光明神域攻略戦～鬱蒼たる湖上の迷宮

■リプレイ

●深き迷宮
　琵琶湖北西部から植物迷宮内部へ侵入したケルベロス達は、実際に眼前にした迷宮の果てしなさに、眩暈を覚えずにはいられなかった。
「琵琶湖を迷宮にするなんて、光明神ナンナはどれだけの力を持っているのよ」
　アイリス・フィリス（アイリスシールド・e02148）はぼやきつつ、早速アイテムポケットからマーキング用のペンキを取り出す。
　弘前・仁王（魂のざわめき・e02120）は呑まれぬよう気を奮い立たせながら、手近な壁に軽く触れてみた。
「……やはり駄目ですね。隠された森の小路は使えないようです」
　膨大な植物が固く組み合わさった壁や床は、正規の手順以外での攻略を受け付けないようだ。
「こっちも駄目だねぇ。他の班と連絡取れれば色々らくちんだったんだろうけど、まぁ無理だよねぇ」
　ガロンド・エクシャメル（愚者の黄金・e09925）は電波を受け取らないスマホをしまい、気を取り直して蛍光スプレーに持ち替えた。
「とりあえず、入り口には『糸』を繋げておきますわね」
　烏夜小路・華檻（お食事処のアルバイト・e00420）は抜かりなくアリアドネの糸を発動し、脱出路を確保しておく。
「これは……相当な手間になりそうっすね……」
　黒岩・白（ドワーフの犬巫女・e28474）は頑張りたくなさそうにぼやきつつも、準備は万端。透明なフィルムシートで保護した琵琶湖周辺の地図を、首から下げた画板に乗せて、手書きで地道なマッピングをしていく姿勢だ。……小さな体に画板を下げた姿は、ともすれば小学生に見えないでもない。
　各々に迷宮攻略の準備を固める仲間達に、忙しなく視線を泳がせるのは、探索周りの仕事がない一恋・二葉（暴君カリギュラ・e00018）。
「ふ、二葉はこーいう小細工必要ね～ですからね、た、頼んだぞ、です！」
　脳裏に浮かんだ無能の烙印を振り払うように、警戒に努めねばと気合いを入れる。
　その横で、黒須・レイン（快晴の雨・e15710）が、夜目を見開きながら静かに面を上げた。
「なにやら企んでいる奴らがいるようだが、思い通りにはさせぬよ。……奴がいるとなれば、なおさらな」
　その装いは、普段の船長服とはあまりにも違う。
　何かを決意したかのような、白いワンピースだった。

●容易ならざる探索
　ケルベロス達は警戒を欠かさず、夜目や懐中電灯を駆使して奥へと進んだ。
「考えてみりゃ植物迷宮なんですから、こー、蒸すに決まってんだよな……です」
　先陣を切ってガンガン進む二葉が、ぐったり気味にぼやいた。
　迷宮内部の構造は、ひどく入り組んでいて、統一性がなかった。通路の広さも天井の高さも、所によってまちまちで、そのうえ多重の階層を成している。下に抜ける穴があれば、上に伸びた蔦を登らなければならない場所もあり、ただの緩やかな傾斜かと思っていたらいつの間にか違う階層に出ていた、なんて事もしばしば。
　上下移動が激しく、構造が非常に把握しづらい。マッピングは難航を極めた。
「……もっと楽な方法は無いっスかね？」
　始終地図とにらめっこしている白は、だいぶ神経に来ている様子だ。
「頑張りましょう。今のところ順調に回れているはずですわ。……女神の美貌、一目この目で見て――いえ、いっそこの手で触れてみたいものですわねぇ」
　横からマッピングの手伝いをしながら、華檻が性癖全開でうっとりと呟く。
　ケルベロス達は琵琶湖中央を目指した。分岐のたびに、スプレーやペンキで進行方向に矢印と『Ｈ』の文字を、迷宮に直接マーキングしていく。行き止まりの分岐には『×』マーク。アリアドネの糸と合わせて、探索の重複を確実に避けていく方針である。マッピング組の頑張りのおかげで、スーパーＧＰＳもかなり正確に機能しているようだ。
　奇襲に神経を尖らせながらの探索の中、とりわけ痛いほどの緊張感を漂わせているのが、レインだった。
（「もう二度と、奴に遅れを取るものか」）
　悲愴すら感じる覚悟の気配を、仲間達も敏感に嗅ぎつけていた。
（「黒須さん……服装もそうだけど、雰囲気もいつもと違うな」）
　マッピングに集中する面々に、足元の注意喚起やフォローをこなしながら、仁王はその様子を気に掛ける。
（「いつもの笑顔もどや顔もなければ、海賊船長ウインドも吹かせてこない……本当に余裕がないんだ」）
　不肖の弟子を自認するガロンドは、小さく吐息を落とすと、ぐっと顔を上げて前を向いた。
（「でも、せんちょーでもせんちょーじゃなくても。関係ないかな」）
　師匠の敵の策略は、自分が潰さねば。悪意には悪意、蛇の道は蛇。迷宮を探索する側になるのは不慣れだったが、ここで気張らねば弟子がすたるというもの。
　縦にも横にも広々とした通路に出たところで、夜目を駆使して視界を警戒していた白銀・ミリア（ピストルスター・e11509）はレインの隣に並んで、ずばり訊ねた。
「なんかいつもと格好違くないか？　レイン」
「だよね。そのワンピースどうしたの？」
　同じくアイリスも、親しい仲の遠慮のなさで踏み込んでいく。
　レインは、微苦笑を返す。
「形見なんだ」
　ワンピースは、母の。刀と斧は、父の。
　ミリアとアイリスが思わず言葉を失った――その時。
　華檻が音を、ガロンドが気配を、確かに捉えた。
「「後ろ！！」」
　二人同時の注意喚起に、皆が反射的に飛び退いた通路中央を、高速の物体が駆け抜けた。
　ケルベロス達の優れた動体視力が捉えたものは――嘲笑うような、薔薇飾りの仮面。
　レインの顔色が、明確に変わる。
「あぁら、避けちゃったんですかぁ？」
　くすくすと、愉快げな笑い声。皆が一斉に振り返る。
　踏破したばかりの後方には、大きな薔薇とフリルをふんだんにあしらったドレス姿の女性が、サディスティックな笑みを浮かべていた。

●『仮面屋』ネスティ
　探索開始から、一時間にもなるかという頃合いの遭遇だった。
「……レインちゃんがずっと気にしてたの、あの人？」
　突如現れた敵から目を離さぬまま、アイリスは妹分に問いかけた。
　レインはぎりりと歯を食いしばり、そして吼えた。
「ああ、そうだ……だから私はここに来た！　この服を着て！」
　常になく冷静に努めていたはずの声音が、あっけなく沸点を振り切っていた。
　薔薇の女は怪訝そうに片眉を上げたが、すぐに満面の笑みで塗り替えた。作法に則った仕草でドレスの裾をつまみ、慇懃なお辞儀をしてみせる。
「カンギ戦士団、螺旋忍軍ネスティ。光明神ナンナ様の御膝元を侵す無法者の殲滅の為、推参いたしました」
　再び上げられた顔は、明らかにケルベロス達を見下している、歪んだ笑顔。
「だから、しーね♪」
　ネスティの立つ迷宮の床の植物が、どくりと胎動した。
　流動は瞬く間にケルベロス達の足元にまで至る。激しいうねりの表面に、無数の白い仮面が現れる。喜・怒・哀・楽……一つとして同じ表情はなく、それら全てに色違いの薔薇飾りが添えられている。
　うねりは隊列の後方に回り込み、一息に後衛を呑み込んだ。無数の仮面と植物の波がケルベロス達の全身に纏いつき、催眠効果で蝕んでいく。
「――加護の光よ！」
　波間に、仁王の声が凛然と響いた。黄金の果実の輝きが、うねりを押しのけ、ケルベロス達に張り付いた仮面を引きはがしていく。
「この程度の攻撃で、私を倒せるなんて思わないでね」
　耐久自慢のアイリスも、平然とした顔で敵をまっすぐに見据えながら、紙兵をばら撒いた。そしてちらりと、妹分の様子を盗み見る。
（「レインちゃん、思い詰めてなきゃいいけど」）
　事実、レインは因縁の宿敵を前に、平静ではいられなかった。
「『仮面屋』！　この日を待ちわびたぞ！」
　激しい言葉を叩きつけながらのスピニングドワーフ。
「いまが弟子としての正念場だ！」
　続けざま、肚を決めたガロンドのフォートレスキャノンが敵に殺到する。
「親友の宿敵が相手となれば、気合いが入らないわけがないぜ。それがダチってもんだ！」
　押し込まれる形で軽く退いたネスティを、ミリアの旋刃脚が鋭く強襲する。
「なかなか麗しいお嬢さんですこと。存分に戦いを楽しみましょう……？」
　華檻がお色気たっぷりにネスティに抱きつき、その顔に、フィルムスーツに包まれた豊満な胸をぎゅうぎゅうに押し付けた。
「お巡りさんらしく、縁の下の力持ちと行きますか」
　白は淡々と攻撃を叩き込みつつ、盾役として被害を減らす事に専念する。
　猛攻を次々と浴びながらも、ネスティの足取りはステップを踏むように軽やかだった。
「あぁ、素敵な痛みです……今度は私の番」
　人を食ったような忍び笑い。その手に持つのは、白い薔薇飾りの、貌の無い仮面。
　無造作に投げられた仮面は、避ける間もなくレインの顔に吸い付いた。その瞬間、仮面と薔薇飾りがどす黒い憎悪に染め上げられる。
「……！！」
　レインの脳裏を侵食するのは、過去の情景。途方もない喪失に打ちひしがれた、あの日の――、
「――師匠！！」
「レインちゃん！！」
　ガロンドとアイリスの叫びが、トラウマを切り裂いた。
　ミミックのアドウィクスのエクトプラズムと、気力溜めのオーラに包まれて、漆黒の仮面は砕け散った。呆然と目を瞬くレイン。
　ネスティはけたけたと、ひどく愉しげに嗤う。
「すごぉい、真っ黒！　こんな感情の爆発、滅多に見られるものじゃないですよぉ！　貴女、一体『私』とどんな因縁なんでしょうね？　まぁ知る必要もないのですけれど」
　因縁など知らぬとばかり、まるで他人事めいた言いぐさだ。
　武具に炎を纏わせながら、二葉が苦々しく眉根を寄せた。
「たぶん、同じだ……です。攻性植物の宿主にされた人達と……」
「侵略寄生って奴っすか」
　白もエクスカリバールで構えを取りつつ、過去の事例を思い出して呟く。
　人間を対象にした、攻性植物の侵略寄生は何例か確認されている。寄生された宿主の性質、知識や記憶の一部は残るが、そこに宿る人格は、厳密には別人のようだった。
　ネスティの口許が、意地悪く吊り上がる。
「そう、今の私はカンギ戦士団が一員。私に覚えがないという事は、カンギ様の御為、戦う為に不要な記憶という事。……ずいぶん意気込んできてくださったみたいですけれど、残念でしたねぇ！」
　サディスティックに耳障りな哄笑が、迷宮内を反響した。

●因縁に終結を
　……が、悦に入るネスティの衣服の一部を、アームドフォートの砲撃が唐突に破り取った。肩から鎖骨にかけて、白い肌が大胆に露わになる。
「ああん、もっと破って差し上げたいわ！」
　しでかしたのは、もちろん華檻。物理演算の余韻を纏わせながら、ぞくぞくと身悶えている。肩の関節を抑えるネスティの顔が、若干引きつった。
　ミリアは怒らせていた肩からふっと力を抜き、レインを振り返った。
「記憶があろうがなかろうが、元は間違いなくお前の宿敵だろう。想いをぶつけてやれ、後ろはあたし達がカバーする」
「……ああ！」
　力強く、レインは頷き返した。
　攻防が再開された。
　戦いは一進一退だった。仮面を駆使し、感情の爆発を誘引するネスティの戦術は厄介極まりない。ケルベロス達は逐一治癒を欠かさず、とにかく手数で押して対応していった。
　徐々に徐々に、戦況はケルベロスの優勢へと傾く。装甲を破られ、足を取られ、ネスティの動きに、もはや軽やかさは感じられない。しかし憎まれ口は健在だった。
「なんて非合理なんでしょう。たかだか過去の遺恨でこんな迷宮くんだりまで。これだからヒステリックな女性は見苦し――」
「レインの何がわかるってんだ―――こいつの覚悟も、優しさも、何も知らないてめぇがくだらない言葉をかけてんじゃねぇ！！！！」
　ミリアはありったけの怒りを籠め、破壊を具現化した砲撃を放つ。
「不肖の弟子の、汚名返上だ！」
　ガロンドがアドウィクスと共に飛び出した。具現化した武具と鋭い稲妻突きが正面から直撃する。
「独りで踊っていなさい！」
　相棒たるボクスドラゴンのブレスで注意を引いた仁王は、視線に降魔の力を籠めて、『虚構の敵』の幻覚をネスティに注ぎ込む。
「夢か現か、この斬撃見切れるっスか！？」
　白が振るうのは、狐の精霊を憑依させたナイフ。青い炎を纏う刀身が敵を斬り払い、炎が惑わせるが如く揺らぐ。
　自慢のドレスをぼろぼろにされてなお、ネスティはサディスティックな態度を崩さない。むしろ翻して、マゾヒスティックですらある。
「ふふふ……あははははは！　なんて喜ばしいのでしょう！　カンギ様の御為、死力を尽くすこの幸福！」
　ネスティが一枚の仮面を弄ぶと、紅い薔薇飾りが急速に巨大化し、大輪を咲かせた。
　花弁の中央から、極太の光線が放たれる。レインを狙ったそれは、すんでで立ちはだかった二葉によって、がっちりと受け止められた。
「おら、ここは二葉に任せて、お前は決めちまえ、です！」
「今だよレインちゃん！！」
　アイリスも禁縄禁縛呪でネスティをがんじがらめにしながら、レインを促す。
　レインは少し顎を引くと、ありがとう、と声にならない言葉を落として、祖父から受け継いだ巨大な十字架を構えた。
「お前は、私の全力で叩き潰す！」
　迷宮の床を駆け、ネスティへ肉薄する。
　ネスティに存分に絡みつき色々押し付けていた華檻は、その姿を見て笑みを浮かべると、譲るように退いた。
　視界が開けた瞬間、ネスティが見たのは、巨大十字の先端、砲弾射出口。
　絶叫は、零距離の砲撃にかき消される。
　……全てが終わり、消失していくネスティの躯の上に、十字架は墓標の如く佇んでいた。

「よっし、ヒールするぞ、です！」
　二葉が地獄化した右目から涙を流して、ボクスドラゴンの蒼海石と共に治癒を施していく。
　迷宮の規模からして、他部隊に合流するのは難しそうだ。とにかく中央を目指すべきだろう、とケルベロス達は方針を決めた。
「お疲れ様でした。船長」
　ネスティの残骸を見下ろし、ぼんやりとしたままのレインに気づき、仁王が穏やかに言葉をかけた。
「前を向こうぜ。その方が、きっとレインらしい」
　ミリアは親友へ、シンプルな励ましを送った。
　レインは小さく息をつき、顔を上げ、いつものように快活に笑った。
「……ああ。そうだな！」
　船長の復活だ。

　その後探索を再開して、三時間以上が過ぎた頃。
　迷宮の崩壊が始まった。
　光明神ナンナが、他の部隊によって撃破されたのだ。
　事態を悟り、ケルベロス達は迷わず来た道を引き返した。崩壊寸前の植物迷宮は、グラビティで簡単に破壊できるようになっており、アリアドネの糸の導く方向へ逃げ延びるのはあっという間だった。
　脱出と同時に、出入り口は崩壊。巨大な迷宮も、音を立てて順次崩れ落ちていく。
　それは、ケルベロス達の勝利により、樹蛇ミドガルズオルムの召喚が阻止された事を意味していた。

作者：そらばる	重傷：なし 死亡：なし 暴走：なし
種類： 公開：2016年12月9日 難度：普通 参加：8人 結果：成功！
得票：格好よかった 5／感動した 0／素敵だった 0／キャラが大事にされていた 0
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