●淡路島上空
「ここが淡路島、ナンナが担当する琵琶湖と対となる美しい島ですね。さっそく、私の『超召喚能力』を見せるとしましょう」
光明神バルドルが、手にした頭骨型の魔具を掲げると、淡路島全土を覆う植物の迷宮が生み出されていく。
それを満足そうに見やったバルドルは、彼の護衛として付き従っていた、カンギ戦士団の面々に信頼の視線を向けると、軽く一礼する。
「では、私はこの中で、『ミドガルズオルム』の召喚を行います。皆さんには、私の身を守る警護をお願いしますね」
そう言われた、カンギ戦士団の戦士達……ダモクレス、エインヘリアル、シャイターン、竜牙兵、ドラグナー、ドラゴンといった多種多様なデウスエクス達が、その信頼に応えるように胸を叩いた。
「任せて貰おう。我らカンギ戦士団、生まれも種族も違えども、確かな絆があるのだから」
光明神バルドルが迷宮に入ると、それに続いて、カンギ戦士団の戦士たちも迷宮へと歩を進める。
全ては、彼らの主たるカンギの為に。
「ハロウィンの攻性植物事件を起こしたカンギとその軍勢の手によって、淡路島と琵琶湖が植物に覆われた」
フィリップ・デッカード(レプリカントのヘリオライダー・en0144)は重い口調で切り出した。淡路島と琵琶湖は急激に繁茂した植物の手によって迷宮に変えられつつある。
「連中はそこでミドガルズオルムを召喚するのが狙いらしい」
ミドガルズオルム。攻性植物の頂点に位置するそれは、アスガルド神二柱によって召喚される、いかなる方法でも破壊出来ない無敵の存在。万一召喚されてしまえば、攻性植物の敗北は無くなる。一年後か百年、一千年。いつかは分からないが、地球の侵略が果たされることは間違いない。
「召喚が果たされる前に、迷宮に潜り込んで神のどちらか一柱でも撃破しなければならねぇ。だが、問題はカンギとその配下が守りを固めている」
カンギの配下たちはいずれも精鋭。固い契りを結び、それに背くことは無く、強敵であることに違いは無い。
フィリップは説明を続ける。彼の送り届けるケルベロス達は、淡路島の植物迷宮に降り立つことになっている。
迷宮の中は広大でも、植物程度ならば、ケルベロスの攻撃で切り開き、強引なショートカットだって出来るはずだ――それが普通のものであればという条件がつくが。
「迷宮の壁や床は、普通のものじゃねえ。破壊すれば自爆してくる。一撃一撃は大したことないが、無暗に壊して回って消耗するのも得策じゃねぇ……迷宮自体もバカみたいに広い。チームごとに探索を始める地点や調べる地域を手分けした方がいいかもな」
さらに、迷宮の中にはカンギの配下のデウスエクスがいる。侵入者を攻撃してくることは容易に想像がつく。フィリップは指を折りながら、今回の仕事を数える。
「敵のデウスエクスを倒し、迷宮を踏破し、アスガルド神を潰す。少しばかり仕事は多い。ほかのチームと協力するのも悪くない」
淡路島の迷宮にいる『光明神バルドル』を撃破すれば、迷宮は崩壊し、デウスエクスたちも撤退する。作戦は困難だが、1チームだけのものではない。
「樹蛇ミドガルズオルムは、言ってみれば攻性植物のエースだ。だからこそ、そいつを潰せれば俺たちの勝利に大きく近付くはずだ。やってやろうぜ。お前たちはジョーカーだ」
フィリップは不敵な笑みを浮かべる。ヘリオンはとうに温めてある。あとは、飛び立つだけだ。
参加者 | |
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月宮・朔耶(天狼の黒魔女・e00132) |
ヴォルフ・フェアレーター(闇狼・e00354) |
四乃森・沙雪(陰陽師・e00645) |
加賀・マキナ(灰燼に帰す・e00837) |
コクマ・シヴァルス(ドヴェルグの賢者・e04813) |
天宮・陽斗(天陽の葬爪・e09873) |
ソル・レヴィル(ヴィツィオ・e22341) |
西城・静馬(創象者・e31364) |
●歪な迷宮
攻性植物たちによって覆われた淡路島は、控えめに表現してもかつての面影を残してはいなかった。鬱蒼と茂る植物たちのせいで、迷宮の中はどこか蒸している。
「こうも生い茂ってると、流石に空からは見えないかな」
「ヘリオンの眺めから、薄々分かってただろ。ま、やることに変わりはねぇだろ」
加賀・マキナ(灰燼に帰す・e00837)の呟きに、天宮・陽斗(天陽の葬爪・e09873)は軽く肩を竦めて答える。ケルベロス達は紀伊水道の沿岸に降り立ち、迷宮と化した淡路島の中を進んでいる。かつて海岸だったであろう場所は見る影もない。
「しかし、ここまで変わり果てれば、どこまで地図が通用するか」
コクマ・シヴァルス(ドヴェルグの賢者・e04813)は折りたたんだ地図をぱらりと広げる。スーパーGPSのために現在地の大まかな場所の見当はついている。事前にどのルートを通るか、どこを中継していくかを決めていたことは大きい。少なくとも、短期的な目標地点を定めるだけでも動きやすくなる。
それでも、迷宮の探索は困難なものであることに違いは無い。
迷宮はアトラクションの迷路のように平面では無い。場所によっては複数の階層が作られ、あちこちに行き止まりや同じ場所に戻ってくるように道が作られている。なだらかな坂道を登っていたと思えば気が付くと階層の異なる場所に辿り着いていることも一度だけでは無い。
時折、行き止まりにしびれを切らして、ソル・レヴィル(ヴィツィオ・e22341)が「どけ」と言わんばかりにくいくいとくっつけた中指、人差し指を曲げる。それでも、植物が動く様子はない。青年は少しだけ歯を食いしばり、後ろの西城・静馬(創象者・e31364)を見る。時折片目を閉じてみるが、静かに首を横に振るだけだった。舌打ちをするソルを、苦笑交じりに四乃森・沙雪(陰陽師・e00645)がなだめすかしている。
ケルベロス達の探索が続く中、一人の少女が立ち止った。
「……向こう、風の流れが少し違う。空洞かなにか、あるかもな」
月宮・朔耶(天狼の黒魔女・e00132)は声をひそめてケルベロス達に呼びかける。森の里で育ったためか、微かな変化にも敏感だった。
朔耶の予測通り、壁こそ続いているが床が途中で抜けているのか、大きな穴が開いている。ダムの真上なのだろうか、底にはヒスイ色の水が見える。
「こりゃ、ちっと厳しいかもな。崖ならともかく、ちとコントロールが難しそうだ」
「貸してくれ。俺がどうにかする」
鉤のついたロープと向こう岸を交互に見る陽斗の様子にヴォルフ・フェアレーター(闇狼・e00354)がロープの端を取る。陽斗が意図を察して、鍵を縁にひっかける。それを確認したところで、ヴォルフは一気に跳躍。器用に壁を歩きながら岸へ渡る。
「俺の義兄ながら、やるのう」
朔耶がニヤリと笑い、ロープを渡る彼女に、ケルベロスが続いた。
●カンギの僕
向こう岸に渡った後も、迷宮は続く。たっぷり一時間ほど探索したところで、ケルベロス達は開けた場所へと出た。ちょっとしたドーム状になっている。
「気を付けて、何か来ます」
「ここにいるのは、ケルベロスかデウスエクス。この広い場所で鉢合うとするなら……」
静馬が隠密を解いて身構える。それは、他のケルベロスも同じだ。ぴりぴりとした殺気にも似た気配が近付いて来る。場所が場所の為、やり過ごすことも出来ない。沙雪が言うまでも無く、全員がその正体に気が付いた。マキナが、息を呑んだ。
「ぁ……」
どこか超然とした少女の身体がぴくりと跳ねた。言い知れない恐怖に直面したように、全身に汗がにじむ。
「神聖なる場所に、小賢しい害虫が紛れ込んだようですね」
竜の咢にも似た花弁に包まれた女性の姿がそこにある。それは、ケルベロスの言うところのドラグナーに近い。けれども、それが信仰の対象としているものが違うことにコクマは気付いた。
「哀れなヤツよのう……植物風情に脳を侵されたか」
「私はカンギ騎士団の一員トリシューラ。これより先に進ませるわけにはいかない」
トリシューラのどこか陶然とした言葉に、ソルが怒鳴り返し、ちろりと舌を舐めた。
「テメェらの都合なんざ知ったことじゃねぇよ。まあ前座にゃちょうどいい……叩き潰す」
「選べ。そこを退くか、死ぬか!」
答えを聞く間もなく、ヴォルフは一気にトリシューラの懐へ飛び込み、神速の拳を叩き付ける。
「義兄に遅れを取るな。行くぞ! 絡め捕る!」
朔耶が続けざまに攻性植物を伸ばす。鞭のようにしなる蔓がトリシューラの腕に絡みつく。その動きが鈍ったタイミングを見て、リキの瞳が輝き、ドラグナーの身を激しく焦がす。
「陰陽道四乃森流、四乃森沙雪。参ります」
沙雪が腰を落とし、左手で刀印を結び、神霊剣・天の刀身をなぞる。敵陣深くにいたとしても、代々受け継がれる霊剣の持つ様々な重さに比べればどうということはない。
「神速の突き、見切れると思うな」
弓のように引き付けた構えから、沙雪が一閃。すれ違いざまに鋭い突きを繰り出し、トリシューラを覆う表皮を切り裂いた。
「ドラグナーまでお出迎えか、豪勢なこって……だが、下っ端はお呼びじゃねぇよ!」
陽斗はバックステップで間合いを取りつつ、構えた砲身から次々と弾丸を放つ。空中で炸裂するそれが、トリシューラの身動きを鈍らせる。
「なるほど。ここまで来るだけあります」
「き、気を付けて! ドラグナーだけど、多分見てくれ通りに……」
「言わずとも分かっておる! 手管まで植物風情に堕ちたとは救いがたい!」
マキナの警告に一瞬遅れて、トリシューラの頭に咲く竜の花が、咢を開いて襲い掛かる。コクマがそれをしのぎ、小柄な体躯を活かして全身を砲弾代わりにぶつかって弾き飛ばす。
「ぅ……」
マキナもがむしゃらながら攻撃に加わる。御業で動きを制限しつつ、チェーンソーを振り回す。けれども、その攻撃は誰が見ても精彩を欠いている。
「力に支配されし愚者よ…悪夢はここで幕引きだ」
迷宮の探索の時と雰囲気の異なる静馬が両手を握り締める。ヴンという軌道音と共に袖が弾け、白い機械腕が露わになる。その腕が唸りを上げ、高速で回転。正確無比に急所を狙い、肉を削り取るような鋭いラッシュを加え、理想的なヒット&アウェイで翻弄する。
「散々歩き回らされてこちとら虫の居所が悪ィんだ。捌け口になってもらうぜ!」
両脚から燃え盛る地獄の炎が噴き上がる。獰猛に笑うほど、その炎は強さを増す。両脚に集中した地獄の炎で一気にソルは加速。ほとんど一瞬で間合いを詰めた所で強引に捻じ込むような拳や蹴撃。ストリートのケンカを思わせるラフファイトは静馬のそれとは正反対の荒々しいものだった。
●三叉の緑竜
ケルベロスとトリシューラの攻防は続く。一進一退ではあるが、形勢としてはケルベロス達に微かに有利に傾いている。
「なかなか、やりますね……ですが」
トリシューラの左右にうねる蔓が、迷宮の床に沈む。
「気を付けろ、ヤバいのが来る!」
朔耶の警告と同時に地面が激しくうねる。足元を絡め捕るように形を変え、前に立つケルベロス達を飲み込もうとする。彼女の警告に素早く反応したコクマが沙雪を、リキがヴォルフを突き飛ばし、その範囲から逃がした。無数に蠢く蔓が、花弁が、枝葉が一人と一匹を激しく切り裂く。
「リキっ!」
サーヴァントに駆け寄ろうとした瞬間、その刃がマキナを襲う。オルトロスの目には怪しげな光が微かに宿って、そして消えていく。
「よそ見をしている場合ですか?」
トリシューラの放つ気の弾丸が、怯む少女に直撃して、小柄な体が吹き飛ばされる。
「っうう……ぁ……」
焼けるような痛みに呻きながら、マキナは自分の傷を癒そうとする。
その様子を見て、トリシューラは嘲るように嗤う。怨敵であるケルベロスがまるで童のように怯え竦み、迷っている光景は、この上ない楽しみなのだろう。
マキナの眼に浮かぶものが、恐怖から捨て鉢の狂気に変わりつつあった。
「よそ見、とはな……そいつは、こちらの台詞だ」
「我が一刀は空を断つ!」
ヴォルフが、義妹のサーヴァントが世話になった礼とばかりに稲妻を纏う斬撃を浴びせかける。間髪入れず、沙雪はヴォルフの斬撃の痕目がけて素早く切り裂き、返す刀でトリシューラの触手の一本を断ち切った。
「リキに変なことさせやがって、ツケは高くつくからな! 行けっ!」
朔耶が吠える。彼女のファミリアであるフクロウが掌に乗る。朔耶が魔力を限界まで込めて射出。不規則な軌道を描く弾丸となってトリシューラを打ちすえる。
「この程度で勝ったつもりとは、わしらも見くびられたものだな!」
隆起する植物から逃れ、コクマが跳躍。フクロウに惑わされている意識の外から、不意討ちとばかりに落下の勢いを乗せた重い一撃を叩き付ける。
「奴を殴って砕けねぇのは癪だが、手は抜かねぇよ。もう少し気張れよ、お前ら!」
被弾の重なるリキやコクマ。彼らを鼓舞するように陽斗は華やかな爆発で背中を押す。ここが単なる通過点である以上、ここで力尽きることがあってはならない。
●失われしシャクティ
「好機。傀儡よ……己が胸に封じ込めし悔恨に惑え」
「ぐっ……私は、ハイドラ……いや、カンギ騎士団の……」
体勢を崩したトリシューラの隙を逃さず、静馬が白亜の機械腕で掌底を叩き込む。傷口に押し付けられた掌から注入されるナノマシンがトリシューラの体内を汚染し、神経を内部からズタズタに引き裂かんとする。
「幸せな夢見てるとこ悪ィが、眼ェ覚ませや!」
ソルは両手の拳に宿した炎で、激しくトリシューラを殴り続ける。おまけとばかりにもう一方の触手を握り締め、焼き焦がして引き千切って放り捨てる。
「おのれ……これ以上、好きにはさせん!」
残った竜の咢から放たれるブレス。それに吹き飛ばされまいとコクマは鉄塊剣を構えて、盾がわりにして食いしばる。
「この島を好き放題しているのは貴様らであろうに!」
ブレスが絶えた瞬間を見て、コクマは剣に水晶の刃を纏わせる。無骨な鉄塊が輝き、敵を押しつぶす鈍器から巨大な刃へと変貌する。
「我が刃に宿るは光<スキン>を喰らいし魔狼の牙!その牙が齎すは光亡き夜の訪れなり!」
刃での鋭い一閃。すかさずヴォルフが追撃に加わる。仄暗い霧が浮かび上がり、振り払おうとするトリシューラを包んで蝕んでゆく。
「天狼よ、奴を引き裂け!」
朔耶が唱える御業が、翼の生えた獣を喚ぶ。それの繰り出す雷撃がトリシューラを激しく打つ。
「これで終わらせる……鬼魔駆逐、破邪、建御雷!臨・兵・闘・者・皆・陣・列・在・前!」
沙雪の結ぶ印の動き。その数ごとに、指先に輝きが増す。四縦五横の印を結び終えた時には、指先には眩い刃が宿っていた。
雷撃に、無数に受けた斬撃にうなだれるトリシューラ。その竜の眼を彼は貫いた。激しくドラグナーが痙攣する。
「カンギ様、お許し――」
「ごちゃごちゃ、うっせえよ」
トリシューラの言葉は、最後まで続かなかった。その顔に、ソルの鋭い蹴りが叩き込まれたからだ。唾を吐き捨て、ケルベロス達は物言わぬ骸となったそれから背中を向けた。
沙雪がぱちんと指を鳴らす。それが区切りだと言うように、ケルベロス達の纏う殺気がいくぶんか和らいだ。
「……大丈夫?」
「その言葉、そのまま返すよ」
遠慮がちにケルベロス達に向けられたマキナの言葉に、静馬は困ったような笑みを返した。そこには、先程の戦闘の時のような冷淡さは無い。
「さてと、探索をやり直すとして……ん?」
申し訳層にうなだれるリキを撫でながら、朔耶はゆっくりと立ちあがる。そこで、地面が揺れ始めていることに気が付いた。
絡み合った植物の床が、徐々にほつれ、枯れ始めているのだ。そのスピードは決して速くはないが、確実に進んでいる。
「おい、ここ、壊れはじめてねぇか?」
「恐らくは。他のケルベロスが、バルドルを討ったのでしょう」
首を傾げる陽斗に、静馬が冷静な答えを返す。それを聞いた陽斗は軽く顔に手を当てる。そういった心持なのは彼だけでは無かった。
「先を越されたってことか。獲物を取られちまったか」
「どちらにせよ、仕事は達成だ」
ソルががしがしと頭をかきながら、犬歯を剥き出にして唸っている。その一方でヴォルフはすでに終わったことだと割り切っている。気持ちの整理の付け方は、様々だった。
「それじゃあ、帰るとしようか」
「ああ。コクマ君、案内を頼めるかな」
「任された。こっちだ、あまり時間は無い。多少近道もせねばな……流石に、爆発することはないだろう」
静馬の言葉。そして沙雪の言葉を聞くまでも無くコクマは地図を広げていた。
ケルベロスは踵を返して、迷宮の外へ脱出を図る。
マキナはボロボロになった体を抱くようにして、その最後尾についた。一度だけ、彼女は倒れ伏したトリシューラを見る。なぜ、あれほどの恐怖を抱いたのか、その理由も分からないままだった。
作者:文月遼 |
重傷:加賀・マキナ(灰燼に帰す・e00837) 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
公開:2016年12月9日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 2/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 4
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