光明神域攻略戦～昏い森に包まれて

■リプレイ

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　数日前までは、どこまでも広がる穏やかな水面と、その湖を囲う美しい自然の景観で溢れていた琵琶湖だが、今となってはその面影はどこにも無くなっていた。
　まるで生物の器官のように複雑にうねる蔓や木々は、湖と元あった自然を覆い隠し、鬱蒼とした迷宮を作り出している。
「えぇっと、すみません……上からは中を確認するのは、ちょっと難しそうでした」
　ヘリオンから迷宮南部に降り立ったケルベロスたち。ほんの少しだけ遅れて、安曇・柊（神の棘・e00166）とルイ・カナル（蒼黒の護り手・e14890）が翼をはためかせ、同じ場所に降り立つ。
「これは……中々、骨が折れそうですね」
　改めて迷宮内を見渡し、ルイは小さくため息をこぼした。
　不規則に絡み合った植物による迷宮。天井からは枝々の隙間から微かに陽光が差し込んではいるものの、木漏れ日の下でお散歩気分、とは到底ならない。眼前に広がっているのは、ただただ薄ら暗く、まるでこちらを飲み込まんとするような不気味な通路の分岐だけだ。
「……携帯、やっぱり通じないみたいね……」
「地図から位置情報の取得は可能です、こちらを上手く使っていきましょう」
　それぞれ携帯電話や持ち込んだ琵琶湖の地図を確認しながら、リィナ・アイリス（クリスマスは大切な幼馴染と・e28939）リー・ペア（ペインキラー・e20474）は情報を共有していく。
　３次元的に入り組んだ迷宮は、非常に地図が作りづらい構造になっている。そして、携帯が使えないとすれば他班とのリアルタイムでの連携は難しいだろう。
　と、すれば、今ある手段で光明神ナンナを探しだす他無い。
「ふむ、地図は目安程度になればよいじゃろう。とにかく、まずは進む事じゃな」
　行く手を遮るように立ち塞がる植物の壁に触れながら、カルラ・アノニム（鼓動亡き銃狐・e01348）はその壁で挟まれた長い通路を見据えた。
　植物を避けて最短距離を進みたい所だが、やはりこの植物は普通ではないようだ。
　恐らく、こうしている内にもケルベロスたちの侵入は敵陣営に伝わり、こちらを迎撃するべく動き出しているだろう。ならば、彼女の言う通り、まずはとにかく進む事だ。
「急いでナンナさんを見つけてやっつけないと、みどがずる……みど、ずがる……あれ？」
「ミドガルズオルム、ね。大丈夫、気負わず行きましょう……ナンナの撃破、皆で力を合わせればきっと為しえるわ」
　アリス・アポカリプス（深海に溺れる赤蝶・e00248）に諭すように言われて、ルリナ・ルーファ（あったかいきもち・e04208）が慌てて頷く。
「そうそう、気楽にとは言えねぇが、焦らず確実に行こうぜ。必ず上手くいくさ」
　カルラに続いて、ルルド・コルホル（揺曳狼・e20511）も通路を進み始める。
　果たして、この薄闇の奥に待ち受けるものは……。

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「よし、これで通れるな」
　探索開始からしばらく、ケルベロスたちは何度目かの壁を破壊していた。
　目指すは迷宮中心部、光明神ナンナの居場所だが、入り組んだ迷宮はまるでケルベロスを彼女から遠ざけるように複雑であった。
「……ルルドくん、グラックは大丈夫？」
「あぁ、リィナが盾を作ってくれてるお陰でダメージは最小限には抑えられてるな」
　壁の破壊は、柊とルルドのサーヴァントである冬苺とグラックが交互に担当していた。
「聞いてはいたが本当に壁が爆発するとは……。冬苺も大丈夫か？」
「あ、はい……えぇっと……まだ、何とか大丈夫です」
　冬苺の様子を見るカルラに柊が答える。
　しかし、できるだけ効率良く進もうと工夫はしているが、中々上手くはいかないものである。
「また分岐ですね、元の琵琶湖を参考にするなら……こちらが中心に近そうですが……」
「うーん……でもまた行き止まりだね。サーヴァントさんたちの事を考えると、向こうから遠回りした方がいいのかなぁ？」
　リーの持つ地図を覗き込みながら、ルリナが悩ましげに首を傾げる。
　壁破壊の際にリィナが盾を作り自爆による被害を抑えてくれているお陰もあり、グラックも冬苺もまだ限界には遠いが、万が一の事を考えれば体力は温存するに越した事は無いだろう。
　ひとまず、遠回りする方角の道の様子を確認しようと動き出した、その瞬間だった。
「――悩む必要は、ありませんよ」
　不意に響く声。進もうとした道の先に姿を現したのは……一人の少女の姿――否、胸元に揺れるモザイク、ドリームイーターだ。
「あなた方はカンギ戦士団が一人、このクスィパスメノスによって、ここで果てるのですから」
　雪のように白いドレスを翻し、ドリームイーター、クスィパスメノスは手にした鍵をケルベロスたちに向ける。
　その姿に真っ先に反応したのは、柊だった。
「……あ、あなたは」
　脳裏に過るは、３年前の出来事。忘れる事は無い、家族を喪ったあの日。
「どちら様だったかしら？　今の私は、カンギ戦士団。残念だけれど、あなたの事は存じあげません」
　ですが。と続け、クスィパスメノスは差し向けた鍵をゆっくりと振るう。
「私に因縁をお持ちなら、存分に恨み、存分に憎んでいただいて結構です。その仇討ちの心もまた、強い矜持を生み出すでしょう」
　振るわれた鍵から放たれる、無数のモザイクの塊がケルベロスたちを襲う。
「皆さん、まずはここを切り抜けましょう」
　そのモザイクを掻い潜るようにして、ルイは竜砲弾をクスィパスメノスへ向けて放つ。
「２人のサーヴァントは壁抜けで消耗もしてるから、気を付けて……。敵の攻撃には、タナトスにも頑張ってもらうわ……」
　飛来するモザイクの塊を、アリスのサーヴァントであるタナトスが飛び出し受け止める。
　そして、その隙に竜砲弾の爆炎に紛れた攻性植物がクスィパスメノスに喰らいついた。
「安曇殿は敵に因縁ありか。ならば、わしらとて見逃すわけにはいかんな」
「おう！　ここできっちり仕留めて、そのままナンナまで突っ切るぜ！」
　ルルドの言う通り、ナンナを倒すならここで足止めを喰らってはいられない。
　高く跳躍するカルラに合わせ、一気に敵に詰め寄っていく。
「どれ、一つ曲芸を見せてやろう」
　舞い上がった硝煙を裂いて、頭上から降り注ぐは散弾の雨。
　そして、弾幕の切れ目を狙ってルルドの研ぎ澄まされた蹴撃がクスィパスメノスを貫いた。
「ふふ……仲間のために力を尽くす、とても立派です。……その心、欠片も残さず、いただきますわね」

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「柊、行けるか！」
「は、はい、大丈夫です！」
　飛び交うモザイクをルルドが身を挺して叩き落し、その隙に柊が反撃に打って出る。
「私も、みんなの事……守るから……！　怪我は、すぐ治すよ」
　戦場を包み込む妖艶でいて可憐な、不思議な香り。
　クスィパスメノスのモザイクが吐き出す瘴気を取り払うそれは、リィナが作ったものだ。
「助かります。では、攻撃はこちらが受け持ちます……！」
　傷を癒してすぐ、無骨な鉄塊を担ぎリーが飛び出した。
「援護します、後衛はお任せ下さい」
　そして、それを後方からルイが支援する。
　大きく振りかぶられたその重厚な鉄の塊は、破壊のために生み出された豪腕の一欠片。空気を切り裂くどころか、空気ごと押し潰す勢いで重量級の一撃が放たれる。
「さて、心を得た機械兵器。その空っぽの器には、一体どんな立派な心を植え付けたのです？」
　しかし、まるで軽やかに踊るような動作で、クスィパスメノスはリーの攻撃から逃れようとする。
「逃がさないよ！　ボクだって、戦えるんだから！」
　それを阻むもふもふの毛玉が一つ。ルリナの放ったファミリアだ。
　瞬間、退こうとしていたクスィパスメノスに鉄塊がぶち当たる。
　まるで放り投げられた人形のように吹き飛び、２回、３回と植物でできた床の上を転がる華奢な身体。
「好機じゃ、一気に畳み掛けるぞ！」
　ふらつく足を抑えながら、尚もクスィパスメノスが立ち上がり、鍵を構えた。
　だが、容易に反撃はさせまいと、カルラの銃弾が今一度降り注ぐ。
「……このまま、終わらせる……！」
　そして、最後の一撃をアリスが放とうとした、瞬間だった。
「――迂闊、ですよ」
　接近したアリスを穿つべく、クスィパスメノスは手にした鍵を彼女の胸元に向かって鋭く突き出す――しかし、その一撃は、アリスに届く事は無かった。
「っ、あなた、は……！」
　貫かれたのは、アリスではなく、咄嗟に前に出た柊。
　深々と突き刺さる激痛を堪えるように歯を噛み締め、柊は自らを貫く鍵を掴む。
「ぼ、僕は……仇討ちのためにあなたを倒すつもりは……無い、です」
　押さえられ、抜けない鍵にクスィパスメノスの表情に初めて陰りの色が浮かんだ。
「僕は……あの人の死が、悲しかった。……もう二度と、あんな悲しみが増えないためにも……！」
「えぇ、後は……任せて」
　動きの止まったクスィパスメノスの頭上を、燃え盛る蛇が襲い掛かる。
　否、それは、地獄の炎を纏ったアリスのケルベロスチェーンだった。
　叩き付けられた鎖は絡まり、熱と炎がその身を焦がし、魂を焼き尽くす。
「ぁ、あぁ！　……その、弱さの裏に張り付けた……心の強さ……それこそが……！」
　伸ばした手は言葉の半ばで燃え尽き、クスィパスメノスは塵となって消滅する。
「おやすみなさい……さようなら、ね。……柊さん、大丈夫？」
　その光景を見届け、アリスは小さく呟くのだった。
　最後に痛烈な一撃を浴びた柊だが、容体としては辛うじて踏み止まった、と言った具合である。
　リィナからヒールを受けつつ、ふらふらと何とか立ち上がるまでは回復できたようだ。
「ご、ごめんなさい、その……ありがとうございました。僕はまだ何とか大丈夫なので……えぇっと、先に進みましょう」
　いつも通りのおどおどした仕草。いつもの柊である。
　思うところはあるかもしれないが、今はまだ戦いの最中。考えるのは、それが終わった後だ。

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「しっかし、どんだけ広いんだよ、もうかれこれ３時間は歩いてるぜ」
「正確には……３時間と２０分ほど、ですね。例のミドガルズオルムの召喚はどうなっているのでしょうか」
　流石に疲弊の色が浮かぶルルドの声に、リーが冷静に返す。
　とは言え、流石に先ほどの戦闘もあって、他のケルベロスたちも疲れが隠せてはいなかった。
「ふぅむ、戦闘の騒音も聞こえなくなってきたようじゃな。と、すれば、そろそろ――」
　周囲に耳を澄ませながら、カルラが呟く。
　その瞬間、不意に大きな揺れがケルベロスたちを襲った。
「――うわわ！？」
　ぐらりと大きく形を崩す床の植物。転びそうになったルリナを咄嗟にカルラが支える。
「こ、これは……迷宮が崩れ始めてる！？」
　柊の言葉通り、床だけではなく、壁や天井、迷宮を形作っている植物たちが徐々に力を失ったように剥がれ、崩れ落ちてきているようだ。
「……じゃあ、誰かが……ナンナを？」
　この迷宮を維持しているのはナンナの力である筈。
　ならば、リィナの言う通り、誰かが成し遂げたと考えるのが妥当だろう。
「でも……このままだと……」
　アリスの声を遮るように、真横に人ひとりが丸ごと潰されそうな太さの大きな蔓の破片が落下し、轟音を立てる。
　迷宮が完全に崩れるのは時間の問題と思われる。
「皆さん、落ち着きましょう。ミドガルズオルムの召喚が阻止できたのなら、長居は無用です」
　次第に大きくなる揺れを前に、ルイは尚も平静に言葉を紡ぐ。
　幸い、マッピングや迷宮内に記したマーキングを頼りにすれば、帰りは然程苦労はしない筈だ。
　ルイの言葉に一同は何とか頷き、大急ぎで迷宮を後にする。
　――やがて、琵琶湖のほとりまで逃げ延びたケルベロスは、崩れて消滅していく迷宮を見届けるのだった。
　こうして、一つの大きな戦いは幕を下ろすのであった……。

作者：深淵どっと	重傷：なし 死亡：なし 暴走：なし
種類： 公開：2016年12月9日 難度：普通 参加：8人 結果：成功！
得票：格好よかった 1／感動した 0／素敵だった 2／キャラが大事にされていた 3
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