光明神域攻略戦～いのちの道をたどって

■リプレイ

　琵琶湖、湖北。
　本来であれば湖岸と呼ばれるべき場所に立ったケルベロスたちの前に広がっているのは、文字通り湖を埋め尽くす植物だった。
「琵琶湖はかつて『うみ』と呼ばれていたそうですが」
「それを覆いつくすこの迷宮、まさしく神業ですわね」
　ソーヤ・ローナ（風惑・e03286）の言葉にミルフィ・ホワイトラヴィット（ナイトオブホワイトラビット・e01584）は感心したように言って視線を遠くへやった。
　湖を覆った植物はところどころで塔のように幹を高く伸ばし、彼方には稜線すら描き出している。無論、対岸など見えようはずもない。
「琵琶の名を戴く湖でのこの狼藉、わたがしが見過ごすわけにはいかないわ」
「しっかし、迷宮かぁ……本当に大きいわね」
　赤い琵琶を抱えた少女、東名阪・綿菓子（怨憎会苦・e00417） が、淡々と諧謔を口にすれば、ジェミ・フロート（紅蓮風姫・e20983）は素直に感嘆を漏らす。
「かすみがうらと言い、攻性植物がいざ行動を起こすと大規模になるようですね」
　まるまる都市ひとつが飲み込まれた事件を思い出しながら、シルク・アディエスト（巡る命・e00636） の顔はきっと引き締められていた。
「これだけ大きいと手分けしても大変そうだな」
　言うほどには百丸・千助（刃己合研・e05330）の表情に難儀さを感じる様子はなく、むしろ少年らしい冒険心を抑えきれないのがありありと見て取れた。
「中に入れば、連絡が出来なくなる可能性も考えておかないとね」
　アイズフォンで別のグループと連絡を取っていたジェミが赤毛のレプリカントは、強気な印象の顔をわずかにしかめた。
「全て焼き払えればそれも良かったが――丹念にしらみつぶし、神狩りと行こう」
　クク、と目深にかぶったフードの下で声を漏らし、ピンクの瞳が楽しげに細められる。
　外套でからだをすっぽりと覆ったペル・ディティオ（破滅へ歩む・e29224） の言葉に頷き、ケルベロスたちは植物迷宮に足を踏み入れるのだった。

　濃い緑の匂いが漂う迷宮は、さながら厚い枝葉に陽光遮られる森のようだった。
　突入してそうそう見つかった『壁』に空いた大きなうろに、ユイ・オルテンシア（紫陽花の歌姫・e08163）がそっとランタンの光を向ける。
　小柄な彼女が這ってようやく進める程度の通路が、すぐ先で行き止まりになっているのを確かめて、ユイはランタンの灯を落とした。
「――分かれ道を気にしていては、きりがなさそうですね」
　迷宮の性質を考えれば注視すべきは細かな仕掛けではない、決して明るいとは言えない通路だがすすむ間には敵に先に見つかるリスクを避けるべきだろう。
　ディフェンダーたちを先頭に円陣を保って進みながら、各人はそれぞれに探索のために用意してきたものの成果を確かめる。
「やっぱり通信は駄目みたいよ」
「となると地図は紙だよりになるでしょうか……シルク様、方角は？」
　予想されていたとはいえ苦労が増えたことに綿菓子は少々険しい目で携帯を睨み、琵琶湖の地図にスーパーＧＰＳで位置が映るのを確かめたミルフィも通路をいかように記していくべきか顔を曇らせる。
「コンパスに異常はありません。帰り道を心配する必要がなさそうなのはせめてもの救いでしょうか」
　一方でコンパスの針を狂わせるような磁場はなく、アリアドネの糸も今のところはしっかりとシルクの足から元来た道へと繋がりを示している。
　ともあれ目的とするのは琵琶湖の中心、そこは当然迷宮の中枢でもあるはずだった。
　儀式を妨害させないための迷宮ならば、どの岸からももっとも距離があるそこに守るべき者を配置するのは理にかなう。
　無論、裏をかいて――の可能性も否定はできないが、それを推理するにはあまりに判断材料がなかった。
　どのみち確かめないという選択肢もないのだ。後の憂いがないのならば、ただひたすらに前進するだけ、とケルベロスたちは先を急ぐ。
　さて迷宮の構造は人の作り出した建築物はもちろん、ケルベロスたちの知る地球の傷たるダンジョンと比べても、雑怪奇を極めた。
　時に緩やかなのぼりがあるかと思えば、建物数階分にもなりそうな深い縦穴があり、複雑に絡みあうツタを手掛かりに断崖のような垂直の壁を上る『道』がある。
　進むうちになんとか地図をと苦心したミルフィもついに詳細を記すことは諦め、ソーヤとシルクが残した目印はすでに両手の指では足りぬ数になっていた。
「――ここはまるで、大きな生きものの中みたいですね」
　そんな探索が１時間になろうかというころ、周囲に目を配っていたユイが静かに零す。
　彼女の言葉通り通路にはときおり吹き抜けるように風が流れ、枝葉が身じろぎするように揺れる場所もある――それは確かに迷宮自体が呼吸しているようでもあった。
　実際のところ、この迷宮にとってケルベロスたちは体内に入り込んだ異物そのものだ、その免疫系を務める、予知に聞かされたカンギ戦士団はすでに動き出しているだろう。
　その襲撃への警戒も担当し、隠密気流を維持しながら皆の先を行くソーヤと千助には疲労の色がうかがえた。
　しかしその張り詰めた糸が緩む直前にそれは来た。
「――今、影が動きました！」
「上だ！」
　狭い道からがらんと開けた空間に出た拍子、足元を確かめていたソーヤの警告を聞き終えるより早く千助も叫んだ。
　主人の声に応え、ミミックのガジガジがエクトプラズムの武器を構える。
　天井部に相当する目の大きい格子のような木々の隙間から、舞い降りる影ひとつ。
　手にしているのは輝く刃――小ぶりの日本刀だ。
「――きゃっ！」
「かがんで！」
　ミルフィを狙って飛び降りてきたその一撃を、少々乱暴に割って入ったジェミが受ける。
　飛び散った返り血が汚すのは、螺旋の描かれた面。
「螺旋忍軍！」
「――っ、鍛えぬいた体に、この程度！」
　言ってジェミはヒールドローンを展開した、それは自身の負傷のためと言うよりは、味方のための援護だ。
「極力戦わずにいたかったが……避けられぬならば仕方あるまい。目撃者全員を消す能動的隠密というやつだ」
　隠密気流を解除したペルが外套を翻し駆ける。
　スターゲイザーの一撃は、枯葉色の忍び装束に身を包んだ螺旋忍軍を確かにとらえた。
　右手に日本刀を構え、左の腕からは棘の生えた鞭状に伸びるツタ。
　顔を朱と黒の二色で塗り分けた螺旋の仮面で隠し、背はジェミや千助とそう変わらない、そうして露出の少ない衣装は柔らかな線を描く――どうやら敵は女であるらしかった。
「そろそろ、動きが欲しかったところです」
「見当違いのとこに行ってるわけじゃなかったみたいだな！」
　先手を譲りはしたものの、完全な不意打ちを許したわけではない。
　アームドフォートの砲を展開したシルクが言葉も無くフォートレスキャノンの一斉射を放ち、ソーヤのエアシューズが流星の軌跡を描けば、千助の縛霊手が稲妻のように閃いて突きかかる。
　それに続いたガジガジの一撃は攻性植物のツタに絡めとられる。
「鬼でも蛇でもなく忍びが出た、ね」
「お返しさせていただきますわ！」
　綿菓子のブレイブマインが爆音を立てるなか、ミルフィの呼び出した刀剣が虚空より雨と降る。
　それもまた、螺旋忍軍の女は踊るような動きでかわしていく――その動きが、乱れた。
（「めくるめく　世界は廻る　永久に♪」）
　アジサイのオラトリオが、声なき歌を歌いあげる。
　いや、実際には喉から発せられたユイの声は、確かに世界を震わせていた、ただ誰の耳にもそれが音としてとらえられないのだ。
　可聴域の外で響く歌は螺旋忍軍の動きを乱し、足元を不確かにさせる。
　それと気づいた女が放った凍てつく螺旋の波を、ユイのかわりに千助が受け止める。
　身を切る痛みに、少年はぐと唇を強く噛みしめる。
「――聞いてた通り、手ごわそうだぜ！」
　言いながらも千助の声はむしろそれを歓迎するかのように弾んでいた。

　敵に関する事前の情報が全く無い中での戦いは決して楽なものとはならなかった。
　更にやりづらさに拍車をかけたのは女の性質だ。
「――残念ね！　私たち以外の班も動いていて、戦士団を続々撃破し今頃女神の下に着いているはずよっ」
「我も仲間も忙しいからな、潰れるがいい」
「…………」
　ジェミの揺さぶりの言葉にも、ペルの『白く還る消滅の巨剣』の一撃に大きく傷を負おうとも動揺を見せることはなく、女はただの一声さえも漏らさないのだ。
「これも侵略寄生とやらの成果でしょうか」
　ソーヤの問いには誰も答えられない。無機質・無感動なさまはいかにも何かに操られているものらしくもあり、同時に刃の心持つ忍ならではという印象も受ける。
「最後まで戦い抜く気なのは間違いなさそうです」
　結局のところ、ユイの分析が全てだったろう。
　それを示すようにソーヤを狙って伸びるツタに、赤い髪を揺らしてジェミが身をぶつける。
「師匠譲りのこの体に、通じるもんですかっ！」
　そのまま絡めとられ変化が目に見えるほどに強く胴を締め上げられながらも、ジェミは不敵に笑い自らの見事な腹筋を拳で軽く叩く。
　その言葉で諦めたかのようにツタは主のもとへ引き戻され――実際はシルクのドラゴニックミラージュという危険に対応するためだったが――解放されたジェミは自らを奮い立たせ、呼吸を整える。
　ひとつ、ケルベロスたちにとって幸いだったのは、女のグラビティがいずれも目標を１人とするものに限られていることだ。
　日本刀による斬撃は月光斬、攻性植物のそれはストラグルヴァイン、それから螺旋氷縛波。無論その分一撃は重いが、ディフェンダーの２人と１体はこれを良く守った。
「オレにも任せてくれよ！」
「ここで倒れられては、あとで困りますね」
　叫ぶ千助に続いて『オレのことも忘れるな』とばかりにガジガジがエクトプラズムの指を振り、回復に追われながらも余裕を残す声で綿菓子が注意を促した。
　相手も傷ついているはずだが、自分たちにはこの先にもやらねばならぬことが残っている。
「仲間のために戦う決意は立派ですけれど、わたくしたちも負けられませんの！」
「守りたいものがあるんです」
　これは覚悟と覚悟の勝負になる、とミルフィが『時計仕掛けの兵装』で高く砲火の曲を奏で、砲撃形態をとったユイのドラゴニックハンマーがティンパニのように音を鳴らす。
「そろそろ楽になれ、長く苦しむのも辛かろう」
　年に似合わぬ――あるいはそれゆえの酷薄さで言ったペルの旋刃脚の一撃に、女の体がぐらりと傾ぐ。
　その身が、ちらつく幻影の影をまとった。
「――分身の術まで使うのねぇ」
　呆れとも感嘆ともつかぬ声を綿菓子が上げる、同時に別の感想も浮かんでくる。
「チャンスですわ、ここで畳みかけましょう！」
　ミルフィの言葉に異論をはさむものは誰もいなかった。
「今までのお返しよ！」
「そろそろ潮時ってやつだぜ！」
　ジェミと千助は刃とツタの守りそれごと叩き潰すように拳を固めた縛霊手を叩きつける、その巨腕の間を縫うように飛び込む影ひとつ。
「その間隙、貰いました」
　懐深く踏み込んだソーヤの連撃が身を折らせ、間合いを取ろうとする女の脚を鈍らせる。
　だが３人よりもはるかに無茶な一撃が女を待っていた。
　仲間たちが間合いを取るのを待たず、割って入るように踏み込んだシルクが女の忍び装束をつかみ、振りほどく間も与えずぐいと引き寄せると適者生存の４門の砲を文字通り突きつけた。
「――光に呑まれ、地に還りなさい！」
「――――！」
　リミッターを解除した最大出力のビーム砲撃が女の身を貫き、光が大きく弾けた。
「わっ！」
「きゃっ！？」
　直後生じた爆発に仲間たちが声をあげる――攻撃を放った側も無事ではいられまいと思わせる攻撃のあと、そこに残っていたのはシルク１人。
「また随分と、派手にやったものだ」
「……シルクさん、ホント敵には容赦ないわよねえ」
　ペルの言葉も、綿菓子の言葉も実際起きた出来事に比べれば、随分と控えめな表現だろうと思わせる螺旋忍軍の最期だった。

　戦いの傷を癒し、探索を再開したケルベロスたちがいよいよ琵琶湖中心に迫ろうかと言う時それは起きた。
「――空気が、揺れています」
　ユイの言葉が導いたように、迷宮に振動が走る。
「壁の植物が萎れてるぞ！」
「どうやら、誰かが目標に届いたようだな」
　周囲を見渡した千助が叫び、ペルも頷く。
　作り出した『光明神ナンナ』を撃破すればこの迷宮は崩壊を始める、それは事前に聞かされていたことだ。
　しかしここまで来て、と皆の視線が行きかう。向かった先はシャドウエルフの少女だ。
「――引き返しましょう、目的が達成されたなら長居は無用です」
　かのアスガルド神に浅からぬ因縁があると聞く本人がそう言えば、異論をはさむものがでようはずもない、ケルベロスたちは速やかに元来た道を戻っていく。
　――いずれ死を迎えるものたちが勝利し、不死の者たちはその企みと共に倒れた。
　シルクにとって何よりも大事なのはその一点だ。
　今日も世界は生と死をはらんで回り、そして明日を迎える。
　多くの死と命が生まれる明日を。
　崩れゆく植物迷宮の姿に、彼らもまたその一部になったのだという確信を得て少女は赤い糸をたどっていく。

作者：天草千々	重傷：なし 死亡：なし 暴走：なし
種類： 公開：2016年12月9日 難度：普通 参加：8人 結果：成功！
得票：格好よかった 6／感動した 0／素敵だった 0／キャラが大事にされていた 0
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