されたカンギ戦士団の団員達は、ナンナにそう受けあった。
 彼女達の間には、互いに命を預けあう程の絆が確かにあるようだった。
「では、『レプリゼンタ・カンギ』に、約束された勝利を届けましょう」
 ナンナの号令と共に、カンギ戦士団は、琵琶湖の上に作られた植物の迷宮の中へと姿を消したのだった。


 滋賀県、琵琶湖上空。
 ケルベロス達は弥生・九子(ウェアライダーのヘリオライダー・en0238)の操縦するヘリオンにいた。眼下に広がる樹海は、本来ならば日本最大の湖であった場所だ。
「どう見ても攻性植物の仕業だ。奴ら、とんでもないものを召喚するつもりらしいな」
 九子の表情がこれまでになく険しくなる。
 パッチワークの魔女を支配下に置き、ハロウィン攻性植物事件を引き起こしたカンギの軍勢により、淡路島と琵琶湖が同時に植物に覆われるという事件が発生した。
 その目的は、どのような方法でも破壊されないという特性を持つ『無敵の樹蛇』ミドガルズオルムの召喚だ。この召喚に成功すればゲートは絶対不可侵となる為、攻性植物の敗北が無い――つまり、最終的な勝利が確定する。
「言い換えれば、地球の絶対的な敗北となるのだな」
 勝利の確定まで時間はかかるかもしれないが、攻性植物は植物であるが故に気長に待つことだろう。
 この大規模術式を展開しているのは二柱のアスガルド神、光明神バルドルと光明神ナンナの夫婦神だ。現在この二柱の神は攻性植物に侵略寄生され、それぞれ淡路島と琵琶湖に発生した植物の迷宮の中に設置されている。
 さらに、この迷宮はカンギ配下の精鋭軍が守りを固めている。精鋭軍はカンギが打ち負かして配下に加えたデウスエクス達で構成されており、カンギと熱い信頼と友情で結ばれているという。決して裏切ることは無い不屈の戦士団だ。
「で、この樹海なのだが、内部は植物で作られた迷宮になっている。植物なので壁や床を破壊して進むことも不可能ではないが、こいつは破壊されると自爆する性質を持つようだ。よほどの理由がない限り推奨はしないな」
 普通に迷宮攻略したほうがはるかに効率がいいだろう。アスガルド神はこの迷宮の何処かにいるという。探索チームごとに探索地点や探索する地域を手分けしていくのが良さそうだ。
「しかし、問題はこの迷宮だけではない。中で待ちかまえているカンギの精鋭軍はこちらが迷宮に侵入すればすぐに感知して迎撃に来る。奴らをスルーして探索続行は不可能だろうな」
 つまり、迷宮を探索し、カンギの精鋭軍を撃破し、アスガルド神『光明神ナンナ』を見つけ出して撃破する事が目的となる。『光明神ナンナ』の撃破に成功すれば、植物迷宮は崩壊をはじめ、精鋭軍も撤退していくだろう。
 九子は顔を上げ、光明の兆す金の瞳で真っすぐにケルベロス達を見た。
「……先ほども言ったが、非常に危機的な状況だ。だが逆に、ここでミドガルズオルム召喚を阻止できればその意義は極めて大きいとも言える」
 これはピンチをチャンスに変える好機――まさに決戦だ。
「近隣住民の避難は完了しているので配慮は無用だ。そなた達は迷宮攻略、カンギ精鋭軍の撃破、アスガルド神の撃破の三点に集中して欲しい。最終的な目的は二柱のアスガルド神撃破だが、これは1チームの力でできることではない。他チームの援護もまた肝要だな」
 意義の大きさに比例して危険な任務だ。だが、決して避けて通ることはできない。
「私はそなた達を信じているぞ」


参加者
メラン・ナツバヤシ(ハニカムシンドローム・e00271)
ミスラ・レンブラント(シャヘルの申し子・e03773)
風魔・遊鬼(風鎖・e08021)
斑目・黒羽(時代遅れの風来坊・e14481)
東雲・菜々乃(のんびり猫さん・e18447)
赤鉄・鈴珠(ドワーフのウィッチドクター・e28402)
レスター・ストレイン(デッドエンドスナイパー・e28723)

■リプレイ


 迷宮に踏み込んで間もなく、上がり勾配の道が続いていた。内部は階層構造になっているようで、今どれほどの高さにいるのか把握するのも容易ではない。湖上に展開された不可思議な緑の迷宮は、ところどころ捻じれて混乱させる。植物で編まれた頑丈な壁に阻まれては、元来た道を引き返すこともままある。
 ミスラ・レンブラント(シャヘルの申し子・e03773)がため息をついて呟く。
「将に迷宮、というよりは要衝ですね。さしずめ神々を生み出す大樹『ユグドラシル』とでも言いましょうか。ただし産み落されるのは世界を飲み込む化物ですが……」
「効率よく探索しないとな」
 端的に呟き、風魔・遊鬼(風鎖・e08021)はこれまでの経路をマップに書き込む。
 彼らは湖の東北方面を担当し、踏破後は竹生島を目指すことになっている。通信は使えず、迷宮はあまりにも広大で、他チームと偶然出会うという奇跡は期待できそうもない。
「ミドガルズオルムの召喚とかシャレになんないんだから、絶対に阻止してやらないとね」
 フワフワのツインテールを揺らし、メラン・ナツバヤシ(ハニカムシンドローム・e00271)は強気な瞳で忌々しい植物を睨みつけた。
「この迷宮を抜け出してアスガルド神を探し出して召喚とかさせないのですよっ」
「たとえ私たちがナンナにたどり着かなくとも、カンギの精鋭を倒せれば十分支援になるだろうしな」
 東雲・菜々乃(のんびり猫さん・e18447)がいうと、斑目・黒羽(時代遅れの風来坊・e14481)が頷く。
 赤鉄・鈴珠(ドワーフのウィッチドクター・e28402)は少々緊張しながら仲間についていく。
「はじめてのいらいで、いきなり重要っぽいですががんばります」
 過酷な道のりではあるが、時に美しい光景にも出会う。
 木漏れ日の差す広い空間に差し掛かった時、レスター・ストレイン(デッドエンドスナイパー・e28723)は思わず目を細めて仰ぎ見る。
「人を呑みこむ攻性植物の迷路か。見た目は美しいけど恐ろしいね。底が知れない」
 見た目の美しさに惑わされるまでもなく、ここは敵地だった。
 元の地形の地図は役に立たなかった。あまりにも様相が変わりすぎている。けれども、この迷宮を踏破しなければ永遠に本殿に辿り着けない。
「最善を尽くすまでさ」
 レスターは決意を込め、次のルートを目指す。
 目的地は琵琶湖の中心に位置する竹生島。位置的に、儀式が行われる可能性は十分にあると踏んでいた。
 遭難しないよう、来た道にはスプレーで印をつけておく。
「他班の符丁などはみかけないですねー」
 サラキア・カークランド(白鯨・e30019)がスーパーGPSで大まかな位置を確認しながら唸る。同様の事をしている班はあるが、今まで他チームの符丁や誰かの通ったような形跡も見かけてはいない。迷宮は広大だった。
 勾配が下りに入り、徐々に暗くなってきたので各々が照明をつける。
 メランは蛍光チョークで来た道を記録する。チョークは使う色と順番を決めておき、一定の間隔で色を変え通ってきた道順などを分かりやすく。
「それにしても、琵琶湖って初めて来たけど随分と大きいのね、この迷宮の下全部湖なんでしょ? なんだか不思議な気分だわ」
 遊鬼はマッピングに専念していた。距離などを正確に書く事よりも道の繋がり等を正確に把握する事を優先。別れ道などでは自分達がどちらに行ったか分かるように目印を施す。
「この辺りは湿気が多いな。湖面に近いのかもしれない」
 遊鬼は淡々と地図に情報を書き込む。
「こんな非常事態でなかったら自然の迷路とか面白いと思うのですよね。この戦いが終わったらこういうのがある場所へいきましょうか」
 菜々乃は相棒のプリンとはぐれないようにしっかりとついていきながら、朗らかに言う。楽しむばかりでなく、菜々乃は情報の妖精で状況をまとめていた。
 緑の蔓草が幾重もの美しいアーチを描き、網目のようになった隙間から差し込む陽光に、植物の瑞々しい一面が現れる。だがこれが攻性植物の作り出したものであれば悍ましくもある。
「ナンナさんという方も気にはなります。なんでデウスエクスのなかには、地球のものがたりっぽい名前の人達が多いんでしょうね。ふしぎ」
 鈴珠はそんな疑問を口にしながら仲間についていく。慎重かつ大胆に――そう思いながら、そっと、緑の壁面を手のひらで撫でてみる。
「ばくはつする草ってなに? ほうせんか?」 
 ひんやりと水分を含んだ植物の感触。ひたすら巨大である以外、普通の植物に見える。だが攻撃を加えれば自爆する。それを思い、鈴珠は少し身震いした。
「ここはあいての場所ですし、きっとこちらのゆだんをついてくるとおもいます」
「そうだな……なんだか嫌な予感がする」
 黒羽も歩きながら、奇襲を常に警戒していた。
 カンギの精鋭、どんな奴なんだろう。――いや、この胸騒ぎは何だ?
「緑の迷宮……デウスエクスのしわざじゃなければおもしろいのに」
 鈴珠はまた、そっと背後を振り返る。
 来た道は暗く沈み、もう入ってきた場所は遥か彼方だった。


 結露した水分が天井に絡まる蔦を伝い、雨粒のように落ちてくる。
 ああ、この感覚は――黒羽を襲う既視感。
「!……誰かしら?」
 前方の人影にいち早く気づいたサラキアが警戒の声を上げる。
 行く手に、端正な仕立てのスーツを纏った男が背を向けて立っていた。
 落ちてくる水滴を楽しむように両手を広げ、肩越しに半分振り返る顔。
「あ、ああ……」
 黒羽は崩れ落ちそうになりながら、その顔を見た。
 道化の化粧に塗り潰された、その顔を。
 見覚えなんてないはずで、それでも何故か、知っているような誰か。
「ごきげんよう、ケルベロスの皆さん。ここはボクのお気に入りの場所でね――会えてうれしいよ。ボクのことはどうぞ親しみを込めて『ジョーカー』と呼んでくれ」
 道化の男はにこやかに身体全体で振り返ると、ふざけた仕草で首を傾げる。
「カンギの精鋭か」
 レスターは黒羽の動揺を察し、支えるように傍らに立つ。
 鈴珠は手にしたままだったカメラを取り落としそうになりながら、慌てて仕舞い込む。
「ジョーカーさん……ババさんですか。あ、写真一枚どうですか? カンギさんってババ抜きよわいひとなんでしょうか。どんな人なんでしょう?」
「ハハ、面白い子だね。カンギはともかく、このボクを引き当てた君達はどうなんだい? つよいか、よわいか、どちらかな?」
 そしてまたふざけたように、大げさに両腕を上げる。
 ミスラは静かな湖面を思わせる落ち着いた眼差しを向け、前に出る。
「生憎とゆっくりと遊んでいる暇は有りませんので、通過点として裁かせて頂きます。美しき湖を取り戻すために」
「オオ、なんて凛々しいレディだろう」
 サラキアは殺気を隠そうともせずに、挑むように武器を構える。
「見た目も態度もふざけた男ね。でも、その自信はどこから来るのか興味があるわ。さぞ強い技をお持ちなんでしょうね?」
 嫉妬と簒奪の魔女は契約の呪符を手挟んだ指先を翻す。
「君のような女性に興味をもたれるなんて光栄だね」
「あいにく、私たちの目的はもっと先ですけどね」
「ツレないねえ。それじゃあ、この刹那の逢瀬を楽しむとしようか」


 手の中の銃を弄び、悠然と立ったままのジョーカーを囲むケルベロス達。
 遊鬼が無言で動いた。元より道化の戯言に付き合う気はない。その潔さにジョーカーは感嘆の念を抱く――だが、まだ動かない。踏み込みからの達人の一撃が、ジョーカーの肩から袈裟懸けに襲い掛かる。
 その時、黒羽は声を上げそうになった。
「……!」
 だが今は声を飲み込み、躊躇いを胸に納めたままに狙いをつける。爆炎の中に浮かび上がるジョーカーの顔を見つめながら。
(「一体、誰なんだ……」)
 だがジョーカーは黒羽に興味を示さず、片手を差し伸べる。手のひらから零れ落ちる無数のトランプが木の葉のように舞い躍った。列の爆発がケルベロス達の前衛を巻き込む。
「……催眠……!」
「見た目通り、トリッキーな奴だな」
 ミスラは端正な顔を歪め、口元を抑える。
 BSを予想して警戒していたケルベロス達は即座に動いた。
「紙兵散布!」
 メランと鈴珠が紙兵をばら撒く。
 紙の兵士はトランプと戯れるように、つむじ風にあおられバラバラと舞った。
 紙吹雪のような乱舞の中、ミスラが応戦を開始する。
「報復には許しを 裏切りには信頼を 絶望には希望を 闇のものには光を 許しは此処に、受肉した私が誓う “この魂に憐れみを”」
 救いを求める者、救われぬ者達へと向けた祈りの言葉を紡ぎ、祝福を込めた力の加護を与える。
 菜々乃が獣撃拳で迎撃に入る。
「プリンはディフェンダーお願いしますね」
 プリンは一声鳴くと、身を挺しながら加護を振り撒く。
 レスターが寂寞の調べで無数の魂を呼び寄せて纏い、仲間に加勢する。
「あはっ、絡め取ってあげますねー?」
 サラキアの呪符から高圧縮された水の鎖が幾条も伸び上がる。『蒐集』の権能により集められた詩篇魔法の一つ、移動を封じる捕縛用の魔法。無数の蛇の如く絡みついた鎖がジョーカーを締め上げる。
 だがジョーカーは水の鎖を解き放つと、ゆっくりとサラキアに銃を向けた。
 銃声。庇いに入ったメランは着弾直前に分裂した弾丸を細身の体に受け止める。
「水の弾丸……!?」
 痛みが体の奥で爆発し、喉にせり上がる血を飲み下す。
「……ケルベロスをなめないでよね!」
 メランの勝気な表情は怯むことを知らない。紅い瞳で前を睨み、気力で立ち続ける。
「はい、援護します!」
 降り注ぐのは鈴珠のメディカルレイン。
「ああ、これはいい『雨』だ」
 ジョーカーの放った言葉に、黒羽の胸がうずく。
 無言のままに、遊鬼が裂帛の気合で己の催眠を破った。黒い覆面の下で歯を食いしばり、再びジョーカーに斬撃を叩き込む。
「触れれば爆けるが鬼の腕」
 風魔式斬撃術『爆魔』――火薬で成形作成された棒苦無がジョーカーの腹を貫く。爆発とともに、火炎を吹き上げながら煙が上がる。
「プリン! さあ一緒にがんばりましょう!」
 菜々乃と一緒にプリンも一緒に清浄の翼を振るう。
 ミスラの賛歌に紡がれた祈りの言葉も祝福を齎す。


 遊鬼の二振りの太刀が空の霊力に包まれる。漆黒の影が、空をも切り裂く斬撃となってジョーカーの傷を抉る。
「……慈悲など無いわ、絶望と共に深淵の闇に堕ちなさい」
 メランのQueen of the Abyss(クイーン オブ ジ アビス)。自らの影から立ち上る数多の漆黒。針の女王の忠実な衛兵の如く、無数の針が飛んだ。
 ミスラもまた二振りのゲシュタルトグレイブを構え、精度に長けた二条の突きが連続でジョーカーを襲う。
 サラキアが偽りのシスターの持つ魔女のナイフを振るえば、時空から『物質の時間を凍結する弾丸』が精製されて撃ち出される。
 ケルベロス達が押している。
 菜々乃が逃走を警戒するも、ジョーカーはまるでこの場を死守するかのように動かなかった。
 菜々乃はそっと黒羽の様子を伺い見る。何があったのかはわからないけれど、先ほどから彼女の様子が心配だった。
「ここがデッドエンドだ」
 レスターの銃口が終止路の死十字を刻む。
 もし背を見せるなら、ウォンテッドで追跡するつもりだった。
「ハ、逃げなどするものか。こんなに良い雨に出会えたというのに!」
 レスターの銃口はなおも的確に追い詰めていく。狙いを定め、バスタービームで狙撃する。
「俺も銃には少しばかり覚えがあってね。ライフルを握れば負ける気がしない」
 これまで渡り合った攻性植物はいずれも強敵だった。今また攻性植物が他勢力と組んで地球を呑みこもうとしているなら放っておけない。定命化して出会った人々――受け入れてくれたミルポワル・ファミリアの仲間達、友人、心優しい女性。彼らとの平穏な日々を守りたい。日常を取り戻したい。
「――俺はその為に、銃をとるんだ」
「アア、『誰か』のために――素敵だね。ボク達は似ているんだね」
「何?」
 ふざけた態度のまま、ジョーカーは塗り固めた顔で笑みを深くした。
 黒羽は思いを振り切り、なぜか溢れる涙をも今は無用と切り捨てる。
「こいつは使いたくなかったが……じゃあな、それがお前の墓穴だ」
 単発のリボルバーをジョーカーに向ける。装填されたのは亜空埋葬弾(アクウマイソウダン)。胸の痛みに差し込む一撃が、あらゆる次元を迷走する。
「……ここだ……!」
 次元の弾痕の閉じゆく刹那、放り込まれた爆弾が弾ける。
 ジョーカーの胸に赤い花が咲いた。そしてそのまま、後ろに倒れていく。黒羽は危険を厭わず、思わず駆け寄っていた。
「誰だお前は! なんで、お前を見ていると……!」
 自分で自分がわからないままに、ジョーカーに縋りつく黒羽。胸元からこぼれ落ちたペンダントに気が付き開けると、自分の幼少期の写真。
「……お前……アイザック……?」
 呆然とした顔でジョーカーを見つめるも、道化の瞳は虚ろで、黒羽を見ていなかった。開いた瞳孔に映るのはただ緑の天井と、その向こうに見る相手のみ。
「カンギ……さま」
 そう言って、ジョーカーは息絶えた。
 天井から降り注いでいた水滴に、気づけばケルベロス達ずぶ濡れになっていた。
 黒羽の頬に流れるものが何だったのか、それは誰にもわからない。
「ばかだよ、ほんとに……」


 負傷した仲間に鈴珠が心霊手術を施し、余力はあると判断したケルベロス達は先に進むことにした。
「とりあえず、島のある方向?」
「そうだな、もう私たちの担当エリアは踏破したし」
 鈴珠が尋ねると、ミスラが地図をチェックする。
「光明神ナンナ……どこにいるのか」
 呟いた時、突如、地響きとともに迷宮が崩れ始めた。
「! これは……まさか」
「どこかの班がナンナを倒したのか」
「危ない! 天井が……!」
 崩れ落ちる梁から、鈴珠がとっさに頭を庇う。
「大丈夫です! この壁、もう自爆しなくなってます!」
 確認した菜々乃がぱっと明るく報告する。
「急ぎましょう!」
 メランが壁を破壊し、退路を確保する。
「諦めないで! 絶対に!」
 サラキアと黒羽も壁の破壊を始める。
 レスターの銃が壁に向かって火を吹く。敵を倒すためではなく、今度は仲間を救うために。
「明けない夜なんてない……俺の好きな詩のフレーズだ。そして迷宮には必ず出口がある。諦めず歩き続ければきっといつかは……」
 壁を破壊しながら進むケルベロス達の前に、一点の光が見えた。
 地道なマッピングが功を奏した。最短のルートを突破し、ケルベロス達は駆け抜ける。
 崩壊する足場を渡り、手を取り合い、駆け抜けた先には太陽の光。
 背後に凄まじい水しぶきを感じながら、彼らは外の陸地を踏みしめた。
 黒羽が空を見上げると、開けた空から落ちてくるものは何もなかった。

作者:高峰ヨル 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年12月9日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 2
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