光明神域攻略戦~深緑侵蝕

作者:綾河司

●淡路島上空
「ここが淡路島、ナンナが担当する琵琶湖と対となる美しい島ですね。さっそく、私の『超召喚能力』を見せるとしましょう」
 光明神バルドルが、手にした頭骨型の魔具を掲げると、淡路島全土を覆う植物の迷宮が生み出されていく。
 それを満足そうに見やったバルドルは、彼の護衛として付き従っていた、カンギ戦士団の面々に信頼の視線を向けると、軽く一礼する。
「では、私はこの中で、『ミドガルズオルム』の召喚を行います。皆さんには、私の身を守る警護をお願いしますね」
 そう言われた、カンギ戦士団の戦士達……ダモクレス、エインヘリアル、シャイターン、竜牙兵、ドラグナー、ドラゴンといった多種多様なデウスエクス達が、その信頼に応えるように胸を叩いた。
「任せて貰おう。我らカンギ戦士団、生まれも種族も違えども、確かな絆があるのだから」
 光明神バルドルが迷宮に入ると、それに続いて、カンギ戦士団の戦士たちも迷宮へと歩を進める。
 全ては、彼らの主たるカンギの為に。


 ブリーフィングルームに投影された大型の立体スクリーンには生い茂る植物のせいで迷宮化してしまった淡路島と琵琶湖の姿が映し出されていた。淡路島と琵琶湖をそれと認識できたのは、おそらく映像の端にそれぞれアルファベットでそう記されていたからだろう。
 そのあまりに異様な姿へと変貌してしまった二箇所を目の当たりにしたケルベロス達の反応は様々だった。
「ケルベロスの皆さん、こんにちわ。天瀬月乃です……」
 静まり返るケルベロス達の前、壇上に上がった天瀬・月乃(レプリカントのヘリオライダー・en0148)がペコリとお辞儀をした。
「パッチワークの魔女を支配下に置き、ハロウィン攻性植物事件を引き起こした『カンギ』の軍勢により、『淡路島』と『琵琶湖』が同時に植物に覆われる事件が発生しました……」
 いつも通りの抑揚の無い声で説明を始める月乃。
「彼らの目的は、無敵の樹蛇『ミドガルズオルム』の召喚です……」
 ミドガルズオルムは、どのような方法でも破壊されないという特性を持っており、もし地球上で召還を許してしまった場合、攻性植物のゲートを破壊し侵略を排除する事が至難になると彼女は言う。
「現在、淡路島と琵琶湖は繁茂した植物で迷宮化しています。その中に『侵略寄生されたアスガルド神』が設置され、その神力によって大規模術式を展開しているようです……」
 耳を傾けるケルベロス達に月乃が続けた。
「この迷宮は『カンギ』配下の精鋭軍が守りを固めています。精鋭軍はこれまで幾多の戦いで『カンギ』自身が打ち負かし、配下に加えたデウスエクス達で構成されていて、『カンギ』と熱い信頼と友情で結ばれている、決して裏切ることの無い不屈の戦士団です……」
 ケルベロス達が突入すれば間違いなく行く手を阻まれるだろう。
「作戦領域は該当地全域に及びます。植物で構成された迷宮である為、破壊して進むことは不可能ではありませんが、植物の壁や床は破壊されると自爆してダメージを与えてくる為、ある程度迷宮に沿って移動する必要があります……覚えておいてください」
 多角的に映し出される変わり果てた淡路島と琵琶湖の姿に月乃が視線を向けた。
「広大な迷宮の何処にアスガルド神がいるかは不明です。その為、探索するチーム毎に探索開始地点や探索する地域を手分けしていくのが良いかもしれません……」
 内部の構造は外見から判断できない為、ケルベロス達で切り拓いて行くしかない。
「敵は広大な迷宮だけではありません……迷宮内には攻性植物に寄生されたデウスエクスがおり、侵入者を確認次第、迎撃に出てくるでしょう。一定時間経過すれば何処にいても敵の攻撃は受けることになります……」
 デウスエクスの撃破、迷宮の探索、そしてこの事件を引き起こしているアスガルド神の撃破――今作戦行動は多岐にわたる。
「淡路島の迷宮にいるアスガルド神『光明神バルドル』の撃破に成功すれば、植物迷宮は崩壊をはじめ、デウスエクス達も撤退するでしょう……」
 月乃は視線をケルベロス達に戻して、静かに告げた。
「只今をもって、光明神域攻略戦を開始します。最大の目標はアスガルド神『光明神バルドル』の撃破……迎撃に出てくるデウスエクスを撃破し、他のチームと協力して作戦を遂行して下さい……」
 宜しくお願いします、と彼女は最後にまた、ペコリと頭を下げた。


参加者
メリッサ・ニュートン(世界に眼鏡を齎す眼鏡真教教主・e01007)
ラピス・ウィンドフィールド(天蓋の綺羅星・e03720)
霖道・裁一(残機数無限で警備する羽サバト・e04479)
ケイト・クリーパー(灼魂乙女・e13441)
ヒマラヤン・サイアミーゼス(カオスウィザード・e16046)
小柳・玲央(剣扇・e26293)
エルディス・ブレインス(ヴァルキュリアのガンスリンガー・e27427)
フェニックス・ホーク(炎の戦乙女・e28191)

■リプレイ


 都志港へ降り立ったケルベロスは眼前に広がる異様な植物の迷宮を思い思いに見上げた。港から即迷宮の入り口があるので迷うことも無い。問題は――
「そちらはどうでしょうか?」
 天井を見上げ、高度からの探索が不可能であると断念したエルディス・ブレインス(ヴァルキュリアのガンスリンガー・e27427)が眼鏡のブリッジを押し上げながら視線を戻す。他班との連絡を取ろうと試みたメリッサ・ニュートン(世界に眼鏡を齎す眼鏡真教教主・e01007)が首を横に振る。
「ダメですね。連絡がつきません」
 通信機器は迷宮に入るなり、通信不能に陥った。
「こっちもダメね……迷宮に入ってしまったら外部との交信ができない」
 アイズフォンで交信を試みていた小柳・玲央(剣扇・e26293)も諦めたように嘆息した。そのまま視線を壁へと向ける。少し撫でると異質な草の感触が指を押し返してきた。攻性植物で作り上げられた迷宮はそれ以外のモノは感じさせず、形態を変えられるかどうかは不明だ。
「迷宮の所以はそこにあるかもと思ったのだけれど……」
 どちらにせよ、外部との連絡が遮断されたとあれば、自分達の位置情報の正確性はより重視しなければならない。幸いに、事前に準備した淡路島の地図やマッピングツールに影響は無い。
「自分達で攻略していくしかないよね……」
 手にした携帯ツールを起動させたラピス・ウィンドフィールド(天蓋の綺羅星・e03720)が迷宮の奥を見据える。攻性植物自体が光っているのか、迷宮は明かりがなければ見通せないというほどではないが、
「蔦などに拘束されたり……したら嫌ですね……」
 不気味な雰囲気に思わず妄想してしまったラピスが顔を青ざめさせる。
「ボクも、地図を描くの手伝うよ」
 ふわりと飛んだまま、手を上げたのはフェニックス・ホーク(炎の戦乙女・e28191)。そのまま飛行移動でちょっとでも疲労を抑えられればよし、
「迷宮の天井とか調べるなら飛んでみたりしてお手伝いできるよ」
 アピールするように両手を天井に着いてみせる。
「探索が長期化しても大丈夫なように食料もあるのです」
 ダンジョン突破も含め長期戦になる事を視野に入れていたヒマラヤン・サイアミーゼス(カオスウィザード・e16046)がランプと食料を掲げてみせた。早く踏破するに越した事は無いが、それだけの準備がケルベロスにもある。
「急に迷宮生み出しといて戦士団の方も迷いそうな気がしなくもないですね……」
 これだけ大規模であれば、そうそう簡単に覚えられる構造になってはいないはずであると、霖道・裁一(残機数無限で警備する羽サバト・e04479)は指を顎に当てて思案する。
「それともバルドルナビとか脳内に植え付けられて迷わないとか! 『次の角を右です』って感じに!」
 少々雑なバルドルの物真似を披露する裁一にケイト・クリーパー(灼魂乙女・e13441)がいつもの鉄面皮で、その横顔をジッと眺めた。引きつった笑みを浮かべる裁一に、たっぷり間を置いてから彼女は迷宮の入り口に手を翳した。アリアドネの糸がケイトと一地点を結ぶ。
「御大層なものを拵えてくれやがったでございますね……上等――さぁ、戦争でございます!」
「間合いを取ってからスルーですか、そうですか」
 探索へ乗り出す仲間達に、気を取り直した裁一は肩を竦めてから迷宮の奥へと歩み出した。


 迷宮は奥へと進むにつれて複雑さを増していく。幾多の分かれ道を進み、緩やかな勾配があれば行き止まりに差し掛かることもあった。
「ダーンジョンは暗……♪」
 探索しながら歌い出すヒマラヤンにウイングキャットのヴィーくんが「にゃっ」とヒマラヤンを嗜めた。
「え、歌っちゃだめなのです?」
 首を傾げるヒマラヤンにヴィーくんは鳴いて返す。声に引かれて敵が来るかもしれないし、彼女にはもっと怖いモノがある。納得して隠密気流に身を包んだ。
「まろーだー先輩もお願いね」
 フェニックスの相棒であるウイングキャットのまろーだー先輩はヴィーくんと共に通路の両脇に別れ、壁を入念に調べていく。
「そういえばバルドルって男なのか女なのか。ナンナとリア充なんですかねぇ?」
 通路を調べながら呟く裁一にケイトと玲央が顔を見合わせた。代表してケイトが聞き返す。
「さあ……だとしたら、どうだというんでございます?」
「そうなら爆破せねば」
 拳を硬く握り締める裁一に玲央が嘆息して軽く頭を抱える。目の前の男は驚愕する程の美形なのに、事リア充に対する嫉妬心において右に出る者はいない。とはいえ最大のターゲットを爆破するという彼の言動を戒める理由が彼女の中に有るわけでもなく、
「どうぞ、止めないよ」
 あっさり応えた玲央は隠密気流で奥へと進むラピスの後に続いた。一方、
「眼鏡とはレンズを支えるフレームが存在し、眼前にレンズを固定する器具と定義されます。なので、ゴーグルも眼鏡に入ると私は思います」
 メリッサに熱弁を振るわれるエルディスが困ったような笑みを浮かる。彼女はエルディスの伊達眼鏡に反応したらしく、「私は寛容派ですので」とか「度有りの通常眼鏡しか認めない過激派とは違います」とか、熱く語っていた。横を通り過ぎる玲央にエルディスが視線で助けを求めてきたが、彼女はやんわりとした笑顔でそれを断った。
「ラピス君、どうかな?」
 玲央が尋ねると、行き止まりの壁を調べていたラピスが彼女に向き直った。
「ダメかな……ここも行き止まりだよ」
 軽く嘆息を返すラピス。ケルベロス達は都志港から明神神社を目安として進んできた。方角的にはこの先にあるはずなのだが、マッピングと照らし合わせても、この辺りには先に進めそうな通路は無い。
「向こう側に行くには大きく迂回するしか……」
「仕方ない……引き返そう」
 そう言って踵を返す玲央。断念して後に続こうとしたラピスの肌を何かが撫で上げて、
「ひゃっ!?」
 思わず声を上げてしまったラピスが慌てて口を抑える。
「なに……? 蔦……?」
 驚かしたものの正体を見て、ラピスが顔を上げると蔦は天井に人が1人通れそうな穴から垂れ下がっていた。
「ちょっと待ってー」
 フェニックスが飛び上がって穴に顔を突っ込む。
「先に進めそうだよー」
 彼女は顔を引っ込めると仲間達に告げた。迂回するよりも進む先があるのなら、とケルベロス達が頷き合う。一人一人、蔦を上ってフロアを移動する。
「さあ、進むでございます」
「待ってください、ケイト」
 エルディスが歩き出そうとするケイトの肩に手を置いて、銃を抜いた。眼鏡越しの双眸を油断なく光らせる。
「オラァァァッ!」
 柱の脇から飛び出した影が雄叫びを上げて巨大な剣を振り下ろした。
「危ない!」
 ヒマラヤンの前に飛び出したメリッサが挽殺剣・砕き眼鏡でその一撃を受け止める。勢いを殺しきれず、鈍い刃が強引に彼女の肩を裂く。
「不意打ちとは!」
「軽い挨拶のようなものだ」
 睨み返す玲央に、眼前の竜牙兵が笑みを浮かべた。その姿は攻性植物に寄生された為か一回り大きい。
「このっ……!」
 ドラゴニックハンマーを翳した玲央が至近距離から轟竜砲を放つ。これ以上の深追いは無駄と判断した竜牙兵が彼女の攻撃に逆らわず後退した。
「エル!」
「任せてください」
 玲央の攻撃を事前に察知していたかのような滑らかさでエルディスが銃を構える。
「ショット!」
 連続で発射された光の粒子が短い尾を引いて次々と竜牙兵に着弾した。
「やるな……だが!」
 足を止める事無く、間合いを計る竜牙兵。そこへ両側から挟み込むようにフェニックスとラピスが接近する。
「ヤアアッ!」
「ハアアッ!」
 先に飛び込んだフェニックスのハウリングフィストが竜牙兵の脇腹を掠め、体勢を崩しているところへラピスがグラビティを乗せたルーンアックスを振り抜き、無骨な大剣の上から竜牙兵を叩き潰す。
 二人が竜牙兵の動きを抑えている間に、ヒマラヤンがサークリットチェインで前衛を囲んだ。横目で、今し方自分を庇って傷ついたメリッサを見やる。
「大丈夫なのです? メリッサちゃん」
「眼鏡が無ければ即死でした」
 くいっ、とズレた眼鏡を持ち上げてシャウトを発動したメリッサが自身の傷を癒す。鈍い痺れがまだ肩には残っていた。
「まだ沈むには早いでございますよね……!」
 その肩にそっと手を沿えたケイトが気力溜めでメリッサの傷を治していく。
「当然です。眼鏡が砕けるその時まで、私の歩みが止まることはありません!」
 力強く言い切るメリッサの心意気を感じ取ったケイトが深く頷く。
「さあ、出番でございますよ、相棒!」
 ケイトに命じられ、彼女のライドキャリバーのノーブルマインドが一際大きくエンジンを唸らせ、
「ふっふっふっ……」
 跳躍した裁一がノーブルマインドの上に真っ直ぐ降り立つ。
「ちょ、乗車を許可した覚えはないでございます! あ……」
 猛然と走り出すノーブルマインド。直立不動で顔に手を当て、不敵に微笑む裁一を乗せたまま、1人と1機が風を切って突き進む。
「むっ!?」
 接近に気付いた竜牙兵が身構える中、
「とうっ!」
「なにっ!?」
 一気に跳躍した裁一が宙で身を翻すと黒い布地が彼を包み込んだ。疾走するノーブルマインドが炎を纏って突撃する。そこへ時間差で飛び込んだ漆黒の羽サバトが舞い降りた。
「俺は通りすがりのサバトです。ですが、貴方は爆破します!」
 急角度から放たれるスターゲイザーが竜牙兵の胸部を直撃し、巨体が迷宮の壁に叩きつけられた。


「我が盟友の行く手を阻むものは生かしておかん!」
「きゃんっ!?」
 振り抜かれた大剣がフェニックスを大きく弾き飛ばした。
「まだまだー!」
 床を滑るように着地した彼女と入れ替わるようにまろーだー先輩とヴィーくんが前に出る。
『ニャニャーン』
 ほぼ同時に展開された清浄の翼が傷ついた者を癒していく。
「おのれ、小癪な!」
 竜牙兵の一撃は強烈だが、回復に厚いケルベロスの陣形に決定打を与える事は出来なかった。対して、
「さぁ、サクサク追い詰めていくでございますよ、皆様――!」
 ヒールドローンを展開しながら、ケイトが声を上げる。
「玲央、合わせて!」
「まかせて!」
 攻撃に転じたエルディスがガトリングガンを腰溜めに構え、それに合わせて玲央が妖精弓を引き絞った。大量に吐き出される弾丸のリズムに溶け合うように弧を描いた矢が竜牙兵を追尾して襲い掛かる。
「ぐ、ぬ……!」
 防御に手一杯の竜牙兵は次第に旗色を悪くしていた。そこへ宙を舞ったヒマラヤンが拳を振り上げる。
「コード・トーラス! これで殴ったら痛いですよ!」
 生み出された巨大なガントレットが真っ直ぐ打ち下ろされ、竜牙兵を叩き潰した。
 時間はかかっても、ダメージを積み重ねるケルベロス達が優位に戦闘を進めていく。何度目か、振り抜かれた竜牙兵の斬撃が今度は裁一を捉えた。
「くっ……」
 膝を突きそうになる重い一撃を喰らった裁一が踏み止まって、マスクの奥から強い視線を竜牙兵へと向ける。こちらは相手を圧倒している。ならばここは攻撃あるのみ。
「リア充に組みする者はすべからく爆発すべし!」
 自らの信念とも言える言葉を口にして、嫉妬の力を高めていく。
「援護するよー」
「淡路島にも守りたい眼鏡が有るんです! 世界に眼鏡を。眼鏡に光を!」
 高らかに声を上げるフェニックスとメリッサ。メリッサがグラビティを広域に展開し、美しい自然に囲まれた聖地SABAEが望める理想郷を作り出せば、
「天に神々、地に勇者、そして横にはこのボクが!」
 その理想郷へ神々しい光と共に顕現した戦乙女達が傷ついた戦士達を癒していく。
「いくぞ! 高まる嫉妬をこの一撃に! 爆発しろ! このリア充!!」
 戦乙女に祝福され、眼鏡舞い散る理想郷を凄まじい速度で駆け抜ける漆黒のサバト。そのまま接敵した裁一が爆発した。
「そんな、ばかな……」
 派手に自爆したかに見えた裁一が無傷である事に呻く竜牙兵。その眼に美しく宙を舞う女性の姿が映った。戦乙女を伴って舞い降りてくるラピスがその手を天へと翳す。
「天蓋に舞う蝶よ、風となり、刃となれ」
 静かに告げるような声に導かれた天空を舞う瑠璃蝶が風の刃となって竜牙兵を取り巻き、消滅させた。


「んー、これだけ歩いてると、さすがに疲れてきたのですよ……」
 ヒマラヤンが小さく息を吐く。竜牙兵を倒したケルベロス達はさらに奥へと探索を続けていたが、未だバルドルと遭遇は叶わず。と、突如轟音と共に迷宮が揺れ始めた。
「これは……」
「どうやら誰かがバルドルを爆発させたようですね」
 周りを見回すラピスに落ち着いた声で裁一が応える。
「これ以上、奥へ進む意味はありません。撤退しましょう」
「さんせー」
 メリッサの提案に全員が頷き、元気に返事をするフェニックスを筆頭にケルベロス達は撤退を始めた。突入前に結んだアリアドネの糸を頼りに来た道を引き返す。揺れは徐々に激しくなり、迷宮に亀裂が走った。
「きゃっ!」
 崩落した天井がすぐ傍に落ちて、ラピスが悲鳴を上げる。
「急いで!」
 ラピスの声に全員速度を上げた。
「あれ!」
 フェニックスの指差す先――崩れた迷宮の一部が通路を塞いでいた。
「眼鏡シールド、全開!」
 破壊すれば自爆すると伝えられていた攻性植物の迷宮。ダメージ覚悟で踏み込んだメリッサの降魔真拳が障害物と化した瓦礫を吹き飛ばす。
「自爆しない!」
「行ける! 突き進みましょう!」
 裁一の声に押されてケルベロス達が入り口のあったフロアに飛び込む。入り口も完全に瓦礫で埋もれていた。それでも、ケルベロス達は入り口に向けて突き進む。
「相棒!」
 ケイトが併走するノーブルマインドに跨り、アクセルを全開で回す。その後部に玲央が飛び乗った。
「重いでござい――」
「重くない!」
 抑揚の無い口調で抗議するケイトを玲央がぴしゃりと遮って。ノーブルマインドが急加速する。崩落した天井が二人を襲った。
「そのまま走って!!」
 短く叫んだエルディスが勢いのまま、二人を襲う瓦礫をガトリングガンで粉砕する。
「全弾、いくでございます!」
「みんな、走り抜けて!」
 ケイトが放つマルチプルミサイルに合わせて玲央がホーミングアローで瓦礫を穿つ。そのままの勢いで突っ込んだノーブルマインドが見事、道を塞いだ瓦礫を突き破った。
「外だぁ!」
 飛び出したフェニックスが太陽の光に目を細める。その後を追ってケルベロス達が次々と外へ出てきた。
「やってやったでございますね、皆様……」
 振り返ったケイトが仲間達を見て、それから崩れていく迷宮を見る。
「これから……なのですよ」
 ヒマラヤンもその様を見ながらポツリと呟いた。淡路に住まう人々の生活を復興させて初めて作戦終了と言えるのではないだろうか。
 無事任務を果たしたケルベロス達は静かに迷宮の終わりを見守っていた。

作者:綾河司 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年12月9日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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