●琵琶湖上空
「美しい湖ですね。バルドルに島を押し付けて、湖を担当した甲斐がありますわ」
光明神ナンナは嬉しげに、眼下の湖面を見下ろすと、薄桃色の花弁を散らし『超召喚能力』を発動する。
するとどうだろう、花弁の落ちた湖面から、巨大な植物が生み出され、瞬く間に琵琶湖全体を覆い出したでは無いか。
ナンナは、嬉しそうに微笑むと、彼女の頼りになる仲間であるカンギ戦士団の面々を振り返った。
「侵入者が現れれば、この迷宮は皆さんにそれを伝えてくれるでしょう。ですから……私の事を、まもってくださいませね」
そうお願いするナンナ。『ミドガルズオルム』の召喚という大役を果たす彼女は、その特殊能力に比して戦闘力が極端に低い。
もし、ケルベロスが襲ってくればひとたまりも無いだろう。
「そのための、私達、カンギ戦士団です。私達の命にかけて、一人たりとも、あなたの元には通しはしません」
ドリームイーター、螺旋忍軍で構成されたカンギ戦士団の団員達は、ナンナにそう受けあった。
彼女達の間には、互いに命を預けあう程の絆が確かにあるようだった。
「では、『レプリゼンタ・カンギ』に、約束された勝利を届けましょう」
ナンナの号令と共に、カンギ戦士団は、琵琶湖の上に作られた植物の迷宮の中へと姿を消したのだった。
●連れ添いの迷宮
部屋のテレビでは『琵琶湖』と『淡路島』が突如繁茂した植物に沈んだというニュースが流れ続けている。
「揃いましたね。事態は、速報の通り。対処のための大作戦を展開いたします」
望月・小夜(キャリア系のヘリオライダー・en0133)が、素早く資料を配りながら言う。
「首謀者の名は攻性植物勢力の将『カンギ』。ハロウィンに事件を起こしたパッチワークの魔女も、侵略寄生を受けた奴の配下だったようです」
小夜は、眉根を寄せて資料を睨む。
「彼らの目的は『無敵の樹蛇・ミドガルズオルム』の召喚です。この怪物は一度召喚されれば、召喚された世界において絶対に破壊されないという特性を持つ、最強の攻性植物。止める手立てはありません」
番犬全員の顔が上がる。
「よって、何としてもこの召喚術式を妨害する。それが今回の任務です」
資料の次のページには、琵琶湖と淡路島の俯瞰図。
「現状、淡路島、琵琶湖は繁茂した植物で迷宮化。その深奥に『侵略寄生されたアスガルド神』が一体ずつ配置され、その神力によって大規模召喚術式を展開中。カンギの精鋭軍が迷宮の守りを固めています」
攻性植物ではなく、これまで幾多の闘いの中でカンギが打ち負かして配下に加えたデウスエクスたちの混成私兵団であるという。
「カンギと熱い信頼と友情で結ばれた不屈の戦士団とのことですが……まあ、多種族融和の手品の種は、侵略寄生でしょう」
彼らは死なないため意志は連続しているだろうが『決してカンギを裏切ることはない』という評判が、その事実を裏付けている。
●迷宮の深奥
「皆さんにはこれより『光明神ナンナ』のいる琵琶湖迷宮に向かっていただきます」
植物は地域全域を覆ったが、住民の避難は完了しているという。
「植物迷宮の壁や床は破壊できますが、曲りなりにも攻性植物。破壊すると自爆し、ダメージを与えてきます。ある程度は迷宮に沿って移動せねばならないでしょう」
広大な迷宮の何処にアスガルド神がいるのかは不明。探索するチームごとに、探索開始地点や探索する地域を手分けする必要があるという。
「迷宮内に配置されたカンギ支配下のデウスエクスは、侵入者を確認すると迎撃に出て来ます。何処にいようとも一定時間で襲撃してくるでしょう。これを撃破しつつ迷宮を突破し、深奥のアスガルド神を抹殺する。それが任務の内容です」
アスガルド神さえ撃破すれば植物迷宮は崩壊。敵は撤退する。
「ミドガルズオルムは間違いなく攻性植物の最大戦力。何としてもアスガルド神を討ち取り、召喚を阻止してください」
状況によっては他のチームの援護に回るなど、柔軟な対応が必要だろう。
「しかし、花粉だか胞子だかで現地植物を攻性植物化し続ければ、リスクもなくいつかは侵略に成功したはずなのに、焦って動いたということは……いや。とにかく、今は出撃いたしましょう」
小夜はそう言って出撃準備を願うのだった。
参加者 | |
---|---|
二羽・葵(地球人もどきの降魔拳士・e00282) |
毒島・漆(咎人狩り・e01815) |
ケルン・ヒルデガント(カースドリンカー・e02427) |
ニケ・セン(六花ノ空・e02547) |
イルリカ・アイアリス(虹の願い・e08690) |
左野・かなめ(この世の銀座を制す者・e08739) |
ディーネ・ヘルツォーク(蒼獅子・e24601) |
カルナ・アッシュファイア(炎迅・e26657) |
●琵琶湖北部
その日、琵琶湖は湖面が見えないほど植物に覆われていた。
隣あった部隊でさえ姿の見えない広大さ。
この中から、光明神を探し出すのは、骨が折れる仕事になるだろう。
八人は、つり橋のように伸びた一角を渡り、生い茂る植物を分け入っていく……。
●惑い深き枝葉の道
「予想はしてたが、不通か」
カルナ・アッシュファイア(炎迅・e26657)が、舌を打つ。
「アイズフォンが圏外なのは当然だが、なんと無線も駄目だ。ま、敵の拠点なんだ。魔術的な妨害でもしてんだろうが……これ全部を一人でやってのけるたァ、大したもんだぜ。どんなヤツなんだろうな?」
それに応えるのは、イルリカ・アイアリス(虹の願い・e08690)。
「枝葉や花で通路を編み上げて……広い所もあれば狭い所もあって。何層にもなってるのに、ぼんやり光が届いたり、真っ暗だったり……不思議なところ」
そう呟きながらそっと傍らの葉に指を伸ばす。虹色に輝いた露が指を這って、微かに周囲の光が滲んだ。
「露の配置さえ、照明の為に計算済み……っていった感じだねぇ。確かに、こんな術式は並のデウスエクスじゃ真似できない。なるほどね。神、か……」
和柄のミミックを引き連れているのはニケ・セン(六花ノ空・e02547)。その声音に滲むは、畏怖か敬意か、はたまた興味だろうか?
手元は穏やかな呟きに反して忙しく、方位磁石の確認と地図への記入、スーパーGPSで表示される位置情報の見比べを、一人で担当している。
「先ほどの通路は緩やかな上り坂……いつの間にか階層を移動したようですね。これは三次元的な迷宮です。二次元的なマッピングでは対処不能でしょう」
そう言うのは毒島・漆(咎人狩り・e01815)。スプレーを用いて分かれ道に印を書き込む。
「じゃあ、竹生島に着いても……階層が違えば、他の班の人は見つけられませんね。到着もまちまちだろうし……」
と、二羽・葵(地球人もどきの降魔拳士・e00282)がニケの手元の地図を覗き込み、「あ」と声を上げる。
「もうすでに竹生島の上ですね……探索開始から三十分……岸から二キロだから、こんなもんなのかな」
どうやら竹生島自体は、植物迷宮の下に埋まってしまっているようで、降りることは出来ないようだ。
どうしましょう、と、首を傾げる葵に、左野・かなめ(この世の銀座を制す者・e08739)が頭を掻きむしるような動きをして。
「あー! 知恵の輪すら投げ出すこの儂が迷宮の攻略とは無理ゲーだと言うたろうに! まぁ……今回ばかりはそんな事も言ってられぬか。とりあえず、南を目指す感じで行くか」
そうして一行は、更に深部へと進んでいく。
そして十数分。
「……おい」
戦闘態勢の荒い声音に切り替えて、ディーネ・ヘルツォーク(蒼獅子・e24601)が言う。
ケルン・ヒルデガント(カースドリンカー・e02427)が、頷いて。
「うむ。さっきから、こっちをつけて来ておる奴がいるな。上の階っぽいが。襲い掛かって来ないところをみると、向こうも壁を壊したらダメージ受けるんかの」
「自爆するんじゃな。カンギ、か……禄でもねえ連中まで引き連れやがって。キャンプファイヤーしたきゃ太陽で踊ってろ、クソ共が」
乱暴な悪態が聞こえたのか、はたまた別な思惑があるのか。気配はしばらく纏わりついた後、姿を消す。
やがて通路は、明るい日差しの指し込む出口へと差し掛かった。
迷いはない。
待ち伏せがあるなら、食い破って進むまでだ。
●木漏れ日の薔薇劇場
そこは幾階層も吹き抜けたホール。天井は高く、枝葉の隙間から筋になった陽光と夜露の名残が零れ落ちてくる。紅、黄、赤、紫……色とりどりの薔薇が、各階層の出口よりベランダとなってホールを見下ろしていた。
まるで舞台を見下ろす劇場のような光景。広間の端には、奈落へと通じるような床穴まで開いている。
「ふむ……奇襲はせぬか。武人タイプには見えんがの。いや、思いつかなかったのか?」
ケルンが、ぽつりと呟く。
「花の迷宮へ、ようこそ。ケルベロス……」
その視線の先。舞台の中心で、それは待ち受けていた。
「私はジェーン・ドゥ。誰でもない女」
シルクのベールに浅葱色のシフォンの上着。星空のようなワンピース。
その右腕を覆うモザイクが、彼女が夢喰らう者であることを。そして頭飾りに咲き誇る青い薔薇が、彼女の所属を示していた。
「あなたは……まさか」
相手を睨み据えて武装を構える面々の中、ただ一人、イルリカだけが息を呑む。
知っているのか? と、一瞥した仲間たちに一言。
「左手に気をつけて。破壊的な威力です」
誰でもない乙女の、透き通るような素足が歩み出す。
「ずっと迷路の中にいた私に……居場所をくれたあの人の為に……」
番犬の群れもまた、退かずに歩みを進める。
薔薇の劇場の中、闘いは静かに始まった。
「さて。御用の方も、急ぎの者も、しかと見よ。蝶が舞うやら、酒坏が舞うやら……なぁんての!」
かなめが投げた絵札から、描かれた動物たちや酒杯までもが飛び出して躍る。奇々怪々な踊りに守りの加護を受けて、前衛が一斉に突進する。
対して放たれたのは、右手を思わせるモザイクの群れだった。
葵が天牛の意匠の大斧で、モザイクを弾き飛ばして前進する。
「……!」
だが、縋りついてくるモザイクは消えない。そこに実際に右手が掴みかかっているかのように、動きを奪いに掛かる。
「この威力、恐らくクラッシャーです! 足止め効果を持った範囲攻撃……でも、この程度ぉ!」
葵はそのまま突っ込んで、火炎を纏った蹴りを放った。
肩を打たれたジェーンを、漆の伸ばした攻性植物がすぐさま絞め上げる。
「なるほど。力攻めなら相性はいい。こちらは搦め手には向きませんが、攻守ともに優れた布陣です。突き破らせはしませんよ」
イルリカを庇ったミミックを含めれば、ディフェンダーは四名。攻撃手もまた四名。
「早期決着が一番じゃな! さ、まずは足を止めるぞ! 合わせてくれ!」
「応! 寄生での馴れ合いに酔ったコイツ等に刻みつけてやるぜ。マジもんの絆の力ってヤツをよ!」
ケルンとカルナが、十字に跳躍する。二重の蹴りがジェーンの胸倉に直撃し、蔓が千切れて転がった。
そしてその位置には、すでにディーネが槍を構えて。
「デカ樹蛇、だったか? そんな面倒なモン呼ばせねえよ……! テメェはここでブッ散りな!」
炎を纏った横薙ぎ。敵もまた、モザイクを張って辛うじて防御しているようだが、ケルベロスたちの勢いは止まらない。
「さっそく一方的……か。加護があった分、初撃の威力も和らいだみたいだね。今回は、俺が傷を癒そう。次からはかなめにお願いするよ」
そういってニケは守護の鎖を迸らせて、攻撃の構えに入った。
ジェーンは早くも受け身になり、番犬たちに流れは傾く。
その時だった。
「……! いけない!」
イルリカの言葉より早く、ジェーンの左手が跳ねた。
掴まれたのは、喰らい付こうと飛び掛かったミミック。
「私の友達の願いを邪魔する者は……許さない」
ジェーンの左手に纏わりつく破滅の影が、ミミックの体に伸び上がる。弦を弾くような低い音が響き、びりびりと頬を打つ振動が弾ける。
「くっ……! 復活の光よ、断罪の刃よ。我に力を貸し、穿ち、切り裂け……ッ! ジャッジメント!」
もがくミミックが、光の粒子に姿を変えて消え去る直前。イルリカが放ったタロットが、無数の宝剣を具現化させて空間を包み込む。
剣閃の輝きがジェーンの姿を覆い尽くして……。
「独りぼっちだった私に……初めて出来た友達だもの」
溢れだした破滅の影が、その輝きを打ち破る。
「なるほどね……あの黒い粒子による侵食と超振動による分子分解……そんなところかな」
己の従者を消されながらも、ニケの瞳は冷徹に現象を分析する。
ジェーンは負った傷をモザイクで包み込むと、再び真っ向から走り込んできた。
それ以外の闘い方を、知らぬかのように。
闘いが続けど、その布陣は頑強だった。
「さっき見せた左手に比べればなんてことねえ! 援護するぜ! 突っ込みな!」
モザイクの右手が降り注ぐ中、カルナの援護射撃を受けてディーネがそれを突き破る。
「応! 行け、シュライム! さあ、どうした! 突っ込んで来といて、手形ばら撒くだけか!」
伸び上がったケイオスランサーが、鋭い切っ先でジェーンの脇を抉る。足を取られたジェーンの脇に跳躍するのは、ケルン。
「竜殺しの栄光ここにあり! さあ、吹き飛ぶがよいぞ!」
ケルンが弾くのは、不幸なる者に更なる不幸を齎すコイン。突如起こった爆発が、名も無き乙女の体を弾き飛ばす。
対して、仲間内で巻き起こる癒しの爆風は、かなめの放つブレイブマインだ。攻めの加護が味方に宿り、勢いも増して行く。
「あの左手、そうそう連発も出来んようじゃの。ならばこちらはガンガン攻めて、被害少なく終わらせてくれよう」
葵がその勢いを得て、モザイクに纏わりつかれながらも燃え盛る鉄塊剣を振り下ろす。
「この程度……! 重くも痛くもありません!」
ぜいぜいと肩で息をしながら転がるように逃げ回るジェーンに、爆炎の竜が飛び掛かった。
「攻め手には回さない。君にも、神様にも、黒幕にも、思い通りにはさせないよ」
ニケのドラゴニックミラージュに吹き飛ばされ、ジェーンは壁際に開いていた穴の縁へと追い詰められる。
追い詰められていく姿を、イルリカは眉を寄せて眺めている。その指先に炎を集めながら。
右手はモザイクに覆われ、左手で触れれば全てを壊してしまう、独りぼっちの少女。
それが昔見た、彼女だったはず。
「友達……あなたにも、守りたいものが出来たの? それは、確かな絆なの……?」
御業を解き放つ。それは火炎の縄と化して、青薔薇の乙女を絞め上げる。
縋るような視線が、絡み合った。ジェーンが、そっと唇を開く。
「あの人はね……」
瞬間、頭飾りの青薔薇が、弾けるように蔓を伸ばしてイルリカの首を絞めた。
「……っ!」
燃え上がる蔓で絡み合ったまま、二人はもつれるように広間の端に空いた穴に転がり落ちる。
陽光の指し込む広間から、ただただ暗い、奈落の底へ……。
●青薔薇の散る奈落
膝ほどまである水に、衝突する。
顔をあげれば、ジェーンの姿は目の前にあった。
「あの人は……私の手を、握ってくれたの」
手が崩れ、血が飛沫をあげて、指が弾け飛んでも。
もちろん、そんな傷はヒールで治るけれど。
自分は利用されているだけなのかもしれないけれど。
それでも。
「友達の願いは……私が守る」
暗闇からゆっくりと伸びてくる左手。
纏わりついたモザイクが重く、蔓はまだ絡み付いている。
全ては、この一瞬のため。足止めと捕縛を繰り返したのは、刺し違えてでも、この一撃を届かせるため。
最初から、ジェーンは帰還の望みなど捨てていたのだ。
「させませんよ。愚天……混色夜叉ッ!」
雷のように落ちてきた漆の一撃が、蔓を引き千切った。敵の力を吸い込み、その傷を急速に癒しながら、両者の間に割って入る。
「無茶をするでない! 間に合え……!」
かなめのマインドシールドが弾け飛び、漆に左手が触れる刹那、その身を守りの加護を宿す。
破滅をもたらす左手が防御の姿勢を取った漆を弾き飛ばした。
「漆! てめえ、よくも!」
「悪あがきするんじゃねぇ! とっととどけや!」
ディーネの炎弾と、カルナの氷結の乱射が降り注いでくる。
飛び降りてくる仲間たち。降り注ぐ攻撃の雨。
ジェーンは振り返り、その中を突っ切る。もはや色を失った瞳は、呪われた左手を全開放して一人でも多く道連れにすること以外、考えていない。
そしてそれが、致命的な隙を作った。
「……ごめんね」
背中からその胸を貫いたのは、居合い抜きに放たれた白い刃。
「あなたは守りたいものが出来たのかもしれない……でもそれは、わたしも同じだから」
イルリカは目を閉じて、刃を引き抜いた。
血に踊るようにたたらを踏んで、小さな体が膝をつく。
「カンギ……」
それが、最後だった。
名も無き乙女は、崩れ落ちて消える。
青薔薇の花びらだけが、静かに水底へと沈んでいった。
●椿咲く道
青薔薇の散った奈落より出でて、しばらく。
「全く、ぎりぎりで援護が間に合ったからよかったものの無茶しおって……ええい、怪我人が煙草なんぞ吸うんでない」
そう言って煙草をひったくるのは、かなめ。
その視線の先では痛み止めの丸薬を呑み込みながら、漆が苦笑している。
「一応、考えはありましたよ。俺の方が守りの加護もありましたし……あの左手は恐らく破壊属性だと思いましたから」
「そうだね。敵は足止めと捕縛を重ねて、確実な一撃を狙う策だったわけだけど……重傷にならなかったのは、運が良かったからじゃないよ」
正体のわからぬ敵に対して事前に立てておいた対策が活きたのだと、ニケは指摘する。
一方。
漆に礼を言った後、イルリカは押し黙っている。
遠くを見ていた視線上に、すっとドリンク剤を差し出すのは、ディーネ。闘い終えて張り詰めた気が解けたのか、声音も優し気なものに戻って。
「カモミールティの味だったわ。良かったら」
その視線は、さっきの奴とは何かあったの? と、微かな疑問を投げかけている。
「……昔、遭ったことがあるんです。同じような傷を持った者同士、分かり合えるんじゃないかって……少しだけ、思ってました」
遠い日に、独りぼっちの少女として出会った二人は、互いに大切なものを得て、この日、敵として再会した。
カルナが、唾棄するように舌を打った。
「侵略寄生とか……様するに操り人形って事だろ? 反吐が出る」
と、言いつつも、ぽつりと付け加える。
「ただまあ……奴が最後まで仲間を想ってたってことだけは……本当なのかもな」
仲間。
恐らく、それが夢喰らう者としての彼女の欠落。
彼女はそれを埋めたのだ。世界樹の花によって。
「それって……納得、していいものなんですかね。結局……なんだろ。わかんない、です、けど……」
葵の言葉も、曇って止まる。
その時だった。
地震の初動のような地響きが、迷宮に轟いた。迷宮を形作っていた木々が悲鳴をあげるように軋み始め、はたり、はたりと椿が落ちる。
ケルンが、顔をあげた。
迷宮の主が、討たれたことを察して。
「やれやれ。金銀財宝などには期待はしておらぬが情報という宝はあるやもしれぬと思って来たが……先を越されたかの。ま、勝利したならなによりじゃがな!」
華麗可憐な花の迷宮は崩壊を始める。
脱出の時を察し、番犬たちは走り出す。
世界樹とは一体、何なのか。
彼らは、どこへ行こうとしているのか。
世界の底で溶け合うように張り巡らされた極彩色の謎。
いつかその問いの答えを得るために……。
作者:白石小梅 |
重傷:なし 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
公開:2016年12月9日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 4/感動した 1/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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