光明神域攻略戦～光明神ナンナを討て

■リプレイ

●
　ヘリオンから見下ろした琵琶湖は、雑多な植物が無秩序に生え茂る森に姿を変えていた。
「巨大な植物の迷宮……自然に溢れる命を陰謀のために利用するなんて」
　リリキス・ロイヤラスト（幸運のメイド様・e01008）は眼下に広がる光景に胸を痛めた。
　迷宮を構成する植物はすべて駆除しなくてはならない。解ってはいても、日々、庭で愛情をこめて花や草を育てている者としてためらいと怒りを感じる。
「……彼らの陰謀を必ず打ち砕きましょう」
　クリュティア・ドロウエント（シュヴァルツヴァルト・e02036）は傍らの刀を掴むと、立ち上がった。
「カンギ戦士団を排除し、ミドガルズオルム召喚前にナンナを倒さねばならぬでござる。時間との戦いでござるぞ！」
　ヘリオンのドアが開く。吹き込んでくる冷たい風の中に、根腐りした植物の臭いが感じられた。
　ステイン・カツオ（クソメイド・e04948）は前へ進みながら、いまが冬でよかった、と独りごちた。
「ひどい臭いだ。こりゃあ……下のダンジョンにステキな出会いは期待できそうにございませんね」
　言うや否や、やけっぱち気味に空へ身を投げ出す。
「ミッション確認、光明神ナンナの撃破。各機構部チェック、オールクリア。SRXK-777、出撃します！」
　続いて戦闘モードの大義・秋櫻（スーパージャスティ・e00752）が飛び出していく。
　他のケルベロスたちも続々と後に続いた。
　
●
「琵琶湖が迷宮化とは、随分大変な事になりましたねえ……」
　天崎・ケイ（地球人の降魔拳士・e00355）は、スーパーＧＰＳで現在地を確認し、防水加工された琵琶湖の地図に指を落とした。
「うん、これまたでっかい植物の迷路だよな……。かすみがうらの時以上だぜ」
　若命・モユル（ケルベロスいちねんせい・e02816）がノートに現在地の緯度を記していく。
　こまめなマッピングなしにはナンナの元に辿り着くことはおろか、迷宮をぐるぐると回り続けることになるだろう。
　ＧＰＳによる位置確認とノートの記録、そして秋櫻が迷宮入口にアリアドネの糸を結び、モユルがケルベロスカードを壁に張りながら進んできたおかげで、これまでなんとか迷わずにいた。
「侵入して二時間か。これまでの戦いからなんとなく予想はしていたけど、ほかのチームと連絡が取れないのは辛いな」
　葛籠折・伊月（死線交錯・e20118）は恐る恐る、壁に手を這わせた。
　ここは入口付近よりも湿度が高いようだ。そういえば、足元も滑りやすくなっている。これまで順調だったが、そろそろ水没して進めなくなる場所も出てくるだろう。
　ケイが難しい顔をしたまま地図を降ろす。
「まあ、考えてみれば敵のアジトの中ですしね。何らかの防衛対策は取っているでしょう。どういう仕組みのものかはわかりませんが」
　アインヘリアル・レーヴェン（鬱蝉・e07951）は分かれ道に頭だけを出して左右を確かめた。
「先に進みましょう。未だ迷宮に崩れる気配もなく……となれば、どのチームもまだナンナに行き当たっていないのは確実。女神を守るもう一つの楯、ガンキ団にも出会っておりませんし……」
　女性的容姿、目の下のクマと青白い顔。ごく普通の警戒行動を行っているだけなのに、ひどく怯えた仕草に見えてしまう。彼もまた、数多の戦場を生き抜いてきたケルベロスの一人であるのだが……。
「……敵影なし。さて、どちらに進みましょうか？　右は少し先で曲がっていて先が見通せず、左は長い下り坂になっているようでございますね」
　クリュティアが左の道を推す。
「拙者、左から神気のようなものをなんとなく感じるでござる」
「では、左へ。みなさん、宜しいですね？」
　リリキスの一言で、ケルベロスたちは坂を下り始めた。
「それにしても、種族問わず数々のデウスエクスを従えているカンギとは一体何者なんでしょうね……っ？！」
　ケイは足を滑らせそうになり、とっさに壁に手をついた。
　隣を歩いていたリリキスがさっと、もう片方の腕をとって崩れた体を支える。
　二人してホッと息をついのもつかの間、先頭を歩いていた秋櫻の緊迫した声が聞こえてきた。
「どうしました？」
「進路の水没を確認。ただ、水没した先に向かって空気が流れていることから、向こう側に空間がある可能大です」
　空間の広さを問われた秋櫻は、判りません、と長い青髪を揺らした。
　秋櫻の斜め後ろにいたモユルが助け船を出す。
「だけどさ、オイラたち、これまで何度か小部屋ほどの空間に行き当たっているけど、空気の流れが解るなんてことなかったよな？　そう考えると、向こうの空間はかなり広そうだぜ。もしかしたらナンナがいるかも……調べる価値はあると思う」
　では、誰が水に潜って調べに行くか。
　真っ先にクリュティアが、わずかに遅れてがアインヘリアル手を上げた。
「その仕事、忍である拙者に任せて欲しいでござる」
「僕、水中呼吸できますから……」
　ステインは後ろのスナイパーコンビを順にみると、深く溜息をついた。
「お二人とも、明かりなしで真っ暗な水中を進むおつもりでございますか？　無茶無謀でございますよ。私、こんなこともあろうかと、ダイビング用の防水ライトを持参してきております。ええ、もちろん、水中呼吸もばっちりマスターしてございますよ」
　ドワーフメイドの横で、モユルがノートに水没個所を記入しながら、「あ～、オイラも水中呼吸できるけど、今回はパスするぜ。次、行くよ」と言った。
「じゃあ、三人にお願いしよう」
　水に手を浸していた伊月が立ち上がる。
　無視されたと感じたのか。ミミックの『ツヴィンガー』が、パートナーの足元でプンスカ怒りながら飛び跳ねた。鍵が籠に当たってガチャカチャと音を立てる。
　伊月は、苦笑しつつ前言を修正した。
「水路探索は三人と一体にお願いするよ。それにしても水か冷たい。手が切れそうになった。距離が短いといいけど……。長く続くようなら、迂回路を探したほうがいいな」
　秋櫻とともに坂を上がり、水際を譲る。
　探索を任された三人は腰が水に漬かるまで進んだ。立ち止まって振り返り、手を上げる。
「行ってくるでござる」
　
●
　ぎりぎり。そこはケルベロスであればぎりぎり息継ぎなしでたどり着くことができる距離だった。
　ステインの水中ライトとはまた別の光が、斜め上から水中に差し込んでいた。水没の終りにたどり着いたようだ。
　ライトを切り、ゆっくりと水面へ上昇する。
「こ、これは……」
　蔦の島の真ん中、立体構造になっている迷宮の上下三階分をぶち抜いたような高い天井の下に、薔薇の花咲く丸屋根の四阿が建っていた。
　四阿の中に人、いや、デウスエクスが一体いる。
「あれは……ナンナではなく、ここに配備されたカンギ兵でござろうな」
　デウスエクスが立ち上がった。
　蔦の柱にかけられたランプの明かりの中に、モザイクに覆われた横顔が浮かび上がる。
（「あいつは！！」）
　いきなり水中から飛び出そうとしたアインヘリアルを、クリュティアとステインが二人がかりで取り抑え、無理やり水中に引きずり込む。
　物音に気づいたドリームイーターが湖水に目をやったときには、もうケルベロスたちは仲間の所へ向かっていた。
「――ぷはぁ！！」
「あ、お帰り。どうだった？　……ってあれ、クリュティアだけ？　ほかの二人は」
　モユルはランプを持っていないほうの腕を伸ばしてくノ一の手を取ると、水から引き上げてやった。
「先にかなり広い空間が……カンギ兵と思われるデウスエクスがいたでござるが……」
　直後、水面を激しく割ってステインとアインヘリアル、ツヴィンガーが顔を出す。
「離せ！！　……くそ、離せよ！」
「向こうで何があったというのですか？」
　ケイはドワーフのメイドに問いかけた。もしや怪我でもしているのかと、メディックはあわてて水際まで降りる。
「何があったかだって？　知りたいのはこっちだぜ！」
　ステインはアインヘリアルの襟首をつかむと水の中から引き上げた。
「こいつ、一人でいきなりデウスエクスに飛び掛かろうとしやがった！」
「あいつの名はカイゼラ。ボクの……親の仇だ！」
「なんだって！？」
　伊月は驚きの声を上げた。
　自身もまた、両親を目の前でデウスエクスに殺された過去を持つ。もしも、目の前にその仇が姿を現したなら、アインヘリアルと同じように、後先考えず襲い掛かろうとしていたはずだ。
「……そのデウスエクスは、本当に君の親の仇だったのかい？」
「絶対、間違いない！」
　強い声が返ってきた。　
「だったら行こう、仇を討ちに。僕は君と行くよ。みんなはどうする？」
　それは拙いのでは、という声が上がった。
　もっと冷静になってよく考えるべき、という意見もでた。
　任務成功の確率をわずかでも下げる選択は取れない。我々の失敗は地球の滅亡に至るのだから、と。
「なら多数決をとろう！　結果がどちらに決まってもみんな一緒に――」
「その必要はありません」
　全員が一斉に坂の上を振り返る。
　そこにただ一人、議論に加わらず、ランプを掲げて仲間の背後を守り続けていたリリキスの背中があった。
「多数決を取る必要はありませんよ。なせなら、私たちはもう引き返せない。カイゼラの元へ進むしかないのです」
　ランプが照らすその先がみるみる細くなっていく。
　棘のある蔦が通路の左右から迫り、たちまちのうちに退路を塞いでしまった。
　リリキスが後ろ向きのまま、ゆっくりと坂を下ってくる。
　薔薇咲く壁が迫ってきていた。
「ちくしょう。こんな狭いところで壁を壊したら全員が爆破ダメージをくっちまう！」
　モユルは水に濡れると困るアクセをレインコートの内に隠し、しっかり前を合わせた。
「カイゼラを倒し、全員でナンナの元へ。私が殿を務めます。さあ、行ってください！」
　リリキスがランプを足元に置いて、ケルベロスコートの内から破壊魔剣を取り出す。
　アインヘリアルに続いて、伊月とケイが水に飛び込んだ。
　あとは雪崩れるように。
　最後に、水際まで壁に追い詰められたリリキスが、水に飛び込んだ。
　
●
　水から顔を出した途端、蔦の迷宮に高笑いが響いた。
　カイゼラが開いた扇で口を隠し、身体をのけそらして笑っている。
「ようこそ、駄犬の皆さま。待ちくたびれておりましたわ。あまりに遅いので、おぼれ死んでしまったのかと――」
　水しぶきを上げて飛び出した漆黒の槍が、カイゼラの下から目にも止まらぬ速さで飛んで扇を弾き飛ばした。
　アインヘリアルが驚愕に揺れる顔面のモザイクを指さす。
「カイゼラッ！」
「……お、ほほほっ！　クソ生意気な駄犬ですこと。どこで私の名前を？」
「な？　このボクを……忘れたというのか！？」
　カイゼラは嘲るような目を鬱蝉へ向けた。
「まったく記憶にございませんわ」
　言うやいなや巨大な薔薇を咲かせた蔦の杖を振るう。
　猛毒の赤い蜜が、上陸したケルベロスたちに降りかかった。
　秋櫻と伊月、ツヴィンガーが前に出て、仲間たちの代わりに猛毒の赤い蜜を全身に浴びる。
　幸いにも寸前にケイが雷の壁を築いていたおかげで、毒にはやられなかった。
「ドーモ。初めまして。カイゼラ＝サン。クリュティア・ドロウエントにござる」
　分身の術で猛毒の赤い蜜によるダメージを分散したクリュティアが、死角からカイゼラに迫る。
「迷わず地獄へゴートゥーアノヨでござる！」
　ドレスにてのひらを突き、螺旋の波動を解き放った。
「栄光あるカンギの戦士であるこの私の体に……許せませんわ！」
　カイゼラがよろめいた先には、ステインが待ち構えていた。
「カンギ戦士団の信頼と友情……加えて、記憶喪失ときたもんだ。これは控えめに言っても洗脳でございますよね？」
「出鱈目を！　私は自らカンギ様に忠誠を誓った。洗脳などされておらぬ！」
　カイゼラは蔦の杖を振りかぶり、ドワーフメイドの頭の上に叩きつけようとした。
「敵性体発見。目標捕捉。戦闘モード起動。セーフティ解除。出力全開」
　秋櫻は構えた主砲の先を怒り狂うドリームイーターへ向けると、杖が振り下ろされる前に、高電圧のエネルギー光線を発射した。
　閃光に貫かれた体に電気の長い髭か絡みつく。
「ババアにはやりたかねぇんだが……」
　ステインはグラビティ・チェインで魚雷を創りだした。中には凝縮された悪意が詰まっている。
「特別にプレゼントをくれてやる。『泣いて喜びなぁ！！』」
　痺れ固まっているカイゼラの体に魚雷をぶち込む。
　魚雷がさく裂して、精気を蝕む悪意が飛び散った。
　白いドレスに黒いシミが広がっていく。
「貴女はアインヘリアルさんの怨敵だそうですね。カンギによって記憶を奪われているようですが……。彼の大事なものを奪いし罪、その身で償って頂きましょう！」
　リリキスはご奉仕の斬鎌を振るって、相手のトラウマを呼び起こす黒色の魔力弾を撃ち出した。どうせなら、犯した罪の重さが与える苦痛で洗脳を解き、記憶を取り戻させたい。
　洗脳が解けたか、記憶が戻ったか。
　苦悶の声を上げながらも、ドリームイーターは反撃に出た。体を高速で回転させ、猛毒の赤い蜜を散弾のごとく全方向へまき散らす。
「ち、力が足りぬ。お前ラの夢をよこせぇぇっ」
「悪いね、既に僕の夢は喪われてしまっているけれど。相手をしてもらうよ。帝国山狗団・葛籠折伊月、参る！」
　赤い毒の雨をかいくぐり、幼馴染の名「嘉凛」を冠したアームドフォートで敵を狙い撃った。
　モユルは、カイゼラに向かって全速急発進した。体当たりする直前で垂直に、高く跳びあがる。
「お前がアインヘリアルの父ちゃんと母ちゃんを殺したのか！　答えろ！」
　煌めきを放ちながら降下し、カイゼラの肩に重力を宿した蹴りを見舞った。
「そうさ、いたぶりながら楽しんで殺してやったよ。時間をかけてきれいな顔をグッチャグッチャにしてやったのさ」
　アインヘリアルは拳を強く握り固めた。
「お、お前だけは生かして帰さない！！」
「それは私の台詞！」
　再びカイゼラの体が高速回転する。
「助太刀いたします」
　ケイはマインドリングを指の先で回すと、精神世界から守護の光盾を呼び出した。アインヘリアルを赤い毒の蜜から守る。
　鬱蝉の周囲で幾千もの紫が煌く。
「死神の眼前に『……跪け』。地獄へ落ちろ！」
　落雷に似た爆発音が轟き、加減のない暴力的な風とともに刃のごとき電撃がカイゼラの体をズタズタにした。
　血の色をした薔薇の花びらが散り飛ぶ。
　
　――ぐらり。
　
　迷宮全体が大きく揺れた。
　直後、秋櫻が持つ通信機が一斉に、ナンナ撃破の報を受信した。
　モユルが拳を突き上げる。
「やったぜ！　で、どこのチーム？」
「まだ電波障害が――！！」
　猛烈な勢いで水かさが増し、蔦や木が崩れ落ちてきた。
　全員が天に向けて武器を掲げ、一斉に攻撃を放って脱出口を作る。
「とりあえず脱出しましょう。勝利のお祝いはそのあとで」

作者：そうすけ	重傷：なし 死亡：なし 暴走：なし
種類： 公開：2016年12月9日 難度：普通 参加：8人 結果：成功！
得票：格好よかった 2／感動した 1／素敵だった 1／キャラが大事にされていた 0
あなたが購入した「複数ピンナップ（複数バトルピンナップ）」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。