そらをおよぐさかな

作者:ふじもりみきや

 鎌倉市の中でも海に近い交差点。
 昼間はそこそこ人通りも見えるが、深夜となれば家の明かりも消え、ひっそりと静まりかえっていた。……其処に、
 ふわり……と、巨大な影が翻った。数は三つ。大きさはおよそ2メートルほど。そして青白い光を発していた。一目見て、普通の魚ではないと誰でも気付くことが出来るだろう。
 ひらひらと尾を翻し、怪魚たちは空を泳ぐ。しんと静まりかえった交差点で、遠くに波の音を聞きながら。魚たちは本来いるべき筈ではないその空中で身を翻す。
 ……ふと。
 その泳ぎ回る軌跡が、まるで魔法陣のように浮かび上がった。そしてその中心に、新たな影が現れる。
 ……それは魚ではなく、人の形。
 ヴァルキュリアの一体に似ていて、槍を傾けていた。
 けれどもその姿は似ているけれど、肩を落とし背中を丸め、何処か獣のような雰囲気を醸し出している。
 顔を上げる、その目に光はない。ただうつろな目で彼女は槍を手に、ゆっくりと一歩踏み出した。
 ●
「嫌な予感が、どうやら現実になったみたいだな」
 アルトゥーロ・リゲルトーラス(エスコルピオン・e00937)が思わず呟いた。
「鎌倉奪還戦が行われた鎌倉市で、死神の活動が確認された。……と言っても、かなり下級の死神で相手は知性を持たない……って、ことだったな?」
 彼の言葉に、へリオライダーのセリカも、小さく頷く。そこから話を引き継いだ。
「死神達は、倉奪還戦で死亡したデウスエクスを、変異強化した上でサルベージし、戦力として持ち帰ろうとしているようです。……鎌倉奪還背での作戦の失敗を少しでも補おうということかもしれませんが、それを黙って放っておく訳にはいきませんよね。ですので、死神達が出現する場所に、急いで向かってください」
 そう言って、セリカは簡単に死神の能力を説明する。彼等は主に噛みつくことで攻撃するようで、
 そして、蘇ったヴァルキュリアは槍を手に戦うのだとそう言った。
「死神が出現する予定の地域には、既に避難勧告が出ています。なので、周囲は気にせず戦ってください」
「あぁ。有り難いな」
 セリカの言葉にアルトゥーロは、
「折角寝てた所を、起こされたってヴァルキュリアの方も困るだろう。蘇った方には知性もなけりゃ話をすることも出来ないみたいだし……。ここは一つ、楽にしてやろうぜ」
 そう、一つ頷いて話を締めくくった。


参加者
レーグル・ノルベルト(ダーヴィド・e00079)
キサナ・ドゥ(デビルズファニング・e01283)
ツヴァイ・バーデ(マルチエンド・e01661)
シスネ・ガリアル(船医見習い・e02060)
天蓼・テオドシウス(勇なき獅子・e04004)
御影・傀(赫く穢れた傷だらけの人鬼・e05117)
九条・櫻子(地球人の刀剣士・e05690)
イリア・アプルプシオ(機械仕掛けの旋律・e11990)

■リプレイ

 波の音が聞こえる。
 真夏の昼間はとんでもなく混雑する鎌倉の海も、今は人の気配無くしんと静まりかえっていた。……そして其処に彼女達はいた。
 三匹の巨大な魚と、ヴァルキュリア。ヴァルキュリアの目には光が無く、獣のように身を屈める姿は死者であることを表していた。
「死人……か」
 ぽつんとレーグル・ノルベルト(ダーヴィド・e00079)が呟いた。その言葉に御影・傀(赫く穢れた傷だらけの人鬼・e05117)も肩を竦める。
「普段運命を弄んでいるヤツが、自分の死を弄ばれる気分ってのは。どんなもんなんだろうねぇ」
 呟いても、死んだこともないから答えが出るわけでもない。し、彼等の考えを理解したいとも思わない。奪い、奪われるだけの関係なのだから。だから傀は眼を細めた。
「……さて」
 傀の言葉にイリア・アプルプシオ(機械仕掛けの旋律・e11990)は頷く。合図フォンでの連絡は終わった。水瓶座が刻まれた大振りの剣を右手で握りしめる。そして、
「準備が整ったわ。戦闘を開始よ」
 地を蹴った。その言葉に即座に九条・櫻子(地球人の刀剣士・e05690)が反応する。
「行きましょうか。戦闘前のこの高揚感、ゾクゾクするわね」
 楽しげに駆けた。敵陣へと突っ込んで、斬霊刀を死神へと叩きつける。
「さあ殲滅の始まりですわ。全てを破壊する斬撃を喰らいなさい!」
 その一撃の後、イリアは走りながら守護星座を描き出す。死神へと向かう、その途中でヴァルキュリアの目の前を掠めて駆けた。……その目を一瞥して、
「今回は予測できた上、相手に知性がないからよかったものの、これが狡猾だったら対応に困るわね」
 口の中でそう、呟いた。反応するようについとヴァルキュリアが動くけれど、すかさず傀が猟犬縛鎖でヴァルキュリアを縛り上げる。
「本当だね。あんまり気持ちのいい話じゃないよ」
 彼女の言葉にレーグルも、
「やることは変わらぬ。だが、戦う相手にもそれ相応の敬意を払いたいものだ」
 駆けた。彼はヴァルキュリアの方向に。地獄化した炎の両腕を飾る巨大な縛霊手から、大量の紙兵が出現する。それをばらまきながら、彼は死者の前に立った。
「言葉は交わせぬ……か」
 返事はない。レーグルは頷く。
「されど、互いの武器を交わせば通じ合うものもあろう。汝が眠る先への餞となるように全力でお相手しよう」
 その視線に、ヴァルキュリアも槍を構える。反撃するように魚が口を開いた。……その時、
「キサナさん――狙いはブレないかい?」
「天下御免のガンスリンガー様が、この程度の動揺で外すかよってんだ」
「そうかい! それは頼もしいね!」
 頭上から声がした。それと同時に銃弾が雨霰のように振ってくる。キサナ・ドゥ(デビルズファニング・e01283)のリベリオンリボルバー……。二丁拳銃からの射撃技であった。
「初めまして。っていうのもおかしいですか。いや、なかなかもう、これが怖くて」
 もう一方の声は天蓼・テオドシウス(勇なき獅子・e04004)の物であった。ヴァルキュリアの頭上から、声をかけつつルーンアックスを全力で叩きつける。着地で僅かに蹌踉けるのに、
 槍が鳴った。ぐるりと旋回してテオドシウスに一撃を食らわせようとする。しかしその前に、
「遅いな。汝は、我がお相手しよう」
 レーグルが縛霊手で穂先を変えて受け流した。その隙に、
「勝手な蘇生はうち禁止なんっすよ。……つまり」
 ツヴァイ・バーデ(マルチエンド・e01661)もヘリオンから降下しながらも狙いを定める。
「アンタの罪を数えろ、って奴っすよ!」
 そして『煉獄』の白き焔を死神へと叩きつけた。
 魚に苦悶の表情はなければ、悲鳴も上げない。ただ、焼けこげた尾を軽く振る。そして今度こそそれはイリアの方へと噛みついた。
「……!」
 息を呑んだのは彼女ではなくシスネ・ガリアル(船医見習い・e02060)であった。やる気満々のミミックのガブさんとは対照的に、彼女の身は震えている。
「(でも死掠船団の船医見習いがお魚を怖がるわけには……!)」
 言い聞かせるようにぎゅっと彼女は震える手でライトニングロッドを握りしめ、
「い……行き、ます!」
 雷の壁を造り出すのであった。その動きに対抗するかのように、魚達はゆるりと泳ぎ……口を開けて襲いかかった。
 簡単に言うと、ヘリオンを使い、上空から戦場に登場することは可能である。二部隊に別れて行動することも場合によってはあるだろう。しかし、ピンポイントで敵の頭の上とう細かな位置に落下することは難しい。
 また、ヘリオンからの落下攻撃は、戦闘ルール的に、奇襲にはならず通常通りの戦闘となる。
 よってケルベロスと死神達の戦いはそのようにして始まった。
 夜の中波の音だけを観客に……。


 打ち合うこと数度。死神の口が開く。恨みの塊のようなものを次々と打ちだした。
「お、撃ち合いっすか? そいつはちょーっと」
 ツヴァイが口の端を上げて笑う。それと同時に地獄の炎弾が現れた。
「俺も得意っすよ!」
 炎は呪いを次々と撃ち落とす。何処か楽しげな様子のツヴァイ。ぶつかり合う炎と呪い。しかし一部を殺しきれずに、
「きゃ……っ」
「あ、大丈夫っすか!?」
 シスネの元へと飛んだ呪いを、ガブさんが受け止める。
「だ、大丈夫……です! 今、行きます……! ガブさんちょっとだけ待ってくださいね」
 ガブさんに声かけしてからシスネは緊急手術を執り行う。
「礼を言う!」
 レーグルが短くそう言う。ヴァルキュリア槍をくるりと回し、
「……余所見をしているとは余裕だな。汝は我がお相手すると言ったはずだ!」
 テオドシウスを刺し貫こうとした刃を、縛霊手で受け止めた。そしてそのままついと脚を上げ、槍を掴んだままその腕を蹴り飛ばす。腕の骨が砕けるような音が響いた。
「幾ら傷つけても泣きもしない、笑いもしない……か。……」
 その様子に傀も不機嫌そうにヴァルキュリアと相対する。槍を持った彼女は猟犬の鎖で雁字搦めにされた時も、ただ淡々と傀を見返していた。
「あ、傷が……!」
「あぁ、大丈夫だよ。アタシが落ちればその分他の面子に負担が回るってくらいは解ってる。これくらい、唾つけてりゃ治るさ!」
 心配そうなシスネに傀は気丈に笑って喰らった魂を己のみに降臨させた。……魔人化だ。そんな傀を全く気にせず、ヴァルキュリアは槍を振るう。
「まるで顔色が変わらないのね。解っていたことだけれど」
 イリアが思わず呟いて、激しい蹴りを死神に放った。此方は砕けるような音がして、弾け飛んで消えていく。
「……まずは一匹」
「レーグルさん、ありがとうございます! すぐに、そっちに行きます!」
 ぶっきらぼうに言うイリア。テオドシウスが二本のルーンアックスを掲げて、十字に振り下ろした。ひしゃげるような音と共に、傷を負っていた死神の身体がひしゃげる。
「さあ、逃げられはしませんわ。骨のひとかけら鱗の一枚まで全て殲滅してあげます!」
 追撃するかのように櫻子が死神達に無数の剣を突き立てた。串刺しにされた死神のうちの一体が、音を立てて砕ける。
「……脆いですね」
 ふっ。と櫻子は一呼吸置いて刀の柄に手を宛てた。即座に次の動作に入っている。残った魚が口を開いた。呪いの塊を撃ち出そうとして、
「させねぇよ。てめぇの汚ねぇ唾はいらないのさ」
 キサナが言うと同時に銃声が響いた。構えるそぶりすら見せずに、キサナは死神の撃ちだそうとしていた呪いの塊を撃ち落とす。砕け散る呪いに、キサナはどこぞ吹く風で肩を竦めた。
「さて。その目が見えてるかどうかはしらねぇが。その濁った目でオレが銃を構えている姿、見えるとは思うなよ」
「いや、なんっすかそれその早業。いやほんと、そこそこで良いんっすよ!?」
 冗談めかしてツヴァイが言った。しかしその言葉とは裏腹に、白き焔が死神を包み込む。地獄の炎とドラゴニアンが内に秘める炎は融合して死神を包み込み、全てを消し炭にした。口調は軽いが性根は傭兵。仕事は手を抜かず徹底的にきっちりとするのである。少々戦闘狂のきらいもあるが。
「凄い……」
 シスネが思わず呟く。そして慌てて首を横に振った。
「いえ……自分の未熟さは百も承知です。だからこそ、できることには手を抜きません……!」
 丁寧に隙無きよう。倒れる人がいないよう。シスネは薬液の雨を降らせていく。
「さっき台詞、そっくりそのままお返ししてやるよ」
 キサナが口笛を吹く。ツヴァイはそれを受けてけらけらと笑った。


 そしてそれからは総攻撃となった。槍の一撃を腹に受け、それでもレーグルは魂を食らう一撃を巨大な縛霊手をつけた腕で叩きつける。
「嘗て戦った相手が一人としても。そして此処で散ったが故の餞としても。死神には奪わせぬ」
 レーグルはただ、真摯に、
「敢えて問おう。死して尚、その心は何処にあるか」
 問うた。全力で戦いながらすこしでもその欠片が残っていないのかと。けれど、
「危ないわ」
 槍が翻る。その穂先をイリアは己の天秤座が刻まれた剣で弾いた。
「……本当の死者に会えるなら、悪くないという人はいるでしょうね。けれども、こんな形なら……」
 要らないとイリアは呟いた。そのままくるりと剣を翻し、水瓶座の剣と共にヴァルキュリアの胸へと十字に叩き込む。
「そうね。こんな形で蘇るくらいなら、死ねばそれで充分ですわ。……尤も、私はただでは死にませんけれど」
 その身に傷が刻まれ、尚構わず戦うヴァルキュリアに櫻子は何を見たのか。僅かに口の端を上げて笑みのようなものを形作り、櫻子はその体を汚染破壊するように切り刻む。
「……っ。皆さん、凄い、凄い……」
 その圧倒的な強さに、シスネは微かに唇を噛む。仲間達のその背中が、圧倒的に力強くて。……そして、
「鎌倉で見た時とまるで違う……。酷い……。あの時は、誇り高くて堂々としていて、眩しいくらいだったのに」
 思わず口を突いて出たのはヴァルキュリアに対してだった。崩れ落ちそうなその姿は、まさに屍と呼ぶに相応しくて目を背けたくなる。
 それでもガブさんは気丈に敵へとかぶりつく。そして、
「そうだけど、シスネさん。私から見たら、シスネさんも充分凄いですよ」
 不意に、テオドシウスが言った。え、と聞き返す彼女に、傀が笑う。
「アンタがしっかりしてくれてるから、アタシ達は前を向いて戦えるのさ。それはアンタの、おかげだよ」
 さばさばと傀は笑う。笑いながら幻の龍を造り出した。その炎がヴァルキュリアを包み込む。
「あぁ。笑えるって何だか良いねぇ。生きてる気がする」
 勿論、泣くのも、痛いのも。傀の呟きに、
「オレはそんなに簡単には笑わないがな」
「それにそんなに凄い凄い言われると、何か、背中が痒くなるっすよー!」
 あっさり余計なことを言うキサナ。そしてツヴァイは走る槍を鉄塊剣をぶんすようにして受け止めて、返すように地獄の炎弾を叩き込む。ヴァルキュリアの身体に穴が開く。そろそろ器の限界が見えてきていた。
「俺は楽しんでるだけっす。さ、次の人!」
「おい、てめぇ。弔おうにも名前が必要だが。言えるか? 別に思い入れも何にもねぇが、聞くだけ聞いておいてやらぁ」
 キサナが言った。返事は無い。壊れる瞬間まで槍を振り回すであろうその姿にキサナは眉根を寄せて、
「……あぁ、そうかよ」
 撃つそぶりすら見せずに弾丸を叩き込んだ。それに追撃するようにテオドシウスは地面を蹴った。
「死の世界……か。僕達が戦う程に、死神が強くなっていくのかもしれない」
 ヴァルキュリアへと駆ける。二本のルーンアックスを構える。そして正面から自分が倒すべき姿を見つめた。ただ何の光も移さぬ、それこそ死んだ魚のような目を覗き込み、
「それでも僕達は、抗い続ける! まずは、望まぬ戦を強いられ続けているその子を……放してもらおうッ!」
 ただ全力でその胸に十字を切るようにルーンアックスを叩きつけた。
 その一撃でヴァルキュリアの身体は粉砕される。槍が漸くその手から離れた。彼女の唇が微かに動く。
「え……?」
 思わず、テオドシウスはその手を掴もうとして、そして掴んだ手が粉々に砕けた。
 ……彼女がなんと言ったのか。それはもう、誰にも解らなかった。


「踏みにじられたアンタの総てを、奪ってあげる」
 戦闘後、傀がヴァルキュリアの身体にナイフを突き立てて魂の残骸を奪う。ツヴァイが何となく息をついて、
「確かエインヘリアルはデスパレスから来たって話っすけど、死神的にはどういう気分なんっすかねえ」
 そう呟いた。答えはない。波の音がうるさいっすね。なんて言って、ツヴァイは建物のヒールと周囲の探索を始める。
「怪我をした方は治すわ。建物も。……鎌倉が、早く平和になればいいのだけれど」
 イリアも続く。其処まで損害も酷くないから、早めに修復も終わるだろう。
「殲滅完了ですね。これで少しでも鎌倉の街が平和になるといいのですが。……自慢の刀が汚れてしまいました。全く汚らわしいです」
 櫻子も刀を振って汚れを落とし、そんなことを呟いた。ついでに眼鏡の汚れを取りながら、終わったらご飯でも食べに行きましょう、とも。
「あぁ。これじゃぁ弔いも無理だな」
 キサナが呟く。死者の身体は崩れ落ち、最早粉のようにまで砕けていた。
「海に……流しましょうか」
 ぽつんとテオドシウスが言った。特に反対する者はいなかった。流す頃には死体はほんの一握りになっていて、ぱぁっと海へとそれを投げつけると、すこしだけ朝日に煌めいて、それは消えていった。
「どうか安らかに」
 シスネが言うと、それまでただ黙してヴァルキュリアを見送っていたレーグルも一つ頷いた。
「夜が明けるな……。今日も良い日の出だ」
 遠くの海で、魚が一匹跳ねた気がした。

作者:ふじもりみきや 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2015年10月6日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 8/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 0
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